艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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私の次の神通はこの胸にある妄念を脱ぎ捨てる事が。

栄えある川内型の一人として。
華の二水戦を担った艦として。

自分の名に恥じない軽巡として在る事が出来るのでしょうか・・・?
 


第七十七話

『魚雷一番三番自爆、・・・二番、続いて四番命中しました! 雷巡チ級エリートの撃沈を確認!』

『ふぃぃ、これで周りの敵は全部やっつけたかしら、神通さんはさっきの被弾大丈夫だった?』

 

 夕日の中でも映える橙色の川内型軽巡共通の制服の黒いスカーフタイと長い後ろ髪を飾る薄緑のリボンを海風に揺らしながら煤けと傷が見える頬から散る光粒を籠手付きの黒いロンググローブの指先が拭う。

 

《私もまだ精進が足りないようです、・・・弾薬はまだ余裕がありますが砲を一門破壊され小太刀も一つ無くしてしまいました》

『こちらでも確認している、小破だな』

 

 外側にカールする真ん中分けの特徴的な前髪の下で憂う様な伏し目をしている川内型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘が破損した右腕の14cm単装砲とその手が握っていたはずの刃物の喪失に悔し気な声を漏らした。

 

『まーあれは仕方ないわよ、あの時に無理してでも数減してなきゃ袋叩きになってたわ』

『陽炎の言う通り最善の行動だった、神通、あまり気に病むな』

 

 フォローをしてくれている気の良い駆逐艦娘と少し不器用さを感じる硬い声の指揮官に小さく感謝を述べつつ神通はつい先ほどの戦闘でも敵の砲弾を切り裂いて掻き消した愛用の小刀の片割れを鞘である艤装の定位置へと戻す。

 攻撃目標だった戦艦レ級を中心とする艦隊とは別に太平洋側から出現した黄色い灯火を目に揺らす雷巡を旗艦とする艦隊との予期せぬ遭遇と戦闘。

 中破によって空母としての戦闘能力を失った祥鳳と交代する形で作戦に途中参加した龍鳳が居なければ完全に奇襲を受ける形になっていただろう戦闘を陽炎と朝潮の二人と協力して凌ぎ切った神通は安心と杞憂を混ぜた溜め息を吐く。

 

(慢心して破片とは言え榴弾を浴びるなんて、・・・那珂ちゃんだったらこうはならなかったのでしょうか?)

 

 アイドルなる現代における芸妓の道を極めようとしている姉妹艦は自らの装束と華麗さを守る為だけと言う拍子抜けしそうな理由で神通ですら驚くほどの訓練を自己に課している。

 そして、その修練によって体得した戦技でもって妹が鎮守府を代表する軽巡の一人とまで言われている事に感じる誇らしさと同時にその那珂を見上げる立場である未熟さの証とも言える焦げ目が幾つも出来た川内型の制服を見下ろした次女は再び小さく嘆息した。

 

『それにしてもアイツら何だったのかしら、無警戒に近づいてきたわりには輸送艦をやたら気にしてる立ち回りしてたけど』

『そのワ級が運んでいたのも難破船の残骸とか岩の塊だったみたいだし、どういう目的の艦隊だったのかな』

 

 まるで宝物でも運んでいる様な過剰に錆びた船の残骸や海底にある様な岩などを積んだ輸送艦級深海棲艦を守る敵艦隊の見せた隙ある動きのお陰かチ級が放った大量の魚雷群など何度か危ない場面はあったのものの神通達は倍の頭数を持った敵を相手に小破程度に損害を抑えながら勝利する事が出来た。

 

 その不測の事態が一段落して先ほどの戦闘の不明点を議論する艦橋の声から意識を海へと傾いていく夕陽に向けた神通は目を眇め海風に揺れる前髪を撫でる様に梳きながら陽の光に輝く白波を妙に感慨深く感じ。

