IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第69話 福音 ③

 光る無数の球体が作り出す隕石群。

 その渦中を、甲龍とラファールは迷路を突き進むように飛ぶ。龍が身体を畝らせるが如く、風が隙間に入り込むが如く。

 余りに激しい3機の攻防は最早どのグループからも外れていき、視界の中心に居る標的を消す為だけの空中機動が、そこでは展開されている。

 

 

 頭が沸騰する様に熱い鈴音。その膨大な熱は己をぶつける先へ誘う様に、甲龍を動かす。穿山甲が如き光の弾幕で身を護る相手に突っ込むそれは、怒り狂い我を忘れている様にしか見えない。

 だが鈴音の我も思考も、それこそ彼女自身驚く程、静かに研ぎ澄まされていた。

 

(凄い…何この感覚。アタシって…甲龍って…こんなに疾く飛べたの?)

 

 絶えず沸き起こる相手を仕留める事への恐怖、それと対を成す強大なまでの生への執着。真正面からぶつかり合いスパークを起こしたそれら感情は、戦闘という状況下における甲龍をより進化させていた。

 思考をなぞる様にスラスターは動き、そのスラスターを噴射する甲龍に己が意識を預ける。最早その2つに、どちらが先か後かなんて存在しなかった。

 光弾の嵐を複雑に縫い進むその紫檀色の流星から、お返しとばかりに連続して放たれるは火炎の玉。極めて直線的ながら明確な殺意を秘めたそれらは、少しずつ確実に音檄へと迫りつつあった。

 

 今鈴音は、リミッターを外した甲龍の性能を最大以上に引き出せていた。

 

 

 

 対する音檄も、ラファールを無視して甲龍への集中砲火に徹する。甲龍のSEは残り17%、一刻も早く先に潰して2対1から脱したい所だろう。

 だが先程とは打って変わって、その動きは大きく後退気味だ。どれだけ弾幕を展開しても、さっきと同機体とは思えない機動で迫り来る甲龍。近接武装が皆無な音檄にとって、敵機の接近は致命的だ。

 おまけに当たらない。マルチスラスターの光弾幕で射線上に誘導し、翼角の光弾ガンにてトドメを刺そうとする音檄だが、凄まじい弾幕を張るのは甲龍とて同じだ。後退しながら連続して上下左右に躱すとなると、その分飛翔に割くマルチスラスターの数も増える。その必然として、弾幕が薄くなってしまっていた。

 これまでの戦いでそれを知っている鈴音は、薄い弾幕を最小限の動きで避けつつ本命の光弾ガンに最大の警戒を払っているのだ。

 

 無論、それだけならまだ薄くとも弾幕量で押し切れた音檄。そうさせてくれないのが、もう一機の存在だった。

 

《ウララララァァァァァッ!!逃げてばかりとはとんだチキンだねェェェ!?》

 

 ネチネチとしつこく追い回してくるシャルロットは、然れど音檄を見ている訳ではなかった。

 見ているのは甲龍の動きであり、その進行方向へ大きく回り込む様に動く事で、音檄により近付く事が出来ていた。進入コースが良ければ、上手い具合に挟み込む事も。

 そしてそれにより生じる「タチの悪い弾幕」だ。ブレードを食らう距離ではないにしろ、近付けばここぞとばかりに散弾を連射してくるラファール。射程こそ短いが攻撃範囲は広く、撃たれれば大きく避ける必要がある。そうして距離を取れば、今度は高速切替で呼び出したホッチキスとヴェントが火を噴く。音檄からの反撃が来ない以上、やりたい放題だ。

 

 それら2機の弾幕を避ける事で、音檄の攻撃力は大幅に低下していた。一発だろうと、食らえばSEの大減少は免れない。

 

 そう、鈴音もシャルロットも気付いたのだ、音檄の弱点が「防御の低さ」にある事を。

 護るべきパイロットを乗せておらず、ISより少ないエネルギーを無駄なく使わねばならない彼等は、SEの出力を大幅に下げているのだ。故に散弾だろうと12.7ミリだろうと、当たればかなりのSEを減らせる。

 それさえ解っていれば後は単純だ。光弾を臆する事なく、前へ先へと攻め続ける。ただこれだけだ。

 

 そして更には、他の音檄からの援護射撃すらまるで2人は警戒していない。

 それは慢心故ではなく、単純な分析の結果だ。こうも激しく複雑且つ不規則に動き回れば、流石の音檄でも遠くから命中させる事は容易ではない。かと言って一斉に弾幕を張れば、甲龍たちとドッグファイトを繰り広げる味方をも巻き込んでしまう。

