IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

106 / 126
第69話 福音 ⑧

 電球でも埋め込んでいるかの様に、赤く紅く発光するグシオンの目。

 だがその光は、ルビーの様な“輝き”は無かった。ただただ紅く光る両目は、迫る青白い機雷群の谷間に複雑な赤線を残していく。

 

 その赤線はまるで怒り狂っている様で、悶え苦しんでいる様で、そして何も感じていない様でもあった。

 

 対して、豹変したグシオンを前に何ら動じる事なく、銀の福音はマッハで飛び回りながら大量の光弾を垂れ流す。

 

♪~♪♪♪♪♪♪♪~~~

 

───……うるせぇ

 

 弾幕も、それを散蒔きながら疾走する福音も、今の昭弘にとっては何もかもが“遅い”。その鋭い感覚は人間レベルでなく、まるでISコアの超常的な力に引かれてるかの様であった。

 

♪♪♪♪♪♪~~

 

───うるせぇ

 

 福音はただ、迫り来るグシオンへ光弾を送り込みながら冷静に距離を取る。グシオンの軌道を絞る障害玉、逆に無駄な機動をさせる二連並列玉、そして本命玉とに弾幕を構成しながら。

 それでも尚迫るグシオンは2丁のミニガン、2丁の滑腔砲を同時に光らせながら突き進む。それら光線と花火は、少しずつ音速のボディを捉え始めていた。

 

 だがそんな程度では済ませない。至近距離まで近付き、その白銀のボディに様々な鉄塊を何度も何度も叩き込み、操縦者諸共グチャグチャの肉塊とするまでこの狂獣は止まらない。

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪~~~~~

 

───うるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇうるせぇ

 

 感覚全てが加速されている昭弘に、絶えず雪崩込む雑音。今までと違うスロー再生されたその元歌声は、長時間に渡って彼の脳を揺らす。

 延々と響く福音のそれは、まるで嘲笑だった。我と忘我との境で暴れ狂う、野蛮な獣に対する。その時その時しか生きれない、哀れな獣に対する。

 暴れ狂いし獣、今しか生きれない獣、その2つに果たしてどんな境界線があると言うのか。

 

「皆を守る為にテメェをヤる!それだけだァァァァァ!!」

 

 戦って暴れて壊して、誰かを守る。「己の先」を見つけられない青年には、いつだってそれしか力の使い道がなかった。

 どう戦おうとどんなに豹変しようと、結果だけ見れば何も変わらない。やりたい事なんて無く、やるべき事しか無いのだから。

 

 昭弘はそんな怒りを福音にぶつけていた。狂っている福音にすらゲラゲラと嗤われるのが、堪らなく腹立たしいから。

 いっそこのまま怒りに任せて我なんて忘れれば良いのだと、そんな考えすら浮かぶ。そうなればもう何も考えずに済む、楽になる、気付けば戦いは終わっている。後は自身が生きているか死んでいるかだ。

 

 それら昭弘の破壊衝動が増長されればされる程、呼応する様にグシオンの動きも鋭さを増していく。

 

 マルチスラスターが生み出す超絶的推進力で、終わり無き空間を縦横無尽に飛翔する福音。一瞬の内に描かれる複雑怪奇な洞窟の如き軌道からは、福音の置き土産たる無数の青白い玉がグシオンに向かって行く。

 それでもグシオンは福音との距離を詰める。迫り来る光弾を躱し往なし、見切り、時に盾剣で防ぎ切り、壁の様な弾幕に構う事無く最短距離を突き進んでいく。

 

 風を切り標的だけを見据えて飛翔する鬼蜻蜓と、煌めく粉を撒散らしながら飛び回る揚羽蝶。

 追い追われる両者の舞踏は、雲を突き抜け成層圏手前まで伸びていく。大空全体が、両者の殺意を乗せた軌跡で満たされていく。

 

 そうしてとうとう、蝶は蜻蜓の捕食の間合いに捕まる。

 

「死ね」

 

 既に右拳甲へとセットされた盾剣の切っ先を、敵機に向けながら突進するグシオン。突き出された前腕から後ろの身体全体を堅牢なる盾で護るそれは、まさに回避を想定しない徹甲弾そのもの。

 

ガァゴッ!!

