───敵情報更新。IS名『ラヴィリス』
敵がどんな進化を遂げようと、音檄の行動は変わらない。まだ生きているのなら、死ぬまで攻め続けるのみ。
主以外のISは、必ずや根絶やしにする。
状況も未だ2対1。音檄は被弾によるダメージこそほぼ無い、対して相手のSEは僅かに回復したが変わらず残り少ない。
ならば戦法も同じ、2機掛かりで一気に攻め切るまで。
キュババオゥンッ!!!
マルチスラスター最大出力でラヴィリスへと向かう音檄たち。海上を飛んでいた先の速度は音檄と同等であったラヴィリスだが、全スラスターを飛翔に使えば追いつける。
MTもこれまでと同じく付きまとってくるが、こちらはどうという事も無い。これまで通り振り切るだけだ。
ビィゥンッ!!
───!
初めてMTの一撃が弾けた瞬間であった。黄緑色の太線は、音檄Bの右肩に命中した。
その動きはガードレール役と本命役に分かれたものではなく、MT全機が音檄を撃ち墜とそうとする本命役であり妨害役であり陽動役であった。
故に動きが予測し辛く、しかも本命が放つ光線は外れようとも音檄のボディを命中域に捉えていた。
確実に、MTの何かが変わった。
そしてその威力は見てくれ通り強烈で、音檄のSEを3割以上奪っていった。
MTへの警戒が急激に高まる音檄たちだが、こんなものでラヴィリスが済ませてくれる筈もなく、音檄の向かう先からビームの群れが容赦無く行進してくる
セシリアはこの戦いにおいて、勝たねばならない理由が数多くある。
敵の数を減らし、自分という戦力が生き残る事で仲間を助ける。それを後々の勝利へと繋げ、より多くの人々を守り抜く。または先に待つ目的の為、達成困難なる実戦を通じて己を高める。或いはただ単純に負けたくないという、幼稚なる意地。
だがいくらそれらを強く頭に刻み込もうと、この戦闘中セシリアが笑顔になる事は無かった。理由たちは、彼女の真なる原動力とはなり得なかったのだ。
そして今セシリアは、純白の歯を口が裂けん程に見せつけながら笑っていた。傍から見れば正しく狂笑だが、彼女にとっては底からの笑みだった。
今、彼女の頭からは目的も使命も失せ、迷い無き純粋な感情だけが残っていた。
布仏本音。彼女の顔、身体、声、仕草、本能ごと虜にしてしまう程の母性。頭の中に閉じ込めたそれらを、ただ一心に思い想う。それは独占欲からも外れ、単なる想像に近いものであった。
誰の為でもなかった。仲間の為でも人々の為でも、布仏本音の為でも、そしてセシリア・オルコット自身の為ですらない。愛する者に抱く嘘偽り無き感情だけが、今のセシリアを動かしていた。
普通に考えれば、それは本能のまま動く獣に過ぎない。だが決してそうではないのだと、セシリアは知っている。
彼女はISが好きなのだから。ISに乗って闘う事が、闘って強敵に勝つ事が、獣には抱けない至上の生き甲斐なのだから。
故に可能であった、戦闘に必要なだけの思考が。ラヴィリスとMTを操る並列思考が。
デュデュデュデュデュデュデュデュン!!
ピィィン! ピィィン!!
残量など知った事かと、セシリアはスターライトMkⅢから閃光を放つ。MTに追い回される、哀れな音檄2機に向けて。同時に腰から放つは、スカートアーマーの両脇が変形して現れた2丁の固定式ビームランチャー『スタービー』だ。
ライフル、ランチャー、MT、それらが放つ膨大な光と熱。エネルギー変換性能も大幅に上昇したラヴィリスだが、これだけ撃っては残量もそう長く持たない。
だが、出し惜しみ出来る程容易な相手でない事も、当事者であるセシリアが誰より熟知している。
細かく刻まれた閃光、太い2本の閃光、異なる黄緑色のそれらは躊躇無く音檄たちへと降り注ぐ。同じく入り乱れているMTだけを、隙間に入るが如く避けながら。
全視界を総動員しては全スラスターをコンマ秒ごとに切り換え、それらを懸命に避ける音檄AB。回避にマルチスラスターの大部分を使っている現状では、大した弾幕は張れない。ラヴィリスとの距離もそれなりにある今、接近し一気に光弾で仕留めたい所だが、こうも弾幕に囲まれてはそれも難しい。
そうこうしている間も、音檄たちのSEは端から徐々に切り落とされていく。一発が重いMTとランチャーの光線は、擦っただけでもSEが削られる。
主が進化するまで単なる傀儡でしかなかったMTは、今や知能以上の何かを乗せていた。それはまるでMT一つ一つに、主であるラヴィリスの操縦者そのものが乗り移っているかの様な。
決して音檄には辿り着けない境地であった。個々が独立した知能を持ち、手足となって主の目的を遂行するだけである彼等には、それ以上の何かを与えられる事も変質する事も許されない。
そしてそんなMTに羨望を抱く心すら、彼等には与えられない。それは、目標の撃滅に何ら必要無いものだ。
ならば全て墜としてしまえばいい。MTさえ消えてしまえば、彼等は彼等のまま終われる。心を欲する心が生まれる事無く。
そんな事すら思えない音檄だが、不要なモノを削ぎ落とされし彼等が下した次なる判断は、偶然にも一致した。彼等が次に為すべきは、MTの数を減らす事だと。
既にこのMTは形状こそ先程と同じであるものの、それ以外全てが別物だ。
全力で躱さねば当たる。そうなれば自爆への道のりが短くなり、その不本意な自爆で敵ISを仕留め損ねれば主の意に反する。
「でしょうね」
そんな音檄の判断を、セシリアは読んでいた。
ドヒュゥゥンッッ!!!
