IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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 得体も解らない液体の中で、少年は目覚めた。眠りから覚めたというより、瞼を開けた事自体その時が初めてだった。

 知識は無くは無いが乏しく、知能はそれなりにあった。

 自身を閉じ込める、だが外の景色が確認出来る透明な球体。自身の口や身体のあちこちから伸びている、肉ではないチューブの様な物。
 それら視覚情報により、今自身が人の身体の中に居るのでは無いと少年は理解した。
 そこで初めて、少年の頭に疑問というモノが生じる。では人の腹の中に居ない自分は、一体何者なのかと。


 次なる初めては、他人の顔だ。
 その顔は、球体の直ぐ外にあった。外見的特徴からして性別は雄。白衣をその細い身体に纏い、頭は黒くボサついており、目と思しき部分には夫々銀色の枠の様な何かが掛けられていた。
 他の細かい特徴は液体でぼやけて判らないが、男の眼光だけは何となく把握出来た。それは視覚的には“何となく”だが、それでも一目瞭然だった。少年を見る男の視線は、身体を貫通して脳に届く程冷たかった。

 それで少年が抱いた初めての疑問は解消された。自分は「人間ではない」のだと。




 日にちは流れていき、球体から出る頃には少年は人の言語を理解出来る程になっていた。その発声に関しても、一言二言話せば慣れる。そう作られたのだ。
 彼は、一日でも早く即戦力とならねばならない、人類史上初の男性IS操縦者として。もし男性の身でISを動かせれば、少年を作った組織と国が得る益は計り知れない。そんな、己が何の目的で作られたのかも少年は理解し始めていた。
 だが誰がどんな得をするかなんて、少年にはどうでも良いし理解する必要性も無い。そう作られたのだ。


 産声を上げる事すら無く、カプセルから出され付着した液体を丁寧に拭かれる銀髪の少年。液体から解放されたその視界には、人間たちの顔がより鮮明に映っていた。
 
 薄緑色の衣服を着せられ、台の上に寝かされては細かく検査される少年。
 そんな中、初めて話しかけてきたのはやはり銀縁眼鏡のボサ髪男だ。近くで見ると、顎を中心に顔面の至る所で短い毛が点在している。

「おはよう、そして初めまして。僕『所長』」

「ショ…チョー…」

 機械の様に抑揚の無い声で、そう名乗る所長。
 対して少年は紅い瞳を真っ直ぐ天井へ向けたまま、相手の名を復唱するに留まった。少年には、未だ名前が無いのだから。

「君は、あー……名前は後でいいや。他に訊きたい事あるし」

 そう言われて、仰向けの少年は所長の顔を覗き込む。レンズの中に潜む彼の目は、相も変わらず雪すら降らない程冷たかった。
 だが何故だろうか。所長のそんな冷え切った目には、ごく小さな「真摯」が鯰の様に蠢いていた。

「君さぁ───」







第69話 福音 ④

 ゴルトロム。

 

 己の中で充満・循環しているエネルギーを、より少なく消費しより強大な「力」へと変換する。ISの内にて漲るソレを黄金と例えるなら、充満・循環そしてエネルギーからパワーへの最良な変換は正しく「黄金の流れ」。

 「黄金」と「流れ」。シュバルツェア・シュトラールの単一仕様能力は、それらの単語を安直に付け足す事で名付けられた。

 

 会敵直後、短期決着を目論んでいたラウラは早速その単一仕様脳力で音檄を攻め立てる。

 瞬時加速すら超えるこの状態なら、機動力で音檄に勝れる。遠く離れたこの空域なら、敵に連携を取られる事もない。

 時には空間そのものを蹴る事で、戦闘機は勿論ISですらとても到達出来そうにない尖った軌道を描いては、空間を満たさんばかりの光弾の隙間を掻い潜るラウラ。一刻も早く敵の数を減らし、皆と合流せねばならない。

 

 だがラウラのそんなプランは今、高い壁に塞がれていた。

 

(ッ…楽しませてくれる)

 

 長所と短所、相手と自身のソレを音檄はきちんと理解していた。

 シュトラールは確かに疾いが、見かけ通りの薄い装甲で防御力に難がある。SEと操縦者保護機能のみで主を護っているに等しい。強力な光弾が一発でも当たれば、シュトラールのSEは一気に無くなってしまう。

 ともなれば音檄の戦法は一つ。翼角光弾ガン及びマルチスラスター全てを射撃に当て、最大弾幕で押し切れば良い。機動力は大幅に損なわれてしまうが、これなら投擲しか飛び道具の無いシュトラールは近付く事も叶わない。大玉が2発でも当たれば、それでシュトラールは詰みだ。

