IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回ちょっと短いです・・・って書こうと思い、文字数を確認したらいつもとそんなに変わりませんでした。


第74話 過去という残穢

 セシリアにとって、それは見たことのある光景だった。

 

 金属を激しく引きずるような音。直後、轟音と共に激しく揺れる列車内。セシリアは誰かの腕の中で守られているが、激しい衝撃は伝わってきた。

 肉の揺り籠の中で、彼女は衝撃からか意識が薄れていった。

 

 ここまでは、セシリアも確かに覚えている。少年兵たちが起こした爆破テロだと、後から知った。

 それに巻き込まれる形で、彼女の両親は死んだ。

 

 その筈なのに―――

 まだ自身に、意識があるのだ。

 それだけではない。セシリアをその腕で守る父も、まだ動いているのだ。どころか、怪我こそしているものの、しっかりと身体は動くようだった。

 母もまた、腕に大きな怪我を負ってはいるが、娘と夫を案じる程には意識がはっきりしている。

 色んな匂いが、セシリアの中に入り込んでくる。焦げたような匂いから、血の匂いまで。むせ返りそうだった。

 

 覚えの無い記憶。

 いや、そもそも何故これらの記憶だけ抜け落ちていたのか。

 

 その答えが、ジャリジャリといった足音と共に、セシリアへと忍び寄ってきた。

 足音たちは、既に役目を果たせない自動ドアから、列車だった車内へと踏み込んでくる。

 黒い肌の少年が3人、白い肌の少年が1人だった。彼等は皆、黒光りする何かを日用品のように抱えていた。

 

 父も母も他の生きてる乗客たちも、その黒い物体を見て震え上がっていた。

 

「オイ、死体から金目のモンさっさと取るぞ。無ければ生きてるヤツ脅せ。司令官にバレたらマズイ」

 

 黒い肌の少年たちが、何か真剣に話しているが、白い肌の少年はまるで興味が無さそうだった。

 

 ふと、セシリアは白い肌の少年と目が合った。

 すると突如、少年が笑いながら近付いてきた。口が裂けん程の、口角の上げっぷりだった。

 さっきまでの退屈そうな顔が嘘のようだった。例えるなら、まるで新しい玩具でも見つけたかのような。

 

 両親には目もくれていなかった。間違い無く、腕の中のセシリアを見ていた。

 

「ちゃんと芽吹くかな~♪」

 

 種を植えた土に水をやるような口調で、白い肌の少年はそんなことを言った。

 

 

ダァン! ダァン!

 

 

 黒光りする物体から、少年が何かを発射した。

 直後、セシリアを抱く父の鼓動が止まった。セシリアの正面にいた母が、目を開いたまま動かなくなった。

 

 少年は変わらず笑っていた。

 狂笑のまま、セシリアの眼前まで顔を近付けてくる。まるで幼き少女に、その顔を覚えさせるかのように。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「ハァッ・・・ハァ・・・ハァ・・・・・・」

 

 枕から逃げるように上体を起こしたセシリアは、呼吸を整えるのに必死だった。身体中から染み出る大粒の汗すら、気にもならない程に。

 訳が分からなかった。ベッドの天蓋にそのまま押し潰されるような、そんな気分だった。

 

 何分か経ち、心臓も落ち着いてくることで、漸く彼女は未だ日も上がっていないことに気付いた。

 

「・・・夢」

 

 そう呟くことで、セシリアはある程度の安心を得ることができた。

 

 同時に、あらゆる不可解も浮かんで来る。

 過去の出来事を、夢に見ることは幾度かあった。しかし、「自分も知らない記憶」を見せられるのは初めてだった。

 記憶から抜け落ちた、記憶の一部。そう錯覚する程に、あの夢は生々しかった。

 

「・・・馬鹿な」

 

 即座に、セシリアはあの夢を否定した。

 確かに10年も昔、彼女は物心もついたばかりの子供だった。記憶違いも、朧気な部分もあるのだろう。

 それでも、疑い始めたらキリがない。だったら、夢が見せる真偽も分からぬ記憶よりも、自分の記憶を信じる。

 

