艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言います。

アナタはどちら選びますか?
 


第九十話

 荒涼とした灰色の岩と黒い残骸が疎らに見えるそこは巨大な建物が崩されその瓦礫が無数に転がる解体現場を思わせるもの悲しさが広がっており。

 簡易な計測ですら標高7000m以上を記録していると言うのに平地同然の気圧と温度を保っている高地に立つ者達へとまるで生き物の呼吸にも似た生温い風が絶え間なく吹き付けていた。

 

「損傷してるけど、やっぱり回路は生きてる・・・提督、この発信機は今も機能しています!」

「龍鳳には分かるのか? 俺には構造どころか何が入っているのかすら分からん」

「はい、私、霊機学・・・えっと、霊力を利用する機械の授業を受けてましたので、まぁ、持ってるのは基礎課程までの単位ですから出来るのは整備士さんの真似事ですけど・・・」

 

 その山の上に広がる荒れ地に見つけた際には埋まって頭を出していたそれは既に掘り出されて大人が三人並んでやっと囲える程度に太い円筒が地面に立ち。

 ドラム缶に似た形状を持つ黒い物体はいくつかの破損が見えるがその曲面に引かれた線はまるで自らの存在を主張する様に薄っすらと光を発している。

 そして、その機械の整備口らしい部分を開けて中を覗き込んでいた艦娘が細かい光粒を零す桜花模様の袖をまくり上げた細腕を汚しながら後ろで興味深そうに様子を伺っていた青年へと振り返った。

 

「しかし、発信機か・・・こんなものを見付けても使い道など・・・」

「分解すれば部品は私達の装備の予備パーツに使えなくはないです、ちゃんとした工具がありませんから時間をいただく事になると思いますが」

「いや、この状況でその手間に見合う成果が得られるとは思えない」

 

 ドライバーの代用として平べったい鉄片を握っている龍鳳の報告を吟味してから小さく嘆息して頭を横に振り彼女の指揮官である木村隆は改めて自分達がいる場所を見回す。

 岩、鉄、砂、さらに深海棲艦の死骸、それらを乱雑にすり潰して押し固めた様な印象を受ける山の平地、そこは遠くに見える黒い尾根が連なる巨大山脈の一角となっていた。

 

「提督、神通戻りました。 やはり周囲に敵影はありませんでした」

「神通さんお帰りなさい、あれ、朝潮と古鷹さんは?」

 

 そうしていると彼のもとへと砂利を踏む音と共に少し気弱そうに見える表情を浮かべた神通が戻り、彼女を迎える様に頷きを返した木村のすぐ近くで銀色の保温シートに包まれて寝かされている陽炎が少し掠れた声で迎える。

 

「探索中にまた潮溜まりが見つかったので二人は食料と飲み水の確保をしています」

「そっか・・・う~、身体が動けば手伝えるのにぃ、私ばっかレーション食べてると凄く申し訳な、痛つっ、くぅ」

「陽炎にとって今は耐えるべき時なのでしょう、そう焦らずとも必ず再起の日は訪れます、気を急いてはいけません」

 

 もどかし気な声を上げモゾモゾと無為に動いたせいで身体中に裂傷と骨折を負った重症艦娘が痛みに呻き、そんな陽炎へと歩み寄り隣にしゃがみこんだ神通が微笑みを浮かべてアルミシートから顔を出しているオレンジ色の髪を励ます様に撫でた。

 

「ご苦労だった、今日はここで夜を明かす事になる・・・明日の予定は二人が帰ってからだな」

 

 夕日色の天井が闇色へと変わり始め、灯りとなっているのは龍鳳や神通が体の表面に発している淡い障壁の光と陽炎の近くに作られた石を簡単に組んで作られた竈の中で揺れる炎だけとなろうとしている。

 

「明日か・・・」

 

 その頼りない灯りを背に木村が顔を向けた方向、まだわずかに光が見える遠く彼方の天井に細く垂れさがる絡まった紐の様な何かが怪しく揺れている様に見え。

 

「提督?」

「いや、何でもない」

 

 そして、そこへと繋がる彼らがいる地点よりもさらに高い頂上へと向かう雄大で荒々しく大蛇の背、いや、龍がその身を横たえている様に見える曲がりくねった黒い尾根。

 

 人間程度ならば一歩足を踏み外すだけで簡単に命を奪うだろう歪な山脈への本能的な恐怖と同時に感じる目が離せなくなりそうな奇妙な感覚に数日のサバイバルで野性味のある顔になってきた青年はわずかに顔を強張らせて意識的に目を逸らし足下にあるオレンジ色の火を揺らす竈を見下ろす。

