艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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“予測よりも早い”     “だが”
“都合が良いのか?”

“言うべき事ではない”       “これは”
“傍観者”  “どれだけ糸を繋げても”

“思い上がりだな”     “勝手に”

“どうせ操作せずとも”     “あみだくじ”
“線は増え続ける”

“過去を引きずるか”

“また”

“未来にばかり気を取られて”

“人でなくなったクセに何の進歩も無いな”

私は・・・。

 


第六十三話

『はぁあ~、・・・なんでよりにもよって年末年始に警備任務をやらないといけないんですかぁ、今日はお正月なんですよぉ?』

 

 寒風が吹く海上を照らしていた夕日が沈み、年明けでも変わらず働く太陽が2016年の初日の店仕舞と明日の用意を始めている時間に暗がりが広がり始めた海上に二本足で立つ16mの少女が半袖のセーラ服と水色のキュロットパンツをはためかせて海面を滑る様に航行していた。

 

「割り当てられた以上は年末だろうと元旦だろうと三が日だろうと我々のやる事は変わらん、任務中に気を抜くな」

『今頃、古鷹さん達も鎮守府でお餅食べてるんでしょうね・・・、青葉はこんな夜通しの任務じゃなくてお餅つき大会に参加したかったです』

 

 重巡洋艦青葉を原型に持つ艦娘の艦橋に座る青年は未練がましい言葉をスピーカーから垂れ流す重巡少女の言葉に小さく嘆息した。

 

「訓練では得られない経験を得る為にわざわざこの任務をやっている事を忘れるな、新人巡洋艦」

『むっ、そんな事言って司令官も鎮守府でやりたい事あったんじゃないですか?』

「何がだ、そろそろ口を閉じろ」

 

 司令部から出撃許可を受けて彼の艦隊に所属したばかりの青葉の為に用意された実践訓練の機会であると言う士官の言葉に重巡は口を尖らせ言われっぱなしでは堪らないと反論を通信機のスピーカーに伝える。

 

『だって小笠原への輸送作戦に参加している艦隊がめぼしい敵艦を掃除してるせいでこの任務に出てから青葉が見つけたのは初日のはぐれイ級だけ、本当にやる意味あるんですか? 司令だってこんな任務より霞ちゃんをお茶に誘う方が有意義ですよ~?』

 

 その駆逐艦の名前を出された特務三等海佐は不真面目極まる文句を垂れ流している青葉の言葉に憮然とした表情を浮かべたが同意も反論もせず指揮席で腕を組む。

 

「あらあら、提督はまだあの子の事気にしてるんですか? 過ぎた事を気にし過ぎるのは良くありませんよぉ」

「ああ、それに艦隊から離れた艦娘を気に掛けるぐらいなら今の部下に気を配るべきだ、そして、お前には僕らが居るぞ」

 

 そんな彼は左からお淑やかな声と共に指揮席左側の肘掛に横座りしている若草色の腰まで届く長い髪を一本の三つ編みにした夕雲型駆逐艦の長女が彼の肩を馴れ馴れしい手つきで撫で。

 艦橋の右側で周辺警戒を担当している秋月型駆逐艦の初月が黒いインナーで包まれた腰を足場の手すりに凭れかけさせ呆れた様な色が混じった少し低いソプラノと共に指揮席へと顔を向ける。

 

『へ~、両手に花じゃないですか、良かったですね司令』

 

 両親からそれぞれ鋭い目つきと厳つい輪郭を受け継いで生まれた為に初対面の女性や子供の顔をほぼ必ず引き攣らせて生きてきたその男は士官候補だった頃の同期であり鎮守府に着任する原因となった先任士官でもある中村義男の誘いを受けた事を若干後悔していた。

 

「・・・少しも考えていない事で揶揄うな、嬉しくもなんともない」

 

 不愛想な自分でも誰かの助けになれるならと世界に名高い国営の救助隊員である自衛官を目指していたのであって実戦をする軍人がやりたかったわけじゃなく、正直に言えば戦争どころか荒事とすら無縁でいたい。

