艦これ、始まるよ。   作:マサンナナイ

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あの()の間違いは願いを叶えてくれる魔法の石に頼り切って自らの精神を成長させなかった事。

もし、仮に彼女がその力に溺れず正しい形で成長を遂げていたならば継世の神へと至ってたのかもしれない。

まぁ、神と言っても人間に破滅をもたらす存在と言う意味では現状と大差ないわけだが。
 


第九十八話

 その深海棲艦は偶然の重なりによって艦隊の端に付き従う貧弱な駆逐艦から空を焼き海を割る最強の力を持った戦艦、それも姫と言う全ての者達に傅かれるべき支配者としての格にまで至った。

 そうなったと言うのに、彼女が寝所から目覚め(進化を終え)てから出くわした同族達はその姫級深海棲艦を指して処分されるべき欠陥品と(のたま)い。

 

 それでも自分の随伴として後ろに付き従うならばその愚かさを赦そうと思惟(情け)をかけた姫級に対して正常(・・)な深海棲艦達は火砲と魚雷の発射を返答としてその圧倒的な力を宿した戦艦を撃ち滅ぼさんと結果の分かり切った愚行に走った。

 

 彼女にとって自分と比べるでも無い程に(艦種)(階級)の低い同族の無礼、しかし、輝かんばかりに白い髪と肌の姫級は自分の身体に傷を付けるどころか煤汚れすら作れない弱者の愚かな行動も無理はないと苦笑を浮かべる程度には精神的な余裕があり、その時点の南方棲戦姫は遠く遠く海の向こうから囁きかけてくる得体の知れない()に従っている下位個体達に哀れみすら感じてすらいた。

 

 だからこそ圧倒的な力の差があるにも拘らず愚直に戦いを挑んできた同族に姫は敬意を評して自らの一部となる栄誉を与えてやったのだ。

 

 肌や思惟を交える以上に自分の一部となる事は即ち絶対者と一体となる栄誉に他ならず。

 自分達に理不尽な運命を課してくるあの声から解放され本当の意味で自由に生きる事が出来るのだと、無数の深海棲艦や何人もの艦娘から奪ったモノを混ぜ合わせ南方棲戦姫へと成った異常(・・)な深海棲艦は本気でそれが同胞の幸せなのだと想っていた。

 

 それ故に彼女には理解できなかった。

 

 取り込んだ当初はピーピーと耳障りに騒いでいたがすぐに大人しくなり自分の一部となっていた筈の輝きが格納庫の中で勝手に動き始めた事。

 明らかな戦力差があると言うのに小さな小さな輝き共が足元に纏わりつき同族のそれよりも少々強い程度の砲撃で不遜極まる挑発を繰り返す事。

 

 そして、陽の光の下で艶めく新品の肌と艤装がチカチカと煩わしく光る光粒(霊力)を纏った砲弾で汚される度に苛立ち(不安)が最強を約束された身の内で騒めく事。

 

 いかなる能力か深海棲艦である彼女には考えも付かないが自分の腹を内側から穿った破壊力に身体の一部を破壊された時には砕け散った部品の残滓を追うなどと言う自分自身ですら呆れる姫として相応しくない卑しい真似をした事に対する違和感。

 

 自分に対して首を垂れるべき下位個体共の反抗は万死に値する、そう軽く爪先で蹴り飛ばせば粉々に砕けるだろう脆弱なチビ共へ姫級深海棲艦はこの世における当然の理(弱肉強食)を弁えよと思惟を叩きつけ主砲から溢れる巨大な力を無造作に撃ち放ち。

 少々、ちょこまかと小さな敵艦が逃げ回る鬱陶しさから力加減を間違い自らの肌まで焼きそうになりつつも鬱陶しく無駄な挑発を繰り返していた戦艦の格を持つとは思えないぐらいに脆弱なチビ(艦娘)が目の前で炎に飲まれた事に南方棲戦姫は気を良くする。

 