 それと同時につい癖で胸元を握った手が手ごたえを返さなかった事に心細さを感じ表情を曇らせた木村を見上げた陽炎がゴソゴソと身動ぎしてシートの合わせ目から傷だらけの手を突き出し手の平を彼へと向けた。

 

「司令、これ・・・いる?」

 

 添木と包帯で固められた駆逐艦の腕、その先で開かれた手の上に乗っている古びたお守り袋を見つめた木村は痛みを我慢しながらも自分を心配してくれている陽炎の顔にふっと頬から力を抜いて首を横に振って未練がましく握っていた胸元から手を離す。

 

「無くさない様に持っていろと命令したはずだ、仕舞っておけ」

「・・・うん、分かった」

 

 元より見えている危険に自分から踏み込むつもりはない、指揮官として責任を負う自分は陽炎達と共にこの奇妙な空間から全員揃って生還しなければならない。

 木村が知る自衛隊の規範の一つ(理想論)は隊員に対して任務で死亡する事を禁止しており、彼はそれが艦娘にも適応されるのだとはっきり言葉にした。

 

 仲間の足手纏いになる事を嫌がり自ら死を選ぼうとした陽炎を説得する為に理不尽な現実では何の役にも立たないその言葉(ルール)に縋ってしまったからこそ今の自分は弱音や弱気を表に出してはならないのだ、と青年士官は表情を引き締め直し。

 そして、今ここでは験担ぎで解決する問題など一つも無いと自分に言い聞かせて胸に湧き上がりかけた恐れを押し殺した木村は今できる最善を探して思考を巡らせる。

 

(外と連絡が出来たなら・・・せめて識別信号の増幅装置があれば、限定海域内からでも俺達の生存を知らせられるんだが・・・)

 

 元から限定海域に突入する(閉じ込められる)予定だったならまだしも敵艦隊との戦闘開始前にはそれの出現など誰一人として予想できなかったのだから仮にその装備の使用を申請を行っていたとしても艦娘の装備の中でも特に特殊な通信機器の使用が許可されるわけはなく、規律を重んじる(突飛な行動を嫌う)彼の性格も合わせて考えれば今更どころか前提条件から不可能な話である。

 そうして陽炎の手を保温シートの中へと戻させてから彼女の横に腰を下ろした木村はこの限定海域に飲み込まれてから艦橋に浮かぶ不思議な羅針盤が捉え続けていた新型発信機の反応によってここまで辿り着いたが今のところ脱出に繋がる成果を何も得られていない事実の再確認に溜め息を零し、何気なく闇夜に輪郭をとけさせようとしている黒色の円筒へ目を向け。

 

「龍鳳、それは損傷しているが機能しているとさっき言っていたな?」

 

 表面にある破線の様に並んだ発光部が弱弱しい点滅を繰り返しているそれの様子に木村はふと何かが頭の端っこに引っかかった様な感覚を覚えて。

 不意に頭に過ったまだ形の固まっていない考えをそのまま吐き出す様に大きなドラム缶にも見える壊れかけの発信機を指さした木村は竈を挟んで自分の反対側に座ろうとしていた龍鳳へと問いかける。

 

「ひゃ、・・・はい、でもあの、提督それがどうかしましたか?」

「その損傷はどの程度なんだ? 発信できる信号の強度は? 装置を修理する事は可能か?」

 

 突然、矢継ぎ早に自分へと問いかけてきた青年の言葉に驚き慌てふためき彼と自分の後ろにある円筒の間で視線を何度か行き来させた龍鳳は少しだけ考える様に斜め上を見上げてから木村へと顔を向けた。

 

「は、はい、マナを利用した発電で発信機としての機能は問題なく動いています、ただ・・・」

「ただ、なんだ?」

「蓄電を行うバッテリー部分と一部の回路が破損している様で、出力がかなり弱くなっていますから受信側が余程の高感度でもない限りは・・・信号自体に気付いてもらえないと思います」

 

 自分を見つめる指揮官から顔を逸らすように申し訳なさそうな表情を浮かべた顔を伏せて龍鳳は自身の言葉尻を濁す。

 

「それは単純に電力不足による問題か? 信号の発信そのものは問題ないと?」

「えっと、多分・・・でも、どうしたんですか? その、言い辛いですけど、あれは電波式ですからちゃんと動いてもここみたいにマナ濃度の高い場所では役に立たないんじゃないかなぁ、と・・・」