 長身でがっしりとした体格は恵まれた生来のモノをさらに防衛大時代の訓練と校友会(クラブ活動)で鍛えられただけ、鋭い鷹の目と厳つい老け顔は親の遺伝、どんなに勝手な期待を向けられても彼は自分の身の内に血に飢えた猛獣を飼ってなど居ないと言い切れる。

 

「だから、夕雲も警戒に戻れ」

「きゃっ♪ は~い、ふふふっ」

 

 ぶっきらぼうな言い方で指揮席の肘掛に座っている夕雲の腰を軽く通路側に押せばまるでくすぐったそうな微笑みを浮かべ、夜闇にぼんやりと浮かぶ艦橋で深緑の三つ編みを揺らす少女は笑い声をあげる。

 半ばコンプレックスになっていたヤクザ顔の自分の姿を怖がるどころか明らかに好意的に見ている美少女達との出会いと言う今までの人生ではあり得なかった奇妙な現象は艦娘の指揮官となって一年以上過ぎても彼には受け入れる事が出来ていない。

 

 おまけに夕雲を筆頭にやたらと馴れ馴れしい態度を見せたり気安く触れてくる数人には彼が仏頂面を取り繕う裏で戸惑っており、見た目に似合わない気の小ささの持ち主であると見抜かれている様で少々強く注意した程度では堪えた様子一つ見せなくなった。

 

(これでこの子達が明らかな規則違反でもしていれば叱りつける理由にもなるんだが・・・)

 

 理由なく部下を叱る事は模範的な自衛官としてやってはいけない事であり、その理不尽を彼がしないと理解した部下である艦娘達(主に駆逐艦娘)はその境界線を見極めて他愛ない悪戯やじゃれついたりして来るのだ。

 

 ほぼ全員が僅か半年で現代日本の少年少女に課される義務教育と同等の学習を修めるほど頭の良さを持つと言うだけでは説明が付けられないほど強かに上官の機微を察して自分や仲間の利になる行動を率先する行動力は熟練の下士官を思わせ。

 見た目は少女の身体だがその中身が自分よりも古参の兵隊としての経験を持った軍人である事を見せつけられる度に自分が彼女達の上官としてここに居て良いのかと老け顔の青年士官は自問自答する。

 

『提督っ!』

「なんだ、言っておくが霞に関してはちゃんと話し合った上で了解した事で・・・」

 

 とある理由によって別艦隊からの異動してきて彼の部下となった駆逐艦娘、新しい指揮官の大人しい内面を揶揄う事なく上官に対する気の緩みがあったその部隊を実力行使で引き締め、見事に正した朝潮型少女の存在感は数か月所属していただけとは言えない程に青年の中で特に大きくなり。

 少々高圧的であるが真面目な態度で任務に就く霞に言葉少ないが心から感謝する指揮官の態度から悪戯や遊びなどで彼の気を引こうとしていた部下達は自分達の行動が彼の気質に有効ではないと学習してしまい。

 それは、しっかりと規律をもって仕事をこなしながらその合間に怒られないラインを見極めちょっかいをかけてくると言う賢しい手法を覚える原因になった。

 

 それはともかく、実家の母親に似た曲がった事を嫌うキツイ性格の駆逐艦は突然に元の艦隊に戻る為の交換条件として研究室の怪しい新技術の被検体をやると言い出し、それに対してつい情けない態度を見せてしまった為に彼は尻を蹴飛ばされ。

 その後、彼女を部隊に引き留めようとしていた筈なのに気付けば自分は艦娘の指揮官に向いていないのでは、などと小学生にしか見えない女の子を相手に身長190cmの大人が身を縮めながら人生相談をしている様な状態になり。

 相談している内に意気消沈してしまった強面の青年は勝気な顔を見せる駆逐艦娘に力強く背中を叩かれ、貴方はあのサボり魔のクズとは比べ物にならない程の良い指揮官をやれるわ、と太鼓判と励ましを受ける事になった。

 

『そうじゃありません! 左舷前方、電探に感あり! 反応、大きいです!!』

 