 

 福音の軌道先を読み切り、寸分違わぬ位置で激突するグシオン。鉄塊の切っ先はナターシャの腹部に直撃し、絶対防御が発動した事で福音のSEも大きく減少する。

 しかしグシオンは、福音を巻き込んだまま直進飛行を続ける。

 

ダヒュゥゥォォォン!!!

 

 そして非情にも、接触したまま瞬時加速を行った。ナターシャの腹部を護るSEに、更なる圧力が加わる。

 福音のSEを削り切れば、後頭部の管制装置を護る膜は無くなる。それさえ破壊すれば他の音檄たちも食い止められる。

 だが今の昭弘とグシオンの中から、そんな選択肢は消失していた。福音のSEが尽きようと関係無く、相手が死ぬまでこの狂獣は猛攻を解く事など無い。

 既に誰にも止められないのだ。

 

 

 足掻く様に大盾を殴り続ける福音は光弾ガンをグシオンへ向けるが、翼角ガンの射線である福音の側頭部からでは、グシオンの身体は大盾に隠れてしまっている。

 同時に、ガンを向けているのはグシオンも然りだ。

 

ドゥルリリリリリリリリリリリ!!!

 

 左腕に持っていたM134Bの銃口を黄緑色に光らせ、連続して放たれた矢の何発かが福音に直撃する。

 

 何発かで済んだのは、福音がどうにか盾剣を引き剥がせたからだ。

 36門のマルチスラスター全てを推進用に切り替え、全門同時に噴射。発せられたパワーはグシオンの瞬時加速を速度で上回り、盾剣からの離脱に成功したのだ。

 

 光そのものと呼ぶに相応しい翼をフルに使い、翼角の小光弾を放ちながら福音は距離を取ろうとする。最早そうでもしなければ、この狂獣への射程を確保するのは難しい。

 

 それら一瞬の内、離れ、当てる事に意識の全てを集中させていた福音。

 その一瞬すら数秒にも感じる昭弘は、決して見逃さなかった。

 

ドガガァゥン!!

 

 両サブアームに呼び出されていた滑腔砲。そこから放たれた炸裂弾は二列に並びながら福音の進路上へ向かい、内一発は直撃、もう一発は直近で破片が飛散する。

 

「ウ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ァァァッッ!!!!!」

 

 福音が体勢を立て直すより早く、昭弘はグシオンを突撃させる。

 後退しようとする福音だが間に合わず、グシオンの振るったハルバートが脚部に直撃し、硬質な物体が弾け飛ぶ様な音が響く。炸裂榴弾の直撃に加え、制約から解放されたグシオンは一撃一撃が従来の比でなく重い。

 あとミニガンの小光線が3発でも当たれば、それで福音は終わる。

 

 今福音は、王手を掛けられた状態にあった。

 

♪♪♪♪♪♪♪♪ッ!!!

 

 激高する様に光弾ガンを放つ福音。もうグシオンからは逃げられないと悟った様だ。

 マルチスラスター全開で距離を取ったとしても、その後スラスターを弾幕に回せば再びグシオンに接近されてしまう。射程なら福音の方が遥かに上だが、グシオンの射程まで近付かれればその優位も消える。

 そして格闘戦の間合いまで接近を許せば、近接攻撃手段の無い福音に勝ち目は無い。

 

 今や昭弘とグシオンは、銀の福音を凌駕した。福音お得意の弾幕すら突破されるとはそういう事だ。

 

 まるでその事実を突き付ける様に、グシオンは光弾ガンが放った光を全弾盾剣で防ぎ切る。

 

 

 

