艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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何の準備も無くイベント海域に挑戦してはいけない(戒め)

そして、ホウ・レン・ソウ(報告・連絡・相談)は社会人の基本、なのです。
 


第七十六話

『きゃぁわあっ!! 誰なのっ! 深海棲艦なの!? イクをどうするつもりなのねっ!?』

 

 上下もわからなくなる程の乱海流の中で豪雨の様に身体を叩く砂塵で方向感覚と視界を奪われて恐慌状態になっているらしい伊19が背後から自分の胴体に抱き付いてきた感触に悲鳴を上げて水の抵抗によって緩慢な動きだが手足をでたらめに振り回す。

 

『痛っぅ!? イク! 暴れないでってば!!』

『ふぇっ・・・? あぁっ!』

 

 その振り回された腕が鉄の装甲が無いつるりとした滑らかな感触へとぶつかり、その予想外の柔らかさに驚いた薄紫色のトリプルテールがこちらを振り向いて紺色の水着の胸にイ19と書かれたゼッケンを付けている少女が目を大きく驚きに見開き。

 次の瞬間には明るい緋色の瞳が零れ落ちそうなほど大きく見開いて満面の笑顔を見せた。

 

『い、イムヤなの~! 助けにきてくれたのね~♪』

 

 接触回線のおかげで通信機のスピーカーがノイズ一つ無く伊19の喜びの声を伝えてくる。

 そんな彼女の無邪気な喜びとは対照的にに俺はがくがくと酷い地震の様に不規則に揺れる艦橋のコンソールにしがみ付き、ついさっきイムヤが行った急激な潜行によって発生した異常を報せる警報の処理へと全力を注ぐ。

 

「右脚部障壁破損! 背部艤装に異常圧力発生!」

「障壁修復は艤装部分を優先、多少割れていても水圧に耐えているなら推進機関以外は目を瞑れ!」

「こらあかんで! ここ、洗濯機やなくてミキサーの中やんか! うぇっ!? 左舷でっかい岩来る、回避! 回避や!!」

 

 こちらを振り向く余裕もなくイムヤの潜水補助を行っている矢矧と龍驤が悲鳴を上げ、突然に現れた海底の暴走海流に飛び込んでから何度も弄ばれる様に海中で宙返りさせられた潜水艦娘の艦橋にいる俺達は現在進行形であらゆる方向から襲いかかる振動に振り回されていた。

 

「イムヤ、メインタンクブローっ! 義男達を確保したなら長居は無用だ!」

『ええ、了解したわ! 司令官!』

 

 さらに海底の深海棲艦の巣が作り出す黒い渦は吸引力を強めており、イムヤとイク、潜水艦娘二人のスクリューが作り出す推進力を合わせても難しいのは目に見えている。

 そして、その暴れる海底からの脱出、それも自分と同じサイズの潜水艦娘を引っ張り上げるのは今のイムヤには文字通りに荷が重い。

 それが分かるからこそ俺は彼女が使える最大の浮力を発生させる浮上用装備の起動を命じた。

 

(それにしても冗談だろ!? 義男の見間違いであってくれればどれだけ良かったかっ・・・なんでこんなモノがこんな場所にあるんだ!)

 

 木村君の艦隊に所属する空母艦娘の艦載機による通信中継、一度通信が切れる前には損傷を受けたと言っていたがおそらくは応急処置か何かで戦線に復帰したであろう祥鳳の航空機のおかげで俺達は海上から姿を消し行方が分からなくなっていた中村艦隊を発見できた。

 だが同時に通信機に届いた伊19の識別信号で送られてきたSOSのモールスと木村君から義男が海底で限定海域を発見してその内部へとレ級の逃亡を許してしまったと言う連絡内容に俺は耳を疑う。

 だが、心情的にはそれを信じたくなくともコンソールの肘掛に設置されている羅針盤はまるで駒の様に早くカラカラと回転を始め、その回る円形の上に「急げ」と催促する様に憮然とした顔で立つ俺にしか見えない小人の姿によって知らされた情報が正しいのだと教えられた。

 

「義男! 聞こえているならイクにも浮き輪を展開させろ! このままだとあれから逃げ切るには浮力が足りない!」

『馬鹿言うな! こんな深度で浮き輪使ったら上昇中に膨張して爆発すんだろ! 海面まで持たねえよ!』

 

 俺が叫ぶ声にスピーカーから戻って来たのは同じぐらい声を張った義男の怒声だったがその言葉を無視して四の五の言わずにやれと命令口調を飛ばせば、先に俺が指示を行っていたイムヤの艤装の一部が展開する。

