ちなみにどうでも良い事かもしれないけど、この世界の百円ショップは絶滅しました。
ガソリンスタンドとコンビニもそろそろアブナイ。
2008年に人類史上初めて確認された深海棲艦の出現。
その後に国連の平和維持活動と言う名目で行われた正体不明の存在を排除するための軍事作戦によって敵艦の全てを撃破したと世界へと報じられた。
しかし、第二次世界大戦後において稀に見る人命の最大消費と言われる事になった名も無い海戦の内容は各国の最新兵器の実験と対外圧力の為に多大な労力と大量の弾薬を浪費したにも拘らず。
全体戦力の三分の一である大小12隻の軍艦をスクラップに変え、ほぼすべての艦艇を損傷させ、千人を超える殉職者を生み出した。
だが、その一カ月後に起こったイギリスの海運会社が所有する大型タンカーの沈没とわずかに生き残った乗員の証言から先の海戦で連合艦隊が捕捉し撃破を報じたモノと同型の正体不明船舶、深海棲艦が存在している事が発覚する。
おびただしい損失を産んだ先の作戦は何の成果もあげていなかったのだ。
それを機に世界はどの国にも属していない正体不明の巨大な怪物たちへの恐怖。
損失した将兵と兵器類からくる軍事バランスの崩れによる国家間の不毛な駆け引き。
それによりかつての冷戦期もかくやと言わんばかりのにらみ合いを開始する事となった。
以来、深海棲艦は太平洋上の遠洋にて突発的に発生する災害として海を行く全ての人類にとって脅威となり徐々にその数を増やしていく被害に国際協調の和はお飾りの言葉と化していく。
そして、口さがないコメンテーターなどがが第三次世界大戦も近いなどと触れ回る。
そんな世界情勢の中、深海棲艦を端に発した影響による変化は日本も例外ではなく。
否、日本だからこそ最もその影響を受ける事となった。
刀堂吉行、物理学研究者としても第一線で名を馳せ、海外にも通用する数多くの特許を得ていた科学者。
彼は1999年の国際的なとある科学フォーラムの場で講演を行った際にその時点では影も形も無かった深海棲艦と言う人類社会に対する脅威となりうる存在の出現を預言していた。
彼が最後に公式の場に姿を見せたのは深海棲艦が出現する一年前。
その時点で八十代に入り杖を突いて歩く痩せぎすの身体となった老人。
刀堂博士の公式に残る最後の音声は結党から一年も経たない新政党の特別顧問として当たり障りない応援演説を述べると言う地味なモノだった。
かのフォーラム以降、頭は良くとも考え方は狂っていると多くの研究者に嘲笑されるようになった老人は老年を思わせぬかくしゃくとした振る舞いで自らが支持する政党の応援を終えた後に人々の前で最後に深く頭を下げて壇上から去る。
そして、その講演からわずか半年の後に路上での転倒による脳挫傷と言う余りに呆気ない事故で帰らぬ人となった。
彼が応援した政党はどのような手段を取ったかは定かではないが新人や古参問わず多くの議員を次々と吸収するように搔き集め、気付けば最大与党を上回る大人数を誇る巨大な組織となった。
その勢いのまま戦後の日本で一強と言われていた政党や長年政権交代を狙っていた野党を差し置いて日本の政権を得る。
日本国民協和党と名付けられた新政党は国民の期待を受け大規模な政権交代を実現したのだ。
そして、与党としての経験を持たないのだから失策を連発するだろうと言う識者の下馬評を裏切り、日本国民協和党は国内の細々とした諸問題から緊迫する国際情勢や深海棲艦問題まで国民を守るための政策を驚くほどスマートに実行していく。
まるで未来を知っているかのように押し寄せる国内外の問題を快刀乱麻に断つ。
それを采配する日本党の政策は政府批判を趣味にしている一部の人間を除く多くの国民に受け入れられていった。
そして、2010年の晩春に衆参両議院で可決され対深海棲艦用兵器である『艦娘』の製造とその管理を行う『鎮守府』と言う研究機関の設立。