 さっきまでのやる気が無かった調子がまるでスイッチを切り替えたかの様にハキハキとしたモノに変わり、指揮席のコンソールパネルの上で重巡洋艦娘である青葉が瞳を鋭くして肩掛け式で小脇に抱える艤装のグリップを握り砲身を闇夜に向け支える。

 その緊迫感の強い青葉の声に少し前の思い出を回想し始めていた青年の思考が現実に引き戻され、咄嗟に手元のコンソールを操作して言われた方向へとモニターの倍率を上げた。

 

「電探でも距離3100で確認しました、でも何かしらこのブレ、見難いわね・・・」

「この艦影だと普通の船みたいな横長なのか、でもイ級にしては大きい、・・・見た事が無い変な形だ」

 

 初月だけでなくさっきまで自分に馴れ馴れしくじゃれついていた夕雲も素早く全周モニターに着いて各種センサーから送られてくる情報の分析を始め。

 肌に感じるほどの緊張を強めた状況に置いて行かれそうになった指揮官は大きく深呼吸してから改めてその雰囲気に挑む。

 

 部隊に編成できる人数は旗艦を含めて4人とまだ自分を鎮守府に招き入れた中村や田中には届かない。

 だが、その二人より情けない指揮官などと言われる様な事になれば自分を励ましてくれた霞に申し訳が立たないのだ、と冷静に状況を見極める為に青年は鷹の目をコンソールへと向けた。

 

『望遠では暗くて良く見ません・・・でも、見える感じでは私と同じぐらいの大きさじゃないですか?』

「艦娘と同じサイズ? さっきレーダーの反応は大きいと言っていただろう」

「電探に映るゴーストが酷いせいかしら・・・て、提督、前方の海域に戦闘時並のマナ濃度を確認しました!?」

 

 青葉が艤装を向ける方向を示す円形のレーダー画面の端へと目を向けた指揮官はまるで濃霧が立ち込めた様に不明瞭となったその画面の一部で150m前後の影がブレつつも存在している様子に訝し気に眉を顰めた。

 

『もしかして・・・、友軍が戦闘中なんじゃないですか? その最中で潜水艦に足を取られたのかもしれません!』

 

 星明りだけが頼りの海上で暗闇に向かって目一杯に望遠されたモニターには確かに小さな人影が揺れ動いており、そこに重なる様に巨大な影が電探へと反応を返している。

 人型を持つ深海棲艦のほぼ全てが艦娘と比べると十倍かそれ以上の身長を持つ事を考えれば目に見えるそれの大きさが艦娘に近い事は間違いなく。

 青葉が言った通りに浅い水深まで上がってきた潜水艦級の超音波や海藻の様な髪で絡め捕えられている可能性は無くは無い。

 

(だが、今、警備任務に出ている部隊でそんな凡ミスをする指揮官なんかいるか?)

 

 いくら新人艦娘の実地研修の意味合いが強いある程度の深海棲艦掃討が終わった南方航路に繋がる近海の警備であってもたった一人だけの艦娘を指揮下に置いて指揮官に出撃などさせるわけは無い。

 仮に足を深海棲艦に食いつかれたとしてもすぐに旗艦変更で回避か脱出を行えば今のモニターとレーダーに映っている様な敵艦との密着状態が長く続くなんて事にはならない、少なくとも今この任務に参加している彼の同僚は全員がそれが出来る。

 

「通信は・・・あそこから救難信号は出ているか?」

「ありません、でもそれが出来ない状況だとすれば・・・」

 

 まだ旗艦一人しか編成できない特務士官はほぼ全員が鎮守府では無く舞鶴基地で日本海防衛任務と言う名のクルージングで訓練を積んでいるはずだからよっぽどの事が無い限りは同じ任務に就いている指揮官が反撃も撤退もしていないと言うのは彼にとって不自然なものだった。

 仮に戦闘中でないならお互い艦橋で確認できる距離、もしくは電探の探知範囲に友軍が近づいて来たらすぐに挨拶混じりの業務連絡を取り合うのが指揮官達のエチケットでもある。

