IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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大 変 お 待 た せ 致 し ま し た (2026年)


第二章 オルフェンズの涙
第71話 浮上


 暗い、というよりも最早黒い世界だった。

 

 見渡す限りの、それが視界なのかどうかも分からない程の黒。確かに目を開いている筈なのに、そのことを否定してくるかのような黒。

 そんな空間で屈強な青年は、金縛りにあったかのように硬直したまま、ただ浮遊していた。

 

 青年『昭弘・アルトランド』は、しかして何かを感じ取っていた。目には見えないが、確かにそこかしこに存在する何かを。

 そして何故か、数も詳細に把握できていた。その数は、はっきりと認識できるのは実に466。この黒く果てなき世界で、それが多いのか少ないのかは、昭弘には判断できなかった。

 それらからは、敵意も好意も無かった。だが昭弘は、それらに「意思」があるのだと、奇妙なことに確信していた。共に長い時間を過ごした訳でもあるまいに。

 

 いやそもそも、自分は何時から此処に居るのか、それすらも昭弘には分からなかった。数時間くらいな気がすれば、数分程な気もするし、数年くらい経っているようにも思える。

 

 段々と、昭弘の中を焦燥感が蝕み始めた。もしかしたら、此処に居る場合ではないのではないか、と。

 筋肉だらけの身体を動かそうとするが、やはりビクともしない。ただ眼球だけが忙しなく踊るだけだった。

 その様を、466の彼等は、ただ見ていた(若しくは感じていた)。

 

 

 だがやがて、世界に少しの変化が訪れ始める。

 遠くに、形を視認できる何かが見えたのだ。それは、昭弘と同じく硬直したまま、ただこちらに向かって浮遊してきた。

 姿形が明瞭となる程に近付くと、それが467番目だと気付くよりも先に、昭弘は心の中で呟いた。

 

―――オルコット?

 

 彼女『セシリア・オルコット』もまた、こちらを視認しているようで、蠢く眼球はしかと昭弘を捉えていた。

 

 自身と同じその様を見て、昭弘は何とも言い難い心境となった。悲しめばいいのか、呆れればいいのか、何かしらの同情を抱けばいいのか。

 ただ一つ。もしも口が動けば、昭弘はきっとこう言いたいのだろう。

 

 

―――お前も、こっちに来ちまったのか

 

 

 そうして2人の意識は、初めから何もなかったかのように、虚しく離散していった。

 結果的には、抜け出すことができた。だがそれは、2人の「抜け出したい」という願望を叶えたようには、とても見えなかった。

 

 きっと、抜け出せてなどいないのだろう。もう抜け出せないのだろう。

 

 形は違えど、2人は愛を知り、それでいて戦いに身を預けすぎた、孤児(オルフェンズ)なのだから。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

―――――7月31日(日)

 

 2人の意識が戻った。

 そう一報を受けた篠ノ之箒と織斑一夏、他福音戦で出撃した生徒たちは、足早にIS学園の病室へと向かっていた。

 

 皆、嬉しそうな、不安感から解き放たれたような、程度は違えどそんな表情を滲ませていた。

 同時に、覚悟もしていた。意識不明の重体人だった者を、わざわざIS学園で預かるという判断。それは詰まる所、それだけ2人が「機密性の高い状況」にあるという事を意味している。

 

 誰も彼も心が纏まらないまま、気付けば病室前まで来てしまった。

 

(・・・よし)

 

 意を決して、最初に病室に踏み込んでいったのは箒だった。

 中の様子を窺いながら入室する彼女に倣い、他の面々も恐る恐る慎重に入室する。

 

 

 彼女たちの視界に、実に一週間ぶりとなる学友2人の顔が入り込んだ。ベッドに座り込み、様々な検査や問診を受けている、透明な何かで隔離された昭弘とセシリアが。

 

 2人が箒たちに気付き、何処か困ったように微笑みかけた。

 

 そんな2人の顔と、2人の外見上の変貌を目の当たりにして、誰もが言葉を失ってしまった。

 

 

 

 CTスキャンによる画像を全員に見せた後、織斑千冬が2人の現状について、静かに語り始める。それはまるで、招集された医師たちに気を遣っているようであり、あまり言葉にしたくないようでもあった。

 

「まずアルトランドだが・・・今朝がた格納庫にて、グシオンから解放された状態で発見された。だが見ての通り、背中の阿頼耶識から待機形態のグシオンが外れない。というより、皮膚と同化しつつある状態だ」

 

 構わず、千冬は続ける。

 

「そしてオルコットは・・・額から「角状の何か」が生えた。検査結果によると、待機形態のブルー・ティアーズである可能性が高いと・・・」

 

