IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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IS学園の夏休みって、8月31日までだったような気がしないでもない。←何故素直に分からないと言えないのか。


第73話 片鱗

―――――8月25日(木) アリーナD

 

 IS学園帰還後。箒たちと暫しのお別れをしてから、凡そ二週間が経過した。

 適切なトレーニング、そして適切な摂食により、昭弘の肉体は元のサイズに戻りつつあった。

 

 だが、昭弘が夏休み中にやるべきことは、筋トレ以外にもまだまだある。

 更識簪の打鉄弐式を、皆で完成させることだ。

 

 

 

―――

 

―――よぉ簪。遅くなって悪い

―――うん・・・遅すぎ。グシオン・・・外れた?

―――まだ外れてはいないが、日常生活に支障はない

―――そう・・・。早速だけど・・・手伝って

―――ああ

 

―――

 

 

 

 それが先日、久方ぶりに再会した際の会話であった。

 淡白な反応であったが、簪らしいと言えば簪らしい。寧ろ、過剰に心配される方が参る昭弘としては、このくらいで丁度良いのかもしれない。

 

 肝心の打鉄弐式の進捗状況だが、想定以上にキューピッチで作業が進んでいた。

 昭弘が居ない間、部活動で抜ける生徒を除いても尚、終日IS製作に携われたのが大きかったようだ。放課後にしかできなかった夏休み前とは、作業効率がまるで違う。流石にお盆期間だけは、作業を休止せざるを得なかったようだが。

 作業の引き継ぎに関しても、生徒たちの意識が高いのか、きちんと情報伝達されていた。

 

 最大の難所であったマルチロックオンシステム及びミサイル誘導プログラムも、問題らしい問題は起きなかった。

 誘導方式は、レーダー誘導と赤外線誘導を合わせた複合誘導。レーダー誘導の方が、FMS(フェイクマニューバシステム)によるアクティブミサイルだ。全ミサイルの弾頭には近接信管を起用し、直撃しなくても爆風により目標を破壊する。ハイパーセンサーにマルチロックオンシステムを組み込む為、フェーズドアレイレーダーを導入。

 幾らIS学園の生徒がエリート揃いと言えど、これらを短期間で構築するのは至難だ。簪の的確な指示と分担が、それを可能とした。よって、昭弘が帰還して再会した頃には、誘導シミュレーションとの誤差を修正する段階だった。

 

 やはり、物作りに必要なモノは人手、及びその人手を効果的に運用する司令塔に掛かっていると、つくづく思い知らされる。

 その司令塔の役割を、最近では何ら問題なくこなせてしまっている簪。血は抗えないとは、まさにこのことだろう。

 

 そして今現在。既に不動岩山の取り付けからインストール作業まで終わり、打鉄弐式の各部出力、センサー系、四肢の可動域から反応速度等の最終調整に入っていた。

 

「…」

 

 休憩中、少女たちは目に隈を作り、朝帰りのリーマン宜しくグッタリとしていた。

 冷房は効いているが、毎日ずっと閉鎖空間でモニターを眺めていては、こうなるのも仕方がない。ミサイル関係で蓄積した疲労も合わされば、尚のことだ。

 昭弘に至っては、ミサイル関係にほぼ携わっていないにも関わらず、既に疲労困憊だ。如何に過酷で根気の要る作業か、想像に難くない。

 

「簪はまーだコンソール弄ってんのか?」

 

「えぇ?・・・あーハイ。「後で休む」の一点張りで」

 

 昭弘の問いに、息も絶え絶えな鷹月が答える。

 

「ハァ・・・ちゃんと休めって何百回言われたら分かんだアイツは」

 

 最早昭弘の中で、憤りが畏敬へと変質しているのか、簪を止めようと立ち上がることはなかった。

 

「まるでISに取り憑かれてるみたい。・・・褒めてるつもりよ?」

 

「・・・同感だ」

 

 濡れたタオルで目を覆いながら、そんなことを言う四十院。昭弘は彼女に対し、言われたとばかりに相槌を打つ。

 言い得て妙だ。簪のアレは、締め切りに追われているというよりは、四十院の言葉の方がずっとしっくり来る。

 簪自身にも、最早制御できないのかもしれない。

 

 そのまま20分くらい休憩した後、そろそろボスの元へ戻るかと、皆重たい腰を上げた時だった。

 

《昭弘殿。少シ宜シイデショウカ》

 

 昭弘は、つい先程まで簪を手伝っていたゴロに、急に呼び止められる。

 

 

 