 

「いや、もしそうだとしても深海棲艦相手に足を止めて戦い続けるのはおかしい、おまけに砲声が聞こえない上に棒立ちだ」

 

 僅かでも友軍の危機の可能性があるならばと顔を強張らせて振り向いた夕雲の言葉、指揮官と同じ結論を出した初月が状況の不可解さで疑念に首を傾げる。

 艦橋に立ち自分を見つめる二人の言葉に耳を傾けていた指揮官は眉を少し顰めつつも通信機能へと手を伸ばす。

 

「こちらから通信を試みる、青葉は針路を前方の不明艦へ向けろ」

『了解しました、増速はしますか? 友軍が襲われているなら早く駆けつけるべきですよ』

「取り敢えず現状把握を優先だ、状況が分からないうちから不用意に近づくのは危険だからな。初月は念の為に母艦へ現在出撃している部隊の確認を頼む」

 

 警備任務の為に鎮守府から同行して海上拠点となっている自衛隊所属の護衛艦へ連絡を命じられた初月は短く了解を返し、友軍が襲われている可能性を心中で強めているらしい夕雲と青葉がそれぞれ艦橋とコンソールパネルの上で焦れた様な表情を浮かべた。

 

「こちら鎮守府所属艦娘部隊指揮官、赤井昴特務三佐、応答を願います・・・」

 

・・・

 

『聞こえないんですかっ? 通信が出来ないなら発光信号だけでもお願いします!』

 

 獲物を捕らえ咀嚼していたソレは耳に届いた音にならない音で顔を上げ、黒いタールの様な液体を口元から滴らせてその音が幾つか聞こえた方向へと黒いフードの下から青灰色の瞳を向ける。

 太陽が沈み夜が支配する海の上でぼんやりとした星明りとは違う煌めきがこちらへと近づいてきている様子に目を瞬かせたソレは食い千切っていた軽巡級の残骸を海に捨て口元にニンマリと笑みを浮かべ。

 

 同族よりも美味そうなご馳走が向こうからやってきたと喜んだ。

 

 しかし、笑みを浮かべたソレはすぐに表情を改め、あの連中が下位個体であるのにとても厄介な力を持った敵である事を思い出して自分の中に渦巻く食欲に従って襲い掛かったとしてその美味しい肉にありつけるかは難しいのではと思い直す。

 まだ自分がこの形を得る前に見た消えて見えるほど船足の早いチビや空を飛び上から降ってくる夕陽色はその体格差を物ともせず重巡や戦艦級の上位個体すら屠っていたのだ。

 

 ソレは近づいてくる相手への恐れに似た感覚を疼かせ逃げようと考えかけた。

 

 だが、唐突に同族である重巡の砲撃で千切れた赤白の腕肉を拾って喰った時の味を思い出した事で恐れが食欲で薄まる。

 

 ソレは口を湿らせていた下位個体の体液を押し流して勝手に溢れる涎を返り血で汚れた黒い手の甲で拭う。

 

 その赤い肉は同族の青い肉よりも早く溶けて消えてしまったが光に解ける残滓までもが啜るだけで身の内を焦がす様な美味となり、それまで感じた事のない快感を与えてくれた。

 

『こちら赤井三佐指揮下、重巡青葉です! 応答を願います!』

 

 また聞こえる音、同族と交わす思惟と違ってピーピー五月蠅いだけで意味は分からないが恐らくはあの下位個体達が使う鳴き声。

 ソレが知っているのはその音が聞こえるとあのチビ達が現れて同族に襲い掛かり狩りを始める事だけ。

 そこまで考えたところで自分が狩りの獲物として見つけられてしまったと気付き、ソレは自らの安全と目の前のご馳走にあり付きたい言う欲の間で決断を迷う。

 

 一匹だけなら襲って喰い殺せるのではないか?

