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青年の淡々とした、静かながらも芯の通った声が、装甲の内側で木霊する。
「グレイズ隊、ヤバそうだけど。やっぱ引き返そうかスコール」
白いMPSのパイロットは、超低空を高速で飛びながら指示を待っていた。
海上の割れるような水飛沫が、人工島に迫る。
《いえ、私が対処するわ。アナタはそのまま人工島に侵攻して》
「了解」
ごく慣れた調子で返事をすると、今度はある確認をスコールに求める。
「殺していいんだよね?」
《ええ。戦闘員に限ってはね》
その答えを聞き、白いMPSの彼は安心するように溜め息を吐く。
「良かった。殺さないようにって、難しいから」
そんな言葉が返ってきた為、スコールは通信越しに苦笑を漏らす。
《人殺すのに「良かった」なんて言うの、きっとアナタくらいよ?》
「そんなに変かな?」
何がおかしいのか本気で分からないと言った疑問を、彼はその一言に乗せていた。
それが尚のことおかしいのか、スコールは上機嫌になる。彼のこういう所を、彼女は偉く気に入っているようだ。
《とにかく宜しくね。レギンレイズ隊はこのまま行けば、ブリュンヒルデに到達するわ。
「うん、そうだね」
そこで通信は一旦途切れ、彼は人工島に意識を集中させる。前へ前へと、白い機体を突き進めていく。
白い装甲の内に潜む、澄んだ青い瞳。純粋な筈のそれには、明確な殺意が乗っていた。
だが彼も別段、殺しが好きという訳ではない。仕事を完遂する手段として、選んでいるだけだ。
そういう意味では、純粋な殺意と言っても良かった。
人工島、それも駅近くの上空で、グシオンを纏った昭弘は待っていた。次なる指令を、次なる敵を。
先のISを下した後だ。少なくとも、闘争心は万全だった。
それで良い気分、という訳でもないのだが。
ハイパーセンサーの捉えるあらゆる場面で、絶えることのない閃光と破裂音。久しく体験してない、可能なら二度と経験したくはない、戦場の光景。
凄惨な記憶たちが、脳内を横切っていく。家族の悲鳴、そして少し前まで家族だった肉塊。
それらと今の状況を、いやが上にも昭弘は重ねてしまう。
(・・・大丈夫だ)
箒たちを、学園の皆を信じれば良いと、フラッシュバックを掻き消そうとする昭弘。恐怖と信頼が、彼の中で鬩ぎ合っていた。
この精神状態でただ待つのは、彼にとって余りに酷だった。
殺し合いに身を投じていた方が、何も考えない分まだマシとさえ言えた。
そんな中、超低空で高速接近する何かを、ハイパーセンサーが捉える。簪が交戦している辺り、つまりハイウェイ方面からだ。
跳ね上がる水飛沫の為、機体は良く見えないが、識別信号も無く向かって来るなら敵MPSと断定する他ない。
(非戦闘員のフィールド収容はまだ完了してない・・・会長と郷鐘隊は動けん。となると、一番近いのはオレか織斑センセイだが)
昭弘が指示を乞おうとした時、丁度良く千冬から通信が入った。
《ウィンターよりAGへ。本土方面から人工島へ超低空で接近する機影あり。至急対処せよ》
「了解。ウィンターは?」
《別の客人がいる》
それは余裕故の軽口だろうか、それとも不安な自身に暗示をかけているのか。
そのどちらだろうと、今の昭弘にとってはありがたかった。前者なら頼もしく思えるし、後者なら気持ちを共有できる。
こういうさり気ない所も、千冬ならではだと彼は思った。当人は無意識で言ってるのかもしれないが。
そして、今もこちらに向かっている相手だ。
敵であろうと、鬱屈とした状況を打破してくれたことに変わりはない。それが、一周回って昭弘には救いに思えた。
おかしな話かもしれない。戦場が嫌なのに、戦場を求めるなど。敵に感謝を抱くなど。
それはそれとして、仲間の為に全力で叩き潰すのが昭弘なのだが。
千冬と敵MPSのお陰で、完全に心が切り替わった昭弘は、まるで救いの手を取るように戦場へと向かった。
人工島の北端では、千冬が客人のもてなしをしていた。
その数は10人。ロボットと見紛う鋼鉄だらけの外見的に、10機と呼んだ方が正しいかもしれない。
《やだぁん!まさか本当にブリュンヒルデと対面できるなんて!》
隊長と思しき青年の上擦った声が、スピーカーから千冬へと届く。
「それは良かったな。サインやるからとっとと帰れ、オカマ野郎」
千冬は半ば本気で言っているが、隊長は生憎と言いたげに首を振る。
