・クレイドルを利用した改造←裏口
(※アクセス権は貰えない)
・深海棲艦との共振による接続←正規ルート
(※アクセス権を託される)
・精神力だけで概念の壁をぶち破る←反則
(※アクセス権をぶんどる)
なんの事って? 知らなくても何の支障も無い話さ。
暗い闇と白い光に塗り分けられた様な空間、まるで海の中を漂う様に重力の存在すら曖昧な世界に小さな光が現れては黒い領域で雪や花びらの様に踊り揺らめきながら同じ方向へと向かって落ちていく。
何処が始点であったかすら分からないほど昏く、果てを臨む事など到底不可能な深く暗い場所から青白く光り輝く巨大な幹と根が広がる方向へと何の疑問も無く向かっていく火の粉の様に儚い色を宿す魂の群れ。
ゆっくりと確実に引き寄せられた巨大な水晶の樹に触れた魂の欠片達は日向に落ちた雪の結晶の様に溶けて巨大な何かの中に存在するマナの海流へと飲み込まれ消えいく。
その無数の魂の群れの中で一際小さいその魂は吹けば消えそうな蛍火の内で誰にも届かない鳴き声を上げていた。
白い白い閃光に飲まれ闇の底に落とされる前の小さな魂は最高の身体を手に入れたはずだった。
しかし、その身体は持ち主である
そして、至高の頂点から一転して落とされた暗黒の果て。
南海の底に深海棲艦として産まれてから一度も目にした事が無い光景であると言うのに小さな魂はそこが何の為に存在しているか分かってしまう奇妙な感覚に恐怖した。
自分と言う存在があの巨大な樹に喰われる為に引き寄せられているのだと誰に教えられたわけでもないのに気付いた蛍火は必死にその流れから逃れようとその魂の灯を騒めかせる。
だがその必死な思いは
巨大樹の中で渦巻く
今まで人間、艦娘、同族問わず他者へと平然と行っていた捕食行為を棚に上げて自分だけは
そこに作為は無く、同時に区別も無い。
他の個体と違いがあるとするならば死してなお恐怖心が消えなかった事だが、その
他の同族と同じ様にその魂も水晶の幹へと受け入れられたなら生前の
そうでなければならないと言うのに。
誰にも届かない筈の泣き声を上げ続けていた幼い魂が水晶樹に触れる寸前、横合いから伸ばされた手の平が揺らめく灯火を受け止め、掻き消さぬ様に優しく両手の平が包み込み。
下手な道路よりも広く内部で力強い光を渦巻かせる枝の上、青白い文字列が取り巻く素足が重力を感じさせない足取りで着地してそれに少し遅れて揺れる胸の前に添えた両手の中、恐れに震える小さな蛍火を鳶色の瞳が憂いと安堵を混ぜて見下ろした。
“私はその
吹き消してしまわぬ様に優しい手つき蝋燭の火を包む女性へと遠く近く輪郭さえハッキリしないのに“声”であると分かる
「・・・それを決める権利が貴方にあるとでも言うつもり?」
“いや、ただ一時の感傷で起こす行動は得てして碌でもない結果に繋がるものさ”
軽く動いただけでも身体が浮き上がる低重力の中で腰をねじる様に振り向いた動きに合わせてフワリフワリと宙に舞う栗色の艶髪が表面に青白い文字を浮かべては消すミルク色の肌に纏わりつく様子はまるで親鳥が翼で卵を守り抱く様にも見える。
その彼女が見つめる先には数秒前まで影も形も無かったベージュ色のセーラー服を着た小柄な少女に見える
「知ったふうな口を利くのね・・・気に入らない」
“ある意味ではキミと共に居る
不意に目の前の人影が少女から老人や青年に、掌に乗りそうな小人から明らかに縮尺がおかしい巨体へ、コロコロとその姿はまるで転がされた万華鏡の様に変化を繰り返す。
しっかりと正面から見据えている筈なのに次々と虚像を入れ替え陽炎の様にぶれるその人外の姿に深海棲艦の魂を手に包む乙女は不気味さに気圧されないよう身構える。
“その
世界樹に還るべき魂を横から掬い上げた艦娘が向けてくる敵意に対して水晶の大樹に住む
「ここから連れていくわ」
「・・・このままこの子が何も知らない子供のまま消えるなんて、・・・許されないからよ」