 

(向こうのエネルギーが先に尽きる…というのは希望的観測に過ぎるか。その前にこちらの集中力が切れる)

 

 いくらシュトラールが疾かろうと、それを操るラウラも所詮生身の人間だ。超機動、そして視界に入る高密度な光の弾幕は、彼をジワジワと疲弊させていく。

 

 そうなればいずれ当たる。音檄は、その瞬間をただ待っていればいいのだ。

 

「ならッ」

 

 ますます決着を急がねばならなくなったラウラは、躱してばかりいても始まらないので行動に出る。彼は可能な限り音檄へと接近し、光弾の当たらないギリギリの所でモーニングスターを投擲した。

 音檄は小スラスターを吹かして真横へ避けるが、回転し向かって来るスターは大した速度でもない。ISと比べればスローボールみたいなものだ。

 故に、音檄がスターを躱した時には、シュトラールも既に移動を完了していた。スターとシュトラールで、丁度音檄を挟み込む位置に。

 

 シュトラールへと向かう様に、カクンと直角に曲がるモーニングスター。その先には当然、躱したばかりで体勢も整っていない音檄が。

 

 「当たる」と、そうラウラが確信した時だった。

 

♪~~~

 

 ラウラの戦術を読んでいた音檄は即座にマルチスラスターを光らせ、放たれた多数の光弾はスターを忽ち飲み込んだ。

 

 一瞬で蒸発してしまったモーニングスター。だがラウラは嘆く事も、相手の強さに感服する事もなく、この瞬間の行動に努める。

 今スターに放った光弾は12発。リロードを考えると、今この瞬間音檄が使える武装は光弾ガン、そして残りの光弾12発。

 

 ラウラはシュトラールを突っ込ませた。この距離、瞬間的に薄くなった弾幕なら、躱しつつレイピアによる斬撃をお見舞い出来ると判断したのだ。

 無論ただ直進する様な愚は犯さない。全方向へ動いて光弾を全て躱し、それでいて突き進み最短時間で攻撃する。

 

 そう数瞬先の未来を組み立てながら、光弾ガンの掃射を躱すシュトラールだったが───

 

 

───ッッ!!!???

 

 

 嘗て一度たりとも味わった事のない、底なし沼に足を取られる様な悪寒を感じ取ったラウラは、音檄への突撃を中断して直ちに距離を置いた。

 

 攻撃を中断したシュトラールに対して、音檄は再び弾幕を張り巡らせる。

 

(…何だ…この感覚は?音檄の様子に変化は無い、間違いなく私の変調だ)

 

 だがその変調は、音檄と戦い始めた時からラウラの中に居座っていた。夕日によって伸びる影の如く得体の知れないソレは、モーニングスターが破壊された事でより鮮明となった。

 

 余りに有り得ない事だからか、少し遅れてその正体にラウラは気付いた。

 

(「死」を恐れているのか…?この私が…)

 

 過剰なまでの光弾への警戒、無謀な突撃の中断。すぐ隣から覗き込んで来る「死」に、ラウラは恐れおののいていたのだ。

 あってはならないバグだった。ラウラは兵士として生み出され、その教育を受けてきたのだから。

 

 その原因に、ラウラは至極すんなりと行き着いてしまった。遅れて気付いた死への恐怖とは違い、考えるまでも無く。

 

 もし死ねば、充実した日常を送れなくなる。もし死ねば、ブリュンヒルデを超えられなくなる。そして……もし死ねば、昭弘に二度と会えなくなる。

 嘗ては生まれなかった「喪失」への恐れが、ラウラにとっての枷となっていたのだ。

 

 失うものなど何一つ無かったあの頃のラウラなら、先の攻防も躊躇無く突撃出来ただろう。

 

(私は……弱くなったと言うのか?)

 

 尚も光の豪雨に晒される中、ラウラは考える。人と出会い、人に学び、人に影響されてきたこれまでの自分は、全て無意味だったのかと。

 最強を目指す今よりも、何も無かった過去の方が強かったのかと。

 

 

 

 

 

───

 

「君さぁ、これからどうなりたい?」

 

「……な…りたいも……のなど……ない。わ…たしは……命…令を全うす……るだけ…の兵士だ」

 

───

 

 

 

 

 

 今や忘れかけていたそんな昔のやり取りを、ラウラはふと思い出していた。

 何故唐突にそんな事を所長は訊ねてきたのか、今となってもラウラには解らない。気まぐれか、或いは兵士としての生を定められていたラウラへの嫌味か。

 ただあの返答は、今のラウラからすれば鼻で笑ってしまいたくなる程、退屈で短絡的なものだった。事実、所長もつまらなそうに冷たい溜息を吐いていた。

 

 そしてその方が強いともなれば、成程確かに皮肉な話ではある。生まれたばかりのラウラが今の自身を見れば、それこそ鼻で笑うだろう。

 

 ではあの時のラウラなら、この強敵に勝てたのだろうか。

 

 

 

───違うだろう?

