艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

81 / 153
 
さぁ、皆々様。

空襲マスへようこそ。
 


第八十一話

 砲声が頭上を覆う黒い夜空の下で鳴り響き、驚きに目を見開いた不知火は姉である陽炎が自分に向かって撃った砲弾の行方を見上げ、照明弾の光を遮り疎らな光に変える網模様の空から落ちてくる巨大な影の一つに命中した光弾が内部の熱エネルギーを解放して粘質な塊を焼き弾けさせる。

 

《不知火、ボケッとしてないで攻撃よ! 攻撃! もっと降って来る!》

 

 そして、火の粉を散らす炎の中からボタボタと落ちてくる黒いスライムの様な無数の欠片を反射的に手で振り払いながら戸惑った不知火の目の前で片足を軸にして波を削り強引な方向転換を行った陽炎が硝煙を立ち上らせる連装砲を手に身体を横滑りさせながら再び叫んだ。

 

『は、ハエ叩きってか!? 馬鹿にしやがって、虫扱いにされてたまるかよっ!』

 

 指揮官の叫びに呼応するように不知火の両脚でスパッツを引き締めるベルトに装備された二連装機銃が上空から迫って来る黒血で作られた投網の表面から雨の様に滴る黒い滴を迎撃する。

 

『機銃は撃ち切ったら再装填するな! 最大戦速だ、とにかく走れ!!』

《っ!? 司令、陽炎が言う様に迎撃を!》

『そんな道草食ってたらアレが落ちてくるまでに抜けられんだろ! って言うかお前ら何でまた戻って来てんだ!? いい加減にしろ木村ぁ!!』

 

 あまりにも荒唐無稽な巨大な網状に編まれた触手の膜とそこから落ちてきた塊、油断によって頭上数十mまで迫っていた敵の攻撃に気付かないばかりか田中艦隊と共に離脱したはずの陽炎達が戻ってきたと言う状況に唖然としていた不知火は指揮官が内部機関の出力を最大まで押し上げた感覚と背中を急激に押すスクリューの勢いにたまらず驚きの声を上げた。

 

『なんだ!? ノイズばっかで聞こえん! くっそ、この距離でも通信使えねぇってどんだけだ!?』

『前方落下物! 上空の網も近づいている様に見えます!』

『それは見れば分かる! そもそも、なんであんな脆くてデカいのが空飛んでんだ!? 重力は仕事しろぉ!』

 

 遠くで打ち上げられた光源によって姿を現した敵の攻撃は始まったばかりであり、ノイズを吐き出す通信機に向かって苛立った大声を響かせる中村の様子に急かされて不知火は全力疾走する。

 

《不知火っ、こっちに!》

《陽炎! あの触手を生やす泥は私達の霊力を追いかける! 爆雷や砲弾が!》

(デコイ)に使えるわけね! 分かったわ!》

 

 その姉妹艦へと速度を合わせて横並びになった陽炎が第一主砲から片手を離して妹へと向け、それに気づいた不知火もまた同じ様に彼女へと片手を伸ばして破れかけの手袋同士が触れ合ったと同時にその艦橋の通信システムが艦娘同士の接触回線へと切り替わった。

 

『糸の切れた凧の様なマネはいい加減に止めて中村艦隊は我々の後方に続いてください!』

『感謝はするが後で覚えてろよ! 自分の持ち味捨てたら碌な事にならないんだぜ、規律第一はどうした石頭!』

『持ち味でもなんでも限度があるでしょうが! 田中艦隊が照明弾で脱出の誘導してくれています! 急いで!!』

 

・・・

 

 凝り固まった闇の重さで空が落ちてくる。

 

 そう表現するしかない夜空を頭上に捉えながら二人の駆逐艦娘が背負った艤装のスクリューにアフターバーナーの様な光の渦を放出させ、自分達の進行方向へと落ちてくる粘質な塊のせいで生まれる巨大な水の冠の合間に滑り込むようにドリフトして。

 冠の中心から水の壁を突き抜いて黒い触手が猛烈な速度で陽炎へと突き進んでくるがその矛先は彼女が置き去りにしたスクリューの残光を追うようで駆逐艦娘は身を捩る事も無くグロテスクな海蛇の群れを掻い潜る。

