戦闘機「人型の兵器とかナンセンスすぎる」(笑)
カコンと竹が岩に落ちる音が静けさに満ちた料亭の庭で断続的に繰り返し、その庭が見える部屋の中で中年の終わりに差し掛かった男性とまだ年若い青年が神妙な顔で向かい合っていた。
「まさか、貴方が私と同じ転生者だったとは思ってもいませんでした。・・・岳田次郎総理」
「そうかね? 君は初めからそうと分かって私に脅しをかけてきたように見えたよ、田中良介特務三佐?」
現在の日本の政治を牛耳っているなどと言われる日本国民協和党の総裁にして第二次岳田内閣の長である総理大臣は目尻や口元に皺が見える実年齢よりも幾らか老けた顔に人の良さそうな笑みを浮かべ。
緊張で顔を強張らせている田中を観察するように眺めている。
「日本党の中のどこか、それなりに高い場所にいるとは思っていましたがまさか一番上にいるとは思っていませんでした」
「はははっ、正直で良いね。付け加えるなら日本党にいる転生者は私だけではないと言っておこうかな?」
「それは、まぁ、そうなるでしょうね」
総理大臣でありながら自らが転生者であるなどと精神状態を疑われかねないセリフを気負った様子も無く言った岳田。
彼を正面から見据えて背筋を伸ばしている田中は表情を崩すことなく軽くうなずいた。
「おいおい、これは結構な暴露ネタだったのにもうちょっとは動じてくれないと言った甲斐がないじゃないか」
「むしろ結党時からの日本国民協和党が行ってきた事を見れば明らかでしょう。あなた一人だけが未来を知っている政治家だったなら災害で発生する死者を1/10に出来はしない」
「まぁ、未来を知っていたから本当は十万人死ぬ筈だったが一万人に減らした、なんて主張したら私は稀代の狂人扱いになるだろうね・・・協力者が現れてくれなければ私もかつての刀堂先生のようになっていたか」
妙に友好的な態度に両手を広げて苦笑を浮かべた岳田はふと視線を田中から小さな池や苔むした岩がわびさびを感じさせる庭へと変える。
「いや、逆立ちしても私があの人のようになれはしないか、昔から誰かの影でこそこそ動き回っている方がよっぽど性に合っていたからね」
「やはり、刀堂博士も我々と同じ転生者だったと?」
「そうだ、と言質を取った事は無いがね。そうとしか考えられん事を見せつけられ、それ以上のモノを身をもって体験しているよ」
実年齢よりも老いを感じさえる顔に穏やかな微笑みを浮かべて岳田は古い友人を懐かしむように語る。
「前の人生で私が集り屋同然の弁護士だったと言ったら君は驚くかね? それが刀堂先生の口車に乗って今じゃ日本の政治家で一番偉いと言われてる」
「俺自身も他人に誇れるような事をせずに部屋に籠って本の虫をやっていたので驚きもしませんし、行動力だけが取り柄な友人に唆されてこんな立場にいる以上は貴方を揶揄えませんよ」
「君も前の人生よりも面白い出会いをしたわけかね・・・良かったじゃないか」
他人が聞けば呆れを通り越して病院を勧められるだろう荒唐無稽な身の上話を交わし、青年自衛官の調子が少し軟化した事を感じた総理大臣は軽く肩を竦めてから二人の間にある広い机の上に置かれ湯気を燻らせている湯呑を手に取る。
「それで岳田総理、今回、私をこんなところに呼びつけた理由をそろそろ伺っても宜しいですか?」
「くくっ、防衛省からは慇懃無礼で揚げ足取りが上手いと聞いていたが太々しいと言うのも君の評価に加えなければならないようだね。まぁ、お互いに忙しい身の上だ、本題に入ろうか・・・」
・・・
断続的にカコンと鹿威しの音が聞こえる和室で総理大臣と向かい合った自衛官は目の前にいる相手が何を言ったのか、その信じがたい内容に引き締めていた顔を困惑に歪めた。
「は、はぁ? そんなバカな話が・・・」