 そもそも、あんな人間実在する訳がない。

 少年兵とは、皆それしか選択肢が無い故に、銃を持っているだけだ。ただ生きていく為に。セシリアと両親は、そんな彼等の日常に巻き込まれた、それだけだ。

 快楽殺人鬼が少年兵などと、フィクションでももっとマシな設定を作る。

 

 ブルー・ティアーズ、もといラヴィリスが見せたのだろうが、所詮は夢ということだ。

 何故、あんな夢を見せたのかは分からないが、気にしても仕方がないだろう。

 

 全て過ぎたこと。もう、終わったことなのだ。

 

 

 それでも、記憶とは残酷なもので、くだらないと分かっていても忘れられないものである。

 否、これが「夢だ」と分かっているからこそ、忘れられないのかもしれない。精神的ショックで記憶が飛ぶこともないのだから。

 

 過去はどこまでも追ってくる。

 IS学園に来て漸く、今を生きることが許されたセシリア。そんな彼女の中に、暗雲が立ち込んだ。

 

 

 

 

 

―――――8月26日(金)

 

 既に日付も変わった深夜。昭弘はあの黒い空間に居た。

 

 最初は身体も口も動かなかったその空間だが、今では金縛りが解けたように動けるようになっていた。無重力である故、移動できないことに変わりはないが。

 

 そして、昭弘が居るということは、空間を共有しているセシリアもまた居る。

 

「チッ、またか」

 

「こちらの台詞でしてよ」

 

 両者ともうんざりしていた。

 本来なら就寝している時間帯、犬猿の仲とも言える2人が、強制的に対面させられているようなものだ。双方のストレスは計り知れない。

 毎晩でない点だけが幸いしていた。

 

 この空間のことで、分かったことは5つ。

 1つ、共有する頻度は週一程度を維持しているということ。2人の精神限界が考慮されているのか、まだ人間側だからか、理由は不明だ。

 2つ、周囲に浮かぶISコアには干渉できず、ISコアからも2人には干渉できないという点だ。

 3つ、自分たちの意思で入ることはできず、主導権はすべて空間側にあるということ。その点だけは夢に近い。

 4つ、昭弘とセシリア、両名の物理的距離は関係無いということ。昭弘は今IS学園で、セシリアは英国だ。

 そして5つ目は、昭弘とセシリア、どちらか単体だけではこの空間に入れないということだ。

 

 がしかし、悪いことだけではない。

 此処でしか言えないこと、話せないことは、遺憾ながら2人にはある。

 同じ状態であるなら、尚のこと。

 

「・・・・・・アルトランド、一つお訊きしたいことが」

 

 珍しくも、セシリアの方からの尋ね事に、昭弘は耳を傾ける。

 

「お前、10年前は既に少年兵でしたか?」

 

 唐突であり意外な問いに、昭弘は不信な面持ちを見せるが、正直に話すことにした。無論、前世のことはぼかして。

 

「何とも言えん。丁度少年兵に成り立てだった・・・ような気がする」

 

 すると、セシリアは眼光を鋭くし、まるで取り調べの如く更に問い質す。

 

「列車を襲撃した覚えは?」

 

「無い。それは確かだ」

 

「・・・嘘ではありませんわよね?」

 

「ああ嘘じゃない。本当だ」

 

 昭弘の目を、彼女はただ注視していた。

 楯無ほどではないが、セシリアも他人の嘘には敏感だ。貴族教育の賜物、とでも言えば良いのだろうか。

 セシリアも、昭弘のことはそれなりに信用している。だのにこれだけ厳重に確認するということは、彼女にとってそれだけ重要な事柄ということだ。

 

 そうしてセシリアは、昭弘の言葉を信じることにしたのか、その鋭い眼光を解いた。

 

「・・・もう結構です。突然のお尋ね、失礼致しましたわ」

 

 彼女としては、この話はこれでおしまいのつもりだった。しかし、昭弘は違った。

 察しの良い彼は、その列車にセシリアの親しい人物が乗っていたのだと、気付いてしまったのだ。そしてその下手人は少年兵。

 