そんな全国民が耳を疑うようなファンタジーかSFの類に属する内容の法案と計画を実行した事以外は失敗らしい失敗無く現在も最大与党として国会に立っている。
・・・
艦娘に鎮守府、その単語は私の記憶が確かなら艦隊これくしょんと言う名前で2013年4月23日にサービスが開始するはずだったソーシャルゲームに登場するモノだったはずだった。
主に第二次世界大戦時に運用されていた艦艇を擬人化させた美少女や美女を艦娘と呼び。
彼女達が人類の敵である深海棲艦と戦う為に集う基地を鎮守府と呼ぶ。
プレイヤーは艦娘達の指揮官として鎮守府に着任して数々の任務や定期的に発生するイベントを乗り越えていくと言う内容のゲームだった。
かく言う私自身も妻も趣味も無く仕事以外はサービス開始時点からゲームを始めていた古参プレイヤーであり、ガチ勢と言われるほど艦これにハマり込み思い入れの強い艦娘を嫁などと呼んで悦に入っていた。
そんな普通に会社に行って普通に家に帰る普通のサラリーマンをやっていた私はある雨の日に足を滑らせて歩道橋の階段を転げ落ち、一瞬視界が暗転した直後には過去の実家でオギャーと泣きながら若々しい母親にあやされていた。
そして、自分に起こった不可思議な現象に困惑を抱きながら前の人生より少し賢く人生を歩いた。
だが、深海棲艦の出現からどんどん自分が知る未来から世界が変わり始める。
それによって単純に過去に戻ったと思っていた私はこの世界が艦これの世界だったらしい事を知るに至った。
年々、深海棲艦の被害は増して今では太平洋の全域でグロテスクな怪物たちは我が物顔で各国の海運を妨害している。
ついこの前まで安いだけが取り柄の中国からの輸入品がその値段を二倍三倍へと変えた。
石油製品やそれに類する物品の物価も右肩上がりを止める事は無く、一般家庭の財布を容赦なく締め付けている。
インターネットで調べれば連日のように深海棲艦によって破壊された貨物船や砲撃を受けた外国の町などの惨状が溢れる。
高校を卒業して大学に入ったばかりの一般人でしかない私にも世界の終わりが近づいている事が感じられた。
深海棲艦が現れ、すぐさまに日本は艦娘と鎮守府を造り出す計画を実行した。
私が前の世界でプレイしたゲームでの知識が合っているなら人類の味方である艦娘が深海棲艦に挑み、海を取り戻す為に奮戦しているのだろう。
だが、その深海棲艦への対抗計画が実行されてから既に四年は経っていると言うのに世間話にもメディアやインターネットにすら彼女達の姿は全く存在しない。
深海棲艦の被害だけが増えていく様子にまるで大層な名前だけが書かれた空っぽの箱を見せられたような気さえしてくる。
そんな息苦しさだけが増していく先行きの見えないある日、深海棲艦の勢力が台湾の南西にある南シナ海にまで出現したと言うニュースが報じられた。
とは言え、人類が海を失うと言う事態が迫っておりもう何処に深海棲艦が現れても不思議ではない事を知っている私にとって大した事がないと他人事でしかなかった。
その数週間後に中国軍が周辺諸国へ一方的な通知と共に戦術核を使うなどと言う暴挙に出て同海域に出現した深海棲艦の艦隊を壊滅させたと発表するなんて事件が起きなければ。
声の大きな彼らはアメリカを中心とした国連の艦隊を壊滅させた深海棲艦と同じ存在を自国の力のみで討って周辺国を守ったのだと鬼の首を取ったかのように傲慢な態度で国内外に核兵器の使用を正当なモノだと喧伝していた。
その後に中国共産党の幹部たちは南シナ海の深海棲艦が減るどころか増えたと言う事実をお得意の情報統制で封じ込めたがそれを素直に信じたのは自国民の一部でしかないだろう。
深海棲艦には現代兵器は無力であり核ですら耐え切ると設定されている。