 その内部に畳まれていたオレンジと白のツートンカラーが円形に広がり命綱の様に潜水艦娘の艤装へと繋がった数本のチューブから勢い良く空気が吹き込まれて海底の水圧を物ともせず膨らんでいく。

 

『ぐっくぅっ、イク浮上するわよ! 姿勢をアタシに合わせてっ!』

『分かったなの!』

 

 コンソール上に表示されている立体映像で苦悶の表情を見せるイムヤの背中に繋がった淡い橙色と白の縞模様で色分けされた浮き輪が完全に膨らみ。

 それが発生させる海面へと向けて引っ張る強い浮力によって彼女の身体に発生した幾つもの異常(痛み)が艦橋で警告音に変えられて耳障りな響きがまた増える。

 

「急浮上はイムヤに負担がかかり過ぎる! さっきの潜航以上に障壁へ供給を増やすんだ!」

「でも提督これ以上に霊力を消耗するとイムヤの肺が空気を閉じこめていられなくなるよ!」

「くっ、なら・・・エアは浮き輪に集中させたら余剰は放出して良い!」

「それって、無茶だよ!」

 

 SOSのモールスと急変した海底の様子に義男達の艦隊を救助する為に行った急速潜航のツケで艦橋まで聞こえてくるミシミシと何かが軋む音、恐らくは深海の水圧からイムヤの身体(船体)を守ってくれているバリアが損耗する音は聞いているだけで肝が冷え。

 潜水艦娘が肺の内側に造り出す限定海域と同じ原理の圧縮空間を維持する霊力が無くなれば解放された大量の空気がその臓器を内部から破裂させイムヤを大破させてしまうだろう。

 その事実は俺だけでなく普段の戦闘で至近弾が頬を掠めても余裕のある穏やかさを纏っている駆逐艦娘の時雨が冷や汗を浮かべ焦りに叫ぶ程である。

 緊迫した俺と時雨の声にイムヤのダメージコントロールを行っている艦娘達が一歩間違えば自分達が目の前の深海に放り出されかねない現状の危険性を改めて確認したらしくそれぞれの表情が強ばり青くなる。

 

「あの海流から脱出できれば海面には浮きと残り全部の推進力を使うと言う事だ! イムヤと俺達が酸欠にならない酸素量が確保できれば構わない!」

「か、勘弁してください、提督、うぅ・・・鎮守府のもがみんっ、くまりんこを守ってぇ・・・」

「浮上する時の減圧の手間が省けるって考えるべきかしらね、提督の判断、信じるわよ」

 

 大半の艦娘がそれぞれの原型が持つ艦歴故に【海に潜る(沈む)】と言う行為にトラウマと恐怖感を抱えており、いくら潜水艦娘が現代科学で造船された潜水艦を大きく上回る常識破りの潜水能力を持っていると理解してある程度慣れたとしても暗闇が広がる海底をモニター越しに見せられ損傷を受けていると言う警告音に包まれれば怖気づくのは無理もない。

 

(いやむしろ三隈達だけじゃない、誰だってそうだ、俺だってこんな危ない所には居たくないんだからなっ!)

 

 膨大な量の海水を吸い込み周囲の海底ごと引き剥がす様に暴れる海流によってあらゆる方向から剛速球で飛んでくる石の礫がイムヤと彼女に牽引されいるイクの身体へぶつかる度に損害の情報が立体映像の水着少女の身体へ向いた矢印と共に表示される。

 砲撃程の威力は無いが一つ一つが人間一人分から軽自動車並みの大きさの瓦礫、十数mまで巨大化した艦娘であっても霊力で造られた障壁と言う不可視の装甲が無ければ良くて骨折、悪ければ手足の一二本が持っていかれるだろう。

 

「きゃぁっ!? み、三隈達、ちゃんと上に向かってるんですのよね!?」

「イムヤぁっ! は、早く海の上まで戻ってよぉっ! ひぃ、提督っ! また新しいヒビが出来たって赤い字が!?」

 

 外部からの慣性や衝撃を緩和する小難しい理論が実践されている艦橋の中であるからこそ海流に振り回され平衡感覚を失いかけている状態の俺達にとって海底の闇に渦巻く深海棲艦の巣の気配とその反対方向へとイムヤに繋がったチューブロープが引っ張る浮力だけが信じられる道しるべだった。

 

