ニンジャガール・オン・エッジ   作:オハジキ

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第三話 少女と入学式

 

「入学式に遅れるなんて我ながら最悪だな~。朝からしっかりトイレに籠ったのがいけなかったのかも」

 

 爽やかな朝。新たな生活への期待を胸にわたしは新しい学校へと急ぐ。

 自宅から電車で数十分のあと、駅から歩くとまた十数分の道のり。山の上のほうにある学校へわたしは駆ける。街並みがどんどん後ろへ過ぎ去っていく。制服がひらひらと揺れるが気にしない。

 志望する学校すべてに落ちたわたしに新しい学校を紹介してくれたのは、子供のころから奇妙な縁のある忍者のおっさんだった。前に会ったときには不幸にも痴漢に間違われて連れていかれることになった彼だが(前話参照)、そんなことも気にせずわたしが入学試験に失敗して落ち込んでいるときに手紙をくれた。心が広い。というか呼んでもいないのにわたしのことをチェックしてるのか、おっさん。あんたは神か。

 手紙によると学費は無料で入試も不要、おっさんの推薦で特待生扱いになる学校があるという。これぞまさしく渡りに船。持つべきものは大人のコネ。親も大喜びで認めてくれた。自力で入れない頭の悪い娘ですまない。

 

「おはようございます! 入学式の会場ってどこですか?」

 

 校門にいた教師らしき人物に尋ねる。その教師(正解!)によるとわたしが最後の生徒で、入学式はもう始まってるそうだ。

 

「君には新入生代表として挨拶してほしいから待っていたんだ。なかなか来なくて焦ったよ」

 

 入学式の会場である講堂へ向かいながら説明を受ける。なんでも推薦による特待生は珍しいらしく学校も期待しているとのこと。

 

「いや~、わたしなんて普通ですよ普通」

 

 他の学校すべて落ちるような人間だし、実際には普通以下だ。自嘲するしかなかった。

 

 

 入学式が行われている会場へ入った途端、わたしに残っていた希望が打ち砕かれた。

 ちょうど壇上で挨拶していた年寄りのおっさんはまだいい。スーツ姿の普通のおっさんだ。問題は会場にずらっと並んだわたしと同じ年頃の少年少女たちだ。

 そう、彼らの服装はどう見ても忍者装束。刀を差してるやつまでいる。これって普通の学校じゃないだろ!

 忍者のおっさんが紹介してくれる学校がまともなはずはなかった。

 扉が大きな音を立て、会場の目がこちらに集まる。遅刻した身としては気恥ずかしいが負けずにきりっと立ち向かう。壇上の年寄りもわたしに気付いたようだ。

 

「おお、待っていました。新入生のみなさんに紹介しましょう。信頼のおける方からの推薦で本校初の特待生となった彼女こそ、今年の新入生代表です。そのような優秀な人材を迎え入れることができて校長の私としても嬉しく思います」

 

 その言葉に会場がどよめく。前方にいる教師、入学式の主役の新入生、後ろに並んだ父兄。いい大人たちも含め、みんな驚いている。そんなすごいことなのか? ただ推薦を受けただけという自分の実力とは関係ないところで評価され、なんともむず痒い居心地の悪さを感じていた。

 

「それでは新入生代表として一言お願いします」

 

 校長に促されたわたしは壇の上に登る。会場の人々の視線が痛い。なにか喋ってくれとのことだが、なにも思いつかない。思いつくはずもない。騙されたような形でこの学校に来たのだから、思い入れもない。新たな学校への期待に胸を膨らませていたわたしの希望を返してほしかった。

 

 

「ちょっと待ったぁ! あんたみたいな小娘が代表だなんて気に食わねぇ!」

 

 なにを喋ろうか悩んでいると、ひときわ大きな体の男が声を上げた。忍者装束を着ているこのデカブツも新入生か。一流のプロレスラーか力士かといった肉体を見て、とても同じ生徒とは思えなかった。すごいな忍者。こういうやつのほうが代表としていいんじゃないか?

 

「こんなひょろひょろの小娘が代表だぁ、推薦だぁなんて認めねぇ。この学校で天下を取るのはこの俺だ!」

 

 見事な体格の男はそれに見合った自尊心を持っているようだった。どうぞ自由に天下をお取りになってくださいと思ったが、面と向かってケンカを売られたのはムカついた。そして何より面倒くさいと思ったのが、口だけでとっとと向かってこなかったことだ。女ながらに子供のころから何度かケンカはしたが、口だけのヤツはダメだ。

 

「なあ、てめえはその小娘相手にぴーちく囀ることしかできない腰抜けなのか。それで天下を取るだなんて恥ずかしくないのか、このデカブツが」

 

 わたしの言葉に男の顔が怒りで真っ赤に染まる。売り言葉に買い言葉。一度出したら引っ込めることはできない。ただぶつかりあうだけ。

 

「この蜂須賀洋一郎(はちすか よういちろう)、あんたにタイマンを申し込む! キエエエェェェッ!」

 

 そうそう、それでいいんだよ。とっとと来い!