 昭弘の中で、何かが繋がった気がした。

 入学当初から、セシリアに抱いていた違和感。

 自分とは真逆の人生を歩んできた、温室育ちの貴族令嬢。その割には、どこか自分と同じ匂いがした。一人残された者が放つ、ほのかに虚しい香りだ。

 そして元少年兵である昭弘への、異様なまでの憎悪。もし全てを奪われたのなら、無理のない反応であった。

 他にも話しておきたいことはあった昭弘だが、まずは「この話」を此処で終わらせるべきと判断した。セシリアもきっと、人前で話したくはないだろうから。

 

「なぁオルコット。お前もしかして・・・孤児か?」

 

「・・・何のことだか、皆目検討もつきませんわね」

 

「オレは正直に答えた。お前はどうだ?」

 

「・・・」

 

 遂に観念したのか、こうなることが分かっていたのか、セシリアは大きな溜め息を吐くと何でもないように答えた。

 

「貴族令嬢が孤児でしたら、何か問題でも?」

 

 全てが腑に落ちた昭弘。

 入学から今日までにおける、自身とセシリアの関係性。

 貴族令嬢と元少年兵。本来なら交わるはずの無い2人が、どうしてライバルになれたのか。何故、互いを認め合うことができたのか。何故、時々互いを重ね合わせてしまったのか。

 昭弘に決して劣らない高すぎる闘争本能も、これで納得がいく。どんな形であれ、戦いに身を預けすぎた者は、どうしようもなく闘争に引き寄せられていく。

 セシリアもきっと、日々何かと戦っていたのだろう。ただ鉄と血が介在しないだけで。

 

 昭弘らしからぬ、非合理的な帰結だ。きっとそれらは、理由に遠く及ばないスピリチュアルなものかもしれない。

 それでも運命的なものを感じずにはいられない昭弘は、小さく笑った。

 どこか嬉しそうに、それでいて哀しそうに。

 

「いや。・・・ありがとよ」

 

「・・・急に何ですの?気色悪い」

 

「質問に答えてくれてって意味だよ」

 

 そして、セシリアに同じものを感じるからこそ、昭弘は誰よりも早く気付いてしまう。

 彼女もまた、まともな最期は迎えられないのだと。それが愛の果てだろうと、闘争の果てだろうと。

 それが、一体化した彼等が背負う業なのだ。

 

 だが、では3人目はどうなのか。自分たちとはまるで異なる存在な、かの更識簪は。彼女は、何の果てにどうなるのか。

 それはまさしく、昭弘が今回「話しておきたかった」内容そのものだった。

 

「あとそうだ。これは報告なんだが・・・更識簪って居るだろ、布仏と仲良しの。アイツも近々一体化するかもしれん」

 

 「布仏と仲良しの」という部分に、瞼をヒクつかせるセシリア。やはり簪への一方通行な恋敵的心情は、未だに健在のようだ。

 しかしそれに囚われるのも一瞬で、その報告内容に首を傾げる。もう一度言ってくれと、耳を前に突き出すように。

 

「・・・何故唐突に彼女が?そもそも根拠はありますの?」

 

「報告と言った筈だ。信じる信じないは好きにしろ」

 

 あくまでそう突き返す昭弘。

 実際、明確な根拠が無いのは事実なので、どの道そう返すしかないのだが。

 

 対するセシリアは顎に手を当て、暫し考える。

 あの昭弘が適当なことを言うとは思えないし、第一、態々この空間でホラ話をする意味も無い。

 セシリア自身、簪のことは未だそこまで詳しくないが、唯一分かっていることがある。

 

「・・・・・・暴走する危険性は?」

 

 簪の側には、本音が居る。本音をそれに巻き込む可能性は、是が非でも避けねばならない、というのがセシリアの見解だ。

 

「分からん。だが止められるとしたら、オレとお前だけだろう」

 

 昭弘の意見は尤もだ。

 ISとの一体化には未だ不明瞭なことが多いが、一つだけ共通する点がある。コア・ネットワークであろう、この空間に繋がるという点だ。

 簪の精神に干渉できるとしたら、ここしかない。

 

