学園祭の時期もうろ覚えになっちゃった。
―――――9月1日(木)
目覚めの時間を少し過ぎた、東の日を浴びるIS学園。
登校日に相応しい空模様だが、残暑は未だ尾を引いていた。
少女たちの反応は様々だった。
いい天気と、弾むような足取りで登校する者もいれば、暑さで気怠そうに歩を進める者もいる。
どちらにせよ、長く短い夏休みが終わったことを意味していた。
そんな少女たちとは違う雰囲気で、昇降口へと歩く昭弘。夏休みが無いに等しかった彼にとっては、あくまで普段通りの登校だ。
2学期になろうと、特に感慨に浸ることもない。
「昭弘!」
だがその声が、昭弘の心を入学式へと戻す。少しドスの効いた、去れど透き通るような声だった。
振り返ってみると、声の主である箒が、そしてその隣には一夏が居た。
「おはよう」
箒と一夏の、何かから解放されたような挨拶を受けて、昭弘も小さな笑顔を解放する。
「ああ、おはよう」
昭弘の学園生活が、また始まった。
始業式も終わり、1時限目の1年1組では、早速ある話し合いが行われていた。
学園祭についてである。
名前の通り、IS学園が主催するお祭りで、9月の下旬辺りに開催されるらしい。
内容は各クラスで店を開いたり、体育館のステージを使って劇やライブなどをやるそうだ。2学期も早々に、タイトなスケジュールが生徒たちに降りかかる。
そんな風に、今知った知識を頭の中で軽く纏めた昭弘。
だが彼の意識は、既に違う方角へと向いていた。
(遂に今日で完成か)
簪の打鉄弐式は、全ての調整が終了していた。つまりは、昨日の時点で機体自体は完成している。
放課後の模擬戦にて、簪が納得した瞬間こそが、真の完成ということだ。
これまで付き合ってくれた整備科志望の皆に、いち早くお披露目したい。そういう目論見もあるのだろう。
今日が、簪と打鉄弐式が繋がる日。
だが意外と、昭弘もセシリアも落ち着いていた。
2人とも、実戦という極限の状況下でこうなった。様々な激情が、駆け巡った果てに。
一体化はできるとして、果たして模擬戦だけで、今の2人の状態にまでなるのかどうか。
そんな予感、若しくは願望が、「今日ではない」と2人に告げていた。来たる戦火の日こそが、その時なのではないかと。
その証拠と言えるか分からないが、背中のグシオンも額のラヴィリスも、普段通り静かだった。
放課後。
アリーナDのピット内は、整備科の卵から教員まで、それなりの人数が集まっていた。新聞部の黛薫子まで居る。
にも関わらず、作業に必要な最低限の会話だけ行き交う様は、異様な静けさを醸し出していた。
そんな緊張感の中心、今まさに発進の最終確認に入っている、簪と打鉄弐式。
射出口は開いており、その先には青空が見えていた。
「遂にこの時が来たね~」
簪に柔らかく語りかけながら、脚部スラスターの数値を確認する本音。
鷹月と如月らは、顔を強張らせながら、各バーニアの出力を設計図と照らし合わせていた。
「・・・うん。本音も・・・ありがとね」
こんな時でも相変わらずな親友に、そう返す簪。
実際、今だけでなく、夏休み中も幾度となく助けられたのだろう。そんな「ありがとう」だった。
「どう致しまして~」
2人のやり取りを聞いていた生徒たちもまた、少しだけ顔の強張りが溶けた。
そうして今度は、ゴロへと視線を移す簪。
ゴロはただ黙って、赤いカメラアイだけを彼女に向けていた。
「ゴロも・・・その・・・・・・ゴメンね」
《何故デス?》
「だって・・・その・・・」
そこで言葉を止め、表情を沈める簪。
簪も、どことなく分かっていた。ゴロが本当は、打鉄弐式を完成させたくないことに。それが自分の身を案じてのことだとも、理解していた。
ゴロの心情を分かっていながら、最後までIS製作に付き合わせてしまった。故に、会わせる顔がないのだ。
《私ハイカナル時デモ、アナタ方ノ味方デス。気ニセズ可能性ヲ信ジテ下サイ》
ゴロならそんな優しい言葉を贈ることも、簪は知っていた。だからか、沈んだ表情が戻ることはなかった。
そんな中、ピット内にある人物が現れる。
「あっ」
周囲がどよめき出すよりも前に、そんな声を漏らす簪。
自身と同じ水色の髪に、紅の瞳。姉であり生徒会長でもある、更識楯無だ。
楯無は、少しぎこちない笑顔を表に出しながら、遠くから小さく手を振っていた。
簪は反応に困った。
今さっき気持ちが沈んだばかりなのに、更に色んな感情が湧いてきたからだ。見に来てくれた嬉しさ、同時に増大する緊張感、終わったあとどう接すれば良いのか。
そして、確かな安心感も。
