艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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いや、その理屈はおかしいでしょ。
 


第七十二話

「なんなんだっ! 正気なのか!? 古鷹っ、援護射撃は!?」

『む、ムリですよ! あんなに密着している状態で撃てるわけありません!!』

 

 その光景に目を見開き唖然としていた木村隆は無意識に頭を振り乱して帽子を床に落とし自分の艦隊の旗艦をやっている重巡洋艦娘に叫ぶがコンソールパネルに戻ってきたのは悲鳴じみた叫びだった。

 

「木村艦隊の位置が分かったわっ、これは・・・レ級と随伴の分断を狙って中村二佐を援護してるっ!」

「そうかっ! 古鷹っ!」

 

 やっと手強い敵達を撃破して気を抜きかけた直後に敵旗艦であり今作戦で最も危険視されている深海棲艦(戦艦レ級)の艤装に抱き付く中村艦隊所属の潜水艦娘(伊58)の姿を見せられ混乱しかけた木村の思考が彼を振り返った陽炎の報告に見据えるべき焦点を見つけ出した。

 

『はいっ! 攻撃目標をっ!』

「ここからなら・・・提督っ! 三時方向に中破した軽巡ト級を捉えました!」

「針路は戦闘領域の外周にそって航行! ト級には徹甲弾を! 敵残存を狙って砲撃支援を開始するっ!」

 

 顔を凛々しく引き締めて肩の200cm長距離砲を構え直した古鷹の立体映像が浮かぶコンソールパネルに手を突きながら木村はモニターに向かって操作を行っている朝潮達の報告を即座に頭の中で情報を整理していく。

 そして、今自分達が出来る味方の助けになる手を打つために指示を飛ばし、了解を返す艦娘達の声に頷きながら自らも重巡艦娘の砲撃の準備作業を再び行う。

 

「長距離砲装填、照準ともに完了しました! 提督!」

「撃ち方始めぇっ!」

 

 律義にモニターから身体ごと振り返り敬礼と共に報告を上げる駆逐艦娘の声に返事する様に指揮官は命令を発しながら手を水平に振る。

 彼の声を合図にガツンと金属がぶつかり合い爆ぜる音と振動が艦橋に響き、正面モニターに見える巨大な古鷹の主砲の先端が閃光と共に超音速の砲弾を放ち、直後に空気を捻じ切り穿つ光弾の通過によって遥か彼方まで走る白線で正面に見える海面が引き裂かれていった。

 

「軽巡ト級に弾着、目視確認っ! やったわ♪ ・・・って!?」

 

 超音速の弾丸が着弾して激しく水柱が上がる遠く離れた場所を拡大する映像、横に並んだ三つの口を持つ黒鉄の深海棲艦が右舷から左舷に抜ける貫通弾で爆散する様子の拡大映像を確認してガッツポーズをとっていた陽炎が横目に見たそれのせいで絶句する。

 

 それはメインモニターに開いたままになっていた敵本隊を拡大した映像。

 

 戦艦レ級の尻尾に振り回されながらも抱き付いていた伊58の身体がまるで陽炎に包まれたように空気を淀ませたと同時に古鷹の艦橋のモニターやセンサー類が機能不良を訴える。

 

『くぅっ! 目が霞んで・・・、み、耳も痛っ! なに、これっ!?』

「司令っ! 伊58はもうアレをやるつもりよ!」

「全レーダーの回路を停止しろ! 通信の遮断もする! 古鷹は障壁への霊力供給を上げるんだ!」

 

 防衛大時代には数えきれないほど世話になり、そして、それと同じぐらいの厄介事に自分を巻き込んだ先輩(中村)指揮官がまたやらかした身勝手に木村は内心で悲鳴を上げながら古鷹に防御を固めさせた。

 

「ホントにっ、中村先輩はっ! こういう時、警告の一つを入れるべきじゃないかっ!!」

「あ、あれは一体・・・? 事前の作戦内容にあんな事・・・」

 

 そして、慌ただしい声が飛び交う古鷹の艦橋から見える戦艦レ級の艤装に抱き付いた伊58を中心に空気と言うよりも空間そのものを歪めた様な超常現象が発生する。

 

