IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第69話 福音 ⑤

─────花月荘 作戦司令室

 

 僚機を示す丸い黄緑色のSEゲージと、敵機を示す四角い赤色のSEゲージとが、各所で入り乱れる。そんなマップが、コア・ネットワークを通じてハイパーセンサー上に表示されている。

 

 打鉄を纏いながらそうやって戦況を把握している千冬は今、正に瞬間的な判断に迫られていた。

 

 音檄を見事討ち取った甲龍はSE切れから粒子化、ジロも鈴音を運び此方に向かっている。

 簡易的な充填装置ならあるにはあるが、IS学園の設備に比べて充填時間が掛かり過ぎる。戻ったジロたちを再び向かわせる事は出来ない。

 この2機が抜けた穴は大きい。

 

 そんな状況下での、ラウラによる2機目の音檄撃墜だ。既にシュトラールも現場判断で移動を開始しており、行き先は方角的に福音本体ではなく他の音檄。

 本体を数機掛かりで確実に倒したい今、それは正しい判断だ。すぐにでも昭弘を助けたいという情動を、よく抑えている。

 問題は、残り少ないSEのシュトラールをどのグループに増援として送るか。言い方は悪いが折角の生きた駒だ、効果的に使わねばなるまい。

 

(…最も反撃を受ける割合が低いグループは、4対2の一夏たちだ。次が3対2のデュノアたち。最も戦況が厳しいのは…2機相手に踏ん張っているオルコットか)

 

 もしセシリアが墜ちれば、形勢は完全に逆転されてしまう。

 だが今シュトラールをその猛攻只中に送れば、何も出来ずSEが尽きるだろう。2対2へ持ち込めても、僅かなSEでは光弾が掠っただけでも墜とされる。

 

 いや抑もが、射撃武装のほぼ無いシュトラールに出来る事自体が限られている。近接攻撃か陽動か、機動力を生かした攪乱か。

 となるとやはり───

 

「ウィンターよりLS(ラウラ&シュトラール)へ。そのままSRと合流せよ」

 

《こちらLS了解。SRたちの援護に向かう》

 

 既に白式が陽動攪乱役として機能している今、その役をもう一機追加する必要もあるまい。

 

 

「ハァ……」

 

 

 合理的判断を下せた千冬は通信後、深い溜息に身を任せていた。

 感情を殺して最善の采配に努める司令塔、どれだけ慣れようと気持ちの良いものではない。

 

 冷徹に司令を下す最中、常に傍らに灯るのは昭弘とセシリアの事だった。2人に負担を押しつけてしまっている事への申し訳なさ、そして底知れずの心配が、千冬の心を横に縦に締め上げる。

 それと同質の感情は当然、戦い抜いた鈴音とジロ、そして今も戦い続けている皆へも向けられる。

 

 司令塔なのだから戦線に出れないのは仕方が無い、旅館内にいる非戦闘員を予期せぬ敵から護らねばならない、最終防衛線に最大戦力が構えるのは当然。理由も言い訳も湯水の如く出てくる。

 だが生徒たちは、陸も限りも無い戦場でその身を張っており、千冬は比較的安全な屋内からただ指示を飛ばしている。この現実は決して変わらない。

 本来なら生徒たちを護らねばならない立場の教員が、生徒たちを戦場に送り出している。それしかないとは言え、こんなに酷い話があるだろうか。

 

 それに耐えねばならない事、今すぐにでも旅館を突き破って駆けつけたい衝動を抑える事が、今の千冬にとって一番堪えるものだった。

 

(…もう少しだけ耐えてくれアルトランド、オルコット。皆も、どうかこの馬鹿げた任務を完遂して欲しい)

 

(そして……こんな「申し訳ない」と思い続ける事しか出来ない自分を、どうか許して欲しい…)

 

 千冬は再び、今度は凍った湖の底よりも冷たい溜息を吐いた後、また戦況が変化するまでの静かな苦痛に耐える事とした。

 

 

 

─────同所 地下

 

