自爆装置が起動してもカウントダウンが始まるまではどれだけ道草を食っても大丈夫。
って・・・んなワケあるかっ!!
それは新旧様々な船の残骸が無造作に積み重ねられた鉄屑の山とでも言うべきか。
無理矢理に上からかけられた重圧によって椅子の様に形成されたそれは巨人となった艦娘の視界ですら見上げる事になる程に巨大。
その山の頂上にあったその威容が放つ迫力にぽかんと口を開けて見上げている俺の中の現実と常識が急激に狂っていく気さえした。
(遠近法も何もあったものじゃないな)
敵の反応は無いと分かっていても見ているだけで自分の正気を疑いたくなる歪なオブジェクトから俺は目を逸らして無為に後ろを振り返るが、その先には蛇の様に曲がりくねった長い坂道と無数の深海棲艦の死骸が転がる山の平地と言う地球のどこを探しても存在していないだろう驚異の、いや、狂気の世界だった。
何から何までが俺と言う人間が築き上げてきた常識を押し潰しかねない程の威力を見せつけてくる。
《提督、彼女達が・・・》
「道案内か、朝潮、ついて行けるか?」
朝潮が指差す艦橋の外側、ふわりフワリと今にも空気にとけて消えそうな朧げに揺れる幾つかの光が上へ上へと向かって飛んで行く。
それを駆逐艦娘である朝潮が目で追えば巨大な椅子の上、薄っすらと光が灯り始めた白灰色の天井とそこから吊り下がる黒い血管の様な紐束がモニターの正面に拡大された。
《はい! 司令官、問題ありません! お任せください!》
ここまでの文字通りに龍の背中を歩く様な山道は蛇行していたので距離は長かったのだが、人間ならば踏破に数日はかかるその長さのおかげか勾配はあって無いようなもので不思議と足場も悪くなく。
旗艦を代わる代わるにしながら仮眠を取り朝潮、神通、古鷹の三人が平均時速にして60km程の
「鬼が出るか、蛇が出るか・・・」
「昨日の夜、あの娘達が言っていたのが正しいなら、ここに深海棲艦なんて一匹もいないらしいけどねぇ」
「彼女達の“声”が本当の事を語っていたのなら、だがな」
宙で揺らめく光、この限定海域に閉じ込められているという艦娘の魂達が不意に俺達が登れそうな段差の上で留まり、案内でもしている様にその場で集まっては揺らめき離れるという動きを見せる。
段差と一言で言ってしまったが考えてみれば何とか普通の人間でもよじ登れそうな数mの高さから登山に慣れた人間でも四苦八苦するだろう十mを超える物もあると言う目の前の事実に自分の中の障害物の大きさに対する基準がズレている事に気付かされた。
とは言え俺がどれだけその事で悩もうと戦闘形態となっている今の朝潮にとっては少し高い階段か軽く登れる壁程度でしかなく、駆逐艦娘は人魂達を追いかけてそれらを簡単に乗り越えていく。
「あの声で、司令は信じられない?」
「必死さは感じたが、それは彼女達が嘘を吐いていないと言う保証にはならない」
深海棲艦の残骸や大岩がゴロゴロと無造作に道を塞いでいた麓や神通が命綱無しでよじ登った600mの大絶壁と比べれば、距離が長いだけの龍の背中もこの巨大な椅子も大した障害には感じないと言うのは単純に慣れてしまったからか、それとも俺の中の危険を感じる部分が麻痺し始めているのか。
「それにここが深海棲艦の体内であると言われてもな、正直に言えば現実味が無さすぎる」
「それはまぁ、ホント何がなんだかって、感じだけどさぁ」
艦橋の円形通路に寝かされている銀色のアルミシートに包まった陽炎の姿にも違和感を感じず、ここに来るまで自分から彼女へ他愛ない話を振る事などしていなかった事を含め、改めて考えると自分の精神状態が良好なモノではないと分かる。
(尤も、それを確認したところで何の意味もないわけだが・・・)
数時間前、もう天井に光が差し始めているわけだから昨日と言うべきだろう。
生温かい風が吹き抜ける山頂の平地の夜中、明日に備えて野宿を始めようとしていた俺達の目の前に
今、巨大化している朝潮の艦橋で起きているのは戦闘形態を維持する為の指揮官である俺と体中に骨折と打撲を負い鎮痛剤が無ければ眠る事も出来ない程の重症であるのに掠れた声で軽口を叩いている陽炎だけ。
