ステンバーイ...ステンバーイ...
第六十八話
適当に見繕った
暗い海の底から太陽に下に顔を出して配下を引き連れ海原を歩く。
そのついでに海面に出る前に捕まえた黒くて
味は悪くないが
さて、どうしよう。
ふと、飛び切り美味いが厄介な力を持った強いチビ共を狩る方法を考える。
それとも少し遠出して小虫が入っている鉄で出来た下位個体を探すべきか。
なら、いっそ小虫の巣がある島に攻め込んで踊り食いをしてみるのも悪くない。
だけど、不意にあの赤い血が滴る柔肉の味を思い出す。
それだけで広い海を歩き回って小虫探しをするのは賢くない気がしてきた。
そんなふうに魚や小虫も悪くないがあの不思議なチビ共の肉が食べたい、と。
もっともっとたくさんの美味しいモノを食べる好機が欲しい、と。
そんな欲に塗れた事を考え、呑気な顔をしている黒いフードの頭上。
高く高く、遥か上空。
『目標の戦艦レ級を含む敵艦隊を捕捉しました、これより攻撃を開始します』
天高く吹きすさぶ風に白雲が舞う領域。
青海を見下ろす
『ええ、提督、やってみせるわ! 第一攻撃隊、全機発艦!!』
・・・
自らと言う個を自覚して目を開いた時には既にそう言う存在として彼女はそこに存在していた。
彼女は下位個体から敬われるべき姫であり、従僕を率いる主人であり、配下へと恵みを与える上位者としてその深海棲艦は完成していた。
日本の九州から沖縄に向かう航路上に存在する奄美大島から見て南東の深海域、全高180mの人間部分と透き通る様な白い髪で編まれた太い束に繋がる巨大な台座にも見える要塞型艤装を備えた深海棲艦の姫は暗闇の中に揺蕩い、自分へと集まって来るマナを集めて結晶化させ続ける。
深海棲艦と言う種族において力の象徴たる鬼の上に座する姫は巨大な深海棲艦でありながらその誕生から七年以上も経っていると言うのに海上を進む人間の船舶に気付かれる事なく配下の眷属と資材を蓄えていた。
何故、彼女の存在が人間側に気付かれていないのか。
それは彼女が持つ大人しい気質、と言うよりは自分で行動を起こす事を嫌う怠惰さによるところが大きい。
その姫級が生まれた場所自体が地球の動脈とも言うべき霊的エネルギーが流れる道の真上であり移動する必要すらなく食うに困らず惰眠を貪る事が出来きてしまった事も原因の一つ。
深海棲艦において姫と言う絶対者としての地位、座っているだけで活力を身体に満たしてくれる住処。
飢えに困らず身の安全が十分であるなら地上の野生動物ですら狩りや警戒心と縁を切ってしまうのだから元から怠惰である事をその根幹に据えられて
姫級によって集められる力が空間を歪ませて外からの見た目を裏切る広さを持った領域を造り出すのにそう時間はかからず、外敵の侵入を防ぐ壁や獲物を引きずり込む渦などの物理的な境界線は無いが確実に存在する一線の内側である水底は彼女にとって居心地の良い領域として完成していた。
軽く力を振るえば天変地異を起こせる姫としての力と格を持つが故に
そうして眷属が持って来る貢ぎ物を受け取り、良い物を持ってきた
粒の様に小さい魚よりもキラキラ光る透明な
マナに満たされた特別な寝床で好きな時に起きて好きな時に寝る日々、そんな彼女が生まれた時から今も付き従っている戦艦や雷巡などは主の嗜好を覚えて歓心を得る為にかつての大戦で海底に沈んだ船舶の骸を漁る。
眠りを邪魔する戦闘の騒がしさを嫌う姫の為に領地で生まれたばかりの下位個体も組み込まれた本能に従って海上の船などを襲う
それによって別海域で活動が確認された深海棲艦の拠点が離れた場所にあり、主人である姫級への貢ぎ物として様々な物を手当たり次第に集め運んでいるとは考えもしていない人間側にとってはその遭遇は偶発的に発生する深海棲艦との戦闘の一つであると認識されている。
