艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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必ず鎮守府へ帰るからと、手を振る仲間と約束を交わした。

その時にはもうそこから逃げ出すつもりだったくせに・・・。
 


第九十二話

 黒岩の山頂と白灰色の天井を繋げる全長100mはあるだろう黒い管が寄り集まり束になった太い幹から枝分かれて垂れ下がる無数の細い管、生物の内臓を思わせる有機的なそれが絡み付くガラスと岩を溶かし固めた歪で大きな半球の中、枝垂れた柳にも見える不気味な枝の先端にはぼんやりとした青白い光が風に揺らされていた。

 深海棲艦の作り出した異空間に囚われた艦娘部隊の指揮官である木村隆とその部下である四人の艦娘達が一歩、一歩と慎重にそこへと近付いていくと山頂を吹き抜ける風よって黒い枝の中から泥土の生臭さが流れて彼らの鼻を刺激する。

 そして、生温かい風で揺れる垂れた枝先にぶら下がる幾つもの霊核とその中心に吊り下げられた人影に全員が言葉を失い立ち尽くした。

 

 そこに居たのは辛うじて上着とスカートと分かる以外は元の色やデザインがどうであったのかも分からないほど汚れたボロ布を纏う女性としてはかなりの長身の持ち主。

 頭から水を被ってから何の手入れもなく放置されたらしい黒髪はその顔を隠す様に張り付き、背中に流れる長髪は身長よりも長く伸びて足元の水面へと垂れ下がり、水に沈んだ毛先はゴワゴワした海藻にも見える有り様。

 

 直径10m程の割れたガラスと岩の殻の中で海水が溜まった池の手前に立ち止まり言葉を失った木村達が見つめる先、ぼんやりと光る艦娘の魂を収めた結晶と艦娘であろう女性が黒い簾の下で揺れる奇妙な光景。

 踏み込めば木村でも胸まで水に浸かるだろう深さを考えなければあと数歩近付けば触れられる距離に吊られている女性は正面に菊花が刻まれた首輪で口元を隠し身動き一つなく項垂れていた。

 

「この人って・・・誰? 司令は知ってる?」

「いや、行方不明になった艦娘の名簿があれば確かめる事も出来るんだろうが・・・」

 

 しかし、既に処罰された前基地司令達が原因とは言え自衛隊が組織的に行ってしまった過去の失態を外部に広めたくない以上に艦娘達に知られたくないと考えている上層部によって閲覧するだけでも面倒な手続きが必要な上に資料室から持ち出し厳禁とされているその資料が彼らの手元にあったとしても目の前にいる艦娘の名前は分からないだろう。

 それ程までに変わり果てた無惨な姿を晒す名も知れない艦娘の姿と霊核達が深海棲艦に囚われている様子に木村達は歯噛みして息苦しそうに表情を曇らせる。

 

「司令官、すぐに助けましょう! 彼女達をこのままにしておくわけにはいきません!!」

 

 有り余るいたたまれない光景に立ち止まっていた木村と陽炎の後ろで明確な憤りの声を発した朝潮が立ち尽くしている指揮官の横を通り身軽な動きでガラスと岩でできた池の淵へと上り一番手近にあった霊核を吊り下げる黒い枝へと手を伸ばそうとした。

 

「いや、待て朝潮っ、まずは状況の確認をっ!」

 

 明らかに深海棲艦の一部であろう黒い()を下手に刺激しては何が起こるか分からないと木村が声を出し、見るからに異様な状態の同胞を救う為にと警戒を忘れ直情的な行動を行おうとしている朝潮を止めようとしたと同時。

 

「・・・そこに誰か、いるの?」

 

 ともすれば山頂に吹く風でかき消されそうな程に弱弱しい声が木村達へとかけられ、生臭い臭いを漂わせ澱んだ池の淵に登って黒枝に手を伸ばそうとしていた朝潮が背後から聞こえた声で肩を跳ね上げて恐る恐ると言った様子で声の主へと振り向く。

 そして、その場に居た全員の目が微かに脈打つ黒い枝に吊るされた艦娘へと向かい、彼らの前で鉄錆の浮いた太い首輪に隠れる様に伏せていた顔がゆっくりと持ち上がり血の気を失った肌に張り付いた前髪の下で生気を感じない鳶色の瞳が開いた。

