IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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第79話 学園島攻防戦 ⑤  ~誰が為の運命~

 人は巡り会う。

 時を超えて、次元をも超えて。

 それを良き巡り会いとするか、最悪の巡り会いとするかは、当事者たちにも決めるのは難しい。

 

 ただありのままを、見据えるしかないのだ。自分だけの真実は、きっとそこにしかないのだから。

 

 それを認めたくなければ、足掻いてみるのも良いだろう。

 潔く認めるのなら、その身を任せれば良いだろう。

 

 哀れな孤児たちよ。

 君たちは巡り会いの果てに何を見て、何処に辿り着く。

 

 

 


 

 

 

 護りたい人を護る。

 ただその一心で、セシリアは待ち構えていた。誰も何も居ない空中で。

 それを実行に移す為なら、彼女は何もかも厭わないつもりでいた。

 

 そんな覚悟とは裏腹に、煮え立つ本能も抑え難かった。初めてISと一つになった、あの時と同じく。

 一体化により心が凶暴になるのは、ISが兵器だからだろうか。それとも、セシリアの心を純粋にしているだけなのか。

 

 本音を護りたいと思う心、戦いたいと思う心。そのどちらも大切だと、セシリア自身理解はしている。

 だが絶対的な目的がある以上、やはり前者に重きを置くしかない。

 それであの時のような、音檄2機を圧倒した戦いができるのかと、今度は別の不安が降り注ぐ。

 

 だが一つの安堵だけは、出撃してからずっと揺るがないでいた。

 本音を想う心。それがある限り、自分はまだ辛うじて人間だと。セシリア・オルコットだと。

 

 

 彼女の感慨を切り裂くように、1機の紅い機体が接近してくる。

 全身装甲、頭部には長い耳のようなものが突き出ている。見方によっては、魔物の角にも見えるだろうか。

 

「フン」

 

 軽くあしらうように、大型ビット兵器である「MT」を嗾ける。そして駄目押しとばかりに、彼女自身もスターライトMkⅢから、光の連弾を放つ。

 実戦で尚且つ、敵機の性能も未知数となれば、セシリアも侮る訳にはいかない。

 だが、自身が強者であるという自覚もまた、その余裕な態度から表れていた。

 

 強者には強者の戦い方があるということだ。

 

(ッ!)

 

 しかし、出だしは敵が一枚上手だった。

 紅い機体は、MTがビームを放つ瞬間に合わせ、擬似的な瞬時加速を行ったのだ。横に避けるでも後退するでもない、迷い無きラヴィリスへの直線軌道だった。

 当然、それでビットの攻撃を避けれても、正面からは無数の光線が待ち受けている。

 紅い機体は、そんなビームライフルの掃射すら身体を捻るように回避し、そのままの勢いでラヴィリスに剣を振り翳す。

 

 かなりの手練れと、セシリアは判断した。

 

「チッ!」

 

 セシリアは黄金の剣を避けるように後退し、ガントレットの甲から小さなビームを連射する。同時に、展開中のMTも立て直す。

 

《・・・あん?》

 

 ガントレットが放つ小雨をもやり過ごすと、紅い機体のスピーカーから、パイロットの声が漏れ出る。

 突然かつ余りに想定外だった為か、セシリアも思わず動きを止めてしまう。

 

《テメェまさか「あの時」の・・・》

 

 それはどこか嬉しそうな、それでいて悍ましさも内包した声色だった。

 

 「あの時」とは、どの時なのだろうか。

 セシリアが警戒しながらも思い起こしていると、相手はある催促をしてきた。

 

《なぁ、そのバイザー取ってくんねぇか?》

 

 確証が欲しいのだろう。青年は撃ってくるでもなく、そう身振り手振りするだけだった。

 当然、敵の申し出をセシリアが受け入れる筈もなく、変わらず黙って銃口を向け続ける。

 

《あぁそうだそうだ!オレが面見せりゃいい訳だ♪》

 

 そう言い、青年は悪魔のようなフルフェイスマスクを解除しようと、側頭部のボタンを押す。

 

 謎の悪寒が、セシリアの心に吹いた。

 彼女自身にも分からないが、その顔を決して見てはいけない。漠然とそんな気がした。

 もしその正体を知れば、自身がもう人では居られなくなるような。

 

 汗が至る所から吹き出てくる。恐怖による冷や汗と、怒りにより滲み出る汗。

 

―――怒り?

