艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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異なる出自、されど姉妹艦娘!

姉より優れた妹など居ないのよ!(例外有り)
 


第八十八話

『ふぅん、それは大変だったのねぇ』

「軽く言ってくれるな、私としては今すぐお前と変わってやりたいぐらいだ」

『あらあら、怒らせちゃったかしら』

 

 控室の鏡台の前で椅子に座りながら頭の中に直接聞こえる妹の声で憮然とした表情を浮かべた戦艦長門を原型に持つ艦娘が憤然と細く絞り込まれた筋肉質な腕を組み。

 

「そもそもこの手の事は陸奥の方が性格的に向いているではないかっ!」

 

 その動きで彼女の長く艶やかな黒髪をブラッシングや化粧を施していたスタイリスト達がセットが乱れるから動かないでくださいと注意の声を長門へと投げた。

 

「それがどう間違って、この長門がばらえてい(・・・・・)とか言う得体の知れん番組に出演せねばならん事になる・・・」

『あら、バラエティーはカテゴリーであって番組のタイトルじゃないわよ、長門』

「ふんっ、それぐらいは言われずとも知っている、単純に私には興味が無いと言っているのだ」

 

 言葉のオブラートを使う気も失せたらしい態度と恨み節が漏れる程の不機嫌さでアイシャドウでさらに際立った形の良い切れ長の目を顰め鏡を睨みつける長門の姿はそこらのファッションモデルでは到底敵わないと言い切れる程の美形である事も手伝い非常に強いカリスマ(威圧感)を放っている。

 しかし、その長門を飾り立てているスタッフは怯む事なくその恐ろしくも美しい彼女が持って生まれた類稀な美貌(武器)を不備無く整え、数万の視聴者へと他の出演者(ライバル)が待ち構えるスタジオ(戦場)へと送り出す為に自分達の持てる技術を目の前に居る孤高の艦娘へと注ぎ込む使命感に燃えていた。

 

『ふふふっ、でも長門が人気者になっているのは同じ長門型として誇らしいわ、舞鶴基地でも貴女がテレビに出たら一日中その話題で持ち切りになっちゃうのよ? 特に駆逐の子達がね』

 

 自分へと微笑ましさと感じる感情を向ける姉妹艦の(通信)に長門の顔が少しだけ呆気にとられ、そのすぐ後に少し照れたように表情を緩めた事で倍増した彼女の魅力を確認し、衣装、髪型、化粧とそれぞれの分野で全力を出しきったスタッフ達は自分達の心血を注いだ仕事が間違いではなかったのだと言う手応えに強く手を握り合う。

 

『あー、そうね・・・そう考えたら、今回の事は残念なのかしら?』

「む? 妙な言い回しをする、どう言う事だ?」

『ん~、ううん、そろそろ長門にも連絡が来るでしょ・・・、あのねぇ敷島達ったら酷いのよ? 私はその事全然知らなかったのにいきなり寄って集って貴女じゃなくて三笠の方がふさわしいからって騒いだ挙げ句に「我々の妹にそれ(・・)を譲るよう長門に話を付けろ!」なんて、五月蠅いったらなかったわ~』

 

 出演時間まではまだ多少暇がある様なので妹との会話を続けている長門は控室の椅子に座ったまま自分の姿を映す鏡に向かってワザと内容を暈しているらしい陸奥の意味深なセリフに首を傾げ。

 

『でも、その後直ぐにあの子達ったら、またバケツ持たされて三人揃って廊下に立たされちゃったけどね♪』

 

 その周りでメイク道具や使わなかった衣装などを片付けているスタッフ達は電話も持たずに虚空に話しかけ続けている艦娘に慣れてしまっているのか彼女の不審な態度を気に留めず満足のいく仕事終えた充実感に明るい顔をしている。

 むしろ次の番組の時には新しいコンセプトで攻めてみないかなどと長門に専属するスタリスト達は気の早い相談まで始めていた。

 

「待て待てちゃんと説明しろ、残念とはなんだ? 敷島型とバケツがなんだ? お前の言う事はまるで意味が分からん」

『あらあら、勿体ぶった言い方して悪いけど長門も私と同じくらいはヤキモキしてちょうだい、これでも私だって戦艦なのよ? 少しは貴女が羨ましいのよ・・・でも、長門が艦娘全体の為に頑張ってたのは皆知ってるしこれも仕方ないのかしらね~』

