いやマジで。
出店関係は原作と大きく違います、多分。
―――――9月5日(月)
その日、放課後の1年1組ではシャルロットの怒号が響き渡っていた。
「ハァイ!セシリアちゃんもっと声低く!それでいてハキハキと!あとキャラ忘れないで!」
どうやら女性陣複数名が、学園祭における出し物の特訓を受けているようだ。
男性陣はと言うと、買い出しやらリスト作成やらを手伝っていた。
「元気だなあの阿呆」
「自分が主役だと思ってんでしょ」
作成中の計画表とシャルロットを見比べながら、そう話す昭弘と一夏。
毎度のことだが、彼女は自身の得意分野になると、ことさら調子に乗る節がある。加えて公平な多数決で出し物が決まったからか、より強気だ。
故に、誰も何も言えないのだが、セシリアは逆ギレの一歩手前まで来ている。
実際、発案者はシャルロット自身なのだから、気合いが入るのも納得ではあるのだが。
「・・・オレたちも「あの服」着なきゃならんのよな」
「何度も言うが私は絶対着ないぞ」
「もう観念しなって2人とも」
服に無頓着な昭弘やラウラですら、着たくない服のようだ。どんな服なのか、想像するのは野暮だろう。
一夏は対照的に、どこか楽しそうだ。
「というか、何でわざわざクラス毎にこんな店開くんだ。学園祭ってのは変態の祭りなのか?」
「学園祭を変態って言う人初めて見た。まぁ・・・訊かれても「そーゆーもの」としか答えらんないけど」
昭弘は、亡国機業からIS学園を護らねばならない。だが彼が護るのはIS学園であって、学園祭そのものではない。
実際、昭弘も学園祭をどう楽しめば良いのか、掴みかねていた。
祭りの経験すらない彼だ。クラスで店を開く理由も、体育館で劇をする理由も良く分からない。
その癖、運営から準備まで全て生徒に委ねられ、教員はほぼ関知しないときた。成績にも何ら影響しない。金銭の授受こそあるものの、お嬢様であるIS学園の生徒たちには縁遠い。
だのに皆やる気に満ちている。
良く分からない内に決まり、良く分からないノリで事が進む。クラスの為と割り切りながら動いてはいるが、正直機動訓練の時間を割いてまでやる理由が、昭弘には分からなかった。
昭弘がそうなのだから、ラウラも同様だろう。モチベーションを保つのには無理がある。
そんな2人を見かねて、一夏が声を上げる。
「シャル、今日はこの辺でいんじゃない?学園祭まで時間あるし」
「いやいや、僕たち専用機持ちの演劇もあるの忘れてないよね?」
「クラス優先」
「チェッ・・・ハイハーイ」
一旦解散となり、いつもの面子が昭弘の元に集まる。
セシリアは、本音と4組に行くようだ。
「他のクラスも見に行かない?偵察ってヤツ」
「確かに。早い内に見とかないとね」
言い出した一夏に、同意するシャルロットと追従する昭弘たち。
ただ、自身とラウラを慮っての気晴らしだろうことは、昭弘にも分かっていた。
だからこそ、昭弘の足取りは重かった。
そんな訳で、早速2組の様子を覗く一同。
邪魔をしたくはない昭弘だが、他クラスも偵察紛いなことをしているので、おあいこだと思うことにした。
すると案の定、目立つ巨漢をすぐさま見つけた鈴音が、廊下へと出てくる。
「何?アンタたちも偵察?」
「!?」
真っ白な顔に、血反吐のようなメイクをした鈴音を見て、流石の昭弘も目を丸くする。
声を出さず、冷や汗だけでどうにか済ませた自分を、褒めたいくらいだった。
「も、もうメイクしてるのか鈴」
「予行演習よ予行演習。箒たちだってそうでしょ?」
「それはそうだが・・・」
話に付いていけない昭弘。
一夏も箒と同じく、鈴音のその姿だけで店の趣旨を理解したらしいが、昭弘には何の予想も立てられない。
(・・・ここってISの勉強するところだよな?)
