―――――9月23日(金) 11:00
雲なき快晴のその日。IS学園には長蛇の列ができていた。
列は校門から人工島の駅まで伸びており、モノレールは常時満員であった。その内訳は中高生が約半分を占めており、もう半分が老若男女問わずといった割合だった。
校門では警備員が厳重な手荷物検査をしており、チェック済みの来訪者にバンドらしきものを渡していた。
警備員の配置はそれだけに留まらず、校内や列周辺は勿論、人工島のあらゆるポイントに立哨していた。無論巡回警備員も。
どう見ても国際的規模のイベントであるが、その実態は未成年が主催する学園祭である。
IS学園が世界でどれだけの存在感を放っているか、再認識できる光景であった。
昇降口前では、マイクを持った更識生徒会長がオープニングセレモニーを行う。
ロシア国家代表でもある彼女の登壇に、会場が沸く。
《IS学園は目指します、生徒一人一人が輝ける学園を。IS学園は目指します、世界一環境に恵まれた学園を。IS学園は目指します、生徒全員が大人になれる学園を。本日はそんな空間で日々学び続ける生徒たちと、どうか愉快なひとときをお過ごし頂ければ幸いです。そして来年、IS学園の一員となるかもしれない蕾の皆様には、この空間を隅から隅までご照覧頂ければと思います。・・・とまぁ堅苦しいのはこのくらいにして!皆さんどうぞ楽しんじゃって下さいねー!そんじゃ行ってらっしゃーーい!!》
彼女なりに短く終えると、それを待っていたかのように昇降口の入り口が開かれる。
年に一度の一大イベント、学園祭の幕が上がった。
来訪者一同が先ず最初に向かう場所は、やはり1年1組であった。
1年生のフロアで最も入口から近く、男性操縦者まで居るのだから、人が足を運ぶのは自然な流れであった。
そして、最初のお客である一人の女子高生が、教室前の看板を確認する。
店の趣旨を理解した後、期待に胸を膨らませ、それでいて恐る恐る扉を開ける。
扉の先には、女性客にとっての楽園が広がっていた。
「お帰りなさいませ!お嬢様!」
真っ黒なタキシードを着こなした生徒たちが、一糸乱れず一斉に御辞儀をする。
良く訓練されたのだろう。声は低く張りがあり、所作の一つ一つにもぎこちなさが無い。
メイクに関しても、肌ツヤが抑えられており、眉毛もそれに応じて濃く仕上がっている。ウィッグは付けてる者もいれば、敢えて地毛を活かしている者も。
TS喫茶。
そんな看板を改めて思い起こした女子高生は、夢見心地な気分で席に着いた。
「ではご指名をどうぞ!」
ボーイ役であろう女子生徒が、本日第一号のお嬢様に注文を求める。
お嬢様は、執事らの写真が載った黒板を眺めては、誰と限られたひとときを過ごすか逡巡する。
「じゃ、じゃああの・・・シャルルくんで!」
「ハイィ!シャルルくんご指名!」
ボーイの復唱を聞いて、シャルルは後ろで纏めた髪を棚引かせ、颯爽と席へ赴く。
「やぁ、指名ありがとう。愛くるしいお嬢様?」
自信に満ちた顔で、彼女の手の甲に口付けをするシャルル。唇が触れる寸でで止めており、より本格さが伝わる。
すると、お嬢様が緊張で完全に上がっているのを感じ取ったシャルルは、予てから用意していたであろう話題を振る。
「今日はどこから来たの?」
「あ、ハイ!福島から来ました!」
「そんな遠くから?じゃあますますサービスしないとね」
「お、お手柔らかにお願いします・・・」
他のテーブルでも、次々と指名が入っている。
ギャルの集団に呼ばれたのは、一際高身長で黒髪ポニーテールの執事だった。
「ご指名、ありがとうございます。
「ヤバ!!堅物系のイケメンとかマヂ久しぶりなんだけど!?」
「ねぇ頭ナデナデして~」
お嬢様たちの要求に、箒駒は変わらず毅然とした態度で返答する。
「執事である自分が、お嬢様にそのような真似はできかねます」
「ヤバ、ガチでタイプかもしんねぇ」
メニュー以外の応対はできないと遠回しに言ってるだけなのだが、それが逆に受けたらしい。