 このままでは、福音はISを破壊し尽くす悲願どころか、主を護る事すら叶わない。彼女にとってナターシャは主であり母であり、願いを共有する同志であるのだ。

 それをこんな野蛮で下賎な獣の如き人間と同化しているISに、殺められてなるものか。母の願いとは対極に居る様な、こんな連中に。

 

 母が願った優しい世界を、他ならぬ母に見せる。それを成すべく福音はこの暴力の化身共を屠り去り、母の命を守り抜かねばならない。

 

 それを突破するには連中より強くなくてはならず、進化する必要性がある。

 では福音が目指すべき進化の先とは何なのか、どんな「力」なら今この瞬間も向かって来るコイツらを消せるのか。

 

ギギャォゥンッッ!!!

 

 思考の最中、グシオンの巨大マチェットが福音の右肩へと減り込み、遂にSE残量が底を突く。

 

 途端、漸く福音は自身が進化した姿を形としてイメージ出来た。

 

 この姿なら、この力なら、母を脅威から護れる。母を脅かす怖いモノを、残らず消し去れる。

 

 

───ニ次移行、開始

 

 

 

 

 昭弘は、確かに福音のSE残量を底まで奪い切った。

 そこから先の行動は多数あった。ハンマーによる脳天陥没、ハルバートによる胴体切断、マチェットによる頭頂部からの一刀両断、胸部への盾剣突き刺し等。またはミニガンで蜂の巣か、炸裂弾で炭へと変えるか。

 

 だのに実際、昭弘はそれらを実行に移せなかった。

 阻んだのは、福音がその身体全体から放った刹那の光。閃光手榴弾の様なそれを間近で浴びた昭弘は、一瞬動きを止めてしまったのだ。

 

 そうして選択肢の一つとしてハンマーを振り下ろした時、既に福音はその空間に居なかった。

 

「ぁあ?」

 

 だがそこは昭弘、次の瞬間には再度福音らしき姿を捉える。一瞬前まで眼前に居たとは思えない、少し離れた空間であった。

 

 強い意識を向けるべきは、そこではなかった。

 ハイパーセンサーで見ている以上、多少離れた程度で相手の姿形が朧気になる事は無い。「らしき姿」とは、福音の姿形が変わっていたからだ。

 

 福音の背中から神々しく生えていた大翼。それと同形の翼が脚から、腕から、腰から、福音の至る所から生えていた。

 まるで内側から突き破った様に生えている翼たち。一瞬前の美しき姿は見る影も無く、進化と言うより変異と表するのが相応しいくらいだった。

 

 

 脳内が半狂乱に陥っている昭弘だが、戦闘に必要な思考は生きている。

 だからこそ理解していた、一対だけでも十分以上に脅威であった福音のマルチスラスター、それがアレだけ生えているという悍ましい事実を。

 それは正しく福音の長所をそのまま増やした極めてシンプルなニ次移行であり、この上無く突破が困難となる形態であった。

 

「……で?」

 

 だが「何故今進化したか」までは考えられず、そして考える必要も無かった。

 

「テメェをぶっ殺す事に…」

 

 斃す為に必要な、敵の能力さえ押さえていればそれで良い。

 

「変わりはねぇだろうが」

 

 それが、今の昭弘とグシオンなのだから。獲物を仕留める事のみに特化した、野蛮な獣なのだから。

 

 これ以上生きよう等と思っていない、捨て身上等の核弾頭なのだから。

 

 

 眼前の敵へと、真っ直ぐ混じり気無しに向ける互いの殺意。

 片や主を護る為、片や仲間と人々を護る為、それだけならどれ程優しい事か。

 福音にとってグシオンというMPSを模したISは、ISの中でも突出して邪魔な存在なのだ。ISと繋がっては闘争という汚水を注ぎ込んで穢す、「正しきIS」から最も遠い存在であり、最もナターシャを悲しませる存在だから。

 対して昭弘、特に大それたものでもない。自身を嗤いながら撃ってくるのが、そして中々死なないのがムカつくから殺す。

 