ゲームではプレイヤー達の間であーだこーだと議論が繰り広げられていたが、奇しくもそれが私の生きるこの世界では実証されてしまった。
艦隊これくしょんの曖昧な設定の中に人類は追い詰められシーレーンを失い日本は目と鼻の先まで深海棲艦の侵略を受けているというモノがあった。
実際にそんな状態となれば確実に今の食うに困らず学生だけをやっていられる私の生活は失われる。
それどころか砲撃や爆撃が降り注ぐ地獄絵図が自分の周りですら現実のモノになるだろう。
深海棲艦と言う存在を他の人間よりも知っているからこそ強まる現状への絶望。
希望であるはずの艦娘が全く姿を見せない為にそれの歯止めが無く。
ジワジワと心を蝕む憂鬱さに自殺してしまえば楽になれるのにと思う事も一度や二度ではなかった。
しかし、実際に自殺する勇気も持てない私はせめて親の金を無駄遣いで終わらせないように二度目の大学生活を惰性で送っている。
・・・
2014年の2月、雪が疎らに降っていたある日、前回も同じ大学で知り合った友人と学食で未来への不安で鬱屈した感情を紛らわせる為にうどんを啜りながら私は彼と他愛ない会話をしていた。
そんな時、学食のテレビに映るニュースキャスターが国会で日本党が新しい法案を可決させた事を知らせる。
何気なしに聞いて見れば『国防を目的とした重大な危機に対する特別任務の執行』を目的として艦娘と鎮守府に『特別任務の優先執行権』を与えると言う長ったらしく一度聞いただけでは意味が分からない法律が施行されたらしい。
「つまりどういう事だってばよ?」
「・・・国防に重大な危機が発生した場合には艦娘が自衛隊よりも優先的にそれを排除するって内容じゃないかな」
潰れたプリンみたいな色の髪でバカっぽい顔をした友人がどこかの漫画の主人公を真似て首を傾げるのを横目に私はうどんを啜っていた。
もしそれが本当なら大いにやって欲しいものだ、と他人事のように割り切ってテレビに向かっていた視線を反らす。
退屈ながらも平和だった前の世界を思い出させる艦娘と言う単語にすら忌避感を持つようになった私は極力そう言った話題から耳と目を遠ざける事にしていた。
「艦娘かぁ、娘って付くんだから女の子だよな? 可愛い子ちゃんなのかなっ、なぁ!?」
「さぁね、知らないよ・・・もしかしたらそんなモノ初めからいないかもしれないんだから」
「えっ? いや、でもニュースでいるって言ってるじゃん?」
もうこの時点の私はそもそも艦娘なんてモノが存在しないと言う悲観的な予測に支配されていた。
きっと日本党の中に私と同じような転生者が紛れ込んで未来予知じみた前の世界の知識を使って見せかけの希望として在りもしないモノをあるように見せているのだと考えていた。
昼間のニュースから国家を巻き込んだ壮大な詐欺と陰謀の存在を勝手に確信した私はせめて自分が死ぬ瞬間まで普通の日本人であろうと心がけることを誓う。
「テレビなんて偏った情報しか出さないんだから鵜呑みにしてたら情弱なんて言われるよ」
「マジで!? 俺っち、情弱だったのっ!?」
もし前大戦のような徴兵制度なんてモノが始まったらどこかに逃げてしまおう。
国民の安全の為に政府が行っている疎開政策なんて揶揄される避難指示のおかげで人間が居ない場所は結構多い。
怪物と戦って死ねなんて言われるぐらいだったらどこかの廃屋で飢えて野垂れ死ぬ方がよほど私の性に合っている。
兼ねてより思い込みが激しいなんて言われるその時の私はより人間らしい生き方をする事だけに腐心していた。
・・・
2014年の夏、去年と同じようにセミが五月蠅く喚く音に満ちた私の世界がひっくり返ったような錯覚、いや、実際に私はその映像を見て無様に椅子から転げ落ちて強かに尻を打って呻いた。
海上保安庁の巡視船によって撮影された映像の外部流出、守秘義務が存在する筈の公務員がインターネット上の動画配信サイトへと無断でアップロードした十六分ほどの映像。