「そんなバカな話なんだよ。田中君、深海棲艦とは世間が憶測で言っている未知の侵略者やカルト集団の生物兵器でも何でもない、あれは我々が知る現代の常識から大きく外れているが列記とした地球で生まれた一種の野生動物だそうだ」
「そんな、突拍子も無い・・・」
「そして、艦娘もまた深海棲艦と同じルーツを持つ、いや、正確に言えば過去に存在していたそれらの遺物を刀堂先生と協力者が発掘して研究し、現代の技術によって再現して生み出された者達なのだよ」
呆気に取られた田中は無意識に目の前に置かれた湯呑へと手を伸ばして冷めた緑茶で喉の渇きを感じた口を潤す。
「かつて地上に存在した神様だの妖怪や悪魔なんて言われていた今では幻想の中の住人達、それが現代において深海棲艦と呼ばれる怪物の正体、そんな非科学的な・・・」
「一度死んで二度目の人生を生きている我々も十分に非科学的だと思うがね。刀堂先生に我々の転生や深海棲艦の発生に関する科学的な解釈とやら説明をして貰った事もあった」
まるで過去の失敗談を笑うような軽い調子で荒唐無稽な内容を話す岳田の態度に田中は頭を抱えたくなるほどの混乱に陥りながらも総理が言った情報を整理していく。
「難解すぎて正しいのか間違っているのかすら判断が出来ない講釈だったが私自身が身をもって今を体験している以上は信じるしかないと諦める事になったよ」
「地球環境の変化によって絶滅したはずの神魔や妖怪が再び生存可能な環境が整い。そして、深海棲艦として現れ・・・」
耳から入っただけの情報を言葉にして内容を理解する努力をするが転生者である自分の事を棚に上げてそれらが荒唐無稽過ぎるとその話を田中は信じることが出来なかった。
いっそ目の前の総理大臣が自分を揶揄うためだけにこんな場所を用意しただけで、全てが質の悪い悪戯と言ってくれた方がよっぽど精神的にありがたいとすら思った。
「過去に存在していた魔法使いや聖人、魔女や聖女と呼ばれた異能者の遺物と現代人の遺伝子を掛け合わせた肉体。海の底から前大戦の艦船に宿っていた霊的エネルギーを引き上げ結晶化させた霊核。・・・その二つを組み合わせた存在が艦娘、ですか・・・?」
「はははっ、どこの三文小説の設定なんだろうね。まぁ、世界中を駆けまわって調べた情報に推測と仮説を重ねた推論だと先生にしては珍しく自信なさげに言っていたから、何処までが正しいのかは門外漢の私には推し量る事も出来んよ」
四苦八苦している田中の表情が可笑しいかったのか小さく笑い岳田は会話を一段落させて机の上に置かれた茶菓子の袋を破いて入っていた最中と餡子を合わせて齧った。
「とまぁ、地球環境の変化だの過去に妖怪だのなんだのが実在していた、と御大層な話をしておいてなんだが私達にとってそれは大した意味がある事じゃないんだよ」
いつの間にか胡坐をかいて緑茶を片手に最中をモソモソと頬張っている姿は総理大臣と言う肩書が無ければどこにでもいる話好きのオッサンと言う雰囲気で始終飄々と話していた口調がさらに軽くなった。
もし言われた事が事実なら全人類に深刻な問題となるはずの内容をまるで丸めた紙屑のようにポイッと投げ捨て簡単に話題変更を行う岳田の言葉に田中は自分の悩みが酷く無駄だったような錯覚を起こす。
「さっき艦娘は人の遺伝子がベースになっていると私は言ったね?」
「はい、正直信じられない話ですが魔女や聖女と呼ばれた人間に化石として発見された複数の幻獣の遺伝子までが掛け合わされていると・・・正直私にはそんなモノが実在していたとは思えないですが」
「ふむ、そこはどうでも良い。問題は霊核が人間一人には大きすぎるエネルギーの結晶である事であり、常人とは比べ物にならないほどの霊的許容量があるとは言え人間と根本的には同種である以上、彼女達の身体にとっても時間が経てば異物として拒絶される事になると言う事だよ」
艦娘が自分たちの力の源である霊核に拒絶反応を起こす。