「提督っ! 上方向に敵艦よ!! こっちに降りてきてる!」

「はっ? 回避はっ!? スクリューの加速で姿勢制御を!」

「ダメや! 浮き輪に引っ張られとるんやで!? 今はまともに動けへんよ!」

 

 石の豪雨を潜り抜け黒渦の吸引からやっと離れられそうだがまだ日の光が確認できない水深に居る俺達の目が海上方向、モニターに表示される数字を信じるなら260m先に居るぼんやりと緑色の光を宿した目の巨大な人影、人と言うには歪に欠損した巨人の女が無表情で折れ欠けた杖を片手にこちらに向かって下りて来ようとしている。

 

「まさか、ヲ級!? 木村君が戦闘不能に追い込んだとか言う! ちぃっ、魚雷の装填を!?」

「テートクッ、Noデース! 今、魚雷にresource(供給)を分けたら今度こそ本当にイムヤのpower(推進力)がなくなっちゃうヨ!」

 

 海上へと俺達を導いてくれる浮き輪の強力な浮力のせいで回避の為の機動力を奪われており、下は黒い渦を作り始めた限定海域が、上には半壊しているとは言え自衛隊の戦闘艦と比べてもさらに大きい正規空母級の深海棲艦が存在している。

 このまま何もせず接近してしまいあの手にある杖か割れた黒クラゲ帽子の触手が掠っただけでも俺達の(イムヤの)命綱(浮き輪)は破裂し、今度こそ抱えている伊19(義男達)ごと深海棲艦の領域に引きずり込まれるだろう。

 義男の小賢しいやり方が正しいとは口が裂けても言えないが俺もイムヤだけでなくもう一人ぐらい潜水艦娘を艦隊に招いておくべきだったと今更な後悔が過る。

 

『背に腹はかえらんねぇって事かよ、やれ、イク!』

『その言葉を待ってたの、提督! イクの魚雷もウズウズしてたのね♪』

「はぅへっ?」

 

 浮き輪の空気を捨てて回避を行うべきかと考え掛けた俺は直後に艦橋を揺らしたドンっと柔らかいモノが下からぶつかる様な感覚と通信機から聞こえる憮然とした義男と場違いなほど明るい潜水艦娘の声に世にもマヌケな声を漏らしてしまった。

 その振動の正体を確かめる為に周囲を見回すが変わった事は特になく、いや、コンソール上の数字からわずかに海上へと向かう浮上速度が上がって居る事が分かり、そして、イムヤの現状を映す立体映像が背中に紐で繋がった浮き輪に吊るされている様な姿勢だったはずの彼女がまるで下にある何かにしがみ付いている様な変な格好を表示している。

 

『わっわっ!? ちょっとっ、い、イク!?』

『今度はイクさんがイムヤを運んであげる番なの~! しっかり乗ってて、なのねっ♪』

 

 艦橋の外で何が起こっているのか全く分からない俺は通信機に届くイムヤの戸惑う声と普段と変わらず天真爛漫なイクの会話にますます困惑し、そして、モニターの下方向から何の前触れも無く六本の魚雷が次々と青白い泡の尾を引きながら上方向から迫る巨大な深海棲艦へと打ち上げられていった。

 

「提督! イクが浮き輪を展開してる! 僕らはその上に乗ってるみたいだ!」

「それよりヲ級に魚雷が命中するで! みんなっ衝撃に備えやっ! 障壁もやろキミィ!」

 

 全周モニターに触れて現在のイムヤにとっては死角、メインモニターに表示されていない部分の映像を表示させた時雨がその小窓に見える赤白の縞で塗り分けられた巨大な浮き輪を指さし、それと同時に俺達へと振り返って龍驤が緊迫した声を上げた。

 

「分かっている! イムヤ衝撃波来るぞ!」

『そ、そろそろ私の、限界なんだけどっ、もぉっ、くぅうっ!?』

 

 数秒の間隙、頭上で空母ヲ級に命中した魚雷の爆発による海水を震わせる波が音速に近い速度で俺達へと襲い掛かり、ビシビシと先ほどの軋みよりも強い障壁が割れる音、そして、撃破され粉々になったヲ級から押し寄せる大量の泡と昏いマナの中を一直線に俺達を艦橋に乗せたイムヤとその下から押し上げるイクが海上を目指す。

 

「ふぅ・・・やっと使う気になったか、さっきは出し渋ってたクセに」

 