その映像の中で深海棲艦の出現によって緊急時の為に全ての巡視船の船首に装備されたと言う機関銃が絶え間なく鉛玉と発砲音を吐き出す。
必死に恐怖を紛らわせる為か勇ましく叫び声を上げ船上に固定された機関銃にしがみ付いて引き金を引く海上保安庁の隊員達。
その銃が向く先にいる下手な船よりも巨大な怪物、ぞろりと鮫のような牙が並んだ黒い装甲に爛々と緑色に光る不気味な眼を持った深海棲艦がいる。
駆逐イ級とゲームでは呼ばれていた深海棲艦は人類の必死の抵抗を物ともせず巡視船へと巨体を叩き付け、甲板にいた隊員たちが船を激しく揺らす振動に足を取られて床に叩き付けられた。
船の縁が砕け腰を抜かした隊員たちがお互いに手を貸し合って船内へと逃げようとするが、その姿をあざ笑うかのように駆逐イ級はその硬質な身体を再び体当たりをするために数十mほどの距離を取る。
こんな貧弱な武装しかない船など砲を使うまでも無いというように。
グロテスクな全形を魚のようにうねらせて巡視船へと迫り、船員たちの悲鳴や怒号が艦橋の上に設置されたカメラのマイクにも届く。
≪させないわっ!≫
そして、離れた駆逐イ級が再び哨戒船へとその巨体を叩き付けようとした瞬間、その黒い装甲とへしゃげた船の縁の間に巨大な腕が割り込み深海棲艦の突撃を阻止した。
≪私の前でこれ以上の無法は許しません! 恥を知りなさい!!≫
音割れするほどの大音声でスピーカーから響く女の子の声。
少し低く聞き取り辛いが間違いなく私の古い記憶を呼び起こす聞き覚えのある凛とした少女の叫びと共に画面の中に黒く長いストレートヘアが海風にはためく。
白いシャツにサスペンダーで吊られた淡い鼠色のスカート。
両手に装備された物々しい金属の塊は大砲と魚雷管を模した形をしている。
「あ、朝潮・・・なのか?」
椅子に座り直すのも忘れて机に這い上がるようにして海上保安庁から流出した映像を再生し続ける画面へと顔を近づけた。
その私の目の前で朝潮型駆逐艦の長女、前世の世界では見た目の可愛らしさだけでなく生真面目な性格も特に気に入って艦隊に編成していた艦娘がいる。
≪この船から離れなさい、深海棲艦っ!!≫
その朝潮がゲームの中から現実に出てきたら丁度そんな恰好になるな、と納得できるほど彼女に似通った姿と声を持つ少女の右手に装備されている連装砲が不意に変形を開始する。
砲塔が回転した事によって砲身が手先とは逆向きになり、重く金属が駆動する音と共に鋼色の装甲を展開する。
展開した装甲や内部機構がガチャガチャと忙しなく金属音を立て連装砲はものの数秒で全く別物へと作り変えられた。
一見すると小学生に見える10mを超える巨体を持った少女の右手を包み込む巨大な鋼鉄の手甲。
駆逐イ級を巡視船から遠ざけるために背負った艤装のスクリューが吐き出す轟音と共に体当たりして自分よりも巨大な怪物を押し返す。
ゲームには存在しなかった正体不明の武装を構えるその朝潮の姿に私は目を見開き口を開けたマヌケ面でパソコンのモニターを見つめる事しかできない。
そして、握り込まれた拳の形をした鋼の塊が撃鉄を起こす様な音と共にその内部機構の一部を露出させてキラキラと輝く粒子がそのすき間から溢れ出す。
その燐光はゲームで艦娘達が有利に戦えるように纏わせる事を心がけていたキラキラ状態と呼ばれる最高のコンディションを示すそれと驚くほど似ていた。
《この海域から出ていけぇぇっ!!》
身体でイ級を押し出すように巡視船から離れ距離を取った朝潮がゲームの中でも言っていたセリフを叫び、黒髪を潮風にうねらせて上半身を捩じるように手甲を振り抜く。
次の瞬間には機関銃では傷一つ出来なかった黒い装甲に突き刺さった朝潮の拳を中心に蜘蛛の巣のようにヒビが広がり、素人目にも数百トンはあろう深海棲艦の巨体がくの字に折れながら海上へとその船底を晒した。
