IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回は日常回です。
話は中々進みません。あと、チッフが若干ポンコツ化してる・・・かもです。
ISの実技演習や鈴の登場は次回に持ち越しちゃいます。すみません。


第7話 戦士たちへの労い

―――――4月18日(月) 08:30―――――

 

 朝のチャイムが鳴ると同時に、千冬と真耶が1年1組へ入室する。

 

 クラス全員の出席を取り終えいよいよSHRへと入る前にセシリアが挙手し、この場を借りての発言を求めてきた。

 内容は、平たく言えばクラスメイト皆への謝罪であった。この1週間自身の高圧的な態度や聞く者を不快にする様な発言をしてきたこと、昭弘に対して行ったソレと同じく謝罪したのだ。一夏に対しては特に大袈裟に今までの無礼を謝罪した。 

 そして、今後ISに関して何か解らないことがあったなら是非自分のことを頼って欲しいとも。

 一応、先程未だ教室に居なかったクラスメイトにも配慮して、昭弘には既に謝罪を行った旨も説明しておいた。

 

 皆、そんなセシリアの謝罪を快く受け入れてくれた。

 

 

 そんな訳で少し遅れてSHRが始まった。時間も押しているので、千冬は間髪入れず議題に入った。

 

「ではこのSHRを利用して、()()クラス代表を決めたいと思う」

 

 千冬のその発言に、クラス中が頭に疑問符を浮かべる。クラス代表は昭弘で決定した筈では、と。

 

 皆の疑問を無言から汲み取った千冬は、したり顔で説明する。

 

「何も私は勝った者をクラス代表にするとは一言も言っていないぞ?」

 

 千冬の答えに、皆呆気に取られるが同時に安堵もしていた。入学初日程ではないにしろ、未だクラスメイトの大半は昭弘への苦手意識が拭えていない。

 では何の為の模擬試合だったのかとセシリアが抗議する前に、千冬は話を進める。

 

「クラス全員に再度問う。誰が良いと思う?()()()()は問わん」

 

 千冬がそんな一声を投げかけると、そう短くない静寂が1年1組を支配した。

 しかし、1分程経過するとやがて挙手をする者が現れた。それはセシリアではなく、以外にも一夏であった。

 

「チフ…織斑先生、その……オレにクラス代表をやらせてくれませんか!?」

 

 突然の申し出に、クラス中が一夏へ視線を送る。

 

「ほう随分な気の変わり様だな?」

 

 そんな口調の千冬に対して一夏は彼女が理由を求めているのだと解釈し、これまでの気持ちの変化を語り始める。

 

「最初に他推されたのは、正直嫌でした

 

 ISに関して殆ど知識も無く動かし方すら良く解ってない状態では、絶対無理だと頭を抱えたくもなろう。おまけにIS自体にも興味関心が薄いようでは、ヤル気も起きまい。

 

「けどこの一週間皆からISについて色々教わって、改めて「ISって面白いな」ってなったんです。何よりセシリアや昭弘との模擬戦を通じて、もっともっと強くなりたいと思うようになったんです」

 

 皆の助力が着火材となって、一夏の心に火を付けたのだ。

 

「だからクラス代表をやってみようと思ったんです。代表になればISについて色んな角度から関われるようになるかもだし、 模擬戦の機会も増える」

 

 流石に「千冬姉を護りたいから」とは、この場では言わなかった。

 そこまで言い終えると、一夏は申し訳無さそうに周囲を見渡してから再び口を開く。

 

「…クラスの皆にも迷惑を掛けるかもしれません。1組への指導方針だって、オレに合わせることになるんだろうし。もしそれでも良いと言うなら、オレがクラス代表になっちゃ…ダメですか?」

 

 一夏のその真摯な態度に、千冬は一瞬だけ柔らかい笑みを溢すと再びクラス全員に向き直る。

 

「だそうだ。皆、織斑がクラス代表となることに異議はあるか?」

 

 千冬からの確認に対して、先ずは昭弘とセシリアが返す。

 

「それだけ意欲が有るんなら、オレは一夏がクラス代表で異論は無いっす」

 