ガラスの檻の中で垣間見たその深海棲艦の拙い足掻き、心に生まれてしまった恐怖と言う感情に振り回され、ただひたすら自分を安心で満たしてくれるモノを求めて海を彷徨った迷い子の歩みを知ってしまった大和は手に包む小さな灯を悲しそうに見つめる。
昏い海の底に叩きつけられ痛みに震えていた時に誰かが善意の手を差し伸べていれば。
求めるがままに肥大化した歪な成長に対して同族が欠陥品などと侮蔑の
痛みと恐怖に追い立てられ偶然に逃げ込んだ安寧の地がこの子を受け入れてくれていれば。
不安から仲間を求めた声に答えた者が力に付き従うだけの
もしも、もしも、もしも・・・数え出したら切りが無い程の
「貴方がこの子をこんな歪な形に産み落とさなければっ!」
ギリリと質量を持たない霊力の身体であるのに大和が食いしばった歯軋りは無音の空間で不思議と大きく聞こえた。
選び取られなかった可能性ほど荒唐無稽なものは無い、そして、自分が口にした空想自体が深海棲艦の性質からしてあり得ないIFである事ぐらい言った本人自身も承知している。
「知ってしまった以上は聞こえないフリなんて私には出来・・・」
ベージュ色のベレー帽の下で白々しく口角が上がり嗤い声が混じる声と共に子供の落書き帳から出てきた様な猫の上に腰かけた小人が両腕をいっぱいに広げて自分と大和の周りに降り注ぐ雪の様な魂の群れを指す。
向かい合う艦娘と妖精の周りで小さな灯火が一つまた一つ、水晶の大樹に融けて消えていく。
「っ!?」
ただそっと指し示す様に両手を広げただけで相手が何が言いたいのかを察してしまった大和は苦渋に顔を歪め声と息を詰まらせ一歩分の後退りしたがすぐに怯んでたまるものかと心に湧いた気合で踏み止まり、自分の胸元で不安そうに揺れる小さな魂を守り抱き
「死神は大人しく命を狩り続けろ、艦娘は深海棲艦を助けるな、・・・そう言いたいの?」
使い潰される様に過ごした日々から大和の精神を蝕んでいた海神へと捧げられる生贄としての艦娘と言う妄想じみた認識は微睡みの終わりに出会った青年士官によって否定された。
そして、敵地から脱出した彼女は破壊の炎を振り下ろす巨神へと挑む懐かしくも勇ましい仲間達の姿を戦場から離脱していく駆逐艦の艦橋で目撃し、さらにその後に聞かされた目標撃破の報告に自分達は絶対に勝てない存在と思い込んでいた深海棲艦と対等以上に戦える能力が備わっていたのだと知る。
しかし、勝利に沸く歓声の聞こえる駆逐艦娘の艦橋の中で脱力して座り込んでいた大和は自らが覗き見た臆病な深海棲艦の記憶を思い出し、その中で自分と同種である艦娘達が大砲と魚雷を携え狩りをするかのように追い詰め情け容赦なく深海棲艦達を
“私はただ問うだけだよ”
信じられない事に
それどころか、
“キミが艦娘である事は変えられない事実だろう?”
それを貴様が言うのか、と今にも暴れ出しそうな程の激情が大和の身の内で沸き立ち義憤に叫ぶ
“艦娘であるキミの選択は本当に
「それは脅しなの? 言う事を聞かなければ私諸共この樹の中へ落とすぞって言う・・・」
“出来ない事を出来るなどとは言わんさ”
敢えて例えるならばその表情は親が子へと成長を促す為に答えの無い問いを出す様に
・・・
見た事が無いのにその場所を生まれる前から知っている。
何が起こっているのか分からないのに理解できる。
知らない筈の事がそれはそう言うモノであると必要とした知識が直接意識に入り込んでくる奇妙な夢。
小さな小さな今にも消えてしまいそうな程に弱弱しい悲鳴に引き寄せられて踏み込んだ領域は果たして夢と言って良いモノだったのだろうかと独白しながら大和は屋内と言うにはあまりにも広い鎮守府で最も重要な役割を持つ中央棟で立ち尽くす。
「私が望めば終わる・・・全部」
白々しい虚飾で敵味方問わず世界の全てを欺くだけに止まらず、先の時代の為という大義を言い訳に星の数にも迫る数多の無垢な魂達に犠牲を強いる。
