IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第69話 福音 ⑩

 両者はずっと睨み合っていた。戦いもせず、或いはそれがもう戦いなのか。

 

 少なくとも、福音の場合は戦いではなかった。

 福音の行動一つで、これから死ぬ事が確定している哀れな眼前のIS。先に動けばその瞬間消されてしまう為、福音の行動を待つしかい哀れなグシオン。憎いとはいえ己が手による最初の犠牲者、その姿を生きている内に記憶へ刻み込んでおきたい。絶対的力を持つが故の気紛れ、慢心、優越感であった。

 それでも油断は存在しなかった。人が虫を踏み潰す時、油断による失態が無いのと同じ様に。福音の余裕は自然であり、必然なのだ。

 

 そんな絶対者の気紛れは、30秒と少しで終わった。

 

 身体中から生えている大翼が、青い外枠を膨らませる様に白く輝く。

 これまで福音が放ってきた光弾の嵐。少なく見積もってもその10倍はあろう光弾の濁流が、今放出されようとしている。

 

 

 福音は今や爆裂を放つ寸前だ。回避など望めない弾幕が展開されるまで、もうあと0.5秒から1秒程か。

 仮にそれを回避出来ても、SEまで完全回復してしまっている福音だ。グシオンの膂力を以てして尚、一撃で仕留める事は不可能。

 

 濁流が発射される直前、昭弘は道連れを成功させる為だけに思考を働かせていた。

 

 盾剣の強度は予想以上だが、光弾の集中砲火には耐えられない。

 ならば回避となるが、それも無理だ。いくら弾幕が遅く映ろうと、光弾同士の隙間すら無い「面」そのものが相手では躱しようが無い。

 となると距離を取るしかないが、それも一瞬で追いつかれてしまう。あれだけのマルチスラスターがあっては。

 

 だが福音は、360°全方位に光弾を放つ訳では無い。そうなっては結局光弾同士の間隔も広がり、グシオンに回避するだけの隙間を与えてしまう。

 よって放つ空間はグシオンの周囲、それもどう動こうと弾幕の外へ逃れられないだけの範囲となる。言わば福音から三角錐状に広がる弾幕だ。

 

 

 

───ここだ

 

 

 

バアァゥン!!!

 

 昭弘が待っていたのはこの瞬間だ。

 光弾を撃たれた後では間に合わず、撃つ前に動いても軌道先を狙われる。

 最適解はその中間、福音が撃つと同時に動く事だ。福音が放った第一波はグシオンの元居た空間のみを捉え、その時既にグシオンは斜め前方向へと回避済み。

 撃つ瞬間のタイミングが解らない以上、本来人間の反射神経上不可能な芸当だが、マッドビーストなら話は別だ。

 

 問題は、その第一波の範囲。

 

「ツッ!!」

 

 仮面の中で奥歯を噛み締める昭弘。

 これ以上無い速度とタイミングで左前方向へと回避したが、それでも間に合うか怪しい弾速と弾幕範囲。進む度に、外側の光弾たちがグシオンの横っ腹目掛けて向かって来る。

 

(殺す…!)

 

 弾幕の外側へと抜けるだけで良い。もうその時点でグシオンは福音に十分接近出来ており、第二波が来る頃にはもうグシオンの間合いだ。

 後は福音を両腕と両サブアームによるベアハッグで締め上げたまま、海面へと垂直落下する。圧力を与え続ける事によるSE減少に加え、音速以上のスピードで海面に激突すれば、SE満タンだろうと今度こそ福音も終わりだ。密着している状態ならば砲口も向けられず、SEも保護機能も含めた全てのエネルギーをスラスターに回した瞬時加速なら、幾ら福音だろうと垂直落下時での急激な方向転換は至難だ。

 そんな状態で海面に激突すれば、当然昭弘も終わる。

 

 それら道連れの企てを再確認しながら、昭弘は遂に端の光弾と擦れ違った。

 

