ゴメンナサイ。
とある薄暗い一室。あらゆるパイプ管が張り巡らされた鉄まみれの空間で、少年2人の吐息と汗が充満していた。
大仕事の前だからか、互いに競い合うように己が肉体を苛め抜いていた。
「仕事・・・か」
鉄と汗が混ざった臭いの中、トレーニングを終えた三日月は、軽く天井を見上げながらそう呟く。
昭弘は三日月の短い呟きを聞きながらも、タオル片手に部屋を出ようとしていた。
「また、一緒に仕事だな」
そう言われて、昭弘は振り向く。
昭弘以上に、感情を表に出すことが少ない三日月。その彼が、珍しくも笑顔を零していた。
それは小さな笑顔だが、確かな期待感と安心感が滲み出ている、信頼の籠もった表情だった。
「何だそりゃ。仕事なんだから当たり前だろ」
何と返していいか分からず、取り敢えずそう返す昭弘。
そして踵を返し、今度こそ昭弘は先に部屋を出て行った。
そうして三日月の視界から消えた所で、昭弘もまた小さく笑っていた。
あの三日月があんな表情で、そんな言葉を贈ってくれた。
昭弘は、ただそれが嬉しかったのだ。
「・・・三日月」
「昭弘?」
歯軋りのような金属音が鳴り響く只中、2人はその名を口にする。まるで周囲が無音であるかのような、静かな呟きだった。
実際、今の昭弘と三日月には何も聞こえてなかった。それが尚のこと、目の前の親友と凶器をぶつけ合っているという状況を薄れさせる。
そうして何秒か、何十秒か経過し、漸く2人は弾かれるように距離を取る。
それでも尚、十分近いと言える距離だった。
未だ放心状態の昭弘に対し、既に三日月は普段の冷静な顔つきに戻っていた。この光景が幻覚ではないと、本能が理解したのだろう。
しかし、夢か現実か確かめる為、そして例えようのない嬉しさが込み上げてきた為、纏まらない頭で先に言葉を発したのは昭弘だった。
「み、三日月・・・!そうか、お前も・・・この世界に来ていたんだな・・・!そうか・・・そうか・・・!」
笑っているとも、泣いているとも取れるような表情で、昭弘はどうにか言葉を紡ぐ。
寂しいと、叶うならまた家族に会いたいと、この世界で幾度となく昭弘が感じてきたことだ。
しかし、その儚き願望もIS学園で過ごすにつれ、少しずつ薄れていった。いつしかその願望は鳴りを潜め、良くも悪くも諦めへと転化していった。
故にこの後、何をどう切り出せば良いのか分からない。
再会を諦めていた家族が、今更になって眼前に現れる。不意打ちでこめかみを突かれたような気分だった。
「・・・うん、まぁ」
対する三日月は、普段の無表情で目を反らし、僅かな困惑を乗せて素っ気なく答える。
その反応すら、昭弘にとってはただ懐かしいだけだった。その懐かしさが、またしても彼の口を勝手に動かす。
「イヤその・・・悪ぃ、何から・・・話しゃいいのか・・・」
取って付けたような疑問なら、滝のように落ち出てくる。何故この世界に、他の団員も一緒なのか、今までどこで何をしていたのか。
目の前で佇む『三日月』という圧倒的事実が、それを許さなかった。脳内の疑問たちは、どんなに浮かべても衝撃に押し流されるだけだった。
あの荒野で、最後の瞬間まで共に戦った、鬼神の如き強さを誇る相棒。その彼が同じく
昭弘はただ、そのことに夢中になっていた。
だが、当の三日月は違った。
今の状況、自分が今すべきこと。それらを考える冷徹さが彼にはあった。
例え嘗ての家族が、親友が、突如として目の前に出現しようとも。確かな嬉しさが内に燃えていようとも。
「・・・昭弘。なんでIS学園に居るの?」
声に圧の籠もった、研ぎ澄まされた刃のような問いが、昭弘へと突き刺さる。
それで漸く、昭弘は正気に戻った。正気に戻ってしまった。
「いや、それは・・・。なりゆきっつーか」
嘘ではない。話せば長くなるので、どの道そう答える他なかった。
