力技にも程がある・・・。
(なんでこんな事に!? 中村先輩と関わってから本当に碌な事が無い!)
防衛大で自衛官のエリートを目指していると言うには妙に飄々とした性格で規則の限界点を試して遊ぶ様な俗っぽさが任官後も変わらなかった一年年上の男と出会った事への後悔を心の中で叫びながら神通の艦橋に座っている木村隆は目の前の光景に冷や汗を浮かべる。
『まるで台風だわ、って言うかアレ周りの海だけじゃなく空気まで吸い尽くすつもりなんじゃないの!?』
「陽炎、こんな時に無駄口を叩くなっ! 先輩達は見つかったのか!?」
深海棲艦が造り出した限定海域の浮上と共に周囲のマナ濃度の急上昇は龍鳳が数機が欠損しつつも艦載機を収容し終えたのとほぼ同時であり、再発艦を提案する龍鳳を跳ね飛ばし海面に叩き付けかける程の暴風、そして、海上を闇に染める夜の到来は木村達に
「合流予定地点はもう見えているはずなのにっ、ダメです、友軍艦隊を確認できません!」
《本当に最後の通信は撤退と合流って言ってたのよね!?》
「予め決められていた緊急コードだ! 間違えるわけが無い! なんであの二人の艦隊が居ない!?」
神通から龍鳳に、そして、龍鳳から駆逐艦娘である陽炎へと旗艦が切り替わり走る荒天の夕暮れの中で木村はノイズを吐き出す通信機、エラーと砂嵐で画面を埋めるレーダー画面、肘掛の左側でカラカラと音を立てる羅針盤に精神を削られながら近付く撤退時の合流ポイントへと辿り着いた。
限定海域がその周りに発生させている渦潮から遠く離れていると言うのに台風の様な暴風とそれが海面から巻き上がる水飛沫が襲い掛かり、両手持ちの主砲を手に構えた陽炎は見通しの悪い周囲へ目を顰め見回し友軍艦隊である中村や田中達の姿を探す。
「戦艦水鬼の時と、いえ、あれはそれ以上ですね、・・・相手にとって不足無しです!」
『あの時も酷かったけど、波はそれほど高くないからとりあえず風に逆らわなければ吹っ飛ばされる事は無さそうかなっ、それにしても中村艦隊も田中艦隊も、目に見える範囲に居る感じじゃないわよ、もしかして沈んでんじゃないの!?』
「最後に艦載機がイムヤちゃんとイクちゃんの浮上を確認していますから両艦隊とも海上には戻ってるはずです! ・・・あれ? なんでイクちゃんが居たんでしょうか?」
『それってさ、さわゆきに居る事になってる龍鳳が言う事?』
日本海に出現した深海棲艦の大艦隊との戦いに参加していた二人の駆逐艦が遠くにあってもその異様な迫力を見せつけてくる赤黒い球体が発生させている周りの空間ごと引っ掻き回していると言っても過言ではない超自然現象への恐怖に顔を青ざめさせながらも気丈なセリフを吐き、まるで砂嵐で埋められた様なレーダー画面を少しでもクリアにする為に精神を集中している龍鳳が艦橋に記録された情報と自分の記憶を頼りに位置関係をモニター上で整理している。
限定海域と呼称される巨大な深海棲艦の巣を木村が見る事自体は初めてではない、むしろその敵拠点に関わる作戦に参加するのはこれで三回目であり他の指揮官よりも経験は遥かに多い、とは言え、それは現在の木村や彼の指揮下にいる艦娘ににとっては何の慰めにもならない話であるが。
〈 もし本当に映画の怪獣みたいなヤツが日本に攻めてきたら木村、お前どうするよ? 例えばソイツが太平洋側から三重県沖に現れて上陸を目指してきたとしてだな・・・ 〉
まだ深海棲艦の存在が世間一般に謎に包まれたフィクションか陰謀論の一種として扱われていた時期、防衛大の寮室で椅子の上に胡坐をかきながらビッと人差し指を自分に突きつけて妙な事を言い出した先輩である中村義男の言葉を木村は思い出す。