崖の上で発見した発信機を利用して救難信号を発信してその場で外からの救助を待つはずだった俺達は突然に表れた人魂達の不明瞭な上に重なって聞こえると言う聞き分ける事すら難解な声が伝えてきた無茶苦茶な内容に愕然として仮眠もとる暇も惜しんで更に上へと向かう登山を再開する事になった。
指揮席から後ろを振り返ればつい先程、巨大な椅子の手前まで山道を登っていた神通が艦橋の後ろ側の床に座り込み全周モニターと手すりの足に背中を預けて静かに眠っており。
神通の前に旗艦だった古鷹も同じ様に寝ているが自分の障壁と周りで揺れる人魂達だけが頼りの暗闇によるストレスと即席の救難信号発信装置による消耗が抜けていないらしくその顔は少し険しく見える。
そして、その二人に挟まれて寝ている龍鳳は少し緩んだ顔をしているが彼女にも深海棲艦の残骸が無数に転がる平地で見付けた鎮守府研究室で製造された特殊な発信機を手元も覚束ない夜中、それも僅かな時間で艦娘用の装備へと改造すると言う無茶をさせてしまった。
「なのに、俺は座っているだけか」
「座ってるからこそよ・・・司令が一緒に居てくれるからこそ皆頑張れるんだから」
自嘲した俺に向かって、もちろん私も頑張ってるんだからね、と少し図々しい物言いをする陽炎の顔をちらりと見れば肌に脂汗が見える駆逐艦娘が二ッと笑みを浮かべ、俺は鎮痛剤の残りが少なくなくなった事を思い出して苦虫を噛む。
(時間が無い、そんな事は言われなくとも分かっている・・・)
その情報をどうやって知ったのか、どうして今になって俺達の目の前に現れたのか、陽炎達が揃ってそうだと断言していなければ俺にとってはその風に揺れる人魂は不気味な心霊現象でしかない。
だが、荒涼とした平地の暗闇の中で風にかき消されそうな光達は微かな声で必死にその言葉を、今の俺達にとって無視できない情報を伝えてきた。
それは・・・。
ここが突如海上へと黒い渦と共に浮上したあのグロテスクな浮島では無く、その中に居たと言う巨大な深海棲艦の身体の中に作られた限定海域である事。
加えて何かしらの理由で不完全だったその深海棲艦、恐らくは姫級であろうそれが完全な形となって動き出すまでもうほとんど時間が残されていない事。
そして、姫級が自らの身体を造り上げる為の材料として手当たり次第に周りにあった物を取り込んで形作った限定海域の中に居る生存者は俺と陽炎達のみ・・・。
ではなく、もう一人存在していると言う事。
そうして光粒を散らしながら声を伝えてきた艦娘の魂達だが何故かその最後の一人の名前の部分だけは切り抜かれたように空白となっており、その聞こえない名前を繰り返す度に褐色の肌を持った女性を形作った魂の集合体がもどかし気な表情を浮かべる様子から俺は彼女達ではない誰かが意図してその部分だけを隠している様に感じた。
(それにしても、その
外の状況がどうなっているかは分からないが今回の作戦に参加していた先輩達はこの限定海域を内包した深海棲艦を追跡しているだろう。
拾った発信機を改造した艦娘の
だが、艦娘の魂達が光を散らしながら訴えてきた姫級深海棲艦の目覚めが・・・。
いや、重要なのは姫級が今は眠っているという部分、もしその深海棲艦が活動を始めたならば俺達の置かれた状況は間違いなく悪化するだろう。
外側があの泥を吐き出す浮き島だったのなら何らかの対処法が確立され
魂達が言う様にこの不自然な空間が自分で海を歩き人を襲う怪物の中であると言うならたった五人の生存者を助け出す為だけに自衛隊が動くとは思えなかった。
(考えたくは無いが完全体となって目覚めた怪物が日本へ、もしくは他国へと進撃を始めれば必然的に自衛隊はそれを撃破する為に攻撃を開始する・・・それも俺達ごと)
仮に撃破に失敗したとしても中村先輩達なら姫級を日本から引き離して追い返すことが出来るはずだが、撃破出来たとしても逃走を許したとしても、どちらにせよ俺達にとって生存と脱出の望みが断たれると言う事を意味している。
神通の経験のおかげで水の確保は安定しているし、幸運にも登山中に見つけた潮溜まりで魚などの食料を手に入れる事も出来る事を考えれば過酷な環境ではあるが年単位は無理にしても俺の命が数日で尽きるわけではない。
だが、艦橋に持ち込んだ備品で治療に使える医療品は応急処置用である為に潤沢な量があるわけではなく、その薬剤も殆どをここまでの道程で既に使ってしまっており。