 

 妙に積極的な聞き取り方をしている指揮官へとその場にいる三人の艦娘の視線が集まり、彼がもしかしたらその発信機を使って自分達の生存を限定海域の外へと知らせようとしているのならぬか喜びさせる前に事実を話さなければと龍鳳は視線を迷わせながらも少し弱気な声で背後にある装置の状態を指さしさらに詳しく口にする。

 だが、それを聞いて黙り込んだ木村の顔に明確な落胆は無く、少し短いヒゲが生えた顎を指で擦りながら今聞いた情報を吟味して整理する様に小さく唸り夜闇に儚く点滅する装置を観察していた。

 

「司令、もしかして、何か思いついたの?」

「・・・いや、可能かどうか判断に迷っている、俺は龍鳳ほどその手の精密機械に詳しくないからな」

 

 対深海棲艦を想定して作られた発信機から視線を逸らさなくなった指揮官の姿に龍鳳と神通は無言で顔を見合わせて首を傾げるが、彼のすぐ横に寝かされている陽炎は掠れた声で彼へと話しかける。

 

「なら、試しに言ってみたらいいじゃない、前から言ってるでしょ、司令官は・・・」

「思っている事をもう少し言葉にしろ、か?」

「そうよ、ふふっ、分かってきたじゃない、ぅっ、けほっ」

 

 クスクスと小さく笑いその直後に疼いた痛みに息を詰まらせ咳き込んだ陽炎だったがその表情は痛みに歪みながらもどこか愉快そうに木村へと向けられており。

 そんな自身にとって初期艦である少女の表情と言葉にいつも通りの仏頂面になり、躊躇っている様にも考えを纏めている様に見える一分弱の沈黙を経た指揮官は意を決した様に発信機から龍鳳へと視線を向けて口を開く。

 

「例えばだが・・・その装置を戦闘形態となったお前達の誰かに接続する事は出来るか?」

「は? えっと、装置に使われている水晶基幹(ネジ)は増設装備と同じ物でしたので出来ない事はないです」

 

 しかし、その場合には使用を想定されていない艦娘からのエネルギー供給に装置が耐えられるか分からない事、仮に破損せずに問題なく電力供給が行えたとしてもやはり発信機そのものは電波を使う性質である為に限定海域の外へは信号は届かないだろうと龍鳳は予想を口にする。

 

「なら・・・その装置を増幅器として使い艦娘自身の識別信号を強める事は出来るか?」

「はっぇ? えっ? それって、どういう事ですか?」

「過去二回、限定海域攻略の際に使用された識別信号の発信装置の詳しい構造は俺には分からない、だが何かしらの電子機器によって増幅が行われていたとだけは聞いた記憶がある。 ・・・それと似た事をその発信機で行う事は出来ないだろうか?」

 

 要するに発信機への電力供給を行い電波信号の強度を通常状態へと戻すのではなく、発信機内の増幅機能を利用して艦娘の艦橋に備わっている通信機能の強化は出来るのか。

 

 そう聞かれた龍鳳は風に揺れる頭の上のクセ毛を驚きでピンと立てて指揮官に問われた事を理解し、それが可能かどうかの推測を始め首を大きく傾げ胸の前で腕を組んでその頭を支える様に頬へ片手を添える。

 

「えっと、それはどう、なんでしょうか? 私達に接続できても電力は装置の発振回路に繋がるから発信されるのは結局、電波信号になっちゃうよね? でも、う~ん

 

 龍鳳のクセ毛が何度か右往左往している間に焚火の近くへと糸で吊るした何匹かの魚をぶら下げた朝潮と飲み水(蒸留水)が入っているボトルが入った布カバンを肩に掛けた古鷹が現れ。

 夜道の灯りを確保するために障壁を身体に纏って光っている二人の艦娘は悩みに眼を閉じムムムと唸っている龍鳳の姿に揃って首を傾げ問いかける様に指揮官へと顔を向け。

 しかし、新たな食料の確保に成功して戻った二人に仏頂面の指揮官は気付かなかった様で龍鳳を熱心に見つめていた。

 

「えっと、その・・・すみません、提督」

「・・・無理と言う事か、素人考えで仕様もない事を言ってしまったな」

 

