撃つ、楯を構え絶えず動き只管に撃つ。銀の福音を相手に、昭弘はただそれしか出来ない。
♪~~~
機械的だが優しさの籠もったミューズの様に美しい音色を奏で、暴虐的な光の塊を放ち続ける銀の福音。それらは昭弘とグシオンですら全てまで躱し切れず、既に無視出来ない量のSEが消失してしまった。
その絶大的火力と柔らかい音色とは裏腹に、白銀の身体は隼の様に疾い。M134Bから連続して飛び出す光線は悉く躱され、砲から放たれては突き進み爆発する俸禄玉も福音に擦る程度だ。
既にバウンドビーストを発動しているグシオンであっても、そんな弾幕すら超えた何かを纏いながら超速移動する相手に、近付ける筈がなかった。
それでも昭弘は、相手の詳細な戦闘力を冷静に分析する。
(翼の砲門は36、威力は高出力時のビームカノン並、飛来頻度はAA-12と同程度。翼角の光弾ガンは毎分1000発かそれ以上)
(マルチスラスターが生む機体速度は現時点でのグシオンと同等、つまり瞬時加速並。防御力は通常のISと遜色無し)
彼の目的は、あくまで福音を引きつける事。その間に皆が音檄を墜としていき、合流して数で押し切る。
だからこそ引きつけながらも、福音を丸裸にしておかねばならない。情報が多ければ多い程、合流した時有利になる。
そういう意味では、福音に近接戦を仕掛けられない現状が歯痒かった。
福音に近接武器は無いとの事だったが、やはり実際に試してみない事には納得も安心も出来ない。強敵とは、誰しも奥の手を持っているもの。
(どの道、単調に躱して撃ってばっかじゃ戦いにならん。福音がオレを脅威と見なさなくなれば、オレを放置して音檄の加勢に出るかもしれん。そろそろ積極的に攻めるか?)
だがこの距離ですら、昭弘にとっては躱せるかどうかの瀬戸際であった。
奥歯を噛み締め、身体中のスラスター出力・角度をミリ単位で調整し、視覚情報に合わせて噴射する。その目が捉える脅威の数は、ビット4機によるオールレンジ攻撃ですら生温い。グシオンがどれだけ無茶な機動を仕掛けようと、このまま前に出れば忽ち蜂の巣だ。
近付くにはリミッターの完全解除、即ち「マッドビースト」を発動するしかない。相手の動きが遅く映るこの単一仕様なら、光弾をどうにか躱して鉄槌を届ける事が出来る。
なのに昭弘が発動を躊躇しているのは、福音に抱く不穏が原因だった。
これまで、昭弘はMWであれMSであれISであれ様々な相手と戦ってきた。果てに芽生えた直感、相手が本気なのか全力なのか。昭弘は少し闘うだけでそれが解る様になっていた。
奥の手どころでは無いと、昭弘の直感が騒いでいた。福音は本気ではあれど、まだまだ全力ではないのだと。
もしその直感が正しければ、先に手の内を晒す事で後から不利になってしまう。
単一仕様能力を解放するなら、福音が全力を出す前に一気に倒し切らねばなるまい。この青白く光り輝く、軍団そのものの様なISをだ。
(…やるしか無い)
マッドビーストはあと2回。
それは、あくまで昭弘の大まかな感覚的目安に過ぎない。またあの状態になって、今まで通りの昭弘で居られる保証は無い。
だが元より選択するまでもない。自分を取るか、仲間を取るかだ。
意を決した昭弘は、千冬へ通信を開いた。
「AG(昭弘&グシオン)よりウィンター(千冬)へ。敵主力(銀の福音)の戦闘能力、予想の遥か上。マッドビースト発動の許可を求む」
制約の全てから完全解放されたグシオンの真なる姿。既に二度程試してはいるが、それでも暴走しない保証は当の昭弘ですら示せない。
だが四の五の言っていられない状況であると理解しているのか、千冬の返答は即だった。
《発動を許可する。遠慮は要らん、好きなだけ暴れろ》
「…了解」
「フゥー……」
光弾の集中砲火に晒されているグシオンの中で、昭弘は思った。ここが自分の墓場になるかもしれない、と。
もし生きて帰れたら。そんな事を考える前に、昭弘は既に「発動段階」へと入ってしまった。
