人は巡り会う。
時を超えて、次元をも超えて。
それを良き巡り会いとするか、最悪の巡り会いとするかは、当事者たちにも決めるのは難しい。
ただありのままを、見据えるしかないのだ。自分だけの真実は、きっとそこにしかないのだから。
それを認めたくなければ、足掻いてみるのも良いだろう。
潔く認めるのなら、その身を任せれば良いだろう。
哀れな孤児たちよ。
君たちは巡り会いの果てに何を見て、何処に辿り着く。
護りたい人を護る。
ただその一心で、セシリアは待ち構えていた。誰も何も居ない空中で。
それを実行に移す為なら、彼女は何もかも厭わないつもりでいた。
そんな覚悟とは裏腹に、煮え立つ本能も抑え難かった。初めてISと一つになった、あの時と同じく。
一体化により心が凶暴になるのは、ISが兵器だからだろうか。それとも、セシリアの心を純粋にしているだけなのか。
本音を護りたいと思う心、戦いたいと思う心。そのどちらも大切だと、セシリア自身理解はしている。
だが絶対的な目的がある以上、やはり前者に重きを置くしかない。
それであの時のような、音檄2機を圧倒した戦いができるのかと、今度は別の不安が降り注ぐ。
だが一つの安堵だけは、出撃してからずっと揺るがないでいた。
本音を想う心。それがある限り、自分はまだ辛うじて人間だと。セシリア・オルコットだと。
彼女の感慨を切り裂くように、1機の紅い機体が接近してくる。
全身装甲、頭部には長い耳のようなものが突き出ている。見方によっては、魔物の角にも見えるだろうか。
「フン」
軽くあしらうように、大型ビット兵器である「MT」を嗾ける。そして駄目押しとばかりに、彼女自身もスターライトMkⅢから、光の連弾を放つ。
実戦で尚且つ、敵機の性能も未知数となれば、セシリアも侮る訳にはいかない。
だが、自身が強者であるという自覚もまた、その余裕な態度から表れていた。
強者には強者の戦い方があるということだ。
(ッ!)
しかし、出だしは敵が一枚上手だった。
紅い機体は、MTがビームを放つ瞬間に合わせ、擬似的な瞬時加速を行ったのだ。横に避けるでも後退するでもない、迷い無きラヴィリスへの直線軌道だった。
当然、それでビットの攻撃を避けれても、正面からは無数の光線が待ち受けている。
紅い機体は、そんなビームライフルの掃射すら身体を捻るように回避し、そのままの勢いでラヴィリスに剣を振り翳す。
かなりの手練れと、セシリアは判断した。
「チッ!」
セシリアは黄金の剣を避けるように後退し、ガントレットの甲から小さなビームを連射する。同時に、展開中のMTも立て直す。
《・・・あん?》
ガントレットが放つ小雨をもやり過ごすと、紅い機体のスピーカーから、パイロットの声が漏れ出る。
突然かつ余りに想定外だった為か、セシリアも思わず動きを止めてしまう。
《テメェまさか「あの時」の・・・》
それはどこか嬉しそうな、それでいて悍ましさも内包した声色だった。
「あの時」とは、どの時なのだろうか。
セシリアが警戒しながらも思い起こしていると、相手はある催促をしてきた。
《なぁ、そのバイザー取ってくんねぇか?》
確証が欲しいのだろう。青年は撃ってくるでもなく、そう身振り手振りするだけだった。
当然、敵の申し出をセシリアが受け入れる筈もなく、変わらず黙って銃口を向け続ける。
《あぁそうだそうだ!オレが面見せりゃいい訳だ♪》
そう言い、青年は悪魔のようなフルフェイスマスクを解除しようと、側頭部のボタンを押す。
謎の悪寒が、セシリアの心に吹いた。
彼女自身にも分からないが、その顔を決して見てはいけない。漠然とそんな気がした。
もしその正体を知れば、自身がもう人では居られなくなるような。
汗が至る所から吹き出てくる。恐怖による冷や汗と、怒りにより滲み出る汗。
―――怒り?