 重要な話をしているらしい指揮官と改装空母の話しかけ難い雰囲気を感じた古鷹と朝潮は神通の方へと説明を求め、そんな彼女達を他所に木村は自分の言った素人の思いつきと言う名の世迷言にも一生懸命に考え答えてくれた部下を困らせてしまった事への申し訳なさに頭を下げ謝罪の言葉を口にしようとした。

 

「いいえ、出来るわよ」

 

 その青年の頭が下がり切る直前、すぐ横から掛けられた簡潔な返答に目を見開いて木村はその声の主である陽炎へと驚きに満ちた顔を向ける。

 

「龍鳳さん、その装置って結晶基幹、ネジを使ってるのよね? なら回路系はマナの干渉に耐えられる造りになってるはずだわ」

「ええ、ほどんどのパーツは増設装備に使われてる物と同じ規格だったけど・・・」

「なら、先ずはバッテリー部分を取っ払ってネジを電源部分に直付けして増設端子に対応出来るようにする、その後に発振回路を取り外してから戦闘形態になった私達の電探にハンダか何か・・・は今無いから導線を伸ばして直接巻き付けるなりなんなりして、あとは回路に霊力流しながら艦橋側でチューニングすれば識別信号の強度を上げられるわよ」

 

 かなり乱暴な方法だけどね、と重症を思わせない饒舌さを締めくくりモゾモゾと寝返りをうつようにアルミシートに包まれた陽炎が仰向けだった体の向きを横寝に変えて信じられない物を見た様な顔で自分を見ている艦隊の仲間達へと苦笑いする。

 

「導線の発熱とか循環効率とか考えなければ、あの手の装置って司令が思ってるより簡単に作れるのよ?」

「まさか陽炎、お前、・・・詳しいのか?」

「な~にその顔、私が霊機学に詳しかったら悪いわけ? あのね、言っとくけど私ってばあの学科を受ける艦娘の中では最古参、修士認定だって持ってるんだからね」

 

 勉強の進行度や単位の差で同じ教室に座った事は殆どないけれど実は龍鳳よりも先にその学科を学んでいたのだと指揮官へと誇ろうとして身体を力ませた怪我人がそのせいでまた痛みに呻きを漏らす。

 

「っつぅ・・・、元々は中村二佐が私達に適当な事ばっか言うから、これ以上あの人に騙されない様にって姉妹艦誘って始めたんだけど・・・ははっ、不知火は途中で辞めちゃうし黒潮は舞鶴基地に行っちゃったわ」

「陽炎、そう言う重要な事は先に言っておけ・・・」

「重要だと思うんなら部下の情報ぐらい把握しておきなさいってば、貴方は私達の司令官なんでしょ、ねぇ木村三佐?」

 

 口の減らない愉快そうな笑顔を見せる陽炎の態度へと呆れとも疲れとも分からない顔で溜め息を吐いた木村は自分の疑問は解決したが新たに現れた釈然としない感情に眉をしかめた。

 

 部下である艦娘達の情報の把握と駆逐艦娘は軽く言うが指揮官として彼女らの情報を管理する側である木村から見ると艦娘達は生まれ持っての学習能力の高さから幾つもの選択授業(スケジュール)を掛け持ちしている場合が多く。

 この場にいる小学生にしか見えない朝潮ですら教員である研究室職員から修了と単位を認められた科目の数は彼女達の義務教育(高校卒業相当)とも言える基本教科を除いてすら30を超えている。

 

 あえて木村を弁護するならば彼が指揮官として鎮守府に着任してからずっと指揮下にいる陽炎や朝潮の様な艦娘は実は珍しく。

 部下になったと思ったら一身上の都合で居なくなる事もある艦娘達が備えた情報量は読むだけで眩暈がする程であり。

 そして、その全員がむやみやたらに多い選択授業を好き勝手に受講している為に彼女達の備考(特技)欄の行数は資格取得(通信教育)が趣味の人間のそれを大きく上回り、あろう事か一か月ほど暇が有れば(出撃が無ければ)一つは間違いなく増える。

 そう言う意味でも常に変化し続ける彼女達のプロフィールを完全に把握するなどそうそう出来る事ではない。

 

 なので、決してこれは木村の怠慢と言うわけではないと追記しておく。

 

 それはさておき(閑話休題)

 

「それで陽炎が言っていた改造にはどの程度の時間が掛かる?」

「はい、えっとぉ・・・、そうですね、そんなに手間取るって事はないと思います。 要はあの中から増幅回路と水晶基幹を取り外すだけですから」

 