「湾内演習の特殊ルール、・・・潜水艦に抱き付かれたら大破判定ってやつは知ってる?」

 

 桃色の髪をセーラー服の紺襟の上で揺らめかせる潜水艦娘に抱き付かれたレ級の尻尾がネジくれて不可視の力によって無理やりに曲げられた砲身や装甲が追い打ちをかけてくる振動でひび割れ、白い表皮を割って噴き出す沸騰した深海棲艦の血が蒸気を立てて泡噴く海面を昏い光粒に解けながら黒く汚す。

 そんな今まで見た事も経験した事も無いその異様な光景に目を見開いて絶句している神通と祥鳳へと不意に陽炎が小さく肩を竦めながら鎮守府で行われている訓練の取り決めの一つを口にした。

 

「つまり、実戦で潜水艦娘に接近を許して、抱き付かれると・・・ああなるのよ」

 

 目を細めた陽炎の視線の先で歪んだレ級の尻尾がまるで無理矢理に空気を込められていく風船の様にブクブクと(いびつ)に熱膨張して黒い顎が火を噴き内部から牙の破片と黒い血をまき散らし末端が破片となってバラバラと砕け始める。

 

「特に先制攻撃取られて水中に引き込まれるとホントに洒落にならないわよ、抱き付かれた深海棲艦に同情しちゃいそうになるぐらいだもの・・・」

 

 身体そのものが強力な超振動を発生させる音叉と化した伊58、その身体の外側まで広がり増幅を繰り返す無数の波長は密着しているレ級だけでなく範囲内に存在する気体や液体などまで無差別に巻き込み強力な共振崩壊の影響を及ぼしていく。

 

「それは知っていますが・・・まさか余波で周りの海水まで沸騰するほどなんて・・・うっ」

 

 指揮下に潜水艦娘がいた事が無い木村自身もその艦種が持つ特有の現象(能力)に関する情報は知っていたが、本来なら電探(レーダー)探信儀(ソナー)に利用される索敵機能が攻撃に使われた途端にここまで凶悪な威力を発揮するとは思いもよらず。

 傷付いた肌を包帯と破れた服で隠した祥鳳が水上艦としての戦闘では決して見る事が出来ない光景を前に怖気に歪めている表情と同じように顔を青くした青年指揮官はファイルに収まった記録やノイズが走る不明瞭な資料映像とは段違いのモニターの向こうで繰り広げられている現実のそれが発する迫力に絶句してしまった。

 

『これだけ離れた場所で障壁も最大にしているのにまだ耳に痛い、・・・あんなの友軍がいる場所で使う武装じゃないですよぉっ』

 

 肩に担いでいた長距離砲を背中に移動させ背負った状態になった古鷹が耳を守る為にヘッドセットの上から両手で両耳を押さえ不快そうに顰めた涙目と共に苦しそうに呻き声を漏らす。

 

「話には聞いていたが、とんでもない能力だ・・・」

「でも、あれなら確実にレ級を仕留められますっ、提督!」

 

 数十キロ離れた艦橋のモニターの画素までざらつかせる超振動の威力を近距離から浴びせられてのたうち回り暴れるレ級の姿が潜水艦娘の身体から放射される余波で海面から立ち上り膨れ上がる高熱の蒸気に覆い隠されていく。

 濃密な湯気に呑まれていく戦艦レ級は声にならない悲鳴を上げ何度も敵がくっ付いている尻尾を海面へと叩き振り払おうとする。

 しかし、海面に叩き付けられる衝撃でセーラー服やスクール水着の布地が弾けても伊58は振り回されるレ級の尻尾に抱きついたまま体全体から強力な振動波を放出し続け。

 

 そして、レ級も伊58も視認できない程に濃くなった白雲に包まれた戦場に向けられた古鷹の目が水蒸気の中に巨大な火球を見つけ、白を打ち破り空に立ち昇る赤い炎の発生から数十秒ほど遅れて爆音が重巡艦娘の鼓膜を揺らした。

 

《や、やったの!?》

 

 潜水艦娘の固有能力によって白霧に覆われた海上に向かって目を見開いていた古鷹が味方の勝利に歓声を上げ、彼女の艦橋で呆気に取られていた指揮官はその声と同時に潜水艦娘が発生させていた強力な振動波による共振破壊攻撃が止まった事に気付いてコンソールの通信機能を復帰させる。

