IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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久しぶりに長い話になってしまいました。
読む際は目の疲れにご注意を。


第76話 天災とブリュンヒルデ

 電灯の明かりすら無い夜。

 暗くて分かり辛いそこは、丘か何処かの屋上か、屋根の上かもしれない。

 月明かりだけが、天上を見上げる2人の少女を照らしていた。

 

「ちーちゃん」

 

「んー?」

 

 束は満月を見上げたまま、静寂を破る。

 

「ちーちゃんは夢ってある?」

 

 輝かしい目を満月から千冬へと移しながら、そう訊ねる束。それの目はまるで、夜空を瞳に写し取ったような、そんな輝きだった。

 

「んー・・・今はまだないなー」

 

 夜空を見据えては、特に臆するでもなくただそう答える千冬。

 

 すると今度は、小さく笑いながら束に視線を移す。

 同じことを問い返される前に、束は再び夜空を瞳に写しながら答える。

 

「束さんはねー」

 

 彼女は人差し指を月に、その更に先にある星々に向けて宣言する。

 

「宇宙!」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

―――――1月28日(金)

 

 此処は、とある宇宙開発企業の大会議室。出席している人物は、初老から壮年まで様々だった。

 空気は異様な緊張感に包まれていた。その原因は、これが重役会議だからではなく、スクリーンに映っているある人物によるものだった。

 

《そんな緊張しないでいいよ!もっとくだけていこう☆》

 

 機械仕掛けの長耳をピコピコ動かしながら、束はモニター越しに笑う。

 

「無理難題を仰るな。我々にとっては、社の命運を左右する場なのですぞ」

 

 社長らしき男は、そう言って困ったように愛想笑いを浮かべる。

 

《まぁでもキミたちは合意するだけだし、お金はぜんぶ束さん持ちだし》

 

 社長を含め、役員たちが頭痛を抑えるように軽く俯く。

 まるで女子高生を相手にしている気分だった。その女子高生みたいな人物が、途方も無い頭脳も財も持ち合わせているから、扱いにも困るのだろう。

 

 気を取り直すべく、社長は頭痛を懸命に堪えながら進める。

 

「では合意の前に最終確認を。篠ノ之博士、貴女様が弊社の筆頭株主となれば、12月までに複数のISコアが弊社の所有となる。IS研究に必要な機材は、全て貴女様が用意して下さる。宜しいですね?」

 

《宜しいよー☆》

 

「・・・大変恐縮ではありますが、何故その時期なのでしょう?貴女様なら何時でもISコアを作れるのでは」

 

 社長の質問に対し、束はウーンとわざとらしく頭に指を当てる。

 理由を探しているのではない。どこまで話すべきかを、選別しているのだ。そのようなものを、社長は悩む束から感じ取っていた。

 

《今はちょっとねぇ。ISがまだまだ神格化されてるし、キミたちが軍事転用する可能性も捨てきれないし》

 

「・・・我々があんな下劣な連中と、同じになるとでも?」

 

 そう凄む社長に帰ってきたのは、天災の冷え切った眼差しだった。

 無言の蛇睨みは、誰も何も信用しない、ただ自分に従っていれば良い、そんな圧が隠し切れていなかった。

 それを直に受けては、社長も役員たちも縮こまるしかない。

 

「失礼致しました。いいでしょう、弊社は貴女様が筆頭株主となることに合意します」

 

《オッケー☆ほんじゃ宜しくー☆》

 

 束がそれだけ言うと、スクリーンの映像はブツっと途切れる。会議室を満たす静寂だけが、その人数と見合わずに残った。

 その静けさを、若い役員の男が恐る恐る破る。

 

「天災は他の企業にも、取引を持ち掛けているでしょうか」

 

「当然だろう。だからますます遅れを取る訳にはいかん」

 

 社長は、そう改めて意気込んだ。

 かの天災にとって、財とは有限なものですらない。画面に映るただの数字の羅列に過ぎないのだ。

 彼女にとって企業の買収とは、スーパーで肉を買うのと、感覚的には同じだ。

 

「本当に上手く事が運ぶでしょうか。現に彼女自身が起こした白騎士事件で、人類は宇宙から大きく遠のいてしまった」

 

「・・・かつての過ちは水に流そう。我々はただ宇宙だけを見据えていれば良い」

 