「私も、今回の模擬戦で少し頭を冷やしましたわ。冷静に考えてみればクラスの皆さんには失礼かと思いますが、私やアルトランドの実力に合わせるとなると皆さんもついていけなくなると思いますし」

 

 2人の意見を聞くと、千冬は「他には?」と周囲を見渡す。

 

「私も織斑君で良いと思いまーす」

 

「私もそう思います。というか先の模擬戦を観た限りだと、少なくとも私たちよりかは実力あると思いますし」

 

 一応、反対者は出なかった。納得の行かない顔をした生徒も若干名いたが、意見を口に出さない以上数には含めない。

 

 もう少しだけ周囲を見渡すと、千冬は締切に入った。

 

 

 

―――廊下にて―――

 

 朝のSHRも終わり、千冬と真耶は職員室へと歩を進めていた。

 すると千冬は、真耶からの懐疑的な視線に気づく。

 

「どうした?山田先生。私の黒髪に白髪でも混ざってたか?」

 

 等と千冬がすっとぼけると、真耶は皮肉交じりに言葉を放つ。

 

「…良かったですね。()()クラス代表が決まって」

 

「全くだ。これで君も解っただろう?私の考えが」

 

「…織斑先生、失礼を承知で訊きますがまさか「結果オーライ」だなんて考えていませんよね?」

 

 真耶が笑顔で且つ静かな怒気の入った声で尋ねると、千冬はまるで悪さをして飼い主に問い詰められてる家犬の様に首ごと真耶から視線を逸らす。

 

「お・り・む・ら・せ・ん・せ・い?」

 

 そう言いながら真耶が千冬の顔面がある方に回り込むと、千冬は観念したのか深く息を吐いた後素直に白状した。

 

「…ああ、君の想像通りだ。今回の模擬戦については、完全なる「結果オーライ」だ」

 

「…つまり「戦わせれば何とかなるのではないか?」…こういうことですね?」

 

「…………うむ」

 

 その力無い返答を聞いた真耶は、呆れによって身体中の空気が抜けた様に首をガクンと下げてしまう。

 確かに結果だけ見れば実に素晴らしいものだ。昭弘とセシリアの険悪さは成りを潜め、クラスの雰囲気も良くなり、おまけにクラス代表も無難な人選となった。

 しかしまた別の結果も有り得たのだ。やり方としては千冬らしいが、真耶は千冬が「凄さ」と同時に併せ持つ「危うさ」をも改めて実感した。

 

 今後は、自分も副担任としてしっかりせねばと真耶は今迄以上に「教師」として意気込んだ。

 ただ、未だに罰の悪そうな顔をしている千冬を見て「流石に言い過ぎたか」と思い至った真耶は、千冬のフォローに入る。

 

「まぁその…織斑先生のそういう大雑把な所も含めて、私は貴女を尊敬していますよ?ただ、今後は私にも是非意見を求めて下さいね?私はインターン生ではなく、副担任なんですから」

 

 真耶の露骨なフォローを察したのか、千冬は苦笑いを覗かせながら返答する。

 

「ありがとう山田先生。私よりも君の方が余程教師らしいよ」

 

「そ、そんなこと無いですよ!私だって、今回のクラス代表選出は傍観していた様なものですし」

 

「HAHAHAHA!まぁ、お互い今回のことを次の糧にしようじゃないか。なんせ我々は、教師としてはまだまだ未熟も未熟なのだからな」

 

 何やら開き直るための出汁に使われた気がしないでもない真耶であった。

 

 そんなことを考えていると、千冬がもう既に10歩程前を歩いているので慌てて真耶は追いかける。

 

 

 

 

 

―――放課後―――

 

パァン!!パパァン!パン!