 それら互いの憎しみが、互いの憎しみを事更に増大させていた。

 

 

 それでも戦力差は歴然であり、昭弘がどんな機動で福音に突っ込もうと忽ちグシオンごと蒸発させられるだろう。

 

 それを理解していて尚、昭弘はグシオンはその目を赤々と光らせる。夕焼けに照らされた血飛沫の如く、朝日の当たる血溜まりが如く。

 2つで1つである彼等が下した最適解なんて、最初から最後まで1つしか無い。

 

 己が命をぶつけ、奴等の命諸共奈落へ引き摺り込む。漸く、その瞬間が来たに過ぎない。

 

 

 憎悪ばかりが殺意を掻き立てる、制御の効かない情動が頭の全てを支配していく、早く殺せとそれらが身体を急かす。

 

 

 そんな中、変わらず機械的ながらも狂戦士が如き鉄仮面の内側で、昭弘は諦めた様な満たされた様な小さき微笑を浮かべていた。

 自ら命を断ち、相手を殺す。これからそれらを為すとはとても思えない様な、優しい漢の微笑であった。

 

 

 

 昭弘・アルトランド。

 ここから先の話は、彼が「生きたい」と思えるようになるまでの、短い時間に起きた物語である。

 

 

 

 

 

 

 

 音檄2機に、相対していたゴーレム2機と郷鐘1機。サブロとシロがそれぞれ音檄を相手取り、ジロが戦況に応じて援護する事でどうにか抑えていた。

 

《さっさとエネルギー尽きておくれよぉ!こんの銀ギラ弾幕マン!!》

 

 そのジロが抜けた穴を、今はシャルロットが埋めていた。

 彼女は今や機体の性能を本来以上に引き出せており、音檄の弱点も把握済みだ。故に多彩な武装のお陰もあってか、ジロ以上の立ち回りを見せていた。

 

 だが戦局は相変わらずの平行線。

 どちらも決定打を与えられず、弾薬とエネルギーばかりが少しずつ底へと近付いていく。

 

 互いの戦力はほぼ拮抗。どちらかの陣営に何かが加われば、戦局は大きく動く。

 

 だからシャルロットは、卑しいニヤケ面が止まらなかった。恐らくサブロとシロも、顔が有ったなら笑っていた事だろう。

 

 間も無く到着する機影の存在が、彼女たちをそうさせていた。

 

♪♪♪♪♪♪♪♪♪ッ

 

 ニヤつきながら撃ちまくるラファールたちに、音檄は何ら構う事無く弾幕を張り返す。

 

 

フォゥンッッ

 

 

 いつもの如く凶悪な光弾の砂嵐、その隙間を何かが通過した。黒に所々黄色の入った、疾すぎて線にしか見えない何かが。

 それを音檄は、確かに視認してしまった。新たなる敵情報として。

 

 

《待たせた》

 

 

 最早手負いの獅子、僅かしかSEの残っていない黒きIS。

 然れどその闘気未だ十分なラウラとシュトラールに、シャルロットはサムズアップしながら答える。

 

《言う程待ってないよ》

 

 この戦いもまた、終わりが近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 雲も制約も無き空間を自由に飛翔する、2機の音檄。

 その2機を、4機のISが囲む。各々の役割に縛られながら。

 

(また……来る)

 

 尽きない光弾の群れが、常に一夏の視界半分を埋め尽くす。敵の攻撃を一身に引き受けねばならないが為、それにより仲間が攻撃する瞬間を多く作る為、それが作戦という縛りに組み込まれてるが為。

 目立つ機械翼を大きく広げながら、時には音檄の眼前を遮り、そして時には光弾を零落白夜で派手に吸収してみせる。そうする事で音檄の意識は白式へと分散されていた。

 

(いつになったら……止むの…?)