何故自分の中に、怒りの感情まで込み上げてくるのだろう。
何故、正体を知りたくない筈なのに、彼の行為を妨害しようとしないのだろう。寧ろ好機なのだから、そのまま引金を引けば良いのに。
何故もう一人の自分は、その正体を知ろうと待つのだろう。
次々と浮かぶ疑問の羅列に、セシリアは翻弄される。
それに応えるように、ハイパーセンサーは彼の顔を確認しようと、映像を無慈悲に拡大していく。目と鼻の先に、その顔面が映し出されるように。
カチリカチリと、顔の装甲がパズルのように蠢いていき、遂には顔面がパカリと開く。
《芽吹いたみてぇだな♪》
満面の笑み。旧友と語り合う時のような、昆虫の脚を引き千切る時のような、そんな笑顔。
10年もの歳月。それを全く感じさせない程、一目で分かる貌だった。
あの時の少年だと。
あれが夢ではなかったのだと。
遊び半分で両親を殺したのは、目の前の青年だと。
何かがセシリアの中で、プツリと切れたような気がした。
それは堪忍袋の緒、どころではない。人として切れてはならない何かだった。
表情筋の使い方さえ忘れた。自分の貌は今、怒りに任せて歪んでいるのか、奴と同じく笑っているのか。それすらも分からない。
もうそんなものはどうでも良かった。
「アアアアアアアアアアア!!!!!」
セシリアは叫んだ。そうでもして放出しなければ、憎悪で身体が破裂しそうだった。
同時に、狂ったようにライフルを乱射し、それに呼応するようにMTが乱舞する。
《オッホ♪やっぱドンピシャだったか!》
狂笑の青年は特段動じるでもなく、どころか益々の喜悦に浸りながら、紅い鉄仮面に再び顔を包む。
そうしてヒラリヒラリと挑発するように、MTとセシリアの猛攻を避ける。
否、最早避けるまでもなかった。
完全に冷静さを欠いているセシリアの放つ光線は、どれも虚しく宙を捉えるばかり。
膨大で絶え間ない光たちは、ただ彼女の怒りを表すだけだった。
―――潰す
それでも構わず、ラヴィリスを怨敵に突き進める。
元より中距離遠距離型の機体。近付けば近付く程、不利になるのはセシリアだと言うのに。
―――その貌を潰す・・・!
そんな初歩的な戦闘理論など、とうに怒りに飲まれていた。
ただ感情に任せ、この手でその顔面をグチャグチャのボロ雑巾にしてやる。その程度のことしか、今の彼女には考えられない。
《あーあ、ジタバタしちまってよぉ。折角の『グリムゲルデ』だってのに》
セシリアの攻撃とすら言えない引っ掻きを、憎悪諸共いなすように青年は避け続ける。
《それはそれで悪くねぇが、そうゆーんじゃねんだよなぁ》
呆れと幻滅を、その言葉に乗せる青年。星五つを期待していた料理が、星三つだった時のような、そんな落胆だった。
相手の声も、機体の名前も、今のセシリアには聞こえない。聞こえてはいるが、脳が情報として処理しなかった。
それは最早混乱に近く、自分が何に対して怒り狂っているのかすら、彼女には分からなかった。
両親を殺した目の前の屑に対してか、今の今まで記憶から消してた自分自身にか、激情の正体すら把握できないことにか。
身体中が沸騰しそうだった。早くこの熱を冷やさねば、自分が溶けてなくなってしまうかもしれない。微かに生きる思考回路が導き出したのは、それだった。
だが、そこからは早かった。火元さえ消せば、どんな炎も消え失せるのだから。
その冷たい答えに辿り着いたことで、セシリアは混乱からどうにか抜け出す。
同時に、黄金色の刃が彼女の顔面に迫る。
鋭き軌跡を寸での所で躱した彼女は、思い出したように距離を取る。
《おっ♪やっとお目覚めかぁ?》
青年は、それはもう嬉しそうにしていた。我が子の目覚めに綻ぶ母親のように。
「・・・・・・大変失礼致しましたわ。淑女にあるまじき振る舞いでしたわね」
己が我を忘れたことに、低く震える声でセシリアは謝罪する。何に対してかは定かではないが。
そして今自分がやるべきこと、したいことを、同じく震える声で吐き捨てるように述べる。
それはまるで、激情なんて最初から無かったかのようであった。
「この場でお前を消してやりましょう。ただちに、無駄なく、手段を問わず」
怒りを殺意に変換したセシリアは、火元である紅い機体を捉えていた。
当初の目的と、やるべきことは変わらない。ただ攻め入る敵を撃退するだけ。止めを刺すという追加事項があるだけだ。
セシリアはそう、己に言い聞かせた。これから行うことは正義なのだと。
《ケハッ!無理すんなって!そんなニタニタしといてよぉ!》
指摘されて漸く、セシリアは自身が笑っていると自覚する。