また飛び出したトンデモ設定に顔を引き攣らせて頭痛までし始めて働くことを拒否する脳みその機嫌を取りながら田中は半ばやけになって机にある煎餅の袋を取って破き、茶色い円盤を砕くように齧った。
「艦娘の肉体に霊核が定着していられる期間は個人差はあれど10年前後でその間は彼女達は成長も老化もしない、しかし、これは推測に過ぎず実際にはどの程度になるかは実地で調査しなければならないそうだ」
「で、霊核に拒絶反応を起こしたらどうなるって言うんですか・・・それによって彼女達が死んでしまうなんて言い出したら私は貴方方に対して紳士的で要られなくなりますよ」
まるで他人事のように誰かから教えられた情報をそのまま口に出しているような岳田の様子に田中は完全に表情や態度を取り繕う事を放棄して苛立たし気に目の前の飄々とした男を睨む。
「普通の女の子になってしまうらしいね。そして、身体から離れた霊核は鎮守府の中枢に回収されてクレイドルで再び新しい艦娘になる」
「・・・はぁっ!?」
「ははっ、中々に良い顔をするじゃないかっ♪ んん、いや艦娘だった頃の力の名残が少し残るから完全に普通の人間と言う事にはならないのか・・・? 良く考えれば法整備や調整にまた一悶着ありそうだな・・・」
上機嫌に笑った後に少しばかり思案するように明後日の方向へと視線を向けて顎に片手を添えて擦る岳田の言葉に目を剥いて今日一番の驚きに硬直した田中の手にある煎餅の欠片にひびが入り粉屑がパラパラと正座している彼の太腿に落ちる。
「そもそも日本、と言うかこの計画を立案して実行した我々が艦娘に求めている役割は深海棲艦との戦闘ではないんだよ」
「いや、さっきから何言ってるんですか・・・」
深海棲艦が生存可能なほどに高濃度となった大気中の霊的エネルギーの増大に関して人間の手が介入する余地はもはや何一つも無い。
刀堂博士とその支援者が調べあげた結果から、これらの環境変化は春から夏に変わる季節のようなモノであり数百年と言う周期で発生する自然現象でしかない。
「そして、霊的エネルギー・・・面倒臭いな、テレビゲーム的にマナとでも呼ぼうか。このマナの増大による影響を受けるのは深海棲艦だけではなく既存の生物にも少なからず影響を与えていく事になる。アメコミは知っているかね? あの中に登場するような超人やモンスターがうじゃうじゃと現実に現れる事になると言えば分かり易いかな」
季節の移ろいが人の手で止められないようにそのどうしようもない変化が偶然、我々の世代で起こってしまっただけだと岳田は語る。
「ははっ、随分と愉快な世界になりますね・・・漫画だったら楽しめそうな設定です」
「愉快なものか、現在の常識から外れた異能力を得た人間の出現に対応した法律など世界中のどこを探しても存在しない。そして、勝手に増える異能力者の増加に現代人は対応手段を持っていない。人間は知らないモノに対して自分達が思っている以上に強い忌避感を持って拒絶する生き物だから人種差別はより深刻になるだろう」
さしずめ魔女狩りの再来だ、と軽いのか重いのか非常に判断に困る発言を垂れ流す日本国の首相の姿に呆気に取られて田中はただその言葉の続きに耳を傾ける。
「だが既にマナを能力ではなく技術として使用している超人が存在していたら? そんな超人達が普通の人間の味方だと公的機関に保証されていたら? 例えばそうだね、普通の人間との間に子供が作れるという事実だけでも両者にとって懸け橋になりうるとは思わないか? そして、その子供たちが特殊な能力を持っていても不思議に思う者は少ないだろう?」
急に重みを増した政治家の頂点にいる男の言葉に頭を殴られたかと思うほどの衝撃を受けて田中は仰け反り手の中にあった煎餅を握りつぶした。