 直後、福音の側面へと回り込む様に曲線軌道。

 昭弘が組み立てた未来まであと3秒か、或いはもっと短いか。皆の未来を生かす勝利と、昭弘のこれからを閉ざす敗北が、口を大きく開けながら待っていた。

 昭弘には、そんな確信が見えていた。

 

 

 かに思えた。

 

 

「ッ!!!」

 

 全てのマルチスラスターから放たれた光弾により、形成された弾幕。最初からその思い込みが間違いであった。

 ただ一つ放っていなかった右腕の翼だけは、グシオンが辿り着いたその空間にしっかりと砲口を向けていた。

 

 何もかも読まれていた。昭弘が道連れを狙っているのも、それを成せる最適のルートも。

 右腕の翼は、もう弾を放つ瞬間の光で覆われていた。

 

───駄目か……

 

 目前まで来た確実な死を意識し、殺意と憎悪が薄れていく昭弘。避けられない終幕が眼前に居ては、それら濃い感情も意味を成さない。

 代わりに濃くなるのは、ただ静かなる思考であった。

 

 不本意な死だ。福音を野放しにすれば、学友たちも同じく犠牲となるかもしれない。例え千冬だろうと、この怪物に勝てるかどうか。

 だが受け入れられない程でもなかった。自身の力及ばず、皆には申し訳ないと昭弘も思っているが、それでもコア・ネットワーク上に残す事は出来た。銀の福音第二形態が、如何に途方も無い存在か。その点では、相手の機動力を丸裸に出来なかったのが手痛い所だ。

 友たちの為にも、生きねばならない事は昭弘だって解っている。だが、迫り来る死を避けられないのならどうしようも無い。

 最善は尽くした、存分に戦った、そして十分に生きた、なら後は死ぬだけだ。生きる理由が見つからない昭弘にとっては、寧ろ清々しい最期だ。

 

 そう思った昭弘はまた、鉄仮面の中で微笑を浮かべていた。

 

 そうして長かった一瞬は漸く過ぎ、18の砲口から一斉に光弾が放たれた。

 

 

 

 

ヒュッ

 

 

 

 

 その時、奇跡的なミスが起きた。福音の放った弾幕がグシオンを飲み込まず、下方へと逸れた。

 まさか本当に間違えた訳でもあるまい。再度の気紛れで、弄んでいるのだろうか。

 

 だが昭弘は、光弾が逸れた原因を知っていた。

 福音が光弾を放つ直前、白い何かが上方から下方へ、グシオンと福音の間を通過したのだ。赤い航空灯の様な物を点滅させていたソレに気が散らされたのか、狙いが下方へとズレた。

 

 白式は、純白をそのままに姿形を大きく変えていた。

 

《まだ死なないで昭弘》

 

 研ぎ澄まされている筈の感覚に、少年の爽やかながらも落ち着いた声と言葉が、普段と変わらず脳内へと届いた。

 一夏のその声に怒気は無いが、譲れない強い意志をふんだんに乗せていた。

 

 

 

 

 

 

─────少し前

 

 

 

 一夏は白式を真っ直ぐグシオンの元へ向かわせながらも、脳内を思考の波で揺らしていた。

 

 一夏には、ゴロの言葉の真意が解らなかった。

 人が持つ躊躇や恐れは弱さではない。恐怖に打ち勝たねばならない筈なのに、それでは現状のまま何も変わらない。

 

 いや、思えば一夏はずっと怯え通しの毎日だった。

 先を見据える事に怯え、才無き己に怯え、昭弘の消失に怯え、いつか日常が終わってしまう事に怯えていた。そして、それらに怯える事で大切な今すらまともに送れなくなるのが怖かった。

 それらが嫌だったから、一夏は努力し、創意工夫した。己だけの力を、弱いなりに最大限引き出せる様に。

 そうなれば、たった一つしかない己の道に僅かな光が灯る。昭弘と箒の力になれる。いつか終わってしまう日常を、少しは怯えずに過ごせる。

 怯えから逃れる為、一夏は日々惜しまず費やした。大切な人の役に立とうと。

 

───………役に立つ?