 例え会社を乗っ取られても、それで宇宙進出という悲願が叶うなら構わない。

 

 それだけの魅力が、魔力が、煌めきを纏う漆黒の空にはあった。

 

 或いは、夜空を初めて見たその瞬間から、人間の心に巣くうのかもしれない。

 

 

 

 

 

―――――9月1日(木)

 

 既に管制塔を出た千冬は、階段を下りながら考えを巡らせていた。

 簪と打鉄弐式の今後については、今は真耶に思案を任せている。千冬の意識は、もっと別の所にあった。

 

(この一体化も、束と何か関係があるのか?・・・違うな。アルトランドはまだしも、オルコットと更識簪は束との関連付けが難しい。脈絡が無さすぎる。・・・いや、更識に関しては、打鉄弐式の製作にゴーレムが関わっている・・・か)

 

 しかし、それも関連付けには要素が足りない。

 ゴーレムの協力は、あくまで簪から申し出たことだ。それに、もし簪と打鉄弐式をも一体化させることが目的なら、事前に何らかのアクションを起こした筈。

 

 そうこう考えている内に、千冬と真耶はピットまで来てしまった。

 

「世界って、自分で作れるものなのね」

 

 盗み聞くつもりはなかったが、偶然にも楯無の言葉を拾ってしまった千冬。

 

 

―――・・・ん?

 

 

 千冬の中に、ある「考え」が輪郭を帯び始める。

 そしてその考えは、どういう訳か千冬の中で「世界を作る」から「世界を変える」という言葉に変換する。

 

 更に、楯無の言葉は続く。

 

「諦めなかった夢の果てが、其処だと言うなら・・・」

 

 そこから先の言葉は耳奥へと入らず、千冬の意識は「夢」へと持っていかれる。

 

―――世界を変える・・・・・・夢を諦めない・・・・・・

 

 まだ輪郭はぼやけているが、確かに形を作ろうとしていた。

 それは嘗ての記憶を、今現在へと引き連れてくるような感覚だった。

 

―――束の夢はもう終わった筈。だがもし、夢が未だ続いていたら?ISを宇宙へと羽ばたかせるには?

 

 束が創造したISに、技術的な落ち度はない。ならそのISを取り囲む世界を変えるしかない。

 だがどうやって、世界を変える。

 束なら世界の何を、何故変える。

 束の愛するISを、ただ盲信してくれている今の世界を。

 

―――兵器

 

 その忌々しい単語により、不意に浮かんだ考えは遂ぞその全貌を表す。

 

 篠ノ之束という人物を根底から覆す、或いは千冬の認識を引っくり返す、その途方も無い考えが。

 

「ちょっ、織斑先生!?」

 

 真耶の呼び掛けなど聞こえない千冬は、気付けば昭弘と楯無の元へと歩を進めていた。

 

 

 

 突然千冬に肩を掴まれた昭弘と楯無は、激しく振り向く。

 そこには、焦燥という表現すら生ぬるい、何か取り返しのつかないものを失くしたような千冬が居た。

 

「2人とも生徒指導室に来てくれ。大至急だ」

 

 それだけで、事態の深刻さを即座に理解した2人は、何も訊かずに付いていく。

 

 セシリアはその短いやり取りを、当惑しながら眺めるしかなかった。

 

 

 

 生徒指導室へと続く、人気の無い廊下を行く3人。

 

 ふと、誰かの携帯が鳴り始める。周囲を見回す昭弘と楯無の様子からして、千冬の携帯だと判る。

 千冬は動じるでもなくポケットから液晶携帯を取り出すと、相手の名前を確認する。

 

 その名前を見て、千冬はどこか諦めたような表情を見せると、ゆっくりとした動作で通話に出る。

 

「・・・・・・もしもし」

 

《気付くのが遅すぎたね、ちーちゃん。二手・・・三手くらいかな?》

 

 スピーカーモードの携帯から、束の声が廊下に流れ出る。彼女は淡々と、それこそ虫を踏み潰すように何でもない口調で、ただそう告げた。

 

 彼女のそれこそが、考えの答え合わせだった。

 それは彼女なりの、親友への情けなのだろうか。

 

「・・・」

 

《・・・》

 