雑念を振り払う為にも、今回ばかりは不本意ながら、その安心だけを感じることにした簪であった。
セシリアもまた、少し離れたところで打鉄弐式を眺めていた。
もっと正確に言えば、本音と簪の2人を。入学するまで、そして夏休みの間も、ずっと一緒だったであろう2人を。
眺めるその目に、澄み渡るような羨望はあっても、燃えるが如き嫉妬心は無かった。それは、どこか遠い存在を見るようであり、不思議と安心しているようでもあった。
「アラ、アナタも来たの?」
「生徒会長」
楯無に声を掛けられたセシリアは、礼儀正しくお辞儀で返した。
「後学の為にも、模擬戦を見学しようと思いまして」
「フーン?」
少し悪戯な笑みを浮かべた楯無は、未だ2人を見詰めるセシリアに耳打する。
「簪ちゃんに取られちゃったりして」
楯無としては、取り乱す彼女が見たかったのだろう。
しかし、残念ながらそうはならなかった。
セシリアはチラと楯無を見たあと、寂しそうに笑いながら言った。
「・・・まぁ、恐らく「その時」によるのでしょう」
楯無には、彼女の言葉の意図が読めなかった。嘘を付いていないが故、尚のこと解らなかった。
よってか、よく解らない言葉よりも、彼女の悟りきった表情に着目した。
「アナタ、少し変わったわね。その額になってから」
「それは良い意味で、でしょうか?」
「さぁどうかしら」
そんな言葉を送りながらも、視線だけは妹に向けたままだった楯無。
「変わった」という部分だけは、簪にも向けた言葉なのだろう。
ピットから管制塔まで移動した、千冬と真耶。
真耶が慌ただしく、機器の一部である測定器を操作しているのに対し、千冬は溜息交じりにフィールドを眺めていた。
「まったく。そう何度も私のシンクロ率を破られてたまるものか」
呆れながら愚痴を零す千冬に対し、真耶は宥めるように言う。
「オルコットさんの例もありますし、確認は必要ですよ」
「それはそうだが・・・もう少し具体的な理由が欲しかったな。アルトランドには」
それだけで、昭弘が千冬にどういう頼み方をしたのか、何となく想像できてしまう真耶であった。
フィールド上空で待機している昭弘に対し、ピット内から通信が届く。
《昭弘殿、間モ無ク打鉄弐式ガ発進シマス。準備ハ宜シイデスカ》
「ああ、問題ない」
打鉄弐式が発進し、上空にて簪の「準備」ができたら、模擬戦開始という流れになっている。
《カンちゃんからも言伝~。本気で来いだって~》
「分かっている」
2人の通信を聞いて、昭弘は繋がっている背中に意識を向ける。
本気でとは言われたが、模擬戦である以上、マッドビーストを使うつもりはない。シザーシールドも防御にしか使わない。
尤も、最後の時にしか使わないのかもしれないが。
(・・・大丈夫だ。バウンドビーストなら大丈夫)
そう何度も己に言い聞かせながら、昭弘は打鉄弐式とブザーを待っていた。
そうして遂に、夏休み中に飽きるほど見てきた水色の機人が、フィールド上空にその姿を現す。
簪は上空にて、瞼を閉じていた。
思い出すのは、出撃する直前に振り向いた、ピットの光景だった。
各々が各々の作業に夢中だった、あの日々。しかして、目的地はみな一緒だった。だから助け合えたし、指摘し合えた。
そうして時は流れ、簪と打鉄弐式はカタパルトに乗っていて、みんなは手を振っていた。
出発の時が来たのだと、もうあの日々は戻らないのだと、簪はその最後の光景を見て思った。
―――みんなありがとう。そして行ってきます
感謝と別れの言葉が、推進剤となって簪の背中を押した。
簪はそれら贅沢な思い出を胸に仕舞い、最後に一言だけ発した。
「行くよ?昭弘」
《こっちこそ準備ができたら行くぞ》
そうして簪は、無心の深みへと落ちていく。
無心の頭内に、感情のない機械音声が響き渡る。
―――コアは小脳、私は大脳
シンクロ率 91%
―――そして身体は鋼鉄
シンクロ率 96%
―――閉じた瞼を見ちゃ駄目。頭も心も、全て閉じて
シンクロ率 99.5%
―――そう。AIの世界を・・・ISの世界だけを感じて
―――目を、全てを開けて
シンクロ率 100%
試合開始のブザーが鳴り、グシオンのスラスターを爆裂させる昭弘。
接近しつつ、簪の明確な変化をハイパーセンサーが捉える。
(どうなってやがる)
簪の開いた目は、青白く輝いていた。瞳も結膜も等しく全て。
そして彼女の頭上には、ホログラムのような真紅の球体が浮かんでいた。大きさはサッカーボール程度で、まるで眼球のような模様があった。
だが、昭弘のやることは変わらない。