 

 その陽動が崩壊しようとしていた。

 

 当たれば装甲だろうと大ダメージ必至、生身なら絶対防御発動によりSEが尽きるかもしれない。

 それだけ威力のある光弾で構成されている、死そのものと言える暴風雨。それは当たるまでもなく掠っただけでもSEが減少する。

 それを延々と寸でで回避し続けていれば、精神なんて直ぐ限界を迎える。

 

 音檄が墜ちなければ、この雨が止む事はない。一夏は今、そんな事ばかりを思っていた。

 

───……これを…叩き込めば

 

 そうして収束された意識はやがて、青白く光る雪片へと移る。

 零落白夜さえ決まれば、音檄程度の薄い防御なら一撃で沈められよう。コア・ネットワークで共有された情報に、そんな期待を込めてしまう一夏。

 

 浅はかで無謀だ、凄まじい弾幕で近付く事も出来ぬと言うに。仮に光弾を全弾斬り消したとて、白式の機動力では到底音檄に追い付けない。

 だから今迄互いの役割を果たしていたのだ。一夏が囮となり、タロとゴロが攻撃中の音檄を片方ずつ攻撃し、紅椿がその援護+音檄の軌道を限定していく。

 その最善の策を以てしても、まるで音檄たちを倒し切れない。それ程のスピード差、それ程の弾幕差が両陣営にはあった。

 

 今一夏が陽動役を放棄すれば、十数秒かそこらで全機墜とされる。陽動と攪乱だけが、一夏と白式にやれる事なのだ。

 だが精神の擦り切れにより、一夏はこうも感じる様になっていた。もっと弾幕の張れる機体なら、自分と白式でなければ、ずっと敵のSEを減らせたのではないか。自分と白式のせいで、箒もタロもゴロも苦戦を強いられているのではないか。

 

 それらが後ろからクラクションを鳴らす様に急かした。陽動役なんてその気になれば誰でも出来る、早く零落白夜を叩き込め、それさえしないのならお前と白式に存在意義など無い。

 

───このままじゃ皆やられる。……オレのせいで

 

───役に立たないとオレは……昭弘と箒に嫌われる…オレの「生き甲斐」が閉ざされる

 

 正に心が折れる、その一歩手前であった。

 

「………箒?」

 

 自身より先に変調が表面化した、箒と紅椿を目の当たりにするのは。

 

 

 

 

《箒殿、攻メ過ギデス。下ガッテ下サイ》

 

 ゴロから指摘の通信が届くが、それでも箒は己の行動を改めようとしなかった。

 

《どの道このままではジリ貧だ!攻めれる内に攻めないと!》

 

《無茶デス。例エ展開装甲ガアロウト、貴女ノ実力デハ音檄ニ接近スル前ニ墜トサレマス》

 

《黙れッ!私と紅椿を舐めるな!》

 

《舐メテハイマセン。デスガ貴女一人踏ン張ッタ所デ、形勢ハ変ワリマセン。増援ガ来ルマデ戦線ヲ維持スベキデス》

 

 箒の内心を見透かす様に、事実と最適解をズバズバ叩き返すゴロ。

 押される戦況に焦りを覚えるのは解るし、ゴロもタロも残弾数を気にしながら懸命に音檄を狙い撃っている。それでも及ばないのなら、無理にリスクを冒しても仕方が無い。

 ラウラが音檄を斃した今、大局は学園側が有利であり、既にシャルロットたちの援護にも向かっている。そうしてシャルロットたちが勝てば、そのまま箒たちの増援となる。

 

 だが尚も箒は歯噛みを隠せない、沸騰した頭の血を冷やせない。

 増援が来る確証は無いし、例え他の戦線が音檄を捩じ伏せても、此方にやって来るまで自分たちが持ち堪えられるかどうか。

 

 本来なら可能性の一つとして割り切れるそれらも、戦闘に激しい私情を挟んでいる今ではそうもいかない。

 姉の発明品はこんなものじゃない、このままでは昭弘が先に潰れてしまう、一夏と白式もSEが限界だ。ならば自分がもっと頑張らねば、この時の力を振り絞らねば、誰も自分すらも救えない。