 

 食堂にて、軽快なクラッカー音が空間を震わせる。

 

「「「「「織斑くん!クラス代表就任おめでとうございまぁす!!」」」」」

 

 困惑する一夏を他所に、勝手に盛り上がり始める1年1組のクラスメイトたちであった。

 

 一夏のクラス代表就任を記念して、食堂を使ったパーティが開かれたのだ。放課後且つ他の部活動の迷惑にならないという条件付きで、許可が下りた。

 実は今回のパーティ、入学初日から相川らが密かに計画していたものだった。食堂の貸し切りも、先週の月曜日に済ませておいたらしい。凄まじい行動力である。

 一応IS学園の防音対策はしっかり為されているし、学食周囲には決まった部活動も無いので特に問題は無い。実際此処は、放課後クラスの集まりに偶に使われていたりする。

 

 一夏の両脇には、右手側にセシリア左手側に箒が控えており両者の間で陣取り合戦が行われていた。

 昭弘は、そんな三者の様子を少し離れた所から微笑ましく見ていた。

 

「貴様!さっきから鬱陶しいぞ!」

 

「鬱陶しいのは貴女ですわ!」

 

 箒とセシリアが言い争っている間に、今度は他の女子生徒たちが一夏の隣を陣取る。

 

 一夏は心底疲れ切った眼だけを昭弘に向けて助けを求める。

 

(オレが行っても周囲の居心地が悪くなるだけだしな…)

 

 そう申し訳なさそうな顔をしながら、昭弘は一夏の懇願の眼差しから目を背ける。

 

 昭弘の表情を見て、一夏は自身の懇願とは関係無しに一抹の虚しさを覚える。折角のパーティで友人が一人で居るのは、一夏にとっても気分の良いものではないだろう。

 一夏は未だセシリアと口論を続けている箒にアイコンタクトを送ると、一夏と付き合いの長い箒はそれだけで彼の考えを察した。

 

「あっ!織斑くん!何処行くの?」

 

「ちょっ!篠ノ之さん!逃げる気ですの!?」

 

 2人して昭弘の方に向かうと一夏が昭弘の右肩、箒が左肩を掴み半ば強引に昭弘を連れて行こうとする。

 

「いやしかし、オレまで居るt「「いいから来い」」…わかったよ」

 

 有無を言わせぬ2人に押し切られた昭弘は、後ろめたい気持ちを隠しながら皆が居るテーブルへと赴く。

 

「わぁ~~い、アキヒーも来た~~」

 

「一夏のご厚意に感謝することですわねアルトランド」

 

 本音とセシリアが対照的な反応をしながら昭弘を迎え入れた。

 

 昭弘が来た途端、やはりと言うべきか先程の賑わいがピタリと止んだ。

 連れてきた張本人である一夏と箒も、どうにか話題を切り出そうと必死に頭を振り絞る。がしかし、いくら頭を捻ってもクラスメイトと昭弘との共通の話題が見つからない。すると―――

 

「…皆はもう学校生活に慣れたか?」

 

 意外にも、昭弘からクラスメイトに話しかけてきたのだ。

 

「えっ?あ…はい、それなりには…」

 

 一人がそう答えると、昭弘は静かに笑みを溢しながら返した。

 

「そいつは何よりだ。オレはまだまだ此処での生活に慣れてなくてな。皆はどうなのか、少し気になってたんだ」

 

「そうなんですか?」

 

 谷本が意外そうな反応を示す。昭弘が余りに普段から落ち着いてる為、もう慣れたものとばかり思っていたのだ。

 

「そんなこと無いさ。何せ今迄、此処とはまるで違う世界で生きてきたんだからな」

 

 昭弘が今迄やってきた事は、平たく言えば“人殺し”だ。確かに鉄華団を立ち上げてからは強い目的意識を持つようにはなったが、仕事の内容は以前とほぼ変わることはなかった。

 束達と過ごした2ヶ月間を以てしても、昭弘の根幹に染み着いた“日常”までは変わることが無かった。

 

 そんな昭弘にとって此処IS学園は、言うなれば「別の惑星」に等しい場所であった。

 子供が誰一人として武装しておらず、 緊急時に“殺す殺される”と言うこと自体想定されてないのだ。

 「先生」と呼ばれる大人たちも暴力を振るうどころか常に子供たちを心配しており、暖かい目で見守っている。少なくとも昭弘にとって大人は子供を殴って当たり前、子供は大人に殴られて当たり前だった。

