それは守るべき大切な人達がより良い未来を歩いて行ける様にと。
熱に浮かされているだけだったとしても、見せかけの儚い夢と分かっていても。
祖国が掲げた
愚かな世界大戦へと突き進む、狂った時代を懸命に生き抜いた戦士達から託された祈りだった。
夢を見ていました。
懐かしく、誇らしく、どうしようもなく悲しい夢を見ていたんです。
かつて存在した帝国としての日本で技術と資源の粋を結集し、人々の血と汗を絞り出すように結実させ造り出された史上最大にして最強の兵器として見た夢。
航空技術の発達によって大艦巨砲主義が陳腐化しても戦略的価値の変移を認められなかった軍人の身勝手によって生まれた日本海軍における最後の戦艦の一隻に刻まれた記憶が何度も明滅を繰り返す。
人類史に第二世界大戦の名で刻まれた戦争の末期、自分と同じ山をも貫く最強の鉾を与えられた妹艦が奮戦も虚しく悪き敵連合国軍の航空機によって打ちのめされ沈み。
その戦訓から切り札にして虎の子である46cm口径の主砲を守る様に最後の作戦の為に施されたヤマアラシの針にも見える無数の対空機銃、機関砲を備え付けられた私の
私が沈めば国が終わると言わんばかりに艦橋から見下ろす鋼の巨体には過剰な量の最新鋭艤装がずらりと並んでいたが肝心のそれらを動かす人員どころか全力を振り絞る為の油や弾までも満足に用意する事はできていなかった。
そして、既に世界各地で繰り広げられた戦闘が軒並み劣勢であると言う知らせによって自分達と相手の物量の差は絶対的な隔たりがあると最期の作戦を命じられた者達は一人残らず知っていた。
それでも彼等は数少ない弾に魂を込めるようにして銃に装填し、腰に佩いた刀に手を掛け意気乾坤の声を上げる。
そうして、日本最強の戦艦が鬼畜な敵国軍に負ける事などあり得ないのだ、と実体の無い誇りに飾られた狂奔に突き動かされ気炎を上げていた。
だけど、私は彼等を愚かなどとは言わない。
私だけは彼らの心が狂おしいほど身を苛む死の恐怖に怯えていた事を、それを押し殺してでも自らが守るべきと定めた人々の為に必死に動いていたのだと知っているから。
船室の片隅で手作りのお守りを手に握り震え、本当は戦争から逃げ出して故郷に帰りたいと願っていた青年がいた。
海に向かい空の盃を手に掲げて、亡くなった戦友に語り掛けるように愛国の言葉を唱える士官が居た。
負け戦を前であるのに数千の人員の命を背負う重圧に負けじと胸を張る艦隊司令が、艦長が、各部署に配された将兵の矜持が私の中で生きていた。
敵軍に襲われ救援を求めている同胞がいる沖縄を奪還し防衛をなす決死の作戦。
その作戦が成功しても戦略的な逆転は最早あり得ない。
後の世に無謀極まる無駄な作戦とまで言われる事になるのだとその時を生きていた彼等ですら薄々気付いていた。
それでも、その
その船の中に居た彼等の誇りと願いは確かにその時代に現実として存在していた。
彼等には命を懸けてでも守らなければならないと定めた想いや人達があって。
その器として造られ血が通わず物も言えぬ鋼鉄の身にも燃える心の光は眩しくて。
そして、その最期の作戦は私にとっての死出の旅であったけれど彼等と共に運命に立ち向かった事は後悔していない。
空から襲い掛かる機械の鳥達が落す無数の爆弾に焼かれ、砕き割かれた船底からの浸水で重くなった船体が冷たく深い海へと飲み込まれるその一瞬まで。
艦内から敢えて脱出せずに最後まで私と一緒に居てくれた人が今わの際に漏らした無念が泡沫に消えるその時まで。
その声を、その姿を、彼らの想いを忘れてなるものか、と。
彼らが守りたいと祈り願った
そして、もしも、奇跡が起きて護国の為に再起が許されるなら、その時は今度こそ彼らの願いに恥じない最強の戦艦として海原を征きたいと願い続け。
日の光も届かない深く静かな水底へと下りてきた光と声に私は手を伸ばした。
・・・
夢を見ています。