 

「こちら木村隆三佐、戦況に関する情報を求めています! 中村艦隊及び田中艦隊は応答を!」

 

 深海棲艦との戦闘で空気中にばら撒かれたマナの粒子はまだ沈静化しておらず通信機のスピーカーを揺らすのは耳に痛いノイズのみだが木村は根気強く通信を繰り返し行う。

 

「やっぱり通信も電探も使えない、これじゃ残党の掃討は孤立無援でしかも有視界戦闘をしなきゃならなそうね」

「しかし、それは我々水雷艦の活躍の場であると言う考え方もできます」

 

 敵の数どころか戦況すら分からない現状では航空機の観測情報に頼らずハルダウン戦法(水平線の向こうへ攻撃)が出来るが海面下からの攻撃に対応できない重巡から対空対潜を同時にこなせる上に中近距離戦闘を主体とする軽巡艦娘への変更は悪くない考えである。

 

「なるほど、水雷魂の見せどころというわけですね!」

「ええ、なので私達は何時でも戦えるように心構えをして提督の判断を待つ事にしましょう」

 

 しかし、木村は味方に合流するべきか遊軍として様子見をするべきかを迷い。

 祥鳳の発着艦能力が健在なら観測機を飛ばして通信範囲と正確な戦場の様子が分かるのだが、と無いモノ強請りを頭の中で巡らせて判断を決めかねて指揮官は眉間にしわを寄せて唸った。

 

『応答を・・・れ、こ・・・だ!』

「通信が繋がったかっ! こちら木村艦隊、そちらの艦隊はっ・・・」

「ちょ、ちょっと司令官! 後ろ、後ろ!」

 

 通信機に飛び込んできたノイズだらけの音声に表情を明るくした木村は田中か中村の返答を期待して声を上げるがそれを遮る様に彼の肩を強く揺らすように叩きながら陽炎が指揮席の後ろ側を指差し驚きに満ちた声で叫ぶ。

 

「陽炎、通信の邪魔をするな、そんな声を出して敵艦が・・・接近でも、・・・? なっ!?」

『アタシは海防艦大東、所属は田中艦隊だぜっ、まぁ所属してるって言っても予備員だけどな~』

 

 その幼い声に背後を振り返った古鷹が自分の顔を覆う望遠ゴーグルを手で押し上げてから軽く目を擦り、もう一度、訝し気に近付いてくる通信相手の姿を確認してから此処にいるはずの無い艦娘の姿に口を半開きにした。

 海上とコンソールパネル上でそんな姿を見せている古鷹の様子に気を配る事も出来ず木村は自分達へと近付いて来た白い水兵帽子とスモックの様なデザインのセーラー服、小口径単装砲と爆雷だけしか武装が無い小型艦種、海防艦娘である大東が重巡艦娘の腰へと手を伸ばして触れる様子を呆然と眺める。

 

『木村提督、ご無事ですか?』

「その声は龍鳳、まさか大東の艦橋に居るのか!?」

『提督達とさわゆきとの交信が切れる直前に祥鳳さんが撃墜されたと連絡を受けました、それで私・・・』

「冗談も程々にしなさいよ! 貴女はこんな所に来ちゃダメでしょ!? さわゆきに残ってる子達は何してんのよ!?」

 

 そして、接触回線によってノイズが完全に消えた通信が知らせたのは装備換装の補助として同行している海防艦、航空甲板を装備した事で空母に近い能力を使えるが補給艦でしかない艦娘、そして、艦娘の指揮官としての適性はあるが所詮は研究室に所属する一般人(研究員)である為に実際の戦闘に参加する資格を持っていない男性の存在だった。

 その三人とも事前の作戦会議で海上拠点である護衛艦(さわゆき)で待機する事が決められており、戦場の真っ只中に居てはいけない龍鳳達の出現に思考停止してしまった古鷹は呆然と立ち尽くし、その指揮官は続いて通信機に届いた大東の艦橋に居る研究員の言葉に自分の耳を疑う。

 

「祥鳳と交代で龍鳳を戦闘に参加させる、だと・・・? 彼女は非戦闘艦だぞっ! まさか研究室はそんなに新兵器の実験をやりたいと言うのか!?