スラスターを爆裂させ、狂笑のまま機体を一直線に飛翔させるセシリア。向かう先は気でも狂ったのか、音檄ABだ。
否、彼女は最初から狂っている。態々敵に接近するのは、もう「慣らし運転」が済んだからに過ぎない。
当然それを目の当たりにした音檄たちは、好機とばかりに再びラヴィリスへ狙いを定めそして撃つ。
薄まってるとは言え、接近すればする程に濃くなる音檄の光弾幕。しかもそれが2機分だ。
だのにラヴィリスはそれら青白き弾幕を躱すだけでは飽き足らず、スターライトを掃射しながら突っ込んでくる。とても傍らでMTを操っているとは思えない動きだ。
重しを投げ捨てた様に、軽やかな機動を見せるラヴィリス。それがどれだけ接近して来ても、光弾は虚しく残像だけを捉えるばかり。まるで音檄への意趣返しだ。
そうしてあっさりと、ラヴィリスは音檄たちの小さき空域ド真ん中へと到達してしまった。
これだけ近ければ光弾ガンだけで事足りる。例えMTに囲まれている現状でも、残りの全スラスターで回避に専念すれば良い。
───…
だが彼等は、ラヴィリスに向けて一切の射撃が出来ないでいた。
ラヴィリスが中空に佇むは、丁度音檄Aと音檄Bの中間点。この状況で光弾を放てば、ラヴィリスの後方に居る味方をも巻き込んでしまう。
正に射撃兵装しか無いが故の弊害。無論、2機はMTのオールレンジラッシュを躱しながら懸命に位置をずらそうとする。
「無駄です事よ」
しかしどれだけ動き回ろうと、ラヴィリスは見透かしている様に音檄同士の中間点から外れない。点と点が作り出す線の上には、常に蒼き機体が居た。
三次元空間において、無限に長さも位置も変わっていくIS同士が織り成す線。その上に居座り続けるという神技を、信じられない事にセシリアは並列思考のまま成していた。
それはまた、余計な思考も余分な感情も介在していない証拠であった。
嘗て無い程、頭が軽くなる感覚に浸るセシリア。存在する感情は個人への強き愛だけ、それを源に動くIS、そしてそのISの為だけにフル稼働する思考。
だが実際、脳への負担は増す一方だ。それもその筈で、機体もMTもこれだけ速く複雑に、そして先を計算しながら動かしているのだ。軽い筈がない。
血が止まらない。目とバイザーの隙間から、鼻から、耳から、出口を探す様に赤い液体が滲み出る。
それ以上に、狂笑も止まらない。今や痛みすら、愛によって喜楽へと転化しているのだろうか。
そうしてとうとうラヴィリスによる、一方的な蹂躙が始まった。
大の字の様に両腕を広げ、左手と右手を両脇で飛び回る音檄へと向けるセシリア。左手にはライフルが、右手には手持用に外されたランチャーが構えられ、それらを保持する前腕もまた2門ずつの銃口を同じく向ける。
それらが一斉に放たれる。前腕の2門から交互に撃ち出されるフルオート小光線は、トリガーが引かれている左右の銃砲と合わさってより高密度な弾幕装置へと変わる。
巻き込まれるだけでも敗北濃厚な弾幕。その猛攻に意識を一瞬傾けてしまったが為、音檄AにもMTの一閃が直撃してしまった。
つい先程まで圧倒的優位だった、2対1の攻防。今ではその状況を逆に利用され、戦況は完全に引っ繰り返ってしまった。
だが音檄にプライドなど存在せず、彼等2機がラヴィリス1機に戦力で劣ると認識するのは即だった。彼等がMTを再度狙わず回避にスラスターを割いているのは、相手のエネルギー切れを狙っているが為だった。
或いはもう「味方に当たる」等と、そんなリスクを鑑みている場合ではないのかもしれない。
もしラヴィリスが更なる動きを見せたら、そろそろ音檄も自爆による道連れ路線が濃厚となる。自爆とは、彼等にとって唯一にして最強の近接武器だ。それがフルパワーマルチスラスターによって突っ込んでくれば、頑強な高機動ミサイルに等しい。
元より道連れ上等なのだ。銀の福音、主である彼女の為に散る事こそ、彼等音檄の存在意義。
一見不利な音檄だが、まだまだ手段は持っている。それはセシリアも重々承知だ。
(…もう連中のSE残量は50%を切っている。これなら“アレ”で確実に削り殺せる)