初めて打鉄弐式と相対した、6月のあの時と同じだ。ただ倒すつもりでいく。
唯一違う点は、今回は射撃武装もフル動員する点だろうか。
試合は、誰もが予測できない結末で幕を閉じた。
管制塔では、試合終了のブザーに気付かないまま、放心している千冬と真耶が居た。
真耶は、そんな放心から一刻も早く抜け出すが為に、次の言葉を放った。
「信じられません・・・。あのアルトランドくんが、手も足も出ないで終わるなんて」
真耶のそんな第一声で、千冬も我に返る。
「・・・動きを見れば分かる。アルトランドは本気だった、間違い無い」
誰よりもISに精通した千冬が言うのだから、恐らくそうなのだろう。
それを確認したあと、真耶は打鉄弐式の能力に言及する。
「あんな無駄のない動き・・・初めて見ました。ミサイルとの相性も抜群ですし、まるで機械のように正確で」
「・・・機械そのものだとしたら?」
言葉の意味を理解するよりも前、千冬の目線に釣られる真耶。千冬の目が捉えていたのは、シンクロ率を表示するモニターだった。
簪と打鉄弐式の同調を測るモニターは、淡々と無慈悲に、100%と表示していた。
絶句した真耶は、縋るような視線を再び千冬に向けた。
「3人目だ」
その言葉を最後に、管制塔内を沈黙が支配する。
生徒の成長。喜ぶべきなのは2人とも分かっている。
だがとてもそんな気分にはなれなかった。
あるのは「今後どうすべきか」という、先行きの不透明さだけだった。
ピットに舞い戻った簪は、拍手喝采で出迎えられた。光る目も紅い球体も、既に消えていた。
「カンちゃーん!」
そう言って抱き付く本音に、連写の手を緩めない新聞部に、簪は困惑した微笑みを返す。やはり、まだこういう扱いには慣れないらしい。
鷹月も四十院も如月も、これまで付き合った他の生徒たちも、中々拍手を止めてくれなかった。中には涙を流す生徒も居た。
完成させただけでも嬉しいのに、あの昭弘とグシオン相手に、文句無しの圧勝を飾って見せたのだ。こんな出来た話あっていいのか、そんな思いなのだろう。
彼女たちの費やした2ヶ月が、報われた瞬間だった。
そして、かの人物が歩み寄ってきたので、本音も生徒たちも道を空けるように簪から離れる。
「お姉・・・ちゃん」
そう一言だけ呟いて、ただ楯無を見詰める簪。その姿に、駄目出しされないか等という、不安は無かった。
姉の知らない、自信に満ちた顔つきだった。
それでも楯無は、あくまで自分の妹として、そっと優しく抱き締めた。
「良くやったわ」
そう言って、簪の頭を撫でる楯無。
簪の反応も、周囲の目も気にしている余裕はない。大事な妹が事を成した、だから撫でる。それの何がいけないのか。
「・・・うん」
簪もまた、素直に身を預けた。
「みんなも、本当にありがとう。控え目に言って最高の機体だわ」
大人気生徒会長に頭を下げられ、急にオドオドしだす鷹月たち。涙すら引っ込むその様子からも、彼女たちの狼狽ぶりが分かる。
ただ、楯無の表情は100%の笑顔ではなかった。
今の簪を見る表情は、最愛の妹を見るようで、一人の人間を見るようなものだった。
それは不思議と、若干の哀愁を感じさせるものだった。
昭弘も一先ずは拍手をしていた。今はただ、簪と皆を純粋に祝福するだけだ。
とは言え、惨敗したのは流石の昭弘も予想外だった。彼は拍手しながらも、今一度先の戦いを思い返す。
(・・・ハイパーセンサーの真髄を見た。恐らくアレができるのは、この世界で簪だけだ)
特に接近戦においては惨敗だった昭弘。余りに圧倒的すぎて、悔しいという感情すら失せていた。
ISとの親和性、戦闘センス、そして高度な演算処理能力がなければ為せないものだ。
(仮にマッドビーストを発動してたとしても、どこまで持ったか・・・)
昭弘はこの模擬戦を経るまで、千冬が学園で最強だと思っていた。
その認識を改める必要性が出てきた。アレはもしかしたら、千冬に届きうるかもしれない。
そう考えるに至ったのは、拍手を終えたあとの事だった。
《オルコット、簪はあの空間に入ったか?》
専用回線で確認する昭弘に、セシリアが返す。
《いえ。入った形跡はありませんでしたわ》
《そうか。オレも感じなかった》
だが一体化していることは、昭弘にもセシリアにも判った。アレは無人ISの動きを模倣し、更に上の次元へと昇華したものだった。
そして、今は何の問題もなく解除されている。
2人の想定とは程遠く、何の異常も起きなかった。
だが、予感通りではあった。
(まだ一回目だからか?それともやはり実戦を経ないと無理なのか?)