偶然か必然か幾つもの要因、人を襲う事よりも惰眠を求めるその姫級の類まれな怠惰さ、その横着さを助長するマナが溢れる恵まれた住処の環境、忠実な下僕達の巨体に見合わぬ細やかな気遣い、人間側の認識と注意の不足などなど。
それらの理由によってこの時世には珍しく太平洋側であるのに深海棲艦が現れない穏やかな海域が出来上がり。
船舶が本州から沖縄を繋ぐ比較的に安全な海路、その水深1000m下が深海棲艦の巣となっていて巨大な要塞型の化け物が我が物顔で支配している事など人間側にとっては想像すら出来ていない状態が現在も続いている。
・・・
此処ではない世界、艦隊これくしょんと言うゲームの中に描かれていた深海棲艦の一種、集積地棲姫を模して生まれた巨大な女性体は数日の惰眠から目覚め身体に溜まったマナを体外で結晶化させる日課を行いながら
海底の砂礫や特に綺麗なガラスを溶かしマナの結晶と一緒に押し固めて造った球体、その中には深海棲艦が使う力と似ていながら決定的に違う煌めきを発する幾つかの霊核とその光に守られる様に眠り水球の中で長い黒髪を揺らめかせる一人の艦娘がいる。
それは集積地棲姫がいつもの様に眠気に微睡んでいたある日、人間の時間感覚で言う所の五年ほど前。
彼女の頭上から海流によって運ばれ落ちてきた沢山の煌めきと一人の艦娘を一目見て姫級は不思議と逆らい難い欲求を疼かせて普段の怠惰さを裏切る迅速な行動力によって特別な水槽を作り、海上から深海へと落ちてきた霊核と艦娘を引き寄せ閉じ込める。
そして、即席で思いついたわりには良くできていると自画自賛できるガラス玉の中、微かなマナの光がたまに見える以外は暗く沈んだ世界でなお煌めきを失わないそれは集積地棲姫にとって特にお気に入りの宝物となった。
何度見ても飽きないそれを手の平の上で転がし眺め、生まれた時から顔にくっ付いている
そのすぐ傍へ来訪者の存在を察知したらしい彼女の側近である戦艦タ級が泳いできて黄色い目の光を揺らめかせながら主が座する玉座の下で首を垂れた。
タ級に続いて集積地棲姫の領域に住む深海棲艦が次々と暗闇の中から瞳に宿る灯火を揺らし新入りを見る為に現れ、姫に失礼の無い距離に集まって一団を作る。
そして、姫級深海棲艦が来訪者を感じてから少しの間をおいて外の方向から玉座へと近づいてきた艦隊の先頭に居たのは珍しい形の戦艦級だった。
壊れかけた小さな眷属達を引き連れている事からその小さな戦艦が何かしらの理由から手負いとなった群れの旗艦である事を察した姫級は改めてその姿を観察する。
身に纏う黒い合羽はみすぼらしいほど穴だらけ、艤装や手足がもげるほどの損傷は無いが手ひどく砲火に焼かれた肌は焦げと汚れにまみれ、その身を
戦艦であるのに自分の足下に侍るタ級の十分の一にも届かない小柄な体格、その尻から生えた艤装を含めたらそれなりの大きさだが戦艦級と言う
側近であるタ級がその貧相な同族が自らと同艦種であると認めるのが不愉快なのかあからさまに眉を顰めて威圧の意を新入り達へと叩きつけ浴びせ始めたが姫級は艤装の一端でタ級の背を軽く小突いて止めさせる。
そして、領主であり上位者であるが故に自らの群れ以外の眷属にも温情を与えるのが姫である自分の義務であるのだとその場にいる全ての眷属へと思惟を発し、ざわつく従僕達を制した主人は作り置きしておいたマナの結晶を取り出して戦艦レ級を長とする艦隊の目前へと放り投げて与えた。
水圧の中ゆっくりと音も無く深海の砂地へと落ちたそれを指し補給を行い