 

《はっ、へったくそな狙い! 何処に目付けてんのよ、そう言えば目なんか付いてなかったわねっ! ええ、まだ落ちて来るって事でしょ!》

 

 気丈に笑いツインテールを振り乱しながら波の壁を強引に突破した駆逐艦娘が艦橋からの知らせで即座に肩に増設された単装砲を上向かせて回避不能な落下物へと砲弾を撃ち込み炸裂させ。

 

《だから、気を付けなさいと!》

《ありがとっ、助かった!》

 

 燃え残り飛び散る黒い深海棲艦の体液が少女の身体に降りかかる寸前に横合いから飛び出してきた顰めっ面の駆逐艦娘が姉妹艦の肩を掴んで強引に方向転換させ降り注ぐ黒飛沫の範囲から仲間を逃がした。

 

《不知火、後少し絶対に逃げ切るわよ!!》

《言われずとも!》

 

 加速を落とさずに暴れる波の上を駆ける陽炎と不知火、二人はお互いを鼓舞する様に気丈な声を上げる。

 両方とも自分を海上で走らせる為に必要な燃料が底をつく寸前だとそれぞれの艦橋から警告されているが、しかし、彼女達は今だけは燃料の有無に係わらず艦橋に控えた余力のある味方艦娘への交代を行うワケにはいかなかった。

 

 それは実戦要員として海に立つ旗艦の交代の際に宙に造り上げられる金の茅の輪、その輪を通り抜けて戦闘形態に移行する場合にその前の状況で旗艦がどれだけ素早く動いていても一度、輝く紋章を通れば次の旗艦は速度を0に戻された状態で出撃する事になると言う性質が関係している。

 例えばヘリから飛び降りた自由落下の最中だろうと、ロケットエンジン並みの推進力を噴かし亜音速で走っていても、艦橋の指揮官が立体映像で表示される札を選び取り前の旗艦が枝葉を茂らせる金輪に変わった時点で艦娘の戦闘形態を一時的にマナ粒子に変換されたと同時に慣性運動のエネルギーは輪の外側に広がる衝撃として投げ捨てられ次の旗艦は静止状態から再加速を強いられるのだ。

 

 その砲雷撃戦での緊急回避や空挺降下作戦の着地を安全にしてくれる便利な金の輪の特性は今の船足を止めるわけにはいかない不知火達にとっては逆にデメリットになっていた。

 

《ちょっ、これでホントに打ち止め!? あれが落ちてくるまでもう時間が無いってのにぃ!》

 

 苛立たし気に叫びながら目の前に落ちてきた障害物へと主砲を向けた陽炎だったがその両手が正面に構えた連装砲は右側だけが砲弾を放ち、彼女の三倍近い質量を持った黒い半固体の滴はその表面を抉られながらも半分近くがそのまま海面へと落下して巨体を横たえながら高波を発生させる。

 

《なら司令官、接近して殴り抜けるしかないでしょ!!》

《いいえ、その必要は無いわ》

 

 迂回するにも高すぎる波の壁とその向こうにある無数の口が蠢く出来損ないの怪物に向かって突撃して強引に突破するべきと艦橋に居る指揮官へ陽炎が叫んだと同時、そのすぐ横へ波を飛び越え一歩前に出た不知火の手が振り抜かれてその指先から灰色のドラム缶にも見える爆発物が迫りくる高波を突き抜く。

 そして、その先に巨体を横たえた半固体へと不知火が投げた爆雷がドプンと波紋を作りながら抵抗なく飲み込まれ、時限式の信管が霊力で製造された火薬を発火させる。

 

《やはり、大きさだけで手応えが無いわね》

 

 ドンっと鈍い爆発音とともに壁になっていた波が割れ黒い粘液が二人の駆逐艦へと降りかかるが、服や肌に絡みつきジュウジュウと昏い霊力へと分解するそれに構わず突破して陽炎と不知火は空から落ちてくる黒い触手で編まれた網の下から星空の見える海へと身体を投げ出すように飛び出した。