予感だけで何も分からない2人。
今のこの「分からない状況」こそが異常なのではないかと、そんな気すらしてきた。
ただ、一つだけ分かったことがあった。
つまりは、あの強さであるにも関わらず、簪と打鉄弐式はまだ能力を出し切れていないということだ。
単一仕様能力すら使っていない。
その事実を前に、2人は戦慄を覚えた。
そして、仮に覚醒のキーが実戦だとする。であれば、もしこの学園に攻め入ろうとする不届き者が居たら、敵ながら同情を禁じ得ない。
そんな途方に暮れる2人に、楯無が近付いてきた。
「お疲れさん、昭弘くん。アナタにも礼を言わないとね」
「いい噛ませ犬になりましたか?」
昭弘もいじけてるつもりはないが、大き過ぎたショックは未だに燻っているようだ。
「そういう意味じゃないけど・・・まぁいいわ」
互いにそこまで言い終えると、楯無は本題に入った。
先程の僅かな哀愁を、前面に押し出した彼女が、そこには居た。
「簪ちゃん、繋がったのよね?」
聞かれても問題無いように、そう表現しながら言う楯無。
昭弘とセシリアの予想通りだった。国家代表である楯無が、あの機動を見て気付かない訳がない。ましてやその相手は、実の妹なのだから。
若しくはゴロと同様、製作段階の時点で気付いていたのかもしれない。
「・・・はい」
昭弘はその返事に、覚悟を込めていた。
如何なる理由があろうと、止めなかったことに変わりはない。
楯無に何をされても、文句を言える立場にはなかった。
だが昭弘の想定とは裏腹に、楯無の表情は穏やかなものだった。一周回って不気味な程に。
「・・・そっか」
それだけ言うと、楯無は再び簪の方向を見やる。従うように、昭弘とセシリアも視線を同じくする。
四方から受ける、尊敬の、期待の、信頼の、そして仲間の眼差し。その中心で笑う簪は、ただ前を見ていた。もっと先の世界を、次なる戦いを、輝く紅い瞳で見据えていた。
妹のそんな姿を見て、楯無もまた笑った。内に秘める切なさを、表出させないように。
「世界って、自分で作れるものなのね」
そんな妹はきっともう、姉に執着することもないのだろう。
楯無は簪にとって、大切な人間の一人に過ぎなくなった。彼女の世界の一人に過ぎないように。
喜ぶべきか、悲しむべきか。悩む時間は、それほど長くなかった。彼女は、昭弘もセシリアも楯無自身も認める、真性の姉馬鹿なのだから。
「諦めなかった夢の果てが、其処だというなら・・・進みなさい。簪ちゃん」
楯無の言葉を耳にして、途方に暮れてる場合ではないと、昭弘とセシリアは背筋を正した。
置いてかれる訳にはいかない。昭弘は、最後まで簪の革新を見届けねばならないのだから。
置いてかれる訳にはいかない。セシリアは、己が終わるまでに、簪に託さねばならないのだから。
置いてかれる訳にはいかない。来たる「その時」の為に。
簪と打鉄弐式の詳細な能力は、学園祭までお預けとなります。大丈夫です、ちゃんと考えてあります。
是非ともお楽しみにしていて下さい。