それは紛れもない悪行であり直ぐにでも正さねばならない間違いなのだ、と大和の胸で霊核が騒めき水晶の樹と老獪な妖怪が行っている命の冒涜に対する敵意を数日経った今もあの光景を思い出す度に疼かせる。
しかし、図らずも一人の科学者が地球へと食い込ませた大罪の幹を断ち切る権利を得た艦娘はそれと同時に近い未来に世界全体が否応無く迎える事になる避けられない運命を知ってしまった。
やろうと思えば今すぐにでも悪行の連鎖と共に艦娘と深海棲艦の戦争は終わらせる事ができる。
大和の決断一つで艦娘は命を懸けて戦い祖国を守らなければならないと言う責務から解放され自由の身となり、深海棲艦は破壊を齎すだけの存在から無数の可能性を持った新世界の住人となって生きていけるだろう。
ただし、そうなれば現れるのは良い面ばかりではない。
水晶の大樹はただ触れているだけで大和の頭に過った疑問にすら理路整然とした答えを返し、中枢機構の中に流れる巨大な命の流れが断ち切られ制御を失った無色の力が世界に溢れて混沌に時代へ全ての生命が突き落とされていく様をありありと幻視させた。
そんな世界の命運を左右してしまう大事をただ心から
「いつかは終わらせなければならない間違い、でもそれを決める大和は・・・私じゃない」
世界樹に住む妖精からの問いかけにそう答えるしか出来なかった大和はあの奇妙な夢の中からたった一つだけ連れ帰った小さな魂が自分の胸の中に居る事を確かめ、紅白の制服の開いた肩口に見える肌の上に掛かった焦げ茶色のロングポニーを揺らす。
「ただ悪辣なだけの相手だったらこんなに心が苦しいと感じる事なんてなかったのに・・・」
この足の下に今も存在している幻想の大樹は一人の科学者が人類の積み重ねてきた
だから、彼が犯した罪を赦せるか赦せないかは個人の主観でしかなく、大和自身はまだそれに対する答えを決める事が出来ていない。
そうして先の激戦で傷付いた多くの仲間達の治療を行っている青白く光るガラス管を実らせたクレイドルを見上げていた大和はふと目覚めに向かう別れ際に
その艦娘はその問いかけに「私の司令官がそれを望むなら」と言う呆れる程にシンプルな答えを返したらしいが、今も明確な答えを出せない大和ですらこの問は他人に委ねて良い問題ではないだろう事ぐらいは分かる。
そして、胸に宿る激情に任せるのは論外だが、かと言って誰かの意見や見解に頼るわけには行かず、されど一人で決めるにはあまりにも大き過ぎる命題を前に立ち尽くしていた戦艦娘は不意に背後から近づいてくる足音とどこか陽気な鼻歌に気付く。
「あっ、大和さんっぽい! どうしたの? どこか怪我したっぽい?」
淡い金髪の上で細紐の蝶結びが揺れながら碧く澄んだ瞳がパチクリと瞬きし、白露型駆逐艦の四番艦を原型に持つ艦娘が黒地のセーラー服を揺らしながらパタパタと大和の元へと駆け寄ってきた。
「そう言うわけじゃないんだけど・・・えっと、あなたは?」
「っぽい? 私は白露型の夕立だよ、今日は私非番だからお手伝い出来る事あるなら何でもやるよ♪」
人懐っこい笑みを浮かべてじゃれる様に話しかけてくる夕立の姿に気後れして言葉に困った大和は改めて目の前でポンポンと弾む様にリズムを取っている妙にテンションの高い駆逐艦を見下ろし、少女が胸の前に抱えている紙袋から少し香ばしい匂いが漂っている事に気付く。
「それは?」
「これ? これはねぇ~、焼きまんじゅう♪ ほらっ!」
戸惑いつつも大和がその紙袋を指差せばさらに嬉しそうに笑顔を浮かべた夕立はガサゴソと袋の中に手を入れて、手の平に乗せて差し出してきたそれを見た戦艦娘は頭の上に疑問符を浮かべ首を傾げる。
ビニール袋に小分けされたそれの見た目は飴色の楕円形が二つ串で貫かれており、そして、平たい上下に焦げ目まで付いた様子とほんのり漂う砂糖醤油の香りは饅頭と言うより妙に大きいみたらし団子と言うべきではないかと考えながら大和は目を瞬かせた。
「はいっ♪ 大和さんにも一つあげる♪」
「えっ? えっ!? 何、どうしたの?」
「お腹空いてると元気でないからそういう時は美味しいモノ食べると良いっぽい♪」