 

 一夏はある疑問に到達した。一体いつから自分は、怯えから逃れる事を目的にしたのかと。

 全ての恐怖から逃れたいが為、役立てる様になる。それは昭弘の為でも箒の為でもなく、一夏自身の為でしかない。

 それで恐怖を和らげる事が出来ても、恐怖から逃れる事までは出来ない。遅いか早いかでしかない。別れはいつか確実に訪れ、日常は終わるのだから。

 恐怖とは、ありのまま受け入れるしかないのだ。それでいてどうしたいか、自分の力と強さを弁えて行動するしかない。役割とはどこまでも手段でしかなく、目的にはなり得ない。

 

 恐怖を打ち消すだなんて絵空事だ。どれだけ意識しようと、人間が元来から持つ本能はどうにも出来ない。

 肝心なのは恐怖を受け入れる事、即ち、己が内に潜む恐怖に服従する事。だがそれは、恐怖に支配されるのとはまるで違う。

 

 単純な話、「そうなるのが嫌だから、そうならないようただ行動する」のだ。それは「役に立った」と思い込み、自己満足に浸るのとは正反対だ。

 では今この時、一夏が取るべき行動。本当に怯えるべきは何で、何が嫌なのか、どんな未来が真の絶望なのか。

 

───昭弘

 

 昭弘の命さえ助かるのなら、それこそが今の己の全てと解したなら、ただ恐怖という絶大な感情に突き動かされながら成し遂げるだけだ。

 

 一夏は、もう自身が何の役に立てなくても良かった。自分がどうなっても、他の何かがどう変わっても良かった。

 戦果だの貢献だの、それで昭弘にどう思われても良かった。

 

 そうと解った一夏は、恐怖に耐える事すらしなくなっていた。

 

───ああ…手が震える…鼓動が早まる…昭弘の色んな顔が立て続けに浮かんでは消えていく。これが……恐怖……

 

 やはり紅椿を止めたあの時の躊躇いは、間違いではなかったのだ、人を殺めなくて良かったのだ。もしそれで人死に少しでも慣れては、今感じているこの素晴らしき絶対的恐怖が薄れてしまう。

 

───ありがとう…ゴロ。オレにとって最も大切な感情を呼び起こしてくれて

 

 それはただ一つ。どんなに己の中身が変わっても、日々その事で迷い揺れ動こうと、ずっと変わらない昭弘を一番に想う感情。

 

 一夏は初めて、白式に願った。強くなくていい、せめてこの時だけでいい、昭弘を救えるだけの力を。

 おこがましいのは一夏も解っている。白式が二次移行するには、乗り手である一夏との稼動時間がまるで足りない。

 だが、白式は全て知っていた、一夏がこれまでに重ね得てきたものを。闘争から程遠いそれらが今、たった一人の青年の為だけに真価を発揮しようとしている。一つの純粋な恐怖に煽られし一夏は、それらを明瞭に理解していた。

 そして偶然か必然か、白式の番である紅椿。彼女の能力が一夏の望むそれらと、元々一つであった欠片同士であるが如く合致する点も、白式は知っていた。

 

 もし紅椿が覚醒しなければ、例え進化したとしても白式諸共一夏は散る。

 

 だがもう、白式にも止められなかった。一夏を突き動かしている、たった一つの感情を前にしては。

 そうでなくとも、白式の主はこの少年だけなのだ。どんな形であれ、それが闘いから遠いものであれ、一夏の求める力でなければ白式は輝かないのだ。

 

 

 

 人間である限り消せない、常に心の何処かに在る恐れ。

 今日、あらゆる場面で嫌という程感じていた。鈴音もシャルロットも、ラウラも、セシリアも。金属とは懸け離れた弱き肉体が、崩壊の悲鳴を上げているかの様に。

 

 箒はこの戦いで思った。そんな恐れとは無縁である無人ISの事が、嫌いなのだと。

 動揺も焦燥も不安も感じない彼等は、常に最適な答えを導き出す。それがどうにも気に食わなかった。恐れと懸命に鬩ぎ合いながら機体を動かす、そんな自分が無様に思えてくるからだ。