 だが、骨の一片まで蒸発していても可笑しくない筈の熱の中から戦意を漲らせ笑みを浮かべる満身創痍の戦艦が現れ、直後に光粒の飛沫と共に入れ替わった駆逐艦の予想外に強い抵抗のせいで南方棲戦姫は不本意にも海面に引き倒され、それだけでなく塵芥同然と思い込んでいた敵によって指を切り落とされると言う屈辱を受け。

 その上に彼女が姫級となる前に喰らい領地に仕舞っていた素材の一部(放り込んでいた指揮官と艦娘達)までもが自分の中から輝く部品(霊核)を盗み出すと言う暴挙に及び、細いくせに妙に丈夫で煩わしく絡まる糸を伝って遂には腹に開いた穴から逃げ出す。

 すぐさま足下の不愉快な雑魚と逃げ出した盗人を諸共に自らの艤装の鉄顎で丸呑みにして粉々に挽き潰してやるとばかりに南方棲戦姫がその左脚に力を入れれば無礼極まる不意打ちが出力を上げた推進機関に命中し誘爆させる。

 

 それら有り余る屈辱に歯噛みする姫級を他所についさっきまでしつこく彼女へと纏わりついてきた生意気な駆逐艦は同艦種である部品泥棒を連れて尻尾を巻いて逃げ出し。

 少し遠くから火と煙が弾ける砲弾を打ち込んできた邪魔者も姫の乱射する様な反撃に恐れをなしたのか踵を返して恥ずかしげも無く背中を見せて水平線の彼方へと逃走していった。

 

 その逃げ足だけは早い連中の行動によって南方棲戦姫は己の攻撃が命中さえすれば一撃で砕け散る下位個体の最たる弱者共が最強の支配者となった自分を良い様に振り回したと言う事実に思い至り腹の奥から怒りを迸らせる。

 

 敵との圧倒的な力の差がありながら思い通りにならない忌々しい状況に地団太を踏んだ姫級深海棲艦はふと顔を上げ。

 全ては遠く水平線の向こうから感じる巨大な力の塊(霊力の結晶)が画策した流れなのだと直感し、南方棲戦姫は未だに自分を意のままに従わせようとする身の程知らずに対する怒りで瞳の中の灯火をさらに燃え上がらせた。

 

 そんな風に海原で一時立ち止まっていた姫級の下腹部では資材格納庫である領地まで貫通していた傷が内側から迫り出してきた鉄屑や岩塊で埋まり。

 主推進機が破壊され速力は数分の一程に落ちたが荒波を蹴散らすハイヒールは問題なく船体を進める力を発して船底を水の上で滑らせ始める。

 そんな見ているだけで不愉快になる破壊跡が残る腹や左脚は不格好であるもののこの程度の損傷ならば放って置けば勝手にあるべき形へと修復されるだろうと姫級は自らの性能を鑑みてダメージコントロール(乱雑な応急処置)を終えた。

 

 今は何をおいても脳裏に幻視する忌々しい水晶の樹をへし折り、逃げていった数匹を含めた不愉快極まる虫けらに身の程を教え込んでから皆殺しにしてその残骸をこれから造る玉座の材料としてやらねば気が済まない。

 そして、邪魔者を綺麗に焼き払ったならば領地をさらに広げ支配者である自らに相応しい同族(下僕)を山の様に集め精強なる群れ(艦隊)を率いるのだ、とそこまで夢想した南方棲戦姫はふと自らの腹の中に納まっている酷くみっともない領地を見下ろした。

 

 意識を向けた腹の中は一時外界に繋がる程の穴が開いたせいで空気や水だけでなく岩や瓦礫までもが掻き混ぜられゴロゴロと唸っており。

 その耳障りな音に顔を不快そうに歪めた支配者の格を持った深海棲艦はどうして自分はこんな場所に領地を仕舞っているのか、何故に姫たる者が下僕がするべき荷運びの真似事をせねばならないのか、そんなひどく今更に湧き上がった疑問に苛立った。

 

 偶然かそれとも必然か、大和型戦艦を原型に持つ艦娘の砲撃によって本来の南方棲戦姫に含まれていなかった霊的因子の結晶(イレギュラーパーツ)が取り除かれた事でその美貌の精神が設計図通りの姫級深海棲艦へと調律されていく。

 

 コノ私ヲ誰(イヤダ,イヤダ,)ト心得テイル(コワイ,イヤダ!)