 

《やるじゃない不知火、あんた最っ高よ!》

《今は口より足を動かしなさい!》

 

 だが、歓声を上げた陽炎と仏頂面の不知火には妙に澄んだ夜空に感動する暇は与えられず。

 空気が破裂するような音と共に遠く十キロ以上離れた限定海域から放たれた異形の投網が海面を叩き。

 

《海がひっくり返る!? 不知火っ!!》

《陽炎、離れないで! 防御を!!》

 

 脱出を喜んだのもつかの間、先ほどの破片の落下とは比べ物にならない質量で発生した津波に二人は背中から襲われ呑み込まれる。

 そして、津波の激流に弄ばれる陽炎型姉妹とその艦橋に居る指揮官と艦娘達は上も下も無くなるほどの乱回転に悲鳴を上げた。

 

・・・

 

 いつの間に目を瞑っていたのかしら。

 

 不意に身体の左側と背中の艤装が押しつぶされていく様な重みに痛みを訴えてくる。

 左足に至ってはまるで火で炙り焼かれている様な気すらしてくる激痛が私を襲う。

 

『・・・きろ! ・・・う、・・ろう! 陽炎! 起きろ!!』

 

 覚束ない意識が身体ごと揺り動かされ馬鹿みたいに大きいハエ叩きがその下から逃げ出したはずの私達ごと海を叩き。

 それが原因で立ち上がった見上げる程高い津波に飲まれ身体がバラバラになるかと思うほど激しく掻き混ぜられた海中を振り回された。

 

《陽炎、起きなさい!! 起きてっ!!》

 

 確か、そこで四方八方から押し寄せる衝撃に視界が黒く染まった所までは思い出し、そして、頭の内側と外側から聞こえる馴染み深い声に私は瞼を震わせて頼りなく霞んだ目を開ける。

 

《しら、ぬい・・・あんた、なんて顔してんのよ、ぐっぅ、今、どうなってんの・・・?》

《手を掴み返して! 早く! 私の手に!》

 

 珍しく焦った顔をして叫ぶ不知火の大声が嫌に頭に響き、こっちは身体中が潰れそうな程痛いのにそんな事知った事かとぐいぐいと乱暴に右腕を引っ張る妹の強引さに怒りを通り越して呆れてしまう。

 

 濡れて顔に張り付く気持ち悪い前髪をどけて目元を拭いたいが右手は馬鹿みたいに強い握力で掴む不知火のせいで使えない。

 だから、かわりに左手を動かそうとしけれど身体の左側が丸ごと粘土か何かに固められたかの様に指一本すら動かなかった。

 

『障壁が溶かされて、いえ、これは侵食されていると言う事なの!?』

『何故だっ! 何故、旗艦変更が出来ない!? ダメージコントロールは!?』

『推進機関圧壊! 左脚部破断、左舷側も侵食が止まりません!!』

 

 何がどうなってるのか分からない。

 泣きそうな顔で必死に私の腕を引っ張る不知火。

 恐慌状態で叫ぶ艦橋の司令や古鷹達の声。

 

 身動き出来ず不意に左足の先が何かに挟まれた直後に断ち切られ無くなった感覚を境に身体全体の痛みを感じる機能がマヒし始めたらしい。

 そして、何度か瞬きしたおかげか海水で痛む私の目はやっと自分の身体を覆っている障壁が耐久力の限界を示すひび割れと儚げな明滅をしている事に気付く。

 

 あはは・・・なにそれ、冗談でしょ?

