艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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祝! 艦これ、始まるよ。一周年!!

そして、プロットさん!
描写に困るシーンの連続はマジ勘弁してください!!

Q.今イベのE-1に秋月が居るってホントですか?
  私気になります!

A.この瞬間を待っていたんだー!!(秋月着任!!)
 


第八十三話

ThirdAttack(第三斉射)、いきます!》

 

 他の艦種を上回る数の副砲と機銃に大口径砲に裏付けされた大破壊力、それらを守る重厚な装甲と障壁から戦艦娘が持つ力は全艦種の中で群を抜いていると勘違いされる事が多々ある。

 

《FIREァアッ!!》

 

 とは言え今俺の目の前で金剛が殲滅戦用に変形した主砲から放った閃光、黒い肉塊をその下の海ごと切り裂く霊力粒子のビームがまき散らす威力と余波に拮抗する攻撃力を持った艦娘は彼女と同じ戦艦娘しかいないと言うのも間違いではない。

 むしろ戦艦娘が実際にその能力を振るう姿を見たものにとっては金剛達の艦種が抱えるデメリットを言葉だけで聞かされても半信半疑になる方が自然とも言えるだろうか。

 

「加速器から各主砲内へ再装填を開始! ふふっ、撃ち放題よ!」

「そりゃ景気良ぉてええけど、砲塔とかの冷却が間に合わへんからもうちょい圧力下げれへんか?」

「分かってるけど今は砲撃を続けないと! 入ってくるマナの方が多すぎるんだから!」

 

 研究室の調査で艦種問わず霊核が作り出す純粋な霊的出力は駆逐艦も戦艦も含めた艦娘全てで同一である事が確認されたと言う話に義男と一緒に驚かされたのが随分と懐かしく感じる。

 それはともかく、金剛達の何が問題かと言えば戦艦と他の艦種を隔てている戦力格差に見えるモノの正体がその艤装が持つエネルギーの増幅率と装備へ伝達される霊力の偏りの結果でしかないと言う点なのだ。

 艦娘は艦種ごとに得手不得手が極端に分かれているがそれも原因を突き詰めれば霊核からの供給から何%を砲に、推力に、防御に、と割り振っているからに過ぎない。

 

 そして、その最大値が同じであるからこそ、攻撃能力は低いが海上を超高速で駆ける駆逐艦娘なら数時間の海戦を続けられるエネルギーを戦艦娘はたった数十分で使い果たす。

 

(火力特化の扶桑姉妹ほど極端じゃないけど金剛も他の艦種と比べると冗談みたいな消費量してるからなぁ・・・)

 

 しかし、周囲のマナを吸収して白く輝く翼を羽ばたかせる円形艤装、つまり殲滅戦形態と名付けられた戦艦娘が持つ艦種能力が原因でリソースの瞬間的な大量消費と言うデメリットとは裏腹に彼女達の力が他艦娘を大きく上回るなんてデマが鎮守府に流れる事となった。

 

「周りの霊力を吸収してしまう能力か・・・いつ見ても度肝を抜かれそうだ」

 

 事実、外側から弾薬となるエネルギーを取り込む事ができるだけでなく戦艦娘の艤装自体も火力を増幅する事に特化した構造を持っている為、条件さえ揃っていれば金剛達は凄まじい破壊力を発揮する。

 そう、破壊力と言う一点に絞って表するだけなら戦艦が最も強い艦娘である事は間違いない。

 

「でも、敵の力を奪い取って戦う能力なんてなんだか追い剥ぎみたいではしたないですわ」

 

 通常砲撃戦から艤装を変形させる事によって円環の粒子加速器を背負った姿となる戦艦娘はその艤装基部から強力な熱を伴う障壁を様々な翼や羽根に形成しそれによって広範囲のマナエネルギーを取り込む。

 だが、その霊力吸収能力を使う上で何のリスクも無いと言うわけでは無く、敢えて例を挙げるならば吸収したエネルギーを砲撃以外の防御力や推進力へ分配し直す事は出来ないと言う点だろうか。

 

《ヘイッ! ミクマ、聞こえてますヨー!》

「ええ、聞こえる様に言ったつもりですもの、提督、加速器の霊力がオーバーフロー、羽根が散り始めていますの」

 

 三隈の言い様に肩を怒らせ腰に手を当てる金剛の背中で今も周囲の空気中や焼き払った黒塊からマナ粒子を奪って羽ばたいている白亜の翼はあくまでも粒子加速器へと変形した主砲に付随する機能であり。