自衛官が良くやる現状使える装備や権限などを含めて仮定に仮定を重ねる思考実験の様な戦術思考ゲームを何の前触れも無く仕掛けてきた不真面目な先輩に対して学課の提出物に掛かり切りになっていたその時の木村は「そもそもそんな状況はあり得ません」と素気無い答えを返した。
〈 あり得ない? おいおいおい、じゃぁ、深海棲艦も存在しないフィクションですって言うつもりか? 国連の肝煎り艦隊は何に沈められたと思ってんだよ、もしかしてアニメの中からやってきた超科学海賊とかか~? 〉
一昔前ならともかく現実として冗談みたいな怪物はこの世界に現れた前例があるじゃないか、とお道化た調子で笑う青年は今は亡き狂った科学者が提唱した存在と共通点がある所属不明艦と交戦した国連主導の海上における治安維持作戦を引き合いに出すがその場に居た同室の士官候補生がウンザリとした顔をしたのを木村は妙にはっきりと覚えている。
そして、そんな防衛大の校則規範のライン上で綱渡りをする事を趣味としている成績は良いが素行は良くない先輩を普段から尊敬していると言う野球が趣味の丸刈り頭の学友が苦笑しながらも中村へと「なら先輩だったらどうするんですか?」と問いかけた。
〈 んなもん決まってるだろ、上陸される前に見つけて海の上でぶっ倒せばいいんだよ 〉
想定を大きく上回る死傷者と艦船への被害を大量に出した為に詳細な情報は隠され、ただ敵艦を撃破したと言う戦果だけが発表されたのみで国家ぐるみの隠蔽工作の関係から正式な名前も与えられていないその海戦ではあるがその時点では撃破された所属不明艦の同類が他にも存在しているとは誰も信じておらず。
各国の徹底した情報統制によって深海棲艦による被害は増えていると言うのにその事実はネットの海で騒がれるゴシップと同類扱いを受けており腐っても軍事組織の幹部候補生である彼等の耳にすら信憑性の低い噂と言う形でしか伝わってきていない。
そもそも戦争行為と戦力の放棄を謳う軍事組織と言うには少々歪な性質を持つ自衛隊の末端も末端に居る木村達は彼が言う様な直接的に人命と財産を脅かす怪物に対する防衛力として自分達が国防の最前線に立つ事になるなど絵空事でしかなかった。
(その為に艦娘が居る・・・なんで先輩は本当にいるかどうかも分からなかった彼女達の存在を確信していた? 信じていられたんだ?)
同じ寮室の木村達にまだ出現しても居ない新種の深海棲艦の情報をまことしやかに語る中村が此処とは別の世界を生きた前世の記憶を持っていると言う話を木村が知ったのは彼に請われて鎮守府の艦娘部隊指揮官となってから少し経った頃で、しかも中村本人からでは無く知り合いになった艦娘達が当たり前ようにしていた世間話の内容からだった。
だが、いくら本人にとって確信となったとしても一個人の記憶などはあくまで主観のみで実質根拠は無いも同然、その自らの中にしかない主張にどうして人生を賭ける事が出来たのかは中村本人でない木村には知れる筈もない。
しかし、今現実として目の前にある過去の彼があり得ないと言い切った絵空事に挑まなければならない木村は生真面目な仏頂面をさら硬くに強張らせ恐怖で勝手に震え出す身体に冷静になれ情けない姿を表に出すなと念じて制し正面に見据える。
「陽炎、原動力が20%を下回る、推進出力を落とすぞ!」
《どうせ、撤退するしかないんだから弾薬の事考えなきゃこのまま目一杯回してても余裕あるでしょ、って、・・・砲声!?》
吹き荒ぶ獣の遠吠えの様な暴風の音に混じって聞こえた爆発音に横殴りの風と波しぶきの中で陽炎が驚きの声を上げ。
「何処だ!?」
「聴音反応、は・・・三時方向です!」
その艦橋に居る木村達の前のコンソールや全周モニターに駆逐艦娘の聴覚と連動したデータがウィンドウを開き神通が片手を耳に当てながら振り返りってその砲声の発生源の方向を指し示す。