 

《それは!? はい、司令・・・強引ですが確かにそれしかありません、今から爆雷を使います、木村三佐!》

 

 おまけに何とか見えた自分の胸元から下は黒い泥に埋まっているみたいでジュウジュウと肉が焼ける様な嫌な臭いを立ち昇らせ、腰や背中だけでなく左肩まで迫ってきた圧迫感に捉えられた私の身体はどれだけ力を入れても動かない。

 

『すまない、陽炎はこれ以上持たない! やってくれ!』

 

 怠くなってきた身体、鈍くなる意識であっても私にはそれが何故か何てもう他の誰かに聞く必要なんてなかった。

 

 それは司令達が喋る接触通信の内容と、そして、必死な形相で私を引っ張る不知火に這い寄って来る黒くてグロテスクな塊が見えた事で嫌でも理解できる。

 タービンが不完全燃焼を起こしているような頼りない音を立てながら不知火の艤装が逆進する為にスクリューを回しているけれどその回転は随分と鈍く遅い。

 でも、それが私を泥に引き込まれない様に引き留めているこの子が使える最大の出力なんだ、と。

 

 それなのに不知火や中村二佐は残り少ない霊力から弾薬を用意して私達をこのドロドロから引っ張り出す為に使おうとしている。

 

《ごめん、司令官・・・私、今から悪い駆逐艦になるわ》

 

 田中艦隊と一緒に逃げていた最中に私が空を覆う巨大な影に気付かなければ、司令が中村艦隊にそれを知らせないといけないと決断しなければ、もしかしたらこんな事にはならなかったのかな?

 

『陽、炎・・・おまえっ、何を言って』

《これは司令のせいじゃない、私のせいだから・・・》

 

 正直に言えば司令や仲間達に私を恨んでくれていいなんて言葉は言いたくない、だけど躊躇っていたら時間は無くなってしまうから。

 

 今、私をこの気持ち悪い泥の怪物から爆雷の爆発で引っ張り出せたとしてもこの敵は強い霊力の反応を追いかけてくる。

 

 そしたら、それは間違いなく限定海域から放たれたモノと同じ速度の触手が不知火と私達に殺到するのが目に見えていて。

 仮に脱出後に旗艦の変更が間に合っても今度は次の朝潮や吹雪達が足を止めた状態で黒い泥に襲われるでしょう?

 

《朝潮、古鷹、神通、龍鳳さんにも・・・このままだと皆、全滅しちゃうから》

 

 それはつまり汽笛を吹かしても加速の準備が終わる前に仲間諸共、不知火も私も敵の腹の中って事。

 

 そんなのは・・・死んでもお断りだわ。

 

《だから、・・・ごめんなさい》

 

 そして、私は指揮官の承諾も取らずに痛む身体を捩って妹の手を振り払った。

 

《かっ、陽炎ー!?》

 

 手を弾いた時に脱げた私の手袋を握りしめた不知火の今にも泣きだしそうな表情と悲鳴が妙にゆっくりと私の目に映り込んだ。

 

 ああ、これでは不知火に凄く恨まれちゃうだろうな。

 次に会う時には覚悟しとかないといけなさそうね。

 

 泥に引きずり込まれていく私はそんな他人事みたいなふうに考えて、不知火の叫び声へと返事を返す様に残った身体を丸めて残りの力を全て注ぎ込んで汽笛を吹き鳴らした。

 

 まったくこんなんじゃ、陽炎型ネームシップの名が泣いちゃうわね・・・。

 

・・・

 

 まるで大蛇が小動物を呑み込むように呆気なく不知火の目の前から陽炎の姿が粘つく泥の中へと沈み。

 ドロドロと染み出す様に膨らむ泥の奥、か細い残響の様な汽笛の音がわずかに揺れたが容赦なく押し潰す形を持った暗闇に掻き消された。

 

 その手を引っ張る為に推進機関を逆進させていた不知火は姉妹艦を引っ張っていた抵抗を失い、反動で後ろに身体を引っ張られて横転しかけたがそのおかげで陽炎だけでなく彼女に覆いかぶさろうとした黒い波から逃れ。

 バランスを崩しかけている駆逐艦娘の指揮官の手によって逆に回っていた推進機関が順回転に切り替わり倒れかけた彼女の背中を支える。

 

 だが、彼女にとって襲い掛かってきた敵の前で隙を見せずに済んだ程度のそれは何の朗報でもなく。

 桜色の瞳を驚愕でイッパイに広げた陽炎型二番艦は目の前で蠢く黒泥の塊と自分の手が握っている破れた手袋の間で視線を何度も行き来させ。

 

《・・・は、・・・ぁ?》

 

 その手に握っていた陽炎の手袋が光を散らして巨大な物から人間サイズへと再構築される様子に口元を半開きにして小さく呻き声を漏らした。

 

『ふざけやがって!? 冗談じゃない! 高雄はっ、弾切れか! 吹雪、霞は、火力が足りない! ゴーヤ達もダメなら大鳳しかないだろっ!!