「・・・まぁ良いでしょう。本音の悲しむ顔は見たくありませんし」

 

「そういうこった。頭の片隅にでも入れといてくれ」

 

 そこで昭弘が話し終えると、黒い空間に沈黙が漂う。

 どこか、沈痛さを感じる沈黙だった。だがその沈痛さは、どちらかと言うと昭弘が放つものだった。

 セシリアに言うべきか否か、と。

 

 息苦しさに耐えかねたのか、意を決したのか、昭弘は再度口を開いた。

 

「簪は・・・アイツはオレ()()とは違う。そんな気がするんだ」

 

 そうであって欲しい。セシリアも本来なら、そうであって欲しかった。

 昭弘の言葉には、それら切望が見え隠れしていた。

 

「まるで私もケダモノかのような言い草ですわね。ただまぁ・・・」

 

 そこで言葉を一旦止めたセシリアは、額の翡翠色の角を撫でた。

 そして、どこか諦めたように笑いながら言った。

 

「今となっては、ケダモノの方がマシかもしれませんが」

 

 彼女もまた、自分の最期がどんなものなのか、おおよそ悟っているのだろう。

 そしていざという時、愛する人を誰に託すかも。

 

「・・・怖くないのか?」

 

「お前は?」

 

「・・・」

 

 またしても、短いであろう沈黙がやってくる。

 だが昭弘の答えは、最初から決まっていた。間を置いたのは、分かりきった問い掛けだったと、反省する為だ。

 

「怖いさ」

 

 背中のグシオンは、いずれ昭弘という自己をも飲み込むかもしれない。それは、彼にとっては死と同等、或いはそれ以上の恐怖だ。

 それでも日々を何気なく過ごせるのは、ただ恐怖に慣れてしまっているだけだった。戦場という恐怖に。

 嫌な慣れだと、つくづく彼は思う。

 

「ええ、私もですわ」

 

 その辺りは、セシリアもまた同じだった。両親を一瞬で奪われた彼女にとって、恐怖とは日常の一部でしかなかった。

 そうあの事故が、結局今のセシリアに変えてしまった。日常に戦場を見てしまうような、脳が侵食されてもさして動じないような、今のセシリアに。

 それらはまさしく、日々の何処かに潜む過去からの残穢だ。

 

 何処かの誰かも言っていたが、過去こそが人を形成すると。過去を紐解けば、その人間の行動すら予測できるとも。

 

 それでも―――

 

「それでも私たちは、先を見越しながら今を生きるしかないのでしょう。先に待つのが、どんな最期だろうと」

 

 過去によって形作られても、過去に縛られてなるものか。

 いつだって、そして今回だって、そんな矛盾が彼女を振るい立たせてきた。

 そう、きっとこれからも。

 

 セシリアの言葉を聞いて、昭弘は思った。自分たちにとって肝心なのは、何の為に生きるかではなく、どう終わるかなのだと。

 その為には、最後の瞬間まで、大きすぎる過去すらものともしないセシリアのような潔さが必要なのかもしれない。

 

 だが少なくとも簪には、それを肝心と思わないで欲しい。自分だけの目的を持って、生きていって欲しい。そう思わずにはいられない昭弘だった。

 

 

 

 ふと、昭弘の脳裏に黒い違和感が浮かぶ。

 

 今更だが、何故セシリアは列車事故の話を持ち出したのだろうか。そんな大昔の、彼女の一部となっている筈のものを。昭弘が思うセシリアの人物像と、いまいち重ならない。

 実行犯を特定する為か。いや、だとしても命令通り動いただけの少年兵を特定して、それで何になるというのか。

 

 その部分も一応訊いておこうと思った昭弘だが、その時にはもう浮上が始まっていた。

 

 訊いたところで、はぐらかされて終わっていた可能性は高い。

 だが、もっと早くに気付いて訊いておくべきだったと、昭弘は思った。

 

 何故こうまで訊こうと焦ったのか、昭弘自身にも解らなかった。

 故にただ、この空間のような黒い霧だけが、彼の中に残った。




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