IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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ちょっと期間が空いちゃいました。
ゴメンナサイ。


第79話 学園島攻防戦 ⑥

 とある薄暗い一室。あらゆるパイプ管が張り巡らされた鉄まみれの空間で、少年2人の吐息と汗が充満していた。

 大仕事の前だからか、互いに競い合うように己が肉体を苛め抜いていた。

 

「仕事・・・か」

 

 鉄と汗が混ざった臭いの中、トレーニングを終えた三日月は、軽く天井を見上げながらそう呟く。

 

 昭弘は三日月の短い呟きを聞きながらも、タオル片手に部屋を出ようとしていた。

 

「また、一緒に仕事だな」

 

 そう言われて、昭弘は振り向く。

 

 昭弘以上に、感情を表に出すことが少ない三日月。その彼が、珍しくも笑顔を零していた。

 それは小さな笑顔だが、確かな期待感と安心感が滲み出ている、信頼の籠もった表情だった。

 

「何だそりゃ。仕事なんだから当たり前だろ」

 

 何と返していいか分からず、取り敢えずそう返す昭弘。

 そして踵を返し、今度こそ昭弘は先に部屋を出て行った。

 

 そうして三日月の視界から消えた所で、昭弘もまた小さく笑っていた。

 あの三日月があんな表情で、そんな言葉を贈ってくれた。

 昭弘は、ただそれが嬉しかったのだ。

 

 

 


 

 

 

「・・・三日月」

 

「昭弘?」

 

 歯軋りのような金属音が鳴り響く只中、2人はその名を口にする。まるで周囲が無音であるかのような、静かな呟きだった。

 実際、今の昭弘と三日月には何も聞こえてなかった。それが尚のこと、目の前の親友と凶器をぶつけ合っているという状況を薄れさせる。

 

 そうして何秒か、何十秒か経過し、漸く2人は弾かれるように距離を取る。

 それでも尚、十分近いと言える距離だった。

 

 未だ放心状態の昭弘に対し、既に三日月は普段の冷静な顔つきに戻っていた。この光景が幻覚ではないと、本能が理解したのだろう。

 しかし、夢か現実か確かめる為、そして例えようのない嬉しさが込み上げてきた為、纏まらない頭で先に言葉を発したのは昭弘だった。

 

「み、三日月・・・!そうか、お前も・・・この世界に来ていたんだな・・・!そうか・・・そうか・・・!」

 

 笑っているとも、泣いているとも取れるような表情で、昭弘はどうにか言葉を紡ぐ。

 寂しいと、叶うならまた家族に会いたいと、この世界で幾度となく昭弘が感じてきたことだ。

 しかし、その儚き願望もIS学園で過ごすにつれ、少しずつ薄れていった。いつしかその願望は鳴りを潜め、良くも悪くも諦めへと転化していった。

 

 故にこの後、何をどう切り出せば良いのか分からない。

 再会を諦めていた家族が、今更になって眼前に現れる。不意打ちでこめかみを突かれたような気分だった。

 

「・・・うん、まぁ」

 

 対する三日月は、普段の無表情で目を反らし、僅かな困惑を乗せて素っ気なく答える。

 その反応すら、昭弘にとってはただ懐かしいだけだった。その懐かしさが、またしても彼の口を勝手に動かす。

 

「イヤその・・・悪ぃ、何から・・・話しゃいいのか・・・」

 

 取って付けたような疑問なら、滝のように落ち出てくる。何故この世界に、他の団員も一緒なのか、今までどこで何をしていたのか。

 目の前で佇む『三日月』という圧倒的事実が、それを許さなかった。脳内の疑問たちは、どんなに浮かべても衝撃に押し流されるだけだった。

 あの荒野で、最後の瞬間まで共に戦った、鬼神の如き強さを誇る相棒。その彼が同じく白い悪魔(バルバトス)を纏い、すぐそこに居る。

 昭弘はただ、そのことに夢中になっていた。

 

 だが、当の三日月は違った。

 今の状況、自分が今すべきこと。それらを考える冷徹さが彼にはあった。

 例え嘗ての家族が、親友が、突如として目の前に出現しようとも。確かな嬉しさが内に燃えていようとも。

 

「・・・昭弘。なんでIS学園に居るの?」

 

 声に圧の籠もった、研ぎ澄まされた刃のような問いが、昭弘へと突き刺さる。

 

 それで漸く、昭弘は正気に戻った。正気に戻ってしまった。

 