今の自分は機械だ。グシオンと同じ、戦い破壊するだけの。生きる意味を見出せなければ、死ぬ事すら何とも思えない。
意識がISと同化してゆく、心と心が混ざり合う、肉体の必要性が薄れて行く。
───シンクロ率100%、単一仕様能力「マッドビースト」を発動します。
またしても昭弘は、「生きたい」と思う事が出来なかった。
一方、交戦状態が徐々に変化しつつある箒たちのグループ。対立構図は5対9という大きな混戦形態から、3対5・2対4の2つに別れつつあった。
3機の音檄を甲龍、ラファール、ジロ、サブロ、シロの5機で相手取る、3対5のグループ。
その中で疾風の如く飛ぶ橙色の機体、ラファール・リヴァイヴ・カスタムⅡ。第2世代機でありながら第3世代機に劣らない性能を有するこの機体は、正しく量産機の集大成とも言える素晴らしいISだ。
だがシャルロット・デュノアは今、その乗り手とは思えない程無様に震えていた。
(もう……駄目だ…無理だ…)
削れてしまいそうな程、小刻みにぶつかり合う上下の歯。見開いた目は乾ききり、目元には薄い精気が青々と浮き出ていた。
(撃ったら…撃ち返される…!)
尚もデザート・フォックスを構えながら飛べているだけでも、シャルロットにとっては奇跡的だった。
既に鈴音は戦意喪失気味で逃げ惑う事しか出来ず、白式も機動が怪しくなっており、紅椿も変わらず劣勢。まともに戦えている無人ISたちも、音檄との性能差故か徐々に追い込まれている。
セシリア、ラウラ共に、未だ敵機撃墜の情報は入って来ない。
まだ戦局が決まった訳ではない。だがつい今しがた恐怖に打ち負けたシャルロットにとっては、もう決まったも同然だった。
強大な絶望を溜め込んだ超武力が8機、その更に上を往く武帝が1機。うち、シャルロットたちが相手取る超武力3機も、絶えず変わらず絶大なエネルギーを放ってくるのだ。
心なんてとうに折れている、後の更に大きな恐怖をも考慮出来ない程に。
(元々…軍用IS相手なんて無茶だったんだ…ッ)
眼前の現実から目を反らし、過去のいざこざに恨み辛みをぶつけるシャルロット。こんな事なら千冬からの申し出を即辞退しておけば良かったと、彼女は自身の選択を人生で一番後悔していた。
過去はどんどん遡り、遂には「彼女自身」へと行き着く。
(何でだ…。何で僕は、私は…こんな所に…)
彼女はこんな、命のやり取りをする為にISに関わったのではない。
ISに乗るとはどういう事なのか、当然ながら理解はしていた。だが、覚悟はまるで足りなかった。将来だの価値だのそんな自分の事ばかり考えていたシャルロットにとって、IS乗りは小さな選択肢の一つでしかなかったのだから。
ましてやその自分の命が危険に晒されるなんて、微塵も想定していなかった。
彼女の心境なんて知った事かと、光弾の雨は容赦なくラファールにも降り注ぐ。
メンタルを恐怖の型に食い破られたシャルロットは、既に銃なんて仕舞い代わりに盾に隠れていた。追加の防御パッケージである「ガーデン・カーテン」に。
そんな一発一発が致命傷レベルな暴風雨の中、シャルロットは正しく生死の境に居た。
───死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない死にたくないシニタクナイシニタクナイ
死ねば全てが無に帰す。これまで積み重ねてきたものも、出会いも、道も、己の価値すらも。
シャルロットはもう何でも良かった、その結末を避けられるのなら。
───シャル
それは、シャルロットが生まれて初めて聞いた人間の声。精神を隅から隅まで溶き解してくれる程優しく、強く抱けば崩れてしまいそうな程儚い、あの人の声。
(母さん)
まるで実体の様にはっきりとした走馬灯の中、シャルロットは亡き母を見上げていた。あの日の温もりと匂いまで残る母の膝上に、後頭部を乗せながら。
───もう休んでいいのよ?