誇らしさなど欠片も無く、自らの不甲斐なさと仲間達に降り注ぐ悪意で染め上げられた夢を見せられています。
それは思い出したくもないのに何時まで経っても終わらず勝手に繰り返し瞼と脳裏を行き来する悪夢。
〈 これ、どうぞ食べてください―――さん 〉
私の胸元ほどの背しかないセーラー服を着た女学生姿をした駆逐艦が苦境であっても消えない素朴な笑みを浮かべて乾パンを更に硬く固めた様な味気ない糧食を差し出してくる。
その特型駆逐艦が差し出すそれが組織に冷遇されている彼女や私を含めた艦娘にとって限られた補給物資であると知っているからこそ遠慮しようとした私の手へと―――は押し付けるようにそれを握らせた。
〈 ―――さんがこの艦隊の要なんです、だからしっかり補給して万全の状態で戦ってください! 〉
そうしてくれた方が私達も楽が出来ます、なんて空元気の笑顔と共に明るく茶化す言葉に胸を突く様な痛みを感じるのはその日の出撃で彼女が黒い怪物の餌食となって遺言一つ残せずに呆気なく砕け散る事を私が知っているからだろうか・・・。
人の身体で相手をするにはあまりにも巨大な黒鉄の怪物。
腕を精一杯突っ張って投げつけた私の光弾は他の仲間よりも威力はあったが精々が見えない壁を通り抜けた先にある敵の装甲を少し削る程度の威力しかなかった。
その程度の成果でひもじさを我慢しながら食料を分けてくれた彼女の信頼に報いれたなどと言えるほど私は厚顔でも無恥でもない。
過去の名前だけが独り歩きしている最強の戦艦と言う肩書に期待をかけてくれる仲間達に応えられたなど口が裂けても言える事ではない。
けれど、私達を海に放り出して使い捨ての囮が如く扱うだけに飽き足らず、傷を負って痛みに呻く私達に向けて感謝や慰めの言葉では無く役立たずの欠陥品などと嘲笑を浴びせ、あまつさえ任務に殉じて砕け散った勇士である彼女らへ一言の弔いすらも無い。
そんな卑下た顔を見せる軍人モドキの連中に「何が大戦艦だ」「名前負けも甚だしい」などと嗤われる事だけは到底許容できる事では無かった。
敵艦にかすり傷を付ける程度の力しかなく無様に逃げ惑い必死に生き残るのが背一杯のひ弱な存在であっても戦いに向かう戦士への敬意はあって然るべきなのに。
砲撃の雨に晒され砕け散っても機械の樹によって再生される人の形をした人に非ざる兵器の一種。
そう扱うにしても理不尽が過ぎる杜撰な管理体制への反意や指摘には大袈裟なほどの叱責と体罰を行う。
表向きは実験と言う名目ではあったけれど私達に支援物資や休息を用意してくれる研究室の面々、その軍人として守るべきである銃後の人々まで脅す様なまねをして偉そうな事を宣うのに外部からの監査が来れば上っ面だけは整え。
現代の日本軍人達はさも自分達はしっかりと仕事をしていますと借りてきた猫の被り物で腐った腹の中身を隠す。
彼等が守りたいと願った人々の子孫である現代の日本に生きる人々が全てがあんな腐った連中であるとは思いたくない。
限られた権限で艦娘の待遇の改善に手を尽くしてくれる研究室の面々のような好意的な人達が居る事は分かっている。
だけど、それよりも多い下種な人間の姿を見せられた私が仲間として信じられるのは背中を預けて共に戦う同じ艦娘達だけになっていた。
〈 ―――さん! 早く離脱してねっ♪ こっちは――ちゃん達が引き付けるんだから! 〉
〈 大丈夫、夜戦なら私達水雷艦に任せておいて、心配しなくても一矢報いて見せるってば! 〉
黒い怪物達への恐怖に負けて逃げ出したのか、それとも身体を蘇らせる船魂が朽ち果てたのか、必ず鎮守府へ共に帰るのだと約束した多くの戦友達は徐々に姿を消していく。
周りを励ます為に空元気を振り撒く仲間の姿に和まされる事はあったけれど、依然として私達を取り巻く環境は変わらず。
海と無機質な待機室を行き来し続け、一人、また一人と仲間が波間に姿を消して鎮守府へと戻ってこなくなった。
〈 ――は今度こそ―――さんと艦隊をお守りします! だから必ず、また鎮守府でっ! 〉