 幸いに限定海域を取り巻く引き込む海流から逃れ、残りの推進力を障壁の修復と空気の維持に回しても潜水艦娘二人が展開した浮上用エアタンクのお陰もあり浮上するのは問題無さそうだと確認しながら俺はコンソールでその調整を行う。

 警告音はまだ絶えず鳴り響いているが深海から浮上してきた潜水艦娘に驚いて逃げる様に泳ぐ魚の群れや海の中でも陽の光が見える深度まで戻ってこれた俺は指揮席に背中を預けて張っていた気を抜く様にため息を吐いて少々の恨めしさを通信機へと向けた。

 

『状況が変わったんだ! 多少無茶でも逃げなきゃヤバい!』

「は? 変わった? 逃げるだと?」

『下見ろ! 下!! 見りゃわかる!』

 

 これで深海魚の友人になる事も無く空気のある空の下に戻れると安堵しかけた俺や時雨達の顔が通信機から聞こえる義男の叫びに強張り。

 全員と視線を交差する様に顔を合わせた俺は妙に重い唾を飲み込んでから手元のコンソールパネルを操作して艦橋の全周モニターに義男が言った方向を確認するためのサブウィンドウを表示させる。

 そこに映ったのはイクを引っ張り上げる時に見えた半透明のコーヒーゼリーが表面を渦巻かせているモノではなく、それとは似ても似つかない赤黒い固体へと変わろうとしている巨大な球体であり、その球体の表面からはイソギンチャクを思わせる黒い触手が水中に漂い。

 あまつさえ、ついさっきイクの魚雷が撃破した空母ヲ級の残骸が海底に落ちていく途中でその悍ましい限定海域から伸びた触腕に絡め取られて取り込まれる様子が見えた。

 

「巨大化だけじゃなく、ふ、浮上もしている・・・のか!?」

『司令官、今イクからアレの観測データを貰ったわ、そっちに表示するわね!』

「・・・これっ、僕らよりも遅いけれど海上に向かってるのは間違いないよ!」

 

 接触回線で義男達の艦橋から直接送られてきた限定海域のデータ、丁寧な事に戦艦レ級が逃げ込んだ直後とあの形へと変質を始めた後の情報が文字列を作りコンソールやメインモニターにずらずらと並んでいく。

 太平洋側に現れた一昨年、日本海側に出現した昨年、それらに匹敵するかそれ以上の規模を内包した巨大異空間がゆっくりと、しかし、煙幕の様に立ち込める砂利と岩石が渦巻く海底から黒い渦と共に浮上してくる禍々しい様子に俺は首を絞められた鶏の様な呻きを漏らしてしまった。

 

「何がどうなってあんなことに、まさか義男、お前がまた何かやったのか!?」

『トラブルを全部俺のせいにすんなよ!? ・・・だが、多分だけど、俺達が追っていたレ級があの限定海域を乗っ取ったんじゃないか?』

「乗っ取った? ・・・あれの中に元々居た姫級から主導権をレ級が奪ったと言う事か・・・そんな事が」

 

 あり得るのかと言いかけたと同時、持ち主である深海棲艦が変わったからその新しい主に合わせてその領域が別のモノへと造り変えられていると言う事か、と前触れなく妙にストンと胸に入り込んだ理解(違和感)に俺はふとコンソールパネルを見下ろし、その上に居たやる気の無さそうな顔の猫を乗せ胡坐をかいているベージュ色のセーラー服を見詰めた。

 

「普通種の深海棲艦が姫級深海棲艦を捕食して更なる進化を起こす・・・何が生まれるかは分からない・・・」

 

 俺の呟きにコミカルな顔つきは少し不満そうな、そして、どこか後ろめたそうな表情を浮かべており更に視線に疑問を込めて真意を問うがそれ以上の返答は無く不意に瞬きをした後には妖精(猫吊るし)は影も形も無くなっていた。

 恐らく、いや、間違いなく通信機の向こうで何事か悪態を吐いている義男も俺が受け取ったイメージと同じモノを刀堂博士から教えられた(押し付けられた)のだろう。

 

「なるほど、そう言う事が提督の前世の世界でもあったって事だね?」

「つまり深海棲艦による下剋上って事? 最悪だわ・・・」

 

 心の底からウンザリとした顔で海上の光を見上げる様に艦橋の天井を向いた矢矧が背中をメインモニターへと預け、時雨の少し疲れを感じる声と頭の中に直接語り掛けてきた刀堂博士から教えられたイメージに俺は身体にのしかかる重圧が数倍になった様な錯覚を覚える。