何も変わらない、その子守唄の様な声を聴いて、シャルロットの芯はどんどん暖まっていく。
───死んだら元も子も無い。アナタの未来はそこで途絶える
───アナタは何も間違ってないわ。私がアナタの全てを肯定する
言いながら、娘のフワリと弾む様な髪を撫でる母。
シャルロットは歓喜に打ち震えた。
そうだ、自分は間違っていない、未来そのものである自分の命を一番に考える事は正しいのだと。自分の命が一番大事なら、逃げて何が悪いのだと。こればかりは流石に逃げても良いし、逃げるべきだろうと。
(他の皆?罪悪感?大丈夫だ、きっと皆も同じ筈だ。僕が逃げれば皆も釣られて戦意を失って逃げる、どうせこのまま戦い続けても負けるんだ。後は織斑先生が何とかしてくれる)
(僕はもう十分頑張った!後は生きるだけ、それが正しい事なんだ!だって……)
(母さんも許してくれるんだから!!)
シャルロットは、既に防御体勢すら解除していた。代わりに行う瞬時加速の準備、身体を向けるは作戦本部の置かれた旅館。
その時の顔は、母親の腕の中に居る安らかな笑顔だった。
《無様ナ》
「!!!」
冷たい機械音声によって温もりが消え去ったシャルロットは、再び蒼白となって盾を構える。
声の主は、今も左右の焔備と重機関銃を己が生命の様に光らせては、甲龍の援護及びゴーレム2機のサポートを行うジロであった。その姿は抑え目に言っても万全ではなく、鋼鉄の身体を繋ぐ至る所からひびの様な電流が蠢いていた。
凍てつく混乱から現実へと引き戻された彼女は、その愛らしい顔を歪めた。目は恐怖で垂れ下がり、上下の歯を全面見せる程の食い縛りは憤りを表していた。
無人機風情に何が解る。こちとら命があるんだ、死にたくないんだ、怖いんだ、その情動に従って何が悪い。そんな訴えがよく見て取れた。
だが何より、「無様」が己の事だと捉える時点で、彼女は己が無様である事を他の誰よりも認めていた。
《現状ヲ御説明致シマス。昭弘殿ハ今、タッタ一人デ、銀の福音ト戦ッテオリマス》
そんな事は解っていると、シャルロットは声を大にして言いたかった。
「だからお前も戦え」「臆病者」「気合いを入れ直せ」、彼女はもう、そう言った精神論がうんざりだった。
大事なのは何としてでも生き延びる事であり、昭弘も含めて皆逃げてしまえばいいのだ。亡き母だけではない、きっとデリーだって生き延びた自身を肯定してくれる筈だと、シャルロットは絶対の自信を込めていた。
《オ言葉ナガラ今ノ貴女、死ヌ程格好悪イデスヨ》
変わらず抑揚の無い機械音声から放たれた一矢が、シャルロットの心のド真ん中を撃ち抜いた。
格好良い、格好悪い。それは端から見れば、彼女が先程から酷く惜しんでいた命と比べたら、余りに優先度の低い外殻であった。
その精神論にも満たない下らない言葉で、シャルロットの心はゼロへとリセットされる。
刹那の無心、最初に生まれたのは自身の事ではなく、昭弘の事。その時の心情は、無理に彼と張り合おうとする時のソレと似ていた。
彼女は想像する、絶対的な力を持つ怪物に臆する事無くぶつかり往く、グシオンを纏った昭弘を。大切な誰かの為に全ての力を解放し、大敵へと鉄塊を叩き込むその姿を。
命という己の未来を鑑みれば、そんな行動は酷く馬鹿馬鹿しいものだ。だがシャルロットは、そんな昭弘に神々しさすら感じていた。
比べて今の「正しい」シャルロットは、果たして格好良いと言えるだろうか。いや、ジロの言う通り、そんな事などある筈がないのだ。
格好悪いのだ。あるのはごく浅い合理性だけで、無様なのだ。自分の為に敵前逃亡しようとしている、この瞬間の彼女は。
そしてその「格好悪さ」だけは、決して味わってはならないものなのだ。シャルロットには、通さねばならない彼女なりの道理があるのだから。