 それが吸収するマナ粒子はどう操作しても主砲などの攻撃兵装へと込められる弾薬の材料にしか使えず、しかも周りに霊力が溢れる力場が存在していたとしてそれら全てを無制限に受け入れられるかと言えばそうでは無い。

 

 過剰に艤装に取り込み過ぎれば粒子加速器がオーバーロードを起こし自爆しかねない、かと言って溜め込んだプラズマ化した粒子を消費する為に加減なく砲撃を繰り返せば今度はオーバーヒートによって砲塔が溶け落ちる可能性が出てくる。

 

「だが、木村艦隊を見けるまでは高濃度マナによるジャミングは捜索の邪魔だ、レーダーと通信の機能を維持する為にも多少無茶だが吸収を続けるしかない」

 

 義男は事ある事に戦艦娘が非常に優れた艦種であり、その戦艦である金剛に好かれて頻繁に艦隊に招いている俺を羨ましがる様なセリフを吐くが今の様な大量のマナ粒子が渦巻く戦場では下手をすれば大量の火薬を抱えたまま大爆発なんて事が起きかねないと言う事実を悪友は理解していないのだ。

 今もコンソール上に浮かぶ旗艦の状態に目を向ければ空気を多重に揺らめかせ溶け落ちそうなほど赤熱する砲塔、金色に灼熱した大量の粒子の回転で唸り続ける艤装、砲撃の反動で振り回される艤装が上げる悲鳴など全方位から襲い掛かって来る粘液の塊よりもよっぽど危険な要因が金剛の内側で巻き起こっている。

 

(火の上の椅子に座っている気分だ、金剛や皆も頑張ってくれているがそろそろ限界が近い・・・木村艦隊を見つけるまでとは言ったが、しかし、共倒れになるわけにもいかない、か?)

 

 陽気な声と不敵な笑みで襲い掛かってくる黒い津波を翼で打ち払う戦艦娘だが良く見ればどこかその表情は自身の砲撃による反動のダメージで強張り始めており、コンソールパネルの上に浮かぶ彼女の鮮明な立体映像には艤装が排出する熱とは別の要因で滲んだ汗が額から滑らかな頬を伝って落ちているのが見えた。

 

 幸か不幸か現在の位置関係から太平洋側を背にしている俺達に触手を向けている限定海域が日本本土に針路を向ける様子はない。

 

 だがそれも機を逸すれば逃げる事すら難しくなる。

 

 いくら救出の為とは言えこれ以上の戦力を浪費し二重三重の遭難者に俺達がなるわけにはいかない。

 

「でも、あの時、木村艦隊では無く・・・俺達が救出に向かっていたなら・・・」

 

 島風が全速力で古鷹を引っ張りながら曇天によるものだと思い込んでいた暗闇の中から星明りの下に駆け出したあの時、義男達が敵の攻撃から離脱する俺達を庇う為に囮になった後に夜空を見上げた陽炎が叫んだ悲鳴の様な報告を通信機で聞いて思考停止してしまった自分を今更ながら恨めしく思う。

 もしかしたら警告しに戻らなくとも義男は上空の敵に気付いて逃げきる事が出来ていたかもしれない。

 仮にそうでなかったとしても指揮下の艦娘が少ない木村艦隊では無く数的に優位にある俺の艦隊が救出に向かうべきだったと言うのに。

 

 しかし、俺が空に広がる巨大な網目が蠢く様子に唖然としていた一分未満がその決断の機会を奪い。

 

 限定海域の誘導の為に弾薬を使い切った古鷹では中村艦隊が敵の魔の手から離脱する為の照明弾による誘導が行えないと言う木村君の声と同時に彼の旗艦が古鷹から陽炎へと姿を変え空に広がる暗幕の下へと飛び込んでいく姿に俺は声も出せずに狼狽える事しかできなかった。

 

 逃げるだけなら難しくはない、それに対して木村艦隊の発見と救出は絶望的、犠牲を要求する天秤に乗った自分達と彼等の重さ(人数)の差は明らか。

 部下の命を預かる指揮官として決断するべき答えは分かっているのに自分の失態で後輩を死地に送り込んでしまったと言う後ろめたさが後ろ髪を引っ張り艦隊の進退を決める事が出来ないでいる。

 

「俺は、僕は・・・間違っ」

「それ以上は言っちゃダメだよ、提督」

 