「いや、それは・・・。なりゆきっつーか」

 

 嘘ではない。話せば長くなるので、どの道そう答える他なかった。

 

 三日月からの問い、それに対する昭弘の返答。

 そのやり取りは必然的に、昭弘をも同じ問いへと誘った。もっと他に、話したいことはある筈なのに。

 

「お前こそ・・・何で亡国機業なんかに・・・ッ!」

 

 自分で訊いておきながら、昭弘は今更になって気付いてしまった。親友が敵組織に所属しているという、受け入れ難い事実に。

 それはつまり三日月が、学園祭を台無しにし、人工島を蹂躙しようとしている連中の仲間だということになる。

 

 徐々に昭弘の中から、再会の喜びが消えていく。

 

「ふぁんとむたすく?・・・フーン。何か良く分かんないけど、そう呼ばれてるんだ。名前はまだ無いって、トネードとスコールが言ってたんだけど」

 

 そう、何か考える素振りをする三日月。

 質問の答えになっておらず、知らない仲間の名前まで出てきた為、昭弘は少しの立腹を覚えた。

 

「まぁいいや。オレも昭弘と似たようなもんだよ。なりゆきっていうか、流れ着いたっていうか・・・」

 

 三日月もまた、経緯を詳しく話すつもりはないようだ。そこでの日々についても。

 

 

 それきり、無言の間が2人の空に漂う。

 それは昭弘にとって、胸を圧迫されるような嫌な沈黙だった。

 

 昭弘はただ考えていた。次に何を訊くか、何を話すか。この沈黙から脱するべく。

 だが、それだけだった。これからどうすべきか、どう動くべきか等と、そんなものは微塵も彼の頭に無かった。

 護るべきものを背にしておきながら、()()()()()に辿り着きたくなかった。

 鉄華団(かぞく)を、親友を前にして、()()()()()できる筈がなかった。

 それは三日月も同じ筈だと、嘗ての日々が根拠を超えて昭弘の思考を覆い尽くす。

 

 だがやはり、()()()()を先に切り出したのは三日月の方だった。

 何故か。

 それは此処が戦場だからだ。

 

「・・・で?昭弘はそこを退くの?退かないの?」

 

「・・・は?」

 

 今此処で、団員である自分と戦うのか否か。そういう、どうしようもない問い掛けだった。

 

「何・・・言ってやがる」

 

 あんまりな問い掛けに、昭弘は激しく動揺する。想像も付かなかったのだ。嘗て背中を預けていた戦友から、そんなことを訊かれるとは。

 昭弘だって、訊かないよう、選択肢に挙げないよう努めていたというのに。

 

 三日月と敵対する。

 

 その結末だけは避けるべく、昭弘は混乱する頭をどうにか回転させる。こんなことは、ゴロたちが襲撃してきた時以来だ。

 退けば、学園の皆を危険に晒す。だが退かなければ、三日月と戦う羽目になる。

 どちらも御免被る昭弘は、必死に口先を動かす。例えそれで、駄々をこねる子供に成り下がるとしても。

 

「・・・なぁ三日月。亡国機業はお前にとって、そんなにも大事な居場所なのか?罪の無い人々を傷付ける、嘗ての団員であるオレと戦う、その理由になんのか?」

 

「うん、なるよ。戦場(此処)がオレの居場所だから」

 

 呆気ないくらいの、しかして重みのある即答だった。

 その言葉は誰かに洗脳されてる訳でも、他人の受け売りでもない。他ならぬ三日月自身の言葉だと、そのブレない青い瞳が物語っていた。

 

 それでも戦いたくない昭弘は、口先に走り続けるしかなかった。

 

「農業をやりたいって・・・そう言ってたじゃねぇか」

 

 それが、三日月の夢だった。団長であるオルガの命令を抜きにした。

 そして命令を下すオルガは、恐らくもう居ない。先程からの三日月の様子を見て、昭弘はそう判断した。

 

 亡きオルガには申し訳ないが、これに賭けるしかなかった。

 

「死後の世界でくらい、争いから遠ざかってもいいじゃねぇか三日月。例えまだオルガの命令が生きていたとしても」

 

「・・・」

 

 その言葉で漸く、三日月の即答が止まる。

 彼は今、その心に何を宿しているのだろうか。返答についてか、昭弘についてか、古いオルガの記憶を辿っているのか。

 それとも、何も考えていないのだろうか。

 