 ちゃんとした工具は無いが代用品が無いわけではないと龍鳳はついさっき黒い円柱の整備口をこじ開けた際に使った平べったい鉄片を竈の灯りにかざして見せ。

 

「配線を切るのもキャンプキットのナイフやハサミが使えますから」

「・・・それってもしかして朝潮が今、魚捌いてるヤツの事?」

 

 ふと見れば、自分の知識の及ばない話題であると割り切った朝潮型の長女が近くに転がっていた平たい岩に洗ったビニールシートを被せ、その上で子供の手と刃渡り数cmの小型ナイフが行っているとは思えないほど見事に(スズキ)が三枚に下ろされていく。

 その様子を指す様に顎をしゃくった陽炎の言葉に桜色の袖を行儀良く膝の上に揃えて龍鳳は顔を明後日の方向へと逸らして呟く様にちゃんと洗ってから使いますと返事を返した。

 

・・・

 

「提督、先ほど話されていた方法で外へ救援を求めると言う事なら明日はここで待機と言う事でしょうか?」

 

 少し潮の香がする夕食が終わり人心地着いた頃合いを見計らったのか古鷹が艦娘を代表して竈の火に追加の練炭を入れていた木村へと声をかけ。

 その言葉への返答に迷う様に口元を一文字にした指揮官は天井の灯りがあった時には見えた黒山の峰とその先にあった謎の紐の方角へと顔を向ける。

 

「確かに遭難時のセオリーなら救助を待つ際には下手に動かない方が良い・・・そうするべきだろう」

「はい、了解しました。 それじゃ、みんなも・・・」

 

 救難信号が外の味方に届くかどうかは不明だが木村は彼女の言う通りこの場に留まり安全を確保していた方が体力や物資の消費を抑えられるだろうと考え。

 自分の指示に了承と頷きを返して努めて明るい調子を見せている古鷹が他のメンバーと寝るまでの間にやっておくべき事の相談を始める様子をぼんやりと眺める。

 

(俺は古鷹に、いや、全員に無理させてしまっている、か・・・)

 

 そして、座っていても生暖かく吹く山の風に髪を弄ばれながら自衛官として学んだルール通りの方針を口にした指揮官だが、その頭の中では妙に強く記憶刻まれていた恐ろしくも雄大な夕日色の山陰が何故か呼び起こされていた。

 

(もし、あれがこの限定海域の中心だったとしたら・・・間違いなく脱出の手掛かりがあるだろう)

 

 赤黒い浮島の針路を日本から引き離す為に真夜中の海を並走していた先輩(中村)が通信機ごしに言っていた、自分達が閉じ込められている限定海域が海上へと浮上する原因となった深海棲艦の姿を思い出す。

 

(だが、そこには戦艦レ級が変異した姫級が居る可能性が高い、艦橋のレーダーや羅針盤には反応は無かったがここから探知出来なかっただけで隠れていないとも限らない)

 

 連絡の目途は立ったが残り少ない物資で食いつないで来るかどうかも分からない救援を待つよりもあの天井と紐で繋がった山頂を目指し障害を排除してこの領域からの早急な脱出を目指すべきではないか。

 

(それがどんな姿をしているのかも、どんな能力を持っているのかも分からない・・・今の戦力では近づくだけでも危険、無謀だ)

 

 しかし、外の常識が通用しない何から何までが異常なこの空間で先達が積み上げてきたノウハウは、それが正しいのだからと自分に言い聞かせている決まり事(ルール)は通用するのか。

 

(だが、それでも、事を焦った無謀な行動で状況を混乱や悪化させるよりはマシだ、そのはずなんだ・・・)

 

 その普通(・・)の遭難時に従うべきセオリーに頼って時間と物資を浪費している間に自分の横で今も身体を苛む痛みに耐えている陽炎が力尽きてしまったとしたら。

 それは未練がましく自衛隊員としてのルールに頼って命令を押し付けた自分が見殺しにする様なものではないか、と。

 

(なら、どうすれば良い・・・さっき龍鳳に頼んだ方法すら確実じゃないと言うのにっ、俺にどうしろって・・・)

 

 極論すれば自分の下した判断は本当に正しいのか、と言うついさっき終わった話を蒸し返す様な未練がましい自問自答が木村の頭の中で取り留めなくグルグルと堂々巡りしていた。

 

“ねぇ”

「・・・なんだ?」

 

 いつの間にか眉間にシワを寄せながら目を閉じていた木村は不意に掛けられた呼びかけへと何気なく顔を上げて返事をする。

 