ぼりぼりと硬質な音を立てて結晶体を咀嚼した戦艦レ級は一口、二口と水晶を噛み砕いた後に顔を顰めて噎せ、マナの粒子に解けた光粒を煙の様に咳き込む口から漏らして残りの水晶を投げる様に離し、尻尾で打ち払い背後へと飛ばした。
鈍い音と共にひび割れる水晶を見て姫から恵んでもらった恩情をぞんざいに扱うレ級の姿に眼窩から黄色い灯火を溢れさせる鬼面となったタ級が背中に生えている幾本もの蛇型艤装を正面に向けて砲塔を突き出し。
それに
そうして周りが騒がしくなっていく間にレ級の尾で打たれ砕けた水晶がバラバラと煌めく雨の様に水中で踊り。
レ級の後ろに付いて来ていた損傷した深海棲艦達が散らばった欠片へと群がって粒子へ分解していく水晶から溢れ出てくる昏い霊力をそれぞれの身体に沁み込ませるように取り込んでいく。
なるほど、自分の補給を中断したのは下僕に温情をかける為か。
そして、レ級の行動に一応の納得をした姫級は自分を見上げている奇妙な戦艦級へと今にも襲い掛かろうとしている側近の身体へと太く編まれた白髪を伸ばして巻き付け引っ張り、自分の膝の上にタ級を座らせて抱き締めて大人しくさせて愛でる。
下位である
敬愛する主との
しかし、水晶を噛み砕いた直後にレ級から伝わってきた、硬くて
彼女も下僕が貢ぎ物として運んできた物を食べる機会は数度あったので食事と言う行動そのものは知っている。
だが、口の中がガリガリやブニブニする感触は好きになれ無かった為に豊かな領地に座していれば空腹と無縁でいられる彼女にとってそれは暇つぶしでもない限り行わない行為となっていた。
だから、美味どころか味と言う概念自体がその姫級の中では未発達であり霊力の結晶を分解吸収では無く、わざわざ自分の口を使って
彼女の基準において綺麗な物や珍しい物を集めるのが好きな姫級は配下に補給物資を譲ってからずっとこちらを見上げているらしい戦艦級の視線に気付きそれを見下ろす。
砂地の海底から正しく山である岩と鉄で作られた玉座を見上げるレ級だが、その視線が向かう先は自らを十数倍しても足りない程に巨大な支配者では無く少しズレた場所。
それは姫の手元にある台座の様な形をした瓦礫の塊であり、その上に乗せられている深海棲艦の扱う
訝し気な視線を返してくる姫級の様子に気付かず、ただただ戦艦レ級はその玉の中から溢れる見覚えのある光と
なんて
それを聞いた宝物の持ち主は自分の持ち物を褒められたのだと思い違いし、新参者が自分のお気に入りの価値を分かる目の良さを持っているのだと思い込む。
その小さなキラキラに向かってゴミでも見るような顔でそれを直ぐに潰してしまうべきだと論外な思念を発した不良品よりは見る目があるらしい、と集積地棲姫は小さな戦艦への認識を改める。
だが、同時に物欲しげにジロジロと自分にとって一番の
そして、主の思惟を間近で受けて酩酊状態と言えるほどに恍惚となった表情を自分へと向けてくるタ級を続けて愛でながら思案を始めた集積地棲姫は心中で相手に対する不愉快さと物珍しさをせめぎ合わせ、一つの結論を出して妙な戦艦級とその配下達へと下知する。
それらの傷が癒えるまでは滞在を許す、だが癒えたならば早々にこの領地から出ていけ、と。
多少の不敬がある故に配下に加わる事は許さないが、さりとて処分するほどの不良品ではないと言うのは表向きの理由。
領地の外での遊びに夢中な眷属達が誰一人として理解を示さなかった自分が素晴らしいと思う綺麗な宝物の価値、それが分かるらしい見どころのある戦艦級を壊してしまうのは惜しいと深海棲艦の姫は思ったのだ。
そして、心中はその戦艦レ級への妙な