 顔の半分を片手で覆いか細く呻くように漏らしかけた弱音を横から突き出てきたウサギ耳の様な黒いリボンが遮り、十秒で栄養補給が出来ると言う触れ込みのゼリー飲料のパックを口に咥えた島風が上目遣いで情けない顔をしているだろう俺を見上げる。

 二人の重巡洋艦娘を引っ張りながら限定海域の誘引を成功させたがその為に燃料を使い果たした最速の駆逐艦娘はストローで補給物資のゼリーを吸い込んで口を尖らせた。

 

「陽炎があれに食べられちゃったのはあの子が遅かったから。だから関係ない提督はその事で謝っちゃダメ」

 

 フォローと言うにはあまりにも自己中心的な物言い、聞いた相手によってはケンカになり兼ねないセリフを言い切った島風は口先で揺らしていたビニールパックへ空気を送り込んで風船のように膨らませる。

 

「それに私達があれの下に入らなかったから吹雪の所には間に合った、提督と私達にとってあの判断が一番()かったんだよ、絶対に絶対」

 

 子供じみた主観のみの考えを物怖じせずに言ってから俺の身体に擦り付ける様に金髪が揺れる頭を押し付けてきた島風の姿に何とも言えないむず痒さを感じながら苦笑を浮かべ。

 自らの速さ以外の事に無頓着であまり他人を気にしない彼女の珍しい激励の言葉に応える様にその長髪を撫でてから俺は金剛の広げる翼に照らし出された敵の威容に意識を戻した。

 

「言うまでもない事だが金剛の限界が近い、あと十分以内に木村艦隊を発見できなければ救出を諦めてここから離脱する。中村艦隊に連絡を頼む」

「提督・・・わかったよ、ちょっと待っていて」

 

 俺の指示に憂いながらも頷きを返した時雨、たまたま通信管制を担当していた為によりにもよって仲間を失う事に人一倍忌避感を持っている艦娘にそれを命令しなければならないと言う事にも嫌気がさす。

 艦橋に居る仲間もそれは頭では分かってくれている様だが時雨の隣に立って電探を担当するイムヤが無言ながらも心配そうな表情を浮かべて赤いポニーテールを揺らした。

 

(とは言え義男が素直に頷くかどうか)

 

 普段から責任と苦労が嫌いと言うくせに楽をする為なら人並み以上の努力するなんてチグハグな行動をしれっとした顔でやる頓珍漢な奴。

 敵になった相手ならどんな悪辣な謀を仕掛けても笑っている様な男だが仲の良い身内に対しては冗談や揶揄いを交えながらも手厚い友愛を差し伸べる情を優先するタイプの人間でもある。

 

(アイツの事だから撤退すると言えば渋りに渋るだろう、義男にとって木村君は防大で面倒を見てきた後輩、当たり前か・・・)

 

 今までは俺も義男も艦娘の指揮官として鎮守府に着任してから幸運な事に深海棲艦との闘いで仲間を失った経験は無かった。

 しかし、それはあくまで偶然や幸運でしかなく兵器を使った殺し合いをしている以上は同僚の誰かが、知り合った艦娘が、ある日突然に居なくなる可能性を否定してくれているわけではない。

 

 艦娘が深海棲艦の天敵として造られたなんて言葉は戦いに挑む全ての仲間達に絶対の安全を保障してくれるモノではないなんて事は今まで相対した怪物達の暴力によって受けた痛みや恐怖が証明しているのだから。

 

そんな(・・・)日は来て欲しくなかった、でも俺達がどれだけ嫌だと喚いても所詮は言葉でしかないんだ・・・)

 

 俺だけじゃなく義男にだって深海棲艦との戦闘で死んだと思った、一歩間違えば自分達の命が無かったと感じた経験は何度も有る筈でたった二人の指揮官として艦娘の待遇と鎮守府を立て直そうと躍起になっていた時ですらお節介な妖精の目に見えない手助けが無ければ一番初めの限定海域と言う試練すら乗り越えられなかっただろう。

 

 中村艦隊が木村艦隊を見失ってからもうすぐ一時間を超えようとしている。

 

 艦娘に対する侵食と阻害の能力を持った敵に呑み込まれた陽炎があの気色の悪い泥による船体を蝕む攻撃に長時間耐えられるとは思えない。

 考えたくは無いがこれ以上ここに踏み止まっても取り返せるのは大破(強制解除)によって泥の中に散らばり身体を溶かされた彼女達の霊核か木村君の遺品や遺骨ぐらいなものになるだろう。

 

「提督!」

 