『提督落ち着いてください! 今は夜、しかも敵に囲まれてかけている状態で空母を出撃させるのは無謀です!』

『それに私が出ても木村艦隊を巻き込まずに爆撃なんて出来ないわ! それに早くここから離れないと私たちまで!?』

 

 頭を掻きむしり叫ぶ中村やそれを押し留めて冷静さを取り戻す様にと説得する重巡洋艦と装甲空母の声が今の不知火にとってどこか遠くで聞こえるラジオの音程度まで気を配る優先度が下がっていく。

 

『不知火、突っ立ってないで走りなさいったら! アレはもう目の前までっ』

 

 限定海域の手前で追跡してきた時とは比べ物にならない遅さだが無数の口が蠢くその塊はジワジワとゆっくり確実に追い詰める様に不知火を囲もうと迫って来る。

 昏い霊力の放出をまだ続けながら海面の上に盛り上がったグロテスクな黒山が波を圧し潰す様子に艦橋の朝潮型駆逐艦娘が警告の声を上げた。

 

《くっ、ああっぁァアアッ!!》 

 

 だが、その霞の声を着火剤にしたかのように歯を剥き出しにして烈火の様な怒声を上げた不知火は迫りくる深海棲艦の血を固めて造られた異物へ向けて足を踏み出し。

 肩紐で左腰にぶら下がる第一主砲と艤装の右側にアームで設置された第二主砲へと手を向け。

 それを合図に艤装側面の金属のアームが連装砲ごと艤装基部から外れ不知火の右手に、左舷にぶら下がる連装砲に繋がっていたベルトが弾ける様に外れて駆逐艦娘の身体に巻き付き。

 その両手に吸い付いた不知火の主砲が二つ同時に内部機構を剥き出しにする。

 

『し、不知火・・・!?』

『艦娘が勝手に形態変更って、そんなのもありなのかよっ・・・!』

 

 桃色の髪を振り乱し獣の様に歯を剥き出しにした形相を浮かべる仲間の荒ぶる姿で艦橋で起こっていた喧騒が静まり返り。

 不知火の両手で変形し完全に原型を失った二つの12.7cm連装砲が灰色の制服の正面で交差して鋼の骨組みが幾つもの部品とボルトによって噛み合う。

 

 限定海域によって分厚い暗雲を吸いつくされ姿を現した月明りの下、不知火の両手が握る先でガキンと重々しい撃鉄が引かれる金属音と共にX型の鈍器が先端を打ち合わせて火花を散らした。

 

《不知火を、怒らせたわね・・・》

 

 身体中からひび割れた障壁の欠片を海面に落とし、燃料分のエネルギーが底を尽き僅かに霊力の粒子を纏うだけとなった推進機を背負い。

 怒りに狂い血走った眼を見開いた駆逐艦娘が怨嗟を含んだ底冷えのする声を吐き出す。

 

 その両手に握った取っ手を押し開き駆逐艦娘が踏み出した革靴と黒い泥の距離が縮まる。

 

 彼女の二歩目が大きく踏み込まれその両手が突き出す巨大なペンチと言うべき挟み潰す為の工具と似通った形の先端が黒い表面に蠢く乱杭歯の一つを歯茎ごと突き破って白い手袋に敵から溢れ出す黒い血が触れる寸前。

 

 再び打ち鳴らされた重い金属音によってその内部機構から放出された衝撃波が遠く彼方にある限定海域へと繋がる不定形の一部を内側から激しく撹拌し、深海棲艦と対極にあるエネルギーが黒血へ強制的な連鎖反応を起こさせ単純なマナへと分解して爆発的な熱膨張が起こる。

 

 そして、不知火が自身の近接武装である巨大工具を叩き付けた部分を中心に黒い塊が弾け飛び、身体に降りかかる黒い血飛沫を無視して陽炎型二番艦は推進機関の助けを借りずに自分の足だけで、しかし、確実に山の様に盛り上がる敵に向かって進んでいく。