《色紙忘れてきちゃってぇ。・・・あ、そうだ!》
何か閃いたように両手を合わせると、隊長は慣れた手つきでツインパイルを構える。
翠玉色の機体が、太陽光を反射して煌めく。
《サインの代わりにぃ、アンタと本気でやり合うってのはどう?こっちは殺すつもりで行くケド♡》
それを合図に、他の9機も得物を構える。こちらも慣れた動きだ。
今度は、千冬がやれやれと溜息を吐く。どうしてこういう輩は、警告を素直に受け取らないのかと。
彼女は教師だ。人を殺めるつもりは毛頭無いし、己の力を誇示する気もない。ブリュンヒルデなんて、世間様が勝手に決めた名だ。
だが優先順位はある。もし生徒に手を出す連中と相対したなら、手を血に染める覚悟くらいはできてる。
「警告が伝わってないことは分かった。ならこちらも容赦しない」
空気が変わった。
オカマ隊長『アティー・G』は、レギンレイズでその身を覆いながらも、素肌で確かにそう感じ取った。
織斑千冬は、未だ柄に手を付けてもいない。ただ会敵した時そのままの姿勢、その場に佇んでるだけだ。
その殺気だけで、今この空間を支配していた。大気全体に動きを封じられてるような、吸い込んだ大気により肺が凍るような、そんなものを彼等は味わっていた。
戦場で数多くの功績を残し、精鋭にまでのし上がり、最新鋭MPSまで貰い受けた。己への絶対的自信、そして何にも臆さないという自負が、そんな彼等にはあった。
それらが何の意味も持たないということが、今証明されてしまった。目の前でただ佇んでるだけの、IS乗りによって。
誰も動けない。というより、動き方が分からない。どう動くのが正解なのか、どう動けば生き残れるのか。
汎用的な量産機で、訓練機としても良く使われる。彼女が纏っているのは、そんな地味で穿った性能の無い打鉄だ。
なのに何故、これほど近寄り難い威圧感を放てるのか。どうして今この状況でも、己が最強だと確信できるのか。
これがブリュンヒルデ。
惑星最強の人間、IS乗りの頂点、全て誇張無しの表現だったのだ。
未だ戦ってすらいないのに、精鋭たちはそれだけの実力差を感じ取ってしまっていた。10人が束になったところで、どうこうなるものなのかと。
「たまんないわねぇ」
だが彼等の隊長、アティーだけは全く違う理由で動けなかった。怖じ気づくどころか、この刺し貫くような空気を堪能していた。
アティーの一言に対し、隊員たちは気が抜けるように溜息を吐いた。きっと地獄に落ちようとも、彼は一生こうなのだろうと。
尤もそんな彼だから、誰も彼も付いていくしかないのだが。
そう全員が思い返すと同時に、遂に戦況が動き出す。
千冬の纏う打鉄が、近接ブレード葵を引き抜くより早く、ツインパイルを構えていたアティーが仕掛ける。
彼はレギンレイズの可動域と高機動を生かすように、バーニアを使って飛び蹴りを繰り出す。
打鉄はしゃがむようにこれを躱すが、当然これは囮だ。
アティーと同時に動いていた3機が、打鉄の回避先に三方向から刺突していく。
それらを、打鉄は葵を回し薙ぐようにして全て弾くが、これもまたフェイクだった。
本命は、打鉄の直下にさりげなく移動していた、対IS用大型ショットガンを構えた1機だ。
千冬の打鉄はブースターを増設しているだけで、追加装甲は無い。それなりのダメージを、アティーは期待していた。
「!」
これすらも、打鉄は躱してしまう。
彼女はあの一瞬で、姿勢をそのままに降下するようPICを調整し、散弾の範囲外まで一気に下降。
ついでと言わんばかりに、葵の一閃をお見舞いする。
レギンレイズはガントレットで防いだが、余りの威力に鋼鉄が震え、後方に押し遣られてしまう。
その事実に、多少の動揺は隠せない様子だった。
(速い。想定以上ね)
そう称えながらも、アティーは奇妙な違和感を千冬に抱いていた。
普通のIS乗りとは違う何か。それを解明するためにも、次なる戦術を試すしかない。
「次!パターンBでいくわよ!」
今度は、待機していたショットガン持ち5機が動く。
彼等は打鉄を取り囲むように散開すると、ただ愚直に散弾を撃ち続けた。
一見すると、ある意味セオリー通りの戦い方だ。素早い相手には、こういった範囲攻撃が有効であるからだ。
どれだけ熟達したパイロットでも、被弾を避けたいなら大きく避けるしかない。
相手がブリュンヒルデでなければだが。
ダンッ!ダダダダンッ!