 ならば尚更、鈴音とシャルロットは己の空中機動に集中するだけだ。

 いや、今の彼女たちは最早どんな援護射撃が来ようと止まらないだろう。

 

 

《ウォォォォォ!!僕ウルトラスーパー格好良いィィィィィィ……って、あ》

 

 良い流れが出来たかに思えたが、そこはやはり戦闘マシーン。

 即座に現状の不利を打開すべく、今度はラファールに狙いを絞る。SE残量こそ甲龍より多いが、機動力等全体的な性能は甲龍に劣る。故にすぐ堕とせると判断したのだ。

 

《ヒィィィィッッ!!く、来るなぁ!この潜む気ないギラギラストーカーァァァァァァッ!!》

 

 一転、全速後退しながらデザート・フォックスを連射するシャルロット。乗りに乗った調子は何処へ行ってしまったのだろうか。

 当然、来るなと言われて本当に来ない筈ない音檄は全開の弾幕を展開する。光の大玉と小玉をシャワーの様に放ち、4枚のシールドごとラファールを捻じ伏せようとする。

 

《鈴ちゃんヘェェェェェェェェェルプ!!!》

 

《ったくこのへっぴり腰!!》

 

 逃げるラファール、追う音檄、それを更に追う甲龍。偶然なのか、出来上がった構図。

 否、これは必然。逃げるシャルロットが、音檄が挟まれる様仕向けたのだ。悲鳴は素だが。

 

《とうッ!》

 

───!

 

 そうして3機が完全に一直線となった瞬間、突如として急停止するラファール。重機関銃だけでなく、手元には既に連装ショットガンが。

 

ダンダゥンッ!!ドドドドドドドドドゥン!!!

 

ババゥン!!ババゥン!!ババババババババババゥン!!

 

 シールドを前面に一点集中させ、隙間から散弾と徹甲弾を放つラファール。同時に、後方から火炎弾をぶっ放す甲龍。

 その勢いたるや、直線上の味方に当たる事すら何の躊躇も見えない。

 

♪~♪~♪~♪~

 

 音檄も即座に右方へ急旋回し、去れども光弾を放ち続けた。散弾が音檄の脚部に命中したが、ラファールも物理シールド2枚がやられてしまった。

 今度こそラファールにとどめの光弾を放とうとするが、一瞬、その行き過ぎたラファールへの意識が仇となった。

 

《そぉこぉぉぉおおおおッッ!!!》

 

ガギャァゥンッ!!!

 

───!?

 

 斬撃音と同時に、己がSEの多大な減少を確認する音檄。視線の先には既に側を通過し終えた、双天牙月を構えし甲龍が。

 瞬時加速。ラファールの急停止と同時に、火炎弾を放ちながらもその準備へと入っていた甲龍は、ほぼ一瞬でそのチャージを完了。音檄の軌道先を読み、真っ直ぐ電光石火を繰り出したのだ。

 

 未だ甲龍は至近距離。距離を置いて尚もラファールを攻撃するか、それともここでフルショットをお見舞いして一気に甲龍を潰すか。

 音檄は後者を選んだ。

 

 

タタタタタタタ……

 

 が、その逡巡が音檄の命運を分けた。

 

ヒュンッ!ヒュヒュヒュヒュンッ!!

 

 甲龍でもラファールでもない、全く別方向からの銃撃。その正体は、スラスターから薄い黒煙を放出しながらもゴーレムの援護に徹している、然れどずっと「その時」を伺っていたジロだった。

 重機関銃の長射程を生かした威嚇射撃は、再び音檄の行動を阻んだ。

 

ザギンッ!!

 

 その隙を逃さなかった鈴音は再度、通り抜け様その紺色の胴体に青竜刀を滑り込ませる。音檄のSE残量は、もう半分以下だ。

 だが今度こそ音檄は長く考えなかった。巨刃を食らった瞬間、直ちに音檄は甲龍へ翼角を光らせ、ラファールに主翼の全砲門を開け放つ。

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪

 

《チィッ!!》

 

 流石の甲龍もこの至近距離では避けれず、無数の小光弾によって遂にSEはゼロへ。残りは僅かな予備エネルギーだけだ。

 ラファールは───

 

ガギィッ!!