 最悪の状況を考えながら木村艦隊を見捨てなければ自分の命だけでなく時雨達まで失う可能性に胃を痛めていた俺の耳に切羽詰まった様な驚きが混じる時雨の声が響く。

 

「何だ、義男がごねている様なら俺から言っても・・・」

 

 いや、そんな事を考えていられる事自体があの暴食の権化の前では幸運なのではないか、と胸の悪くなる考えを頭の中で渦巻かせ喉元にせり上がってきた酸味を押し留めながら時雨へと顔を向け。

 

「IFFを確認! このシグナルは陽炎よ! やっと見つけたわ!!」

「中村艦隊も確認したって言ってる!!」

 

 重い諦観に苛まれて吐き気を催していた俺へ振り返って歓喜の声を上げ窮地の中で笑顔を輝かせた時雨とイムヤの顔と言葉に呆然として。

 数度の瞬きの端に見えた三等身の小人が小さい手で下膨れの頬をぺちぺちと叩いている姿に促されるように俺は自分の頬へと強く平手を見舞って音を立てる。

 

「づっつぅ!?」

 

 一瞬だけ耳に入ってきた情報を取りこぼしそうになった俺は片頬に走る痛みに苦鳴を吐きながら時雨の言葉を再度頭の中で反芻し、敵味方識別装置(IFF)が機能している事の意味、つまりあの艦娘を侵食する泥に飲み込まれた陽炎が人間サイズの待機状態に戻る事無く戦闘形態で耐えて居られていると言う事に思い至る。

 

「て、提督!? 大丈夫!?」

「いきなりどうしたんですの!? 腫れてしまってますわ!」

 

 頬は痛いがそれ以上に俺の心を揺らすのは、まだ間に合うかもしれない、と言う蜘蛛の糸の様な微かな希望。

 

「木村艦隊との距離は!? 金剛は針路を!! 中村艦隊には退路の確保を要請!!」

 

 艦橋に響くほど大きな頬を叩く音に驚く三隈達を他所に俺は痛みで吐き気を無理矢理押し返し声を張り上げ、まだ状況は最悪になっていない幸運を逃がさない為に声を上げた。

 

・・・

 

『この位置、まさか触手の中を通って限定海域に運ばれているのか!? 金剛っ!!』

 

 押し寄せる昏い霊力で作られた血肉の塊を薙ぎ払い蒸発させて吸収しながら波を踏み進める金剛の背をスクリューが敵に囚われた友軍が居る方向へと四軸の光の渦で身体(船体)を押す。

 

オゥケェーイ! 提督へのBurningLoveでカゲロー達への道を切り開いて見せマース!!》

《後ろの迎撃は任せてください、金剛さんは前に向かって!》

 

 泥を焼く無数の羽根を舞い散ら(オーバーフロー)しながら前進する戦艦娘の斜め後ろに着いた駆逐艦娘がいつでも固有能力を発動させられる様に左目へと陽を入れて菱形を黒瞳に浮かび上がらせる。

 

『状況はかなり厳しいがそれだけに出し惜しみは出来ない! 最大出力で限定海域と木村艦隊の間を撃ち抜くんだ!』

《了解デース! Road()が無くなれば運びようがないネ!》

 

 36cm口径連装砲四基八門と15cm単装砲八基八門の変形合体によって形作られた四基の大口径主砲、霊力が高速で駆け巡る日輪に繋がった超高温の粒子投射兵器(ビームキャノン)が指揮官の命令に従って照準とエネルギー充填を完了させる。

 ある意味では巨大な敵に紛れ込んだ味方を巻き込まずに目標だけを砲撃すると言う難題とも言える指示に対して金剛は望むところだと言い切って満面の笑みと共に利き手を勢い良く振り翳し攻撃地点を指し示す。

 

《私の実力、見せてあげるヨー! Maximumー!!FIREァアッ!!

 

 空気を渦巻かせる程の熱気に明るい茶色の長い髪をうねらせ大声で叫ぶ戦艦娘の主砲から放たれた四本の光線が目標地点へと向かって収束し一本の光の柱へとなって障害物となった黒い半固体を容易く貫きその下の海水ごと蒸発させながら光の槍が遠く夜空の下の水平線にある黒山の根元へと光速で走る。

 本来なら複数の錨を海面下に射出して身体を固定し反動を打ち消さなければならない全力全開の砲撃に金剛は背中のスクリューを最大回転させて抵抗し真夜中の海上が巨大な光の柱と四対八つの輝く翼と尾に照らし出されその場に真昼が顕現した。

 