見たこともない打鉄の超機動に、アティーは目を丸くする。
(まさか・・・ノーモーション瞬時加速!?しかもこんな連続で)
彼のシナリオでは、スラスターを存分に使わせることで、千冬の機動を丸裸にするつもりだった。
思わぬ収穫だった。
(使える人間が存在したなんて・・・)
スラスターを連続で点火させる個別連続瞬時加速なら、まだアティーも驚きはしなかった。何なら彼自身もできる。
しかし姿勢制御すら行わず、加えてバーニアや小スラスターのみで瞬時加速を行うなど、到底理解できなかった。
これでは予備動作が無い分、機動先の予測が困難だ。
そして、ノーモーション瞬時加速の真骨頂は、回避時ではなく攻撃時に遺憾なく発揮される。
(後ろ!)
背後からの横凪ぎに、辛うじて反応できたアティーは、ツインパイルでガードする。
冷や汗が、彼の頬を伝う。
至近距離で鍔迫り合っては、味方も援護しにくくなる為、敢えて彼は吹っ飛ばされてみせた。
それを見計らい、レギンレイズたちが散弾で千冬を追い立てる。
(彼女の反応速度について、一部は分かった。機械刀一本しか使わない分、迷いが無いということ。アクションに移るまでの思考が極端に短いんだわ)
しかし、やはりそれだけで千冬の強さは埋まらない。
少なくともノーモーション瞬時加速なんて芸当は、余程ISとの親和性が高くなければ不可能だ。
(彼女のシンクロ率は、情報によれば92%前後。私たち以下のシンクロ率で、何故あんな動きができる?)
彼等MPS乗りにとって、シンクロ率とはそのまま強さの指標になる絶対数値だ。手首足首の動きからスラスターの微調整、空間認識能力の良し悪しについても、どれだけ深く機械と繋がってるかが肝だ。
そしてそれは、ISに関しても同義だというのが、彼等の基本的な考え方だ。
千冬に抱いた違和感の正体はそれだった。
少なくとも先程から見ている超機動は、100%のシンクロ率でなければ説明が付かない。防御重視の打鉄なら尚更だ。
そうやって彼が分析する間も、千冬の猛攻は続く。時に鋭角的に、時に滑らかに、黒き人型が縦横無尽に空を駆け巡る。
レギンレイズ隊も臨機応変に機動を合わせてはいるが、次の瞬間には誰が落とされてもおかしくない状況だった。
ブリュンヒルデの一刀。千冬が全力なのかは分からないが、そんなものをまともに喰らってしまえば、一撃で落とされる可能性がある。彼等の乗るMPSには、絶対防御機能も操縦者保護機能も無い。鎧にエネルギーシールドを重ねてるだけなのだから。
彼等の命なんてそんなものだ。例え精鋭部隊であろうと。
だからこそ、撤退は許されない。
尤もアティーにとっては、その方が心地良いのだが。
「パターンC!近接格闘!」
少しでも多く、ブリュンヒルデを暴く。
アティーの怒号に近い命令には、そんな覚悟が込められていた。
対する千冬の心境は、決して余裕がある訳ではなかった。
生徒たちを護ることへの重圧もあるが、一番は相手の実力についてだ。
(これだけ高度な連携が可能とはな)
彼女の予定では、もう既に2機程は墜とせていた筈だった。
その実、未だ誰も墜ちず、こうまで食らいついてくる。
第三世代ISと遜色ない敵MPSの機動力、乗り手の高い能力、そして一糸乱れぬチームワーク。