 そう言えば、と自分が深海棲艦が支配する絶望の底に囚われ救い出された日からもうすぐ二年が経とうとしているのだと思い返す。

 

『ねぇ、司令はさっきのどう思う?』

『・・・深海棲艦の分析は我々の仕事ではない、集めた情報は司令部か研究室にでも任せておけ』

 

 闇に覆われた絶望の世界に追い立てられ目の前で実の姉が戦死して霊核となる様子を目撃し、魂の結晶を抱えて逃げ回り共にいる仲間達の為にもと生き汚く命を繋いではいたが何時からか彼女の心は此処が自分の死地なのだという諦観に支配されていた。

 

 そんな神通の予想を良い意味で裏切ったのはなんの因果か聳え立つ絶望の体現とも言うべき果て無き黒壁を蹴破って助けに来た彼女の姉妹艦であり。

 限定海域と自衛隊に名付けられた奈落の奥から這い出てきた領域の主が那珂の放った輝く光に打ち砕かれる驚くべき情景を目撃した神通は仲間達と一緒に闇の底から太陽が照らす海原へと引き上げられ、鎮守府に帰り着いても軽く数か月は次から次に押し寄せる劇的な周辺環境の変化による現実感の欠如に酷く戸惑う事になった。

 

 だが、姉妹艦のよしみで寮の同室になった那珂に艦娘になってから初めて触れる現代的な生活を教えてもらいながら限定海域から共に脱出した魂の結晶の一つから蘇生した自分達の姉である川内の復活を経てやっと神通は自分が日本へと帰り着いたのだと言う実感を得る。

 

『あのねぇ、もうちょっと頭を柔らかくしなさいよ、せめてギャグの一つも飛ばせるぐらいにはさ』

『もぉ陽炎、そう言うのは止めなさいって言ってるでしょ、提督に失礼よ』

 

 そして、限定海域に閉じ込められ酷使された身体が癒えた後も呆然と過ごした幾ばくかの時間、無駄に過ごした日数を挽回する様に演習と訓練に明け暮れ現代の戦闘方法を修め。

 実戦を経て神通は自らの中にあった本来の艦娘としての力を実感して他の仲間と同じ戦線に立てた手応えを得たが常に彼女の脳裏には限定海域の奥底へと希望を運んできた妹の姿が刻み付いている。

 自らの実力を知りたいと言う欲求から多種多様な艦娘達に演習相手を頼み、軽巡が最も実力を発揮できる距離感と洗練された現代の戦術を熱心に学び、今では同艦種において武闘派の筆頭とも言うべき実力を得た神通であるが彼女にとって最も輝かしい存在は変わらず姉妹艦である那珂なのだ。

 

(姉さんや本人から気にしすぎとは言われますが、・・・私は那珂ちゃんを羨む事が止められない・・・なんて浅ましい軽巡)

 

 もしあの奈落に閉じ込められていたのが那珂で、その姉妹艦を助け出す為に駆けつける事が出来たのが自分だったなら。

 もしくはどんな困難な状況でも輝く笑顔を失わない妹が自分をあの暗闇の中でも照らし支えてくれていたなら。

 あの場に自分を含めた川内型三姉妹が揃っていたなら諦観に沈む事無く絶望が満ちた黒い海にも毅然と立ち向かえていたのではないか。

 

 もしも、もしも、と在りえもしない妄想の言葉を重ねても結局のところは瞼に焼き付いた絶望からの救い手として目の前に現れた軽巡艦娘那珂への妄信に近いコンプレックスは神通の心からもう切り離せない程に強くなっており。

 理想とする軽巡(アイドル)に向かって邁進している妹の地道な努力の結晶である輝く笑顔に憧れる姉となったと思い込んでいる自分を神通は変えられないでいる。

 

『神通? どうかしたの? さっきから黙ったままだけど・・・何か気になる事でもある?』

 