手元に押し付けられる様に渡された奇妙な串団子に戸惑う大和は夕立と自分の手の上のそれの間で視線を行き来させ、輝くような笑顔を浮かべて紙袋の中から別の串団子を取り出し慣れた手つきでビニール袋を剥いだ駆逐艦は大きく口を開けて醤油ダレが満遍なく塗られた団子へとかぶりついて見せる。
「んふっ、おいひっ♪ んむんむ♪」
「っぷ・・・ふふっ、ありがとう頂くわ」
ほっぺを膨らませて柔らかい団子を食べる駆逐艦の可愛らしい姿につい吹き出す様に笑いを漏らした大和の姿に彼女を見上げていた夕立が再びニパッと笑顔を見せ、元気が無さそうだったけどもう大丈夫そうで良かった、と口にする。
そんなふうに励ましてくれる夕立の笑顔に大和は戦艦である自分が駆逐艦である彼女に答えの出ない問題に悩んでいた顔を見られただけでなく心配までかけてしまったのだと気付いた。
「夕立はこれからクレイドルの下でお昼寝するっぽい! 大和さんも来る?」
みたらし団子の様な何かと元気を分けてくれた夕立は続けて巨大な艦娘用治療装置の登り階段の裏にあると言う夏涼しく冬温かいと言う不思議で心地良い場所の事を大和に教えて他にも数名の艦娘が暇な時のたまり場に使っていると言う秘密基地へと無邪気に誘う。
夕立の申し出にありがたいけれど自分は用事があるから遠慮すると大和は目の前で元気よく跳ねる柔らかな黄金色の髪を撫で微笑みを返しながら彼女から貰った串団子の礼をして中央棟から出る事にした。
・・・
「あれ? 大和さん、外に出て大丈夫なんですか?」
手を振る夕立と別れて鎮守府の中央棟から雲が行く午後の空の下に出てきた大和へと話しかけてきたのは陽炎型駆逐艦のネームシップであり、大和にとっては巨大な深海棲艦の腹の中に造られた異空間で出会った木村艦隊のメンバーの一人だった。
「ええ、先生からは少し身体を動かした方が良いって言われてるから、ところで陽炎はこんな所でどうしたの?」
大和にとっては霊核となった状態で敵に囚われていた仲間達と共に限定海域からの脱出する切っ掛けを与えてくれた事には感謝しているがその際に自分の心の弱い部分を散々に痛めつけてくれた目の前の少女に対して思うところ無かったと言えばウソである。
とは言え思い返せば過酷な状況に諦めず立ち向かっていた木村と陽炎に向かって冷静さを欠いて八つ当たりした自分にも問題はあったのだと納得せざるを得ない部分もあり、鎮守府に帰り着いてからのリハビリや現代学習を積極的に手伝ってくれる陽炎の行動に素直に感謝できるぐらいには大和も落ち着きを取り戻していた。
「大和さんは私んとこの司令見ませんでした? 病院棟で検査受けてるって聞いたのにどこにもいないんです」
「・・・彼を? さぁ、私は会ってないわね」
ただ良い意味でも悪い意味でも気安い性格だと皆が言う陽炎が自分に対してだけはあの山頂で名乗ってから妙に丁寧な言葉遣いをする様になった事に関して大和はもう気にしていないからと陽炎に言えるのはまだ少し先になるだろうと内心で肩を竦める。
「もぉ、外の病院からやっと帰ってきたって聞いたのに、司令ったらどこほっつき歩いてんのかしら」
大和と武蔵達が囚われていた山頂に負傷した陽炎を背負って現われた青年、木村隆特務三等海佐は大和が聞いていた話では防衛作戦終了後に深海棲艦の体内に閉じ込められた影響を検査する為、港に辿り着いてすぐに都内の大病院へと連れていかれたらしい。
その検査がずるずると長引いていると彼の艦隊に所属している古鷹達が不満げに呟いている姿を何度か見た大和は陽炎の言う木村の帰還の知らせに悪い事にはならなかった様だとホッと一息を吐いていた。
「彼に何か用事があるの? 急ぎかしら」
「あ、大した事じゃないんですけど、ちょっと返しそびれてた物と聞きたい事があって」
自分と仲間達を助けられたと言う大きな借りがあるとは言え一緒に居たのは限定海域からの脱出と本土へ帰り着くまでの数時間程度であり、そう言う意味では碌に知らない相手であるのに自分が彼の無事に安堵している事に気付いた大和は身の内で