それだけでも現実離れしているのに、さらに追い打ちをかけるように彼女の手甲の変形した後も残っていた連装砲の砲身が激しい摩擦音を上げながら杭打機のように凄まじい勢いで手甲内へと引き込まれ耳をつんざく打突音を上げる。
瞬間、画面越しでも目が眩むほどの強烈な閃光がモニターを染め、スピーカーが爆音としか表現しようがない音をガリガリと耳障りな音割れと共に吐き出した。
その大音量のノイズに顔を顰めた私の目の前にある映像の中で朝潮の拳が駆逐イ級の横っ腹を打ち砕き、巡視船から更に遠くへと殴り飛ばす。
そして、朝潮が振るった拳の破壊力によって空中分解して文字通り粉々になった深海棲艦だったモノは海面に着弾し波紋と言うには大きすぎる大波を発生させた。
「は、はは・・・ご、合成じゃない、よね・・・?」
もしそうだと言うなら海上保安庁は海の警備よりも映画の制作と撮影に全力を尽くすべきだと、混乱した私の頭は益体も無い戯言を囀る。
映画のクライマックスにしか見えない映像の中、イ級の残骸によって発生した津波はその様子を近くで撮影を続けていた巡視船にも襲い掛かり甲板がトランポリンのように揺らされる。
画面端にはオレンジ色の救命胴衣を身に着けた船員が船にしがみ付いている様子が見えた。
そして、その揺れは荒れた海面を物ともせず滑るように近づいてきた朝潮の両手が船を捕えた事で瞬く間に抑え込んだ。
≪落水者はおられませんか? 救助が必要であれば助力いたします≫
巡視船を見下ろす程の身体の大きさはともかく見た目だけなら小学校の低学年にしか見えない女の子が停船した巡視船へと中腰になって船上にいる隊員たちへと視線を合わせ親身に手助けを申し出る。
甲板に出てきた船員たちが手を振りながら頭を下げたり敬礼をしたりしている姿を最後にその映像は再生時間を終えて唐突にブラックアウトした。
「うひゃっぁ!?」
暗い画面に映り込んだ自分のマヌケ顔に驚いて私はまた床にひっくり返った。
・・・
巡視船記録映像の流出事件を機にテレビも新聞も報道に携わる者達はたった十数分の映像に首ったけになった。
悪質な合成映像と笑い飛ばすコメンテーター。
実際に艦娘に助られたと証言する漁師。
軍事機密であると詳細な内容をはぐらかす自衛隊広報官。
海上保安庁は情報を流出させた職員に懲戒免職を叩き付け、その職員の味方に付いた弁護士が裁判所で弁舌を振るう。
まるで蜂の巣を突いたように大騒ぎとなったマスメディアは我先にと艦娘に関する新しいネタを探し始めた。
そして、避難指示によって立ち入りを禁止されている日本各地の海岸に向かったプロアマ問わずカメラマン達が構えた望遠レンズの向こうに捉えられた海上に立つ幾人かの巨大な少女達の姿は急激にインターネット上へと拡散を始める。
・・・
2014年の夏も終わりに近づき私は大学へのレポートを溜め込んだ友人に付き合って節電の為にエアコンが止められている自習室にいた。
エアコンが使えない代わりに全ての窓を全開にしてあるが蒸し暑さはちっとも軽減されずに身体中から汗が噴き出る。
「ならよ、あんなに艦娘が強いなら何でさっさと深海棲艦をやっつけに行かないんだ?」
「人に聞く前に国防特務優先執行法の内容ぐらい読んでおきなよ、最近はどのチャンネルのニュースでも毎日やっているだろ?」
あの映像流出から一部のメディアや評論家は日本帝国軍が行った航空機による最悪の攻撃作戦の名前に絡めて特行法(トッコウホウ)などと呼び大々的なネガティブキャンペーンを開始した。
冗談みたいに強過ぎると言われている一強政党である日本国民協和党への降って湧いた攻撃材料に飛びついた者達。
彼らは口々に審議が足りなかっただの、民意を無視した憲法違反だのと宣い。