 

 だから大人しく舞鶴で長門の活躍を見守っているわね、と苦笑が揺れる感覚を最後に姉妹艦との霊力の網で繋がる通信が切られその道のプロによって磨き上げられた美貌を傾げた戦艦娘は胸の前で腕を組みながら妹が残した要領を得ない言葉へ一体何だと言うのだ、と小さく唸った。

 

「長門さん! 戦艦長門はおられますか!?」

「ん、なんだ騒がしいぞ神風、お前も国の防人たる艦娘の一人であるなら人前でそのようにはしたなく取り乱すものではない」

「ぁ・・・、はっ! 失礼しました!」

 

 突然に長門の控室のドアを勢い良く押し開けて飛び込んできた紅色の袖と桃色の長袴の少女へと顔を向けた戦艦は言葉では駆逐艦娘である神風を諌める様に注意するがその表情は微笑み椅子から立ち上がってドアの前で敬礼の姿勢で息を切らせている少女へと歩み寄る。

 

「まぁいい、それでどうした、もしかしてお前達も今日の番組に出ろとでも言われたのか?」

「いえっ、そうではなく・・・大変なの・・・、じゃなくて、長門さん大変なのであります!」

 

 その方が自分としては嬉しかったのだが、と顔に書いてある残念そうな表情を浮かべて長門は艦娘の存在を世間により詳しく広める為に行っている名目上は遠征任務(広報活動)の随伴艦を務めている神風型駆逐艦の長女へと視線を合わせる様に中腰になり、大正時代の女学生を思わせる服装の赤髪少女が黄色いリボンを揺らしながら息を整えるのを待つ。

 

「神風姉さん、はぁはぁ、待ってください・・・ふぅ」

「やれやれ春風もか、人にぶつかるかもしれんのだ、廊下は走るものではないぞ」

 

 そうしているうちに硬い音を立てる編み上げブーツで白い廊下を踏み鳴らし、神風と似た衣装の少女が肩の上で特徴的な栗色の巻き髪を揺らしながら先行していた姉を追いかけてきた。

 

「それよりも長門さん、これを! 先ほど司令部から通達された命令書です!」

 

 そんな背筋を真っ直ぐに伸ばし闊達に声を響かせる駆逐艦の姿に横の妹と話す時のようにもう少し気安く喋ってくれてもいいんだが、と戦艦は自分が纏う他者を律してしまう厳格な雰囲気を棚に上げて肩を竦めた。

 

「司令部から・・・? まったく今度は何だ、・・・ただでさえこれ以上のテレビの仕事を増やされるのは気に入らんと言うのに」

 

 何とか神風型一番艦と合流できた二番艦が儚さを感じる程に掠れた息を吐いている様子を横目に神風から受け取った封書を開け。

 今流行りかつ上品なブランド物に身を包みパーティに一歩でも踏み込めば主役を奪ってしまうだろうモデル体型の美女が憮然とした表情で自分に不愉快な仕事ばかりを振り分ける司令部からの命令書を取り出す。

 

「・・・なっ!?」

 

 胡乱気な眼差しでその紙を見下ろし幾ばくか流し読みして内容を確認した長門の表情が不機嫌そうなモノから一瞬で強い驚愕へと変化し、その変わり様すら絵になる完全武装(フルメイク)の戦艦娘の姿に見とれる様な周囲からの視線が集まる。

 

「私に出撃要請・・・だと・・・っ!? しかも、連合艦隊の代表旗艦とはいったい? ・・・いや待て、連合艦隊!?