 

 今、一刻も早く勝つしかない、誰かを待ってなど居られない。大切な何かを失うなんて許せない。

 全てを選ぶと決めたのだから。

 

 もう自分は、ただの弱者ではない。

 

 

 そうして、更に攻撃色を高める箒と紅椿。

 

《私が音檄Cを仕留める!タロとゴロはもう一方を頼む!》

 

 周りを見るだけの僅かな冷静さだけは残っていた箒。闇雲に攻めても邪魔になる事くらいは理解している様だ。

 

 だがそれは、タロとゴロにとって最良の策とは言えなかった。

 音檄2機を同時に攻撃するという事は、それへの反撃も2機同時による一斉射撃。即ち、音檄2機分の弾幕を食らう羽目になる。

 先ず音檄Cを狙い、反撃してきたら離れつつもう片方の音檄Dを狙い、その間白式が音檄Cの攻撃を引き付けるというのを繰り返す。そんなローテーションによって、この戦線は辛うじて維持されていた。

 

 その崩壊は止めねばならない。

 だが説明するだけの時間は無いし、何より今の箒が首を縦に振るとも思えない。

 

《ゴロ、今ノ箒殿ニ何ヲ言ッテモ無駄ダ。モウ戦術ヲ変エタ方ガ良インジャナイカ?》

 

《……分カリマシタ。紅椿ダケヲサポートスル様、一夏殿ニ伝エマス》

 

 専用回線で諦めにも似たやり取りをするタロとゴロ。

 箒の判断は感情的なものではあるが、間違っている訳でもない。増援が必ず来ると言い切れないのは事実であるし、互いを知り尽くしている箒と一夏なら連携も数段上だ。

 問題はやはり箒と紅椿だ。強いは強いが、戦闘力はシュトラールに大きく劣る。そのシュトラールですら音檄とギリギリの攻防を繰り広げ、僅かなSEを残してどうにか勝てたのだ。白式の援護があろうと、紅椿に音檄を墜とせるとは到底考えられない。

 何より箒のメンタルは今、酷く不安定だ。戦況把握能力、エイミング、判断力、それらが著しく低下しているのは明白。

 極め付けに紅椿のエネルギー消費量だ。第3世代機すら超える高機動に、ビットや空裂など高出力ビーム兵器の連続使用、展開装甲に割かれる膨大なリソース。時が経つ度に紅椿の体力は抜けていく。

 

 

 そしてゴーレムと郷鐘のスペックだ。

 ゴロの武装は、連射モードに切り替えたビームカノンのみ。機動性・防御力共に平均的な専用機の枠を出ないが、絶対防御機能は無い。

 タロの武装は50口径XMが2丁、IS用アサルトライフル焔備、そして近接ブレード葵だ。機動性と防御力は打鉄とほぼ同じで、此方も絶対防御が備わっていない。

 

 1対2、弾幕量なら五分五分だろうが、一発の威力も射程も弾速も音檄が上だ。直撃が何発か続けば仕留められるのだろうが、あの鬼機動相手に撃ち合っては先に2機のSEが尽きる。正攻法で戦うべき相手ではない。

 そう解っていても、タロとゴロが今定めた任務に変わりはなかった。

 

《サッサト墜トスゾ、アノ蚊トンボヲ》

 

《エエ、一刻モ早ク》

 

 彼等は眼前の強敵を早急に討ち、生き残らねばならない。一秒でも早く箒と一夏を援護する為に。

 もし2人を死なせてしまっては、昭弘に何の顔向けも出来ない。

 

 何より彼等に、人間の命以外を優先する事なんて出来ない。

 

 

 

 

「…了解」

 

 ゴロからの通信にそう返した一夏だが、そんな指示が来るまでも無く既に彼は動いていた。紅椿を援護すべく。

 

 その行動すら単なる誤魔化しなのかもしれない。

 