 

 24の光弾をものともせず、残りのガーデン・カーテンを展開しながら瞬時加速で突っ込み、ブレッド・スライサーを音檄の背面に叩き込んだ。

 接触からインパクトまで時間差のあるパイルバンカーは、敢えて使わなかった。チャンスだろうと焦らず、一撃一撃を確実に当てていく。

 

《もう一丁ォ!!!》

 

 次いで時間を待たずアサルトカノンをほぼゼロ距離で撃ち込み、ドグンと重々しい音が鳴り響く。

 

───!!!!!

 

 ゼロ距離故それが最適と判断したのかそれとも連続攻撃にブチ切れたのか、振り向いた音檄はラファールのガルムを殴り壊し、2枚のエネルギーシールドの隙間に前蹴りをお見舞いしてはラファールをぶっ飛ばす。

 

《ぎゃん!!》

 

 阿呆みたいな情けない声を上げて離れるラファールを見るまでもなく、音檄は即座に甲龍へと振り向き「死の一撃」を送り届けようとする。

 

 

 

 

 

 振り向いた時には、甲龍のパイロットである凰鈴音の顔が目の前にあった。

 だが当の彼女がまるで動かない為、音檄は抜き手を作りその身体を貫こうとする。予備エネルギーすら限界なのか既に甲龍は粒子化が始まっており、仕留めるなら今が好機。

 がしかし、音檄も動く事叶わなかった。

 

 音檄の胴体、丁度腹部と胸部の間には、甲龍の巨大な青竜刀が柄の近くまで深く刺さっていた。縦に長く裂けた傷口からは、オイルか何かも解らない黒い液体が複数の道を作っていた。

 

 

 

 鈴音の震える両手をマニピュレーターは読み取らず、ただ模倣的に牙月の柄を握っていた。

 だが音檄を突き刺している感触は、鈴音の手から腕へ、腕から肩へ、肩から脳へとこびり付いて離れない。ジロを刺した時は何とも思わなかったそれが、今の感触と二重になって鈴音の心を締め付ける。

 

 薄暗く光る音檄のV字のバイザーには、幾筋も涙を流す鈴音自身の顔が映っていた。

 

《……ねぇ》

 

《アナタは…生きたかった?》

 

 そんな問いを繰り出しても、言葉なんて返ってこない。彼はただ、バイザーに覆われた無機質な仮面を鈴音に向けているだけだ。

 それでも、鈴音は言葉を投げ続けた。意味があろうと無かろうと。

 

《…ゴメンね、アナタの命を奪っておいて…酷いよね、アタシ。けど───》

 

 そうして遂には左手のマニピュレーターすら粒子化した鈴音は、まるで吸い寄せられる様に首下から垂れ下がっている宝石を握った。

 「生」そのものを表している様な、濃く鮮やかな宝石を。

 

《アタシは…生きたい、生きて皆と一緒に居たい。もっと色んな人と出会って、色んな事を知りたい》

 

 箒から貰ったその宝石も、己を奮い立たせたジロの言葉もシャルロットの行動も、鈴音の生が無ければ存在しなかった。

 だから鈴音はこれからも生きたい。鈴音自身の為に、生きて吸収していきたい。己が生きてきた証の一つ一つを、無駄にしない為に。

 吸収して糧にして、何かを得る為に。

 

 そして今また一つの出来事が、鈴音の生の一部になろうとしていた。

 

《アナタたちの生も、アタシが引き継ぐ。アナタたちはアタシの中で、ずっと生き続ける。だから…》

 

 

 それ以上の言葉を、鈴音は左手を覆う硬質な感触により遮られる。

 鈴音の手を優しく包み込む音檄の右手も、そしてバイザーの視線の先も、鈴音の手の中にあるモノを示していた。

 

 それを察した鈴音は左手を開け、ペンダントを彼の右手に乗せる。

 

───…

 

 人の形をした、硬く体温の無い手。表情が無ければ言葉すら発せない、意味の無い顔。

 それらは今、紫にも紅にも桃色にも見える、少し光を反射するただの透明な石を手に取っていた。そして、確かに見ていた。

 

 戦闘に何ら意味も必要性も無いその行為を、ごく短い間ながら音檄は続けていた。

 

 

 音檄はペンダントを離すと、石と化した様に未だ力強く柄を握っている鈴音の…甲龍の右マニピュレーターを解いた。

 

 そうして彼女の肩を、軽く押して自身から離した。

 

《待っ───》

 

 途端、音檄を覆う白銀のボディが淡く輝き出す。

 蛍の様に儚く美しいソレを、鈴音は固まったまま見つめていた。もし甲龍にスラスターを吹かせるだけのエネルギーが残っていたとしても、きっとその行動は変わらなかっただろう。

 音檄最後の、輝きなのだから。

 

 

 

《間に合わせろラファァァルゥゥゥゥゥゥゥ!!!》

 

 

 

 長い絶叫を放ち続けながらシャルロットは、今や生身に近い鈴音を潰さない様慎重にそして素速く抱き締め、2枚のシールドを背面に展開しては一気にスラスターを爆発させる。

 

 シャルロットたちを覆う透明なエネルギーシールドの奥、鈴音にはどんどん遠く小さくなる音撃が見えていた。

 

カッ!