そして、たっぷりと数分の思考の後に岳田が言った言葉の意味を理解した彼は目を強く瞑って力を入れ過ぎて砕けた煎餅の粉に塗れた醤油の匂いがする指で目頭を揉み解す。
「・・・彼女達は新人類と人類の世代間を取り持つ為に造られた、と?」
「刀堂先生の言葉を借りれば『新人類ではなくかつてマナが当たり前にあった世界の人間の再来』らしいがね。我々が極秘裏に計測を続けている地球上のマナ濃度は深海棲艦の出現から年々右肩上がりだ。艦娘と人間の混血でなくとも遅かれ早かれマナに適応した者は自然に現れるだろう・・・」
深海棲艦との闘いの為に作られたはずなのに戦力から除外されるぞんざいな扱い、にも拘らず湯水のように資金を注がれた鎮守府は優秀過ぎる研究スタッフを揃えた最新設備の塊。
艦娘の情報が過剰なまでに秘匿されていた三年間、艦娘を囮にして護衛対象と自らを守る事に執心した前任の司令官達ですら目麗しい彼女達への明確な暴行は行われていない。
正確には破ろうとした一人目の司令官である一等海佐の名前と姿がその数日後に自衛隊から消された事に危機感を煽られたのが原因なのだろう。
現場とのかなりの行き違いがあったとは言え環境そのものからは日本政府が彼女達をまるで豪華な家に閉じ込めた箱入り娘のように扱っていた事がうかがえる。
「いや、それなら俺達が着任するまでに400人以上いた艦娘が五十数人まで減るなんて状況は・・・」
「恥ずかしながら鎮守府の機能を過信していた、というのは言い訳にしかならないか。我々が鎮守府の実態をハッキリと把握したのは東京湾に深海棲艦が侵入したあの日が切っ掛けでね・・・」
艦娘と言う存在は鎮守府の中枢機能が正常に作動していれば全滅する事だけは無い、その過信が岳田を含む日本党内の協力者に楽観と慢心を与えた。
日本党唯一の失策などと言われる艦娘と鎮守府に関わる計画の実行に閣僚がべったりと張り付けば、政敵からの過剰な追及によって黒に近いグレーな実態と目的を暴かれる可能性が高まる。
それを警戒した彼らは最低限の連絡構造を残してあえて鎮守府と距離を開けてしまった。
艦娘と言う存在が正常に維持されているなら個体の死亡は必要な犠牲とでも言う政治側の態度に田中は両手を握り込み歯ぎしりする。
「とは言え、犠牲が増えれば良いなんて事は我々も望んでいなかった。艦娘は鎮守府近海で試験運用を続け、深海棲艦への反撃が出来ると確証が得られるまで実働はされないはずだったんだよ」
「それすらも建前で霊核を失い人になった元艦娘に子供を作るための機械扱いしようとしていたんでしょうに、前世で同じような事を言っていた政治家を思い出しましたよ」
「・・・その発言をするはずだった彼は転生者では無いが上手く軌道修正出来たおかげで今も政治家をやっているがね」
彼らとしては歯に衣着せぬ言い方をすれば次世代の母体となる女性達を国防の要と言う大義名分を与えて実働させる事なく保護し、政府の思惑を達する状態となるまで防御壁で閉じた東京湾の鎮守府に閉じ込めていれば良かった。
退役後にそれなりに安定し地位を与えて社会の一部へと混ざり込ませてマナに適正を持った子供を増やせば、日本に限って言うなら民間で突発的に発生する異能力者よりも早く対応できる。
緩やかに国民の意識と新しく生まれてくる異能力者に関係する法整備を行う時間が得られると言う思惑だったのだろう。
「まさか我々の脚を引っ張るためだけに自衛隊内部にまで接触して潜り込み、鎮守府計画の要である艦娘達を物理的に抹殺しようなんて連中が現れるなんて私達には予想外だった。今さらこんな事を言っても犠牲になった彼女達にとってはなんの慰めにもならないか・・・」
懺悔をするように自嘲して苦々しく表情を歪ませた岳田は深くため息を吐く。
それを聞いた田中は守るために閉じ込める事にも相手を貶める為だけに利用する事にも賛同は出来ず、二つの派閥は等しく唾棄すべきものだと感じた。