 

 何故か自らの内に存在している姫級の格に相応しくない弱い思惟に小さく眉を顰めつつも自分こそが何よりも偉大な存在であるのだと遍く知らしめなければならないのだ、と深海棲艦の姫として相応しい思考へと心を矯正された深海棲艦は遠くから自らに向けられた殺気の気配に艦首(視線)を水平線へと向け。

 

 私コソハ支配(カラダガイウ)者タル姫ナルゾ!!(コトキカナイ!?)

 

 視線を向けた水平線上に幾つかの光点と殺気を感じた南方棲戦姫は悠然と歩を進めながらその艤装から大量の昏い霊力を放出して障壁の穴を塞ぎ、その直後に穴が塞がったばかりの防壁へと幾本もの熱光線が着弾して大量の熱と輝く霊力を撒き散らす。

 

 雑魚ノ分際デ(アッチニハ)不敬ニハ死ヲ!(イキタクナイ!)

 

 小癪にも立ち向かってくるならば今度こそ全てを蹴散らし消し飛ばし水底よりも暗く深い奈落の底へと沈めてやる、と凄絶な笑みを浮かべて南方棲戦姫は敵連合艦隊が待ち受ける本土防衛線へと黒鉄の大腕と巨砲を向け。

 待ち構える敵を討ち破ればお前に相応しい領地と玉座が手に入るぞ、そう挑発する様に頭の中で囁く自分のものではない“声”を自覚しながら深海の女王として生まれた怪物が紅く燃え盛る号砲と咆哮を放った。

 

 イヤダ,消エタクナイ・・・

 

 その無数の深海棲艦の血肉(素材)選り合わせ(投入して)生み出(建造)された姫の中心で望む願いを全て叶えてくれていた欠片(能力)を失った幼く臆病な(駆逐艦級の)()叫んで(泣いて)いた。

 

・・・

 

 南西の海上で日本へと直進ルートを取っている超巨大深海棲艦、現場の指揮官が仮称した南方棲戦姫と言う名称で表示されたターゲットマーカーが点滅する電子の海図の前で田所浩輔は端正な顔立ちに薄っすらと笑みを浮かべる。

 

「じゅっ、重巡那智被弾!!」

「詳細は!? 戦闘続行は可能なのか!?」

「・・・利根がもう一度長距離砲撃を行います! 射線上の部隊に退避針路をっ!」

 

 彼の周囲では壁には所狭しと設置されたモニターが次々に画像を切り替えと分割を繰り返し、大型複合機が絶え間なく印刷された用紙を吐き出し続け。

 

「九州の変電所が何だって!? それはこっちと関係ない!」

「通信障害が伊豆半島全域及び静岡南部に拡大!」

「空港には台風が原因と言う形で事前通知してあるはずでしょう!? 苦情はそっちで対処して!」

 

 大の大人が百人詰めても余裕があるだろうその大きな会議室は激しい人の出入りで騒がしく。

 引っ切り無し日本各地から送られてくる情報を手早く関係部署と現地部隊の間を繋げるオペレーター達に至っては言葉で殴り合う様に報告の声を張り上げていた。

 

(あれは・・・何だったか、・・・ああ、そうか、大分前に見たあの映画と似ているのか)

 

 刻々とたった一体の深海棲艦相手に悪化する被害状況を叫ぶオペレーターの声に苦悶の表情を浮かべた海上自衛隊の将校達が顔を突き合わせ絞り出す様な声で現在の陣形を保ちつつこれ以上の敵の領海侵入を許すなとあまり役に立たない方針を命じる。

 そんな雑然とした現場とは毛色が違う戦いが行われている空間の中に居ながら田所は終戦六十年に25億円も製作費をかけて第二次世界大戦を題材にすると言う宣伝のインパクトで話題騒然となった映画の事を考えていた。

 

「三笠の主砲がオーバーヒート、指揮官が一時後退を求めています!」

「今、戦艦を下げれるわけがないだろうが! 態勢が整うまであの光る羽根で防御させろ!!」

 