 

 頭の上の軍帽を握りつぶし怒声を上げた木村の叫びに通信機から男性研究員の情けない悲鳴が聞こえたがそんな相手を心配する艦娘は堅物士官の指揮下におらず、モニターに向かって腕を組み不機嫌そうに鼻を鳴らす陽炎だけでなく青年の周りに居る艦娘全員が険悪な色を宿した瞳で海防艦娘の中にいるだろう相手を睨むように顔を顰めていた。

 

『提督違います! これは私が・・・龍鳳がさわゆきの皆さんにお願いした事なんです!』

 

 そんな刺々しい木村達の空気が伝わったのか海防艦娘の艦橋から改装空母が怯えに声を揺らしながらも、それでも懸命に自らの意志を古鷹の中へと伝えようと言葉を発する。

 

『提督が言う通り、新しい装備を手に入れたと言っても私の艦種は補給艦で本物の空母の人達と違って空は飛べません・・・本来なら戦いを避けなければならない船のままだと言う事は自分でも良く分かっています』

 

 艦娘達の前線拠点であるからこそ戦艦レ級を中心とした艦隊との戦闘の情報がその艦内へと集約されいく護衛艦さわゆきで待機していた彼女達は最前線に立つ戦闘中の艦隊の状況を詳しく知る事が出来る立場にあった。

 まだ知り合ったばかりと言っても良いほど短い間しか過ごしていない艦隊であるが木村達だけでなく他の艦隊の強さを自分の目で見て感覚で知った龍鳳(大鯨)にとって彼ら彼女らの中から負傷者が出たと言う報告は非戦闘艦である彼女を恐れさせるには十分すぎる情報である。

 

『でも、私は、私の力が少しでも皆さんを守る事に繋がるなら立ち向かわないといけないと思うんですっ』

 

 正直に言えば今の木村にとって負傷した祥鳳を大東に預けて避難させ戦闘能力は他の空母艦娘から幾分か劣るとは言え艦載機を使える龍鳳に交代してもらうと言う選択肢は間違いなく彼の艦隊にとって利となり得るモノだった。

 しかし、同時にその選択によって得られる有利が非戦闘艦を戦場に連れ出す事に強い忌避感を持っている陽炎達を納得させるには不十分なモノでしかないと古鷹の艦橋に座る特務三佐は判断する。

 

「守るか、だが我々は君の助けなど・・・」

『去年の春に私は初めて鎮守府の外を、今の日本を見る事が出来ました』

 

 いつ敵と出くわすかも分からない戦場で戦闘能力が低く航行速度も遅い海防艦と共に行動するのはあまりにも危険であり、お互いの為にも早々に彼女達を拠点へと引き返させようと考えた木村は敢えて相手を斬り付ける様な言葉を口にしようとしたのだが自分の言葉を押し退ける様に被さってきた龍鳳の声が持つ妙な強さに怪訝な顔で黙ってしまった。

 

『原因は日本海側に現れた深海棲艦のせいで、本当はそれを喜ぶべきじゃない事は分かっています』

 

 去年の早春に日本海に出現した深海棲艦の大艦隊の余波で被害を受けた街へと大鯨は他の輸送艦娘達と一緒に救援物資を運び込み、同行していた艦隊の指揮官を艦橋に乗せて瓦礫を撤去すると言う巨大化した身体でも大変だと感じる作業を繰り返し。

 そんな救援作業の途中で出会った慣れ親しんだ家を失い嘆く人々の姿に大鯨は自身の無力さを感じ、作業をしている自衛隊へと罵声を浴びせる一部の被災者が街の復旧を行っている艦娘にまで向ける白い目と悪口に補給艦娘は恐れ震えた。

 

『でも、お礼を言ってくれる人達がいました、ありがとうって、助けに来てくれて感謝していますって・・・』

 

 要領を得ない龍鳳の言葉に彼女が何を言いたいのか分からない木村は何気なく陽炎へと視線を向けたが、指揮官からの視線に駆逐艦娘も小首を傾げてから困惑に肩を竦めて見せる。