「緊急を要する任務であるので今後のテレビ出演などの予定は白紙にされました、早急に鎮守府に帰還する様にとの事です!」

「今、司令官様がお車を搬入口に手配されております、長門さんもお急ぎください」

 

 震える手で口元を押さえあまりにも強い精神的な衝撃に一歩後退り、しなかった(・・・・・)長門が受け取った命令書を胸に当てる様に握りしめて満面の笑みを浮かべ、その歓喜に打ち奮える戦艦娘の正面に立つ神風型駆逐艦娘の二人が桃色の袖と脇を締めて右手の平を額に向かって立て敬礼と共に司令部からの伝令の役目を果たす。

 その二人へと強く同意の頷きを返し、表情を毅然とした顔に引き締め直した長門は先ほどの通信(テレパシー)で陸奥が言っていた意味深なセリフはこの命令の通達を示唆していたのかと遅れながらも理解した。

 

「貴方達には手間をかけさせこんな事を言うのは心苦しい、しかし、急務であるが故にこの場は御免とさせてもらう!」

 

 艶髪を翻し快活に胸を張る長門の宣言でつい数分前まで自分達の仕事の成功を確信していた裏方のプロ達が緊急の任務とは、スケジュールが白紙とは一体どういう事なの、と急変した状況について行けずに揃って唖然とする。

 

「局の皆様には後程、当方司令部から説明があるとの事です!」

「突然の事で本当に申し訳なく、平にご容赦をお願いします・・・」

 

 そんな彼等へと短く謝辞を述べ長門と二人の大正浪漫な姿の艦娘は颯爽と某テレビ局の普段は一流芸能人に用意される広い控室を出ていく。

 

「何が、どうなってるの・・・?」

 

 そして、ただただ戸惑うメイクスタッフが自分と同じ顔をしている同僚に向かって呻き声を漏らす。

 

「さ、さぁ?」

 

 磨き上げられた長門の容貌の完成度も相まって三人の艦娘達の去り姿は一流キャストが揃ったドラマのクライマックスを見せられた様な衝撃となり、一方的に自分達の努力が水泡に帰したと言う虚脱感を残された者達へと押し付けていった。

 

・・・

 

 まだ藍色の深い空、瞬く明けの明星へと顔を上げ身の丈と比べても大差無いほど大きな箱(航空甲板)を軽々と左肩に担いだ空母艦娘が呆けた様な表情を浮かべる。

 

「お姉ぇ、出撃前なのに何て顔してしてるの」

「ん、何ていうか、・・・少し口寂しくて、かしら?」

「もぉ、こんな時にお酒の事考えてるの? そんなので作戦は大丈夫なの?」

 

 妹の呆れ声で白いリボンで纏めた銀色の長い髪と赤地に迷彩柄が描かれた袴の裾を潮風に揺らしながらその空母艦娘、千歳は話しかけてきた相手を少し窺い一拍だけ言葉を躊躇う。

 だがすぐにワザとらしく明るい笑顔を浮かべて自分の後ろに居る姉妹艦娘へと振り返った。

 

「そうね、凄く強い深海悽艦だって話だけど、この装備があれば何とかなるわよ」

 

 振り返った先に立つその艦娘も紺色の上着とその下の襟を飾り紐で結んだ白いブラウス、膝丈の緋袴と言う基本的な服装は千歳と良く似ている。

 だがセミロングの栗毛、腰で揺れる赤一色の袴などの小さな部分は気にならずとも直接背負う型の艤装はレール式カタパルトとなっており千歳の艤装とは決定的に違う物である。

 その艤装の持ち主の千代田は千歳とは確かに姉妹ではあるのだが姉と違い空母ではなく水上機母艦として分類される艦娘であった。

 

「えー、お姉ぇ、それって調子に乗りすぎだよ!」

 

 姉の気楽な態度に口をへの字に両手を腰に当てた千代田が姉妹艦の腰部を挟む様に設置された二枚のライオットシールドをフレキシブルアームで繋いだ様な装備を睨む様に見つめる。

 

「あらら、そうかしら?」

「その装備、試験運用が終わった途端に実践投入なんて急すぎ、お姉からも研究室にもっと強く言ってやった方が良かったのにぃ・・・」

「だから大丈夫だってば、千代田ったら心配性ね」

 

 そう言って苦笑した千歳が左右に半透明な素材で出来た二つの盾へと神経を集中させ空母の身体が薄っすらと障壁の光を纏い。

 それに従って追加装甲へも霊力が供給されて光りだした左右の盾が二回りほどその表面積を増やす。

 続いて彼女の艦橋で操作された腰の艤装へとつながる金属アームが駆動音を立てながら上下左右に盾の角度を変えて見せる。

 