 

 

 奇声とともに男が跳び上がる。彼の立っていた場所から壇上のわたしまで距離・高さともに数メートル以上。常人ならひと飛びで来られるはずがない。だが彼はその巨体にも関わらず軽々と跳躍する。その姿は高く美しかった。

 ひょっとしてみんな忍者のコスプレをしてるだけなのでは? といままで半信半疑だったが、ここは本当に忍者の学校なのかもしれない。常人離れした動きだった。

 感心していても仕方ないので自分が打つべき次の一手を考える。

 避けるか? ――避けても何の問題の解決にもならない。相手はまた向かってくるだろう。

 迎え討つ? ――いったいどうやって?

 ただのケンカだったら殴り合うんだけど、忍者の学校だとしたら何か忍者の技で応えるのがいいのかな。わたしが知ってる忍者の技といえば……

 

 跳び上がった男の体は放物線を描き、わたしの眼前まで迫っていた。彼が足を蹴り出すのを見て覚悟を決める。

 わたしはすっと片手を出し一本の指を伸ばす。男の蹴りが届く前にその腹の数ヵ所をリズミカルに指で突く。突く。突く!

 力を入れていないのに指だけじゃなくわたしの手首まで、抵抗もなく男の腹の肉に埋まる。鍛え抜かれた筋肉かと思ったら意外と柔らかい。忍者のおっさんの真似をしてみたけど思ったより簡単じゃないか!

 感動しているうちに突き終わった。そのままだと相手に押しつぶされるので脇に避ける。

 着地した男はこちらに振り返り……いや、振り返りはしなかった。腹を押さえ、震えながらうずくまっている。

 

「何をしやがった……」

 

 絞り出すような男の声が途切れ途切れに聞こえてくる。

 

「何って、忍者のおっさんの真似?」

「誰だよ、その忍者は……」

 

 中空を見つめ考えをめぐらす。呼び出す儀式で使うから忍者のおっさんの名前は知ってるけど、あれは特別な名前だから他人には漏らすなって言われたんだよな~。

 悩んでいると講堂の壁に掛けられた肖像画や顔写真の数々が目に留まった。歴代のお偉いさんや校長とかだろうか。

 

「あー、いたいた」

 

 ひときわ豪華な額に入った肖像画を指さしながら名前を読み上げる。わたしの知ってる名前ではなかったが、顔は間違いなくあの忍者のおっさんだった。

 

「バカにするのはやめろ! そんな伝説上の忍者が今いるわけねぇし、その技を真似するなんて誰にもできるわけねぇだろ」

「でもそこに肖像画あるじゃん」

「あのお方はなぁ、忍者にとって神話的存在、すべての忍者が憧れる忍者の中の忍者だよ。あんたも忍者ならおとぎ話で聞いたことくらいあるだろ、この世界が生まれたときの神話」

 

 えっ、なにそれ怖い。忍者がどうやってこの世界の誕生に関わってくるの!? ツッコミを入れようかと思ったが、どうやらマジで信じてるっぽいからやめておいた。他人の信仰をバカにすることはできない。わたしの知ってる忍者のおっさんがあの肖像画そっくりなのは事実だけれど、他人の空似なのかもしれない。

 

「はいはい、じゃあなんでもいいや。まあ、ちょっとした技を使ったから」

「くそっ、余裕見せやがって。ひょろひょろの小娘かと思ったら案外やるじゃねぇか。言うだけはあるな。俺の蹴りを避けて、まるで見えねぇが何かしやがった」

 

 どうやら少しは認めてくれたようだ。でもわたしがしたことが見えないだなんて目は悪いのか。

 

「だが負けてられねぇ、次は当てる!」

「いまのが技で、本当にうまく決まったのならもう無理じゃないかな~」

「なんだと……うぐっ!」

 

 大きな男は体を縮め、苦しそうな顔で腹を押さえている。もう喋る余裕もなくなったようだ。

 分かる、分かるよ~。わたしはこれから起こることを想像して苦笑いを浮かべた。

 

 

 講堂の中は静まり返っていた。大きな男が壇上でうずくまり、声を出して泣いていた。忍者装束の下半身がこんもりと膨らみ、ところどころ茶色いものが溢れている。

 大便である。

 鼻をつく臭気が講堂中に広がる。誰も動こうとはしない。窓を開けて換気ぐらいしてくれるといいんだけど……わたしはぼんやり考えていた。

 

 男の腹のツボを突き便意を刺激した。やったのは自分だけど結果を見ると悲しくなった。

 こいつはこの学校でずっとウンコ野郎とか呼ばれるんだろうな……

 考えると気分が悪くなってきた。なんでわたしがこんな気持ちにならなきゃいけないんだ。でも仕方ない、自分のケツは自分で拭くことにしよう。

 

「新入生よ、聞け!」

 

 わたしは拳を突き上げ叫んだ。

 

「こいつはわたしに負けた! だからわたしの舎弟だ! こいつに蜂須賀なんとかなんて長ったらしい名前はもったいない。今よりこいつの名前は太郎だ、ただの太郎だ!」

 

 喉が裂けんばかりに続ける。

 

「これからこいつをバカにしたらわたしにケンカを売ったと受け取る! 文句があるやつはいつでもかかってこい、受けて立つ! 分かったか!」

 

 講堂中のすべての人が何も言わず固唾を呑んでこちらを見ている。しばらくして生徒たちから割れんばかりの雄叫びが上がった。

 

「ウォォォォォォォッ!!!!」

 

 こいつらノリいいな。こんな調子でいいなら忍者の学校でも馴染めるかもしれない。

 




武闘派の女の子いいよね……
それはそれとして男が脱糞する話なんて書きたくはなかったです……
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