 

 何故自分の中に、怒りの感情まで込み上げてくるのだろう。

 何故、正体を知りたくない筈なのに、彼の行為を妨害しようとしないのだろう。寧ろ好機なのだから、そのまま引金を引けば良いのに。

 何故もう一人の自分は、その正体を知ろうと待つのだろう。

 次々と浮かぶ疑問の羅列に、セシリアは翻弄される。

 

 それに応えるように、ハイパーセンサーは彼の顔を確認しようと、映像を無慈悲に拡大していく。目と鼻の先に、その顔面が映し出されるように。

 

 カチリカチリと、顔の装甲がパズルのように蠢いていき、遂には顔面がパカリと開く。

 

 

《芽吹いたみてぇだな♪》

 

 

 満面の笑み。旧友と語り合う時のような、昆虫の脚を引き千切る時のような、そんな笑顔。

 10年もの歳月。それを全く感じさせない程、一目で分かる貌だった。

 

 あの時の少年だと。

 

 あれが夢ではなかったのだと。

 

 遊び半分で両親を殺したのは、目の前の青年だと。

 

 何かがセシリアの中で、プツリと切れたような気がした。

 それは堪忍袋の緒、どころではない。人として切れてはならない何かだった。

 

 表情筋の使い方さえ忘れた。自分の貌は今、怒りに任せて歪んでいるのか、奴と同じく笑っているのか。それすらも分からない。

 もうそんなものはどうでも良かった。

 

 

「アアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 

 セシリアは叫んだ。そうでもして放出しなければ、憎悪で身体が破裂しそうだった。

 同時に、狂ったようにライフルを乱射し、それに呼応するようにMTが乱舞する。

 

《オッホ♪やっぱドンピシャだったか!》

 

 狂笑の青年は特段動じるでもなく、どころか益々の喜悦に浸りながら、紅い鉄仮面に再び顔を包む。

 そうしてヒラリヒラリと挑発するように、MTとセシリアの猛攻を避ける。

 

 否、最早避けるまでもなかった。

 完全に冷静さを欠いているセシリアの放つ光線は、どれも虚しく宙を捉えるばかり。

 膨大で絶え間ない光たちは、ただ彼女の怒りを表すだけだった。

 

―――潰す

 

 それでも構わず、ラヴィリスを怨敵に突き進める。

 元より中距離遠距離型の機体。近付けば近付く程、不利になるのはセシリアだと言うのに。

 

―――その貌を潰す・・・!

 

 そんな初歩的な戦闘理論など、とうに怒りに飲まれていた。

 ただ感情に任せ、この手でその顔面をグチャグチャのボロ雑巾にしてやる。その程度のことしか、今の彼女には考えられない。

 

《あーあ、ジタバタしちまってよぉ。折角の『グリムゲルデ』だってのに》

 

 セシリアの攻撃とすら言えない引っ掻きを、憎悪諸共いなすように青年は避け続ける。

 

《それはそれで悪くねぇが、そうゆーんじゃねんだよなぁ》

 

 呆れと幻滅を、その言葉に乗せる青年。星五つを期待していた料理が、星三つだった時のような、そんな落胆だった。

 

 相手の声も、機体の名前も、今のセシリアには聞こえない。聞こえてはいるが、脳が情報として処理しなかった。

 それは最早混乱に近く、自分が何に対して怒り狂っているのかすら、彼女には分からなかった。

 両親を殺した目の前の屑に対してか、今の今まで記憶から消してた自分自身にか、激情の正体すら把握できないことにか。

 

 身体中が沸騰しそうだった。早くこの熱を冷やさねば、自分が溶けてなくなってしまうかもしれない。微かに生きる思考回路が導き出したのは、それだった。

 だが、そこからは早かった。火元さえ消せば、どんな炎も消え失せるのだから。

 

 その冷たい答えに辿り着いたことで、セシリアは混乱からどうにか抜け出す。

 同時に、黄金色の刃が彼女の顔面に迫る。

 

 鋭き軌跡を寸での所で躱した彼女は、思い出したように距離を取る。

 

《おっ♪やっとお目覚めかぁ?》

 

 青年は、それはもう嬉しそうにしていた。我が子の目覚めに綻ぶ母親のように。

 

「・・・・・・大変失礼致しましたわ。淑女にあるまじき振る舞いでしたわね」

 

 己が我を忘れたことに、低く震える声でセシリアは謝罪する。何に対してかは定かではないが。

 そして今自分がやるべきこと、したいことを、同じく震える声で吐き捨てるように述べる。

 それはまるで、激情なんて最初から無かったかのようであった。

 

「この場でお前を消してやりましょう。ただちに、無駄なく、手段を問わず」

 

 怒りを殺意に変換したセシリアは、火元である紅い機体を捉えていた。

 当初の目的と、やるべきことは変わらない。ただ攻め入る敵を撃退するだけ。止めを刺すという追加事項があるだけだ。

 セシリアはそう、己に言い聞かせた。これから行うことは正義なのだと。

 

《ケハッ!無理すんなって!そんなニタニタしといてよぉ!》

 

 指摘されて漸く、セシリアは自身が笑っていると自覚する。

 

 彼女は感謝していた。憎悪の理由をも飲み込んだ、本来の姿に戻してくれた、殺意ともう一人の自分に。

 何故怒り狂ったかも、誰の為に戦うのかすらどうだっていい。本能剥き出しで戦っても構わない、その理由さえあれば。

 