後はごく簡単だ。沸き起こるのは昭弘への劣等感、焦燥感、そして命すら天秤に掛けたくなる程の悔しさ。
命か、道理か。
将来の為に恥を晒して生きるか、下らないプライドの為に死ぬか。
賢く最小限の被害で負けるか、僅かな可能性の為に馬鹿を貫き通すか。
答えなんて、出撃前から決まっていた。
───もっと怖いものが何なのか知ってるから
シャルロットは、鈴音に対してそう格好付けてしまった。その言葉により、鈴音も出撃の覚悟を固めてしまった。
ならシャルロットには、最後までその格好付けを貫き通す責任がある。弱り果てた鈴音の前で、それを実践する使命がある。
───……短い休息を、与えてくれてありがとう母さん。そして……本当にゴメン。貴女から貰ったこの命、「格好付け」の為だけに使わせて貰うよ
───
凜々しい自分を、自分ではなく他者の為に。そんな己の価値を、己自身で決める。
何も変わらず、死への恐怖はまるで薄れる事を知らない。どころか逃げないともなれば、涙すら瞼から溢れそうになる。
それよりも怖いモノの正体を今、シャルロットはしっかり掴み離さないでいた。
自分の格好良さを最大限生かせるこの時に、格好悪いのだけは。昭弘が格好良くて自分が格好悪いのだけは。
死んでも御免被るのだ。
───そっか…今になって気付いたよ昭弘。僕は……
昭弘に初めて心を開いた「あの時」から、シャルロットの目指すべき価値は半ば決まっていたのかもしれない。
鳥籠の中で惨めな日々を過ごしてきた彼女は、あの時初めて負の連鎖から解放されたのだ、恐れず自分の心に従う事で。彼女をそう導いた昭弘に対し、抱いたのは感謝と友情だけではない。
男装にハマる以前に、そんな強い感情が彼女の中にはあったのだ。
───ずっと君の様になりたかったんだ
ラウラに抱いていたものが羨望だとするなら、昭弘に抱いていたものは間違いようもなく憧れだったのだ。
「ジロォォォォォォッ!!!」
逃走の決意から僅か数秒後とは思えないシャルロットの怒号に対し、ジロはまるで待っていたかの様に返事をする。
《何デショウ》
「鈴ちゃんを助けるッ!力を貸してくれ!!」
ジロは了解の代わりも兼ねて、直ちにサブロとシロに指示を飛ばす。彼女の要求は、現状極めて妥当なものであるからだ。
《シロ、サブロ。2分デ構ワン、他ノ音檄2機ヲ抑エテオケ》
《ハァ!?フザケンナ!!今オ前ニ抜ケラレテ持ツ訳ナイダロッ!》
《セメテ1分ニシテヨ!》
《ナラ1分20秒デイイ、頼ム》
引く気のまるで無いジロに、サブロとシロは渋々了承する。
《……チャント叩キ起コシテコイヨ、ツインテノ嬢チャンヲ》
シロに言われるまでも無く、シャルロットの鼓舞から何まで目論見が全て上手く行ったジロは、酷使してきたスラスターに更なる負荷をかける。
鈴音の戦意を取り戻すには、シャルロットの力が必要なのだから。
戦意を失った鈴音は今、奇妙にもこの戦いで最も疾く飛べていた。何ら戦況に左右される事無く、判断が遅れる事すら無く。
ただただ逃げ続ける事だけに集中しているのだから。
だが音檄はジロの妨害すら眼中に入れず、追撃の手をまるで緩めない。甲龍からの反撃が来ない今、ISを1機墜とす好機と踏んでいるのだ。
「もう…止めて…」
怖さ故悲しさ故、戦いから逃れられない鈴音は別人の様にか細い声で訴える。心すら死にかけているのか、乾いた目からは涙すら出てこない。
鈴音の正常な思考は、それら負の感情に塗り潰されていた。
「どうして……どうしてアナタたちと戦わなきゃなんないの…?」
そんな言葉を投げ掛けた所で、迫り来る音檄が返答してくれる筈なんてない。彼等にあるのは与えられた敵と、それを効率的に破壊する術だけだ。
消耗品である彼等には、最低限の知能さえ備わっていれば良いのだから。
♪♪♪~~
ビィゥン!!ビビィィゥン!!