三日月からの問い、それに対する昭弘の返答。
そのやり取りは必然的に、昭弘をも同じ問いへと誘った。もっと他に、話したいことはある筈なのに。
「お前こそ・・・何で亡国機業なんかに・・・ッ!」
自分で訊いておきながら、昭弘は今更になって気付いてしまった。親友が敵組織に所属しているという、受け入れ難い事実に。
それはつまり三日月が、学園祭を台無しにし、人工島を蹂躙しようとしている連中の仲間だということになる。
徐々に昭弘の中から、再会の喜びが消えていく。
「ふぁんとむたすく?・・・フーン。何か良く分かんないけど、そう呼ばれてるんだ。名前はまだ無いって、トネードとスコールが言ってたんだけど」
そう、何か考える素振りをする三日月。
質問の答えになっておらず、知らない仲間の名前まで出てきた為、昭弘は少しの立腹を覚えた。
「まぁいいや。オレも昭弘と似たようなもんだよ。なりゆきっていうか、流れ着いたっていうか・・・」
三日月もまた、経緯を詳しく話すつもりはないようだ。そこでの日々についても。
それきり、無言の間が2人の空に漂う。
それは昭弘にとって、胸を圧迫されるような嫌な沈黙だった。
昭弘はただ考えていた。次に何を訊くか、何を話すか。この沈黙から脱するべく。
だが、それだけだった。これからどうすべきか、どう動くべきか等と、そんなものは微塵も彼の頭に無かった。
護るべきものを背にしておきながら、
それは三日月も同じ筈だと、嘗ての日々が根拠を超えて昭弘の思考を覆い尽くす。
だがやはり、
何故か。
それは此処が戦場だからだ。
「・・・で?昭弘はそこを退くの?退かないの?」
「・・・は?」
今此処で、団員である自分と戦うのか否か。そういう、どうしようもない問い掛けだった。
「何・・・言ってやがる」
あんまりな問い掛けに、昭弘は激しく動揺する。想像も付かなかったのだ。嘗て背中を預けていた戦友から、そんなことを訊かれるとは。
昭弘だって、訊かないよう、選択肢に挙げないよう努めていたというのに。
三日月と敵対する。
その結末だけは避けるべく、昭弘は混乱する頭をどうにか回転させる。こんなことは、ゴロたちが襲撃してきた時以来だ。
退けば、学園の皆を危険に晒す。だが退かなければ、三日月と戦う羽目になる。
どちらも御免被る昭弘は、必死に口先を動かす。例えそれで、駄々をこねる子供に成り下がるとしても。
「・・・なぁ三日月。亡国機業はお前にとって、そんなにも大事な居場所なのか?罪の無い人々を傷付ける、嘗ての団員であるオレと戦う、その理由になんのか?」
「うん、なるよ。
呆気ないくらいの、しかして重みのある即答だった。
その言葉は誰かに洗脳されてる訳でも、他人の受け売りでもない。他ならぬ三日月自身の言葉だと、そのブレない青い瞳が物語っていた。
それでも戦いたくない昭弘は、口先に走り続けるしかなかった。
「農業をやりたいって・・・そう言ってたじゃねぇか」
それが、三日月の夢だった。団長であるオルガの命令を抜きにした。
そして命令を下すオルガは、恐らくもう居ない。先程からの三日月の様子を見て、昭弘はそう判断した。
亡きオルガには申し訳ないが、これに賭けるしかなかった。
「死後の世界でくらい、争いから遠ざかってもいいじゃねぇか三日月。例えまだオルガの命令が生きていたとしても」
「・・・」
その言葉で漸く、三日月の即答が止まる。
彼は今、その心に何を宿しているのだろうか。返答についてか、昭弘についてか、古いオルガの記憶を辿っているのか。
それとも、何も考えていないのだろうか。
そのどれでもなかった。鋭い眼光には、昭弘に対する明確な怒りが籠もっていた。
「ゴチャゴチャうるさいよ昭弘」
「ッ!?」
吐き捨てるように、三日月はそう言い放った。