更に別のテーブルでは、一風変わった執事が黒縁眼鏡のお嬢様をもてなしていた。
金髪のウィッグを被り、額の角を黒い包帯で隠したその執事は、実に不遜な態度であった。
「
コバルトブルーの瞳が、その冷め切った表情とよくマッチしていた。
そんな執事の放つ冷たい茨が、彼女の心を雁字搦めにし、遂には悶絶させてしまう。
「高慢で一人称ワシで推定500歳超えの人外執事とか・・・キャラ盛りすぎ。良い」
「はよ注文せい下等生物」
「あ、ハイ」
そしてこのクラスは、学園で唯一男性操縦者を持つ教室である。
つまりここがこういうスタンスの喫茶店である以上、執事が居ればメイドも居るということになる。
ならば当然ながら、メイド目当てで入店する紳士淑女も居るわけで。
「ご指名ありがとーお嬢様ぁ!チィカでーす!」
長い黒髪を元気に揺らすそのメイドは、箒駒以上の高身長だ。短めのスカートが、スラっと伸びた脚をより際立たせている。
「キャーーー!!一夏くんのメイド姿ヤバいィィィ!!」
「コラッ。その名前は御法度でしょ?それと余り騒ぎすぎないように!」
発狂するお嬢様方に「メッ」をするチィカ。
対するお嬢様方は、鼻血を垂れ流しながら激しく頷く。彼女たちにとっては、叱られることすらご褒美のようだ。
そう時間が経たない内に、今度はご主人様まで来店してきた。
彼等のお目当ては、長くしなやかな銀髪を二つに縛った、人形のような愛らしさを持つメイドだった。
それでいて、どこか研ぎ澄まされたような苛烈さも持ち合わせていた。
「ライラだ。さっさと注文してさっさと出て行け」
「ヤベェ、銀髪美少女に見下されてる。一生味わえないかもしれない」
虫を見るような紅い瞳に、悶えるご主人様方。
とても演技とは思えない威圧を放つ銀髪メイドに、他のお嬢様方もつい感心してしまう。
右を見ても左を見ても濃ゆい執事とメイドたちに、良い意味で翻弄されるお嬢様とご主人様。
だがまだ、この喫茶店は特大の核弾頭を残していた。
その核弾頭を、未だ誰も指名しようとしない。指名してみたい興味は誰しも持ち合わせているが、どうしても尻込みしてしまう。呼ぶメリットがあるのか、と。
しかし、そもそもこれは学園祭。祭りにメリットだのデメリットだの考えること自体、無粋と言えよう。ノリと勢いが全てだ。
その摂理にいち早く辿り着いた女子大生の集団が、思い切ってかのメイドを指名する。
「ハイィ!昭子ちゃんご指名!」
ボーイの掛け声を聞いた昭子は、怪獣のような足音を響かせながらその席へと向かう。
「お帰りなさいませお嬢様ッ!昭子ですッ!ご指名ありがとうごさいますッ!」
巨大な身体をメイド服で包む昭子は、あくまで真剣な顔付きで、且つ低くドスの効いた声でそう言い放つ。
だが、気合いだけで乗り切ろうとする魂胆もまた、その表情と声から滲み出ていた。
対する年上のお嬢様方は、どう反応するのが正解か考えていた。ただ、腹に力を込めている以上、自分らが笑いを堪えているのは確かだった。
それだけはいけないと、彼女たちの良心が自然とメニュー表を開かせた。
「とりあえずアイスコーヒーと、あの・・・」
その項目が見えた瞬間、彼女たちの邪心が囁いた。これは学園祭だと。だから今、それを注文しろと。
これだけは駄目だ。そんな理性も、やはりこの空間ではまるで働かない。
結局邪心に身を任せ、彼女たちは腹筋に力を入れるのを止めた。どうやら、何かを覚悟したようだ。
「・・・「TSビームでキュキュンのキュン。萌え死恥ずか死キュキュンのキュン」やって頂戴」
「承知しましたぁッ!お飲み物が来るまで少々お待ちくださいませぇッ!」
そうしてアイスコーヒーが届くと、頑張って覚えたであろう振り付けに声を合わせる昭子。
「TSビームでキュキュンのキュンッ!!萌え死恥ずか死キュキュンのキュンッ!!」
昭子はキメポーズとして両手でハートを作り、コーヒーのアイスを溶かす勢いで熱い思いを送り込む。
ドワッ!!ハッハッハッハ!!