もしや、2学期から学園の教育方針が変わったのだろうか。考えがそんな次元にまで及んでしまう。
ただ、見回してみると、やはり1組と同じくそれなりの熱量でみな動いている。
少なくとも、ふざけているようには見えない。真剣そのもので、どこか楽しげだ。
「・・・分からんな」
「何がよ昭弘?」
つい言葉が漏れてしまい、そして鈴音に拾われてしまった昭弘は、仕方なくそのまま自身の考えを述べる。
「なんでこんな真剣になれるんだ?皆の進路と関係があるようには思えんが・・・」
ラウラは大きく頷くが、一夏とシャルロットは呆れ顔で首を振る。真面目すぎる2人を嗜めるかのように。
そんな一夏とシャルロットの気持ちを、鈴音が代弁する。
「そんなの息抜きに決まってるじゃない。だからみんな夢中になるんでしょ?」
人であれ動物であれ、常に全力疾走はできない。どこかのタイミングで休息を取る必要がある。臨海学校の一日目が良い例だろう。
進路も同じだと、鈴音はそう言うが、やはりいまいちピンと来ない昭弘であった。彼には、真剣と夢中の違いがどうしても解らなかった。
すると、少し考える素振りを見せた箒が、もしかしたらと述べる。
「付け加えるなら・・・自分たちで決めた事だからではないか?そしてその善し悪しを客観的に見れるのは、お客だけだ」
的を得た発言だったからか、思わず感心する鈴音たち。
息抜きである筈なのに、自己満足も許さない。ますます不思議に思う昭弘。
ただ「自分で決めた」という部分は、昭弘にも理解できた。決められたのではなく決めたのなら、最後までやり切らねばならない。
それは言わば、大人で言うところの責任。鉄華団で言うところの筋を通すということだ。
そこに将来や進路は関係ない。やると決めたらやる。それを繰り返していくことで、彼女たちは大人になっていくのだろう。
そして昭弘も。
(・・・オレも筋を通さないとな)
息抜き云々はやはり分からない昭弘だが、責任を持つべきと思えば、俄然やる気も出てくるもの。
昭弘自身が楽しめるかはさておき、せめて来訪者には楽しんで欲しいと彼は思う。彼は1年1組が、IS学園が大好きなのだから。此処が素晴らしい場所だということを、一人でも多くの人に知って貰いたい。
それが昭弘なりの、筋の通し方だ。
真面目な彼は、そういう考え方でしか、学園祭を楽しく捉えることができない。
2組の偵察も短く、各々は2・3年も含めた各クラスへと散っていった。参考になるものがあれば、取り入れるつもりだろう。
「そう言えば昭弘。更識さんの専用機は完成したのか?」
「ああ、学園新聞の通りだ。オレが模擬戦でボロ負けしちまったのも本当だ」
「うーむ・・・やはり信じられんな。相手がセシリアならまだ分かるが」
「オレも信じたくない」
そんな話をしながら、2人で廊下を進む昭弘と箒。
この状況もまた、一夏の立ち回りによるものだ。本当に、周りを良く見ている。
そのことは勿論、昭弘も箒も嬉しいし、一夏に対して頭が下がる気分だった。
ただ、素直に喜べないのが正直なところだった。
一夏はまず間違いなく、昭弘の想いにも箒の想いにも気付いているのだろう。だからこうして、あの手この手で2人をくっつけようとする。
誰よりも3人一緒に居たいのは、他ならぬ一夏だろうに。
大体が、2人になったところで何も変わらない。ただ取り留めの無い話をし、ただ2人並んで歩くだけだ。
手を繋ぐ訳でも、抱き合う訳でもない。付き合ってる訳でもないのだから。
互いに、触れたい気持ちはある。ただそれをやり過ぎると、今までの関係では居られなくなる。3人が3人でなくなるのだ。
昭弘も箒も、それが堪らなく恐ろしかった。
様々な思いに駆られながらも、2人は3年生のエリアに着いてしまった。
「・・・っ」
「凄いな・・・」
その圧倒的な空気感に、先程までの感情は呑まれてしまった。
進路が決まってる故の余裕もあるのだろうが、それを差し引いても凄まじい活気だ。
きっとどのクラスの出店も、本場と遜色無い出来になるだろうと、容易に想像できた。
明らかに本気度が違う。
雰囲気に気圧されながら、昭弘と箒はそのまま廊下を行く。
「最後の学園祭・・・か」
箒の寂しげな一言に、昭弘もまた思いを寄せる。