全ては整った。どうやらラヴィリスの単一仕様能力は、仕掛けて来るであろう手段諸共、音檄を封殺可能らしい。音檄同士の間に割り込むこの位置取りも、発動までに反撃を受けない事が第一の目的だった。
どんな能力なのか、セシリアにとっては一々確認するまでもなかった。自分がどんなパイロットなのか、このISがどんな機体なのか、そんな自分たちだからこそ生かせる能力とは何か。
どの道、今しかない。これ以上エネルギーを消耗すれば、セシリアの言うアレも発動出来なくなる。
気なんて一滴も抜けない戦局、それでも尚衰えぬ喜悦により口角を上げ続けるセシリア。
思えばあの時もそうであった。後の好敵手にもなる昭弘と、初めて銃口を向け合ったあの時間。彼女は生まれて初めて真に笑っていた、今この瞬間の様に。
それを味わったあの時から、セシリアは心の何処かでぼんやりと理解していた。力の体現であるISにて為される、大切な何かを賭けた闘争こそが、己の本質なのだと。その中でこそ、己という存在を解放出来るのだと。
そしてこの闘いにて、彼女は完全なる理解に至った。
闘争と愛、真っ向から相反するその2つ。だが一切の制約から解かれる闘争の中でこそ、彼女は愛を混じり気無しに感じる事が出来る。その愛は全ての雑念を払い、全ての思考は闘争だけに費やされる。
闘争こそが、愛を身体中に行き渡らせる。愛こそが、闘争心をより研ぎ澄ませる。
セシリアは意を決した。
音檄を追い回すMTはそれに応えるかの様に、動き撃ち続けながらも少しずつ敵から距離を取っていく。
「
瞬間、全方位からのビームが静まり、MTの動きも止まる。それは8機全てが同時に、音檄ABへ砲口を向けたが為だった。
一瞬のそんな隙を音檄が利用しない筈もなく、ありったけのエネルギー弾を解き放とうと翼全体を光らせる。自ら編んだ作戦を無視してしまう程、音檄はMTを脅威と見なしているのだ。
セシリアはと言うと、瞬時加速の準備に入っていた。音檄の爆発に巻き込まれぬ様、直ちにこの空間から離脱する為。
そう、既に音檄は、仕留められたも同然だった。
「『STAR DUST Type:
シュピィィィィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイッッ!!!!!
MT全機の砲口から、限界まで圧縮された光線が放出される。その熱量は凄まじく、これまでMTが放ってきたビームですらてんでなってないと豪語出来る程、細く濃密に収束されていた。
槍をも超えた、目標が何であろうと貫通させるという信念すら感じるそれは、まるで杭だ。
そんなものを1発でも食らってSEが持つ筈も無く、音檄Bは身体を奇麗に貫かれる。そのザマはとても鋼鉄の兵器に見えず、爪楊枝に刺される果物の様ですらあった。
対して音檄Aは身体を捻る事で、辛うじて初撃の4発を躱す。だが、それがより事態を悪化させた。
撃ち出されたそれら光の杭は何も貫く事が目的なのではなく、寧ろ本領発揮はその後なのだ。杭の後からMTの砲口まで続く光の尾は委細変わらぬ熱量を持っており、それ自体が高熱のサーベルと化す。
それら4本の光剣はMTの向くままに動き、すぐ隣の音檄Aの身体をピッと通過する。直後、音檄Aの身体は頭、胸部及び両腕、腹部、大腿部、膝下へと切断され、それら断面は橙色の熱を帯びていた。
結局予定通りの特攻には至れず、不本意な自爆を遂げる事となってしまう音檄。結果論かもしれないが、最後の瞬間MTは狙わず、一刻も早く自爆すべきだった。
それでも墜としたかった、あの自分たちと似て非なるMTを。
その斃すべき相手が与えし終焉。存外、悪い心地はしなかった。自ら終焉を迎えるよりも、誰かに終焉を与えられた方が。彼等は、何かを与えられた事なんてなかったから。
何より必然だったのかもしれない。何一つ与えられなかった音檄が、主そのものを分け与えられたMTに斃されるのは。
……等と終わりの間際に思っているのかどうかは、彼等音檄とその主である福音にしか解らない。