 そうしてアリーナDの海沿い側、人気の無い場所まで連れ出された昭弘。

 するとゴロは、右手首から有線式のイヤホンを引っ張り出すと、それを昭弘の耳に当てる。加えて、今度は左手を集音器機に変換すると、それを昭弘の口に当てる。

 

《・・・厳重だな》

 

《申シ訳アリマセン。決シテ聞カレテハナラナイモノデシテ》

 

 そうしてゴロは少しだけ間をおくと、とても言い辛いのかカメラアイを一旦消灯する。再度点灯させると、声を低くして話し始めた。

 

《我々ハ打鉄弐式ヲ、本当ニ完成サセテ良イノデショウカ》

 

 一番乗り気だった筈のゴロが放った、衝撃的な言葉。

 嵐のように唐突なその言葉に、何も返せない昭弘。彼は、己の聞き間違いかと脳内で繰り返すしかなかった。

 

 何秒か経ったのだろうか、漸く混乱から幾ばくか回復した昭弘は、どうにか構築できた言葉を発す。

 

《訳を話してくれるか?》

 

《彼女ハ今、打鉄弐式ノ最終調整ニオイテ、我々無人ISノ動作ヲ参考ニシテイル。ココマデハオ分カリデスネ?》

 

 確認してくるゴロに、昭弘は小さく頷く。

 先程の作業も、打鉄弐式とゴロの動作を、照らし合わせる為のものだった。

 

《デスガアレハ…最早参考トイウ次元デハアリマセン。特ニ「ハイパーセンサー」ニ関シテハ、一層ゴ熱心ニ調整サレテイル。IS戦ニオイテ視覚ヲ司ル、最モ重要ナ部分デス》

 

 昭弘からの言葉は無い。ゴロが何を言おうとしているのか未だ分からないのか、それともある程度察しが付いた上で、次の言葉を待っているのか。

 どちらにしろ、ゴロは発言を続けた。

 

《アレハマルデ、我々トイウ存在ニ()()()()()()()()ヨウナ…ソンナ気ガシテナラナイノデス》

 

 飛躍しすぎだ。そう感じた昭弘は、軽く溜息を吐いて答える。

 

《じゃあ何か?簪が最終的に打鉄弐式と一体化しちまうってのか。オレやオルコットのように》

 

 言ったあとで、昭弘は自身の言葉の矛盾に気付く。元々シンクロ率100%には程遠かったセシリアですら、一体化を成してみせたのだ。ならば誰であれ、可能性は捨てきれない。

 現に、ゴロは次のように述べる。

 

《元々簪殿ハ、ISコアヲ小脳及ビ脳幹ニ見立テナガラ運用シテイマス。人機一体ノ構想ハ初メカラアリマシタ。デアレバ寧ロ、カノオルコット嬢ヨリモ可能性ハ高イトサエ言エマス》

 

 ゴロはそこまで言い終えると、最後の駄目押しとばかりに、逆に昭弘に問う。

 

《貴方モ薄々勘付イテイルノデハ?簪殿ノ潜在能力ニ》

 

 何も答えられず、黙って考え込む昭弘。

 思い返してみれば、姉に勝るとも劣らない指揮力以外にも、簪の能力が垣間見える部分はあった。

 IS乗りであるにも関わらず、整備科生と同等かそれ以上の圧倒的な知識量。それを駆使して、タロとジロを救ったのは彼女だ。

 それだけではない。彼女は元々、山嵐をビットミサイルとして運用するつもりだったのだ。つまり48発のミサイルを、脳波と演算処理能力で自在に操る自信があった、ということになる。もしそうなれば、第二のセシリアの誕生だ。

 戦闘中において、ミサイルに脳のリソースを割く必要がないと分かった今、そのリソースをどこに割くか。それこそが、簪と打鉄弐式の完成形なのだろう。

 

 それでも結論には至れない理由を見つけ、昭弘は必死に否定材料を述べる。

 

《だがな、模倣するっつっても限度があるだろ。簪は生身の人間なんだ。お前達とは違って、腰を一回転させたり、首を180°回すこともできないんだぞ》

 

《・・・》

 

 今度は、ゴロが黙り始めた。ゴロの掌の内側で、昭弘の吐息が充満する。

 ただその沈黙は、反論材料が無い故の沈黙ではなかった。

 

《ダカラコソ、我々ハ危惧シテイルノデス。彼女ガドンナニISニナロウトシテモ、肉体ハ肉体デ、機械ハ機械デス。一体化トハ、ドコマデイッテモソノ中間デシカナイ》

 