「返す物?」
「えっと、これです」
そう小首を傾げた大和の前で陽炎はブレザーベストのポケットから小さな御守り袋を取り出し、駆逐艦娘の白い手袋の上で色褪せ縫い直した跡が幾つか見える古びた縁起物がゆらりと飾り紐を揺らす。
「なんか司令のひいお祖父さんの持ってた物らしくて、その人、軍人としてあの大戦に参加して戦後にちゃんと日本に帰ってこれたからこの御守りも縁起が良いモノだとかで・・・」
しかし、陽炎が木村に背負われていた時に聞くことが出来た
「調べようと思えば出来るっぽいんですけど司令はひいお祖父さんの事調べる気はないって、まっ、それはともかくせめて何処の神社の御守りか分かれば私も一つ貰えないかな~って」
司令の言ってた通り御利益ありましたし、と悪戯っぽく笑った陽炎の目が次の瞬間には呆気に取られた様に瞬きする。
「・・・大和さん?」
その瞳が見上げた戦艦娘は陽炎の手の上に乗せられた長い時を越えてきた御守りを前に目を見開いて硬直していた。
「嗚呼・・・」
その若い士官は部下の前で虚勢を張っていたけれど一人になれば船室の片隅で女々しく啜り泣きをしていた。
どんなに頑張っても米国には勝てず自分は故郷に帰る事も出来ずに海の藻屑となってしまうのだろうと悲観し、しかし、そんな臆病者であったからこそ身命を火の玉に見事玉砕して見せようと狂奔する周りの空気に毒される事無く正気でいてくれた。
故郷で待つ家族の姿と出兵前に結婚の約束を交わした女性から渡された手製の御守りを頼りに彼は大和と共に生きていた。
「そうだったの・・・」
炎がボイラーを破裂させ甲板が火の海となって深く深く底の見えない海へと沈んでいく事を止めることが出来なくなったあの日、米軍との一方的な負け戦で僅かに生き残った船員達を必死に救命艇へと引っ張り上げていた彼が泣きながら謝罪の言葉と
そう忘れられるはずがない、
「えっ!? ちょ、大和さんどうしたんです!?」
遅まきながらも木村に対して感じていた奇妙な懐かしさの正体に気付いた大和は小さく笑みを浮かべ、不意にその視界が海面の様に揺らいだ。
・・・
突然、涙を零し始めた大和の様子に慌て戸惑う陽炎に戦艦娘は目元を赤くしながら何でもないの一言で押し通して自分を心配する駆逐艦娘に謝りながら別れを告げて足早にその場を離れた。
“オイシッ,ナニコレ,オイシイ♪”
そうして袖で涙を拭きながら逃げる様にやって来たのは鎮守府の港の一角、もうすぐ夏がやってくる気配を感じる空と海の青さが視界一杯に広がる景色を前に大和はクレイドルの前で夕立から貰った串団子を頬張る。
耳に優しい穏やかな潮騒と遠く吹き抜けていく風に大和は本当にこの海で自分達と深海棲艦との戦争が行われているのだろうか、と疑ってしまいそうになる。
(ええ、甘くて・・・とてもおいしいわね)
“アマイ? アマイ♪ オイシイ♪”
無邪気な子供の様な声に耳を傾け微笑み人ならざる魂を胸に宿し大和はただただゆっくりと過ぎていく平和な時間の中で佇む。
「こんな所にいたのか、探したぞ」
「・・・武蔵」
どの程度の時間がたったのか、まだ太陽が空の上に居るのだから半日と言うわけでは無いだろう、と当たりを付けながら大和は後ろから掛けられた声に振り返り。
そこに居たのは獅子の様に荒々しく広がる鈍い金髪と些か露出が大胆な褐色の身体の持ち主、大和にとっては再会を望んでいた大和型戦艦の姉妹である武蔵が首元に菊花紋をきらめかせ肩に引っ掛けた上着を潮風に揺らしながら立っていた。
「ちゃんと制服は着た方が良いわ、油断していたら何されるか分からないんだから」
「なに、今日は暑いからなこれぐらいが丁度良い、それに私に手を出す程の気概があるヤツがいるならちょいと稽古を付けてやるだけさ」