「ほら、私の提督も問題無いって言ってるわ」

「むぅ~」

 

 微笑む姉の姿に千代田の口が今度は拗ねた様なとんがりになって山形を作った。

 しかし、その機嫌のナナメ化の原因は姉のおおらかな態度にと言うよりは彼女の台詞に出てきた指揮官の存在によってである。

 

「千代田こそあの瑞雲とか言う水上機乗せなくて良かったの?」

「水上機は偵察が仕事なの! 航空戦や爆撃は私のやる事じゃないんだから!」

「あらあら」

 

 悪い子じゃないけれどもこの癇癪を起こし易い千代田の気質にはきっと妹の指揮官も困らされているのだろう。

 そんな小生意気で可愛い妹の姿に千歳は口元を隠す様に手を当てた。

 

「む、お姉ったら笑ってるの!?」

「笑ってない、笑ってない、ふふっ♪」

「笑ってるじゃない! 別に航空戦とかが嫌ってわけじゃないんだからね!」

 

 いくら瑞雲に優れた航続距離と攻撃能力が備わっていても他の空母と速度の足並みが揃えられない艦載機を空戦に混ぜれば混乱させるだけ。

 頬を膨らませ千代田は千歳に向かって大袈裟な手振りで自分がその水上機を装備しない尤もらしい理由を語って見せる。

 

 しかし、その御仕着せっぽく感じる持論を盾にしている姉妹艦が実は姉である自分と微妙に異なる性質の艦種に生れた事を原因とするコンプレックスがあるのは千歳には一目瞭然だった。

 

 その証拠とでも言うべきか少し前に件の瑞雲のデータが書き込まれた新艤装(ハードウェア)を手に「これでお姉にだって勝てるんだから♪」と威勢良く空母達の湾内演習に参加した事があり。

 味方側である千歳が止める声も聞かずに空を舞う一航戦へと武装した水上機の形になった光弾を空に放ちけしかけたまでは良かったが、その直後に弓矢も使わず赤青コンビは蹴りのみで千代田の光弾(瑞雲)を全機撃墜。

 そんな航空母艦と水上機母艦の間にある圧倒的な差を刻まれトラウマとなっている事を酒の場で泣き上戸になった本人から聞いた姉としては複雑な心境ながらもその強がりが微笑ましいのだ。

 

「あら、もう日の出なのね・・・」

「ちょっと真面目にきいてったら! 私とお姉の任務は先行偵察、そんでお姉の航空隊の仕事は私偵察機を守る事なんだからね!?」

 

 東の水平線から僅かに頭を覗かせた太陽から顔に差し掛かった朝日に千歳は目を眇めて顔の前に手をかざす。

 

「はいはい、分かってます、そんなに心配しなくても大丈夫、今回の作戦は私だけじゃなく他の先行艦隊も居るんだから」

 

 のらりくらりと言葉を受け流す姉の態度に不満そうな声を出し眉を顰めていた妹の肩を軽く叩き。

 陽の光で鮮やかに輝く銀色を揺らめかせ装備の調整を終えて他の艦娘の邪魔にならないように妹と海の上に立っている千歳は鎮守府の港湾方向へと軽く顎をしゃくる。

 

「そんな事言って誤魔化してもダメ、油断大敵だよ、お姉ぇ」

「はいはい」

「はいは一回でしょ、もう!」

 

 その二人の視線の先では今も夜明けの出撃までに千歳達と同じ先行偵察艦隊のメンバーが戦闘形態で港に腰掛け、港湾作業員や輸送艦娘に補助され運ばれてくる武装の調整を行っていた。

 

(それにしても皆して殺気立っちゃって、こわいこわい・・・ま、こんな大規模作戦に参加する事になったら仕方ないのかな、それを怖がってる私や千代田の方が例外な艦、・・・ん?)