 あのままでは一夏が、先に無謀なる突撃を敢行していただろう。一夏の未来を模したかの様な箒を外側から見た事で、少しだけ冷静になれたのだ。

 だがそれは、一時だけ待ったが掛かったに過ぎない。焦りという冷たい炎も、心配という熱湯の濁流も、一夏の中で未だ踊り回っている。本当は一夏も箒と同じく、弱い心に突き動かされたまま戦いたいのだ。

 それが出来ないから、今こうして陽動役を続けている。箒に先を越され、それしか役割が残ってなかったから。

 弱い一夏と弱い白式が攻め出るよりも、箒と紅椿が攻撃に専念した方がずっと戦果を上げられるから。

 

 一夏は段々と解らなくなっていった。何が正しいのか、何故戦っているのか、自分が一体何をやっているのか。

 これからは攪乱戦術で行くと謳っておきながら、実際にやってみれば「役立たず」と負の方面に思い込む。挙げ句、先んじた箒を恨めしく思う始末。それはまるで、「本来の自分」についていつまでもウジウジと揺れ動いている、普段の一夏そのものであった。

 果たして昭弘は、こんな己の力を頼ってくれるのだろうか。そう思うしかない一夏であった。

 

 弱り果てた小鳥の様に飛びながら、一夏は時折その視界に捉えた。己と同じ心境でありながら、確かな力を持つ箒と紅椿を。

 

 

 

 音檄が巣だとするなら、それが放つ膨大な光弾は正に雀蜂の群れ。箒は構わず、そこに紅椿を突っ込ませる。

 光弾の一発一発を丁寧に避けていき、回避の動きに合わせて空裂を放っていく。一文字に、横薙ぎに、或いは袈裟懸けに。三日月形の線を斬撃波として放つ空裂の方が、ビームを点として撃つ雨月より攻撃範囲が広い。

 加えて背部のビットも、斬撃前から既に先行させていた。ビットもまた光弾を避けながらずいずい進んでいき、斬撃波に合わせてビームの点を放つ。操縦者支援システムの賜物か、紅椿のビットはブルー・ティアーズと違いほぼ自動だ。故に箒は機動と斬撃だけに集中出来る。

 兎に角攻め続ける、前へ前へと。これだけでは弾幕が薄い事など百も承知。よって限界まで接近し、必殺の一斬りを直接与えるしかない。

 

「おのれェ…!」

 

 だが音檄のその疾さたるや、白式が注意を引き付けても余り有る程。

 紅椿も第3世代機以上の機動性を持つが、それでも音檄に刃が届かない。音檄が白式を狙っている間は追い付けるのだが、刃の掠る範囲まで接近すると即座に離されるか見切られる。

 

 その繰り返しにより苛立ちは募るばかりで、積もったそれらはますます箒の視野と思考を狭める。箒の風穴だらけの脆い心に、付け入るが如く。

 

「クソッ、クソッ、クソッッ!!」

 

 荒れた気が、言葉として口から放出される。こんなにも懸命なのに、感情を注ぎ込んでいるのに、紅椿の動きはどんどん鋭さを失っていく。

 昭弘、一夏、束、それらへの想いは今や箒にとって重圧と化していた。それに気付かない箒がどんなに音檄を追い回しても、回り込んでも、相手との間合いは開くばかり。結果、また苛立ちが積み重なる。

 

 

 箒と紅椿、一夏と白式の実力を既に見極めた音檄Cは、遂に大きく動いた。

 

「こいつ…ッ」

 

 音檄Cは白式と紅椿を無視し、音檄Dの加勢に向かった。

 これ以上は無意味と判断したのだ。殆ど反撃してこない白式に、音檄の機動に着いて来れない紅椿。かと言って紅椿を攻撃しようとしても、白式がその身を呈して邪魔をする。時間だけが無為に過ぎていく。

 ならば無視して、味方の加勢に徹する。音檄2機で掛かれば、2機の無人IS如き苦も無く破壊出来る。

 