嘗て千冬は、専用機4機を同時に相手取ったことがあったが、全てにおいてあの時の彼女たちを凌駕していた。しかもそれが10機ときた。
敵の背後を取った瞬間、別の敵がガントレットで仲間を庇う。同時に、更に別の敵が死角から襲い来る。
先程から、そんな嫌な流れができつつあった。
極めつけは、隊長機の立ち回りの上手さだ。
急接近してはツインパイルの連撃を繰り出し、かと思えば離れて挑発するような機動を取る。そうやって、千冬の意識を一心に引き受けていた。
(やはり全力を出すべきか?・・・いや駄目だ、敵に私の全開を知られる訳にはいかない)
千冬は今、本気度で言えば10割、全力度で言えば7割の配分で戦っていた。
あくまで彼女の目的は、生徒及び来訪者を護ること。敵を殲滅することではない。
ならば下手に、真の実力を開示する必要もない。目の前の連中とは別に、誰がどこで分析しているか分からないのだから。
(生徒たちのフィールド収容もあと少し。これで自衛隊が間に合えば、私たちの勝ちだ)
千冬は望む未来に到達すべく、僅かな疲労をも隠すように、目の前の戦いに没頭した。
そんな千冬の小さな変調も、アティーは見逃さなかった。
(・・・疲弊している?)
接近戦の際、偶然にも目の前を通り過ぎた千冬の表情。ほんの少しだが、間違い無く歪んでいたのが見えた。息遣いも同様で、僅かにだが荒い。
当然、これだけ激しい戦闘を継続すれば、誰しも肉体的精神的疲労は避けられない。
だが、それはあくまで常人ならの話だ。
あのブリュンヒルデなら、スタミナも無尽蔵なのだろうとアティーは踏んでいた。
スタミナだけ低いことが、妙に彼の中で引っ掛かった。
(防御重視の打鉄で超常的な機動、低いシンクロ率とスタミナ・・・)
ある仮説が、彼の中で浮かんだ。
しかし、それを確定させるには情報が足りない。そしてそれは、少なくともこの戦いでは見つけられない。
(まぁ良いわ、弱点は分かった。あとは相手に悟られないよう動けばよろし)
スタミナの低さ。彼女に自覚があるのかは分からないが、どの道この戦いで仕掛けるべきではない。
付け焼き刃の遅延戦術を繰り出したところで、勝てないことは目に見えている。そうなると、ただ千冬に手の内を明かすだけになってしまう。
やはり当初の予定通り、本番で確実に仕留めるべきだろう。
ならば後は、可能な限りブリュンヒルデを自分たちに釘付けにしておくのが、現状最良だ。
もしここで彼女を自由にしてしまえば、作戦遂行どころか全部隊ごと壊滅してしまう恐れがある。
それで自分たちレギンレイズ隊が全滅したら、それこそ本末転倒なのだが。
そう思いながら、アティーは変わらず激しく動き回り、その傍らで考える。
遅延戦術にはならず、千冬をこの場に留まらせ、そして自分たちも生き残る為には。
結局それしかないのだと知ったアティーは、フルフェイスマスクの中で小さく笑った。
「このまま行くわよ!攻めて攻めて攻め続けるわ!」
今日もこの青年は、戦場という仕事場を駆ける。
シンクロ率が低い(神経直結基準)
スタミナが少ない(化物基準)
オカマキャラはどうしてこんなにも描いていて楽しいのだろうか。
ご感想お待ちしております(唐突)