 

『この国に住む人達が全員が全員、良い人ばかりじゃない事も・・・悲しいけれど分かっています・・・でも、それでもあの人達を守りたいと思うこの心を止めたくないんです!』

 

 古鷹の艦橋で周囲への警戒を行いながらも横目に並行して航行している海防艦へと目を向けていた神通と朝潮が不意に目を見開き、彼女達へと手を差し出す様に突き出した大東の掌へと淡い光が集まり、弾ける様に散った光粒の中から鮮やかな朱色を桜の花びらが飾る着物をはためかせ胸元を黒い胸当てで覆った女性が海風の中に現れた。

 

『だから私はどんなに自分が弱い船であっても提督達と、そして、今の日本に住んでいる皆さん(・・・)を守る為に自分が出来る全力を尽くしたい・・・私が会ったあの人達の様な、家を故郷を壊されて悲しむ人をこれ以上出さない為にっ』

 

 その言葉で木村は彼女が言う皆さん(・・・)の意味が自分達だけでなくもっと大きな人間の一括りを指してそう言っているのだと気付かされ小さくぐうの音を漏らした。

 

『提督、こんな(大鯨)でも守りたいんです・・・』

 

 乱暴な風にかき乱される黒髪に映える赤丸の鉢巻、艶のある胸当ての前で握られた右手は力強く、荒事と無縁そうな柔和な顔立ちを強い意志で引き締めて改装空母艦娘は海防艦娘の手の平の上から自分を見下ろす重巡艦娘を曇りの無い瞳で見上げた。

 

『こんな(龍鳳)も、補給艦娘も、輸送艦娘だって! 日本を守る為に生まれた艦娘ですっ! 私達は守られるだけの存在のままでいたくないんです!!』

 

 戦闘艦娘達は大鯨達の様な非戦闘艦娘達を自分達の被保護者であると自負している傾向が強く。

 そんな戦闘艦達の過保護に対して大鯨達は感謝しつつ自分達ももっと仲間の役に立ちたいと思い出来る事を探し。

 多くを学び、考えて、戦闘能力の低い艦種ゆえの臆病さに負けずに出来る事を着実に増やしてきた。

 

 そして、その非戦闘艦に含まれながら改装空母となって深海棲艦と戦える力を手に入れた艦娘は左肩に装備された航空甲板を震える右手で握る。

 

『中村艦隊と田中艦隊も空母を旗艦として出せる余裕がないとさわゆきの艦長さん達から聞きました』

 

 戦場に立つ恐ろしさに震えながらも自らの恐怖心に負けないように深呼吸をした龍鳳は古鷹の胸元へと視線を向け、その艦橋に居る指揮官へと視線を合わせるようにして何故ここに自分が来たのかその理由をはっきり告げた。

 

『今、この戦場で航空支援を行える場所に居る艦隊は木村提督達だけです、そして、艦載機を使える艦娘は私しかいません』

 

 空母艦娘の仕事は敵艦載機にドッグファイトを挑んで制空権を確保するだけではない。

 また航空機による遠距離攻撃で敵艦へダメージを与えられればそれで良いというわけでもない。

 無人艦載機による広範囲の情報収集と同時に発艦させた艦載機を中継端末としてマナ濃度が通信妨害をするまでに上昇した戦闘海域で友軍との通信連絡を確保出来る能力によって有利な状態を維持する事こそが彼女達に求められる最も重要な役割となっていた。

 

『提督、皆さん・・・私の、龍鳳の戦闘参加を認めてください、お願いします』

 

 そう言って必死に懇願するように頭を下げる龍鳳の姿に木村は指揮席の上で顔を苦渋に歪ませ、現状は龍鳳の言う事が道理に適っていると判断する。

 だが、それを部下である陽炎たちが認めるかどうかと言う悩み自分と同じ様に正面モニターへと顔を向けている少女達の表情をチラリと窺う。

 

 何やら気まずそうに頭を掻いている陽炎、悩ましそうに眉を下げている神通と祥鳳、変わらず真面目そうだがよく見れば表情を強張らせている朝潮、コンソールパネルの上に表示された立体映像の古鷹は望遠ゴーグルで表情を隠していた。