 人間や艦娘だけでなく他の深海棲艦まで取り込み自分を強化し続ける異常な能力を得た深海棲艦が姫級へと辿り着く、恐らくはその能力の性質故に姫級となってもあの怪物は人間や艦娘だけでなく深海棲艦も含めた全てを捕食対象として襲うだろう。

 

「浮上後、島風に旗艦変更する! これの報告の為にも拠点へ出来る限り早く帰還しないといけない!」

「おうっ♪ まかせて提督、あんな遅いのなんか私と連装砲ちゃん達に追いつけないんだから!」

 

 海面まで残り100mを切り太陽光によって闇が深まって見える黒い深淵を見下ろす。

 距離が離れた事もあり下から今も浮上してきているだろう限定海域は海水の透明度が低下した事によって阻まれ潜水艦娘であるイムヤの優れた視力でも捉えられなくなった。

 ただ手元のコンソールに送られてくるイムヤが放っているアクティブソナーに帰って来る反応は俺達の数百m下にある巨大な質量と空間を持った物体の接近を知らせており目に見えないと言うだけでどうしようもない悪夢じみた現実は追いかけてきているのだ。

 

《ぷふぁっ! 浮上したわよ、司令官、はぁはぁ、けほっかはっ・・・》

 

 妙に眩しく感じる夕陽の角度に近づいている太陽の下、白波を打ち破って顔を海中から出したイムヤは海面に手を突いて肩で息をしながら光粒に解ける血が混じった咳きを繰り返し。

 その背中では大量の海水が艤装から放出され、急浮上による水圧の変化によって破裂寸前であったが何とか無事に仕事を終えてくれた浮き輪から空気が放出され小さく畳まれていく。

 

《ふひぃっ、疲れたの~、提督ぅ、イク早く休みたいのねぇ~》

 

 イムヤから少し遅れて水飛沫を滴らせて紫色のトリプルテールが浮上し、擦り傷や水着の破れが見える身体を海面に倒す様にしてうつ伏せになったイクもこちらと同じ様にひび割れた艤装から海水を放出して赤白のエアタンクを萎ませて回収している。

 

『休んでる暇は無いみたいだ、さっきよりあれの浮上速度が上がってるぞ、あんな追っ駆けなんて願い下げなんだがなっ!』

「同感だ、・・・ん、あの零戦は木村君のか? 龍驤は木村艦隊と本部へ撤退の連絡を、島風頼むぞ!」

 

 モニターの向こうで海に寝そべっていた潜水艦娘の身体が光の粒子へと変わり輝く様子を横目に俺は艦橋のメンバーへと指示を飛ばしながらコンソールパネルに浮かぶ立体映像に触れて現在の指揮下に居る艦娘の名前が書かれたカードを表示させ、その一枚を掴み取った。

 

「ふっふん♪ まかせてよ提督、私と連装砲ちゃんにかかればさわゆきまでなんてアッと言う間に着いちゃうんだから!」

 

 そして、俺の言葉に威勢の良い声が上がり目の前で金髪の毛先が跳ねながら小さな三機のロボット砲台と一緒に髪色と同じ輝きの中へと消え、入れ替わる様にずぶ濡れのスク水だったモノを身に着けた潜水艦娘が艦橋へと現れて脱力する様に床へと座り込んだ。

 

「今回は色々と苦労を掛けた、だが、よく頑張ったなイムヤ」

「こんなのたいした事じゃないわ、でも・・・司令官に褒められるのはうれしい、わね」

 

 不可抗力とは言え味方である潜水艦娘が放った魚雷の余波で防御障壁を失う程のダメージを受けた鮮やかな赤毛の少女はまだ荒い呼吸を整えながら塩水を床に滴らせた顔に僅かな微笑みを浮かべた。

 

《しまかぜ、出撃しまーす!》

 

 そして、艦橋のモニターが一瞬のホワイトアウトを起こし直後にまるで溜め込んでいたストレスを吐き出す様な大袈裟にも感じる島風の出撃の宣言と甲高い汽笛の音が響く。

 島風の発進に備え俺が顔を正面モニターへと戻して推進機関のレバーへと手を掛けたと同時にその腕にイムヤの濡れた手が触れて俺の制服に水シミを作る。

 

「ごめんなさい、司令官、邪魔だって分かってるけど少しだけ」

「かまわないさ、ただな・・・」

「何、司令官?」

 