 タロたちの正しさは、箒もその身に染みている。それでも彼女は、彼等の行動にも、言葉にも、何の共感も得られないのだ。恐れと共に戦わねばならない箒たちの苦しみが、彼等には解らないのだから。

 

 解る筈なんて無いのに、懸命に解ろうとしてくる。精神の擦り切れた自分たちを、心から本気で案じてくる。命令ではなく、自らの知性で人を護る。

 彼等の海溝よりも深い優しさが、箒の心を却って痣だらけにする。自分が誰かが死ぬかもしれない最中、どうしてそんなに前を向けるのか、どうしてそれ程人に優しくなれるのか。箒は感情を殺して命令を待たなければ、何も出来ないと言うのに。

 

 いっその事箒は、タロとゴロにこてんぱんに否定して欲しかったのだ。足を引っ張ってばかりで無能な箒自身を。

 だのにそんな自身が「強い」と肯定されては、もう何をどうすれば良いのか解らなくなる。どこにも逃げられなくなる。

 

 だがきっと昭弘も、あの時側に居たのならゴロと同じ言葉を贈っただろう。その上でどうするか、箒に答えを委ねただろう。

 

 そう、これは決まった答えの無い「問い」なのだ。

 何故、恐怖に震える事が強い証拠なのか。何故、恐怖を持たない彼等無人ISは強いと言えないのか。もし本当にそうだとしたら、何故箒は抵抗を覚えるのか。

 

 もう、福音との接敵まで10秒あるか無いかだ。

 深く考える猶予は無い。ゴロが放った言葉を、もう一度脳内で再生する程度の事しか出来ない。

 

───………

 

───違う。「何故」という問題そのものが間違っている

 

 ゴロの言葉を疑問に思いながらも受け入れ、混乱する事自体が落とし穴だったのだ。

 彼女は先ず、はっきりと否定せねばならなかった。

 

 箒は、他の誰よりも弱い。

 他人との繋がりを人一倍求める癖に、自分からは素直になれない。そうして得た全ての繋がりを尊び、「全て選ぶ」と心の中で豪語する。その決意すらも破り、無関係な無法者は切り捨てようとする。卓越しているのは剣技だけで、本来命を張った戦場に居られる心の持ち主ではないのだ。

 そんな彼女がAIからどう映っているのかは、彼女にも解らない。だが「人間の持つ弱さこそ強さである」と、箒はその考えに同意出来なかった。弱者がどこまでも弱者でしかない事は、この戦いで思い知った。

 そして恐れを持たず、それでいて他者を想える彼等無人ISは、やはりどうしようもなく強い。

 

 だが思えば、弱者であるから何だと言うのか。

 そもそもISとは、弱者の為にあるパワードスーツ。絶大な怪力は、非力な人間が操作してこそ意味がある。シールドと保護機能は、人間の肉体と精神を護る為に。弱き人間は空すら飛べないが、ISはそれすら可能にしてくれる。

 

 紅椿こそ、その究極形であった。姉が最愛の妹に向けて作ったIS。剣も人もISも愛さずには居られない、故に己を磨き続ける、そんな弱き者の為のISなのだ。

 必要なのはただ一つ。己の弱さを誰よりも認め、一切のプライドを捨てる事。

 そこに辿り着けた起因は、皮肉にもあの民間船と無法者たちだ。彼等諸共殺そうとした時、箒は「真の弱者」となった。もう今の箒に、鍛練の成果だの矜恃だの、そんな綺麗事で出来た外殻は残っていない。

 

───……いつも…気付くのが遅い

 

 日々自分は強くなっている、だからもっと上手く戦える。加えてこのマシンならどんな難敵だろうと関係無い。そんな強がり、最初から要らなかった。箒は昭弘にも、セシリアにも、ラウラの様にもなれない。

 大事なのはその更に奥、(なま)の感情だ。弱い証拠であるソレから、目を反らしてはならないのだ。あとは箒が今持つ実力を、感情と合わせるだけ。

 

 箒にしかない我儘なその感情が今、大切な者たちを失いたくないと叫んでいる。

 今、その大切な者たちの中で、命の危機に陥っているヤツが居る。

 