 

 だが、アイツらは一匹に見えて実は何匹か集まっている場合がある。

 

 肉の量が多いだけの同族(薄味)とは違うピリピリと美味そうな香り(霊力)を感じて身の内がざわつく。

 

 しかし、下手をすれば自分が生まれた海域を支配していた戦艦級の様に奴らに頭と心臓を撃ち抜かれ死ぬのではないか?

 

 自分が死んでしまえばアイツらを喰う事が出来ない。

 

 それは嬉しくない。

 

 身体のほとんどが鉄でできたトロくさい下位個体を襲う時にとても頑張ったのにその中に詰まっている美味しい小虫をちっとも分けてくれなかったけち臭い戦艦タ級。

 気に入った眷属にばかり贔屓をする元旗艦の死骸を喰えたお陰で駆逐艦だった自分はそれなりに強くなったはずだがあの不思議な力を持った小さいくせに強い下位個体達を相手にするには足りるだろうか。

 

 食欲に(同族食)目覚めた(いを覚えた)深海棲艦(イレギュラー)は思案する。

 

 足元の海面下で先ほど実力の差を理解せず体の大きさだけで戦艦となった自分へ生意気にも反抗した軽巡(ト級)の死骸を尻尾にまる飲みさせつつ。

 駆逐艦から(定められたレー)戦艦へと進化(ルから外れかけて)した怪物(いる一個体)は改めて青い襟のセーラー服と短パンを障壁の光で輝かせる重巡艦娘へと視線を向け。

 その旨味が凝縮しているであろう手足、柔らかそうな身体をしっかりと青い目で捉えたと同時、獣は誰かに背中を押されて堪え切れず欲望にその身を任せた。

 

・・・

 

 星空が見下ろす海で赤黒く灼熱する砲弾が弾け、周囲を空気ごと焼く様に熱と衝撃が海面を穿ち、直撃は逃れたが障壁が削られる痛みに顔を顰めた青葉は二十キロ離れた先から砲撃を放った相手に向かって目を見開く。

 

《そんな砲撃ですよ!? て、敵艦だったんですか!!》

 

 即座に指揮官から回頭を命じられた重巡艦娘は砲塔を攻撃してきた黒い人影へと向け、その身体に装備された艤装の一つが光を空へと放ち、夜空に放たれた投射障壁が円形の膜を空に広げて照明となって雨合羽を着込んだような深海棲艦の姿を照らし出す。

 

『僕らと同じ大きさの深海棲艦っ?』

『それがどうしたのっ! 深海棲艦は大きさが取り柄の鈍足、駆逐艦以下ならやれるわ!』

 

 返答が来なかった為に望遠無しでも目視可能な距離まで接近してしまっていた青葉がすぐに構えた艤装が砲口を黒合羽へと向き。

 熱エネルギーを圧縮された砲弾が二基の20cm口径連装砲から連続で放たれ放物線を描いて海に立つ14mほどの人型(平均的な駆逐艦娘サイズ)へと殺到する。

 

 直後に水柱が照明弾の照らす海上でガラスの割れる様な音と同時に弾ける着弾の手応えに重巡洋艦娘は胸を撫で下ろす。

 味方と勘違いしたまま慌てて接近していた自分の行動には猛省しなければならない。

 だが、新しく発見された敵艦種と言うならしっかりと取材する必要があるのだからどっちにしろ近づかなければならなかったと誰にと言うわけでも無く言い訳を胸中で呟く。

 

『青葉っ! 防御しろっ!!』

 

《えっ・・・?》

 

 咄嗟に放ったとは言え自分の主砲弾を立て続けに正面から浴びたのだから撃沈できない深海棲艦はいないだろうと高を括っていた青葉は艦橋で叫ぶ指揮官の声に戸惑い、直後に針路上にタイミング良く落ちてきた巨大な砲弾に目を見開いて慌てる。

 自分の身体を守る為に落下してきた砲弾に向けて集中させた光の壁が爆炎と衝撃で砕け、障壁を形作る霊力の大部分が削られ数えきれないほどの小さな傷が肌を痛めつけるが幸運にも致命傷にはならなかった。

 

