IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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遅くなりましたが、誤字報告して下さった方々、ありがとうございます。いくつか訂正させて頂きました。

そして高評価して下さった方、本当にありがとうございます。とても励みになります。


第79話 学園島攻防戦 ③

 視線のすぐ下には、深い紺色の絨毯がうねっている。

 そこはまさしく、空中というよりも海上と表現した方が近い、ハイウェイと同程度の低高度だった。

 

 人工島から近いその空域で、水色のISを多数のMPSが銃口を向けながら囲んでいた。

 

《まだ撃つなよ、合図を待て》

 

 専用回線で、仲間にそう伝えるグレイズのパイロット。

 

 本来なら一気に攻め立てて終わらせる彼等でさえ、慎重にならざるを得ない程、そのISとパイロットは異質だった。

 目は空色に発光しており、頭上には赤い球体のようなホログラム。それを纏う少女も、この絶望的状況で何の動揺も見られない。

 戦場の勘に頼るまでもなく、誰がどう見ても普通ではなかった。

 

 だが現状、圧倒的有利なのは間違いなくグレイズ隊の方だ。

 これだけの数で囲み、尚かつ背後も取っている。ハイウェイ付近の黒いISと、難なく同じ状況に追い込める。

 

 そう判断した、どの道いつかはそう判断するしかない隊長格の青年が、背後及び下方に待機している仲間へハンドシグナルを送る。無論、敵ISの死角からだ。

 それを見た仲間は、機械的に即座に引金を引いた。

 

ドドドドドドドド!!

ドゥルリリリィィィィ!!

 

 重機関銃とミニガン、射程も弾速も発射速度も違う兵器が、後方と下方から同時に襲い来る。

 熟練のパイロットでも、これを完全に回避するのは不可能だ。

 それは人間の反応速度が、弾丸の速度に付いていけないというのもあるが、何よりも視野角の問題がある。

 

 確かにハイパーセンサーは、上下左右前後全ての視野をパイロットに反映する。

 しかし当然ながら、人間の目は前にしか付いていない。

 そうなるとパイロットの視覚情報に、後方や下方の映像を追加で投影することになる。要である前方の視野は確保せねばならないので、映像は視界の隅に追いやられる。

 それだと、車で言うバックミラーを見ているような状態となる。一応見えはするが、反応はどうしても遅れてしまう。

 目の付いてる前方を警戒するのは、人間の本能だ。どんな最新技術に身を包もうと、本能からは逃れられない。

 

 世界で初めて、その本能を克服した存在こそ、更識簪と打鉄弐式だった。

 

《避けた!?》

 

 発砲した当人たちが叫ぶ。

 

 指示を出した隊長もまた唖然とする。

 戦闘経験値からも分かる。背後から、しかもあの近距離で放たれた弾丸は絶対に避けられない。

 それこそ無人ISでもない限り。

 

 しかし、ただの偶然だろうと頭を切り替え、混乱する味方に檄を飛ばす。

 

《落ち着け!まぐれはそう何度も続かん!対IS用のフォーメーションで畳みかける!》

 

 打鉄弐式をミニガンで牽制しつつ、陣形を組み直すグレイズ部隊。

 

 対する簪は、先に攻撃されたことで一気に戦闘モードへと切り替わっていた。

 

 不思議な感覚だった。

 人生初の実戦、しかも全方位を敵に囲まれ、今この時も弾丸を撃たれ続けている。それに対する恐怖も、確かに存在する。

 なのに、頭はただ合理的にそして瞬時に、次なる行動を指し示していた。まるで最初から、いつどこに誰の弾が何発飛んでくるのか、分かっていたように。

 否、恐怖という人間的本能でも抑えられなかった。一体化の更に深奥、其処へと至るのだと。

 

(敵の数は15機。山嵐を使っても良いけど・・・まずは出方を見よう)

 

 牽制弾を避ける素振りも見せず、落ち葉が舞うように飛びながら考える簪。

 一対多数戦がどういうものか見極めてからでないと、山嵐も増設した春雷も効果は薄い。

 そうして一旦距離を取ろうと、進行方向へと振り向いた瞬間だった。

 

《貰った!》

 

 近くにいたグレイズが、斧を掲げながら打鉄弐式の背後へと突き進んでくる。

 グレイズのパイロットは、直撃を確信していた。振り向き様の背後への攻撃だ。意識は前方へと向いたばかりで、背後を警戒する余裕なんてない。

 

《なっ!?》

 