領収書を見る目、メニュー表の作成、衣装のデザイン、内装の参考について。一体、彼女たちは何を胸に秘め、今行動しているのだろう。
少なくとも、単なる息抜きでないことは確かだ。
この学園祭を良い思い出にしようという、必死さが伝わって来る。
余りこの空間に居たくはないと、昭弘は思うようになっていく。
このままではIS学園だけでなく、学園祭そのものすら全ての害意から庇いたくなる。
あまり感情移入しすぎると、有事の際に正常な判断ができなくなる。
「・・・護らねばな」
そう言いながら、箒は精悍な顔つきで昭弘を見る。
有事における専用機持ちの配置と対応について、千冬からの説明は未だない。だのに、専用機を持つ者としての覚悟と責任感が、その瞳には宿っていた。
その様は、学園祭への感情移入すら、己の力へと変換してしまいそうだった。
先の2組でも思ったことだが、箒の成長ぶりには昭弘も驚かされる。臨海学校以降は特に顕著だ。
出会いと戦い、そして姉との確かな繋がりが、間違いなく彼女の糧となっている。
「・・・だな」
その短い同意には、昭弘も色々と込めていた。
中でも一番多く占めていたのは、安心感であった。
頼もしさとはまた違う。もし昭弘が居なくなったとしても、今の彼女ならすぐ立ち直れるだろう。そういう類の安心だ。
今の3年生を見ていれば、いずれ別れが来ることは、箒自身も良く解っている筈だ。いつまでも3人一緒では居られないように。遅いか早いかというのは、ここでも変わらないのだ。
唯一の不安は、対峙すべき相手が、実の姉かもしれないということだ。
その衝撃に、箒は耐えれるのだろうか。
姉の夢を知った時、箒はどんな決断を下すのだろうか。
家族を取るか学友を取るか。
人類の前進かそれとも停滞か。
自分で決めたとしても、最後までやり抜くには、あまりに重々しい選択だ。
箒が何をどう選び、それによってどんな結末となろうと、昭弘は箒の選択を尊重するつもりだ。
例えそれで、姉妹の絆が千切れたとしても。
「ま、事が起きないに越したことはないがな」
自分で言っておいて、昭弘は改めて思った。どんなに思惑を巡らせようと、結局はそこに帰結するのだと。
箒が戦うところを見たくない。どうか安全な場所で待機していて欲しい。
それが無理なら、何も起きないで欲しい。そこには、命の危険も重い決断も存在しない。
そんな、一人の女に抱く私情を、昭弘はあらゆる理由で必死に覆い隠した。男としての傲慢さを隠すように。
廊下にてセシリアと本音は、それとなく4組を覗き見ていた。
「さてさて~。4組はいかなる出し物かね~セッシー」
「探偵ですか・・・」
本音は紛れもなく偵察のつもりなのか、張り込み中のような雰囲気を纏っている。
対するセシリアは、そんな本音を見て和んでいるだけだった。どうやら、彼女は偵察のつもりではないらしい。
そんな2人に、気付いた簪が小走りで駆け寄る。
「2人とも・・・どしたの?」
「ありゃ~、バレちゃった~」
「様子を見に来ただけでしてよ。邪魔でしたらお暇しますわ」
「ううん。そろそろ・・・終わるとこだし」
それを聞いて、本音の表情に花が咲く。少なくとも、セシリアにはそう見えた。
「4組は何するの~?」
「・・・・・・ラーメン」
「「・・・?」」
簪から聞き慣れない単語が出てきた為か、2人は疑問を持ったまま硬直する。
そんな反応を予想していた簪は、渋々ながら説明する。
「何か・・・ラーメン、出すことに・・・なった。出汁とかも・・・鶏ガラとか豚骨から、抽出・・・するって」
どんな紆余曲折があったのか知れないが、どうやら本格的なラーメン屋を開くらしい。
「そ、それはまた・・・随分と大胆ですわね」
「セッシー。私たちも人のこと言えないかも~」
本音の言葉から、きっとどのクラスも強烈な店を開くのだろうと、セシリアは予想する。若しくは、他クラスの出し物に触発されて、インスピレーションが浮かぶのかもしれない。
流石は天下のIS学園。その発想力と負けん気の強さは、学園祭でも遺憾なく発揮されてるらしい。
「・・・本音たちは?」
「ナイショ~」
「・・・ズルい」
ごく慣れた具合で、会話を弾ませる本音と簪。幼馴染みならではの距離感だ。