機械的且つ最適、そして機動力すら大いに勝る音檄からそういつまでも逃げられる筈もなく、マルチスラスターから放たれた光弾は正確に甲龍へ直撃。露出部への命中により絶対防御も発動、遂に甲龍のSEは20%を切った。
音檄との間合いはもう50mもなかった。彼等からすれば、外す方が難しい距離だ。
刹那、鈴音も既に悟っていた。あと一発、当たり所が悪ければそれで甲龍のSEは尽きる。この弾幕吹き荒れる状況下で、予備エネルギーによるシールドが持つとも思えない。
もう「死」は目前なのだ。
音檄の大翼が、それを届ける為に間髪入れず光る。
瞬間、死を受け入れている鈴音が抱いていたのは、不思議と「安心感」であった。
───………これでもう、殺さずに済むんだ
死ぬ為だけに作られた音檄。それを思うと、尚の事鈴音には彼等を殺める事が出来なかった。
ここで彼等を殺したら、彼等をその様に作った連中と同じだ。所詮は機械だ、AIだ、そう言って本質から目を背けるのと同じだ。
ジロたちとのこれまでの日々を、否定するのと同じだ。
それを避けられると知った鈴音は今、恐怖から解放されていた。
逃げて生き延びれば、罪悪感に食い潰される。だが死ねば…もう恐れる事は無くなる。嬉しい事も嫌な事も、全て味わわずに済む。
そして………「己の未来」も。
「……まぁ、丁度いいのかもね。やりたい事すら見つかっていない今なら」
小さくそう言い残した鈴音は、少し残念そうに笑った。
だが彼女は、嘘偽り無く選択したつもりだった。これが情けない自分に出来る、最善の決定なのだと。
───本当、ゴメンね。父さん、ジロ、みんな
鈴音には、誰かを殺してまで生き延びる事なんて、とても出来ないのだから。
最後に鈴音は、眩く温かい光を増大させて行く音檄の大翼を、恍惚とした表情で見詰めていた。
《駄目だァァァァァァァァァァッッ!!!!!》
絶叫。高く少し間の抜けた様な、怯えに僅かな勇ましさを含んだ様なその声を聞いて、鈴音の朧気な視界は再び輪郭を取り戻す。
「ッ…」
眼前に来る筈の衝撃は、重厚な盾と透明な盾に阻まれ儚く四散する。盾の持ち主である少女は直ちに高速切替を行い、音檄へ散弾と徹甲弾を撃ち放っては一旦追い払う。
その隙を突き、再びジロが音檄を追撃する。酷使と敵の攻撃で悲鳴を上げているスラスターに、躊躇無く青白い火を灯しながら。
世界が反転した様な突然に見舞われた鈴音は、思考が追いつかないのか感謝の言葉すら浮かばなかった。
ただ瞬間的に抱いた感想としては、普段は栗鼠みたいに小さいシャルロットの背中が妙に大きく見えた。
「デュノア…?」
余りに短い出来事を漸く理解した鈴音は、引き起こした張本人の名前を呼んだ。まるでこれが現実なのか、確認する様に、
シャルロットは音檄への注視を続けながら、鈴音へと声を震わせた。
《もう大丈夫だよ鈴ちゃん。僕も一緒に戦う、僕が側に付いている。だから───》
そうしてシャルロットは鈴音に顔を向ける。
《怖いものから逃げちゃ駄目だよ》
その顔は笑いながらも、泣いていた。
決して作り笑顔ではない。何の後悔も思い残しも無い自然に生まれた笑顔、そして「死」という大鎌に首筋を押さえられてるが故の涙だった。
鈴音を一人怖がらせはしない、自分も共に恐怖へと突っ込もう。シャルロットの表情を変換するなら、そんな言葉が最も近かった。
そうして信じられない事に、彼女はラファールのスラスターを点火させるとジロの援護をすべく再び音檄へ向かって行った。あのひ弱な、この戦場でも終始ビビリ通しだったシャルロットがだ。