 これもまた、虚しく空を切るだけだった。

 しかも打鉄弐式は、スラスターで大きく避けたのではない。バーニアを横方向に少し吹かして、ノーモーションで身体を僅かにスライドさせただけだ。

 何も居ない空間に、斧ごとダイブするグレイズ。めげずに打鉄弐式へ追撃しようと振り向いた瞬間には、既に薙刀の切っ先が迫っていた。

 その時、彼は見た。少女の目の焦点が、どこにも向いていないこと。そして頭上の赤い球体が、目玉のように自身を見ていた、ような気がしたこと

 

《グアッ》

 

 超振動薙刀『夢現』が胴体に直撃し、SE(シールドエネルギー)が大きく減少する。

 しかし、彼はダメージを気にすることなく、隊長に報告する。

 

《アイツの肉眼は機能してない!恐らく、頭上の玉で全方位を見てるんだ!》

 

《馬鹿な・・・!》

 

 隊長はそう言いつつも、内心では合点がいった。でなければ、あんな悠々と死角からの攻撃を躱せる筈がない。

 しかし、彼女は下方からの攻撃も躱してみせた。頭上に視界があるのだとしたら、下方は彼女自身の身体で見えない筈だ。

 何故下方も見えるのか。

 

(・・・小難しいことは考えるな。死角が無いってことさえ分かれば)

 

 あとはそれに対応した戦術を構築し、再度指示を飛ばすだけだ。

 

《飽和攻撃で削るぞ!オレと他8機は「アックス・ターン・ショット」で行く!残りの6機はミニガンで援護!》

 

 その号令で、斧を携えた9機が、奇妙な陣形を組みながら打鉄弐式に突撃していく。

 

 それでも尚、機械のように動じない簪は、ふわふわと無重力空間を浮遊するように相手の攻撃を待っていた。

 

(早く本領を見せてよ。これじゃいつまで経っても「あの世界」へ行けない)

 

 頭に映る全てに催促するが如く、簪は打鉄弐式の中に次なる世界を思い描いていた。

 今、彼女は目を開いているつもりだが、目を閉じている感覚にも近かった。

 

 簪は、何も見ていない。頭上の球体『レッドアイ』も、決して視ている訳ではない。

 レッドアイは、常に電波のようなものを放出している。その頻度は毎秒10000回にも及び、電波のぶつかった相手の形状と位置を、詳細に知覚する。

 その波が把握するのは物体に留まらず、液体やあらゆる熱源をも知覚できてしまう。

 VTOL機を見逃した通り、知覚範囲に限界はあるが、ハイパーセンサー同様戦闘に支障の出るものではない。

 

 しかし、どれだけ自身の周囲を知覚できようと、攻撃を躱せなければ意味が無い。

 その結論に至るしかなかったグレイズ隊は、まず9機の内3機が突出し、全く異なる3方向から打鉄弐式へと斧を振る。

 

(・・・何故だ)

 

 この同時攻撃すらも、打鉄弐式は少々のバーニアを吹かして躱す。

 敵の位置を通り過ぎた3機はそのままターンし、今度は重機関銃を向けて撃つ。打鉄弐式は、それすらゆっくり滑るように避け続ける。

 その間、新たな3機が突出し、前の3機と同じく打鉄弐式へと突撃する。これで計、6方向からの同時攻撃。味方の誤射は気にしない。

 もし打鉄弐式が大きく避ければ、後方の6機がミニガンで援護する手筈だ。

 

(何故)

 

 これも、打鉄弐式は躱す。今度はスラスターも併用したが、やはり定位置からは殆ど動いていない。まるで針の穴を連続で通っているかのようだ。

 互いに交差しながら通り過ぎた3機は、同じく振り返りフルオート射撃をお見舞いする。未だ、打鉄弐式の被弾はゼロだ。

 そして最後の3機が突撃する。これで合計9方向。

 

(何故反応できる!?)