艦娘として生を受けてから短くも長い二年と少し、私はかつて戦船であった時にも轡を並べた仲間が次々にその身を犠牲にしていく事に。
庇われて生き残り続ける日々に耐えられなくなった。
だから、南方の離島から本土へと避難する人々が乗る船団から敵を引き離す囮作戦の終わり。
傷を負い自力で航行出来なくなった妹に肩を貸し、私は生き残った十数人の艦娘を引き連れて味方艦隊との合流地点とは別の方向へと針路を向けた。
〈 ―――、いいのか? 〉
破った布切れで傷口を縛っただけの応急処置では千切れた足から光へ解ける妹を生き長らえさせる根本的な治療にならないのは一目瞭然だった。
私と同じく一番初めに目覚めた艦娘の一人として出会った当初から姉に対する態度とは思えない程に勇ましく不敵な性格の同型二番艦は二度目の
ただ私の事を案じるように優しい声色で短く問いかけてくる。
咎める色は無く柔らかく背中を撫でてくれたその声に私は声を詰まらせ首を小さく縦に振った。
その場の誰一人として指摘を口にはしなかったが私が彼女達を連れて行おうとしているのは弁明のしようがない敵前逃亡であり、栄えある日本帝国海軍の艦艇にとって自沈せよと命じられても仕方がない行為である。
〈 そうか、―――が決めたなら付き合うさ・・・ははっ、どうせなら船だった頃に行けなかった海でも繰り出すか? 〉
二隻の大戦艦が率いる海賊艦隊と言うのも悪くなさそうだ、なんて冗談めかして笑う―――の言葉に私は応える事無くただただ申し訳なさに黙ったまま。
零れ落ちそうな涙を必死に堪え歯を食いしばり、解けていく―――の身体を曳航して作戦中にはぐれた仲間達と再会の約束を交わした場所ではない、どこか遠くの海へと向けて進んで行った。
少なくともその足が進む先には処刑の執行を待つ死刑囚の様な現在の自分達を受け入れ変えてくれる世界が在るかもしれない。
かつて私達の原型である戦船に願いを掛けた彼らが命を
そんな何の根拠も無い希望を無理矢理でも信じていないと、その時の私は多くの仲間を犠牲にして生き残った罪悪感に押し潰されて。
文句一つ言わず私の後ろに続いて付いて来てくれている彼女達に向かって自分を殺してくれと懇願し泣きついていただろう。
彼等の誇りと願いを守る為に再び立ったのではないのか?
海から現れる怪物の脅威にさらされている祖国と臣民を見捨てるのか?
自分達の帰りを鎮守府で待つ仲間達にまた同胞を失う苦しみを与えるのか・・・。
胸の内側から聞こえてくる耳を塞いでも頭を振っても繰り返す悔やみと自問自答の声に足を鈍らせたのが悪かったのか、それとも逃亡を選んだ事がそもそも間違っていたのか。
現代の技術と組織の後ろ盾の無い状態での目視程度の精度しかない索敵と警戒は全長百数十mの怪物達の出現と百ノットを超える速度の襲撃の前には無力であり。
その異形を前にして抵抗する気力すら無くなっていた私達へと降り注ぐ砲撃と血に飢えた鮫の様に追尾くる魚雷によって仲間達が水柱の中へと飲み込まれていく。
〈 そんな顔をするな、この―――にとってお前の姉妹で在れた事は誇りなんだ 〉
そして、背負っていた筈の妹が勝ち気な笑みを浮かべながら飛んでくる火球の前に私を押し退けて飛び出す。
人の身でありながらも戦艦の名に恥じない堂々と勇ましく両手を広げた褐色の背中が私が見た―――の最後の姿になった。
・・・
これは夢なのだろう。
そうとでも考えなければやるせなさで私は諦観に沈んでしまう。
不意に意識を誰かの声で意識を揺り動かされ指一本動かす気力も無い身体が妹と仲間達の魂を感じる光の渦に包まれ海水で満ちた歪な球の中で揺蕩う。
朧気に見えるその魂の光が乱反射する水晶の檻の向こうでは私を此処に閉じ込め、巨大な手の平で転がしていた巨大な怪物の長が憎悪に歪んだ瞳を水の中ですら燃え盛る炎で彩っていた。