だがその念じはお嬢様方にまで飛び火し、限界を迎えた腹から熱い笑い声が飛び出る。
「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・あーお腹痛い。ゴメン、アンコール良い?」
「あ・・・ハイ。追加料金になりますが」
「払う払う。て言うかチップも払わせて」
「(チップ?)そういうのは多分やってませんので・・・」
結局、昭子はアンコール通りパフォーマンスを披露し、再びお嬢様方を笑いの渦に包んだ。
その後も思い出し笑いに苛まれた為か、お嬢様らはアイスコーヒーを飲み干すのに30分以上かかってしまった。
2組では、化け物のメイクをした鈴音たちが、暇そうに隣の喧騒を聞いていた。
「鈴・・・全部お隣に客取られたりしないよね?」
「今は我慢よ。所詮は喫茶店だから回転率も早いはず」
そう言いながら、お化け喫茶ではなく普通のお化け屋敷にして正解だったと、鈴音はどこか安堵していた。
もし2組も喫茶店だったら、1組のお零れすら貰えなかっただろう。
個性派揃いの1組が隣の時点で、彼女も客を取られることは織り込み済みだった。だがここまでやるとは。
一夏の人気に驕らず、全力で首位を独走しようとするその姿勢は、寧ろ見習うべきと思う鈴音であった。
「てゆーか」
途端にそう切り出すと、鈴音は出し物とは関係ない、もう一つの寂しさを語る。いや、ある種関係あるのかもしれないが。
「アタシも男装してみたかったなぁ」
「それは同感」
シャルロットよりも早く、男装喫茶を提案できていたら等と、今更悔いたところでどうにもならない。
そんな訳で、己の男装姿をただ虚しく想像しながら、彼女たちは顔を覗かせる来訪者をひたすらに待った。
一方の4組は、客を吸い上げる1組に助けられていた。
教室前には、暖簾もまだ立っていない。
「さぁ急ぐよ!1組が足止めしてる間に」
「ただ仕込み待つだけでしょ」
どうやら、見積もりが甘かったらしい。
大量の出汁を取るのに、鍋が小さかったのか。それとも逆に、鍋の大きさに対して火力が弱かったのか。単純に仕込みの時間が短かったのか。
原因は、専門的な知識を持つ彼女たちにしか分からない。持ったばかりの知識だが。
「大体さぁ、無理があったんだよ。豚骨と鶏ガラと魚出汁ぜんぶやるってさ」
「綺麗に割れたんだからしょうがないじゃん」
愚痴の零し合いを始めるクラスメイトを余所に、ホール担当の簪は緊張を押さえるので精一杯だった。
光る眼鏡の内側で、紅い瞳が落ち着きなく動く。
(誰も来ないでぇ・・・)
言わずもがな、彼女は接客なんて無縁であるが、何も無理強いされた訳ではない。全ては彼女自身の意思だ。
一歩踏み出したことで、新たな世界を見出せた簪。ならば何でもかんでも挑戦しようと思うのは、何ら不思議でもない。
それに、もしかしたらこれを機に、自身の辿々しい口調も治るかもしれない。そんな期待もあった。
ただ、緊張と不安という本能には、どうしても逆らえないようで。
類稀な頭脳を持つ彼女でも、接客本番がこんなにも心に来るものだとは、想定していなかったようだ。
彼女は今、ホール担当に挙手したことを後悔しそうになっていた。
後は、頭に叩き込んだお客様対応マニュアル、そして寝る間も惜しんだ発声練習。それらを信じて待つしかない。
そして無常にも時間は過ぎ去り、暖簾も立てられたことで、とうとう教室の扉が開かれてしまった。
初接客故の硬直、または後退りが来る筈だった。
だが人間の身体とは不思議なもので、簪の記憶にあったマニュアルが、彼女を反射的にその通りに動かす。後ろに下がりたい気持ちとは裏腹に。
「いらっしゃいませー!何名様でしょうか?」
若しくは、何でも知りたいという奥底にある好奇心が、簪をそうさせたのかもしれない。
その後も簪は、彼女自身でも驚くほど流暢に、自然に、他人と接し続けた。例えそれがマニュアル通りであろうと。
指に収まっている待機形態の打鉄弐式も、心なしか笑っているように煌めいていた。
人工島のとある場所。
周囲があらゆるレーダー画面で埋め尽くされているその空間は、監視モニター群とも違う威圧感を醸し出していた。
(今のところ機影は無し、か)