そして、艦橋で索敵に全精神を注いでいた古鷹が軽巡の感知した方向へと艦橋に同調させた視力を向け、夜へと変わった嵐の中に艦娘が扱う霊力による障壁の発光を見つけ出して拡大映像を開く。
モニター上に表示されたその小窓の向こうには身体の向きとは逆方向に航行しながら幾つもの砲撃を巨大な深海棲艦の巣へと撃ち出している重巡艦娘とその彼女を牽引する様に光の旋風を吹き出しながら海上を蹴る金髪の駆逐艦娘の姿があった。
「どう言う事!? なんであの子達、攻撃してるの!? 撤退じゃないの!?」
「高雄さんが小脇に抱えてるのって確かS4とかって言う、あんな風に使う事も出来るなんて・・・」
深海棲艦の巣が浮上したと言う報告の直後に発生した高濃度のマナによって通信が途絶し、拠点艦との連絡も出来なくなった木村にとって二個艦隊の友軍との合流は優先事項ではあったが、まるで巨大な獣を挑発する様に散発的な砲撃を行っている高雄や簡単に作戦海域を離脱できるはずの速力を持つ島風が中途半端な距離を保ちながら黒い渦の縁で戦闘を続行している馬鹿馬鹿しい状況に思考が停止しかける。
黒い渦の縁に踏み込まないギリギリの位置から夜闇に幾つもの光の砲弾が打ちあがっては暴風の発生源である脈動する浮島の表面に着弾して爆ぜた表面が細かな破片を撒き散らしながら削れ、数秒も経たないうちに内側から湧きだしてくる黒い粘液が穴を塞いで歪な表皮を再生させていた。
《司令官!》
「ま、待て、友軍との合流は一時保留で・・・」
《砲弾でも魚雷でも良いから再装填、この際機銃でも構わないから戦闘用意すんの! 弾込め早く!》
象に挑む蟻を実践している先任達の姿に目を見開き絶句していた木村を叩き起こす様に陽炎の切羽詰まった様な叫びが艦橋に響き、それを言われた指揮官だけでなくその場の艦娘達までもが困惑に疑問符を口から漏らす。
「馬鹿を言わないで! 陽炎、あなた自分が何を言ったのか分かってるの!?」
《馬鹿なんて言ってないわよ!! アイツの進行方向考えなさいってば!!》
「・・・っ!? 限定海域の予想針路を海図に表示しろ! GPSが使えなくても大まかな位置さえ分かればいい!!」
陽炎の言葉と古鷹の悲鳴に閃いた発想が刺さる様に木村の脳裏を走り抜け、彼の指示を受けた朝潮が全周モニターへと素早く指を滑らせ目的の機能を呼び出し赤く巨大な楕円が表示された青色の海図がモニターに見える夜の嵐に重ねられた。
「ここからの計測では正確には分かりませんが、あれは現在40knot前後で北上している様に見えます!」
「このままの進路と速度で直進したとすると・・・六時間前後で屋久島か種子島にぶつかる事に・・・」
振り返り不安そうな表情を浮かべる軽と重の巡洋艦二人が口にする情報の意味に木村の身体はもう彼自身の精神力では止める事も出来ない程に激しく震え、青年は青ざめた顔で望遠映像の先に居る中村と田中が艦娘達と共に何をやろうとしているのかに思い至る。
「む、無謀だ・・・まさか、先輩達はアレの進路を外洋へ誘導するつもりなのか・・・?」
「砲弾の命中から僅かですが進行方向がズレているような・・・、攻撃に反応している様にも見えます」
部下から上がってきた情報を頭の中で整理しようとしている木村を乗せた陽炎が限定海域の発生させる黒渦の外周を大きく迂回するように走りながら敵の移動要塞の誘導と言う無謀な行動を行っている中村達へと近づいて行きながら背中の艤装に装備された12cm口径の連装砲を支える鉄骨のアームを広げて照準の十字を艦橋のメインモニターへと表示させた。
《・・・司令官、攻撃の許可を頂戴》
自分の判断は決して間違っていないと主張する陽炎の冷静な声に宿った意志、しかし、その行動を独断する事無く指揮官へと選択権を委ねる態度は彼の部下としての一線を守っている。