「刀堂博士も貴方と同じ考えだったと?」
「・・・わからない、正直に言って先生が何を目的に艦娘を造ろうとしていたのかは本人が亡くなった今では誰にもわからないんだよ。ただ艦娘と深海棲艦の出現から私の元に運ばれてきた情報から考えて彼女達に対抗兵器たる実力は無いと高を括っていた事は否定しないよ」
「だが、博士が予言していた通りに艦娘は深海棲艦を打ち倒して見せたっ!」
託された言葉、残された資料から読み取れる情報からは刀堂博士がマナの増大によって起こる地球の環境変化を知っており、それに対して艦娘を造り出す為の基礎理論を残したと言う事は理解できる。
だが、単純に新しい世代への移行を補助する為なら兵器としての性質を与える必要はなく少し不思議な力を持った人間として機械的に製造された事実すら秘匿して民間へと紛れ込ませればいい。
逆に深海棲艦の脅威への備えとして武力を必要としていたなら単純にマナを利用した常人に使用できる兵器を作れば良いだけの話とも言える。
つまり、効率だけで考えるなら女性でありながら深海棲艦に対抗可能な戦闘能力を持った存在である必要は無い。
「偶然に艦娘と言う形となったのか、前世のゲームに影響されて嗜好で作り上げたのか、それとも我々が想像もできないような理由からか・・・あの人が生きていた頃にはいくら聞いてもはぐらかされて教えてくれなかったのでね」
「では今に至って何故、艦娘を戦力として運用する事を容認する法案の立法を? 私達にとっては都合が良くても、貴方達にとってこれ以上の艦娘が減る可能性は認めるわけにはいかないはず」
田中の問いかけに岳田は情報を出し渋る逡巡と言うよりは言うべき言葉の表現に迷うと言った様子で視線をさ迷わせて冷めた緑茶を飲み干してから再び庭園へと顔を向けた。
「ふむ、艦娘が減る、減ってしまったと君は言ったね?」
「ええ、現に鎮守府に存在している艦娘は54人、その内の21人がクレイドルの中で眠っている状態、最近目覚めてくれた子もいますが実働できる艦娘の数はたったの33人しかいません」
田中は冷静を装って相手に苛立ちをぶつける八つ当たり丸出しで目の前の男に言葉をぶつける。
「鎮守府が設立された時点で刀堂博士が世界各地から回収した霊核が400人分を超えていた事を考えると恐ろしいほどの損失ですよっ!」
「・・・それがおかしいんだよ。鎮守府が正常に機能しているならば艦娘、霊核は必ず中枢へと回収される。これは絶対の法則とも言って良いことだ」
岳田は特に表情を変えず顔の前で指を立てて息巻いていた田中を押し留める。
そして、投げた物が重力で落ちるとか、地球が太陽の周りを回っていると言う今の人間なら常識レベルで知っている理と同列であるかのように確信をもってそう断言した。
「そして、行方不明となった艦娘の霊核が鎮守府へと戻ってこないとすればその可能性はただ一つ、その艦娘が何処かで生存していると言う事だ」
「な、何故そんなふうに断言できるんですか・・・?」
自分の口撃が一切意味を成さなかった事よりもまるで全てを知ったうえでこちらを翻弄しているような岳田の態度に田中は畏怖に近い感情を心中で揺らす。
「深海棲艦があの姿を取っているからだ。・・・本来ならマナの増大によって無秩序に陸海問わず世界中に発生する筈の怪異に一定の条件を与えて出現と能力を誘導する事もまた鎮守府の中枢が持つ機能なんだよ」
人の常識が通用しない力を持った化け物の出現は止められない、その膨れ上がる力も進化も止める事は出来ない。
だが、地上よりもはるかに広い海洋と言う場所に深海棲艦の発生要因を誘導することは出来た。
進化する方向と形が分かっていれば形の無い災害を相手にするよりも遥かに対応する人類側の手札は多くなる。