 

「あなた達は・・・そう、あなた達も彼女(・・)に食べられてしまったのね」

 

 夢遊病者の様に意志を感じない虚ろな瞳を彷徨わせ自分が吊るされている池の縁に木村達の姿を見つけたその艦娘はやつれた顔に空虚な笑みを浮かべる。

 

「まさか意識があるのか? 君は、いったい」

「私の事なんて・・・、どうでも良い事よ」

 

 相手の正体を確かめようと声を掛けた木村だがその言葉に重ねる様に自分の事を詮索されたくないという意志を感じる言葉(拒絶)が遮り、彼が着ている砂埃で汚れ前襟を開いた状態の上着に付けられた階級章を見つめるその視線を細めて身動ぎした艦娘の足元で錆びた鉄靴が水面に触れていくつかの波紋が広がる。

 

「すまない、失礼した。 我々は鎮守府に所属する艦娘部隊の」

「・・・貴方の事も、どうでも良い事だわ」

 

 相手を刺激しない様に自分の所属を明かそうとした木村の言葉へと再び愛想も素っ気も無い言葉(拒絶)が告げられ、明らかに自分達と会話をする意思を持っていない恨めし気な表情で見つめられた青年は言い知れない怖気に息を飲む。

 いや、その虚ろな瞳がゆらゆらと自分から他の艦娘達へと向くと僅かに目元が緩み懐かしそうな表情が見え隠れする様子から理由は分からないものの、ここにいる者の中で彼女が拒絶している相手は自分だけなのだと木村は気付く。

 その若干視線が定まっていない瞳が宿す木村(人間)に対する嫌悪に気付いた事で二の句が継げ無くなりかけた指揮官の肩へ不意に重みが掛かり。

 重みが乗った自分の肩へ振り向いた木村へとオレンジ色の前髪を揺らす駆逐艦娘が彼の肩にあごを乗せながら自分に任せろとでも言う様にウィンクして見せた。

 

「私達の何が気に入らないのかは分かんないけどさ、お話ぐらいしてくれても良いんじゃない? 司令も私達も貴女のお仲間さんに呼ばれてはるばるこんなとこまで登ってきたんだからさ」

「・・・仲間? 私の・・・?」

 

 巨大な椅子の頂上へと登る前に使った鎮痛剤のおかげか少し怠そうではあるが喋る調子はいつも通りである陽炎の気安い態度に吊るされた艦娘は僅かに首を傾げ、明らかに木村が話しかけた時とは違う驚きにも似た表情で彼の背に背負われている駆逐艦娘へと焦点を定める。

 

「そっ、日焼け肌のかっこいい人、貴女と同じぐらい背も高い、他にもなんか色々な艦種の子が混じってたみたいで分かり難かったけど、・・・その人は戦艦だと思う」

「日焼け・・・戦艦、・・・ぇ? 声を、聞いた?」

 

 陽炎の言う存在に心当たりがあったのか虚ろだった鳶色の目が覚醒する様に何度か瞬きを繰り返し、大げさにも見える動揺に揺れたその視線が木村へと向けられたと同時にその表情が冷え固まる様に強張り険しさを明確にした。

 

「それなら・・・その声を聴いたと言うのなら、何故その人間(・・)をここに連れてきたの?」

「見れば分かると思うけど連れてこられたのは私の方なんだけど、まっ、ちょっと汚い髭面になってるけどこの人は私達の司令官よ、一緒にいるのは当然じゃない、それに一番初めにその声に気付いたものこの人なんだから」

「司令官ですって? ますます意味が分からないわ、今の時代の日本軍は権威を振りかざし馬鹿みたいな命令を平気で口にするハラワタの腐った俗物の集まりなのよ、貴女達はそれを分かっているの?」

 

 その男も貴女達を騙す為に態度を取り繕っているだけではないのか、とセリフだけなら初対面の木村を疑いこき下ろしている様に聞こえるがその態度を良く見れば彼に背負われている陽炎やその近くで呆気に取られている他のメンバーを心配して忠告する様な表情と口調で黒枝に吊り下げられた艦娘は背中へと重く垂れた髪を震わせていた。