《ぅう、直撃したはずなのに何で反撃が・・・もしかして青葉の火力がちょっと足りなかったって、ことですかっ!?》

 

 ただし、彼女が肩に掛けているかつての重巡洋艦青葉が装備していた二基の主砲を模して繋げたデザインの装甲が砕け砲身を折られて、使用不能になった事が致命的と言わないのならばであるが。

 

 過去の戦船として海戦と人間サイズでの戦い方の経験に関しては群を抜いているが戦闘形態での戦いはつい最近に出撃許可を貰ったばかりの重巡艦娘は試し打ちで沈めた深海棲艦の弱さに拍子抜けし。

 敵から逃げ隠れするしかなかった待機状態と違い戦闘形態となった自分の装甲と火力が深海棲艦を上回る強力なモノだと思い込んでいた。

 

 実際に重巡洋艦という艦種故に彼女以上の障壁装甲と砲火力を持つのは格上の戦艦しかいないのだからその認識が全くの間違いであるというわけでは無いし、仮に戦艦であったとしても正面からその20cm口径弾を受ければ多大な被害を受ける。

 

 だが、それは絶対を約束されているワケではない。

 

『全速回頭、奴から離れる! 急げ!』

『司令待て、まだ青葉には魚雷も副砲も残ってる、単艦相手ならやれるはずだ』

『そうです、苦し紛れの反撃なんて倍返しでやっつけてあげましょう!』

 

 反撃を受けたと直後に撤退を命じる指揮官の声に青葉は命令に逆らって戦闘を継続するべきか、正体不明の敵艦を侮らずに一時撤退をするべきか選択肢を思い浮かべ。

 そして、呼吸一つ分の思考の後に取り舵で空に打ち上げた照明弾の光が消え始めた海上から離れて闇夜に紛れる。

 

『なんで! 青葉さん!?』

 

《三十六計逃げるにしかずって言うんですよ! 正体の分からない相手に突撃なんてやってられません!》

 

 他の血気盛んな重巡ならいざ知らず怪物の箱庭で不確定情報が艦隊を全滅させると言う悪夢を嫌と言うほど味わった艦娘青葉は自分の主砲を破壊された苛立ちと悔しさよりも確実な生存のための選択肢を選ぶ。

 ただでさえ(自分のミスで)不用意に深海棲艦に近づいてしまっている状態、それに加えて青葉にとっての夜戦とは正面からでは無く敵の横っ腹を狙うモノなのだ。

 

 その離れていく短いポニーテールを水飛沫の中から見た黒合羽は小さな穴が幾つか開いたフードの下で獲物が離れていく姿に歯噛みしてその身に備える主砲を走り去ろうとしている青葉に向ける。

 

 撃ち殺してしまっては食べる間もなく肉が消えてしまう。

 

 ふと頭に湧いた考え、ソレは確かにその通りだと納得して獲物を生け捕りにする為、直撃させない様に気を使い重巡艦娘から少し照準をずらして戦艦砲(・・・)を連発させた。

 

『くそっ、中村め! アレは日本の近くに現れない筈じゃないのか!?』

 

 再び夜闇に包まれようとしている海上で赤い炎が水飛沫を上げ、巨人の拳が何度も繰り返し打つ様にうねり暴れ、暴力的なマナの急上昇で突風と電波障害が吹き荒れる海上でつんのめり転びかけて減速してしまった青葉の艦橋で厳つい顔の士官が同僚へ恨み言を叫ぶ。

 

《司令、あれが何なのか知ってるんですか!?》

 

『中村に一度アレの絵を見せられた事がある! 空母並みの航空戦と砲雷撃戦を同時にやる怪物戦艦(・・)だとか言っていたが、そんなのがあり得てたまるか!!』

 

《せ、戦艦!? あのサイズで!?》

 

 寡黙さを投げ捨てて慌てふためく指揮官の言葉に絶句し、不安定な足場に翻弄されながらなんとか走り続ける青葉の真下。

 黒い影が猛スピードで迫り海面下からその食欲にぎらつく瞳孔と黒鉄の大顎を獲物へと向けた。

 