 他にも細かい違いは有るが、挙げるとキリがないので省略する。

 

「本当に此処は何もかもが違う。勿論それは良いことだ。この一週間と少しの間で誰も死んでいないのが、その理由だ」

「誰一人死ぬことなく、皆日々の勉学や活動に生き生きとしながら取り組んでいる。…時々オレは思うんだ、此処は「天国」なんじゃないかってな。実際のオレは()()()()()()()()()()()、今迄頑張ってきたオレへの褒美として誰かがこの平穏な世界をくれたんじゃないかってな。まぁ実際に人を殺しまくったオレが、天国に行けることはないと思うが」

 

 クラス一同、真剣な面持ちで黙って昭弘の話を聞いていた。そして、その途方もない位に異なる“価値観”を脳内にしっかりと刻んでおいた。

 学校という閉鎖された空間、決して楽ではない授業、人間関係、規則・規律。自ら望んで入学したにしろ、彼女たちにとってそんな日常は決して天国などではなかった。そんな当たり前の日々の繰り返しも、昭弘にとっては1日1日が掛け替えの無いモノなのだ。

 

 そんなことを考えただけで、彼女たちは自分自身が酷く情けなく思えてしまう。これだけ恵まれた環境に身を置いていると言うのに、何を日々の学校生活に疲れた気でいるのかと。

 

「話が長くなりすぎたな。…そういや、今回のこの「パーティ」とやらは誰が企画したんだ?」

 

 昭弘が周囲にそう尋ねると、相川が吃りながら名乗り出る。

 

「わ、わわ、私ですっ!その…お気に召してくれましたか?」

 

 パーティの主役は一夏だから自身に訊くのは筋違いな気もすると昭弘は考えたが、彼女の為にも素直に答える事にした。

 

「まぁ、皆で騒ぐのは存外嫌いじゃない」

 

 昭弘の返答を聞いて相川は胸を撫で下ろし、緊張で強張っていた表情を緩ませる。

 確かに、主役が居るとは言え皆で楽んでこそのパーティだ。だからか相川なりに、折角のパーティで少し距離を置いている昭弘のことが少し気懸りだったのかもしれない。

 

 

 その後は雰囲気も元に戻り、彼女たちの雑談は続いた。

 

「ねぇねぇ!オルコットさん!“アレ”やってよ!」

 

 アレとは何の事か身に覚えの無いセシリアは、クラスメイトからの“謎の要求”に首を傾げる。

 

「ホラ!この前アルトランドさんと戦った時のあの“凶悪な笑み”!私達アレ見てオルコットさんのファンになっちゃったんだよねぇ!」

 

 彼女達4人の瞳は、期待の光で満ち溢れていた。

 

「は、はぁ…(何ですのこの方たちは!?俗に言うマゾという奴ですの!?)」

 

 内心で動揺しながらも、セシリアは彼女たちの要求に応えようとする。

 この1週間クラスの雰囲気を少なからず悪くしていたので、少しくらいならクラスメイトからのお願いには応えたいのだ。一夏との絡みを邪魔されたのは癪だが。

 

 一つ小さくため息を吐きながら、セシリアは彼女たちに向き直る。

 

……ギロリ

 

「「「「きゃーーーーーッ!!!」」」」

 

 黄色い歓声が食堂に響き渡る。

 

 対して引き攣った笑いを浮かべるセシリアは、彼女たちから僅かに距離を取る。

 

「確かにかっこいいな!やっぱアレか?お嬢様が普段見せない「ギャップ」みたいなのもあるのかな?」

 

 一夏からそう言われて、セシリアの引き攣った笑みは満面の笑みへと変貌する。脳内が一夏が関わるとお花畑に変貌する苗床にでもなっているのだろうか。

 

 そんなセシリアに、箒は嫉妬の眼差しを向けながら呟く。

 

「フン!馬鹿共が」

 

「お前も一夏にやってみたらどうだ?」

 

 脳内が一夏が関わると沸騰する鍋になっている箒は、昭弘の言葉で取扱説明の通り顔を赤く染める。

 