 無人ISに恐怖があるのかは、昭弘には判別できない。だが確かにゴロの言葉からは、得体の知れないモノへの強い警戒が読み取れた。

 もし人間ならば、尊敬と親愛を持って接する。もし機械ならば、自分たちと同じように接する。

 では人間でも機械でもない、脳でもAIでもないモノには、どう接すればいいのか。どう対処すればいいのか。ゴロを含め他の無人ISたちも、そこが解らないのだろう。

 

《・・・じゃあお前らは、オレもその中間でしかないと。そう言いたいのか?》

 

《判リマセン。デスガ私ガコウシテ接シテイル以上、キット昭弘殿ハ人間ナノダト思イマス。・・・今ハマダ》

 

 そう言われて昭弘は、如何に自身とセシリアが不安定な存在なのか、改めて思い知らされた気がした。

 一体化がどういう状態を指すのか、どういう経緯で成されるのか、明確な理論付けはない。昭弘もセシリアも、こうなった経緯も過程もまるで異なる。そしてその先どうなるのかも、各々異なるのだろう。ISコア一つ一つに、個性があるのと同じように。

 昭弘とセシリアがいつ、どのタイミングで、何に変質するのか。そんな不安定な存在を、もうこれ以上増やしてはならない。それがゴロの至った結論だ。

 

 そして、そんな結論以上に譲れない意思が、ゴロにはあった。

 

《昭弘殿、我々ハ人間ガ好キデス。デスカラ人間ニハ、ドウカ人間ノママデ居テ欲シイノデス》

 

 肉体を持たないゴロからの、切実な願い。それは恐らく、昭弘とセシリアにも向けた言葉なのだろう。

 思考と感情と肉体が合わさることで、生み出される人間の可能性。それだけは決して曇らせてはならないのだと、この機械は言っているのだ。

 

 しかし昭弘は、そんなゴロの願いに、完全に同意する訳にはいかなかった。

 

《・・・スマン、ゴロ。それでも、決めるのは簪だ。人間が好きなら、人間の好きに選択させてやれ》

 

 それはあくまで、もし本当に簪が一体化しようとしていればの話だ。

 当然昭弘だって、自身やセシリアのような存在に、簪をさせたくはないというのが本音だ。

 だが人間の見せる可能性が好きなら、その可能性の果てに見たものこそが、ゴロたちの愛した人間ということになる。

 

 その考えを崩す訳にはいかない昭弘は、ゴロの返事を静かに待つ。

 

《・・・》

 

 少しの沈黙の後。

 ゴロは赤いカメラアイをシュンと消灯しながら、力無く応じた。

 

《分カリマシタ。簪殿ノ意思ヲ・・・尊重シマス》

 

 だが或いは、ゴロは最初からその返答に同意するつもりだったのかもしれない。簪が折角、皆と協力しながらここまで作り上げた、愛機である打鉄弐式。それを未完成で我慢しろというのは、ゴロだって言いたくはないし、簪も皆も納得しない。

 そもそもが、打鉄弐式を生徒たちだけで作り上げる事こそ、人間の可能性の真髄であった筈だ。それを無かったことになど、ゴロにできる筈もない。

 先へ進む簪を応援したい、一人の人間でいて欲しい、その狭間での揺らぎ。

 迷った末が、相談することだったのだ。簪のことも一体化のことも、知ってしまっている昭弘に。

 

 そんなゴロの大きな肩に手を乗せると、再度昭弘は言葉を送った。

 

《ともかく、それとなく簪の真意を聞いてみる。任してくれ》

 

《・・・感謝ノシヨウモアリマセンガ、何卒宜シクオ願イ申シ上ゲマス》

 

 昭弘の短い「任してくれ」に、ゴロはそう頭を下げるしかなかった。

 

 

 

 

 

 夜遅く。時間は9時を回ろうとしていた。

 既に他の生徒たちはアリーナDを後にし、各々の部屋で身体を休めていた。

 そんな中、簪は未だに鎮座する打鉄弐式と相対していた。キーボードを叩く音が、ピット中に虚しく響き渡る。

 

「もういい加減にしろ簪。今日はもう終いだ」

 

「もう・・・ちょっと。・・・・・・敵が背後を取った場合、この挙動だとラグが起きる。いやそもそも、後ろにも目がある前提なんだし、本来なら背後すら存在しないから・・・ブツブツ

 

 懲りない簪に対し、昭弘は呆れと疲労が混ざった溜息を吐き、彼女の隣で胡座をかく。

 ふと、彼女の横顔を見る昭弘。相変わらずの乏しい表情だった。しかし、ディスプレイと打鉄弐式とを交互に眺めるその様は、笑っている訳でもないのにどこか楽しげであった。紅い瞳は、目の隈が気にならないほど輝いていた。