普段は仲が悪い野党同士までも手を組んで意識の高い市民を扇動してシュプレヒコールを路上やテレビで派手に展開している。
施行から既に半年も経ってから強行採決反対なんて国会の前で喚く者達。
その中にはその法案が採決された際に賛成票を入れていた国会議員まで混じっているあたりこの国の政治はちゃんと機能しているのか心配になる。
さすがは優秀な人材は全て日本党に持っていかれた何て言われる昨今の野党は自分達がどれだけ低レベルな物言いをしているか自覚せずにお祭り騒ぎを起こしていた。
事の発端である映像の中にいた朝潮は人殺しの怪物に襲われていた船のもとに駆け付け、深海棲艦を打ち倒して人命救助に尽力した。
その彼女を指して憲法を破壊し国を脅かす存在とは何を言ってるのか。
サイズはともかく見た目は可愛らしい女の子を褒め称える人間の方が大多数を占めていると全てのメディアが行ったアンケートの結果が示している。
一部で自分達が行ったアンケート結果に納得がいかず社説に艦娘と与党と総理を貶めるだけの文章を載せた新聞があるにはあったが依然変わる事無く少数派の意見でしかない。
「あの特務執行法ってのははっきり言って悪法としか言いようがないね」
「お、何々、お前あのDe'fenceと言う連中と同じこと考えちゃってんの?」
「あの国会前でバカ騒ぎがしたいだけのなんちゃって民主主義者と一緒にしないでくれないか、つまり・・・」
国防特務優先執行法、国防及び大多数の国民に重大な危機が発生する可能性が認められた場合に鎮守府は独自判断で艦娘の出動を行える。
さらに出動を許可された艦娘部隊は自衛隊のどの指令系統よりも優先して重大な危機に対処する権限、つまりは深海棲艦の排除する為なら自衛隊と言う組織から逸脱した権限を得ると言うのが大まかな件の法律の内容だった。
ただし、これはあくまでも国防と言う目的の為に許された最小限の範囲内において保証される権限であり、それ以上の拡大解釈を許すモノでは無いと言う条項も存在している。
「要するに艦娘は日本の公海上での武力行使を禁止されているどころか、EEZ(排他的経済水域)から出る事すら出来ないって事なんだよ・・・」
この法案が国会で審議される前、深海棲艦から民間の輸送船団を守るために同行していた海上自衛隊の護衛艦に年端も行かない少女や自衛官とは毛色が違う装束を身に纏った美女の姿があったと今さらな情報が掘り起こされてきている。
私に貿易船の運航に興味が無かったとは言え、思い返せば日本籍の船舶が深海棲艦による被害で沈んだと言うニュースは特務法が設立するまで聞いた事が無かった。
深海棲艦が現れてから外国の船が沈んだと言う話は山ほど聞いた事を考えれば私が気付かなかっただけでこれこそが
「だから、日本の船が海上で深海棲艦に襲われていたとしてもそこが行動可能な海域内でなければ彼女達はこの法律のせいで指をくわえて見ているしかないって事になる」
施行から一カ月ほど経った頃にロシアと日本を繋ぐ日本の貿易会社が所有する貨物船が海に沈んだと言うニュースが飛び込んできたのは私の記憶に新しい。
法案の内容を把握していないのに口だけは大きい連中が公の場に姿を現さない艦娘達へ心無い暴言をばら撒く姿は本当に公共放送として公平性を保っているのか。
いや、今のマスメディアに良識がちゃんと備わっていたら国会の前でバカ騒ぎをしながら『現総理の顔写真』や『艦娘NO!』なんてプラカードを持ちながら中指を突き立てる連中を若者が政治に関心を持った好例などと紹介はしないだろう。
確実に深海棲艦による脅威は世界を脅かし、そんな状況でもお互いに足を引っ張り合う呆れるほど汚い思惑が交錯する息苦しい日本。
だけど、それでも艦娘は名前だけの存在ではなかったのだ。
前世の知識で全ての事に知ったかぶりを続けて自分が情報弱者であった事に気付かなかった一般市民。