 その金属製の蛇と鮫を混ぜた様な悍ましいシルエットに青葉はかつて自分や仲間を苦しめた要塞型深海棲艦が飼っていた大蛇を思い起こす。

 

《こ、この!》

 

 呻きを上げる間もなく彼らが知るどの敵艦よりも速く小柄な少女に見える戦艦級深海棲艦が砲撃で渦巻く海を強引に踏み割って走り、思う様に加速できない青葉の足下から巨大な尻尾が襲いかかる。

 

《何だって言うんですかぁ!?》

 

 このままでは足から丸飲みにされると感じた青葉は反射的に背部艤装の副砲を海面下の蛇に向けて連発させるが、光弾は海水を無駄に弾けさせ花火の様な光を散らし近づいてくる黒合羽の姿を照らすだけの効果しかなく。

 そして、海面から飛び出し本体よりも先に青葉へと襲いかかった尻尾が蛇腹をしならせ牙が並ぶ顎をセーラー服にかすらせ跳ね飛ばす。

 

《なっ、手負いは砲撃するまでもないって言いっ!? ぐっ、ぁああっ!?》

 

 素通りした様にしか見えない体当たり攻撃に転びながらプライドを傷つけられた重巡が指揮官に雷撃許可を貰おうとしたと同時、その肩に掛かっていた主兵装のベルトが引っ張られ彼女の体を海面に叩きつけ引きずり振り回す。

 

『肩紐はずせ!! 主砲を破棄しろ!!』

 

 暗闇に加え水飛沫で曖昧になった視界に自分の主砲を焼き菓子の様に他愛なく噛み砕く蛇の口を見た青葉は怒りとも悔しさとも分からない叫びを吐く。

 

『持ち上げられちゃって!?』

『引き摺られているんだ! 青葉、早く装備の切り離しをっ!』

 

 物理的には可能だとしても自分の体の一部を切り離せなどと命令されてすぐに出来る人間はいない、そして、艦娘にとって自らの艤装は手足にも等しい価値がある。

 例え壊れてガラクタになっていたとしても神経が繋がっているのだ。

 だから、その決断を躊躇ってしまった青葉は黒合羽の尻尾に引きずられて白髪の青目と対面し、その眼前にぶら下げられてしまった。

 

『こ、これじゃ、尻尾が本体じゃないの・・・!?』

『青葉っ!』

 

 青葉よりも頭一つ背が低いにも関わらず黒いフードを被った合羽少女は尻から高層ビル並の大質量を生やして自分の手足の様に扱っている。

 その巨大な尾が備える顎に身体と神経で繋がっている肩紐ごと主砲を噛み砕かれて顔を顰めていた青葉は自分を見上げ無邪気に笑う子供の顔に戸惑う。

 

《ぇっ・・・?》

 

 まるで親を見つけた子供の様な嬉しそうな表情を浮かべた異形の戦艦級が青葉の片足を手で掴みにんまりと弧を描く口を近づけてくる。

 その身に見合わない巨大な尻尾に備えた武装を使うわけでもなく自分に触れてくる無防備な敵艦の姿に青葉は一時、現実感を失いかけ。

 だが、次の瞬間にやってきたぐしゃりと自分の脚が抉り取られる言葉に出来ない程の激痛に重巡艦娘は目を見開いた。

 

 喉が張り裂けそうな程大きい悲鳴が宙に吊り下げられた青葉の口から迸り、自分の太股を鋭いノコギリの様な牙が並ぶ耳まで裂けた大顎で咀嚼する怪物の姿に捕らわれた重巡は顔を恐れに染めて半狂乱に泣き叫ぶ。

 そして、深海棲艦は一口で大腿骨まで抉った目の前の脚肉を、その持ち主が叫ぶ制止の懇願を意に介せず戦艦の腕力で強引に分断する為に力を込め始めた。

 

 夜闇の中で光に解けていく血飛沫を溢れさせ筋繊維が限界まで引き延ばされ、重巡艦娘の脚がその付け根から千切れる寸前、唐突に青葉の悲痛な叫びが途切れる。

 