仮にこれからこの限定海域で俺や古鷹達が最大限まで生き延びて奇跡的に救助される日が来たとしても間違いなく、その時、そこに陽炎はいない。
(認められるか・・・そんな事っ)
鎮痛剤は節約して使っても残り3回分あるかどうか、安静にさせていると言っても半死半生となった陽炎の命がこの狂った閉鎖空間の中でどれだけの間を耐えられるかどうかは彼女の精神力次第となっている。
《司令官っ!》
自衛隊のみならずあらゆる軍事組織の指揮官が当然に背負わなければならない義務と責任が今、俺の目の前に陽炎の命と言う目に見える形となって、そのルールの重みに負けそうになり弱音を漏らしかけた俺は艦橋に突然響いた朝潮の声に顔を上げた。
「朝潮、どうした?」
《電探に感あり! 本当に・・・艦娘の反応があります! 生命反応、場所はあの上です!》
その報告に慌てて自分の目の前にあるコンソールパネルへと視線を走らせればレーダーの情報を表示する画面には朝潮以外の味方の色で表示された小さな光点が存在していた。
戦闘形態である朝潮と違い人間サイズであるらしいその光点から読み取れる情報は殆どなく、だが、朝潮が指さす方向に存在する鼓動する様に点滅するその反応はそこに居る艦娘が生きているのだと知らせている。
「さぁ、鬼が出るか、蛇が出るか・・・まっ、どっちにしろ会ってみないと分からないわね」
「気楽に言ってくれる、だが、確かにその通りか」
おどける陽炎へと俺がボヤいたのとほぼ同時に背後でゴソゴソと音が聞こえてそちらを横目に見ると口元に手を当てて欠伸をしている龍鳳、寝起きで目元に浮かんだ涙を指で拭う古鷹、軽く腕のストレッチを始めた神通の姿があり。
言うまでもなく先ほどの朝潮の報告で目を覚ましたのだろうと納得した俺は彼女達へと警戒しつつ待機せよと指示する。
そして、メインモニターに映るのは海藻や錆に塗れた船が巨大な椅子の背もたれの側面で船底から甲板に向かってネズミ返しにも似た反りを持った鑑首を斜め上に向けている様子。
商船や客船とは異なる船体の形状と大きさからかつては軍艦だった、それもかなり古い時代の艦首が滴らせる海水の滴がはっきりと見える場所までやってきた時。
「そんな・・・、そんな事って」
俺の命令に従ってメインモニターに向かい周囲の警戒監視を始めようとしていた神通が朝潮が見上げる艦橋も煙突も無く元の形すら定かではない残骸に向かって目を見開き狼狽えた様な声を漏らした。
・・・
無数の船が積み上げられた鉄くずの椅子の一部となり斜め上ある白灰色の天井へと船首を向ける戦船の中、不意に立ち止まり手を伸ばした神通が傾きひび割れた軍艦の壁を撫でて言葉にできない想いに顔を歪める。
「神通、そこに何かあるのか?」
「いえ、何でもありません、こちらです」
しかし、軽巡艦娘は背後から掛けられた木村の声に未練を払う様に頭を振って歩き出す。
「ここから通り抜ければ、前方甲板に向かう階段があるはずです」
「随分と古びているが、覚えていると言う事か」
「忘れられるわけがありません・・・
その船の横っ腹に開いていた人が余裕で通れる破壊跡から踏み込んだ七十年もの間、海底に沈んでいた
「でも、まさか、こんな所にあるとは思っていませんでした」
そして、懐かしさを綯い交ぜにした複雑な想いを宿す微笑みを浮かべて自分の後ろに続いている木村達へと向けた。
「ぁ・・・、そっか、そうなんだ」
「陽炎、なんだ?」
「ぇっ、ううん、何でもないから気にしないで」
傷付いた身体を保護するアルミシートに包まれたまま木村の背に背負われている陽炎は小さく彼にしか聞こえない程度の呟きを漏らしたがそれを指揮官から聞き返されても何でもないと返す。
その言葉を切っ掛けにオレンジ髪の駆逐艦娘は自分達がこの限定海域に飲み込まれる数時間前に遭遇した雷巡チ級を先頭にした輸送艦隊らしい敵の姿、そして、その艦隊の輸送艦であるワ級がその胴体である球体の中に入れて運んでいたモノが何であったかを思い出していた。
(つまり墓荒らしって事じゃないの・・・それどころか好き勝手に壊して押し潰してこんな形に・・・やって良い事と悪い事ぐらい分かりなさいよ、深海棲艦っ!)