既に打鉄を纏っている千冬は、画面を見張る監視員らの報告を、空間の中心で待っていた。
無論、監視はレーダー頼りだけではない。
《定時連絡。本土上空、不審な機影なし》
《人工島東側上空、目視での確認は認められず》
《同じく南側、異常なし》
《人工島北側、不明機体なし》
公開回線で、司令塔である千冬にハイパーセンサーの景色をそのまま伝える教員たち。相手がステルス機なら、目視でしか捉えられない。
今のところ、人工島周辺に目立った異変はない。
だが、学園内では既に事が起きかけていた。
《織斑先生、不審人物を更識の人間が捕縛しました。凶器類の携帯は無し》
「またか」
開場して30分後くらいからだろうか。先程から輩のような男たちが、高校生を付け回す等している所を、私服警備員に取り押さえられているのだ。
しかもストーキングの対象は、IS学園の生徒のみ。
「・・・囮だな。トクリュウの末端でも使い潰してるんだろう」
《私もそう思います》
かと言って放っておく訳にも行かない。
生徒も来訪者も安心して楽しめるよう、静かに処理するしかない。
「気を付けろ楯無。連中はどんどん囮を投入してくるぞ。そうして警備の目が回らなくなったら、本命の工作員を動かす気かもしれん」
《本命を含めて全員、騒ぎを起こさず捕縛・・・か。やれるだけやってみます》
「頼む」
通信が切れると、千冬は平和な青空を見上げる。
学内は更識家に任せるしかない現状、千冬の相手はあの空の向こうだ。
本当に学園祭日和な、嫌味なほどに良い天気だ。
こうして空を見ていると、全て自分の思い過ごしなのではと思えてくる。実際は束も亡国機業も、全く別の思惑で、全く違う地域で活動してるのではないかと。
結局何も起きず、赤っ恥をかく自分。
そんな姿を、千冬は頭上を覆う真っ青なキャンバスに思い描いていた。
千冬の淡い希望を打ち砕くが如く、その時は唐突に訪れた。
昭弘の破裂するような声が、千冬の耳を貫通する。
《AG(昭弘グシオン)よりウィンター!エマージェンシー!!校内に敵性IS1機!!》
通信と同時に、校舎から轟音が響き渡る。
続けざまに監視員らが、良く通った声で千冬に告げる。
「南東方面より不明機体多数接近!数は20・・・25・・・尚も増大中!」
「警告信号、送ります!」
考えるよりも前に、戦士としての反射が指示となって現れた。
「こちらウィンター!待機中の教員部隊及びゴーレム隊は、全機南東方面に迎え!AGはそのまま敵性ISと交戦継続!郷鐘隊、CL(セシリアラヴィリス)、KU(簪打鉄弐式)は私と共に人工島を死守する!他はハイウェイの防衛だ!重ねて言うが相手が発砲するまで決して攻撃するな!」
千冬の号令を合図に、通信員の一人が人工島と本土を結ぶハイウェイ管制センターに連絡する。モノレールの運行を、避難用に切り替えて貰う必要があるからだ。
生徒会も、今は楯無の指示で避難誘導に動いている。公開回線でエマージェンシーコールが来たら、そういう手筈となっている。
状況によっては、楯無にも出撃して貰わねばならないが。
そして人工島周辺の空は、IS学園の空域であると同時に日本の空域でもある。防衛省も既に動いているだろう。
千冬自身も配置に移動しながら、考えを巡らす。
(MPSではなくIS?いや、そもそもどうやって校内に?待機形態だろうとボディチェックでバレる筈だ)
ただ、南東の敵部隊はMPSだろうと、千冬は当たりをつける。もしISなら、監視員も識別不明ISと唱えた筈だ。
故に、束の戦力という線も消えた。
残る候補は亡国機業だけだ。
すると再び、監視員の声が千冬の頭に響く。
《ウィンターへ。不明機体群、警告への応答なし》
「交戦が始まるまで警告を続けろ。それと、いつでも日本政府に救援要請できるようにしておけ」
《了解》
敵の動きに、不可解な点は多い。だが今は兎に角、生徒も来訪者も護らねば。
そうやって思考を一旦脇へと追いやった千冬は、同僚たちが向かった空域を睨んでいた。ハイパーセンサーで見えなくなっても尚。
そんな視線の先から微かに聞こえてきた重機関銃の音が、静かにそして淡々と開戦を告げた。
てな訳で、長ぁい一日の始まりです。
何か落差の凄い話になっちゃいました。
ただ、恐らくこれが最後のギャグ回になるかと思います。