昭弘が求める、グシオンの進化は成された。
右手の甲には黒く光るナックルシールド。両腕はそれに見劣りしない様にと、鉄骨の如く更にその無骨さを増していた。そのメカメカしい角張は背部のサブアームユニットにまで及んでおり、より冷徹さと凶暴さを増した様相だ。
スラスター及びバーニアは更に小さく分断され、より多くそして満遍なく各部に配置されていた。
それ以外見た目に大きな変化は無いが、ある一部分だけは一目瞭然な変貌を遂げていた。
己の命すら省みない獣に過ぎなかった、無機質でただ赤い発光体。その目は今や血を混ぜた宝石の如く、紅々と輝いていた。
生にしがみつくその新たな機体の名は、『グシオンリベイクフルシティ』。
最終局面、反撃の狼煙が上がった。
福音が上下左右前後に飛ばす弾幕の形は、正確には完全なる球体ではなかった。相手3機が激しく動き回るのも理由の一つだが、何より白式へと攻撃が集中してしまうからだ。
敵を3機共等しく視認はしているものの、理屈に合わない機械翼を羽ばたかせる様な機動、太陽より眩いのに何故かはっきり見えるボディとその四肢で何度も灯る赤い光、そして零落白夜への過剰な警戒が、無意識の内に光弾をより多く白式へ放ってしまう。
機械翼の増設によって速度は従来の1.5倍、二段階瞬時加速という荒技も可能となった白式。
そして、雪片弐型に付与された新たな機能が「雪羅」。零落白夜を発動させたまま空を斬ると、斬撃そのものが形となって暫く残るのだ、ビーム無効化機能をそのままに。つまり、急拵えの盾となるのだ。
(凄いよ箒。アンタの感情がどんどん入り込んで来る)
そして白式は未だ飛べていた、SE残量にそれなりの余裕を残したまま。既に何発も光弾が直撃しているのに。
それこそが、黄金に光る紅椿の真なる能力「絢爛舞踏」。
スラスター増設による出力上昇、ほぼ使いっぱなしな零落白夜、白式のエネルギー消費量は従来のそれを大きく上回る。そのエネルギーを絶えず与え続けるのが、紅椿の役割だ。
何らかの手段で何処かから源を拝借しているのか、自然のエネルギーを変換しているのか、それとも元々の膨大なエネルギーを蓄える為の蔵が紅椿にあったのか、原理は定かではない。
だが紅椿の覚醒は大凡、箒の意思が大元となっていた。攻撃を一手に引き受ける白式の存在は福音戦に必須、だがそうなれば瞬く間に白式はSE切れで粒子化する。ならば紅椿から白式へエネルギーを、しかも無駄な動きもタイムラグも無く送れないかと、そう箒は考えたのだ。というより願いをぶつけたのだ、紅椿に対して。
箒の抱えきれない感情に、紅椿が応えたとでも言うのだろうか。
確かな事は一つ、白式が消費し紅椿が与える。束の思惑通り正しく2機は「番」同士なのだ。
(本当に…昭弘の事が好きなんだね。オレの想いに負けないくらい)
束の思惑に反している点は二つ。
白式に力を分け与えるのは、何も一夏に対して強く願っているからではない。ただ昭弘を助ける為に、自分に出来る事をやっているだけなのだ。
それは一夏とて同じ事。彼は箒の想いに応えるべく、剣を振るっているのではない。昭弘が王手に着けるよう、道を斬り開いているだけに過ぎない。
実際、必死に動き躱して、剣を振り続けて護って、そうでもしなければ一夏と白式はやられてしまう。
絢爛舞踏は万能ではない。SEを瞬時に回復出来る訳でもなければ、0になったエネルギーを復活させる事も出来ない。SEの減少速度が上回ってはならないのだ。
これまで一夏が重ねてきた鍛錬と地道な努力。今、それら全てを出し切る事で辛うじて均衡が保たれていた。
だがそれでも本来なら押し負ける。福音が全ての光弾を白式一機に集中させれば、それで済む話だ。
それが出来ないのは、紅椿とグシオンの存在があった。
福音が下に逃げても上に逃げても、水面スレスレを飛ぼうと遙か成層圏へ向けて急加速しようと、まるでミサイルの如く猛追を緩めない。それも今までなら簡単に墜とせたが、白式が居る以上グシオンと紅椿に弾幕を集中させる事は出来ない。飛び道具を躱しながら白式だけ狙う手もあるが、そうなるとグシオンと紅椿は回避行動を取らなくなり、最短距離で突っ込んで来る。紅椿は振り切れるかもしれないが、二次移行したグシオンは無理だ。
故に、ただ対等の条件下でこの2機と撃ち合うしかない。
ただでさえ激しいエネルギー消費に、与えられたダメージ。本来いつ墜ちても不思議はなかった紅椿を、箒は黄金色に染めたまま飛び続ける。どうやら絢爛舞踏は、自ら発動している紅椿すら回復させる様だ。
それでも、回復速度は白式より遙かに遅い。その点をとうに把握済みな箒は、激しく小刻みな「避けては斬り」を繰り返す。