 その場で、電話越しで、沈黙に身を任せる2人。

 相手が先に話すまで、決して口は開かないし通話を切りもしない。どうやら、互いに考えていることは同じようだ。

 ただ、束の言う通り千冬の敗北は決まっている。

 だからと言う訳ではないが、千冬が先に言葉を発した。

 

「ゴメンな」

 

 突然、短い謝罪を述べる千冬。

 対する束は、何の反応も示さなかった。何か思い当たることを探してるのか、最初から許すつもりもないのか。

 

 千冬は構わず、謝罪の言葉を続けた。戻れない過去に想いを馳せながら。

 

「ゴメンな、束。今まで分かってやれなくて。・・・先に大人になってしまって」

 

 千冬はそれだけ言うと、また黙り込む。自分には電話を切る資格すらないと、己を罰しているかのようだ。

 

 そんな自罰が済んだのか、千冬は再び口を開いた。

 諦めの表情に、どこか虚しい決意を秘めながら。

 

「確かにお前の言う通り、もう手遅れなのかもしれない。だからと言って、何の行動も起こさない理由にはならない」

 

《・・・》

 

 束は長い沈黙を返すと、漸く通話を切った。

 

 そこで千冬は理解した。

 きっとこれが、親友と交わす最後の言葉なのだと。

 

 

 

 生徒指導室にて、昭弘と楯無は焦れていた。

 入室してかれこれ5分、千冬は一向に話を切り出そうとしない。机の上で手を組んだまま、俯いている。

 心の準備が必要なのか、束の言葉が原因なのか分からないが、それでも限度はある。誰しも時間は有限だ。

 何より気になるのは、先の束との通話内容だ。アレはまるで千冬と束、2人だけの世界のようだった。

 

 そうして昭弘が急かそうとした時、千冬は漸く重い口を開いた。

 

「MPSを潰すのが束の目的だと、そう考えていた」

 

「・・・事実、そうなんじゃないですか?」

 

 楯無の確認に対し、千冬はゆっくりと首を横に振る。

 

「逆だ」

 

 そこから少しの間を置き、誰しもが耳を疑うだろうと予期した上で、千冬は述べる。

 

 

「束・・・いや篠ノ之博士は、ISを無くそうとしている」

 

 

 沈黙が、生徒指導室を支配する。

 その後、我に返った昭弘と楯無は、困惑気味に互いを見やる。千冬の正気を疑っているのだろう。

 

「・・・どうしてそう考えるんスか?」

 

 以前に出た結論とは、全く逆の答え。昭弘の問いは妥当だ。

 千冬は、訊かれるまでもないとばかりに、脳内で整理した言葉を送る。

 

「篠ノ之博士の夢は、人類を宇宙に進出させること。その為のマルチフォームスーツとして作ったのがISだ。だが今の人類は、ISを兵器としか見なしていない。・・・ここまでは分かるな?」

 

 2人が真面目に頷くのを見て、千冬は続ける。

 

「言わばISは現代兵器の象徴、つまりはこの星の象徴となってしまった訳だ。宇宙に飛び立つこともなく。その現状を崩す為には・・・ISの「兵器としての価値」を無くしてしまえばいい。更なる優秀な兵器でもって」

 

 そこまで話せば、2人の理解は早かった。

 恐らく、次に千冬が述べる言葉で、全てが繋がる。

 

「それこそが、今や大量生産されているであろうMPSだ。これ以上生産できないISと違って、MPSは際限なく量産可能だ」

 

 前回3人で出した結論が、全て裏返ってしまった。

 

 突拍子も無い珍説だと、昭弘も楯無もそう言ってやりたい。気は確かかと。

 先の束の言葉が答え合わせだなんて、2人も重々承知している。それでも、納得できるか否かはまた別だ。

 第一、ISの産みの親が、自らの手でISを葬る。束と共に過ごしていた昭弘は勿論、楯無ですらとても信じられなかった。

 

 2人は呆然としながらも、反論すべき要素を必死に探すが、千冬は構わず続ける。

 

「福音及び音檄の撃滅も、これで説明がつく。音檄をIS専用の武器として量産されては、MPSの勝算も下がるだろうからな」

 

「・・・じゃあ何で態々オレたちと無人ISにやらせたんスか。そこが割れなきゃ納得いかないスよ」

 