 それは一体誰なのだ、篠ノ之箒よ。

 

───それは

 

 感情を爆発させるべく、弱い箒は思考を速める。現時点で存在する力をどう使うか。

 絶対的な力を振るい回す、銀の福音。対して、白式と一夏はどう相性が良いか。その間、自身と紅椿は何をすべきで、何がしたいか。

 

 もう手段なんて一切選ばない箒は、もっと貪欲に想像を掻き立てる。

 あの姉がこんな普通の機体で終わらせる筈無い、それを示す紅椿に隠された力。その力をどんな形として顕現させるか、他ならぬ箒ならどう使うか。

 

 そして最後に、昭弘とグシオンなら福音に勝てるかどうか。

 

 それを愚問と感じた瞬間、紅椿は「紅」でなくなっていた。

 

 箒を覆う紅い装甲部が、紅以外の色へと変色し出したのだ。

 

 

 

─────

 

 

 

 

 昭弘の危機に駆けつけた、純白の騎士。青黒い海面の上で赤々と四肢を点滅させているその様は、自分だけを見ろと観衆に言い聞かせている様であった。

 事実、もし観衆が居たら視線が集まるのも納得だ。ただでさえ目立っていた一対の機械翼は二対に増えており、何より雪片弍型も含めた光量の凄まじさだ。

 

 だがその姿に見とれる間も無く、昭弘は一夏に向けて叫んだ。

 

《離れろ一夏!!》

 

 今、福音の意識は白式へと向いている。いくら機動力に長けた白式だろうと、福音の弾幕を躱すのは不可能だ。

 

 

ミュゥン!ミュゥゥン!

 

 

 そんな昭弘の心配を打ち消す様に、今度は紅…ではなく金色のビットが2機飛んで来た。

 それらから放たれた光の矢を福音は容易く避けるが、弾幕の展開は阻止された。

 

《一夏の言う通りだ昭弘》

 

 またしてもスロー再生される事無く、普段から聞き慣れている少女の毅然とした声と言葉が届いた。まるでその瞬間だけ、マッドビーストが解かれているかの如く。

 その震え声は、恐怖からか怒りからか、或いは武者震いか。

 ただその瞳に漆黒の炎は無く、代わりに燃え盛っているは黄金色の炎であった。今箒が纏っている紅椿の真なる姿と同じく。

 

 

 少し見ぬ間に少なからぬ変化を遂げた、白式と紅椿。白銀と黄金に輝くその2機は、目を逸らしてしまう程に眩い。

 

 だが昭弘は、危機に駆け付けてくれた事への感謝と同じ位、憤りも感じていた。何故来たのだ、と。

 千冬の命令であろうと、やはり昭弘的には、こんなにも危険な敵に一夏と箒を会わせたくはなかったのだ。

 何より、愚かな道連れ劇に2人を巻き込みたくなかった。

 

 が、今は一夏と箒に物申している場合ではない。早速、福音が3機纏めて墜とすべく身体中の翼を輝かせる。

 先程死にかけた際の冷静さがまだ生きているのか、猛烈なる破壊衝動をどうにか抑えながら昭弘は指示を下す。

 

《一夏、一先ずは陽動を頼む。オレと箒で福音を撃ちまくる》

 

《オッケー》

 

《承知した》

 

 まるで弾幕そのものが本体を中心に膨らむ球体であるが如く、四方八方へ光弾を飛ばす福音。

 

 そんな中立ち回る3機の内、一足先に回線を震わせたのは箒であった。

 

《………死ぬ気だったのか?昭弘》

 

 どうやら、何となく察していた様だ。箒がそうであるなら、一夏もだろう。

 元々、昭弘の任務は福音の足止めだった。だのに福音がこれ程まで強化され、一人では確実に死ぬ状況で尚も戦っていては、そう思われても仕方ない。昭弘を良く知る、箒と一夏なら特にだ。

 

《…そうだ》

 