《やりましたぁ! これでっ!》

《Shit!! それはズルいでショッ!?》

《えっ、金剛さん!? どうし・・・っ!?》

 

 遠く離れた限定海域まで届く程の長大な熱光線の威力に興奮と感動の声を上げた吹雪が直後に苦虫を噛んだ様な顔で声を荒げる金剛の様子に戸惑い、彼女が照らす海の先へと目を眇めて望遠した駆逐艦はその先に見えた光景に絶句する。

 

『どうやって金剛の砲撃に耐えて、海水を利用している・・・だと!? そんな馬鹿な事を!?』

『まさか、アイツ、木村達を引きずり込む為だけにあんな事してんのか!?』

 

 赤黒い浮島から生えた黒い山がその表面を蠢かせ海面に広がった体積を寄せ集める様に身動ぎすると急激に膨らみ、集まった黒い塊が金剛の放っている味方艦隊を解放する為に突き進む光の柱を遮る黒壁となって蒸発よりも早い速度で無数の口が蠢く表面を盛り上がらせ鋼鉄をも容易く溶かし穿つ灼熱の奔流を阻む。

 

『海水を汲み上げて膨ら、いや、引きずり込むだって? ・・・そうか! だから陽炎が戦闘形態を維持できているのか!! 彼女達は泥の中じゃなくその内側の水に流されているんだ!!』

『んな、なんの足しにもならない考察は今はどっかにほっとけよ! 本当に撃ち抜けないのか!?』

 

 黒い壁となって聳え立つ障害物の変化はそれだけにとどまらずその表面から丸く膨らんだ半球体が掠めたビームによって破裂し大量の海水を爆ぜさせて瞬間で蒸発した塩水の水蒸気が立ち昇り熱光線の威力を更に減衰させる。

 要領を得ない言葉を恐慌と共に叫ぶ指揮官達を気にしている余裕は海上に立つ金剛には無く、その瞳の内側に浮かび上がる無数の警告が自らの艤装が稼働限界に達しようとしている事を知らせる悲鳴の様に戦艦娘の視界を埋めていく。

 

『アカン!? 砲身が融解してまう、金剛、限界やぁ!! 止まりぃやっ!!』

『チャンバーも耐熱限界、ダメっ! 二番、三番が! よ、四番まで!?』

 

 艦橋に立つ仲間の警告と自分の身体である艤装が知らせる限界に滂沱の汗を滴らせながらも金剛は閃光に照らされる顰めた顔で歯噛みしながら素早く視線を巡らせ砲撃が強制的に終了するまでの残り数秒、あえて自分の背中を押すスクリューの右舷側にある二軸を停止しさせて左舷に推進力を偏らせる。

 

『止せ! 下がるんだ! オーバーロードの加熱で自爆する!? 一旦砲撃を中止しっ』

 

 馬を射ても切りがないなら将を撃つべし、とばかりに金剛は陽炎達の反応がある黒壁から遠く水平線にある赤黒の根元へ鋭く視線を向け。

 

《私の、実力を見せてあげるって! そう言ったでショー!! テイトクー!!

 

 直後に放出される光の柱による反動と左舷側に集中した推進力で戦艦娘の艤装と身体が捩じれる様に海上で狂い舞い。

 その砲撃と言うには歪な動きを見せる金剛の姿に目を見開いた吹雪は途切れかけた光の大剣が目の前にある黒い山脈では無くその根元の浮島へと振り下ろされる様子を目撃した。

 

《Burrァningゥッ!! Loァアveヴゥッ!!》

 

 暴力的な光に白く塗り潰されそうな視界に拡大された限定海域、そこへと突き刺さった金剛の攻撃によって黒い渦の中心にある半球が無数の火花を散らしながら外殻を弾けさせ、その光線の着弾によって焼け爛れた表面を噴水の様に噴き出した赤黒い血が濡らしていく。

 内部から破裂して無数の部品と激しい炎を噴く金剛の艤装がその全身全霊を賭けて最後に放った敵本体への直接攻撃によってか壁の様にせり上がっていた黒山の大質量がその体積を引き攣らせるように蠢かせ激しく海面を叩きながら収縮する。

 

《はぁ、はぁっ・・・提督、でも、まだ第一主砲は使えます、あれが怯んでいる内に早く・・・救出を》

 

 しかし、金剛の戦闘続行を望む言葉とは裏腹に彼女の粉々になった三つの主砲とそこに繋がる粒子加速器は火を噴き続け、無理な姿勢から放った砲撃のせいか右舷側の装甲が引き裂かれた様に捩じれ、急激な負荷が掛けられたスクリューも原型を失うほどの損傷によって裂けた船底の内側から黒い煙と火の粉を燻らせていた。