「そこは「ISを勝たせる説」もだろう。何故我々と無人ISにやらせたのか、そこが分からない以上お前の反論は成立しない」

 

 先ずは昭弘が一蹴されるが、楯無も負けじと食らい付く。

 

「大体、何でそんな回りくどい謀略を立てる必要があるんです?確かに今は、軍事企業がISを独占していますが、半世紀も経てばいずれ人類は宇宙に進出します。技術進歩とはそういうものでしょう」

 

 楯無の反論を、千冬はあしらうように鼻で笑う。論破するまでもないと言いたげに。

 

「あの馬鹿が半世紀も待てると思うか?しかも自分の成果物を、ほぼ横取りされたような形で」

 

 そこで、反論も疑問も無い沈黙が訪れるが、千冬は更に続ける。

 

「ISに兵器の価値が無くなれば、各企業はISコアという多大な負債を抱えることになる。それを束の息が掛かった民間宇宙会社どもが買い付ければ、コアの回収は難しくない」

 

「?・・・束本人じゃなくて民間宇宙会社・・・ですか?」

 

「言ったろう、人類を宇宙に進出させると。いくら束が天災だろうと、そんな大望一人では限界がある。ならばいっそのこと、宇宙進出に積極的な民間宇宙会社へ、コアとコア情報(ブラックボックス)を譲渡した方が遥かに効率的だ。人類自ら進化していく、という点でもな。あとは筆頭株主だか何だかになった束が、上からコントロールすればいいだけの話だ」

 

 この世界において、宇宙開発会社の扱いは悪い。学会で束の研究を一笑に付すような世界だ。大気圏外の話になると、途端に態度を変えられることも多い。

 その駄目押しが、皮肉にも束の造ったISだった。武力としか見なされなかったにも関わらず、副産物もまた大きかったIS。エネルギー問題も解決しつつある今、世間では宇宙開発会社の存在意義を問う声もしばし上がる。

 そんな民間宇宙会社にとって、束は救世主のようでもあり、憎き神敵のような存在でもあるのだ。

 それでも、彼女が株式を買い占めると言えば、喜んで応じるだろう。目指す神秘に、私情が介入する余地などない。

 

「加えて亡国企業が地上を支配することになれば、宇宙へ逃げ場所を求める者も少なからず出るだろう。宇宙開発はますます加速していく。束の理想としては、MPSがISの代わりとして地球上に君臨し、真のISが宇宙に君臨する。こんなところか」

 

 今までずっと昭弘の脳内に充満していた白煙が、漸く離散していった。

 

 千冬の推理に証拠はない。だが証拠がないのは最早今更の話で、束の企てに関してはずっと推論で進めていくしかなかった。

 ならば寧ろ、福音を消したという矛盾を抱える前説よりも、余程しっくり来る。

 何より、束のことを誰よりも一番良く知っている千冬が言っているのだ。これ以上の説得力もないだろう。

 

 だからもう、当の本人にここまで言われて、頭のモヤモヤもそれで晴れたのなら、あとは潔さが大事なのだ。

 無理矢理にでも、頭を切り替えるしか無い。

 

(夢・・・)

 

 だが今の昭弘は、心もまた別の方向へと切り替わっていた。

 

 この数ヶ月間で、束の多くを知った。友好を感じ、憤りを感じ、疑惑を感じ、妹への不器用さをも感じ取った。

 それらの裏で進めていた、こんな大それた計画。彼女は一体、日々どんな思いで過ごしていたのだろうか。彼女もまた、昭弘と同じように葛藤していたのだろうか。

 

 ただ一つ分かることは、そうまでして叶えたい夢ということだ。人類を宇宙へと上げるのは。

 そしてその牽引者、管理者として頂点に立つ。それはまさしく、自分の思い描く世界を創造するに等しい、神の如き所業だ。

 

 簪の澄んだ紅い瞳が過ぎった。

 束もまた同じ瞳をしていたのなら、昭弘は止めようとしたのだろうか。簪がISを眺めるのと同じく、純粋な瞳で夜空を見上げる束を。

 だがやはり、あの2人では何かが決定的に違う気がすると、昭弘は思っていた。簪の夢を悍ましいと思ったことはないが、束は別だ。

 

 明確な理由は分からない。

 脳内に居座るこれまでの束が、昭弘をそんな気持ちにさせるのだろうか。それとも―――

 