「え? 司令官、どうかされましたか?」

「いや、・・・今、誰か何か言ったのか?」

「いえ、朝潮からは特になにも」

 

 その指揮官の声に山の麓から運んできた海水入りのドラム缶の水を使って調理や夕食に使った道具類を洗っていたらしい朝潮が振り返ったが、木村の要領を得ない問いかけに駆逐艦娘は小さく首を横に振った。

 木村のすぐ横で微睡んでいた陽炎が二人の声に薄目を開け、暗い中で円筒の発信機の外装を開いてその装置の改造を始めている龍鳳やその手伝いとして灯りや力を貸している神通と古鷹も石組み竈の近くに座る青年を見る。

 

「提督、お疲れなら先に休んでもらっても・・・」 

“・・・けて”

 

 目に見えて気疲れが見える彼の顔を心配して相手を安心させようと笑みを浮かべた古鷹の表情が次の瞬間、聞こえた微かな声で驚きに変わりその声の相手を探す様に暗闇の荒れ地を見回した。

 

“・・・”

「私にも聞こえた・・・これ誰? なんか通信(・・)っぽい感じで聞こえるんだけど・・・」

“・・・”

「もしかして精神の混線!? 通信が繋がるならっ・・・加古に、あれ? でも、さっき提督もって」

“・・・居た”

 

 それぞれが作業の手を止めて周囲にそれらしい存在を探すが夜闇の中に見えるのはせいぜいが野営地の頼りない灯りで岩や石ころが作る長細い影ぐらいのものだった。

 

「警戒態勢! 朝潮は提督と陽炎に付きなさい! 龍鳳さんは私達の後ろに!」

 

 木村の不審そうな呟きを切っ掛けに正体不明の声に気付いた艦娘達だが神通の発した声ですぐさま体に纏っていた霊力の光を強めて態勢を警戒へと切り替え、彼女達の身体から溢れた光粒が火の粉の様に暗い地面へと落ちる。

 

“助けて” “・・・(“声を”)だよ” “苦し・・・(“かも”)

“・・・お願い” “閉じ” “・・・(沈む)

“溺れて”  “このままでは”

 

 まるでその強まった霊力に刺激されたかのように頭の中へ直接話しかけてくる奇妙な声がその声色の数を増やした。

 

「誰だっ? どこにいる!? 」

 

 ともすれば風のそよぎと勘違いしてしまいそうな程に微かに届く聞き覚えの無い声は同時に複数の相手から掛けられている様で輪唱の様に重なり、加えて遠く近く彼らの周りを取り巻く様に聞こえてくる為に距離感すら判然としない。

 それは木村にとって正真正銘の心霊現象、いくら不可思議な能力を持つ艦娘達との生活に慣れている指揮官であっても真夜中の荒れ地の真ん中でその様な状況に遭遇すれば正体不明の存在への恐怖に狼狽えもする。

 

 自分の周りで身構えながら警戒を始めた神通達の姿が無ければ自衛官として常に冷静である様にと精神を鍛えられた木村ですら情けない醜態を晒して恐慌に陥っていただろう。

 

どうか聞いて欲しい(“聞こえてるでしょ?”)

 

 そして、警戒と戸惑いに揺れる彼らの目の前にふわりと何処からともなく風に乗って宙に現れた蛍火の群れが闇の中で集まり人の形に見えるモノを作り出し、朧げに透けた褐色が荒れ地に吹く風で揺らめきながら姿を現す。

 

―――が諦めてしまう前に(“せめて―――さんだけでも”)

 

 荒波の様にうねる白髪と女性らしい体つきが暗闇にうっすらと光りながら浮かぶその光景は不気味でありながらも幻想的でもあり木村達から言葉を奪うには十分な威力があり。

 

過去に縛り付けられている―――を(私達が背負わせてしまったから)

 

 助けて、と今にもほどけて散りそうな儚い光が口を動かした。




 
何故か艦娘全員が選ぶ為に基本科目と化している選択教科。

【ボイラー技士(一級&二級)】
【小型船舶操縦資格】

まさか、原型が船であるが故の本能なのか・・・?

なお、上記の資格が鎮守府で生活する艦娘にとって役に立った試しは一例たりとも無い。

ちなみに生徒が少ない選択教科ワースト3。

一位【ひよこ鑑定】(通算0人)
二位【盆栽教室】(少し前は何人かいた)
三位【農業実習】(数人が受講中)
 
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