「オルガのやりたいことが、オレのやりたいことなんだよ。オルガの命令が生きている限り、オレは死ぬまでそれを実行し続ける。鉄華団の『三日月・オーガス』として、止まる訳にはいかない」
この世界に対する、明確な認識の違い。昭弘と三日月の間には、そんな埋め難い亀裂があった。
それこそ世界が違うような。
三日月にとって、ここは死後の世界ではなかった。あくまで自分はまだ生きているというのが、彼の認識なのだ。
そこにあるのは、オルガも鉄華団も居なくなって、自分だけが生き残ったという現実だけだった。
ならば三日月には、団員最後の生き残りとして、オルガと鉄華団の意志を遂行する使命がある。戦って戦って戦い尽くして、王になるという目指すべき「上がり」。
その邪魔になる存在は、全て敵なのだ。例え嘗て背中を預けていた、古い親友だろうと。
そして三日月は怒りの眼光を収めると、今度は遥か地平線の朝焼けを眺めるような、遠い目をし始める。
「オレには・・・そういう生き方しかできないから」
「三日月・・・」
最悪の展開に至らないよう、脳髄を振り絞る昭弘だったが、段々と諦めのようなものが近付いてきた。
そんな表情で、そんな言葉を静かに放つ三日月に、昭弘はもう何も言えなかったのだ。三日月はもう、そこに辿り着いてしまっているのだから。農業という夢を追う前に。
「IS学園に来れば、きっとお前にも新しい目的が見つかる」。そんな浅い誘い文句、今の三日月に言える筈がなかった。言えば最後、今度こそ彼はメイスを脳天に振り下ろしてくるだろう。
だが、やはりそれが三日月という男なのだ。ここで昭弘の説得に応じるようなら、最早三日月とは言えないだろう。
それを嬉しいと思える自分自身に、昭弘は呆れを覚えた。
「・・・変わんねぇなお前は」
寂しそうに笑う昭弘に対し、三日月もまた同じように笑う。
「昭弘は・・・変わったね」
まるで袂を分かつようなそのやり取りは、しかして互いに優しい声色だった。
そしてそれは、昭弘の選択が迫っていることをも意味していた。
IS学園を取るか、鉄華団を取るか。戦うのか否か。
IS学園での日々を、昭弘は思い出す。
箒や一夏との出会い、セシリアという新たなライバル、いつも賑やかな一組、あらゆるトラブルを持ち込んできた転校生たち、千冬の心労、姉馬鹿な生徒会長、簪の成長、無人ISとの別れと再会。
そして、初めて戦いを楽しいと感じたISバトル。
その居場所には、常に「生」があった。
鉄華団での日常が、昭弘の心に重くのし掛かる。
鉄華団として独立したあの日、オルガに救われたあの日、タービンズとの対立と友好、弟との別れ、地球での死闘、火星での死闘、ラフタとの絆、三日月と共に駆けた最後の戦場。
そして、戦いという過程で消えていく仲間たち。悲しいと思いながらも、それが当たり前と感じていた昭弘。
その居場所は、常に「死」と隣り合わせだった。
どちらの昭弘も、本当の昭弘。そこに優劣なんてある筈もない。あるのはただ、今か過去かということだけ。
最初から、選ぶまでもないことだった。ただ歯を食い縛って、突き進むだけのことなのだ。
昭弘は、この瞬間にしか居ないのだから。
「三日月」
「何?」
昭弘の呻きのような呼び掛けに、三日月は淡々とした声を返す。
「お前と出会えて・・・本当に嬉しかった。お前の顔を見て、嘗ての日々も今の日々も一気に浮かんできて、頭がパンクしそうだった。・・・もっと話したかったよ。IS学園での日々も、鉄華団の思い出も」
そこまで言い終えると、昭弘の包み込むような表情は失せ、代わりにいつもの仏頂面が帰ってくる。
その表情だけは、どれだけ変わっても変わらないようだ。
「けどな・・・今は此処がオレの居場所なんだ。だから例えお前が相手でも、退く訳にはいかん」
そう、今自分がすべき仕事を言うと、昭弘の素顔をグシオンの面が覆う。