 切迫した情報が次から次に飛び交う空間の中、安っぽい香りを燻らせるコーヒーが入った紙コップを手に内閣から幾つか重要な権限を渡されて派遣された連絡員(お目付け役)はザラザラと不安定な映像を見せるモニターを眺め。

 

「前衛二艦隊の旗艦変更、軽巡川内と重巡青葉が出ます!」

「おいっ、これ精神過敏症とあるぞ! 青葉の方は戦闘できる状態なのか!?」

「本人がやると言ってるなら出すしかないでしょう! 重巡、少ないんですよ!!」

 

 遠近感や縮尺が狂いそうな程に巨大な美女が旗艦を交代しながら戦う艦娘達が放つ無数の砲弾と爆弾を四方八方から浴びながらも平然とそれ以上の火球を反撃として撃ち返し。

 両勢力によって戦場に巻き起こる災害に重ねて今世でも公開されたその戦争映画の迫力だけは素直に凄いと感じたクライマックスを田所はその脳裏に思い浮かべる。

 

(確かあの映画の主題になっていたのは戦艦大和だったか? いや・・・ただの兵器と怪物共を比べると言うのは我ながらナンセンスだな)

 

 大量の砲撃を浴び炎上しながらも巨大な黒鉄が弾幕を放ちその頭上を飛ぶ緑翼の戦闘機群が次々に炎に飲まれ。

 燃える飛行機の群れを有って無いものと扱う巨大な三連装砲の咆哮が放物線を空に描き、灼熱する赤黒い砲弾が艦娘達の戦闘隊列へと目掛けて飛ぶ。

 

 敵の主砲攻撃を察知した重巡艦娘達が空へと大量の弾幕を張り狙い通りの高度で六角形の投射障壁を広げ、青白い無数の霊力の結晶板が繋がり合って作られた半透明な雨傘へと燃え盛る隕石が着弾した。

 

 艦娘達の頭上を守るために広がった多重障壁は強烈な砲撃の着弾によって粉々に砕かれながらもその灼熱砲弾が放つ凄まじい熱波と衝撃を軽減し、そのおかげで海上の艦娘達に致命的なダメージは出なかったようだが通信障害でモニターの映像はますます不明瞭なモノへと変わる。

 

「ならば敵兵装への集中爆撃! 赤城と加賀に空に上げて攻撃をさせる!」

「弾着観測だけで無く通信網までもが彼女達頼みの今、そこに穴を開ければどうなるか分からないとは言わせんぞ!?」

「そこは・・・あれだ、他の艦娘を制空と防衛に集中させれば良いではないか?」

 

 この場に必要かどうか怪しいパーティション(衝立)の向こうにいる面々が冷静さをかなぐり捨てて舌戦を繰り広げている様子はそれなりに離れた場所にいる田所の耳にも届いたが、青年官僚は戦闘と言う専門分野に関して手習い程度の知識しかないとは言えその仕切り板の向こうで行われているリアルタイムの作戦会議はあまりスマートな進行を行っていない様に感じた。

 

「いや、既に彼女達は全力を尽くしているこれ以上の負担は戦線を崩壊させかねん」

「むしろ空母よりも長門を中心に戦艦娘が防衛線を押し上げるのが常道だろう!」

「おい、隊列と陣形を何だと思っている! 重火力艦の突出で全体の連携が乱れればそれこそ元も子も無くなるぞ!」

 

 そんな聞くに堪えない中年達の五月蠅さから耳を背けた田所は目の前で今も現場を支える為に必死にPCに噛り付きインカムの向こうの相手へと整頓された情報を提供しているオペレーター達の姿を眺める。

 

(子供のケンカか、それ以下か、・・・民間の役員会議で同じ事をやれば全員更迭は確実だろうが、その心配が無いから公務員と言う奴らは頭が緩くなる)

 

 少なくとも背後で作戦を無為に躍らせている幕僚長や海将などの将官とは違い縁の下で働く彼らこそが危機的状況でも組織を維持して作戦をスムーズに動かしているのだと軍事の素人である田所にも分かった。

 