 

 

 

 間違いなく負けていた筈だ。必死にもならずただ命令通り戦い、死んでいた筈だ。そしてそうなる事を何とも思わなかった筈だ。

 

 確かに今のラウラは死を、そして敵を恐れている。

 何故なら決して、負ける訳にはいかないのだから。今自分が負ければ、残された仲間たちもそのまま将棋倒しの様に負けていく。

 そしてもし自分が死ねば、昭弘の苦しみを理解してる人間が居なくなる。誰とも苦しみを共有出来ない、真の孤独となってしまう。

 

 こんなにも、こんなにも勝たねばならない理由が溢れてるから、ラウラは勝ちたいのだ。

 いや、証明せねばならないのだ。何が何でも勝ちたい自分は、最強を目指す自分は、あの時の空っぽでつまらない自分より遙かに強いのだと。

 

 自分が歩んできた人生は、無意味なんかじゃなかったのだと。

 

 

(そうか…やはり私は───)

 

───どうしようもなく“人間”なのだな

 

 ラウラは過去に戻って、試験管の中で勝手に結論付けている自分へ告げたい気分だった。

 お前は人間なのだ。人間なのだから、なりたいものになればいいのだ。なりたいものがあるなら、若しくはまだ見つかっていないのなら、死を恐れていいのだ。

 例えなりたいものが見つからずとも、死ねない理由となる程の人間が必ず見つかる。

 

 

 人間の戦い。それはまさしく、失う事との戦いなのだ。

 

 

 

ヒィィィゥゥンッ!!

 

 

 

 再び音檄への接近を試みるラウラは、シュトラールを弾幕の中心部へと向かわせる。その帰結として当然、進めば進む程に光弾同士の間隔は狭くなっていく。

 だがもう、音檄に先の様な投擲は通用しない為、弾幕の分散は不可能。

 

 それで構わなかった。恐れと向き合いながら突撃するコレこそ、ラウラとシュトラールの戦い方であり、強さを証明する唯一の道筋なのだ。

 

 その機動は、今まで以上に紙一重なものとなっていた。もう鋭角的な軌道ですらなく、光の大玉は身体を左右に捻る最小限の動きで躱し、僅かに光が擦る。その螺旋軌道は、前へ前へと曲線を伸ばしていく。

 結果、少しずつシュトラールのSEは減少していくが、動きに無駄がない為音檄への接近も先程より遙かに早い。

 

 だが迫り来るのは大玉だけではない、より間隔の短い小玉による掃射も待ち受けている。

 そして案の定、大光弾の隙間を埋める様に小光弾も連射される。隙間無きそれらの前では、流石のシュトラールも回避不能だ。

 

ピシャン!ピシャァン!!

 

 故に、殴りまくって小光弾を相殺する。

 打撃格闘に特化したシュトラールの手足は、通常ISの装甲より遙かに硬い。加えて今は、細かく分裂したパンツァー・カノニーアが手足を更に硬く強化している。大光弾ならともかく小光弾程度では、その拳足を突破出来ない。

 ただこれは、最小動作の螺旋機動を維持しながら、大光弾と大光弾の間にある小光弾だけを正確に殴り抜き、できた小さな隙間に潜り込むという事。想像すらしたくない神技的難易度と言える。

 

 顎を締め上げ、強く閉じられた上下の歯を口から覗かせ、大粒の冷や汗を至る所から垂れ流すラウラ。

 喪失への恐れと勝利への渇望、それらの急激な温度差によりその顔は作られていた。

 

 音檄としては、ある程度なら近付かれても構わない。光弾の束で押し切るまでだ。

 だがそれは「ある程度」であって、格闘戦の間合いである至近距離となるとそうも行かない。大光弾を放つ巨大な主翼には、近接戦に対応出来る程の機動性がない。つまりそうなれば、頼みとなる飛び道具は光弾ガンのみという事になる。

 おまけに音檄の防御力は紙ペラ同然で、シュトラールクラスの打撃を喰らえば2発程度でSEは尽きる。

 

 近接戦の間合いまで来られたら、場合によっては音檄も「最終手段」に出ざるを得なくなる。

 

 

 そうして遂に、ラウラは再び到達する。人生最大の恐怖を抱いた、あの間合いへ。

 

「まだまだぁぁぁああああッッ!!!」

 

 そこから、更に前へ奥へと接近する。絶えず、致命の流星を降らせてくる音檄へと。このまま一気にレイピアを突き刺すつもりの様だ。

 と見せかけて───

 

シュババッ!