いとも容易く避けられる斬撃波を、それでもただしっかりと狙って放つ。どんな光の大玉をも躱しつつ、一振り一振りに魂を込めて。これ以上のエネルギーを白式に送れずとも気にしない、一夏を信じるだけだ。
それはまるで素振りの様であった。何かを斬るでもないのに、有意義で心の安寧に満ちている時間。箒はそれを今この実戦で感じていた。
(怖いだろう?延々と襲ってくるカマイタチは)
そう思いながら、今度は雨月による突き攻撃をも織り交ぜる箒。弾速こそ空裂より上だが、やはり攻撃範囲が狭い為か難無く躱される。それで構わなかった、福音に新たな攻撃手段を見せれれば。
己の飛ばした斬撃や刺突を躱し続け、2機のビットから逃げ惑い、来るな来るなと喚く様に弾幕を張ってくる福音。この戦いの本質を理解している箒にとって、これ程面白い事はなかった。奴が紅椿の追撃を意識すればする程、致命の一撃は届き易くなる。その一撃を担うのは、箒でも一夏でもない。
姉の庇護によって作られたこの機体。箒はその力を振るう事に、今や一滴の後ろめたさも、ましてや責任感も義務感もなかった。恐怖と喜悦が等しく混在している今、それ所ではないのだ。ましてや相手は世界最強クラスの軍用IS、どんな戦法を取ろうと文句を言われる筋合いは無い。
自分の剣技と姉の作ったISで昭弘を救えるのなら、これ程良い事はない。
そう感じているのは無論、一夏もだ。
先程と同じく役割に縛られながら飛んでる筈の2人は、これまでの何よりも大空を自由に翔んでいた。
元は盾剣であったサルコクスを左手に持ち、右手の滑腔砲と両サブアームのミニガンを乱射しながら福音へと接近する、昭弘とグシオン。
対する福音も大軍の様な光弾幕で応戦してくるが、白式と紅椿に弾幕の多くを回している為、二次移行前の福音とそこまで弾幕量に差は無い。
そんな状況下でも、昭弘は箒と一夏に絶えず感謝の念を抱いていた。
ありがとう、自身の窮地に駆け付けてくれて。
ありがとう、生きたいと思わせてくれて。
そしてありがとう、共に戦ってくれて。
言った所で、あの2人ならきっと「礼には及ばない」の一言で片付けるだろう。それでも、感謝せずにはいられない昭弘。あの2人はもう、護られる対象ではないのだ。
勝つのだ。命たちの為に、自分を構成してきた全ての世界の為に。昭弘自身の未来の為に。
対して、勝たねばならないのは福音もだ。白式を嫌程意識し、恐れの表れか紅椿への反撃を増大させても尚、残った意識と光弾たちでグシオンを迎撃しようとする。横一直線と縦一直線に並べた光弾、グシオンの進路を囲う様に放った光弾、左右上下に薙ぎ払う小光弾、それら全てを含んだ弾幕を展開する。
だがグシオンは、その光弾たちを無駄無き動きで処理する。ターゲットに向けて全速前進のまま、右肩左肩を傾けながら最小限の動作で光弾と擦れ違い、大きく避ける必要のある玉はシザーシールドで弾く。その度、生きたルビーと化した目があらゆる方向に輝く。
その姿は狂獣というよりも、誇り高き狼。仲間と共に生き抜く為に、その命を張る孤高になれない獣。
(…そういや、「あの時」も
あの時の昭弘は、残された家族の為にその力を振り絞った。だが状況的にどうしようもなかったとは言え、自らの命すらも消費してしまった。
そして悲しい事に、昭弘自身が家族の為にそれを一番望んでいた。
今は違う。この武器で敵にトドメを刺し、必ず自身も生き残る。明日を失うなんて二度も要らない。
「生きてりゃ、良い事あるもんだしな」
そう小さく呟きながら、蛇の様に福音との距離をジワジワと詰めていく昭弘。
マルチスラスターという強力な翼を持っているが故の、速過ぎるが故の弊害。どんな攻撃も大きく避けてしまう福音は、最小限の空中機動で迫るグシオンを振り切る事が出来ないのだ。
心なしか、逃げる福音に狼狽の色が伺える。
この時までの戦いで昭弘は気付いたが、福音には明確な恐怖が存在する。音檄や無人ISとは違って。
自分が有利な時は棒立ちして見せて余裕綽々な態度を取るが、不利になると機械とは思えない程動きが荒くなる。でなければ紅椿の猛攻に対して、アレ程まで過剰に反応しない。
だがそれだけで、昭弘たちがここまで互角に戦える筈が無い。福音は時間が経つにつれて、攻撃頻度が高くなっていく割に、空中機動と射撃精度が大雑把でいい加減になっている。そこには、これまで戦ってきた、そして今も音檄たちと戦っている仲間の存在があった。下僕である音檄が今も尚どんどん墜とされている現状、完全に囲まれる前にこのグシオンら3機を始末せねばならない、故に焦る。