 奥ゆかしい態度と儚げな雰囲気を纏っている為に一見すると気弱そうな少女に見られる事もあるが一度戦場に立てば確かな実力を発揮する神通を知った他の軍務に忠実な艦娘達は度々、彼女へ妹艦娘の現代かぶれを何故に諌めないのかと問うが川内型の次女はその度に消え入りそうな困り顔で言葉を濁すだけに留めている。

 少々艦娘の在り方としてはズレがあるが艦娘として初めて見た妹の勇姿に惚れ込んで那珂の真摯な努力を応援したいと心の底から思ってしまっていると言う内心を白状するのは流石に背中を預ける仲間達に対してだとしても恥ずかしく感じる思いがあり。

 

《いえ、そう言うわけでは、何でもありませんが・・・》

 

 何より単純な戦闘能力だけなら姉妹艦の中で最も高いと言う湾内演習の成績と勝率と言う根拠はあっても一心にアイドルを目指す妹の様に絶対の自信をもって自らの進む道をまだ見つけられていない神通はその那珂を諌め正すと言う上から目線の言動には強い忌避感を感じている。

 だからか、今の彼女が所属している木村艦隊への着任に関しても実のところはそこに所属している艦娘全員が那珂の奇抜な性格に対する嫌悪感を持っていないどころかその妹に対して友好的なメンバーであるからこそ所属の申請を行ったと言う隠した事情があった。

 

《ただ、私よりも龍鳳さんは大丈夫でしょうか? 艦載機の制御を一人で請け負うと言うのは門外の身にも難しいのではと感じるのですが》

『まだ、大丈夫です・・・機体も燃料に霊力を集中させて、いますから、まだ飛ばしていられます・・・』

 

 いい加減に負の方向へ向かいそうになっている自分の考えを打ち切る為にも神通は自分の艦橋で上空を飛ぶ数十の戦闘機を一人で制御している改装空母を気遣うが返って来たのは喉から絞り出す様な苦し気な声だった。

 多数の深海棲艦がばら撒いた霊力の構成粒子であるマナの濃度の上昇で電波どころか可視光線すら歪ませる戦闘海域で龍鳳は増設された航空管制装備から緑翼の艦載機を放ち敵艦隊との戦闘に突入してからは神通達と交代で艦橋に戻り自分が飛ばした後の艦載機の操作に付きっ切りで集中し続けている。

 艦橋に戻った待機状態の龍鳳でも艦載機から送られてきた情報を艦橋の機能に精神を同調する事で通信系と戦況を海図に記す事でき、指揮官と陽炎達も見聞き出来る様になっているが旗艦であれば仲間の手を借りられる数十機の艦載機の操作は全て一人の空母艦娘が受け負わなければならない。

 

《提督、周囲に敵影もありません・・・、今のうちに龍鳳の艦載機を回収するべきであると考えます》

『・・・出来る事なら田中艦隊と中村艦隊の浮上後の制空もやりたかったが、仕方ないか』

 

 憮然としながらも少しの苦悩を感じる指揮官の同意に神通は自分の意見に同意してくれた相手への感謝する様に風にはためくスカーフタイの上から姉妹と同じオレンジ色のセーラー服の胸元を押さえ小さく頷く。

 

『提督っ、私は、龍鳳はまだ・・・』

『今無理をされて行動不能になられる方が我々にとっての不利になる、君は自分が持つ能力の価値を理解しているから此処に居る筈だ』

『あっ、その・・・はい、す、すみません・・・提督』

 

 敢えて感情を抜いているらしい青年の硬い声にまだ自分は大丈夫なのだと言いかけた空母艦娘が声を途切れさせ続いて艦橋に居る仲間達の穏やかな声は彼女を戦友と認めたうえで言葉足らずな指揮官のフォローを始め。

 その様子に耳を傾ける神通は夕陽が落ちようとしている水平線へと再び目を向けながら、龍鳳もまた自分と似た不安を抱え込んでいるのかもしれないと内心で共感しそうになり。

 だが、自らのそれが妹一人に向かっているのに対して輸送艦娘として生まれた彼女のそれが神通を含めた戦闘艦娘全員に向かっているのだと思い至った軽巡艦娘は苦笑した。

 

(私の矮小な悩みと比べるなんて、これは龍鳳さんや輸送艦娘達に失礼が過ぎるでしょうか・・・?)