 そして、最早セシリア・オルコットではない獣が、純粋なる闘争にその身を投げていった。

 

 

 

 

 

 白い刃を突き立てるように、人工島へと迫る水飛沫。

 昭弘はその先端に向かって、闘気を漲らせては真横から接近する。最後の壁として立ち塞がるべく、IS学園を護り抜くべく。

 

(どうにか間に合いそうだな)

 

 このまま直進すれば、相手が人工島に踏み入る前に止められる。そのことに、まずは上々な滑り出しを感じる昭弘。

 とは言え、例え水飛沫に遮られていようと、向こうもこちらに気付いているだろう。敵機の性能は未知数だが、レーダーは勿論、ハイパーセンサーに似た機能もある筈だ。

 それでもグシオンに対し方向転換しないということは、やはり人工島の生徒が狙いだと昭弘は踏んだ。

 

 或いは、単にそう命令されただけか。拒否権が無いのを良いことに。

 

「・・・」

 

 今更になって、昭弘の中に暗雲が立ち込む。アレを纏っているのも、少年兵なのだろうかと。

 超低空を滑る彼は、一体どういう経緯で今この戦場にいるのだろうと。

 

 未だ姿が見えないその敵に、同情しないと言えば嘘になる。嘗ての、あの世界での昭弘を彷彿とさせる、彼等MPS乗りに。

 それは失礼な感情かもしれない。「命の糧は戦場にある」と、そう考えている者に対しては。

 だが命令通りに動いて、その結果死んでいく。生き残ったとしても、また次の命令が待っているだけ。

 それが虚しくないと、どうして言えようか。今の昭弘は、そうも考えるようになってしまっていた。

 自分の道は自分で決めると、自分の意思で生きていれば見つかると、この世界でそう学んだのだから。

 

 ふと、千冬から聞いた白いMPSの姿を、昭弘は思い描いてみる。どんな形状をしていて、どう戦場を駆けていたのか。

 何故今なのかは分からない。白いMPSを操る彼もまた、戦場に意味を見出せないでいるのかと、そう思ったのかもしれない。

 若しくは、間も無く会敵するあの水飛沫の正体こそ、かの白いMPSなのではないか。何の根拠もなく、心境が勝手にそう思い浮かべただけかもしれない。

 

 全ては昭弘の勝手な想像だ。現状に満足している少年兵も、きっと居るだろうに。

 先入観もある。だがそれ以上に、優しくてどうしようもなく不器用な彼には、そういった想像が常に纏わり付くのだ。

 

「・・・悪いな」

 

 そんな昭弘は今の内に謝罪する。これから命を刈り取る相手に対して。

 どんなに相手を想おうと、学友の為なら冷徹に肉塊にできる。昭弘もまた、その判断軸を持ち合わせている人間だった。

 極力殺したくはない等と、そんな甘さを持ってはいけない。相手の殺意は、必ずやそこにつけ込んでくる。そして、護るべきものを護れなかったと後悔させる。

 だからこそ、目的を達する為の障害として処理していくしかない。

 

 戦場は、自身と同じ境遇だった人間でさえ、その手にかけることを許してくれるのだ。

 全ては正義の名の下に、敵同士だからという理由で正当化される。

 

 護るという目的がある昭弘は、その正当化に縋るしかないのだ。

 

 

 

 そして遂に、学園を護る盾として昭弘は立ちはだかった。白い水のベールに包まれていたMPSの前に。

 

 姿が、見えた。

 

 姿形を把握するより速く、昭弘はシザーシールドを掲げた。奴が既に、メイスを振りかぶっていたからだ。

 相手も同様で、グシオンだと脳が認識するより先に、超大型メイスを振り下ろしていた。

 そうして鉄と鉄が、青き中空で虚しき金切り声を上げる。

 

ギャゴォンッ!!!

 

 戦士としての哀しき性。戦場では、相手が誰であるか知るよりも先に、無常にも身体が動いてしまう。

 そして相手が誰か知るのは、いつの時代だって、凶器と凶器が鍔迫り合っている「この間合い」なのだ。

 

 昭弘は見た。その王冠のような黄色い角を、鋭い翡翠色のツインアイを、白が基調のトリコロールカラーの機体を。

 白いMPSはソレだったのだ。

 

 白いMPSの彼は見た。触覚のような橙色の角を、三つ目の如きカメラアイを、薄茶色で安心感のある機体を。

 

 2人は見た。最後の瞬間まで、背中を預けていたその姿を。

 

 気付けば互いに、鍔迫り合ったまま、機械の顔を解除していた。正体を現すよう、告げられた訳でもないのに。

 その見知った顔に沿うように、2人は口を動かした。

 

 

 

 

 

「・・・三日月

 

 

 

 

 

昭弘?」

 

 

 

 

 

 互いの正義は、運命の前にその鳴りを潜めていた。

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