「だ、誰がやるか!」

 

「えぇ~?しののんもやってよぉ~~」

 

「布仏さんまで…」

 

 流石の箒も本音の頼みは中々断れないのか、一夏に顔を向けることにした。結局やるようである。

 

「うん?どうした箒?」

 

 地よりも深く呼吸をし、顔の表情を両手で軽く解すと自身の思い描いた「かっこいい笑み」を浮かべる。

 

………ギロリッ

 

「うぉ恐ッ!?ど、どうした箒!?オレまた何かやらかしたか!?」

 

「死ねぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 箒は一夏に向けた“表情”をそのままに、椅子を両手でブン回しながら一夏を追い回す。

 

 取り敢えず、暴れる箒を止める為に重たい腰を上げる昭弘。

 熱せられた鍋を持つ時は必ず取っ手を掴むのだぞ昭弘。

 

 

 

 その後、新聞部副部長『黛薫子』が食堂へと訪れ、昭弘・一夏・セシリアに今回の模擬戦についてインタビューを繰り出していった。

 ただこれらは彼女にとって前座で、最大の目的は1年1組の記念撮影だ。いくら記事が面白くとも、写真が無ければ華がない。

 

 まさかのサプライズに歓喜の叫び声を上げる1組一同は、黛の指示に従って早速並び始める。

 

「そうそう!織斑くんが真ん中に…ってこらこらオルコットさん篠ノ之さん!織斑くんを取り合わないの!アルトランドくんは…そうだ!腕を組んで端っこで仁王立ちしてみて!良いねぇ!!何か担任の先生みたい!顔はもっと眉間に皺寄せて…そうそう!コワカッコイイ!」

 

 暫くして全員顔が見える位置に並び終えると、黛がシャッターを切る。

 

「はいそんじゃ撮るよぉ!あいえすぅぅ~?」

 

「「「「「がくえぇぇ~~~ん!!!」」」」」

 

カシャアッ!

 

 

 

 

 

 クラス代表就任パーティも終わり、パーティ用の装飾で彩られていた食堂は普段通りに戻っていた。

 

 辺りもすっかり暗くなっている中、学生寮の裏庭にて昭弘と箒は斜面になっている芝生の上に腰掛けていた。一夏達には、話があるからと先に帰って貰っている。

 

「んで、話って何だ?また一夏関係か?」

 

「まぁ、それ()ある」

 

 「も」と強調した部分が昭弘は気になるが、取り敢えずこちらから切り出してみることにした。

 

「今回は()()()()だったんじゃないか?あそこまでお前が露骨にアピールしたんだ。流石の一夏も“何か”は感じたろう」

 

 そう言われて箒は仏頂面に照れを見せるが、何故か嬉しさの他に僅かな不満を覚えた。原因は当の箒にも解らない。

 

「それと同じ位オルコットの邪魔も入ったがな」

 

「しょうがない。男のオレから見ても、一夏は十分ハンサムの部類に入る。倍率も高くなるさ。大体、周囲を蹴落としてでも独り占めしたいものなのか?皆で仲良く愛せばいいじゃねぇか」

 

 昭弘の意見に、箒は激しく反論する。

 

「そんな訳が無いだろ。好きな相手に一番に愛されたいのは、男女問わず当たり前の感情だ」

 

 一夏は私だけのものだ。要するに箒はこう言いたいのである。一見身勝手かも知れないが、日本での恋愛とはそう言うものだ。

 

「じゃあ蹴落とされた奴はどうなる?皆が皆、負けて「はいそうですか」と引き下がるのか?」

 

「ッ!……敗者のことなど知らん」

 

 箒がそう突っ返すと、昭弘はそれ以上何も言わなかった。これ以上は、自分の考えや常識を相手に押し付けている様で気分が悪い。

 箒の一夏についての話は、昭弘の奇妙な恋愛観のせいで途切れてしまった。

 

 暫く両者の間で沈黙が続くと、またも昭弘から言葉が投げかけられる。

 