 本当に夢中になると、人はこんな顔になるのかもしれない。その姿は、ゴロが語る異形的な悍ましさには程遠い。

 それでも、どうにか切り出してみる昭弘であった。

 

「そんなにIS強くして、どうしようってんだ?」

 

 姉と並べるようになりたい。それだけが理由でないことは、何となく昭弘にも分かっている。少なくとも打鉄弐式を見る目は、誰かに執着しているような目ではない。

 そんな昭弘の質問を聞いて、簪は珍しく作業の手を止める。それだけ、核心を突いた問いだったのだろう。

 彼女は少し考えると、静かに口を開いた。

 

「・・・皆と繋がれたから・・・かな」

 

 繋がり。その言葉を聞いた昭弘が予想する前に、簪はつらつらと続けた。

 

「感覚的な・・・理由なんだ。昭弘と出会って・・・色んな人と関わって・・・色んな世界を・・・知った。いつもその・・・中心にあったのは・・・ISだった」

 

 簪にとってISとは、世界と、人々と繋がる為のツールなのだ。或いは、自分と皆とを繋げてくれた、恩人とも言える。

 

「ISをもっと深く知れば・・・ISともっと長く関われば・・・また新しい・・・世界を見せてくれる。そんな気が・・・するの」

 

 打鉄弐式を強くすることは、その途上に過ぎない。新しい世界への扉を、開くための。

 ずっと世界を拒絶してきた、更識簪。そんな彼女にとって社会(ネットワーク)とは、まさに鮮烈そのものであった。

 きっとこの先、嫌な世界もあるだろう。それでも簪には抑えられないのだ。心の奥に燻る、世界への知的好奇心は。

 

 だから昭弘は問わねばならない。簪が何の心構えもなく、()()()()()しまう前に。

 

「その果てに・・・自分自身がISになったとしてもか?」

 

 簪はキョトンと首を傾げる。だがその表情に、恐れは微塵も無かった。かと言って、冗談だと思っている風でもなかった。

 そうして軽く打鉄弐式を眺めた後、纏めたであろう答えを出した。

 

「・・・新しい世界が・・・知れるのなら、それも・・・良いかも。けれど、それはきっと・・・今の世界を・・・捨てる事になると思う。それはイヤだ・・・って思うのは・・・我儘かな?」

 

 少なくとも、昭弘に「我儘だ」と言う資格はない。彼もまた、このIS学園という世界を、人一倍大切に思っている。

 もし此処IS学園を捨てる選択を強いられても、昭弘は捨てることができないだろう。余程の選択肢でなければ。

 

 それでも昭弘は、敢えて次の言葉を贈る。もしかしたら贈るべきでないかもしれない、その言葉を。

 

「止まるつもりはないんだろう?」

 

 優しげに、そして送り出すように、あくまでそう言う昭弘。

 簪自身も、その反応にどこかホッとしているということは、やはりそういうことなのだ。

 故に短く、復唱するように答える。

 

「・・・ん。止まらないし、止まれない」

 

 そう答えると、簪は愛機である打鉄弐式に触れた。真紅の瞳はより一層輝きを増し、彼女の周辺だけ空気が澄んでいるかのようだった。

 そしてその様は、もう一体化することが前提となっているような、確信めいたものを纏っていた。

 

 その光景を見た昭弘は静かな笑みを零しながら、心の中で再度ゴロに、そして姉である楯無に謝罪した。

 自分では止められない、と。

 

 機械との一体化は恐ろしいものだと、本来なら昭弘が言えば説得力もあるのだろう。

 だが、何がどう恐ろしいのか、具体的な説明を求められると昭弘も答えられない。少なくとも、一体化を望んでいる相手を、説き伏せるには至らない。

 

 第一、嘗ての世界において何が何でも止まらなかった昭弘に、止める術なんてある筈がなかった。自らの意志で突き進む者を。

 

 後はそう、簪の心に賭けるしかなかった。

 彼女と打鉄弐式が、どう一体化してどうなるかは分からない。昭弘やセシリアをも超える異形となるのか、もっと奇跡的な変革を果たすのか。

 

 もし変革を起こすとしたら、愛でも闘争でもない、世界を求めようとする、その心にこそあるのだろう。

 

 そしてもし異形となりそうなら、昭弘のお節介が火を噴くだけだ。

 

 

 9月まであと僅か。

 史上3人目の逸脱者が、誕生しようとしていた。

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