(組織が正常に機能しているからそこ一部の無能を支えてしまえると言うのは皮肉な話でもあるな)

 

 一人一人が全体から求められる必要な仕事を適切な時間内に対処できる歯車となる事こそが組織としての格を示すと言っても過言ではないと自らの持論に対する信用をさらに強めた内閣の使い走りは口元に運んだコップがいつの間にか空になっている事に気付く。

 

「どうぞ、室長」

「ああ・・・」

 

 シルクの手袋が差し出してきた紙コップを受け取った田所は心にも無い微笑みを浮かべていた顔を僅かに不愉快そうに歪め、自分の隣に控え内閣へと提出する予定の資料に必要な情報を現在進行形で纏めている才女を横目にする。

 黒いネクタイで襟を締めベージュのブレザーと灰色のタイトスカートを着こなす均整の取れた女性らしい身体、アップスタイルに整えられた髪とノンフレーム眼鏡に隠れたタレ目気味な瞳は光の加減で淡い翡翠色に艶めく。

 

「お疲れのようですね」

「・・・君の御同類と、私に仕事をさせない補佐のせいだがね」

「あら、ひどい言い方」

 

 恨みがましそうに田所がぼやいた周りの混雑にかき消されそうな程に小さいセリフ、それが聞こえていながらも全く動じる事無く凛とした清潔感を纏う美人補佐は新しい資料を運んできた自衛隊の事務員へと礼を言いながら用紙の束を受け取る。

 

「軍務に不慣れな室長は承認のハンコだけお願いします、作業と言うモノは知識がある人間がやる方が効率的ですもの」

 

 そう言う間も現在行われている戦闘情報の編纂作業を止めずに莞爾と微笑んだ相手へ、お前は人間などではないだろう、と言ってやれればどれだけ胸がすく思いが味わえるだろうか。

 そんなすこぶる個人的な険悪を腹の中で渦巻かせながらも感情を押し殺して微笑みを被りなおした田所は数日前までは普通の部下(人間)だと思っていた自分の隣にいる人物から顔を背ける。

 それを彼が知ったのはこのバカげた防衛作戦が開始される直前の事だった。

 

(なんで・・・何がどう間違ったら脱走艦娘が私の部下になる!?)

 

 無能な馬鹿共がやらかした事のせいで国や人間に対して不信感を募らせたからこそ真横にいる艦娘は二人の姉妹艦を連れて自衛隊から脱走して民間人の中に紛れ込んだ。

 

 ただそれだけだったならば田所にとっては自分と関わりの無いどうでも良い話で終わっていたのだろう。

 

 だが、よりにもよって自衛隊から脱走したその三人の艦娘は鎮守府に残してしまった仲間達の環境を外から改善する為に水面下で大塔財団と接触し自分達の置かれた状況を財団のトップである会長へと直談判。

 さらには説得した会長夫妻の個人的かつ暗部にも通じる多大な協力を受けてスパイ映画も顔負けな方法で財団内の裏切り者を炙り出し、公安警察まで巻き込み与野党問わず汚職議員や役員を罠に掛け、手に入れた取引材料と引き換えに現在の立場と肩書を手に入れた。

 

 田所もその時点では気付かなかったとは言え彼女達の行動の一部に加担していたのだが彼は敢えて意識してそれを棚に上げる。

 今の彼にとって重要なのはすぐ隣に居る相手が人間の皮を被った艦娘(怪物)であると言う一点、その気になれば人間大の状態でも一対一で戦車をスクラップに出来る戦闘能力と人間を手玉にとる程の知恵と自我を持った生物兵器が野放しになっている現状が恐ろしくて仕方がない。

 いくら岳田総理直々の判断(命令)によるものだったとしても穏やかな日常と労働に対する正当な報酬さえ得られれば幸せを感じられる平和主義者の田所としては人知を超える怪獣も強かな女スパイも爆炎に塗れた戦争も全てフィクションと言う名のスクリーンの中だけで行儀良く安全な娯楽を提供していて欲しかった。

 

「敵弾が上空の障壁を貫通!! 艦娘連合艦隊の後方に着弾します!?」

「あきづきは気付いているのか!! 警告急げ!」

「着弾位置と被害規模の予測を! 護衛艦全艦に障壁の増強を通達!!」

 