 

 ラウラは構えたレイピアを二刀とも投擲した。一つは音檄目掛けて真正面へ、もう一つは音檄の頭上遙か天高くへ。

 

 先ずはモーニングスター同様、弾幕をそのままに小スラスターで真横へ軽く避ける音檄。

 

 後はシュトラールがどちらに動くかだ。音檄と同様真横に移動するなら、後方から戻ってくるレイピアを破壊する。シュトラールが下方に動くなら、投げ上げられた方のレイピアを破壊する。

 どの道シュトラールとは、あと2歩程度で拳が届く至近距離。ここまで近付かれては、主翼から放たれる大玉も当てられない。距離を取ろうにもマルチスラスターを空中機動に使えば、弾幕が薄くなり敵の高速機動に捕まる。

 かと言って光弾ガンだけでは、両拳のラッシュに弾かれる。

 

 音檄に残された選択肢は“掴み攻撃”だ。殴りだろうと蹴りだろうと当たった瞬間に掴み、シュトラールの最も装甲の薄い部分に一撃を叩き込む。最小機動による無謀な回避行動でシュトラールのSEが大部削れている今、格闘戦で仕留められる好機だ。

 もしそれで削り切れなくとも、最終手段で道連れにするまで。

 

 本来なら少しでも長く生き、福音()の為により多くの敵を仕留めるべきだが、それが無理なら玉砕してでも眼前のISを滅するのみ。「ISを撃墜する」、彼等はそんな福音の望みを叶える手足でしかないのだから。

 即ちシュトラールを捕まえさえすれば、音檄の目的は達成される。

 

 僅かコンマ秒の内にそう判断した音檄は、主翼の大玉を全弾、上方後方から来るであろう両レイピアの予測進路上に放ち、光弾ガンをシュトラールに吐き出しながら攻撃を待つ。

 

 空間を蹴ったシュトラールの移動先は、音檄の直下であった。

 そのまま更に空間を蹴り、右拳によるアッパーが来る。そう音檄は予想していた。

 

───!?

 

 が、空間を踏んだシュトラールはそのまま音檄の後方へと素通りする。既に、光の大玉24発はレイピア2刀へと放たれていた。そう、音檄の「予測進路上」に。

 

「来いッ!」

 

 音檄の後方斜め下側という想定外の位置から、ラウラはレイピア2本を呼び寄せたのだ。結果としてレイピアの軌道は大玉の進路上から外れ、シュトラールの手元へと奇麗に戻った。

 音檄はそのままグルンと頭を前半転させ、上下逆さになりながらもシュトラールへ光り続ける翼角を向ける。

 

 が、シュトラールの方が一手速かった。二刀のレイピアは両腕の動き通りに突き進み、音檄両翼の光弾ガンを串刺しにする。

 あんなにも光り続けていた翼角はスパークを起こし、歌声は遂に止んだ。

 

 そしてシュトラール、目にも止まらぬ速さでレイピアたちを引き戻して更に追撃。

 大気しか存在しない中空にて両足をしっかり踏み締め、足から脚へ、脚から腰へ、腰から背中へ、背中から胸部へと力を伝達させる。そして力の流れは、最終的に右腕へと集約される。

 この間、僅か0.3秒。

 

ガギンッッ!!

 

 シュトラールがフルパワーで放った次なる攻撃は、右レイピアによる刺突。

 

 だが想定通り持ち堪えた音檄は間髪入れず、下から上体を起こす様にシュトラールの右手を掴もうとする。

 

「甘い!」

 

 だがシュトラールはレイピアから右手を離し、即座に手を引く。

 音檄の鷲掴みは、僅かにリーチが足りず虚しく大気だけを捉えた。分裂した電磁砲によって硬く長く強化されたレイピアの間合いは、掴みより遥かに遠い。

 最終的に勢い余って一回転する事となった音檄は、再びシュトラールに背中を向けてしまう。主翼の大玉も、この至近距離では無意味。

 

 勝敗が決した瞬間だった。

 

 

 

ザギッ…

 

 

 

 残った左レイピアによる刺突は、音檄のごく少ないSEを削り切り、そのまま護られていた鋼鉄の身体を背面から穿った。

 

 

───勝った

 

 

 ラウラがほんの僅か一瞬、そんな勝利の余韻に浸かった時だった。

 

ガギギギ…ガゴンッ!!