 

「なんで、そんな言い方・・・ぁ・・・ぁあ、そっか、ちょっと考えれば分かる事じゃない」

「どうした、陽炎?」

 

 自分にだけ敵対的な態度を見せる彼女との会話で何かが食い違っている感覚を訝しみ首を傾げた木村の背中で陽炎がうんざりとした表情を浮かべて溜め息と共にその言葉を吐き出す。

 

「彼女とここにいる子達は【捨て艦戦法】の犠牲になった艦娘なんだわ」

「捨て艦? 確か先輩達が着任する前に行われていたと言う・・・」

 

 自衛隊の艦艇や一般の船舶に接近してきた海の怪物に対して碌な武装を持たせずに艦娘を人間サイズのまま海に放り捨てる様に囮に使うと言う社会と道徳を学んだ人間が聞けば立案者の正気を疑うその軍事作戦の出来損ないを頭の引き出しから呼び出した木村は目の前の艦娘が自分へ嫌悪を向けるのも無理はないと心中で呻く。

 

 太平洋全体を見ても深海棲艦がまだ数える程しか居なかった6年前に一番初めの艦娘が生み出されてから急激に敵が数を増やしていいった4年前まで鎮守府が置かれた基地の司令部と士官達によって積極的に行われていた戦法。

 能力的には優秀だが頭の中身は色々と残念な二人の青年士官(お人好し共)が着任した事で終わりを迎えた艦娘運用法の皮を被った妨害工作、正式名称は別に存在しているのだがそんな事など知った事ではないとばかりに彼らがそれを指して【捨て艦戦法】であると嫌悪と共に吐き捨て。

 その話を聞いたもしくは実際に被害にあった艦娘達にとってその呼び名は余程しっくり来たのか驚くほどの早さで鎮守府中に広がり定着した。

 

 そして、現在の艦娘の待遇が改善された鎮守府を知らないどころかこの狂った場所に延々と閉じ込められていた目の前の彼女が自分達を最悪な苦境に陥れた自衛隊に所属する士官を見ればどう言う反応を見せるかなど一般常識を知る人間ならば簡単に予測できる。

 仮に目の前の彼女が人間側のバカげた悪行の犠牲になりながらも救出されてから数か月程度で立ち直って再び戦場に戻る事を受け入れた神通の様に特殊な(鋼の精神を持った)艦娘であったとしても、今この様な状況で目の前に木村(自衛官)が立つ事など許す事も認める事も出来ないだろう。

 

「貴女はここに閉じ込められていたから知らないと思うけれど、今の鎮守府は私達を蔑ろにする様な場所じゃなくなってるんですよ!」

「それに司令官のおかげで朝潮達は深海棲艦にも引けを取らない力を発揮できます! 司令は艦隊になくてはならない方です!」

 

 木村と陽炎の横に踏み出した古鷹がフォローをすれば池の淵に立っている朝潮がフンスと胸を張って自分達は彼の存在によって敵と互角に戦えるのだとその意気込みを主張する。

 ただそれは相手にとって仲間の仇と言っても過言ではない嫌悪の対象である自衛隊員を弁護する同胞と言う理解に苦しむ光景となっており。

 

さっきから何を言ってるの、この子達は

 

 池の上に吊るされている艦娘は頭痛を堪えるように顔を顰め首元の錆びた首輪の菊花紋章へと落胆を呻くような吐息を漏らした。

 

「自衛隊の間違いによって苦痛を受けた君は自衛官である俺を恨む権利がある、謝罪ならばいくらでもしよう、だが、不躾なのは分かっているが今の我々はこの限定海域から脱出する為の手段を求めてここに辿り着いた、何か心当たりがあれば・・・」

 

 駆逐艦娘を背中に背負ったまま頭を深く下げて木村は自分達をここまで導いた艦娘の魂達の声の真偽を確かめる為に声を上げるがその言葉は教えて欲しいと言いかけた所で目の前の艦娘の態度によって尻すぼみに途切れ。