 

 そんな出撃前の港に突然、鈍い鋼の唸りが響き渡り朝日の輝きと見紛う程強い煌めきが輪を描き。

 千歳と千代田を含めたその港にいる艦娘達が金の輪の中に記された戦艦の名に敬礼を向けた。

 

「あら、まぁ」

「あれ、お姉ぇ、水上打撃艦隊の出番はまだ先だったよね?」

「多分、私達も入れて艦娘百人の大艦隊の代表になったから肩に力が入っちゃってるのよ、あの長門が元々武人気質だからかも知れないけどね」

 

 堂々と輝きの中から歩み出て、妙に色気のある化粧で顔を飾った長門型戦艦が整備士が振る誘導灯と桃色の三つ編みを揺らす工作艦娘に手招きされ。

 装備の途中で立ち上がって神妙な顔で今作戦で編成された連合艦隊の代表艦娘に敬礼する艦娘達へ長門は自分達の作業に戻る指示と労いの言葉をかけながら自らの整備位置へと向かう。

 

「・・・そう言えば、この作戦、成功したらきっと戦果(コイン)もたくさん貰えるわよねぇ」

「そりゃ、第一陣でこれだけの規模だもの、それがどうしたの? 何か欲しいものとかあった?」

「実はちょっと気になる銘柄が酒保に増えてたのよ・・・中村酒造って所の【艦の子】とか他にも色々・・・」

 

 艦娘酒保のお取り寄せカタログに酒類の項目が増えた日から私生活が少々だらしなくなった姉妹艦に悩む一人として、捕らぬ狸の何とやら以前にそれを作戦前に言うのは如何なものか、と千代田は眉を目一杯に顰め憤りを表現する様に両手を振り上げた。

 

「もぉ、お姉ぇったら!!」

「うふふ♪」

 

 その姉の言葉が大作戦を前に強がる妹の緊張と身体の震えを和らげる為の冗談だったと千代田が気付くのはもう少し先の事である。

 

・・・

 

 そこは西日本最大の乾ドック。

 

 かつてその船体を生み出した故郷とも言えるその造船所内に引き上げられた【綿津見】が五十数年の船歴を終える為に船渠に鎮座している。

 

 現代船舶の基礎構造と動力機関に革命を起こした戦後における日本技術の最先端であった船は二ヶ月程前から急ピッチで行われている作業によって上部構造物の大半を取り払われ歴代の船員達が見上げた旗や煙突を失った鈍色の船体がワイヤーによって固定されながら最後の工程を待っていた。

 

 そんな徐々に、厳かさすら感じるほど丁寧に解体されていく綿津見の姿を広いドックに張り巡らされたキャットウォークの一角に立ち名残惜し気に眺める老人がいる。

 

「此処でしたか、船長」

「ワシはもう船長ではない、いつまでも副長気分じゃ船員だけじゃなく新しい船にまでそっぽを向かれるぞ」

「ははっ、耳が痛いお言葉ありがとうございます」

 

 見た目の年齢を感じさせない真っ直ぐ伸びた背筋で足場の手すりを握りしめて元船乗りは一心に自らの目に愛した船の最期を刻み付け、葬式を悼む様な黒いスーツ姿の背中に掛けられた呼び声にも彼は振り返ろうとしない。

 

「しかし、処女航海には船長も御目付として参加していただけると聞いています・・・あの綿津見の直系となる新しい船の」

 

 苦笑を浮かべた四十代半ばの長身が覇気の薄くなった恩師の横に並び、しかし、顔も視線も合わせる事無く彼は目の前にある自らの役目を全うした美女(船舶)の最期へと眩しそうに目を眇める。

 

「たしか・・・那岐那美(なぎなみ)だったか、綿津見の子だからと神話に(あやか)るのは良いが、半分の方は縁起が悪い気がするな」

「いえ、那岐那美もまたあの綿津見と同じく船舶の歴史に名を刻む名船となりますよ、掛け値なしに」

「まだ進水もしとらんのに随分な自信だな」

 

 解体され逝く船を通してその先に産まれた新しい船を重ね見て讃える(惚気る)彼の姿に綿津見の退役を機に船乗りを引退した老人は呆れ顔を浮かべる。

 

「船長と綿津見に鍛え上げられた我々が面倒を見るんです、那岐那美の処女航海は偏屈な老人でも遊覧気分になってしまうでしょうな」

 

 小賢しく有名大学の出を誇っていた時には少しの時化でへっぴり腰になり綿津見の壁に張り付いて震えていた小僧が大きな口を叩くようになったな、と自分の隣で胸を張る男の姿が子供の一人立ちを見送る様な寂しさと誇らしさとなって少しだけ老人の口元に弧を描く。