彼女は感謝していた。憎悪の理由をも飲み込んだ、本来の姿に戻してくれた、殺意ともう一人の自分に。
何故怒り狂ったかも、誰の為に戦うのかすらどうだっていい。本能剥き出しで戦っても構わない、その理由さえあれば。
そして、最早セシリア・オルコットではない獣が、純粋なる闘争にその身を投げていった。
白い刃を突き立てるように、人工島へと迫る水飛沫。
昭弘はその先端に向かって、闘気を漲らせては真横から接近する。最後の壁として立ち塞がるべく、IS学園を護り抜くべく。
(どうにか間に合いそうだな)
このまま直進すれば、相手が人工島に踏み入る前に止められる。そのことに、まずは上々な滑り出しを感じる昭弘。
とは言え、例え水飛沫に遮られていようと、向こうもこちらに気付いているだろう。敵機の性能は未知数だが、レーダーは勿論、ハイパーセンサーに似た機能もある筈だ。
それでもグシオンに対し方向転換しないということは、やはり人工島の生徒が狙いだと昭弘は踏んだ。
或いは、単にそう命令されただけか。拒否権が無いのを良いことに。
「・・・」
今更になって、昭弘の中に暗雲が立ち込む。アレを纏っているのも、少年兵なのだろうかと。
超低空を滑る彼は、一体どういう経緯で今この戦場にいるのだろうと。
未だ姿が見えないその敵に、同情しないと言えば嘘になる。嘗ての、あの世界での昭弘を彷彿とさせる、彼等MPS乗りに。
それは失礼な感情かもしれない。「命の糧は戦場にある」と、そう考えている者に対しては。
だが命令通りに動いて、その結果死んでいく。生き残ったとしても、また次の命令が待っているだけ。
それが虚しくないと、どうして言えようか。今の昭弘は、そうも考えるようになってしまっていた。
自分の道は自分で決めると、自分の意思で生きていれば見つかると、この世界でそう学んだのだから。
ふと、千冬から聞いた白いMPSの姿を、昭弘は思い描いてみる。どんな形状をしていて、どう戦場を駆けていたのか。
何故今なのかは分からない。白いMPSを操る彼もまた、戦場に意味を見出せないでいるのかと、そう思ったのかもしれない。
若しくは、間も無く会敵するあの水飛沫の正体こそ、かの白いMPSなのではないか。何の根拠もなく、心境が勝手にそう思い浮かべただけかもしれない。
全ては昭弘の勝手な想像だ。現状に満足している少年兵も、きっと居るだろうに。
先入観もある。だがそれ以上に、優しくてどうしようもなく不器用な彼には、そういった想像が常に纏わり付くのだ。
「・・・悪いな」
そんな昭弘は今の内に謝罪する。これから命を刈り取る相手に対して。
どんなに相手を想おうと、学友の為なら冷徹に肉塊にできる。昭弘もまた、その判断軸を持ち合わせている人間だった。
極力殺したくはない等と、そんな甘さを持ってはいけない。相手の殺意は、必ずやそこにつけ込んでくる。そして、護るべきものを護れなかったと後悔させる。
だからこそ、目的を達する為の障害として処理していくしかない。
戦場は、自身と同じ境遇だった人間でさえ、その手にかけることを許してくれるのだ。
全ては正義の名の下に、敵同士だからという理由で正当化される。
護るという目的がある昭弘は、その正当化に縋るしかないのだ。
そして遂に、学園を護る盾として昭弘は立ちはだかった。白い水のベールに包まれていたMPSの前に。
姿が、見えた。
姿形を把握するより速く、昭弘はシザーシールドを掲げた。奴が既に、メイスを振りかぶっていたからだ。
相手も同様で、グシオンだと脳が認識するより先に、超大型メイスを振り下ろしていた。
そうして鉄と鉄が、青き中空で虚しき金切り声を上げる。
ギャゴォンッ!!!
戦士としての哀しき性。戦場では、相手が誰であるか知るよりも先に、無常にも身体が動いてしまう。
そして相手が誰か知るのは、いつの時代だって、凶器と凶器が鍔迫り合っている「この間合い」なのだ。
昭弘は見た。その王冠のような黄色い角を、鋭い翡翠色のツインアイを、白が基調のトリコロールカラーの機体を。
白いMPSはソレだったのだ。
白いMPSの彼は見た。触覚のような橙色の角を、三つ目の如きカメラアイを、薄茶色で安心感のある機体を。
2人は見た。最後の瞬間まで、背中を預けていたその姿を。
気付けば互いに、鍔迫り合ったまま、機械の顔を解除していた。正体を現すよう、告げられた訳でもないのに。
その見知った顔に沿うように、2人は口を動かした。
「・・・三日月」
「昭弘?」
互いの正義は、運命の前にその鳴りを潜めていた。