 その先を考えるには至らず、千冬の言葉が次なる議題へと押し進める。

 

「さて、そこで話の肝は「今後どうするか」だ」

 

 その手の話になると、昭弘は閉口するしかなくなる。情報網もコネクションも無い彼は、ただ受動的に備えることしかできない。

 

 ただ、手立てが少ないのは千冬も楯無も同じだ。一個人の推論だけでは、多国籍軍を動かすには至らないし、更識家の手駒も同様だろう。

 いずれにせよ確実に、先制を許すことになる。

 

「・・・ドイツ軍の黒兎部隊には、私とラウラから通達しておこう。「備えろ」程度のことしか言えんが」

 

 外部に対してできることは、残念ながらそのくらいだろう。

 自衛隊に対しても同様で、コネのある教員から「用心しろ」と伝えるしかない。福音戦の後でもある為、警戒度は既に高いのだろうが。

 あとは今まで通り、ただ情報網を広げていくしかない。

 

 だが「内部」に対してはその限りでない。その点では「ISを勝たせる説」よりも対策のしようがある。

 寧ろ千冬にとっては、こちらこそが本命なのだ。

 

「学園祭の警備には、更識家の人間も導入したい。連中はきっと何か仕掛けてくるだろうからな」

 

 当の楯無が首を傾げたので、千冬は根拠を述べる。

 

「亡国機業も束も、世界にMPSを浸透させたい。だが最強のIS乗りが存在する以上、世界はISへの希望を捨て切れないだろう。それを成すには、本気全力全開の私を、他ならぬMPSで捩じ伏せる必要がある。それも闇討ちでは意味がない、全世界の人間に知って貰わねばならん。その交渉として、奴等なら人質を使うだろう。その最も効果的な対象は何処の誰か。弟も生徒たちも居るこのIS学園という訳だ」

 

 千冬の説明を聞いて、楯無は勿論、昭弘も千冬の考えに気付く。

 

「そうか・・・学園祭なら不特定多数の人間が出入りする。連中からすれば、どんだけ警備を厳重にしても、普段の学園よりはずっと潜り込み易いな」

 

「じゃあいっその事、来訪者は親族のみの招待制にします?」

 

「いや、それだと生徒のモチベーションが下がるし、理事会の承認も得られんだろう。襲撃が確定しているのなら別だが」

 

 やはり、その道のプロである更識家を、私服警備員として導入するしかない。

 その事に対し、楯無は目頭を押さえる。動員するぼんやりとした理由が「今年は色々と物騒だから」、明確な理由が「大切な妹をあらゆる脅威から守る為」。当主だろうと、そんなことで更識の人間を引っ張り出すのは気が引ける。

 というより、最早公務員で言う所の職権乱用に近いだろう。

 これで何も起きなかったら、楯無は千冬を一生涯恨むつもりでいた。

 

「・・・」

 

 三者の間に、突如として奇妙な沈黙が訪れる。

 それは何かを言いたげな、然れど言うべきでない。手段と感情を切り離せない、板挟みによる沈黙だった。

 

 しかし、やはりこれしかないと、やむなく千冬が提案として発言する。

 

「MPSによる空からの襲撃には、予備機として専用機持ちの生徒たちを使う。ISをいつでもどこでも展開できるのは、この学園内で彼女たちだけだ。敵が教員部隊の戦力を上回る場合、一緒に出撃して貰うだろう」

 

 そんな言葉が出ると予想していた昭弘と楯無は、沈痛な表情で聞き入れていた。

 上回るに決まっているのだ。あの亡国機業が、教員部隊による抵抗を想定しない訳ない。

 

 要するに千冬は今、こう言っているのだ。護るべき生徒たちを戦場に駆り出すと。

 そして本来なら喜ばしい事だろうが、何名かの専用機持ちは教員以上の実力を有している。

 だから昭弘も楯無も、何も言えないのだ。合理的な回答を優先してしまう自分自身に、嫌気が刺すのだ。

 

 これでは福音戦の再来だ。何故こう何度も何度も生徒を、学友を、愛する人を危険に晒さねばならないのか。

 何なら福音戦以上の地獄となるかもしれない。相手は残虐性を持つ、生身の人間なのだから。

 

