ニンジャガール・オン・エッジ   作:オハジキ

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第二話 少女と電車

 

 額に脂汗が浮かぶ。乗ってる電車が駅と駅のあいだで止まって数分が過ぎた。都会の電車はちょっと何かあると止まるから困る。朝の車内はぎゅうぎゅう詰めではないが立ってる人もたくさんいる状態だ。わたしは足を踏ん張り、腹に力を入れ、吊り革を強く掴み、じっと立っている。ダメだ、苦しい……

 わたしはいま猛烈にトイレに行きたい。しかも大きいほう。

 

 今日は入学試験を受けに行くため急いでいた。トイレに入るのも忘れるほどに。その報いをいま受けている。自業自得だ。まだ時間は充分あるからどこかの駅でトイレに入ればいいのだが、電車が駅のあいだで止まっていてはどうすることもできない。かわいい女学生(自称)のひとりとして、人生が終わるような最悪の事態はどうしても避けたい。

 かくなる上は――忍者のおっさんを呼ぼう。

 子供のころ出会った忍者との約束で、いつでも助けに来てもらえることになっている(前話参照)。いつだったか初めて呼び出したときは不思議な術で便秘を治してもらった。最後はちょっと不幸な別れ方をしたが、この状況もきっとなんとかしてくれるに違いない。わたしは楽天家なのだ。

 

 忍者を呼び出すための儀式を始める。制服のポケットから生徒手帳を取り出し、自由欄である白紙のページに以前聞いた彼の名前を書く。その周りに星の形を描き、ちぎり取って小さく畳む。周りに気付かれぬよう床に落とし、目を閉じて小さな声で呪文を唱える。

 唱え終えるとすぐ後ろに人の気配を感じた。混んでいるとはいえ、そこまで近くに人は立ってなかったはず。わたしは希望を持って振り向いた。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャーン、でござる」

 

 スーツ姿の男が立っていた。前回の忍者装束とは違うが紛れもなく待ち望んだ人だった。

 

 

「いまにも漏れそう、でござるか?」

 

 わたしはうんうんと頷いた。ガマンの限界でこの瞬間も汗がダラダラ流れている。周りの人間は忍者のおっさんが突然現れたことに全く気付いていない。さすが忍者、わたし以外には気配を殺している。

 

「たしかこの前は便秘でござったか……なんとも便に縁のあることでござるなあ。そういえば前回は便の山の中に呼び出されたり、なんてこともあったでござったなあ。いやあ、あれはたいへんでござったよ、体からニオイが取れなくて」

 

 彼はのんびりした口調で長々と答える。おいおい時間稼ぎか、わざとか。このおっさん、根に持ってやがる……いや、大便まみれにされたらわたしだって根に持つけど。

 

「その節は大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。お許しいただけるならなにとぞ今回もお助けくだされば」

 

 お腹に気を付けながらゆっくりと頭を下げる。マジもマジ、人生で最も本気の謝罪である。必要なら靴だって舐めちゃう。そのくらい追いつめられていた。

 

「いや失礼したでござる。拙者の正体をばらさない約束を守ってくださるからには、いつだって助けるのが忍者のつとめ。では早速――」

 

 男がわたしのうしろから覆いかぶさるように体を寄せてきた。前に廻した手でお腹をまさぐる。もぞもぞとなんだかくすぐったい。お腹に力を入れ、お漏らししないよう細心の注意を払う。

 

「あっ……」

 

 それでも思わず声が漏れた。男の指は腹のいたるところを這いずりまわり、わたしの体はそれに反応する。くやしい……でも感じちゃう……

 

「そろそろ仕上げでござるよ!」

 

 男がわたしの下腹部を指で強く突く。

 

「んんんんーっ!」

 

 その刺激にわたしはくぐもった声を漏らした。周りに聞こえなかっただろうか。恥ずかしい。

 男の動きが止まると同時にわたしはすっきりしていた。もうお腹に何も感じない。グッバイ便意! 晴れ晴れとした気分でわたしは彼を見つめる。そんな彼の手を近くにいた別の男性が掴んでいた。

 

「痴漢です!」

 

 声が車内に響く。応えるように周りの人々から声が上がる。

 

「大丈夫ですか!」

「私も見ました! 痴漢です!」

「この男がこの子の体をまさぐって」

 

 忍者のおっさんは周りの人々に取り押さえられた。気配、殺せてないじゃん!

 

 

 それからはとんとん拍子に話が進んだ。ようやく動き出した電車はまた次の駅で長く止まることになる。忍者のおっさんは駅員たちに引き渡された。

 

「この男があなたに痴漢した。それで間違いないですね?」

 

 ひとりの駅員がわたしに問いかける。周りには忍者のおっさんを取り押さえてくれた人たちが、じっと見守っている。

 いまわたしは期待されている。罪深き痴漢を裁く言葉を待ち望まれている。彼らは不正を許さぬ気高き心を持ち、困っている人を助ける勇気がある。なんと素晴らしい人たちだろうか。彼らの目は強く正義に燃えていた。その行いが称えられなければ、誰もあとに続こうとはしないだろう。

 

「はい」

 

 わたしも力強く答えた。忍者のおっさんの顔が歪む。「なんでー、でござる!」と言ってるように見えた。恨みがましい目がわたしを射抜く。

 あんたが忍者ならすぐ逃げられるだろ! そんなことを思いながらわたしも駅員に連れられていくことになった。事情を聴く駅員は親切で、あとでやってきた警察官もみな優しかった。

 

 電車内で漏らすという惨事は避けることができたが、忍者のおっさんが痴漢として捕まるという代償を払った。いや払ったのはおっさんでわたしは無傷だけれど。

 わたしの心と体は本当にすっきりしていた。これなら入学試験もばっちりだ!

 

 入学試験には落ちた。

 




痴漢冤罪は許しません。
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