 そのどれでもなかった。鋭い眼光には、昭弘に対する明確な怒りが籠もっていた。

 

「ゴチャゴチャうるさいよ昭弘」

 

「ッ!?」

 

 吐き捨てるように、三日月はそう言い放った。

 

「オルガのやりたいことが、オレのやりたいことなんだよ。オルガの命令が生きている限り、オレは死ぬまでそれを実行し続ける。鉄華団の『三日月・オーガス』として、止まる訳にはいかない」

 

 この世界に対する、明確な認識の違い。昭弘と三日月の間には、そんな埋め難い亀裂があった。

 それこそ世界が違うような。

 

 三日月にとって、ここは死後の世界ではなかった。あくまで自分はまだ生きているというのが、彼の認識なのだ。

 そこにあるのは、オルガも鉄華団も居なくなって、自分だけが生き残ったという現実だけだった。

 ならば三日月には、団員最後の生き残りとして、オルガと鉄華団の意志を遂行する使命がある。戦って戦って戦い尽くして、王になるという目指すべき「上がり」。

 その邪魔になる存在は、全て敵なのだ。例え嘗て背中を預けていた、古い親友だろうと。

 

 そして三日月は怒りの眼光を収めると、今度は遥か地平線の朝焼けを眺めるような、遠い目をし始める。

 

「オレには・・・そういう生き方しかできないから」

 

「三日月・・・」

 

 最悪の展開に至らないよう、脳髄を振り絞る昭弘だったが、段々と諦めのようなものが近付いてきた。

 そんな表情で、そんな言葉を静かに放つ三日月に、昭弘はもう何も言えなかったのだ。三日月はもう、そこに辿り着いてしまっているのだから。農業という夢を追う前に。

 「IS学園に来れば、きっとお前にも新しい目的が見つかる」。そんな浅い誘い文句、今の三日月に言える筈がなかった。言えば最後、今度こそ彼はメイスを脳天に振り下ろしてくるだろう。

 

 だが、やはりそれが三日月という男なのだ。ここで昭弘の説得に応じるようなら、最早三日月とは言えないだろう。

 それを嬉しいと思える自分自身に、昭弘は呆れを覚えた。

 

「・・・変わんねぇなお前は」

 

 寂しそうに笑う昭弘に対し、三日月もまた同じように笑う。

 

「昭弘は・・・変わったね」

 

 まるで袂を分かつようなそのやり取りは、しかして互いに優しい声色だった。

 

 そしてそれは、昭弘の選択が迫っていることをも意味していた。

 IS学園を取るか、鉄華団を取るか。戦うのか否か。

 

 IS学園での日々を、昭弘は思い出す。

 箒や一夏との出会い、セシリアという新たなライバル、いつも賑やかな一組、あらゆるトラブルを持ち込んできた転校生たち、千冬の心労、姉馬鹿な生徒会長、簪の成長、無人ISとの別れと再会。

 そして、初めて戦いを楽しいと感じたISバトル。

 その居場所には、常に「生」があった。

 

 鉄華団での日常が、昭弘の心に重くのし掛かる。

 鉄華団として独立したあの日、オルガに救われたあの日、タービンズとの対立と友好、弟との別れ、地球での死闘、火星での死闘、ラフタとの絆、三日月と共に駆けた最後の戦場。

 そして、戦いという過程で消えていく仲間たち。悲しいと思いながらも、それが当たり前と感じていた昭弘。

 その居場所は、常に「死」と隣り合わせだった。

 

 どちらの昭弘も、本当の昭弘。そこに優劣なんてある筈もない。あるのはただ、今か過去かということだけ。

 最初から、選ぶまでもないことだった。ただ歯を食い縛って、突き進むだけのことなのだ。

 昭弘は、この瞬間にしか居ないのだから。

 

「三日月」

 

「何?」

 

 昭弘の呻きのような呼び掛けに、三日月は淡々とした声を返す。

 

「お前と出会えて・・・本当に嬉しかった。お前の顔を見て、嘗ての日々も今の日々も一気に浮かんできて、頭がパンクしそうだった。・・・もっと話したかったよ。IS学園での日々も、鉄華団の思い出も」

 

 そこまで言い終えると、昭弘の包み込むような表情は失せ、代わりにいつもの仏頂面が帰ってくる。

 その表情だけは、どれだけ変わっても変わらないようだ。

 

「けどな・・・今は此処がオレの居場所なんだ。だから例えお前が相手でも、退く訳にはいかん」

 