深海棲艦は鎮守府が作り上げていると暗に告げた岳田は悪びれる様子も無く口元を皮肉気に歪め、呆気に取られて硬直している田中へと向かい合った。
「鎮守府の地下からこの地球の内殻にすら食い込む、それの影響は地球上に霊核が存在する限り艦娘が死亡した場合には絶対にそれを捕えて回収する」
世間が囁く日本党が企んでいる陰謀なんてものが可愛らしく思えるほどの暴露話に田中は喉をからからにして呻く。
「そして、君達の手によって艦娘が深海棲艦への対抗兵器である事が実証された今、下手に彼女達の行動を制限する事は互いに必要ない軋轢を生むだけでなく国益をも脅かす事になるだろう」
「・・・結局は政治の都合と言うわけですか」
「その通りだよ。・・・だが、君達が行動を広げれば行方不明となっている艦娘を見つける事に繋がるはず、そして、その救出には必ず自衛隊の指揮系統に影響を受けない権限が必要になるだろう」
岳田自身も確証があって言ってはいないはずの言葉なのに背筋を伸ばし毅然とした態度と表情で言い切る堂々とした姿はその身体以上の存在感と迫力を宿して田中の意志とは別に居住まいを正させた。
「見つけるって・・・MIAとなった艦娘を?」
「もしかしたら今の国に愛想を尽かせてどこかに隠れている艦娘もいるかもしれない。この場合には発見しても下手に刺激する事無く観察に留めるように捜査員には厳命している。だが問題は海上に孤立したまま帰還不能になっている場合だ・・・」
その場合、深海棲艦の持つ何らかの力によってMIAとなっている艦娘が拘束されている事は想像に難くない。
同じ鎮守府の中枢機構に影響を受ける存在であり、性質の差はあれど霊的エネルギーを能力の基礎としている事から何かしらの共鳴や共感反応を起こしても不思議ではない。
「罪滅ぼしとは言わない、だが私の権限が許す限りの協力を約束する。 ・・・我々の身勝手な都合と期待で産み出され、さらには慢心と手落ちによって窮地に落ちた彼女達をどうか救い出してほしいっ!」
そして、一国の代表であるはずの男が後悔の滲む苦渋に顔を歪めて机の天板に額を当てて田中に向かって願いを掛ける。
それは何から何までが岳田側の事情であり、だからこそ国民どころか同じ政党の大半すら欺いている男の背中に見える重圧と苦痛に絞り出すような声は強い説得力となって田中の心に伝わってきた。
「・・・可能な限り力を尽くします。としか今の俺には言いようがありません。そもそも今日の話がどこまで真実であるのかすら判断できないんですから・・・」
「今はそれで十分過ぎるぐらいさ。上等な椅子に座って言葉遊びで相手を煙に巻くのだけの男にとっては何よりも誠意のある返事だよ」
総理大臣が護衛も付き人も無く末端の自衛官でしかない男と一対一で行った非常識であり非公式な会談は一時間ほどで終わり、会話を終えた岳田は小さく田中へと会釈してから和室の襖をあけて板張りの廊下の先へと去っていった。
新事実のバーゲンセールを受けて混乱に混乱を重ねられた田中の頭はズシリと重く項垂れ、彼は机の上に残っていた茶菓子へと手を伸ばし袋を破いて中に入っていた最中へ乱暴に噛みついた。
「土産代わりに全部パクっていってやるっ、くそっ! 総理大臣だからって無茶苦茶言うにも程があるだろ!!」
そして、テーブルのお盆に盛られている質の良いお茶の当てに八つ当たりをしていた田中は自棄になった勢いで机の上にあったお盆に盛られたお菓子でズボンと上着のポケットを膨らませて苛立たし気な態度のまま部屋を立つ。
その数分後、玄関口で待っていたこの場を提供してくれた料亭の女将らしい女性から紙袋に詰められた菓子折りを渡されてポケットを茶菓子でいっぱいにした田中は非常に気まずい思いをした。
岳田「悪いけどコレ生存競争であって戦争じゃないからキミらはお呼びじゃないんだよね」
戦車「えっ?」
戦闘機「えっ?」