上位者として不良品を処分する権利と義務がある支配者は深海棲艦と言う軛から外れようとしている
・・・
『魚雷命中、でも当たったのは駆逐ハ級よ! ・・・レ級の艦影は、だめっ、ソナー範囲外に逃げられちゃう!?』
艦橋から聞こえる阿賀野の叫びに自分が放った魚雷が本命を外した事を知らされ浜風は強く歯噛みした。
《提督、追撃の許可を! まだやれます!》
『浜風っ、針路変更しろ! 三時方向に逃げた駆逐を追え!』
仲間達の奮戦によって損傷した敵旗艦へのトドメと言う大役を提督から貰ったと言うのに折角のチャンスを逃してしまった浜風は直後に命じられた言葉に息を詰まらせる。
《何故ですかっ、それではレ級を!? 駆逐艦程度なら友軍に任せれば!》
上官からの不可解な命令に戸惑いながらも潜航を始めているとは言え敵の旗艦をこのまま海上から追跡して魚雷の再装填が間に合えば汚名返上の機会が得られると浜風は考え声を上げた。
『奴の船足と進路を考えろ! 味方に期待するなっ、別の方向に逃げてる敵もいる!!』
だが、直後に告げられたその指揮官の怒声に近い語調に頭を殴られた様な錯覚を受け、目を見開いて敵の姿を見た駆逐艦娘は即座に彼の指示通り両足で舵を切り海面を駆ける。
(いつの間にか島影が見える程の距離に!? 敵が・・・領海に侵入する!?)
作戦海域と自分の位置から鑑みて種子島か屋久島か、どちらにせよ巨大化しているとは言え浜風自身の目で見える位置に離島とは言え日本国土に含まれる陸地が存在し、駆逐ロ級のサメの様な船体がその方向へと突き進む様子に戦乙女は歯を食いしばり顔を強張らせた。
(この私が戦いに夢中になって距離を見失うなんて迂闊を! 提督に呆れられてしまったと言う事!?)
まだその島が駆逐ロ級の持つ武装の射程距離には入っていない事は分かるが一部とは言え守るべき日本国へと敵艦が砲を向けていると言う状況は浜風の胸中に怒りと悔しさ、そして、自らの不用心に対する憤りを渦巻かせる。
浜風の背でその分身である艤装が指揮官の手と彼女の心に呼応して出力を最大まで引き上げ、黒いストッキングに包まれた脚が最大速度に達して波を切り裂き、その太腿に装備されている二基の魚雷管が突然に分解する様に装甲を展開させた。
『砲撃で削ってる暇は無いっ、追い抜きざまにバリアごと横っ腹を蹴り抜け!』
深海棲艦の背でウロコがざわめき空に向かって爆ぜる様に飛び散りながら散弾となった黒い装甲片、敵の対空攻撃の一種がロ級を追いかける浜風に降り注ぐが前傾姿勢で弾丸の間を縫う様に走る陽炎型駆逐艦は紙一重で敵の悪あがきを回避する。
《了解!》
艦橋に居る指揮官の手によって砲撃戦から近接戦へと自分の
《駆逐艦浜風、突撃します!!》
光の渦と暴風を吐き出し背中を猛烈に押す推進機関によって一陣の風となった駆逐艦娘が百数十ノットで航行する深海棲艦へと追いつき、その足下で二基の魚雷管と連装砲の合体を経て膝から爪先まで直線の鋼刃を形作る。
(提督に褒めていただけるチャンスをっ! お前のせいでぇっ!!)
第四章のコンセプトは【食いしん坊レ級ちゃんの摩訶不思議
えっ? ・・・ウソは言って無いヨー?
・・・
中村「一撃で仕留めたか、浜風、流石だな」
浜風「いえ、この程度の事で褒めていただく必要はありません、これより作戦海域へ戻ります」
中村(滅茶苦茶、不機嫌な顔が恐ぇんだけど!? も、もしかして俺の指示のせいか? てか接近して足止めか障壁割ってくれりゃって思ってたら一撃でロ級真っ二つかよ、この子やべぇ・・・)
浜風(こんな未熟な私に優しい言葉をかけてくれるなんて、提督の艦隊に相応しい駆逐艦となる為にも次の海戦ではさらに戦果をっ!)