無数の漂流物が流れ着いていたと言う海岸、今まで自分達が登ってきた黒岩の山脈、この軽巡洋艦神通を含めた数え切れないほど大量の船の残骸が何者によって集められて積み重ねられたのか、その答えに気付いた陽炎は同胞の原型を蔑ろにされた苛立ちに歯を食いしばるが敢えてその予測を誰にも伝えず胸の中に留め。
もしかしたら、外側から見えないだけでかつて
「さっきは朝潮が登ろうとして船底に穴を開けしまって。 神通さん、本当に申し訳ありませんでした!」
「そんなに何度も謝らなくても、すぐに言わなかった私にも落ち度はあります。 それに名残惜しくはありますが・・・私と共にいた
これは役目を終え魂も離れた後に残された骸の船、と小さく自分に言い聞かせるように呟いて胸元に手を添えた神通はその心臓に重なり自分を励ましてくれている
「提督、・・・ありがとうございます」
「何のことだ?」
船体と同じ様に膨大な時間と水圧によって朽ちかけているそれの強度を確かめ、不意に左右の毛先に向かって弧を描く前髪を揺らしながら神通は自分の後ろに居る木村へと振り返り礼の言葉とはにかんだ笑みを向けた。
「
「朝潮が掴んだだけで破損する程の劣化だからな、下手に外からよじ登れば倒壊する可能性があった、急いだせいで転げ落ちては本末転倒だ」
「ふふ、・・・これの強度は問題ないですけれど、念の為に私が先に上がります」
「ああ、頼む」
「はぁ、ちょっとマシになったと思ったら、この司令はぁ・・・って」
少し恥ずかしそうに声を揺らして階段を上っていく軽巡艦娘に向かってとぼけたわけでは無く本心から出たぶっきらぼうな調子でそう言った指揮官の後頭部へと駆逐艦娘の頭突きが当たり。
「もぉっ! 見えちゃうでしょ!」
「は? なにが、ぐぅっ!?」
後ろからの奇襲による痛みで呻きを上げた木村は鈍い痛みによって階段を登っていく神通の背中から経年劣化でヒビだらけの床へと視線を落とした。
「いきなりなんだ、ふざけているのか!」
「ふんだっ!」
「あ、・・・あのっ! 次は陽炎と提督が登ってください、私達、もしもの時に下で二人を受け止められる様に備えますのでっ!」
顔を上げ眉を顰めいきなり攻撃を仕掛けてきた陽炎に抗議する木村だがそれに対する返事は反省の見えない鼻息だけであり、背中に圧し掛かる駆逐艦娘の突然な
「いや、陽炎を背負っているとは言えこの程度なら問題なく登れると思うが・・・ん?」
そう言って振り返った先、自分から数歩離れた場所で妙にスカートの裾を気にしている三人の艦娘の姿を見てから一拍おいて何かに気付いた木村は短い
そして、この閉鎖空間で最も高い場所に位置する軽巡洋艦神通の甲板へと出た一行はそこに広がっていた光景に唖然として立ち止まる。
そこでは見上げれば手を伸ばせば届きそうな程近くに見える白灰色の天井はまるで呼吸する生き物の腹の様に撓んでは生温かい風を船の残骸で作られた玉座へと吹き下ろし。
その天井から垂れ下がった黒い血管の束が軽巡洋艦神通の艦種甲板と噛み合う様に繋がった野球場程の大きさの広場の中心へと垂れ下がり。
見ればかつて神通だった船に入るまでは木村達の道案内をしていた人魂達が船の外側を飛んで来たのかその黒い血管の束の根元で手招きする様に揺らめいていた。
「・・・ねぇ、司令、レーダーの反応だとここにいる艦娘は生きてるって言ってたわよね?」
天井から垂れ下がっている黒い幹から枝が分かれした管は下に向かう程にさらに細く数え切れない程に分かれ、ガラスと岩が混ざり合い鉄の骨組みで作られた凸凹だらけの半球体に無数の管がしな垂れかかる様に絡みついている。
生温かい風が吹き抜ける山の頂上にあった割れた卵の様な形の何か。
「あぁ、そのはず・・・だ」
そして、それの内側に見える黒い枝に宙吊りにされた人影に陽炎と木村は怖気に揺れる声を漏らした。
「あれ・・・本当に生きてるの?」
その姿を敢えて形容するならば見えない十字架に磔にされた女性とでも言うべきか。