 たった一発の砲弾ですら艦娘達の防衛線を抜かれれば広い会議室が騒然となり、そこから派生した問題が雨後の筍が如く頭を出して金銭的な損害と言う津波となって自衛隊、ひいては今後の日本国へと押し寄せるだろう。

 現時点ですら本州の一部では護衛艦が横並びで広げている障壁の堤防で防ぎきれなかった高波が港の船を容赦なく横転させ、内陸部にまで達した大量のマナ粒子を含む風は無差別に通信障害を巻き起こし、霊的耐性の低い民間人が熱中症に似た症状を訴えて病院から病人が溢れかけているのだ。

 

(いっその事、本当に綺麗さっぱり焼野原にされた方がこんな事で悩まずに済むのかもしれないな・・・)

 

 自分達がこの理不尽な試練を乗り越えられたとして、その後に待ち受ける人的と物的な被害を合わせた補填の総額は何千人分の人生を賄える値段が付く事になる事やらと田所はどこか他人事な調子で微笑みを張り付けながらそんな不謹慎極まる考えを頭に過らせる。

 

(出来る事なら映画一本分には収まってもらいたいところだが、まぁ、無理だろう)

 

 そんな時、不意に横からの視線を感じた彼は自分と同じ様に薄く笑みを浮かべながらも瞳だけは全く笑っていない艦娘の顔が自分に向けられている事に気付き。

 妙な居心地の悪さに小さく咳払いした若きエリート官僚は所用(トイレ)の為に少し席を外すと口にしあくまでも余裕を持った態度で椅子から立った。

 

・・・

 

《長門型の装甲を甘く見てくれるなよ・・・化け物め》

 

 戦闘開始から優に八時間以上、南方棲戦姫から放たれた砲撃を合図に不思議と凪始めた海上で長門はふらつく身体を何とか気合だけで立たせていたが、彼女の分身である戦艦艤装は原型が分からない程に破壊され。

 不完全に熱された霊力の火花が割れた粒子加速器からパチパチと爆ぜながら海面へと零れ、身に纏った衣服は下着だけは残っていると言う有り様で血まみれの身体から徐々に戦闘形態を維持するエネルギーが光粒となって空気と海水に解けて消えていく。

 

《とは言え、我々も貴様も・・・もう立っているのが限界と言った所か・・・》

 

 戦艦を主体に66名の艦娘が連合を組んだ大火力艦隊であると言うのにたった一体の敵との闘いで轟沈こそ無いもののその殆どが大破状態。

 僅かに中破で堪えられている長門の様な者達も南方棲戦姫の圧倒的な攻撃力の前に倒れない様に気合で立っているだけでも精一杯と言う状況。

 

 これだけの長時間戦闘の結果がもしも無傷の敵艦の姿だったなら如何に国の守護者として生まれその胸に強い誇りを持った艦娘であったとしても迫りくる姫級深海棲艦に敗北を認めてしまい膝を折る事になっていただろう。

 

《だからこそ、敵ながら見事だったと称えよう》

 

 西の傾き始めた太陽がオレンジ色に色付く空を背景に黒煙を体中から立ち上らせ、激しい攻撃に黒鉄の装甲に守られた三連装の巨大砲塔は全て折れ。

 沈黙した無数の武装が左右にフラフラと頼りない足取りで進む深海棲艦の巨体から振るい落されバラバラと昏い霊力に溶けていく。

 

 水平線に立つ怪物が戦闘能力を失い意識すらも朦朧とさせながら無為に歩を進めている事は内部から火の手を上げている巨大艤装を放置している様子からも明白であり。

 足元まで届く豊かだった白髪は不揃いに焼き斬られ、黒い流血が岩の様に固まり見る影も無くなった裸体の美貌が風に揺れる蝋燭の火の様に紅い灯火を揺らめかせていた。

 

《・・・そう言えば、駆逐艦達が出撃前にちょっとした噂で盛り上がっていたな・・・確か、そう》

 