 木村の視線の先ではいつの間にか彼らから完全に顔を背けた艦娘が今にも破裂しそうな怒りで眉と目尻を吊り上げながら歯を食いしばる様に口元を一文字に引き結んでいた。

 

「ねぇ、せめて名前ぐらいは教えてくれても良いんじゃない? いつまでも貴女とかじゃ呼び難いでしょ?」

「私は、私には名乗る名前なんて・・・もう、無いわ」

「お名前が無いって? えっと、それどう言う事なんでしょうか?」

 

 木村の言葉には顔を不愉快そうに顰めて完全に無視したが陽炎と龍鳳の問いかけにはある程度は返事を返す様でここまであからさまな対応の温度差に青年士官は自分が所属している組織の失態を今更ながらに恨む。

 下手に自分が話しかけるより陽炎達に任せた方が相手を刺激せずに済むのだと分かっていても部隊の指揮官である自分が部下に頼り切りになる情けなさは木村の顔に影を差した。

 

「無いのよ、誰も守れなかった、誰も助けられなかったくせにっ、それなのに最後まで生き残ってしまった私には与えられた名前を名乗る資格が・・・無いの」

 

 池の上で苛立ちから陰鬱に沈んだ表情へと変わり震える声がぽつりぽつりとどうして自分達がこのガラスと岩で作られた檻に閉じ込められたのかを話し始め。

 伏し目がちに艦娘はかつて共に海に立っていた仲間達の成れの果てが魂の光を揺らめかせる果実の様に垂れ下がっている黒枝の柳を見回す。

 

「だから、皆にも失望された・・・そこに居るはずなのに、誰も声も聞かせてくれない・・・あなた達が聞いた声と言うのもきっと気のせいよ」

 

 その口から吐き出されるのは鎮守府が完成して始動を始めた最初期に目覚めた艦娘の一人である彼女が心身に受けた数え切れない程の苦痛。

 

 与えられた名前に期待を寄せてくれる仲間に応えられなかった事、言葉を交わした相手の命が伸ばした手の先から零れ落ちていく事を止められない自分自身への不甲斐なさ。

 

 見た目だけを取り繕う事ばかりに腐心する現代の軍人達への憤りと軽蔑を口にしながら恨みを表情に乗せて艦娘は木村を睨みつける。

 

 木村の立場から見れば、地を這う様に重たい声で彼女が語る非人道的な囮作戦が行われていた時期の彼はまだ高校を卒業して防衛大の門を叩いたばかりの少年と言っても良いような年齢と立場であり個人的には彼女の恨み言は全くのお門違い。

 だが自衛隊と言う組織に所属する者であると己を規定している彼はそれもまた自分の責任であると飲み込み神妙な顔でただ自分への敵意を宿す鳶色の瞳と向かい合う。

 

「でも、そんな私達の努力は何の意味もない・・・、いえ、むしろ艦娘と言う存在そのものが無駄だったと言うべきなのよ」

「・・・無駄って、そんな事無いですよっ! 貴女はここに閉じ込められていたから知らないのは無理ないけど私達の本当の力は深海棲艦をっ」

「ちょっと身体が大きくなって大砲を担いだ程度の力なんて焼石に水・・・彼女(・・)の様な実体を持った災害の様な存在に敵うわけがない」

 

 艦娘本人が言う自らの存在を否定する言葉に対して木村の横に立つ古鷹が理解も同意もできないとばかりに眉をひそめて声を荒げるがその声に切り返す様に告げられた予想外の言葉に木村達は息を詰まらせた。

 彼女自身の言葉を信じるなら彼女は艦娘の待遇が最悪だった時期しか知らないと言ったも同然であり、そして、鎮守府の環境改善の切っ掛けである艦娘がその身に備える戦闘形態の発動など知るはずもない。

 木村達がこの船の残骸で組まれた頂上へと登る直前に旗艦として巨大化していた朝潮も瓦礫の崩落を恐れて人間サイズへと戻った為に黒い枝垂れに拘束され半球の池から動けない彼女がそれを見る事も出来ないはずである。

 

「見ていたわ、それとも見えてしまったと言うべき・・・? まるで白昼夢を見せられている様に、私に繋がるこれの先に居る彼女の目を通して・・・」

 