 紅椿と白式は、音檄から脅威とすら見なされなくなった。

 

 全てを選ぶ、全てを見捨てない。それらが手から零れ落ちていく感覚に、箒は襲われる。

 このままではタロとゴロは勿論、学友たちも墜ちていく。終いには、昭弘と一夏も。そして、折角の特注ISを纏ったにも関わらずこの体たらくな箒を、束はどんな冷めた目で見るだろうか。

 

「貴様らァァァァァァァァッ!!!」

 

 よってそれは必然の結果。スラスターが激しく光り、紅い機体は導火線を走るが如く白銀の大翼を追う。

 着実に迫る最悪の結末によって、箒の視界が更に狭まっていく。360°見えている筈の景色はぼやけ、聞こえている筈の仲間からの通信は耳を通過し、音檄だけが視覚情報として箒の頭に入ってくる。

 

 

 ハイパーセンサー上、音檄の近くでアラームと同時に激しく点滅しているその物体にすら、まだ気付いていない。

 

 

 

 一夏が「ソレ」を捉えたのは偶然であった。音檄を追う紅椿を睨みながら追っていて尚、ハイパーセンサーがソレを見つけてしまっては意識も強制的に切り替えさせられる。

 海域が封鎖されている筈の今、決してこの場にあってはならないモノだった。

 

「箒ィィィッ!!!前ッ!!」

 

 久しぶりの怒声を張りながら、一夏は音檄と紅椿を追い越さんばかりの瞬時加速を白式に強いる。

 

 

 

 嘗て無い程の幼馴染みの怒声が脳を貫き、箒は漸く視界奥の点を表示している黄枠に気付く。

 その枠内を拡大してみると、一隻の船舶がハイパーセンサー上に形となって表示された。甲板上には人影が見受けられ、戦闘に巻き込まれてしまったという認識からか酷く慌てふためいている。

 

 何故ここに民間船が、と、そんな事を考える前に箒は選択を迫られる。

 

 音檄Cが、船の直ぐ側にて佇んでいるのだ。

 見ただけで解る、箒たちは人質を取られてしまったのだ。

 

「そんな…」

 

 頭の中で猛烈な鬩ぎ合いが起こる。そんな中でも紅椿の動きは止まらず、あと5秒も飛べば音檄Cの元へ到達する。

 攻撃するべく突き進むか、止まるか、その2択しかない。

 そしてもし止まれば、音檄の集中砲火に墜とされるだろう。

 

「私は…ッ」

 

 悩む間も、紅椿は音檄に迫る。

 そして、音檄も動く気配が無い。その佇まいは、このまま突っ込めば音檄に強烈なる一撃を叩き込めると、箒に思わせるには十分だった。

 

 躱される等と、そんな考えはとうに失せていた。

 チャンスは今しかない。これで敵を墜とせば、此方側が圧倒的有利となる。そうなれば皆を助けられる、これ以上姉に醜態を晒す事も無くなる。全てが丸く収まるのだ。

 

───なら…知った事か

 

 遂に箒の瞳を、漆黒の炎が覆う。

 今、目の前には無防備に浮いている音檄しか居ない。船舶、そんなものは最初から無かった。

 

 それが箒の下した決断であり、既に間合いは空裂の届く範囲であった。

 

 ならば後は振り下ろすのみ。昭弘の為、一夏の為、束の為、皆の為、箒は一刀を銀翼の敵だけに集中させる。

 

 

 

ガイィィィィンッ!!!

 

 

 

 全力で振り下ろした空裂を、案の定音檄は身体を逸らし紙一重で躱した。大気を斬った刃は、そのまま船舶を斬り裂く筈だった。

 なのに、まるで弾かれた様な音が一帯に響き渡った。

 

 

《アンタがソレやっちゃ駄目でしょ箒》

 

 

 後方の船を護る様に紅椿と鍔迫り合いながら、一夏は箒を睨んだ。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。