「さっき「それもある」と言ったが、もう一つの話ってのは何だ?」

 

 そう言われて箒はハッと顔を上げる。それは「話したいこと」と言うより「訊きたいこと」と言った方が正しい表現だった。

 

「…その、無理に答えなくてもよいぞ?」

 

 言ってみろと、昭弘は顎を軽く上下させて箒に促す。

 

「……ラフタという女性だ。一体どんな人だったんだ?」

 

 そう、箒は昭弘と初めて会った時からそのことがずっと気になっていた。今の今迄、一夏の特訓やら何やらで訊く機会が中々無かったのだ。

 確かにあの時の昭弘の取り乱し様を見たら、どんな人間なのか気にもなる。今思えば随分こっ恥ずかしい間違えであった。

 

 ま、ラフタの為人くらいなら話してもいいだろう。組織やモビルスーツの部分を伏せればいいだけだ。

 

「名前は『ラフタ・フランクランド』。兎に角明るい人だったな。年上とは思えないくらい、普段から元気と活気で満ち溢れていた。ムードメーカーって奴だったのかもしれん。結構好戦的な部分も多かったがな」

「金髪で髪を後ろで2つに縛っていてな、あとマニキュアとかいうのを爪によく塗っていた」

「それに、オレは彼女のことを人として尊敬していた。未来をしっかり見据えていて、そこに続く道を臆せず選択できる人だった」

 

 箒は昭弘からラフタの詳細を訊いて、自虐じみた笑みを浮かべてしまう。

 

「私とは真逆だな、ラフタさんという人は。会っただけで嫉妬してしまいそうだ。まぁ好戦的な所は似ているかもしれんが」

 

「…もう二度と逢えないがな」

 

 昭弘の反応を見て、箒は自身の何気ない一言を心の奥底から悔やんだ。

 

「す、すまない昭弘」

 

「フッ、気にすんな」

 

 その後、またも沈黙がその場を支配する。風によって草木の擦れ合う音だけが、その裏庭に響いていた。

 そんな沈黙の後、今度は箒から口を開く。

 

「…昭弘はその女性(ひと)のことが“好き”だったのか?」

 

「!…―――

 

 

―――――ぎゅーーーーーっ!!!―――――

 

 

―――…異性として意識していたのは確かだろうな。だがそれが恋心だったかどうかは、オレにも解らん」

 

 好きな異性を独り占めしたい気持ちが解らないのは、ハーレムと言う恋愛観を前世で学んだからというだけではない。昭弘自身、恋愛というものが何なのか良く解っていないからだ。

 

「そうか…」

 

 「恋心かどうか解らない」…箒は何故か、その言葉に強い“親近感”を覚えた。一夏に恋してるのは間違いないのにだ。

 

バンッ!

 

 箒が謎の親近感に浸っていると、唐突に昭弘の巨大な平手が箒の背中を襲う。

 

「お前も今自分が抱いている想いを大事にしろよ?そしてそれが恋心だと解っている内に、とっとと一夏に告っちまえ」

 

 ラフタの話の後だからか、箒には昭弘のその言葉に今迄以上の重みを感じた。

 

「…ありがとう昭弘」

 

 箒はそう言うと、昭弘は優しく微笑んでくれた。

 

 昭弘と話していると落ち着く。何でも余計な反応をせず聞いてくれるから、他人には話したくない事もつい昭弘には話してしまう。そして的確で気持ちのいい助言を与えてくれて、最後にはごく小さくだが笑ってくれる。

 幼馴染とも違う、ただありのまま全てを受け止めてくれる山脈の様な優しさを昭弘は持ってる。

 

 箒はそんなことを思いながら、昭弘と共に寮の正面入口へと歩いて行った。

 

 

 

「お帰り箒…ってどうした?熱でもあんのか?」

 

「…へ?」

 

 一夏にそう言われて初めて、箒は昭弘の微笑みを見た後から自身の頬が紅葉していたという事実に気づいた。

 

 本当に箒は身勝手だ。一番好きな人に一番愛されたいと言っておきながら、自身は無自覚にももう一人愛してしまっているのだから。


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