そんな大勢の中の一人でしかなかった私が知る事も出来ない場所で彼女達は確かに存在し、艦娘は人々を守るために深海棲艦との闘いを続けていた。
「つまり、この法律のせいで艦娘が護衛に就く事が出来ない海外への船団に関する被害は確実に増える事になるね」
「ほぉん、なら特行法は無かった方が良かったって事か?」
「・・・変な略し方しないでくれるかい、とは言え今までは多分誰にもバレなければ問題無いって感じで艦娘の情報を隠して護衛させてたんだろうけど」
つまり、それは政府と自衛隊のどちらかもしくは両方に艦娘の情報を秘匿しておくことが出来なくなった何らかの事情が発生したと言う事でもある。
「流石にあんな力を持った存在が何の制限も無く外国の領海や領土に踏み入れさせたらそれこそ問題になる・・・状況としてはあっちが立てばこっちが立たないって感じかな」
それは自衛隊の組織にとって都合の悪い事実を隠蔽や揉み消しの為に行われたのかもしれない。
逆に艦娘に対して保証を与える為に彼女達の存在を公に認める必要性が出てきたからかもしれない。
「あの流出動画を考察した話しであの艦娘の子のパンチが一発でアメリカ軍で使われてるミサイル六発分の威力とか言ってたけど、確かにそんな子達が外国に行ったら戦争でもしに来たのかって言われそうだよなぁ」
「・・・要するに特務執行法では艦娘は日本国土の安全は守るけど他の国には関わらないよって法律だね」
人間しか敵がいなかった前の世界ならともかくこの世界は話の通じない深海棲艦がうじゃうじゃと湧いて出て来ているのだ。
そんな世界の中で憲法9条がぁ~!と喚く人間達は自分達の生活が誰の手によって守られているかなど想像もしていないし、例え知っていたとしても都合の悪い事と見ない振りをするのが関の山だろう。
自分達にとって都合の良い情報を流し、都合が悪ければ歪めて洗脳するように視聴者へと間違った認識を植え付けようと考える人間がテレビでも新聞でもインターネットや噂話の中にすら存在している。
「そう言えば、お前、ちょっと前まで法律家目指すとか言ってたのにこの前、報道系の仕事を先輩に紹介して欲しいとか頼んでただろ、急にどうしたんだ?」
「ちょっと、思うところがあってね・・・」
友人の言う通り私はついこの間まで働き蜂のように忙しなく家と会社を行き来していた前の人生よりも安定した高収入の職に就いて悠々自適な生活を望んでいた。
法律に詳しい方が人生でより上手く立ち回れると考えていた。
だが、ある思いを抱いた今の私にとって法律の勉強は続けるけれどそれはただの手段となっている。
「何が間違いで、どれが正しい情報なのかを自分の目で見極めたくなったからかな」
「ホントは取材とかで艦娘に会うチャンスが欲しいから行きたいんじゃないのかぁ~?」
人が真面目な事を考えている時に限ってこの友人は茶化すようなセリフを吐いて私を逆撫でするのは前の世界から変わらないらしい。
それに独身生活で余らせた金を万単位でかけるぐらいにハマったゲームのキャラクターに現実で会えるかもしれいないとちょっとしたミーハー気分を心の端っこに抱えるぐらいは個人の自由だと言わせてもらいたい。
まぁ、揶揄いの材料を目の前のアホ面に与えるだけだからそんな思いを言葉にするつもりは無いけれど。
「まっ、面白そうだから俺も付き合っちゃおっかな?」
「君はさっさとレポートを仕上げるべきだね、夏休みも終盤に入ってるんだからさ」
ちょっと前まで悲観に暮れてた癖に手の平を返すような真似をしている自覚はあるが笑わば笑え、都合の良い話に飛びつく現金さは人間なら誰でも持っている気質なのだから。
そして、人間らしい一般人を自負している私もまたその一人である。
でも不思議と電気料金は値上がりしないんだよね。
政府も電気自動車とか推進してるんだって。
なんでだろうね?