 昭弘の背中に埋もれる、灰色のドーム状。セシリアの額を突き破る、半透明で翡翠色の角。

 それらとスキャン画像を、交互に見比べる箒たち一行。グシオンから伸びる糸は脊髄の至る所に張り巡らされ、ブルー・ティアーズの根は前頭葉を覆って離さない。

 

「・・・」

 

 各々が呆然としていた。しかとその目で見ているのに、たった今千冬から説明されたのに、スキャン画像まであるのに、それでもなお信じられないのだろう。

 人と機械が、文字通り一体化するだなんて。

 それでいて、2人の様子にも何ら異常は見られない。表情は勿論、医師たちとのやり取りからして、日常会話にも何ら支障は無さそうだ。

 それが尚のこと、混乱を助長した。

 

 そんな中、混乱からいち早く抜け出したラウラ・ボーデヴィッヒが、千冬に問うた。

 

「織斑先生、2人は今後どうなるのでしょうか。学園側の対応は?」

 

 千冬は、額を押さえながら答えた。

 

「・・・アルトランドの場合、T.P.F.B.にのみ情報共有することになるだろう。オルコットの場合は・・・現状ではオルコット家とイギリス政府のごく一部だな。詳細は明日の理事会で詰めるが、両名ともIS委員会に報告は上げないつもりだ。連中に知られたら、きっと碌なことにならん。今後の学園生活については…2人には悪いが、隠し通して貰うしかない。シナリオは明日までに考えておく」

 

 最早、IS学園の生徒にすら、知られてはならない事態なのだろう。2人の身に起きていることは、かの白騎士事件以降初の出来事と言っても良かった。昭弘は勿論、セシリアに関しても、いつ世間に公表するのかは未だ誰にも判断できない。

 

 そのことを脳内で反芻した千冬は、途端に表情を険しくする。視線だけで相手を締め上げるかのように。

 

「いいか、最早言うまでもないことだが、それでも言っておくぞ。くれぐれも他言無用でな。教員以外でこの事を知っているのは、お前たち福音戦の面々、それと更識楯無だけだ。後程、誓約書に直筆のサインをして貰う」

 

 その気になれば、目の前の戦士たちにも隠し通すことはできたのだろう。それでも敢えて、今回千冬が面会を許可した理由は、彼等5人が当事者だからだ。当事者であり、共に死線を潜り抜けた戦友だからだ。彼等には、知る権利がある。

 それに、そんな相手にまで隠し通すのは、昭弘にもセシリアにも更なる精神的負担を強いることになる。

 本当なら、他にも教えてやりたい生徒はいる。だが、事の機密性とを天秤にかけると、これが限界だった。

 

 そして、千冬の言う「福音戦の面々」の中には無人ISだけでなく、かの天災兎も入っている。何も言わずとも、どうせ彼女は知っている。

 篠ノ之束。千冬や楯無は、彼女の動向にも注視しなければならなかった。

 

「あ、あのぅ・・・織斑先生」

 

 突如、そんな風にシャルロット・デュノアが、遠慮がちに質問を投げかける。

 

「僕だけ睨まれる時間が格段に長い気がするのですが・・・」

 

「アンタが一番口滑らせかねないからでしょーが」

 

 千冬の代わりとして、凰鈴音がそう言いながらシャルロットに肘鉄をかます。

 すると、この病室に来て初めて、小さな笑いが起きた。少し引き攣った笑みだが。

 昭弘とセシリアも、アクリル板越しに笑みを浮かべている。

 

 重苦しい空気を変えたシャルロットと鈴音に、感謝すればいいのか呆れればいいのか分からない千冬。取り敢えず、小さく溜息をつく。

 

「さて、私からは以上だ。・・・他には?」

 

「織斑先生」

 

 今度は、一夏の番のようだ。何となくだが、これが最後の質問になるだろうと、そんな予感がした一同であった。

 

「2人と今迄通り過ごせるようになるのは・・・」

 

「8月中旬までには、粗方の検査やら調査やらも終わるだろう。何もなければ、そこから普段通り過ごせるようになる筈だ」

 

 「何もなければ」が余計だったのだろう。再び不安な面持ちに戻った一夏は、昭弘とセシリアをちらと見る。釣られて、箒も同様に視線を送る。

 

 対して2人はというと、昭弘はいつもの仏頂面でサムズアップをし、セシリアもいつも通りお淑やかな会釈をする。

 心配は、無用のようだ。

 だが昭弘もセシリアも、本当は解っているのだろう。今の2人を見て、心配するなということ自体、土台無理な話なのだ。

 現にそんな2人を見て、箒も一夏も鈴音もシャルロットもラウラも、安心するどころか却って胸が締め付けられた。

 彼等5人もまた、解ってしまっていた。大丈夫な訳がないのだと。そして今の自分たちに、してやれることは何もないのだと。

 

 再びの重い空気が、その場に漂いだした。

 

 