ラヴィリスは既に瞬時加速を発動済みで、危険空域からの離脱を完了していた。音檄を仕留めたMTたちもまた、直ちに光線を解除しては急いで主の元へ続こうとする。
だが音檄たちの身体は既に白い輝きを放っており、今正に爆発しようとしていた。
それでもMTの行動は変わらない。ただ真っ直ぐ、主の元へと戻るだけだ。間に合おうと間に合うまいと。
敵を倒した彼等には、中身を主に返し空となった彼等には、それしか出来ない。
そうして青き空、蒼き海を、真白い2つの球体が浸食した。
愛する者の待つ海岸へと続く、全戦闘空域から少し外れた空。
弱り果てた鳥みたくその広大な大気の中をユラユラと飛ぶは、深い青のIS。
背中には4枚の鱗の如き羽が、大翼を模した様に付随していた。だがその蒼き鳥の翼はどうにも物寂しげで、えも言われぬ喪失感が漂っていた。本来ならより翼を彩っていたであろう羽の多くが、毟り取られてしまったかの様に。
エネルギーが尽きない様、ラヴィリスを静かにゆっくり飛ばしているセシリアもまた、息も絶え絶えに近しい状態であった。
かの戦闘空域からここまでの距離が直線であった事を、幸運に思うべきだろう。迂回するだけのエネルギーも敵から逃げ切るだけのエネルギーすらも、この機体には残っていない。
───もう…少し……
そんな幸運に感謝する事すら、今のセシリアには出来ない。ラヴィリスとMTの性能を最大限引き出した脳髄は、日常的な思考すらままならない状態だった。
それでもセシリアは、あの浜辺へと帰る。理由は彼女にも解らない。
ただ、彼女自身求めている気がした。先の戦闘で、欲する事もせず只管に感じていた「アレ」を。そして、遙か先へと続く道を。
だからこそますますセシリアは解らない。ずっとずっと、一人で愛を感じていたい筈なのに、闘争に身を投じていたい筈なのに。
彼女は、
闘争という本質、そこでだけ完全になれる己の愛。それらはセシリアの唯一純粋なる部分ではあるが、彼女もまた「形」ある人間だ。己という存在が成すべき事を、欲するモノを、セシリア・オルコットとして遂げねばならない。目的こそが、彼女そのものを構成しているのだから。
本質と本能に身を委ねなければ、真の力を発揮出来ない。然れどもそれだけで己は成り立たず、そうなれば本質も本能も消失する。人間とは、ままならない様に作られているのかもしれない。
セシリアは帰る。己の為に、愛する者の為に、その他全ての為に。死にかけの脳を、ただそれらに費やしながら。
ズザァア……
遂にあの浜辺へと辿り着いたセシリアは、ISを纏ったまま砂浜にゆるりと墜落する。SEが完全に尽きたラヴィリスは粒子化し、ISスーツ姿の艶めかしい英国淑女がそこには横たわっている。
それを察知していた様に、何名かが駆け寄ってくる。皆何かを叫び合いながら、一先ずセシリアを建物へ搬送しようとする。
だがセシリアが、その大人たちに目を向ける事はなかった。
意識と虚構との狭間で、今セシリアは見ていた。照り注がれた陽光を光り石へと変えては透明に蠢く波打際、そこを跳ね回る黄色い水着を纏った少女。
確かな質量を感じさせる水飛沫、それでいて足取りはまるで天使の羽でも付いているかの様に軽やかだ。それは昨日というごく近い過去、セシリアが見ていた光景と寸分も違わなかった。
セシリアはその少女を良く知っている。名前も知ってる筈なのに、それが文字として頭に浮かんでこない。
だからセシリアは、横たわったままただ彼女を見つめる事しか出来なかった。
桃色の髪をした笑顔眩しきその少女は、今気付いたのか最初から気付いていたのかセシリアへと振り向く。
眩し過ぎるのにほのかな優しさを秘めたそんな少女を見て、セシリアもまた笑った。今確かに彼女は、意識に映りしその少女を強く欲していた、求めていた。
セシリアの笑顔を待っていたかの様に、意識の上から下から黒い門が寄せて来る。それらが完全に閉じ切り暗黒が満ちると、その少女だけは輪郭からゆっくりと薄れる様に消えていった。
突然パッと消えてはセシリアも不安になるだろうと、そう気遣っているかの様に。