時は遡り、IS学園校舎内。
昭弘は深い溜め息を吐きながら、廊下をのしのしと歩いていた。
客が疎らになってきたのもあり、クラスメイトから漸くの休憩を言い渡された彼は、休憩兼自主的な巡回を行っていた。
他の面子は、演劇の準備に向かった。
流石にコスプレ後の演劇までは、精神が持たないと当初から踏んでいた昭弘は、参加を辞退していた。
逆に言えば、良くアレの後に演劇までやれるものだと、元気なクラスメイトに感服してしまう。
もし余裕があれば、昭弘も生の演劇なるものを見てみたいものだが、生憎そうも行かないようだ。
(更識の人たち、忙しそうだな)
先程から校舎の至る所で、不穏な輩どもが人知れず拘束されてるのに、気付かない昭弘ではない。
そして恐らく、警備に人手が足りていないであろうことも。
その為の自主的見回りだが、昭弘に本格的な巡回のノウハウなんて無い。
元も子もないことを言えば、束のエージェントをも考慮に入れると、警備自体が無意味に等しい。
これに関しては、そもそも潜んでいるかも分からない為、一々気にし出したらキリがないのも事実だが。
(案外、生徒が誰も居ない所でコソコソしてたりな)
よって、選別ルートもかなり適当だ。
生徒が多い場所は輩どもが彷徨いており、その確保に人員を回している。ならば昭弘は、警備が薄くなってる場所を見てみる。
もし運が良ければ、或いは運が悪ければ、鋼鉄のエージェントと出くわすかも知れない。
その程度の理由で、正直散歩に近い。
そうして歩いている時のことだった。
「あのぅ」
遠慮がちな掛け声に振り向くと、赤茶色の髪をした、リクルートスーツの女性がいた。
「良かった!実は道に迷ってしまって・・・」
しかし、昭弘は道案内するでもなく、ただ黙って女性を見ていた。
少しの間閉口していると、彼は女性に「ある物」を見せた。このエリアに居るなら、必ず持っていなければならないソレを。
「・・・ここってカード無いと入れないんですよ」
それは、基本的には生徒と教員しか持ち合わせていない、特別な権限を持つセキュリティカードであった。
女性は特に狼狽する様子もなく、自身がここに居る経緯を説明する。
「ああ、ごめんなさい。私、学園から特別な許可を貰っていて。今名刺をお出しします」
しかし、昭弘は彼女の動きを待つこともなく、徐に携帯を取り出す。
「オレただの生徒なんで。今警備の人呼びますから」
すると、流石の女性も焦りを滲ませながら近付く。
「いや、ですから。学園からカードを借りてて」
「一応確認しないとなんで」
そうして昭弘が、楯無の名前をタップしようとした時だった。
―――ッ!
目の前に居た筈の女性が消えた。
背後に回られたと気付いた時には、何かが背中のグシオンを掴んでいるのが分かった。
「ヘッヘ」
リクルートスーツの女性『オータム』は、
その時の表情は、まさしく王手を取ったような勝ち誇った顔だった。
(まさかここで会えるとはなぁ。これで学園側の戦力は激減、トネードの欲していた筋肉坊やも手に入る。・・・トネードの野郎が喜べば、きっとあの人も喜んでくれる筈!)
スコールの抱擁という明るい未来を想像するオータム。彼女にとっては本来の任務よりも、それが一番の優先事項だった。
(・・・あ?)
しかしそんな彼女の妄想を、予想だにしない出来事が遮る。
その装置はISを強制解除し、そして待機形態のまま奪うことのできる機能を持つ。その筈だった。
「外れねぇ・・・!」
どんなに力を込めても、ビクとも動かない。まるで背骨と一体化しているような感触だった。
そうこうしている内に、昭弘は剥離剤を振り払うように激しく振り返り、オータムの土手っ腹にタックルをかます。
「カハッ」
オータムは僅かに下がることで、辛うじて衝撃を逃がす。
それでも尚、彼女の口から空気が零れてしまう。
「外せるもんならなぁ」
昭弘はそのままベアハッグの容量で抱き締め、持ち上げ、思い切り振り下ろす。
「とっくに外してんだよオラァ!!」
ドダァン!!
一応、致命傷にはならないよう昭弘なりに加減はした。
だがその心配よりも先に、あるものが彼の目に飛び込む。
(IS!?)