 

 刃が届く瞬間、打鉄弐式はバーニアにより一瞬で逆立ち姿勢となり、全ての攻撃を躱しきった。

 

 訳の分からない光景に、隊長はただ愕然とした。

 全方位が見える。それだけならまだ理解できるし、対策の立てようもある。どれだけ見えていようと、反応できるかはまた別の話だ。

 しかし、これではもう戦いようもない。反射神経が良いとか反応速度とか、そういう問題ですらなかった。

 先を読んでいるとしか言いようのない、そんな動きだった。

 

 

《うん、大体分かった》

 

 

 簪は一言そう呟くと、遂に打鉄弐式を本格的に動かす。

 

ピピピピピ

 

 マルチロックオンにより15機全てのグレイズを捉えると、同じく15発のミサイルを放つ。

 

《ミサイル!?この近距離で!?》

 

《回避行動!》

 

 隊長の号令を聞くまでもなく、各々が別々にミサイルを処理しようとする。ミニガンで迎撃する者、フレアを発射する者、やむを得ず物理シールドで受ける者など。

 

 しかし、内5発は見当違いな方向へと飛んでいく。グレイズを追い回すこともなく。

 

《ケッ!ミサイルはとんだ欠陥品みたいだな!》

 

 何を逃れた5機は、ここぞとばかりに反撃に転じようと打鉄弐式を探す。

 

《どこ行きやがった!》

 

《レーダーと照らし合わせろ!そう遠くへは行ってな―――》

 

 彼等の視界には、シールドでミサイルを受ける隊長の姿。

 そしてそのすぐ背後を取っている、打鉄弐式の姿が。

 

《隊長!うし―――》

 

 そこから先を伝えることはできず、隊長の背後から薙刀が通り過ぎた。背中からの衝撃に、隊長機は酷く仰け反っていた。

 打鉄弐式は通り過ぎた姿勢のまま、腰の両脇に増設された砲門を隊長機に向け、追い打ちとばかりにそれを放つ。

 

ティゥーン

 

 春雷の直撃を受けた隊長機は、SEが完全に底をつき、そのまま海へと落下していった。

 紺色の平面に白い水飛沫が立ち、深緑色の人型は底へと沈んでいった。

 

《あ、ああ・・・》

 

 余りの出来事に呆然とするしかない、残されたグレイズ隊。

 そしてミサイルから逃れた筈の5機は、未だミサイルアラートが鳴り止んでいないことに、遅れて気付いた。

 

 先程のミサイルが戻ってきたのだと気付く前に、5機の背部で鉄塊が爆炎を散らす。

 

 簪は予定調和とばかりにそれらを見やると、一番ダメージの大きい機体に狙いを定め、一切無駄の無い動きで急接近する。

 薙刀の切っ先はグレイズの首筋を通過し、SEが切れると同時に、真っ赤な鮮血が舞う。

 

 また1機、命が海へと吸い込まれていく。

 

 絶望と後悔が、彼等の心を満たそうとする。

 IS学園の生徒を侮っていた。どれだけ最新鋭の機体に身を包んでいようと、所詮は実戦を知らない、世間知らずの先進人だと。

 甘かった。

 少なくとも目の前の少女は、敵を殺めることに何の躊躇もない。彼等と同じか、それ以上の冷徹さを持ち合わせていた。

 

 しかし、グレイズ隊が絶望に浸るのも一瞬だった。

 

《きっ、貴様ァァァァァ!!》

 

 彼等は仲間を失った悲しみを怒りへと変え、打鉄弐式に向かう。

 プロ故ではなく、そう教育されたからだ。仲間が殺されたなら、その身を弾にしてでも怨敵を仕留めろと。敵を斃すことでしか、その憂いは晴れないのだと。

 

 人生で初めて、人を殺めてしまった簪。

 罪悪感、同情心、やるせなさ、虚しさ、そして敵から受ける憎しみ。それら不快な感情が、一応湧いてはきた。

 しかしそれでも尚、思考回路は何事もなかったように正常だった。頭はただ目的の為に、敵を最適に倒す術を模索するだけだった。

 脳髄と感情が分離されている、それとも違う。ただ負の感情を押し退けてしまう程に、求めているものが大きすぎた。

 そしてそれは、もうすぐそこまで来ていた。

 敵の生き死にに、構っている余裕はなかった。戦場という極限空間に顔を歪めることもできず、簪はただ笑みを浮かべていた。

 

 敵の斧が、打鉄弐式に迫り来る。彼女は笑いながら、それを不動岩山で防ぐ。

 敵の弾丸が、打鉄弐式へと降り注ぐ。彼女は笑いながら、それら全てを避けてみせる。

 

 コアと繋がった今の簪にとって、それらはある種の作業でしかなかった。

 簪と打鉄弐式は、繋がっている以上は生身の人間であり機械でもある。

 その結果起きる事象は、先ず簪の演算処理能力で頭に映る全ての情報を知覚。同時に、打鉄弐式が情報を微調整することで、映像はより鮮明となる。

 次に動作だが、提示された情報を元に、打鉄弐式が最適な機動を選択する。そして今度は逆に、簪が自身の適性と経験値から、打鉄弐式の動きを調整する。

 これにより、機械の精密さと反応速度、生身の人間による臨機応変さ。その2つを両立するに至った。

 