その様子を見て、セシリアは弛緩した表情で言う。
「御二人とも、私はここで失礼しますわ。機動訓練もありますし」
そうしてその場を去ろうとするが、誰かに腕を掴まれる。
本音は笑顔ながらも、その手を離す気配はなかった。
「ゴメン、カンちゃん。ちょっとセッシーと話あるから~」
「え?・・・うん」
困惑する簪を置いて、本音はセシリアをそのまま屋上へと連れて行った。
セシリアは特に動じることもなかった。先の展開を予想しているのか、諦めにも似た表情をしていた。
半ば強引に屋上へと連れてきた本音は、人が居ないのを確認すると早速話し始める。
心なしか、声には僅かな怒気が混ざっているように感じた。
「セッシー。最近どうしてそんなに私とカンちゃんをくっ付けたがるの~?」
セシリアは、予め用意しておいた返事を述べる。
「何のことか存じ上げませんが、偶然が重なればそうも見えるのでしょう」
「4組に行こうって言い出したのセッシーだよね~?」
抵抗も虚しく、その追求で黙りこくってしまうセシリア。それはまるで、無駄な抵抗だと最初から分かっていたようだった。
そして観念したのか、開き直りとも取れる発言をしだす。
「・・・それが何か問題でも?親友同士なのですから、一緒に居るのは自然なことかと」
「私は理由を聞いてるんだけど」
遂に本音の口調から、普段の間延びしたそれが無くなる。たったそれだけで、全くの別人に見えるのだから不思議だ。
だが意外にも、セシリアに焦りや恐怖は無かった。何なら、そんな表情もするのだなと、新たな一面を知れた嬉しささえある。
セシリアはただ、本音を好きなままでいたいだけだ。例え嫌われても、それで本音が安全なら構わない。今やそれは、愛されたいという欲求をも凌いでいた。
寧ろ、嫌われた方が都合も良いかもしれない。自身の未来、そして自身の過去。それらに本音を巻き込んではならない。
確証はない。それでも本音には、できる限り簪の側に居て欲しいのだ。もしセシリアに権限があるなら、本音をそのまま4組に入れたいくらいだ。
一体化による不安要素を加味しても、簪にはそれだけの力があり、人間としての強さもある。人間ではない、いつ暴走するとも知れない自身と違って。
そして、互いに護り護られる強い絆がある。
身勝手さを自覚しながらも、セシリアは突き放すように言った。
「なら遠慮なく。もう貴女に飽きてしまいましたの。だから簪さんになすりつけよう、と」
これでいいと、セシリアは思った。彼女は、本音の表情が歪むのを期待していた。
しかし、その期待は裏切られる。
さっきまで真顔だった本音は、優しげに、そして悲しげに笑っていた。
「・・・ゴメン、セッシー。言いたくないなら、言わなくて良いよ」
そう言うと彼女は、ブカブカの袖に覆われた両手で、セシリアの手を包む。
「だけど・・・何か悩んでるなら相談してね?親友なんだから」
逆に、セシリアの表情が歪みそうになる。
どうして分かってくれないのだ。自分の近くに居たら危ないと、どうしてそう解釈してくれないのか。
そう思いながらも、本音の温もりに身を任せているセシリアもまた存在した。
反則だと、セシリアは思った。その顔を見ていると、この温もりを感じていると、本当に全てをぶちまけてしまいそうになる。
それだけは、何としても思い留めねばならない。
自分が化け物だと、思い人に知られたくないからではない。この「狭間」にいる感覚を、心優しい本音はきっと理解しようと努めるだろう。
理解なんてして欲しくない。本音には、ずっと今のままで居て欲しい。そう願うセシリアには、とても耐えられないことだ。
「・・・」
だからセシリアは無言を貫き、そのまま屋上を去ることにした。
前言を撤回もしなければ、打ち明けないことを謝罪もしない。
何も返さないセシリアに、本音は何も訊かず付いていく。意地でも側に居ようとするその様が、セシリアを尚のこと追い詰める。
一緒に居たい。
一緒に居たくない。
そんな熱い感情と冷たい思考が、セシリアの中で渦を巻いていた。
それこそまるで、2人のセシリアが対立しているかのように。
そして間も無く始まる。
IS学園での「祭り」が。
次回から多分メッチャ長くなります。
不安と期待を持ってお待ちくださいませ。