それと呼応するように、三日月の素顔もバルバトスとなっていく。
双方とも、仕事の準備ができたようだ。
《最後に駄目元で言うぜ三日月。せめてこの戦いだけでも良いから、手を引いてくれ》
《流石に殺したくはないから、手加減はするよ。難しいけど・・・昭弘相手ならそれでギリ行けるでしょ》
《・・・もう答えるつもりもないってか》
昭弘最後の警告を無視し、なるべく殺さないと宣言する三日月。それは詰まる所、昭弘程度なら殺すまでもなく無力化できると、そう評されているのだ。
昭弘にとっては腹立たしいが、残念ながら本当のことだ。少なくとも前の世界では、確実に三日月の方が強かった。
今なら昭弘も同格だと、どうして言えようか。どころか、この世界での実戦経験だって、亡国機業に所属している三日月の方が間違いなく上だ。
(毎度毎度、本当にズバズバ言ってくれるぜ)
どちらにせよ、昭弘は本気で挑むしかない。殺さないよう手心を加えれるような相手でないことは、他ならぬ昭弘が誰よりも一番理解している。
最後の戦場では、それをまじまじと見せつけられた。憧れを抱いてしまう程に。
よもやその相手と刃を交えることになろうとは、夢にも思わなかったのだろうが。
改めて昭弘は思った。何故いつもこうなのだと。
いつもそうだ。いつだって彼にとっての再会は、これだ。
昌弘も、ゴロたちも、そして三日月も、どうして親しい人間ばかりが敵として立ちはだかるのか。
ただ一緒に居たいだけだというのに。
現実への憤り、そして諦めに似た感情により、グシオンが昭弘に仄めかしてくる。楽になってしまえと。
きっとここで「マッドビースト」を使えば、昭弘はこの現実から解放されるのだろう。
全ての躊躇いは失せ、何も感じず親友を殺め、その結果IS学園や大切な者たちを護り抜くことができる。自身が全てを失う代わりに。
「いつ使うか考えておけ」と、夢でオルガも言っていた。もしかしたらそれが、今この時なのかもしれない。
現状、それが最も合理的な判断だ。
―――・・・違う
嘗ての昭弘なら、家族の為に自身の全てを差し出しただろう。それで大切なものを護れるのなら、絶対的な力を行使しただろう。
しかし今の昭弘は、三日月も言っていたように変わってしまった。自身がどうにかなることを、恐れるようになってしまった。
少しでも長くIS学園に居たいと、そう思うようになってしまった。
―――箒
彼女の悲しむ顔を見たくないと、彼女と離れたくないと、そう強く感じるようになってしまった。
《あーもうクソッタレが》
今のままでやるしかない。親友と戦いたくない、皆と離れたくない、力に飲まれたくない。そんな矛盾を孕んだ、我儘で中途半端で何の覚悟もない昭弘のまま。
だからこそ、昭弘は苛立っているのだ。
狂獣になりたいのに、他ならぬ自身が狂獣にさせてくれない。こんなにも歯痒いことはない。
ならばせめて―――
その苛立ちを目の前の
そこに至った昭弘はハルバートを構え、相変わらず圧倒的存在感を放つバルバトスに向ける。
昭弘が得物を構えるまで待っていたのもまた、三日月なりの手心だった。
それを示唆するように、バルバトスはグレートメイスを振り翳してはグシオンに向かって来る。
昭弘にも最早防御という選択肢はなく、同じくスラスターを点火させてバルバトスに突っ込む。
虚しい光を帯びるツインアイは、昭弘の苛立ちからは程遠く、涙を流しているようにさえ見えた。
ガァギィィン・・・
そうして再び鍔迫り合ってしまった、グシオンとバルバトス。
それは鉄華団として、オルガの意志を内包する者たちとして、決してあってはならない光景だった。
世界とは、時に家族という繋がりさえ裂いてしまう程、鋭利で残酷で美しいのだ。
次回はガッツリバトル回ですので、お楽しみにしていて下さい。
誰の戦闘を描くかは検討中です。