《ウォオォオォォォォォオォオォォォ!!僕も狙えェ!この鬼畜イルミネーション野郎!!》
連装ショットガンを中心に、ジロと共に弾幕を張るラファール。
鈴音には解らなかった。何故恐怖に立ち向かってまで、自分を助けるのか。
鈴音は何も出来ないというのに。
「……もういいのよ。音檄たちを殺しても、この戦線から離れても、死んでも……アタシにとっては全部「逃げ」でしかないんだから…」
一人、誰かに聞こえるかどうかの声量で呟く鈴音。
もう彼女には、何をどうすれば良いかまるで解らなかった。
《ソレデモ、戦ッテ下サイ鈴音殿》
彼女の独り言は、しっかりとジロに届いていた。
意識を音檄に向けたまま、彼は焔備とブローニングXM2020を振動させながら尚も言葉を続けた。
《アナタノ考エハ、間違ッテナドイマセン。アナタガ音檄ヲ一ツノ命ト見ナスナラ、撃墜ハ決シテ軽々シイモノデハナイ。例エソレガ蜻蛉ヨリ短イ命ダロウト》
《ソウ、アナタガ手ヲ下サズトモ、彼等ハジキニ死ニマス》
冷たい現実を鈴音に言い聞かせるジロ。
鈴音も、そんな事は最初から解っていた。ならば殺られる前に殺る、という事も。
だがジロの前置きは、そんな事を語る為ではなかった。
《ダカラコソアナタハ、生キネバナラナイ》
その激しい動き、そして満身創痍の電流迸る身体からは想像も出来ない程、静かに優しくジロは言い放った。
「だからこそ」の意味が解らない鈴音は、尚も聞き入る様に固まる。
《コレカラ死ヌ音檄タチノ分マデ生キル。ソレガアナタニトッテ恐怖ニ打チ勝ツ事デアリ、彼等ニ情ヲ抱イタアナタノ使命デス》
「…あの子たちの…分まで」
それだけが、逃げずに済む唯一の方法だった。
彼等を殺す事は、逃げ等ではない。彼等の命を糧に、生き続ければいいのだから。散った彼等の命を、その胸に刻み続ければいいのだから。
《ジロォッ!!マダカァ!?》
シロの危機迫った音声が届いても尚、ジロはラファールを援護したまま鈴音に言葉を送る。
ついこの前ジロたちも言われた、世界で最も厳しくも優しい言葉を。
《デスカラドウカ鈴音殿……死ヌマデ生キテ下サイ》
皆、いずれは死ぬ。それはずっと先かもしれないし、今かもしれない。
だがその真意は、殺されるのを待つ事ではない。生きている者は、命ある限り生き続けねばならないのだ。自分、他者、そして死者、全ての為に生を全うせねばならないのだ。
そして生き続けるには、戦って勝たねばならない。迫り来る危難からその身を守るべく、敵を討たねばならない。
───本当に…いいの…?アタシは。何の目的も無いのに……生きて。その為なら…誰かを犠牲にしても…?
良いに決まっている。身体を張ったシャルロットが、ジロの言葉が、それを教えてくれた。
そして───
これまで出会い別れてきた他者により形作られた鈴音自身が、気付かせてくれた。
それを暗示する様に、鈴音の首から垂れていた濃い桃色の宝石が紫外線を妖しく反射する。彼女が生きてきた、形作られた証の一つであるソレが。
そしてそのネックレスの揺らめきは、鈴音と甲龍が前へと凄まじい速度で動いた証拠でもあった。
音速を周回遅れに出来そうな程の速さで、弾幕吹き荒れる空間に突撃してくる情熱そのものを纏った様な紫色のIS。
《任セマシタ》
《任されたわ》
それを確認したジロは、漸くその機体にバトンタッチする事が出来た。