オータムは背中と首、そして腕の辺りを装甲で覆い、昭弘を激しく睨んでいた。
「こんのクソガキがぁ・・・!」
そう吐き捨てると、ISの怪力に任せて巨漢の拘束を解くオータム。
そして同時に、背中から蜘蛛の脚が複数伸びた、異形のISを展開し出した。
反撃を受ける前に、昭弘もグシオンを素速く展開する。
「AGよりウィンター!エマージェンシー!!校内に敵性IS1機!!」
昭弘の怒声を聞いたオータムは、そのまま廊下の窓を突き破り、屋外へと待避する。
彼女は歯軋りしたまま、スコールとの会話を思い起こしていた。
―――
―――いい?オータム。アナタの任務はあくまで雪片弐型のデータ採集よ。それ以外のことはしないで
―――けどよぉ。アラクネの能力使えば、剥離剤もアラクネ自体も隠匿できる。アラクネで生徒攫った方が早くねぇか?拡張領域に爆弾積んで、それで脅す方法もあんぞ
―――それだと精々攫えるのは1人か2人だし、織斑千冬も交渉に応じるか怪しい。弟君は更識家がガードしてるから、そもそも無理だし。それと爆弾は論外よ。設置中に見つかる危険性の方が高いわ
―――ケッ、面倒くせぇ
―――だからアラクネは最終手段の護身用だと思って頂戴。生徒の確保はこっちで考えてある
―――
その最終手段を使ったことに、オータムは腹を立てているのではない。
簡単なデータ奪取任務の筈だった。しかし欲に目が眩み、その結果返り討ちに遭い、何も手にできず逃げ帰る。
許されないことだ。まず間違い無く、スコールは幻滅するだろう。
ならば、今更引く訳にもいかない。
(やってやるぜ、ここでグシオンを。南東の連中はもう動いてっから、ここで教員部隊に囲まれることもねぇだろうよ。しかもここはIS学園。筋肉坊やも流れ弾は避けたい筈)
ならば必然的に近接戦となり、そうなれば機械肢の多いアラクネが有利。
そう、オータムは楽観してしまった。功を焦り過ぎたが為に。
空中で急速にターンし、グシオンに掴み掛かったオータムは、そのまま背中の蜘蛛腕でズタズタに引き裂こうとする。
ガギィン
「!?」
だが、アラクネにとって最悪の相性が、眼前に現れてしまった。
全身重装甲、深緑色のグシオンが。
《わざわざ掴まってくれてあんがとよ》
逆にグシオンがそのままアラクネを掴み、廊下でのパワーボム宜しく地面へと突っ込む。
ドゴォォン・・・
無論、この高度と速度ではISのSEを削り切れない。
そのことを知っていた昭弘は、アラクネの機械肢を踏みつけたままソレを用意する。
「テ、テメェ!ふざけんな!!」
その見た目だけで全てを理解する程に、恐ろしい代物だった。
オータムは機械肢を切り離そうと藻掻くが、遅かった。
ミシミシミシ
シザーシールドで胴体を挟まれたアラクネは、一瞬でSEが空となり、粒子となって消失した。
丸裸となったオータムは、今にも泣きそうな表情でグシオンを見上げていた。自身が真っ二つになった姿を、想像してしまったのだろう。
《もうすぐ私服警備員が来る。大人しくお縄につきな》
昭弘の言った通り、更識家の面々が即座に駆け付け、その場でオータムは拘束された。
他数名の専用機持ちと共に、ハイウェイの防衛に付いていた箒は、緊張の面持ちで周囲を警戒していた。
本土へ続く唯一の道でもあるこの橋は、正真正銘最後の避難路だ。陥落させる訳にはいかない。
「フゥ・・・フゥ・・・フゥ・・・」
しかし箒は、任務の重要性よりも、ある可能性に震えていた。相手が自分たちと同じく、鋼鉄を身に纏う、生身の人間かもしれないということに。
密漁船を見殺しにしようとする、あの時の感覚ともまた違う。心の準備があるからこそ、生き死にを深く考えてしまう。
そんな心持ちでいると、ラウラから通信が入る。
《リラックスだ箒、普段の模擬戦と変わらん。撃つ、斬る、そして避ける。それで相手も自分も死にはせん》
「・・・」
紛らわせようとするラウラの言葉にも、箒は返事すらできないでいた。
だが、これが正常な人間の反応なのだ。そしてこの中で、正常なのは箒だけとも言えた。
一夏と鈴音は、ジロと音檄を殺した経験がある。そんな2人にとって、機械も生身も関係ない。
シャルロットはただ単に様子がおかしいだけだ。どういう訳か怒髪天を衝いている彼女は、この中で最もやる気に満ちている。
ラウラは言わずもがな軍人だ。
(うん?)