 相手がどんなに速くとも、何機いようとも関係無い。レッドアイの知覚範囲内に居る限り、簪と打鉄弐式は相手のあらゆる動きに対応できる。

 そして隊長機の背後を取ったように、誰のどこが死角となっているのかも、瞬時に把握することが可能だった。

 

 だが、まだ足りない。

 そう思いながら、簪はグレイズの背部スラスターに薙刀の一撃をお見舞いし、そのまま後頭部を掴みながら海面へと突っ込む。

 音速で海面に叩き付けられたことで、巨大な水柱が立つ。当のグレイズは頭部が拉げ、内のあらゆる血肉が飛び散った。

 

 敵の命が肉へと変わることに、簪がもう何も思うことはなかった。

 

 そうして今度は、水柱から光の束が4本放たれる。

 打鉄弐式も砲口も水柱に隠れていた為か、反応が大きく遅れてしまうグレイズ隊。

 

《しまっ―――》

 

 結局、先程ミサイルの直撃した4機が、ビームの塊に包まれる。

 2機は辛うじて持ち堪えたが、他2機は隊長機と同じく落ちていった。木の実が枝から離れ落ちるように。

 

 この空域のグレイズ隊は、最早敗北したも同然だった。

 隊長機が落ちたことで指揮系統は混乱。そして圧倒的な武力を前に、怒りは勿論、戦意すら消失しかけていた。

 戦線を突破できる未来が、誰にも見えなかった。

 

《ヒッ!》

 

 グレイズ隊の一人が、息の止まるような悲鳴を上げた。

 目が合った気がしたのだ。水飛沫が晴れその中から現れた、かの水色の悪魔と。

 次は自分がやられる、どう足掻いても逃げられない。

 

 そう思った時だった。

 

 簪の直感により、レッドアイはソレをより鮮明に映し出した。

 全身装甲ではなく、熱源もグレイズより大きい。ISであろうことは明白だった。それも、簪すら見たことのないタイプの。

 ISの識別信号が無いということは、敵の保有するISだということも分かった。

 

 猛スピードで接近する敵ISに、簪は身構える。念の為、機械肢に不動岩山を携えて。

 

ガギャァン!!

 

 敵のブレードが不動岩山にぶつかり、衝撃波がドーム状に広がる。

 

《まさかこんな可愛い子がねぇ》

 

 黄金のISに身を包むスコールは、仲間がやられたことに激怒するでもなく、ただ愛おしそうに簪を見詰めていた。

 

《スコールさん!》

 

 グレイズ隊の何名かが、驚愕とも歓喜とも取れる声で、彼女の名を呼んだ。

 スコールはそれに構うことなく、追加の指示を下す。

 

《腕の良い3機はここに残って。他はローグマンの指揮に従い、人工島に急ぐのよ》

 

《りょ、了解!行くぞお前ら!》

 

 7機のグレイズは指示通り人工島へと侵攻するが、簪がそれを許す筈がなかった。

 

《ッ!》

 

 しかし、簪の進行方向を塞ぐように、金色のISから何かが伸びてきた。

 尻尾のようなそれの先端が開くと、紅い光が収束し始める。

 

ビィウーン!!

 

 それもまた、簪はもう一つの機械肢に付いた不動岩山で防いだ。

 しかし、7機は人工島に向けてどんどん離れていく。

 

 忌々しさが、簪の中で増大していく。

 

《・・・アナタも死にたい?》

 

 簪の放つ絶対零度の声に対しても、スコールは不敵に笑うだけだった。

 

《そうでもないけど、アナタみたいなカワイコちゃんと踊って死ねるなら、悪くないかもねぇ》

 

 この戦いで初めて、簪は焦りを滲ませた。

 人工島付近には、未だ昭弘やセシリア、千冬に姉の楯無も居る。彼女たちの腕は、簪にも疑う余地は無い。

 かと言って、この連中にいつまでも手間取っている訳にもいかない。こうしている間にも、何機のグレイズが防衛線を突破してくるか分からない。

 

 しかしそんな焦りのお陰で、更なる輪郭が見えた気がした。

 

 簪と打鉄弐式の単一仕様能力、新たな世界への鍵が。




自分で描いておきながら何ですが、これでまだ覚醒してないって本当ですか簪ちゃん。
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