革張りの椅子の上でたった一つの判断で取り返しのつかない事になると予感させる状況を前に恐怖で武者震いなどと言い訳で出来ない程に激しく身震いしている青年は喉を締め付ける精神的な重圧に呻いた。
そんな彼の耳に甲高く笛の音にも似た音が届き、震える身体をそのままに目を見開いた木村は正面に広がる嵐の波間に煌めいた光の連続に声を失い呆然とする。
「高雄からの発光信号です! これは私達に向けられているの? 内容は、・・・作戦海域を離脱せよ、と」
《どちらにしても・・・早く選ばないと手遅れになるわ》
二人の先輩士官から拠点へと敵戦力の正確な情報が伝達される前に急上昇したマナ濃度と中継役であった龍鳳に艦載機を回収させると言う指揮官である自分の不手際で通信が途絶した事を今更に悔やみ歯ぎしりする。
その身体に纏う障壁の一部の発光を強め探照灯替わりにして符牒を送って来ている重巡高雄の姿と数キロ離れてもその異様さを見せつけてくる巨大な怪物、自分と共に艦橋にいる朝潮、神通、古鷹、龍鳳、そして、コンソールパネル上に立体映像として浮かび上がっている陽炎の姿を改めて確認した木村は自分が選ぶべき正しい選択が分からず迷いを前にして固唾を飲む。
遠く黒い浮島の巨大さと相まって実際よりも小さく見える高雄と島風が果敢に敵拠点を引き付けようとしている行動に加勢したとして本当に効果があるのかと言う疑問が揺れる。
指揮下の艦娘達は改装空母である龍鳳以外は夜間戦闘を得意とする艦種であるがここ数時間の戦闘によって目立った怪我は無いとは言え能力の源である霊力は戦闘続行を選ぶには心許ない。
しかし、現実問題として目の前で嵐を纏いながら海と空を喰らいながら突き進む黒塊を見ぬふりをして放置すれば明日の朝には九州へとその大質量が襲来し陸地を抉るだろう。
消耗した状態で加勢しても自分と部下の命を危険にさらすだけ、自分よりも多くの艦娘を連れている先輩達なら大丈夫だろう、通信不能となっている為に木村達の現状を知る事が出来ない司令部へと詳細な情報を持ち帰る事が今の自分達に出来る次善の行動であると彼の理性は声を上げる。
しかし、もしもここで自分達が何もせず撤退した為に良くも悪くも世話になっているトラブルメーカーである先輩達や知り合いになった少女達が帰らぬ人となったとしたら。
そう考えるだけで指揮官としての選ぶと言う
《・・・前から言ってるでしょ、司令官はもっと思ってる事を言葉にするべきってさ、小難しい考えとか面倒臭い責任感からじゃなくて自分がしたいと思ってる事をね》
神頼みする様に自分の内側に思考を閉じ込めかけていた木村は風と波に揺れ続ける艦橋に届いた陽炎の優しく語り掛ける声に不安で青くなった顔を上げ、嵐が吹き荒れる戦場でするには場違いなほど明るい笑顔を浮かべた駆逐艦娘の立体映像に目を見開き。
《逃げたって良い、正直言えば私だってあんなおっかないヤツになんか近付きたくないわ、でも今それを決められるのは
そして、自分の命の行き先を他人に信じて任せると言う普通ならあり得ない少女の言葉と表情に唖然とした青年へと艦橋に居る艦娘達も陽炎のその言葉を保証する様にハッキリと頷く姿を見せた。
《心配しなくたって司令官が決めたなら進撃だろうと撤退だろう私はその言葉を信じて従うわ、だって私は良い駆逐艦の見本って言っても過言じゃない艦娘なんだから♪》
少し軽く、そして、嵐の夜にも負けない明るさを宿した陽炎の励ましに青年指揮官は止めようしても止まらなかった自分の身体の震えが収まって行くことに気付き。
意を決し木村は一度だけ深呼吸してから自らの胸元、白い士官服の胸ポケットに隠している古いお守りを握っていた手を離した。
だが敢えて言おう、その選択は正解ではない、と。