 そう言って顔を自分の胸元や肩などの肌地に薄く霊力の光によって浮かぶ幾何学模様へと刺さる黒い枝垂れ枝へと向け。

 

「そこに居る人間があの姿とどう関係するのかは分からないけれど・・・」

 

 空を切り裂く様な光の剣を寝床に振り下ろされて微睡みから無理やりに起こされた不機嫌さに共感させられ(従わされ)

 月明かりの下、泥の中から未完成の身体を引きずり出して自分に迫る敵の姿を捕捉した紅い炎を宿した瞳と視界が重なり合い。

 ピーピーと喚く意味の分からない鳴き声が煩わしい弱者を叩き潰すつもりでまだ造りかけの力を夜の海へと振り下ろした。

 

「それだけじゃない、私の中に彼女の、あの子の記憶が流れ込んできた」

 

 驚異的な力を揮った深海棲艦の中に飲み込まれ身体を繋がれたと同時に見せられた夢(共有させられた記憶)、地の底から引き寄せ手に入れた能力によって変化を繰り返す身体で彷徨った海原。

 見覚えのある艦娘達(仲間の姿)が明らかにおかしい寸法の身体と見た事のない武装を纏い自分へと襲い掛かってくる幾つもの情景。

 最後に見た未完成とは言え明らかに死を逃れられない筈の砲撃の中から手傷を負った味方を連れて(曳航し)逃げ出していく駆逐艦娘の様子にはひどく混乱させられたけれど、と深海棲艦の一部として繋がれている艦娘は歪な苦笑を浮かべる。

 

「私はこの中に閉じ込められてからずっと深海棲艦がどういう存在なのかを見せられてきた、貴女達よりもよっぽど彼女達の計り知れない力と止まる事を知らない数を知っている」

 

 そして、頑なに自らの名を明かさない艦娘は失敗に気付かない無知な子供を諌める大人の様に哀れみを感じさせる表情を浮かべ、姉妹艦を含めた仲間達と共に沈んだ海の底で君臨していた怪物に囚われていた艦娘はその目が見た信じがたい光景を語り。

 

「そんな私だからこそ、言えるのよ」

 

 この巨大な山脈を造り上げて女王の様に振る舞っていた深海棲艦が抵抗も虚しくさらに強大な力を持った深海棲艦に容易く取り込まれた姿に感じた諦観によって矮小な自分(艦娘)達は怪物達の体の良いオモチャか生贄として用意された存在だったのだと理解を心情を吐き出す。

 

「全部、前の大戦と同じなのよ。 全ては誰かが書いた筋書きの通りに進んでいるだけ、どれだけ懸命に立ち向かおうと抵抗しようと駒でしかない私達は最後により大きな存在に押し潰される事が決まってる」

 

 かつての自分達が駆り立てられ多くの人命を無駄死にさせた大戦争の様に艦娘がどれだけ抵抗しようと深海棲艦との戦いの結末は人類の敗北で終わる事が既に決められているのだと幽鬼の様な顔の艦娘が嗤う。

 

「いえ、決まってしまったと言うべきね・・・だって、もう彼女は起きてしまったのだから」

「・・・君が先程から言う彼女とはいったい、誰の事を」

「ふふ、もう誰も止められないわ、遅かれ早かれ皆食べられてここに落ちてくる、私やあなた達の様に・・・」

 

 この領域を支配している強大な深海棲艦が目覚めたのだ、と静かな言い方ながら鬼気迫る雰囲気を纏う深海棲艦の代弁者となった艦娘の姿に固唾を飲んだ木村は昏い愉悦と共に自分を見下ろす視線から逃れようと顔を背け様とした。

 だが、その動きを押し止める様にぴたりと押し付けられた陽炎の頬に青年は驚き目を見開く。

 

「はぁ~、何よそれ・・・めそめそ、うじうじと、なっさけないわねぇ」

「何ですって?」

「聞こえなかった? ならハッキリ言ってあげる、目開けてんのに寝言吐いてんじゃないわよっ!