身に纏う破れた衣服はみすぼらしく、どれだけ長い間切っていないのか足の下まで伸びた黒髪は垂れ下がってまるで海藻の様に海水の溜まったガラスの半球へと浸っている。
さらにその宙にぶら下げられた身体の胸、腕、脚、背中とあらゆる場所へと黒い管が刺さってその女性から血を啜る蛭の様にも、逆に血を与える点滴の管にも見える黒い血管が僅かに蠢いている様子は形容し難い悍ましさとなって木村達を絶句させた。
「だが・・・ここまで来て引き返すわけにもいかない、か」
「提督、何かあればすぐに出撃の命令をっ」
あまりにも予想外な光景に喉を引き攣らせながらも陽炎を背負っている木村は慎重に足を進めて黒い大樹とも言うべきそれへと向かい。
その不安と恐れを押し殺しながら前へと歩を進める指揮官の後ろで古鷹達が周囲に目を配りながら彼に続いて歩き出した。
・・・
ミシミシと殻が割れる音に薄っすらと紅い灯を宿した眼を開き、徐々に崩れて落ちる外殻の向こうから太陽の光が降り注ぐ眩しさに目を瞬かせた深海棲艦はゆっくりとその体を起こし、その動きに合わせて豊かに波打つ白い髪の房がツンと上向いた双球を隠す様に垂れ下がる。
新品の身体に触れる毛先の感触がすぐったく、軽く手を動かそうと
自分の右側で鋼の軋む音を立てて振り上げられた黒鉄の腕と幾つもの巨大な主砲が突き出した三つの大顎が赤い炎を揺らめかせる様子に産まれたばかりの姫級深海棲艦は紅い目を丸くして自分の身体に唖然とした。
自分の意志に従って振り上げられたそれは今までに見たどの同族よりも大きく逞しく、まさしく最強の名に相応しい偉容を誇り。
その力の持ち主となった白亜の身体と黒鉄の腕を得た個体は日の光に晒された自らの身体を改めて確認する。
大き過ぎて少し動かし難いが左右三つずつ牙を剥き出しにした大顎が開く両腕はかつての自分が備えていた
見下ろした白く滑らかな
背中側にある為か自分自身の眼で見る事は出来ないがそれでもはっきりとその存在を感じる格納庫ではより性能と形を洗練された艦載機が自分の命令を待って整列している気配があった。
新造された戦艦の目覚めによって役目を終えた黒い屋根と壁がバラバラと砕けて全てのエネルギーを主に注ぎ込んだ仮初の艤装が海の中へと昏い粒子へと解けて溶けていく。
開いた
伝承の中に描かれる美の女神の再現と言っても過言ではない美貌から笑みがこぼれる。
他者からあらゆるモノを簒奪して産まれた破壊神の再現体。
後に人間達によって南方棲戦姫と言う名で記録される事になる深海棲艦は口元の笑みを深め鋼色に艶めく左足を曲げて身体に引き寄せ、それと同時に白く艶めかしい背筋が撓り。
まるで弓に番えられた矢の様に鋭い鉄の爪先がまっすぐにまだ崩れていない正面の壁を狙う。
直後、静から動へと急激な変化によって振り抜かれた鋼鉄のロングブーツが破裂する空気ごと黒壁を粉砕し。
朽ち始めているとは言えまだ下手な合金より硬く10m以上の厚みがあるそれを容易く突き破っても巨大な脚による爆発の様な風の勢いは止まらず、空の下に蒼く広がる海面が暴力的な蹴りの余波で割れて空高く水飛沫が舞い上がった。
良い、実に良い、最高だ。
ふとした戯れによって巻き起こった光景にゾクゾクと歓喜に震えて屍蝋色の頬を紅潮させ、駆逐ロ級から南方棲戦姫へと進化を遂げたイレギュラーはゆったりとした動きで風通しの良くなったベッドの上から立ち上がり。
その腰が浸かっていた底部の溜まっていた泥から持ち上がった尻に身体を鋳造する際に材料となった残滓が纏わりついてきたが、まるで弾かれる様に玉となって滑らかな肌の上から滑り落ちていき。
そして、一片の汚れすら許さない白一色の中に唯一、両脚の付け根を隠す様に逆三角形の薄い鋼板が残る。
崩れ去っていく
感嘆の吐息を漏らしながら願った通りの姿と力を与えてくれた昏い輝きを疼かせている水晶の存在を確かめる様に、愛でる様に。
括れた腰の中心、自らの支配する
その仕草はお腹を撫で空腹を主張する子供の様にも見え、これ以上無いほど成熟した身体の持ち主がするにはアンバランスな姿だった。