 生徒たち、兵装関係者たち、そして本旅館の従業員一同。温かみの無い蛍光灯が照らす大空間に詰められている、彼等非戦闘員の様子は様々だ。

 自己或いは他者への心配、不安から来る苛立ち、ただ隠れている事への無力感。中には担架やら携帯式医療器具やらを手元に置いている者たちも居る。

 だが誰しも例外無く抱いているモノは、死にたくないという切望だ。

 

 何やらコソコソと話し合っている相川たち3人も、当然その本能からは逃れられていない。

 会話の内容を聞けば、とてもそうは思えないだろうが。

 

「どの通気口も出られそうにないかぁ…」

 

「敢えて更に下に行ってみるとか~」

 

「ここが最下層だよー本音。てか「敢えて」の意味が分かんないよ…」

 

 彼女たちは、旅館からの脱走を画策していた。それも、演習が中断されそのまま地下に追い遣られてからずっとだ。

 無論、上へ続く正式なる出入り口だの裏口だのは外側から鍵が掛けられており、近くには監視カメラまで設置されてる徹底ぶりだ。カメラの映像は1階作戦本部の多分割モニターへ送られ、鬼がリアルタイムで閲覧出来る。

 トイレが常備されてるとは言え、ほぼ監禁状態である。

 

「そうだ本音!さっき誰かと電話してたよね!?」

 

「え~?…まぁうん」

 

 となると、此処は地下だが少なくとも地上と連絡が取れる事に。

 

「いよし!今から織斑先生に電話して説得してみる!」

 

「いや流石にそれは…」

 

PLLLLL…

 

 谷本の言った通り、作戦中の千冬が電話に出る筈もなく。

 

「だぁー!!出たい出たい出たい!!」

 

 危険も無謀も承知であるし、悪い事だと自覚もしている3人。だが、何もせずただ待っているのはもっと嫌であった。彼女たちも、千冬と同じ心境なのだ。

 千冬の役に立ちたい相川、出撃したい谷本。

 本音もまた、外の様子が見たい。今“彼女”がどんな戦いをしているのか、遠目でも良いからその目で確認したいのだ。

 

 彼女たちだって死ぬのは怖い。だがそれらは、正しく命を張るに相応しい事であった。

 

 

「やめておいた方がいいと思いますよ、お嬢さん方」

 

 すぐ側で男の小さい声が響き、3人はグルリとその主へ振り向く。

 どうやら、ずっと盗み聞かれていた様だ。

 

「あ!あのすんごいミニ砲弾の人!」

 

「お、IS学園のお嬢さんに覚えて貰えて光栄です」

 

 先程派手に撃った兵装が偉くお気に入りだった相川は、開発者と再び会えて別の方面へ興奮する。

 そんな彼女を他所に、谷本が白衣の中年男性に物申す。

 

「そりゃ、いけない事だってのは解ってますけど……」

 

 誰もが抱いている自制心、というよりかはある種の常識、「非常時こそ指示通りに」。3人にはどうにも馴染めない言葉らしい。

 だが男は、何もそんな当たり前を言いたい訳ではなかった。

 

「皆さんまで危険を冒したら、織斑教諭も戦線の皆さんも悲しみ苦しみます」

 

「うっ…」

 

 そう言われてしまうと、相川はぐうの音も出ない。

 千冬も昭弘たちも、他ならぬ自分たちを守る為に戦っている。だのに自分たちが自らそれを放棄すれば、彼女らの奮闘は徒労に終わる。

 

 だがそれこそ、谷本にとっては尚の事納得が行かなかった。

 

「……そんなにも、私たちって弱いんでしょうか。一緒に戦ったら足手まといになるくらい…信用出来ないくらい」

 

「強い弱いではありませんよ。子供が戦わずに済むのなら、それに越した事は無い。ただそれだけなんです。本来なら専用機乗りのあの子たちだって、戦うべきではないんです」

「子供が楽しく安全に競い合う事こそ、IS本来の在り方なのだから…なんてあんな弾を作った私が言っても、説得力ゼロですが」

 