 いくら潜水する事を前提にした能力を持つ艦娘であろうと海に沈む事への恐怖が無いわけではないとある日のイムヤ本人が言っていた事をふと思い出す。

 もう一度、改めてイムヤを見た俺はその身体が凍える様に小さく震えている事に少し遅れて気付かされ、心細そさが隠れた表情をこちらへ向けて小首をかしげた彼女に言うべき言葉を数秒言い淀む。

 

「せめてタオルぐらいは身体に巻いてくれ、・・・何と言うか、目のやり場に困る」

「・・・ぁっ、ご、ごめんなさい! えっと、その私っ」

 

 直後に海中で冷やされ青ざめていたイムヤの肌に朱が差し自分の身に着けている弾けた様に原型を失い白い布切れとなったセーラー服やその下の裂け目だらけの前衛的なデザインとなった肌色を見せ付けている水着の状態に気付き。

 顔を羞恥心で真っ赤にした潜水艦娘は即座に俺から手を離して慌てて両腕で見えそうで見えない部分を隠す様に縮こまる。

 一度走り出したら中々止まってくれなくなる島風が機関を唸らせ走り始めた事で発生する慣性の重みに気付いて腹に力を入たおかげで今の浮わつきかけた気分を顔に出さずに済みそうなのが俺にとっては救いだった。

 

「くまりんこ! 三隈がふきふきして差し上げますわ! 風邪をひいてしまっては大変ですものね!この、この!

 

 座席裏にまとめて固定してあるダンボール箱から取り出したらしい大判タオルを手に三隈が妙なテンションで俺とイムヤの間に割り込みまるで揉みくちゃにする様に彼女の赤い髪と顔を覆い隠す。

 

「いた!? 痛たっ! ちょっと、どこ触ってんのよぉ!?」

「S4始動よ! ・・・もぉ、遊んでんじゃないの、島風が加速するわよ! 気をつけて!」

 

 じゃれ合う潜水艦と重巡の声に耳を傾け、矢矧と時雨が艤装管制してくれている島風の後ろに続いて波を蹴る不知火の姿を確認した俺は山積みになっていく問題へと頭を悩ませる。

 そう気を紛らわせておかなければいくら酔い止めに頼らずとも駆逐艦娘の高速機動に耐えられるようになったとは言え飛ぶように過ぎ去っていく真下の白波に俺のデリケートな神経が刺激され喉で酸味を楽しむ羽目になるのだ。

 

「HEY、テイトクゥ、・・・他の子と仲良くするのはいイイけどサー、時間と場所をわきまえなヨー」

「俺にそんなつもりはない、それよりも離れるんだ金剛、君こそ時と場合を考えてくれ」

 

 しかし、俺自身は今後に対する考えを纏めたいと思っているのにいつの間にか我が物顔で指揮席の肘掛に横座りしていた金剛が微笑みながらこちらに身体を押し付ける様にもたれ掛かってきたせいで集中力が霧散し、同時に精神的かつ物理的に胃を圧迫していた感覚までが不思議と抜けた気がする。

 

「ふふっ、ミンナだけじゃなくワタシからも目を離しちゃNo、なんだからネー♪」

 

 それはついさっきまで海中で味わった押し潰されそうな程の深海の重圧から解放された反発作用なのか。

 夕陽へ変わっていく温かい光と彼女達の姦しさのお陰で明るくなった艦橋で俺はどんな困難や強敵を前にしても気持ちをすぐに前向きに戻せる金剛達を羨ましく感じる。

 

「司令官、通信繋がったよ、そっちの通信機に回線まわすからね」

「ああ、ありがとう」

 

 そして、こちらに向かって微笑みながら『背中を擦ってあげようかい?』と口の動きだけで伝え少しイタズラっぽくウィンクを見せた時雨へ肩を竦めて苦笑してから俺は龍驤が繋いでくれた通信に出た。

 




 
当然の事だけど田中達はあの中に何が居るのか、誰が居るのかはさっぱり全く全然わかっていません。

猫吊るしも意図的にその情報を出し渋っているのかも?

だって、それを気にして下手に救出とか手加減とか考えたせいで【継ぎ接ぎ】が日本本土に上陸したら目も当てられない事になるでしょう?

大丈夫、難しい事考えなくてもあのデカブツさえ倒せば彼女達も鎮守府に帰って来るって事なんだからさ。

記憶(後悔)を洗い清められた(霊核)だけが、ね?




まぁ、それはこのまま全部が人間側に都合良くいったらの話だけどさ。
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