 昭弘はそれしか言えなかった。福音を斃す為だの皆を護る為だの、御大層な理由は全て言い訳でしかない。昭弘は死んで良いと思っていた、生きる必要性を見出せなかった。

 だからそのまま、箒の言葉を短く肯定するしかなかった。

 

《…今も?》

 

《…ああ》

 

 一夏にも、そう短く肯定で返した。

 そうして間髪入れず、2人に心の内を吐露した。

 

《お前たちとの日々は楽しかったが…オレには、生きたいと思えるようなモノがどうしても見つからなくてな》

 

 では誰かの為に生きろとなるが、この男にはそれも出来ない。生きる理由を、他人に押し付ける様な事は。

 

 吹き荒れる弾幕、歌声はそれに比例して今や怒号に等しくなっている。

 それは三者の間に流れる沈黙すら飲み込もうとするが、それは叶わなかった。逆に沈黙が、喧しい轟音を飲み込もうとしていた。

 

 

 その沈黙なる時間も、短くして終わった。福音に掻き消されたからではない、あくまで彼等自身が破ったものだ。

 

 沈黙を破ったのは、今度は一夏であった。

 

《……昭弘。みんなで…帰ろうよ》

《無理に生きろ…とは言わない。大切な人が死ぬのは怖いし嫌だけど……学校生活と同じで、いつかは終わってしまうものだから》

《それでも…今じゃないと思う。そこに理由なんて要らない。オレはただ、恐怖に駆られてそれを成し遂げるだけだから》

 

《だからさ…死なないで、昭弘。せめて学園に帰るまでは…》

 

 一夏が放った言葉を頭で整理する間も無く、箒が続く。

 

《私も成し遂げるぞ、昭弘。お前を此処で死なせるつもりは毛頭無い》

《これまでもこれからも、どう頑張ろうと私は弱い。そんな私はお前の喪失に耐えられない。…要はただそれだけの、私の稚拙な感情なんだ》

 

《どうか…生きてくれ昭弘、こんな私たちの為に》

 

 昭弘は悩んだ。

 

 もし本当に、皆助かる方法がこれしか無いのなら、昭弘は福音の道連れを変えないだろう。一夏と箒の言葉に従う事無く。

 ベアハッグだけでは、福音のSE100%を削り切るのに時間が掛かり過ぎる。その間に至近距離で何度も殴られれば、逆にグシオンのSEが無くなる。

 だがもし昭弘も生きれる方法が他にあるのなら、進化した白式と目覚めた紅椿にそれが為せるのなら、昭弘の道連れ戦術は単なる自殺と一緒だ。

 

 事実、強大な圧力を加え続ければ、福音は撃墜出来るのだ。どれだけ進化しようと、ISである以上外的な力を受ければSEは減少する。要はその減少速度だ。圧力でSEを効率良く減らすには、腕力で締め上げるよりもペンチの様に鋭利な物で挟むのが有効だ。

 その条件を満たす武器を、昭弘は知っていた。今こそ手元に無いがもし…もし、グシオンが進化出来れば。長い時間グシオンと共に稼動してきた昭弘なら可能かもしれないが、今進化出来る確証は勿論、保証も無い。

 

 もうそこから先は二者択一であった。

 生きるか、死ぬか。

 

(………オレは)

  

 昭弘には生きる目的が無い。それに目を瞑って何となく生きたとしても、最終的に訪れるのは殺す殺されるしかない愚かで無意味な居場所だ。

 ただ、生きれるのなら、生きねばならない。自ら命を捨てる行為は、友を自ら捨てるが如き愚行である。そして箒と一夏、だけでなく皆だろう、昭弘の生を望んでいる。

 

 しかし「仕方なく生きる」程度では、ISは応えてくれない。

 もしそんな状態で生きる選択を取れば、間違いなく3人共ここで死ぬ。

 

 

 ジレンマに追い詰められた昭弘は、一夏と箒に何の言葉も返せないでいた。

 

 そんな何も答えない昭弘に、2人は再び言葉を付け足す。こんな時の為に取っておいた、“その言葉”を。

 

 

 

生きてれば、良い事あるものだ

 