 

 全員が今回の作戦で龍鳳が戦闘に参加する事どころか拠点である護衛艦から出る事すら拒否した艦娘達であり、それ故にモニターの向こうで海風に袖をはためかせている少女の言い分がどれだけ理に適っていても心情ではそれを認めたくないと顔に書いてあるように木村は感じる。

 

「提督・・・私と彼女、祥鳳と龍鳳の乗員交代の許可をお願いします・・・」

 

 僅か数秒がまるで十数分にも感じる程の躊躇いが漂う艦橋の空気を振り払うように破れた袖を揺らして傷だらけの手で手すりを握り身体を支えている祥鳳が木村へと振り向いて少しの自嘲が混じった苦笑と共にその考えを言葉にした。

 

「・・・良いのか?」

「だって仕方ないじゃありませんか、私達が勝手なプライドを優先させて、そのせいで日本を守れませんでしたなんて事になったらそれこそ情けない話です」

 

 命に別状は無いがそれでも空を舞うための翼が折れ痛々しい傷が見える空母艦娘は痛みと悔しさに表情を歪めながらもその場にいる仲間へと言い聞かせるように言い切ってから少し無理をしていると分かる笑みを浮かべる。

 それによって陽炎達は自分達の力不足を嘆く様なため息を漏らしながらも祥鳳の意思に了承する頷きを指揮官へと向けた。

 

「祥鳳は下船後に大東と同行し拠点艦へと帰還して治療を受けろ、そして、龍鳳の・・・我が隊への参加を認める」

「了解しました・・・ご武運を、提督」

 

・・・

 

 傷を負った空母艦娘が古鷹の掌から大東の手へと受け渡され、その手の上に座り込みながらも敬礼を重巡艦娘へと向けた祥鳳の身体が光の粒となって海防艦の艦橋へと吸い込まれる様に消えていく。

 

 緩やかに速度を合わせて航行していた二人の艦娘がその進路を分け、大東は怪我人を拠点としている護衛艦へと連れ帰る為に全速力で帰還の途を走り。

 それを見送る古鷹の身体が不意に速度を落として金色の光へと解けてその輪郭を消していった。

 

 そして、輝く輪が宙に金の葉を茂らせ煌めく錨が空間へと銀の文字を輝かせるその茅の輪を固定する。

 

 燐光の粒をまき散らし輪の中から突き出されたしなやかな指が白い破線に縁どられた紅襟のセーラー服に通され、揺らめく光粒に編み上げられていくスカートの下から伸びる黒いストッキングに包まれた足が船底を模した履物へと差し込まれて海を踏みしめた。

 

 そして、海に立ち両腕を左右に広げた大鯨(・・)の背後から朱色の着物が金の輪から羽ばたくように現れてまるで生きているかのように彼女の身体を包み込み。

 

《航空母艦・・・龍鳳、抜錨します!》

 

 その左肩へとミニサイズに圧縮されていた航空甲板が元の大きさへと再構築され、黒い胸当てと太帯が前襟を合わせた着物を包み込むように龍鳳(・・)の胸と腰を引き締める。

 

 緊張に顔を強張らせながらも気丈に顔を真っ直ぐと上げて空母となった艦娘は背後で消えていく金の輪から最後に引き抜いた長弓を手に構えて艦橋からの声に頷き背筋を伸ばし集中と共に目と腕に力を込めて指と矢を弓の弦へと掛けた。

 

《観測機発艦! はいっ、友軍艦隊の捜索と拠点との通信の確立を優先、・・・ですね!》

 




 
Q.交代の艦娘を連れて来るにしても龍鳳じゃなくて他の巡洋艦か駆逐艦にするべきだろ、常識的に考えて。

A.待機と言っても戦闘の余波で発生した津波とか戦闘海域から出てきたはぐれ深海棲艦への対処をしなければならないので完全に暇って艦娘は一人もいないのです。多分。
 おそらく戦闘でマナ濃度が上がったせいでレーダーや通信が不自由になっている海域で艦載機が使えない艦娘が目印も無い海の真ん中にいる木村君達を見つけるのは索敵値的に難しいからこその判断なのでは?
(※全文、言い訳)
 
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