 綺麗事だ。今の世界が聞けば、呆れ返って笑い転げるだろう。

 

 だが、谷本だってその競い合いは好きだし、ISで人が傷付くのも嫌だ。もし銃や剣がISの競い合いだけに使われるのなら、どれだけ素晴らしい事だろうか。

 自分たちを本当に戦わせたくないという大人の思慮を知った谷本は、漸く目が覚めた。それは規則だの指示だのという事ではない、千冬も含めた大人たちの本気の心配をこれ以上ないがしろにする程、谷本も子供ではない。

 

「ハァ…負けました」

 

「同じく…」

 

「おじさんいい事言うね~!」

 

 若者の暴走をどうにか止める事ができ、男は冷や汗を額にてからせながら微笑んだ。

 

 とは言え、この地下空間ではやれる事も限られてくる。いや、先ずやれる事など無いだろう。

 やはりただ祈るしかないのだろうか。

 

「戦線の皆へは無理としても、せめて織斑先生に声援の一つでも送れないかなー…」

 

 相川が何気なく放った一言を聞いて、本音の頭内を閃きが照らす。

 

「皆~、耳貸して~」

 

 

「…」

 

 

「それイカス!」

 

「けど紙とペンは?」

 

「私の白衣を使って下さい。ペンは他の研究員にでも聞いてみます」

 

「イヤイヤ!悪いですよそんな!」

 

「いえいえ、何せ非常時ですから」

 

 

 

 

 

 心配、自責、無力感。

 薄青いホログラムに囲まれた空間で、耐え続ける千冬の内側をそれら負の感情が支配していく。

 ただ変化をジッと待つ時間がこんなに辛い状況も、そうはないだろう。

 

「……ぅん?」

 

 すると変化は、唐突に現れた。それは遥か遠くの戦況ではなく、千冬のすぐ側にある監視カメラ用のモニターでだ。

 

 最初の最初、分割画面の一つに現れたのは相川、谷本、本音であった。

 すると彼女たちはカメラに向かって軽く手を振った後、白い布を掲げた。

 

 

『織斑先生大好き♡だから負けないで!!』

 

『私たちもついてますよー!』

 

『セッシーや皆にも宜しく伝えといて下さ~い』

 

 

 千冬の視界に、丸みのある可愛らしい、然れど急ごしらえだったのであろう少し雑な文字が入り込んでくる。

 

「これは…」

 

 彼女が当惑している間に、他の画面にも変化が現れる。

 生徒に旅館の従業員、関係者ら皆が、相川たちと同じく嬉々とした様子でそれら監視カメラの前に現れる。研究員たちから拝借したであろう白衣に書かれた、言葉を掲げて。

 そのどれもが、千冬と戦線の戦士たちに対する激励の言葉だった。

 

 変わらぬ薄暗い室内に届く無音の声援は、だが確かに千冬の瞳を通じて脳内へと届き、そして鮮明なる変化を彼女にもたらす。

 凍らされて形を保っていた負の感情は、中心から広がっていく熱によりあっという間に溶けていった。

 

「…馬鹿が」

 

 漸く千冬は、緊急事態となってから初めて笑った。

 監視カメラをとんでもない事に利用している皆への感服、そしてこれ迄の自分自身。千冬の短い言葉は、その双方を指していた。

 

 地下へと避難させられた皆は、千冬以上に不安な筈なのだ。外の状況を何も把握出来ないのだから。その彼等彼女等でさえ、誰かの為に何か出来ないかと懸命に前を向いている。

 そんな曇り一つ無い陽気に当てられて、これ以上何故下を向いていられようか。

 

 もう今の千冬に、自己嫌悪の類いは一切無くなっていた。

 

「…よし」

 

 背中に絶えず熱を与えられている千冬もまた、誰かの背中に熱を与えねばならないのだから。

 

「シャンとしろよ?“世界最強”」

 

 必ず、この作戦を成功させる。

 

 支える、そして支えられる全員の為に。

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