 顔合わせも早々に、言われた通り誓約書にサインした5人は、そのまま退室を余儀なくされた。これでまた、暫く会えなくなる。

 

 退室する際、扉が閉まるその瞬間まで、箒は昭弘を見詰めていた。昭弘もまた、箒を見詰め返してした。何も話せなかった、何も言えなかった。言い訳よりも先に、そんな暗い事実が昭弘と箒の靄となった。

 そんな2人を、一夏はただ悲しげに見比べていた。

 

 

 

 5人と千冬が去った後も、検査と問診は暫く続いた。

 そうして漸く休憩時間となり、昭弘とセシリアは肩の力を抜く。

 

「・・・」

 

 そんな沈黙も短く、気持ちと空気を切り替えるべく、先に口を開いたのは昭弘だった。

 

《割とお似合いだぜ。ツノ》

 

 アクリル越しに、そんな昭弘の音声が響き渡る。

 

《撃ち殺しますわよ》

 

 本当に射殺さん程のセシリアの眼光を受け、昭弘はほくそ笑む。

 どうやらセシリアも、さほど動じてはいないらしい。というより、セシリアがこうでなくては、昭弘も困る。彼女には、慰めの言葉を言いたくはないのだろう。

 

 互いの精神状態を確認し、空気も変わった所で、本題に入る。

 

《にしても、世界初じゃないか?ISとの一体化・・・まさにシンクロ率100%だ》

 

 それはまさしく、千冬のシンクロ率を超えたということだ。昭弘はそのことに対し、皮肉交じりの賞賛を送った。

 セシリアは、その皮肉部分だけを受け取ったかのように、そっぽを向きながら答える。それは、IS史上初の偉業を成した姿からは、懸け離れていた。

 

《・・・別に気分の良いものでは御座いませんわ。まるで私が「もう一人」居るようで》

 

《もう一人の自分・・・か》

 

 昭弘は、ただならぬ共感を覚えた。

 普段の昭弘、戦っている時の昭弘。その差はまるで、自分が二人居るかのような、そんな錯覚に陥りそうになる。マッドビーストを使っている時は、特にそれが顕著だ。

 だがどちらの昭弘も、間違いようもなく本当の昭弘だ。現に福音戦では、マッドビースト発動中であるにも関わらず、箒たちと心を通わせた。

 その事実が、尚のこと昭弘を困惑させるのだが。

 そしてセシリアもまた、似た様な心境なのだろう。

 

 或いはそう、昭弘もセシリアも戦いの中でしか、己の真を表現できないのかもしれない。

 だがそのことを、虚しいとは思っていない。次なる昭弘の言葉が、それを物語っていた。

 

《こんなこと言いたかないが、お前はすげぇよオルコット》

 

《・・・・・・はい?》

 

 思わず、素っ頓狂な声を上げるセシリア。初めて昭弘(ライバル)から褒められた瞬間であった。

 

《そうだろうよ。オレとグシオンは神経で繋がっているが、お前はそうじゃない。だのに繋がってみせた・・・すげぇとしか言えねぇよ》

 

 それが世辞でないことは、悔しそうに言う昭弘の表情から読み取れる。

 セシリアの内心は複雑だった。確かに嬉しいのはそうだが、それ以外にも去来するものがある。戦ってもいないのに敗北を宣言されているようで、そこがどうにも気にくわなかった。

 色々と返す言葉はあるが、今は「嬉しい」という感情に従うことにし、適当に返すセシリア。

 

《呆れて物も言えませんわ。お互いどういう状況なのかお解り?》

 

《こういう状況だからこそ、だろう》

 

《まったく・・・ネガティブなのかポジティブなのか》

 

 その後、学友たちや今後の学園生活のことで、2人は軽く話し合った。先ほど千冬も言っていたが、身体に異常が起きない限りは、きっと普段通り過ごせるのだろう。後は学園側の脚本次第だ。

 自分たちのことなんて、2人は左程気にしてはいない。というより、最初から覚悟していたことだ。力には代償が伴うものだと。

 心残りは、皆に心配を掛けてしまうことだ。それが2日3日程度ならともかく、彼等彼女等は、2人をずっと心配したまま夏休みを半分過ごすことになる。申し訳なさでいっぱいだった。

 箒の眼差しが、布仏本音の柔らかい笑顔が、2人の脳裏を過ぎる。やはり、いくら気丈に振る舞ったところで、多少はネガティブにならざるを得ないようだ。

 

 

 だが2人は、「あの話題」だけは意識的に避けていた。誰にも聞かれてはならないような、現実世界で話してはならないような、そんな気がしたからだ。

 

 或いは、あの世界がISコアたちの「聖域」なのだと、本能的に察知しているのかもしれない。

 

 その聖域に入ってしまった昭弘とセシリアは、果たして人間のままでいられるのかどうか。その事に関しても、2人は意識的に考えないようにしていた。

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