「後日、専用機持ち全員を招集し、緊急時の対処や配置について説明する。学園祭に限らず、今後のな」

 

 当然ながら、束や亡国機業については何も話さないのだろう。悪戯に不安を煽るだけだ。

 何も無ければ、それに越したことはない。

 

 結局ここでも、やれるのは備えることだけ。

 だがその備えこそが、現状最良の策だった。

 

 

 

 話し合いも終わり、楯無が退室した生徒指導室には、昭弘と千冬の2人が残された。

 

 千冬は魂が抜けたような、虚ろな瞳で天井を仰ぎ見ていた。

 恐らく、もう疲れたのだろう。対応することにも憶測を立てることにも、親友を疑い続けることにも。

 そして、自分自身にも。

 

 そんな彼女に、昭弘は何と声を掛ければいいか分からなかった。

 正直、彼自身も早急にここから退室したい。しかし、そうなれば一人になった千冬がグズグズに崩れてしまうような、そんな不安もあった。

 

 そうして結局、千冬が先に沈黙を破ってしまった。溜め込んでいたものを吐き戻すように。

 

「本来なら、もっと早く気付く筈だった・・・いや気付くべきだったんだ。束の夢を知る親友として」

 

 昭弘は相槌すら打たず、ただ黙って聞いていた。

 

「勝手に思い込み、決めつけていた。そんな純粋な夢、もうとっくに諦めていると。愚かな人類に諦めていると。・・・愚かなのは私だった。現実しか許容できない、矮小な大人になった私だ」

 

 人はいずれ大人になると、そうフォローしても良かった昭弘だが、やはり言えなかった。

 もしそう言えば、全ての大人を、そして人間そのものを否定するような気がしたからだ。どの道、その大人にすらなってない昭弘が言えた口ではないのだが。

 

「何がブリュンヒルデだ。持つものは強さと少しの正論だけ、本当につまらない人間だよ。この歳になっても自分の夢すら持てない私は、束の親友であるべきでないし、生徒に夢を語る資格も無い」

 

 夢がないからこそ、千冬には分からないのだ。大人になっても夢を諦めてない親友と、どう接すれば良いのか。

 そして気付いたこともあった。まさかこれ程までに、篠ノ之束という人間を大切に思っていたなんて。憧れを抱いてしまう程に。

 

 違う、2人であの夜空を見上げていた日から、とっくに憧れていた。自分も束みたいな夢を持ちたいと。

 もし夢を持っていたなら、親友の夢の為に白騎士を纏うこともなかったし、それでブリュンヒルデにもならなかった。

 

 

 昭弘は、やっと分かった気がした。どうして、束の夢を悍ましいと思ってしまうのか。

 ならば今、口に出さねばならない。千冬の為にも、他ならぬ昭弘自身の為にも。

 

「織斑センセイ、オレもアンタと同じです。夢なんてない。けど他人の夢を守ることは、夢のないオレやアンタにもできる」

 

 束の夢は、戦争により成就する。だがその戦争は人の命を、延いては人の夢を奪う。

 故に昭弘は決して、束の夢を肯定する訳にはいかないのだ。例え勝てないと分かっていても、抗わねばならないのだ。

 束の心境がどんなものであろうと。

 

「だからどうか織斑センセイ、篠ノ之束と対峙して下さい。それが唯一、対等な親友でいられる方法だ」

 

「・・・」

 

 一つ溜息をつき、再び天井を見上げる千冬。

 

 束の計画は、人類の進化の為には必要なことかもしれない。実際、それでIS至上主義はなくなり、人間が本来歩むべき道へと歩み始めるだろう。

 だが、そもそもこうなってしまったのは、あの時に束を止めなかったからだ。子供なりに、それこそ酷い口論になろうと、真剣に話し合うべきだったのだ。

 さすれば今頃、ISは兵器になどなっておらず、人間と共に宇宙に居た筈だ。

 

 だから今度は止める。止めれなくとも、何度だって言葉を交わす。あの通話を最後の会話にはしない。

 例えそれで人類が停滞しようと。

 

 それが親友としての義務だ。

 行動する理由なんて、それで十分だ。

 

「そうだな」

 

 千冬はもう、ただ前を見据えていた。

 疲れが充満している瞳には、ほのかな光が瞬いていた。

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