 

『止せ、不知火! 進むな戻れ!』

《申し訳ありませんが、私はここを退くわけにはいきません!》

『俺だってアイツら置いて撤退するつもりはねぇよ! お前がやるより大鳳が無理矢理にでも爆撃する方が可能性が高いって言いってんだ!』

 

 半円形に抉られた部分を埋める様にまた迫り出してくる黒い異形に囲まれた状態となった不知火は指揮官の言葉に足を止めかけるがその直後に歯を食いしばって敵の血にまみれた巨大ペンチのハンドルを開き、重苦しい音と共に鉄の塊を血の塊へと叩き付けた。

 司令官の言う事が正しい、彼の言う方法の方がこのような個人的な感情を処理できずに振り回されるやり方よりも優れているのだと頭では分かっていても不知火は止まれない。

 

《何処に、何処にいるの! まだ遠くには離れていないはず!》

 

 一歩踏み出すごとについさっき自分の手を振り払った瀕死の姉妹艦の姿と過去のお節介や面白くも無い冗談を自分に掛けてくる姉との記憶が彼女の脳裏で代わる代わるに繰り返していた。

 

『不知火!! 話を聞けよ!?』

 

 自分にとって無二の家族と言える相手を奪った敵に対する筆舌に尽くし難い怒りに突き動かされ不知火は敬愛する中村の呼び声から耳を背けて歯を食いしばる。

 

『司令官、すぐに旗艦を変更してください! 私が能力を使って離れてから大鳳さんに代わります!!』

『やってる! だがカードの表示が遅くなって、なんでだよ!?』

『だから、そもそも木村艦隊の救出は無謀であると!』

 

 司令官の声に答えず、その初期艦や仲間達が叫ぶ声を無視して陽炎型二番艦は自らが装備する最も霊力の消費が低い武装の引き金を手動で押し開く。

 

『高雄は! 司令官がやるって言った事なら文句があっても従いなさいったら!』

『飛び散った黒いのまで障壁を溶かしてるでち!? 不知火、お願いだから止まってよぉ!』

 

 直後にまた近接武装によって圧し潰しながら放った衝撃波で血の塊を炸裂させ、不知火は過剰な霊力の消耗によって障壁すら失った事すら気に留めず血走った眼で自分を囲む敵の物量を見回す。

 

《陽炎! 返事を、返事をしなさい!》

『不知火はいい加減にしろ! くっそ、艦橋に戻したら引っぱたいてやる!』

 

 手を離してしまったのはつい少し前、まだ間に合うと不知火は自分に言い聞かせながら目の前で蠢く脆い敵を薙ぎ払うが、月明りの下で海を圧し潰す圧倒的な物量を見せつけてくる触手の網の前では小さな針を闇雲に振るう様なモノであり。

 抉った半円形が急速にその範囲を狭め不知火の退路を断つように背後に空いたすき間を狭めていき、体力の限界消耗に足下をふら付かせた駆逐艦娘が立ち止まったのを見計らったのか黒い塊がその表面を細く伸ばし再び形成された触手が襲い掛かった。

 

《返事をしてっ、お願いだからっ・・・陽炎!》

 

 その手に携えた武器を奪い取る様に伸ばされた形を流動させる血の塊の一つが巨大ペンチに巻き付き。

 それとは別方向から迫る黒い塊が嘆く声を上げる駆逐艦の上に覆い被さろうと無数の口が蠢く表面を高く持ち上げ津波の様に反り返らせ。

 

 そして、瞬くように光が散った。




 
緊急回避は緊急の時にしか使えないから緊急って言うんです。

そもそも何のリスクも無くポンポン旗艦変更できるなら艦娘が二人いれば実質無敵状態になっちゃうよね。

どんな技術でもちゃんと便利な部分と不便な部分を理解していないと足下掬われる。

と、言っても主人公達にとっては艦娘の能力に干渉できる深海棲艦とか言うイレギュラーなんて予測し様が無いかな?
 
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。