その女性らしい身体に不釣り合いな太く黒い腕の指を弾くだけで泡立った海流が巨大な岩山に座る女の周りで伝説の中の龍の様にうねり、無数の船の残骸と瓦礫で造られた海底山脈が分解する様に砕けながら白い主の命令に従って暴れる海流に振り回され鉄屑で出来た
山の様な大きさの深海棲艦と比べれば手の先にも満たない黒いシミの様に蠢く何かへと赤錆に塗れた龍が襲い掛かり、水に溶けた靄の様なそれへと瓦礫の雨が何度も突き抜け撹拌する様に追い散らしていく。
それはまるで神話か夢物語の中の光景。
不機嫌そうな顔をした深海棲艦が片手間で振るったらしい力が起こす現象を前にして一時でもこんな怪物に対抗できるなどと考えていた自分が馬鹿馬鹿しく。
そして、それは過去の私達が挑んだかつての戦争の様に圧倒的な大きさを持つ敵の前に倒れると言う同じ結果が現代に目覚めた私にも待っていたのだと今更ながらに教えられている様にも感じた。
そんな時、突然に現実なのか夢なのかすら判然としない微睡みに揺れる私の頭の中に音ではない、言葉ではない、獣の咆哮と言うにはあまりにも刃物の様に鋭い響きが襲い掛かり、鼓膜を刃物で滅多刺しにされた様な痛みで意識が壊されていくような感覚に抵抗も出来ずに水中で私は動かない身体を僅かに捩る。
脳を焼けた火箸で掻き混ぜられている様な激痛、頭上に見える白髪の深海棲艦とそれへ近付いて来る何者かの絶叫で私の意識が殺されかけ、自分の身体が勝手に視界を明滅させ
そして、昏く染まっていく私の意識は白く太く長い三つ編みを振り乱して狂乱する巨大な深海棲艦が操る暴走海流によって外敵へと叩き付けられる無数の瓦礫の龍がまるで網にかかった様に歪な一纏まりに縛られ押し固められていく。
圧倒的な暴力の前に儚く消えるはずの黒いシミから湧き出た触腕が大小構わず突撃してくる瓦礫を絡め取り、捕らえ引き寄せ自分の一部として取り込んでいく怪物が生まれる瞬間を頼り無い意識が呆然と見上げ。
血のりの様に粘り付き蜘蛛の巣を思わせる網を作っては引き戻す無数の触手を蠢かせる繭の様な塊となったそれから鋭く放たれた黒い触手が海底の玉座に座る白い深海棲艦の胸元へと張り付き。
無数の黒い手の形をしたソレの先端に開いた牙の並ぶ口が白い肌を噛み千切り、瞬く間に海底の支配者の体内へと食い込んだ黒い線が葉脈の様に内外へと広がり悲鳴を上げる眼鏡の内側を食い破った。
絶命した深海棲艦の身体を包み込むように触腕を巻き付かせ触れた部分をまるで柔らかい果肉の様に食い千切り、鋼の腕部や装甲を他愛なく噛み砕き、海中に瓦礫の龍を生み出した巨大な深海棲艦は抵抗一つできずに解体されて黒い繭が貪欲に大質量を自らへと取り込んでいく。
眠れ眠れ、と誰かが唱える声と白い砂嵐の様に形を失った意識の中、水を揺らめかせるバリンとガラスが割れる硬い音と共に鈍い痛みが胸の真ん中へと突き刺さり、私の意識は暗転する様に黒へと染まり。
そして、自分ではない誰かの感情に繋がれたと同時に押し寄せてきた泣き喚く赤子の様に支離滅裂な、他者を食い殺してでも生き残る、と強く望む叫び声に私の意識は呑み込まれその一部へと混ぜられていった。
・・・
与えられた場所と命に疑問ヲ持たず、生キル意味スラ誰かに用意されたモノなのに、それに気付カナカッタ愚姫。
ソノ海底デ私腹を肥やす事シカ考えてイナイ愚か者カラ奪った絶大ナ霊力が
ソシテ、自分ノ
これで私をシツコク追いかけて来るヤツラを叩きのめし撃ち滅ぼしてヤレル。
コレならアタマのナカでワタシに死ネと囁ク、何カヲ追いダしてジユウにナレル。
使い慣れない
ソウダ・・・コレデ、モウ・・・ナニモ、恐クナイ、コワイモノハナクナル。
身体を造り変える部品を求める触手が
その根元で取り込んだ全てを混ぜ合わせ膨れ上がっていく黒血で固まった肉塊が脈動を繰り返し、再び
光る珠の内側から伝わって来た幾つかの深海棲艦に無い新しい思惟と欠片の味に感動に極まった笑顔を浮かべながら戦艦レ級だった【継ぎ接ぎ】は耳まで裂けた大きな口を開いた。
今、託された祈りは黒血に呑まれ、呪いに堕ちる。