 そして、突然に手応えが無くなった事に首を傾げ手元からすり抜けるように消えた獲物を探す様に辺りを見回し、手を無為に開閉したソレは目の前に太陽が落ちたかと思うほどの発光で目を眩ませた。

 

《よくもやってくれたな、深海棲艦!!》

 

 白い前髪が揺れる幼い顔立ちに10cm口径のロングバレルが突きつけられ、光り輝く茅の輪からリボルバー式の単装砲を握る腕を突き出す怒りに目をギラ付かせた駆逐艦娘が黒い手袋に包まれていく指で引き金を引き。

 

 他の駆逐艦よりも優れた射程と連射力で敵艦載機を追い払う為の大砲が青白い屍蝋色の肌を連続で打つ。

 

《ちぃっ! なんて装甲だ!?》

 

 一時的に粒子化する旗艦交代によって青葉と入れ替わり敵の拘束を逃れた秋月型駆逐艦は至近距離弾の連発ですら焦げただけ肌を両手で押さえる子供皮を被った怪物から素早く距離をとる。

 そして、直後に振り下ろされた巨大な尾を避ける為に身を翻し、初月の背中で推進機関が激しい音を立てて空気と海面を掻き混ぜる程の突風を光の渦とともに生み出す。

 

《背中撃ちされるのは趣味じゃないけれど!》

『初月! 全速、撤退だ!!』

《悔しいが、わかっている!!》

 

 突然に姿形を変える不思議な力を持った下位個体が尻尾を巻いて逃げる様子に一口しか美味を味わえなかった深海棲艦は獲物に逃げられるのは嫌だと感じ、ソレは光を散らす赤い血に塗れた口元をへの字に曲げてもう一度尻尾の主砲で艦娘を狙う。

 

『こちら菱田提督揮下、重巡衣笠! 支援攻撃を開始するわ!』

『っ! 助かる!!』

 

 淡い桃色から黒髪に変わっただけでなく追いつけないぐらい船足が速くなった獲物の背中を狙うソレの砲撃が撃ち出される直前、その尻尾の近くにいくつも大きな水柱が立ち上りまた癇に障る五月蠅い鳴き声が耳に響く。

 

『青葉は無事なの!? さっきひどい悲鳴が聞こえたのよっ!?』

 

 だが、これ以上は危険だ(これ以上は無理か)逃げないといけない(思考の誘導が切れる)

 

『命には別状は無いです、でも、ショック症状を起こしていてっ! 落ち着いてください、青葉さんっ、もう大丈夫ですから!

 

 あと何回姿を変えるか分からない敵が増えたのだから欲に任せて追いかければ狩られるのは自分の方になってしまう。

 そうでなくても分厚く作った障壁を簡単に切り裂く銀色の棒を振り回す赤白や手で触っただけで同族を破裂させるピンク頭の恐ろしい力を知っている。

 さっきのピンク頭は違ったがもしかしたらそいつらと同じ力を持った奴が次に現れるかもしれないのだ。

 

『初月、菱田特佐の部隊と合流して帰還する、警戒を・・・』

 

 指揮官からの命令を苦い表情で了解した美少年にも見える勇ましい駆逐艦娘は闇の中に気配を消した黒合羽の深海棲艦の悍ましさへ悔しそうに歯噛みした。

 




“処理に失敗した”   “だけではない”

“予想より厄介”    “自発的進化”
“処理などと” “艦娘は”

“荷が重かったか?”    “否”
“烏滸がましい” “深海棲艦も”

“性能的には問題無かった” “認識”
“人の精神”    “人類の存続”

“子供の心を弄ぶなどと”   “大義を言い訳に”
“どちらも命だと言うのに”


“だが” “優先順位は” “変えてはならない”

“ならばどうする” “いっそ加速させる”
“階級を上げれば” “もう一度影響下に戻せる”

“目的の上書き”    “・・・”
“命を駒扱いか”

“それこそ”     “今さらの話”

誰にも止める事は出来ない。
次は始まる。


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