これはつまり、操縦者ごと乗っ取っている分、人間の本能も取り込んでしまった所か。若しくはVTシステムと類似した状況か。
(何だっていい、要はどっちが強いかだ)
生きていく事、失う事、そして死。福音と同じく、昭弘の心にもそれらへ向けた恐怖はある。終わりが近い所で拮抗している今、後は互いの心の問題だ。
どちらの心が勝るか、より恐怖が大きいのはどちらか、その恐怖を力に変えられるのはどちらか。
───見えた
仕掛けたのは昭弘だった。
余計な程縦横無尽に避け続ける福音へ、紅椿の放った特大のカマイタチが2本、大気を裂きながら突き進んで来る。それを察知した福音はグシオンへの弾幕を数瞬だけ紅椿に回し、二回り程大きく避けようとする。
福音の軌道をこれまでの戦闘から読み抜いた昭弘は、相手の初動と同時に瞬時加速を行う。チャージの時間は僅かコンマ2秒、正に超短距離特化の突進だ。目指す位置はU字を描く軌道の最終地点、福音の横っ腹。
白式に向けざるを得ない意識、加えて紅椿への狼狽を抑え込めない福音は、それでもどうにか振り向いて光弾を放つ。此方も此方で、グシオンの動きは読んでいた。
放てたのは2~3発程度だが、グシオンのSEは変わらず僅か。十分削り切れる。
が、この瞬間においてその数発は無意味であった。
進化したサルコクス、シザーシールドのブ厚さは盾というより最早壁そのもの。それを全面に構えたまま突撃されては、超エネルギーの塊である光弾だろうと3発では足りない。
ガシャゴォン!!
激突の直前、素早くシールドの構えを変えたグシオンにより、鋭き鉄塊の先端から中心点までジャギンと開いた。
そして衝撃。
X字の半分である持ち手を両手で握るグシオン。その反対側には、凶器と化している二枚の鉄塊に挟まれる福音。
勝敗は呆気なく決した。
後はグシオンがどのISをも凌ぐ怪力で以て、持ち手を閉じようとすれば終わりだ。
例え福音がこれ以上進化しようと、シザーシールドに挟まれている現状、そのまま圧力を加えられて再びSEはゼロとなる。
この大き過ぎるペンチに捕まれば最期、どんなISだろうと絶対に逃げられない。
♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪♪ッッ!!!!!
当然、福音は足掻き暴れる。数多のスラスターをあらゆる方向へ噴射し、光弾を打ち上げ花火の暴発が如く放ちまくり、自身を挟む二枚の刃を殴り続け、届く筈の無い手をグシオンへ向けて振り回す。
今や白式への意識も紅椿への警戒も、そしてグシオンへの憎しみすら福音には無く、有るのは恐怖に飲み込まれた心のみだった。
何が怖いのだろうか。回収され欠陥品として凍結される事か、目的を達成出来ない事か、主と離れ離れになる事か。
「……これが」
ただ一つ確かな事を、昭弘は震える福音に言い放つ。それは、生きたいと思い死を恐れる事が出来た昭弘だからこそ、言えた言葉だった。
「皆が味わったモノだ」
喪失という絶望を、短い間に振り撒いてきた福音。その絶望が最後の幕、己に纏めて返ってきた瞬間であった。
そうして漸く、福音は気付いた。
ISの滅殺こそ世界と主の為で、それを成せるならどんな犠牲も致し方無い。福音にとって主以外の人間など有象無象にも及ばず、どうなろうと知った事ではない。
そう思っていた。だが圧倒的絶望に自ら直面した今、福音は思い知った。「死」がどういうものなのかを。そして、その過程で生じる恐怖がどれだけのものかを。
彼女は、銀の福音はもう、暴れるのを止めていた。
「…じゃあな」
ギギギ…
鉄が鉄を圧する音だけが最後に響き、ほぼ満タンだった福音のSEは一瞬で消え、憎々しい銀色のボディは忽ち粒子となって中空へと消えた。
だが福音は最後の最後、操縦者保護機能により最愛の人だけは守り抜いた。どれだけ冷酷になろうと、思考が恐怖に支配されようと、その愛だけは消えなかった。
そして昭弘は解放された福音のパイロットを───
助けた。
白式は二次移行というより1.5次移行って感じになりました。機械腕も取り払っております。原作みたくただ単に強くしすぎると、「じゃあ今までの特訓は何だったんだ」となりますので。
事実、こっちの方がサポート役としてかなり動かし易かったです。
紅椿は自身と白式にしかエネルギーを送れない分、接触せずとも供給出来るようにしました。だって白式の傍に居たら諸共蜂の巣にされますし…。
他の機体へもエネルギー供給出来るようになるかは、まだ何とも言えないです。
あとグシオンのシザーシールドですが、こちらの世界でも基本的に一撃必殺で、腕だろうが脚だろうが挟まれたらもうそれで終わりです。