 

「それにしても・・・、最後だと言うのに綿津見の銀錨が無いままと言うのは少し侘しい気がします」

「まだアレが必要だと言う連中がいるのだから仕方あるまい、それに綿津見も自分の一部が艦娘の役に立つと言うなら悪い気はしとらんだろうさ」

 

 副長がやや不満げに肩を竦めて呟いた銀錨とは彼等だけに通じるある装置の通称、それは大型船舶である綿津見の船体に比しても不釣り合いな巨大さを誇った銀色に輝く錨であり本来の用途を長年秘匿されながらその後部デッキに一体化した状態で保管されていた代物。

 綿津見が建造された本来の目的、海底に眠る英霊達の魂であり艦娘の霊核となる結晶体の回収を実現する為に彼女の腕となる為に作られたサルベージユニットは解体業者によって取り払われた上部構造物とは別の新たな任務に使用される事が急遽決められ運び出されていった。

 

「そう言えば船長は綿津見を博物館船として保存を求める運動があった事はご存じで? 結局、船体の一部が博物館に寄贈される事で決着しましたが」

「馬鹿馬鹿しい・・・綿津見が舞鶴で置物になっていた時には見向きもせんかった連中のお遊びだ、何より、彼女の本来の姿と力を知れば技術漏洩を防ぐ事に承知する他あるまい」

「解体と解析の同時進行で見つかったあり得ない技術の一つですか・・・まさか、綿津見の船体に艦娘ほど強力では無くともバリアを張る機能が組み込まれていたなんて二十年も彼女に乗っていたと言うのに気付きもしませんでしたな」

 

 記録上では綿津見建造時に設計者である科学者が凌波性(りょうはせい)を上げる為と言って原理不明の構造を組み込むように指示し造船職人達も謎の手間に首を傾げながらも大金になる仕事だからと心血を注いで造ったと記されている。

 そんな情報を思い返しながらポケットから煙草の箱を取り出してその中から一本を髭を蓄えた口に咥えた老人は謎ばかりの恋人()が最後に明かしてくれた秘密の小気味良さに穏やかな表情で懐からライターを取り出した。

 

「船長、それは?」

「ん、ああ、前のは息子にやってしまってな、返せと言ったんだが貰ったモノを返すわけがないと生意気に突っぱねおってな、こんなモノでも恰好は付かんが無いよりマシだ」

 

 コンビニで売っている様な使い捨てライターを握り元部下の目の前で苦笑しながら老人はジャリジャリと発火用のヤスリを指で回して見せる。

 

「・・・そうですか」

「全く人生って奴はままならんもんだ、たまの一服でも無いとやってられん」

 

 ドックを吹き抜ける風よけの為に手の平を口元の煙草の前にかざし綿津見の最期を看取りに来た彼女にとって最後の船長は安物のライターのガスボタンを押して火をつけようとした。

 

「ままならないですか、確かにその通りですね・・・船長、このドック内は禁煙です」

 

 そして、ヤスリの擦れる音はすれど火の手は無く口元から離された綿津見の最期の船長の手がポケットに突っ込まれ、火の点いていない白い紙煙草が髭と一緒に少し情けなく揺れる。

 部下の非情な指摘によるやるせなさに情けない顔をした老人はふと自分のすぐ近くでクスクスと小さく笑うように揺れる声に目を瞬かせ振り返るがそこには何もなく。

 

『これを機会に養生してくださいな』

 

 直後、ドックを吹き抜けた軽く纏わり付く様な風で口元の煙草を床に落とされた老人はそれを拾おうとしゃがんだ時に耳元をかすめた風音ではない女の声に驚く。

 

「船長?」

「いや、なんでもない」

 

 その驚き以上の愉快さに溢れた笑いと共に拾った煙草とライターをポケットに突っ込んで人生の大半を共にした綿津見(お節介娘)をまた眺める事にした。

 




 
キャラクタービジュアルとしては等身の高い応急修理女神って感じ。

誰の事って?

さぁ、誰だろうね。

ただ、艦娘を海の底から引き上げるのが上手い事は確かだよ。
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