 

 無論、その最期も。

 

 青白い球体は一秒もかからず広がり、半径1キロ以上を忽ち浸食した。その膨大な熱からは、流石のラファールでも完全には逃げ切れなかった。

 

 2枚の透明な盾からは電流が迸り、激しく軋む。

 だがシャルロットは、同じ事しか出来ない。ただ真っ直ぐスラスターを吹かせ、2枚のシールドを信じ展開し、ツインテールの少女を抱き締め守るだけだ。

 

 

 

 

 

 堅牢なる盾を全て失い、そのままの姿となった橙色の機体が宙に浮いていた。

 その機体を纏うシャルロットは、疲れ果てた様などこか呆然とした表情で、爆発の止んだ空間を見ていた。抱き抱える彼女の左手には鈴音の肩が、同じく右手には鈴音の脚があった。

 

《シャル…ロット…》

 

 仰向けで見つめてくる鈴音から初めて名前で呼ばれたシャルロットは、表情をそのままに彼女を見下ろす。

 

《アンタ中々……格好良かったわよ…》

 

 違う、そんな事はない。本当に格好良いのは昭弘やジロの様な、格好付けるまでもない奴等の事だ。見てくれを気にせず、人を鼓舞出来る人たちの事だ。

 そう思いながらも、シャルロットは敢えて無理に格好付ける様に微笑んだ。

 

《でしょ?》

 

 どこか寂しそうに、微笑み合う鈴音とシャルロット。

 

 だが戦闘はまだまだ終わっていない。それを告げるかの様に、一本の通信がシャルロットに届く。

 

《ウィンターよりSR(シャルロット&ラファール)へ》

 

《…はい、こちらSR》

 

《急ぎ、サブロとシロの援護に付いてくれ。凰はジロに運ばせる》

 

 千冬の意図は一々考えるまでもない。

 元々郷鐘のスペックは、専用機に大きく劣る。ジロが残るより、ラファールが戦線に残る方こそ理に叶っている。ダメージもラファールの方が軽微だ。

 

《…了解です》

 

《死闘の後ですまないが、引き続き頼む》

 

 

 

 

 

 

 シャルロットの代わりに、鈴音を抱き抱えながら旅館へと向かうジロ。SEが尽きてしまわぬ様、そして身体中の電流が彼女を傷つけない様、出力を極力抑えながら。

 それでも急がねばならない。鈴音の外傷は軽度の火傷程度だが、本人は疲れからか衰弱している。早めに休ませるべきだろう。

 先の戦闘空域が、海岸から最も近い事だけ幸いした。

 

《……ジロ》

 

 左腕で両目を押さえながら、鈴音は微力を振り絞る様に声を発する。

 彼女の体力の為にも「喋るな」と言った方が良いのだろうが、ついジロは聞き返してしまった。

 

《ドウサレマシタカ?》

 

 押さえる少女の腕下からは、太陽光を反射する透明な雫が流れていた。

 

《アタシ…殺しちゃった…アナタたちの仲間を…》

 

 対する答えを、ジロはとうに決めていた。音檄を斃した鈴音に、何と伝えるべきか。

 

《ソシテ貴女ハ生キ残ッタ。貴女ニトッテモ皆ニトッテモ音檄ニトッテモ、ソレコソガ最重要事項デス》

 

 それでも、鈴音の涙は留まる事を知らない。もし音檄に、こんなジロの様な心があったかと思うと。音檄も生きたかったのかと思うと。

 あの時、ジロをあんな軽い気持ちで殺めてしまったのかと思うと。

 

 

《…眠ッタカ》

 

 精神的肉体的疲労に加え、泣き疲れてしまったのだろう。鈴音は涙の痕を残しながら、ジロの腕の中で寝息を立てていた。

 

《オ疲レ様デシタ、鈴音殿》

 

 最後にジロはそう最小音量で呟き、鈴音を起こさぬ様細心の注意を払って海猫たちを通り過ぎて行った。

 

 その時、スラスターから漏れ出ていた黒煙が嫌だったのか、海猫たちは大袈裟にジロを避けた。

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