そしてその事象にいち早く気付けたのも、箒がまともだからだろうか。それとも単なる偶然か。
何も無い筈の中空で、ゲートのようなものが開いたのだ。それこそ、青空の一部が割れるみたいに。
「オイみんな!ハイウェイより南側の上空だ!何か居るぞ!」
箒の掛け声で、他の専用機たちも当該位置に振り向く。
《・・・!マズイ!!》
それを目の当たりにし、何かに気付いたラウラ。
彼は通信を入れる間も惜しいのか、何も言わずにそのゲートへと突っ込んでいった。
だが、シュトラールの速度を以てしても遅かった。
ドォゥン!!
ドォドォウン!!
ゲートから覗いていた3本の砲身が、そんな轟音と共に砲弾を発射する。
相当な距離であるにも関わらず、鉄塊は3発とも正確に、ハイウェイを支える巨大な柱に直撃した。柱は、破片と化して海へと落ちていく。
柱の後を追うように、ブリッジもその身を海へと投げていった。
《LS(ラウラシュトラール)よりウィンター!ハイウェイ防衛に失敗!繰り返す、ハイウェイ防衛に失敗!》
《やられたの!?》
《何!?どうなってんの!?》
《急に現れたゲートが・・・撃ってきた!?》
一夏、鈴音、シャルロットの疑問に答えるように、ゲートの主がその姿を現す。
その正体は、漆黒の飛行体であった。ステルス機と輸送機を融合させたような、異様な形状をしていた。
《成程、光学迷彩持ちの
ラウラの解答を賞賛するように、VTOL機のゲートもとい後部ハッチから、複数の人型が飛び立っていく。
《ウィンターよりハイウェイ防衛各機へ。そのまま上空にて人工島の防衛に移行》
《了解!!》
ラウラの返事を号令に、他の面々も一気に戦闘態勢へと移行する。
《我々は人工島の第一防衛ラインだ!多少突破されても構わん!敵を落とすことに集中しろ!》
ラウラの命令で動揺から覚めた3人は、普段の調子で返事をする。
《おっけぃ》
《シンプルな命令で助かるわ》
《バチボコにしてやるよ。掛かってこいや悪党共》
やはり、シャルロットだけやたら殺意が高いが。
そして、箒もまた改めて覚悟を胸に秘める。
先ほど学園で想い人に言った言葉を、嘘にする訳にはいかない。
大切な居場所を、蹂躙させる訳にはいかない。
(みんなを護る・・・!)
光学迷彩のエネルギーが切れ、安全圏へと待避するVTOL機の中。スコールは橋の破壊に満足していた。
彼女の中では、これで作戦の半分は成功したと言っても良かった。それに比べればオータムの失態など、ごく小さいものだ。
死傷者も今のところは確認されていない。
(モノレールが止まるまで待った甲斐はあった)
織斑千冬との交渉をスムーズに進める為にも、生徒の犠牲は極力避けたいというのが、スコールとトネードの共通認識だ。無論、無関係な一般来訪者も。
それに下手に死人が出れば、ブリュンヒルデの名に傷が付く。来るその時まで、その異名は汚さないでいて欲しいものだ。
戦闘員に関しては、流石にその限りではないが。
「グレイズ20機、レギンレイズ10機、グリムゲルデ、シュヴァルベ・グレイズ、獅電、及びサイレント・ゼフィルス、投下完了」
オペレーターの報告を皮切りに、スコールは安堵を脇へと追いやって思案する。
(残りは人工島に残っている防衛勢力、それと日本政府の航空自衛隊かな。学園側の対応の早さも気掛かりね)
今現在、南東の戦線は拮抗状態を保っている。
スコールもIS学園の教員や無人ISを舐めていた訳ではないが、未だ一機もグレイズが抜けられないのは予想外だった。
(学内での犯行と見せ掛ける為に、半グレやオータムまで使ったのに)
学園側の警戒は想定以上だ。
人工島の真上で、VTOL機からグレイズを直接投下する方法もあったが、それもまたハイリスクだった。
今回のように学園側が襲撃を警戒していた場合、初手でVTOL機が狙われる危険性があったからだ。先程のように、ハッチが開いた瞬間はどうしようもなく丸見えだ。そもそも、光学迷彩とて完璧ではない。最新鋭機故にジェット音は静かだが、この巨体で更に近距離ともなると、空間の歪みで気付かれてしまう。
となると遥か上空からMPSを投下することになるが、それだと迎撃する距離と時間を学園側に与えてしまう。加えて、レーダー上では突如としてMPSが現れることになり、必然的にVTOL機の存在がバレる。