 息をするのも辛いと言う苦悶を浮かべながら夕日に背を押されながら進む白と黒の怪物から視線を外した長門はその場に腰を下ろしておもむろに胡坐をかいた。

 

《あの中村中佐がお前の事をラストダンサーと呼んでいたと》

 

 出来うる事ならば強敵に引導を渡す大役は連合艦隊旗艦である自分が成したかった、そんな他愛ない名声欲に苦笑した長門は敵の最後の砲撃から自慢の装甲を使い庇った軽巡洋艦娘へと声をかける。

 

《なぁ、北上?》

 

 長門の背後でシャッシャッとまるで何か硬いモノが回転と共にその表面を削り続ける様な擦過音をたてる増幅器となった増設魚雷管。

 激しい攻防の中で単装主砲だけでなく右手と右足も失いながら、それでも荒波に座る様な姿勢でスクリューを回して回避を続けていた強かな艦娘の左腕で渦巻く光の渦が最高潮へと達する。

 

《ははぁ、それ言われちゃったら外せないねぇ》

『き、きたかみ、さん・・・おうえん、しなきゃ』

《・・・菱田提督、少し大井を黙らせておいてくれ、怪我が悪化でもされたらたまらん》

 

 肩越しに自分を見る長門へと煤汚れに塗れた顔に不敵な笑みを浮かべた球磨型軽巡洋艦を原型に持つ艦娘が戦艦の手を借りて背中合わせの状態から左手の先を南方棲戦姫へと向けた。

 

《んじゃ、トドメぐらいは本気でやっちゃいますかぁっ!!

 

 北上の左腕に装備された魚雷管から連続してボポンッと気の抜ける様な音がしたかと思えば直後に海面に落とされた霊力を高圧縮され光の渦を纏う矛先が大量の気泡を白い航跡へと変えて一直線に海水の中を貫き走る。

 

 人類が現在までに築き上げてきたどの強固な城壁をも上回る大障壁は既に欠片も残さず連合艦隊の総攻撃で破壊しつくされ。

 その300mクラスの長身と超重量故に鈍重を強いられた巨体は別動隊の戦艦娘の奇襲で主推進機関である左脚のロケットエンジンを失った事で戦闘開始以前から回避と言う選択そのものが無かった。

 

 だからこそ、無慈悲に破壊の光を詰め込まれた魚雷が満身創痍の南方棲戦姫へと命中するのは当然の帰結、北上の放った魚雷の命中と同時に焼け爛れた長い足が爆発的に広がる光の渦に引き込まれ、既に大部分を艦娘達の攻撃で削られ焼かれていた大質量が白く染まる破壊の爆心地へと抵抗も出来ずに落ちていく。

 

 直視すれば目を焼かれてしまうだろう程に激しい閃光の中で力尽きた姫級深海棲艦の身体が高圧縮エネルギーの連鎖と言うミキサーの中で粉々に砕かれ。

 その体内にあった巨大な空間が主の死を切っ掛けに元の大きさへと戻り、風船の様に破裂した限定海域が元あった空間を押し退けてその中から現れた山脈が海底へと叩きつけられる。

 

 南方棲戦姫を殺す為に放たれた巨光が消えた後に襲い掛かってきた暴風と大津波に艦娘達はそれぞれ悲鳴を噛み殺しながら身を寄せ合い。

 

 永遠とも感じられる程の数分。

 

 敵の最後の反撃とでも言う様な津波を耐え、なけなしの霊力を使い切きった長門達は敵艦が居た場所に黒岩と残骸が積み重なる巨大な山を見付けて呆然とした顔でその山頂を見上げる。

 

《えっと、なんですかね~、あの島・・・?》

《知らん、ただ私にわかる事は、そう・・・我々の勝利だ、と言う事だな》

 

 そして、疲れに掠れて小さく、しかし、芯の入ったしっかりとした口調で連合艦隊代表旗艦が勝利の宣言を告げた。

 




 別動艦隊も含めればほぼ百対一で艦娘側を戦闘不能に追い込む深海棲艦・・・。

いや、余計な話は止めておこう。


次回


第四章 エピローグ


【世界樹の枝の上で・・・】

 
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