自分と同じ白と赤を基調としたセーラー服型の制服を支給されていると言うのにまともに着ないどころかサラシを下着代わりに大胆過ぎる恰好をしている姉妹艦の悪びれない態度に大和はふと先代の武蔵の時にも一度同じ様な指摘をして同じ答えが返ってきた事を思い出す。
数年ぶりに鎮守府に帰還した大和が鎮守府内の病院施設で入院している間に木村艦隊によって持ち帰られた霊核達の蘇生が行われ、その中の一人である武蔵もまた新しい身体と共に復活を果たした。
しかし、心から願っていた筈の武蔵の復活を聞いた大和は妹が自分の事を覚えてくれているかを聞くのが怖くて自分から会いに行けず。
そうして二の足を踏んでいた大和と武蔵の再会は数日前に武蔵自身が病室へと見舞いにやって来た事によってであり。
かつて船だった頃とは違う事ばかりだと笑う姉妹艦が話す新しくなった鎮守府の話に大和は相槌を打つだけで背一杯だった。
「ねぇ、武蔵は・・・覚えてる? 深海棲艦に沈められた事、その前の自分の事・・・」
「・・・正直に言えば殆ど分からん」
だからこそ、今日その問いを口に出来たのは陽炎が手にしていた御守りに懐かしい思い出を呼び起こされ少しの勇気が湧いたからなのかもしれない。
「おいおい、辛気臭い顔をするな、大和型の名が泣くぞ?」
「私の名前なんか・・・誇れるモノじゃないわよ」
「私はそうは思わんさ、辛くても重くても、押し付けられた期待を大和は投げ出さずに立っていた、そして、立っている」
今は少しグラついている様だがなに心配はないさ、そう付け加えながら大和の横に立ち海を臨んだ武蔵は胸を張って腰に手を当てる。
「私にとってお前の姉妹で在れる事は誇りだ、それだけは何度沈んで生まれ変わっても変わらん」
「っ!? ・・・ぅ、ぅ・・・」
勝気に顎を上げ勇ましく笑う武蔵の表情と言葉に言葉を失った大和の脳裏に思い出が蘇り、目頭が熱くなるのを止められずに戦艦娘は首にかけた菊花紋に顔を伏せて嗚咽を漏らし。
そんなふうに声を詰まらせ涙を地面に落とす姉の様子に苦笑した妹は無遠慮な手つきで栗色の艶髪をかき乱す様に撫で回した。
「ちょっ、・・・ちょっと武蔵! 私の方が姉なのよっ、止めてってば!」
「あっはっはっはっ! ならもっとそれらしく胸を張って見せてくれ、さて、もう飯の時間だ、今日は一緒に食うぞ、病室で一人は気が滅入るだけだ」
前髪をぐちゃぐちゃに乱され先程とは違う赤色で顔を染めた大和は自分の頭を撫でる武蔵の腕を押し退けて肩を怒らせ、そんな姉妹の怒る姿に全く悪びれずに背を向けて肩で風を切りながら褐色肌の戦艦は彼女を先導する様に歩き出す。
「ああ、そう言えばだがな・・・大和」
「もぅ、今度は何?」
「この前カロリーメイドとか言うのを食って分かったんだが・・・それと比べると研究室が作っていた乾パンモドキ、あれかなりマズイ食い物だったんだな」
食いごたえだけはあったが、と呟いて現代の食に触れてまだ一週間程の新人艦娘は肩越しに大和へと振り返り悪戯っぽく笑い。
「案外、
「・・・えっ? えっ!?」
武蔵に乱された髪を手櫛で整えていた鎮守府の最初期に生み出された艦娘は知らない筈の記憶を口にした姉妹艦娘の言葉に目を剥いて絶句する。
「なによ・・・なによっ! 覚えてるならそう言ってくれても良いじゃないっ!」
「殆どと言ったろう、つまり少しは残っているって事じゃないか」
気付かない方が悪いと笑う声、そして、直後に今度は武蔵がただでさえライオンの様なクセ毛でうねるその髪を後ろから飛び付いてきた大和に揉みくちゃにされる事になった。
“ゴハン? ゴハン♪”
XX年後の大和さん達
元大和(n番目)「と言うわけでこれが一代目大和から続いている私達の御役目よ」
大和(n+1番目)「はっ、はぁ・・・」
元大和「ああ、それとその子、頻繁に甘いモノねだってくるけど食べ過ぎに注意しなさい」
大和「えっ?」
元大和「私の前の大和は現役時代の食生活をそのまま続けたせいで・・・」
(差し出される全体的にモチッとした女性の写真)
大和「ひっ!?・・・ひ、ひぇぇ」
“ヨロシクナ!”
そして、答えはまだ先送り