故に、南東のグレイズ隊に注意を引かせ、本機は人工島を大きく迂回しながらハイウェイへ向かう。
南東側のグレイズが人工島に到達すれば良し、無理なら逃げ場を無くすプランBという訳だ。
もし橋を破壊するプランBが無ければ、本作戦は失敗に終わっていたかもしれない。
それらを思い起こしながら、スコールはオペレーターに追加の指示を出す。
「グレイズを全機出して。それと『彼』も」
「了解。司令部よりハッチへ伝達―――」
本来、例の彼を出す予定は無かったスコール。切り札として、できるだけ学園側に知られず温存したかった。
しかし、学園側の用意周到さ、そしてこれまで幾度も部隊を指揮してきた彼女の直感が告げていた。
人工島の最終防衛線には、織斑千冬、昭弘・アルトランド、セシリア・オルコット、更識楯無、無人ISらの他にもまだ居る。戦況を引っ繰り返すような怪物が。
スコールの本作戦における敗北条件は、航空自衛隊の救援が間に合うこと、及び敗走することだ。
人工島内での「ある工作」が完了するまで、意地でも戦闘を継続すべく、戦力は拮抗させねばならない。
それを成すには、先ずどれだけの機体がこの第一防衛線を突破できるかだ。
(最低でも
現在、VTOL機内に残っている戦力は、スコールのISを除けば護衛用のマン・ロディ10機。
つまり本作戦においては、事実上全ての戦力を投入したことになる。
(場合によっては、私が出るしかなさそうね。天災ちゃんはもう頼れないだろうし)
本作戦も含めた今後の戦争では、篠ノ之束は一切関知しない。それもまた、亡国機業内での共通認識だった。
理由は多々あるのだろう。束の暗躍にも限界はあり、やればやるだけ世間に知られるリスクは高まる。若しくは新しい世界に向けた下準備で、助力する余裕すら無いのかも知れない。
ただ、天災をちゃん付けするスコールには、より明確な理由が分かっていた。
最愛の妹が、そこに居るからだ。
もし戦争に自身が直接関与し、それで妹が傷付けば、他ならぬ天災自身が手を下したとも言える。
これまで散々世界を引っ掻き回しておきながら、何を今更と誰もが思うだろう。
そういう所が可愛いから、スコールは束を子供扱いしてしまうのだ。
避難誘導の最中、列の先頭で止まっている楯無は、千冬の指示を待っていた。
生徒及び一般来訪者には、混乱を避けるべく副会長が賢明に説明をしている。橋が崩落したという事実、それでもなお安全を約束する、と。
時を待たずして、千冬から通信が帰ってきたことに、楯無は安堵した。
《楯無、直近のアリーナは何処だ》
「アリーナAです。徒歩で5分程度かと」
楯無の即答に対し、千冬は改めて考え直す。
一般来訪者の数は、混雑していたピーク時よりも大分少なくなっている。
人数と面積を頭の中で照らし合わせ、やはり現状そこしかないという結論に至った。
《仕方ない、アリーナAのフィールド内に全員を収容しろ。あの区画シールドなら、余程の攻撃でない限り安全だ。それと・・・》
一拍子だけ間を置いた後、千冬は楯無に新たな指令を下す。
《お前もISを展開してくれ楯無。全員の収容が終わるまで、生徒と来訪者を護れ。収容が完了したのち、人工島の防衛にそのまま合流しろ》
「了解。避難誘導を副会長に引き継いだ後、そうします」
そう返答すると、楯無は深呼吸をする。
そんな余裕はないと、自身でも急かしたい気持ちは湧くが、寧ろこういう時だからこそだと気を静める。
そうして、片時も離さず持っていた扇子を翳すと、付属していたストラップが光る。
瞬間、水面よりも艶めかしく、青空よりも鮮やかな水色の人型が、その姿を現す。
『ミステリアス・レイディ』
その機体の様はまさしく、IS学園のシンボルであった。
その姿を見ただけで、逼迫した状況であるにも関わらず、避難中の誰もが安心してしまう。
結局、どんなに飾った言葉よりも人を安心させるのは、目の前にある確実な存在なのだ。
そんな帰結を目の当たりにした副会長は、敵わないなと苦笑を零した。
アラクネの単一仕様能力はこんな感じにしました。何かオータムさんって潜入ばっかしてるイメージなので。
そしてサラッと出てくる鉄血機体たちでした。機体のチョイスは完全に自分の好みです(正直者)
次話からISと鉄血機体のガチバトルが始まるので、皆さん是非ともお楽しみにしていて下さい。
訂正:シュバ→シュヴァ