 いくら艤装の持ち主である金剛が再攻撃が可能であると言ってもその満身創痍に息を切らせ過負荷で折れた右足に手を掛けて敵の姿を見据える戦艦娘が戦闘不能であると言うのは誰の目にも明らかだった。

 

《これ以上は無茶ですよ! すぐに下がってください!》

《oh、丁度いいデース、吹雪、・・・そのまま支えていてくださいネ・・・提督、早く私がもつうちに・・・》

 

 何とか身体の力を振り絞り立ち上がったと同時に手を突いた足から感覚が失せて前のめりに倒れかけた金剛はすぐ近くに駆け寄ってきた吹雪に支えられ、徐々に曖昧になってきた意識を繋ぎ止めながら戦艦娘はもう一度再度の攻撃を艦橋の指揮官へと要求する。

 

『あれは、どういう事だ・・・? じょ、冗談じゃないぞ!?』

『くそったれ!! 吹雪、金剛を引っ張って走れ、全速力だっ!! くそっ!!』

 

 だが、金剛の言葉を聞いてか聞かずか二人の艦娘の艦橋に居る指揮官はついさっきとは異なる驚きによって尻に火が付いた様な叫びを上げ、吹雪は悔し気に悪態を吐き散らす中村の命令に驚きながらも即座に戦艦娘の身体を支えながら推進機関を唸らせて黒血の塊が焼き払われた海面から離れる方向へ身体を向けた。

 

《No! テイトク、今を逃したら・・・木村艦隊が!》

『すまない! だが、あれはダメだ、マズイなんてもんじゃない! 最悪だ!!』

 

 苦しげに叫ぶ田中の声に大破寸前の金剛は自分を曳航する吹雪に身を任せながら何がそこまで愛する指揮官を怯えさせているのかを確かめるために敵の本体へと目を凝らし向け。

 

 その視線の先、大気を発火させる程に加熱された粒子の通過で焼け爛れ火の粉を舞い散らせる黒い山のさらに向こう。

 

 金剛が最後に叩きつけた砲撃によって一部が抉れた限定海域の本体、そのコールタールの様に粘性の高い黒血を溢れさせる割れ目。

 

 黒血が止め処無く溢れる砕けた隙間から闇を押し固めた鋭い爪と砲塔が月明かりの下でヌラヌラとテカりながらまるで自分達を指すように突き出されていた事に金剛は気付く。

 

《アレは・・・ナンですカ・・・?》

 

 心の内側から溢れるその存在を忌避する激しい生理的嫌悪感に呻きを漏らした戦艦娘が見つめる真夜中の水平線に浮かぶ歪な浮島から突き出された鉄の腕が黒岩の殻を内側から砕く。

 

 割れ目が広がり腐った卵の様にドロドロと殻の中から溢れる濁った粘液を舞い散らせ、青白い屍蝋の肌と漂白された白髪が上半身と共に引きずり出され巨大な大砲を塔の様に天へと突き上げる黒鉄の剛腕を軋ませる。

 そして、星と月の明りの下に現れた美しき怪物は夜空へと顔を向け紅蓮の炎を溢れさせる両目がゆっくりと開いた。

 

 卵から孵化したと言うにはあまりにも未完成で歪な身体を震わせ、そのシミ一つ無い白い肌に纏わり付く黒血の滴が凹凸に沿って滑り落ち。

 量豊かな白髪が整い過ぎているからこそ生命を感じさせない美貌の左右を飾る様に結われて蛇の様に巻き付く黒岩の髪飾りが瞳と同じ炎を灯す。

 

『南方、棲戦姫・・・』

 

 人間離れした女神像の様な美しい容姿と(おぞ)ましい凶器を纏う黒鉄の両腕。

 括れた腰にへその緒が繋がった裸体の下、まだ黒血に満ちた殻の中で蠢くさらに巨大なナニカの存在に唖然とする金剛の艦橋で前世の記憶を想起した田中が怖気に震える声を漏らした。

 

 そして。

 

 夜空を見上げていた異形の姫が首を傾げる様にその顔を暗闇の海へと下ろし、自分の身体を鋳造している揺り籠の上から数十キロは先離れた海上に立つ戦艦と駆逐艦へと向いた紅い瞳の灯火が、地を這う虫を嘲笑う様に揺らめいた。

 




 
産声が紅い炎となって降り注ぐ。
 

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