 

 孤独に追い詰められ常識の外側に居る怪物との肉体的精神的な共感を強制されると言う気が狂っても仕方ない環境に居る相手へ叩きつけるにはあまりにも乱暴な陽炎の言葉にぶつけられた本人だけでなく木村を含めた同艦隊のメンバーですら白目を剥いて絶句する。

 

「要するに前の自衛隊に嫌がらせされたから私達の司令の事も気に入らない、そんで深海棲艦はとっても強くて私達じゃ敵わない凄いのも居るんだよ~、でもそれもこれも全部誰かが勝手に決めた運命のせいだから私は悪くないも~ん! って言いたいんでしょ? そんなの情けないって言う以外にどう言えってのよ」

「な、なっ・・・!?」

 

 わざと茶化す様に相手の神経を逆撫でするつもり全開の言葉を躊躇いなく言い切りこれ見よがしに肩を竦める陽炎へと黒枝に吊り下げられた艦娘は何度も声を詰まらせながらもついさっき木村へと向けた嫌悪の視線よりも強い怒りを瞳に宿して満身創痍で自分の足で立つ事も出来ない駆逐艦娘へと鬼面を向けた。

 

「それに・・・そんな事、改めて言われなくても分かってんのよ」

 

 一拍の後に身体から霊力の光を溢れさせて足元の池へと撒く怒り心頭の艦娘が放つ肌を刺す痛みを錯覚する程の威圧によって作り出された沈黙に木村達はたじろいて後退りするが彼の背に居ながらその威圧を意に介さぬ陽炎が脱力の溜め息と共に続きの言葉を紡ぐ。

 

「か、陽炎、何を言っている・・・迂闊な事は!?」

「深海棲艦の方が性能も物量も上回っているなんて事を実際に戦ってる私達が気付かないわけないでしょ、私なんか調子に乗って無茶やったせいでこの有り様、指一本動かすだけでも死ぬほど痛いわ」

 

 大学時代に何度も世話になった(振り回された)先輩士官と同じ様にその場の空気を読まずにワザと波を荒立て引っ掻き回す陽炎の言動にこれでは目の前の相手と友好的な話どころか敵対関係にまで発展しかねないではないか、と脂汗を浮かべて狼狽えながら木村は正体不明の艦娘と重傷を負った部下の間で視線を行き来させ。

 ただ慌てる青年の予想とは裏腹に黒枝に吊るされた艦娘は相手の意図が読めない訝しみに眉を顰めて木村に背負われた陽炎を見下ろしてはいたが逆に自分を見上げてきた駆逐艦娘の穏やかな微笑みを浮かべた表情を見て呆気にとられ首を傾げた。

 

「でもね、私も貴女も生きる事を諦める事は許されない、理由は違うけれど絶対に生きて鎮守府に帰らないといけない」

「何を言うかと思えば下らない、無駄な足掻きと分かっていると言ったくせに吹けば飛ぶ埃の様な命が惜しいのね?」

「私の方は司令がゴチャゴチャ面倒臭い規律とか規範とか理由にしてだけど、それでも生きろって命令されたから・・・そして、貴女は・・・」

 

 吊るされた艦娘が哀れみで笑みを作る様子を気にする事無く自らの頭上にある枝垂れ枝にぶら下がった艦娘の魂の光へと視線を巡らせた陽炎は銀色のシートの中、胸元で握ったお守り袋の感触を確かめながら強く意志を込めた顔を諦観に囚われた同胞へと向ける。

 

「ここにいる皆から生きる事を諦めて欲しくないって、せめて貴女だけでも助かって欲しいんだって願われているからよ」

 

 木村達へと歪な笑みを向け様としていた艦娘は陽炎のその言葉に目を瞬かせ何を言われたか理解できない様子で笑みを引っ込め。

 

「・・・は?」

 

 足の下の池まで伸びる汚れた黒髪を重そうにしながら自分の回りに居るかつての仲間達の物言わぬ姿を確認してから心底意味が分からないと言う顔でもう一度、自分をまっすぐに見上げてくる陽炎を見下ろした。

 




 
 本人の望む望まないに係わらず、他人からの想いは託され続ける。

 いつか支えきれず倒れるその日まで。
 
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