 そう、今自分がすべき仕事を言うと、昭弘の素顔をグシオンの面が覆う。

 それと呼応するように、三日月の素顔もバルバトスとなっていく。

 双方とも、仕事の準備ができたようだ。

 

《最後に駄目元で言うぜ三日月。せめてこの戦いだけでも良いから、手を引いてくれ》

 

《流石に殺したくはないから、手加減はするよ。難しいけど・・・昭弘相手ならそれでギリ行けるでしょ》

 

《・・・もう答えるつもりもないってか》

 

 昭弘最後の警告を無視し、なるべく殺さないと宣言する三日月。それは詰まる所、昭弘程度なら殺すまでもなく無力化できると、そう評されているのだ。

 昭弘にとっては腹立たしいが、残念ながら本当のことだ。少なくとも前の世界では、確実に三日月の方が強かった。

 今なら昭弘も同格だと、どうして言えようか。どころか、この世界での実戦経験だって、亡国機業に所属している三日月の方が間違いなく上だ。

 

(毎度毎度、本当にズバズバ言ってくれるぜ)

 

 どちらにせよ、昭弘は本気で挑むしかない。殺さないよう手心を加えれるような相手でないことは、他ならぬ昭弘が誰よりも一番理解している。

 最後の戦場では、それをまじまじと見せつけられた。憧れを抱いてしまう程に。

 よもやその相手と刃を交えることになろうとは、夢にも思わなかったのだろうが。

 

 

 改めて昭弘は思った。何故いつもこうなのだと。

 いつもそうだ。いつだって彼にとっての再会は、これだ。

 昌弘も、ゴロたちも、そして三日月も、どうして親しい人間ばかりが敵として立ちはだかるのか。

 ただ一緒に居たいだけだというのに。

 

 現実への憤り、そして諦めに似た感情により、グシオンが昭弘に仄めかしてくる。楽になってしまえと。

 きっとここで「マッドビースト」を使えば、昭弘はこの現実から解放されるのだろう。

 全ての躊躇いは失せ、何も感じず親友を殺め、その結果IS学園や大切な者たちを護り抜くことができる。自身が全てを失う代わりに。

 「いつ使うか考えておけ」と、夢でオルガも言っていた。もしかしたらそれが、今この時なのかもしれない。

 現状、それが最も合理的な判断だ。

 

―――・・・違う

 

 嘗ての昭弘なら、家族の為に自身の全てを差し出しただろう。それで大切なものを護れるのなら、絶対的な力を行使しただろう。

 しかし今の昭弘は、三日月も言っていたように変わってしまった。自身がどうにかなることを、恐れるようになってしまった。

 少しでも長くIS学園に居たいと、そう思うようになってしまった。

 

―――箒

 

 彼女の悲しむ顔を見たくないと、彼女と離れたくないと、そう強く感じるようになってしまった。

 

《あーもうクソッタレが》

 

 今のままでやるしかない。親友と戦いたくない、皆と離れたくない、力に飲まれたくない。そんな矛盾を孕んだ、我儘で中途半端で何の覚悟もない昭弘のまま。

 だからこそ、昭弘は苛立っているのだ。

 狂獣になりたいのに、他ならぬ自身が狂獣にさせてくれない。こんなにも歯痒いことはない。

 

 ならばせめて―――

 

 その苛立ちを目の前の親友(バルバトス)にぶつける。

 そこに至った昭弘はハルバートを構え、相変わらず圧倒的存在感を放つバルバトスに向ける。

 

 昭弘が得物を構えるまで待っていたのもまた、三日月なりの手心だった。

 それを示唆するように、バルバトスはグレートメイスを振り翳してはグシオンに向かって来る。

 

 昭弘にも最早防御という選択肢はなく、同じくスラスターを点火させてバルバトスに突っ込む。

 虚しい光を帯びるツインアイは、昭弘の苛立ちからは程遠く、涙を流しているようにさえ見えた。

 

ガァギィィン・・・

 

 そうして再び鍔迫り合ってしまった、グシオンとバルバトス。

 それは鉄華団として、オルガの意志を内包する者たちとして、決してあってはならない光景だった。

 

 世界とは、時に家族という繋がりさえ裂いてしまう程、鋭利で残酷で美しいのだ。




次回はガッツリバトル回ですので、お楽しみにしていて下さい。
誰の戦闘を描くかは検討中です。
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