 

「!!??」

 

 音檄の主翼が後方へと折り畳まれる様に動き、そのままシュトラール諸共ラウラを包み込んでしまったのだ。その様はまるでベアハッグ。

 

「貴様ッッ!!!!!」

 

 当然、これから音檄がやろうとしている事なんて考えるまでもない。

 ラウラが思い描いた未来を油性ペンでなぞる様に、音檄の身体全体が青白く輝き出す。

 

「クッソォォォォォォォォ!!!」

 

 藻掻くラウラだが振り解けない。背後から来る翼の圧力によって、握ったレイピアはジワジワと深く音檄に突き刺さっていく。

 

「ッ!」

 

 それが幸いした。レイピアが根本まで刺さり切っていない、つまりは剣身に未だ余裕を残している事が。

 

 引いて駄目なら押してみろ。そんな閃きに従ったラウラは、凄まじい勢いでレイピアを更に深く押し込んだ。柄まで届く程に。

 

 刹那、ラウラの背中と包み込む翼の間に、拳二個分程の空間が出来た。

 

 

 

ピャャャアァァァァァァァ!!!!!

 

 

 

 四方八方へと広がる、形あるもの悉くを消し飛ばす破壊の球体。

 ISに護られし人間であれ、そんなモノをモロに浴びたら無事では居られない。SEは尽き、鋼鉄は蒸発し、放り出された五体は骨すら残さないだろう。

 

 

 爆発を見下ろしながら、そんな「有り得たかもしれない己の姿」を想像し、戦慄するラウラ。

 

「フゥ…スゥー…フゥ…スゥー……」

 

 圧迫の緩んだ一瞬を逃さなかったラウラ。レイピアから即座に手を離し、瞬時加速すら欠伸で流してしまう程の速度を以て、遥か雲上への回避がギリギリ間に合った。

 

「……何て執念だ」

 

 散った敵に畏怖と敬意を評する様に、そう呟くラウラ。

 音檄が単なる兵器と聞かされていたラウラだが、アレはまるで「心がある」かの様な執拗さであった。或いは明確な意志でもあるかの様な。

 

「……止そう」

 

 そう言いながら、彼は首を左右に一度ずつ振る。考えた所で、AIの専門家でもないラウラには過ぎた領域だ。

 

 ラウラは戦いに勝ち、そして生き残った。音檄は戦いに負け、道連れを狙うも失敗した。ただそれだけだ。

 

「…」

 

 光の球体が晴れ、そんな冷たい事実だけを残した星屑の様な残骸が、白銀色に太陽光を反射している。

 然れどそれは、死力を尽くした結晶であった。絶対に失わない為に戦い抜いたラウラの、必ず失わせる為に戦い抜いた音檄の。

 

 

「………良い戦いだったぞ、孤高の闘争者よ」

 

 

 ラウラは音檄を、嘗ての愚かな自分とは決して重ねなかった。

 

 ごく短い時間の中で、文字通りその生命が尽きるまで戦闘の限りを実行する音檄。何も持たず、何も得られず、誰とも繋がれず、それでも尚ただ純粋に戦い抜く。その生き様に哀れみを抱く事が、どうしてもラウラには出来なかった。

 たかが機械であれ、その様は戦士として余りに淀みが無く、瞬間的な美しさでは線香花火の様な完成度を持っていた。

 それが少し羨ましかった。どこまでも人間でありそんな自分を良しとしているラウラには、どう逆立ちしても成れない領域だ。例え戦士としての頂に立ったとしても。

 

 

 そのラウラが羨むのであれば、音檄の事を「孤独」ではなく「孤高」と呼んでも良いだろう。

 

 

 

 

 




福音と音檄の設定で言い忘れてましたが、マルチスラスターは推進剤として使われている時、エネルギー弾(光弾)が撃てません。逆も然りで、射撃中は推進剤の役目を果たせません。
故に飛びながら撃つ際は、撃つスラスターと推進するスラスターとに一門一門調整する必要があります。

今回みたいに24門のマルチスラスター全てを射撃に使っていた場合、補助スラスター・小スラスターでしか移動できません。
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