 

 

 2人の声で構成されたその言葉に、昭弘は頭の中で己の声をも重ねる。まるで嘗て、昭弘自身も口に出した事があるかの様に。

 

 言葉にしてみれば何て事は無い、清々しい程シンプルな答え。

 だがその言葉には、昭弘にとっての真理が凝縮されていた。嘗ての昭弘も、そうだったのだから。

 

 前の世界、与えられた「未来へと続く大通り」を歩いて昭弘は過ごしてきた。

 だがそれ以前に未来なんて常に在り、日々どころか毎秒通過していた。思い通りになった、或いは何の予期もせず迎えた日常における未来。時には戦場で牙を剥き、時には家族の和の中で楽しませてきた未来。

 その常理は、一度死んでこの世界に生きてもそのままであった。小さな未来を常に通過し続け、良き悪き思い出となり、昭弘をまた新しい昭弘へと構成していく。

 

 道が無くとも、或いは道の先に決して避けられない絶望が待っていようと、生きている限り未来は直ぐ手前に在る。通過すべき現実として。

 それは時に、余りに唐突な衝撃を起こしては道を作り出すものだ。そこに絶対は無く、作り出されるかどうかは誰にも分からない。全ては不確実な、可能性に過ぎない。

 

 目的なんて、見つかるかもしれないし見つからないかもしれない。

 「生きてれば良い事ある」とは、どうなるか分からないという事。故に、昭弘が目的についてどうこう悩む事に意味は無い。

 

───だったらオレは…ただボーッと、道が出来上がるのを待ってるだけか?

 

 だが分からない以上、生を捨て去る事は出来ない。

 

 運否天賦に身を任せていると、そう言い換えられても仕方が無いかもしれない。事実、人生の半分はそうだ。

 ただ、日常という昭弘の世界は、目的の為にある訳では無い。自分自身を作り上げるのが日常だ。

 その日常を空虚に感じる様な仲間が、果たして昭弘の周りに居ただろうか。

 

 己の道を作れないまま、昭弘は一日一日を生きてきた。箒との、一夏との、皆との日々を。だがその中に、無味で虚ろな時間なんて一つも無かった。

 過ごしたその時間は、予知なんて出来ない絶えず変動する可能性が具現化したものだった。

 

 先が何も見えないのは、暗くて恐ろしいものだ。しかし、だからこそ分からない未来を待つ“今”は面白い。昭弘が、IS学園で学んだ事だ。

 無理に目的を見つける必要は無い。昭弘が昭弘である限り、今と未来は続いていく。生きる理由なんて、それだけで十分だ。

 

 

 ずっと思っていた、道の無い己に生きる理由は無いと、己の命は軽いモノだと。己の凄惨な結末は変わらないと。

 重要なのはそこではなかった。「生」がどう構成されているのか、それすら昭弘は解っていなかった。

 

 人生とは可能性そのものだ。昭弘が彼女たちと出会い、訳の分からない変化を遂げた様に。

 

 安易な予想も綿密に纏めた予想も裏切り、時にはその通りになったり、誰かが何かが変わったり変わらなかったりする場所。全てを巻き込んで混沌とする場所。

 昭弘は、そんなIS学園がただ好きだったのだ。底も天井も見えないパワーで新たな道を見せてくれる、IS学園と其処に居る人々が。だから今まで生きてこれた。

 

 “道”なんて、昭弘がIS学園に足を踏み入れた瞬間からあったのだ。細かく張り巡らされすぎて、道であると判らぬ程に。

 結末が変わらなくとも、今と最期の間にある未来は常に昭弘を待っている。

 

 

 ならば───

 

───…グシオン、オレは辿り着きたい。何がどうなるか分からない、明日へと

 

───殺し合いの地獄を迎えるまでの間、オレはただ全力で生きたい。(未知)(満ち)たIS学園で

 

 箒と共に味わった、小島での至高の一時。それすら超える“何か”を生み出すかもしれない、そんな「分からない」だらけの未来を求めて。

 

 

 

 

 

─────グシオンリベイク、二次移行開始。

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