 

 作戦海域全体を見渡す為、上空に散らばっている艦載機達へ艦橋で苦し気な息を漏らしている航空母艦が帰還を命じ、その飛行機の群れの着艦準備が済み次第に龍鳳と旗艦を交代するのを待つ事になった神通は何気なく見回す様に遠い目を向けていた水平線の端に闇色を感じて眉を顰める。

 

 作戦開始からもう十時間近く経っており後一時間も過ぎれば東の方向から夜がやってくるだろうと自らの感覚で理解している神通にとってその妙な方向に見えた夜の色の到来は違和感となる程に早く。

 一瞬見えただけだがまるで水平線上から湯気が湧き立つような形もまた不自然さとなって彼女の中で騒めく危機の有無に対する優れた直感がさらに強まり臨戦態勢へと心が逸る。

 

『これは田中先輩からの緊急通信? 拠点艦と直通回線の用意? 何が起こって・・・合流する必要があると言う事か?』

『ちょ、ちょっ、司令官、なんかまた周りのマナ濃度が上がり始めてるわよ!?』

『この上がり方、戦闘濃度に達しました! まさか近くに新しい敵艦隊が迫っているの!?』

 

 まるで神通が水平線の向こうに居る闇色の何かに気付いたと同時に艦橋の声が慌ただしくなり、自分に装備されたレーダーやソナーが重巡艦娘によって出力を上げられる感覚を感じながら神通は古鷹の危惧を否定する。

 

《いいえ、出現したのは敵艦隊ではありません・・・》

『神通さん?』

《あれは敵本隊・・・限定海域です》

 

 それは今の彼女がいる位置から目視出来る距離には無い、だが確かな黒色を感じる方角から押し寄せてくる肌に粘つく様な澱んだ気配は神通自身がかつての奈落の底で嫌と言うほど味わった辛酸を思い出させるには十分な気配を発しており。

 

『それってもっとヤバいじゃないの!』

『龍鳳、航空隊を早く戻してっ、弾薬分の霊力まで全部燃料に回してるんでしょ! 七面鳥撃ちにされるわよ!?』

 

 艦橋の通信機を通して神通の耳にも届くノイズで不明瞭になっているが他の艦娘部隊の指揮官達から届いた合流要請に神通は波を蹴って針路を変え、限定海域が浮上を始めたと言う方角を睨み据えながら軽巡は自分を動揺に揺らそうとする忘れられない恐怖心(トラウマ)艦娘(兵士)としての矜持で律する。

 

『提督ご命令を!!』

『神通から龍鳳に旗艦を変更、航空機隊の回収後に陽炎へと切り替えて友軍艦隊との合流ポイントを目指す、行動開始!』

 

 指揮官の命令に了解の声を上げた神通の身体が内部から光を溢れさせ光粒が弾ける様に金の輪を異変に荒立ち始めた外洋に輝かせた。

 




 
一番艦「え? あぁ、うん、多分上手くやるんじゃないかな、でも私達にとって大事なのは今の神通だってば、あ、あと夜戦ね! 大事!」

三番艦「え~と、那珂ちゃんにはそう言うの難しいかな~って☆ でも神通お姉ちゃんはすっごくガンバってると思うよ~♪」

二番艦「そうですか・・・すみません、要領を得ない上に情けない事を言ってしまって・・・」

姉&妹(別に良いけど・・・でもそれってダンスの授業の最中に言う事じゃないよね?)

授業の後、姉妹揃って仲良く間宮カフェで甘味食べた。
 

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