IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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何とか山場の一つは越えました。
一つは(強調)

誤字報告して下さった方、ありがとうございます。


第79話 学園島攻防戦 ⑧

 緋色のエネルギーが、右腕に貯まっていく。その様は遅くはないが、特段早い訳でもない。

 スコールは初めて、その時間を忌々しく思っていた。努めていた涼しい表情は既に無く、一刻も早く貯まり切れと険しい表情が語っていた。

 

 一秒過ぎる度に、打鉄弐式から際限無く広がっていく、黒い霧のような威圧感。青白く美しいそのボディだけが、毒沼の中でポツリと輝いてるようだった。

 身震いしたい気持ちを押し殺しながら、スコールは永遠にも感じる残り数秒を待っていた。

 

単一仕様能力(ワンオフアビリティ)

 

 だが、簪のそんな呟きの方が早かった。

 その言葉を正確に拾い、悪寒の正体が把握できたスコールは、構えながらも諦めの境地に達していた。

 

 同時に、その才への畏敬をも抱いていた。

 単一仕様能力。専用機であれば元から備わっている場合もあるが、大抵は搭乗者自らの試行錯誤とセンスで発動する。そして、発動の条件も能力の度合いも個々人によって様々だ。

 だがごく稀に現れるのだ。ほんの少し実戦を経ただけで、ほんの些細な切っ掛けだけで、突然にその極致へと至ってしまう天才が。

 次の瞬間には変質するであろう眼前の少女こそ、正にその類いだった。

 ISとの親和性を高める為の人体改造、MPSを纏う為の阿頼耶識施術、そのどちらも必要無い奇跡の存在。

 惜しいと、スコールはそう思った。水色の髪の少女が持つ才能は、IS学園如きに収まる域ではない。

 

 そんなスコールの思いなど梅雨知らず、遂に少女とISが「名前」と共に変質する。

 

世界掌握(マイ・ワールド)

 

 青白く輝いていた少女の目が、鮮血のように赤く染まる。赤かった頭上の眼球が、青白い惑星へと姿を変える。まるで双方の色素が、そのまま入れ替わったかのようだ。

 

ピィィン・・・

 

 そして、この蒼い惑星をホログラム化したような頭上の球体から、粒子のような何かが全方位に放たれる。

 それは青空に更なる煌めきを与えながら、爆風のように広がっていった。

 

 直後、右腕のソリッド・フレアもチャージを終え、自動的に射出された。膨大な熱量を圧縮させた火球が、少女とISを焼き溶かさんと迫る。

 

キュバァァァッ!!!

 

 火球が爆ぜ、溜め込んでいた熱が周囲へと放出された。海風は熱風へと変わり、海水は水蒸気となって宙を舞い、切り立った山のように水柱が立つ。

 スコールはそんな状況においても、再びプロミネンスを右腕に顕現し、油断なく待ち構えていた。

 

(・・・やっぱりね)

 

 案の定、水柱から少女とISが悠々と現れる。特段のダメージも無く、赤い目と青白い球体をそのままに。

 白い物理シールドが無傷であることから、恐らく直前で躱されたのだろう。

 

 今更そんなことで動じるスコールではなく、今現在の敵機について分析する。

 

(名前からして範囲干渉系の能力かしら。球体の出した波紋が関係してるのは、間違い無さそうだし。・・・把握する為にも、これまで通り攻めてみましょうか)

 

 そうしてスコールは、後方のグレイズ3機に再び指示を下し、自身はプロミネンスとテイル・クロウで攻める。

 

「・・・?」

 

 違和感が、スコールの胸中を覆う。

 何も変わらないのだ。水色のISの動きも、そして戦法すらも。

 先程と同じ、ゴールデン・ドーンが繰り出すブレードによる一閃も、鞭による予測不能の連打も、テイル・クロウの薙ぎ払いも先端から出るビームの束も、そしてグレイズから飛来する大小の弾丸も、まるで先読みしてるが如く正確に対処している。

 そしてゴールデン・ドーンにも後方のグレイズにも、何ら変調は見受けられない。

 

 にも関わらず、今も猛攻を捌いている目の前の少女は、笑っているのだ。それはある種の達成感に酔いしれているような、そんな笑顔だった。

 その様子に、スコールは薄ら寒いものを感じていた。自分たちが致命的な罠に嵌まってしまったのかと。

 

 そこでスコールは思い至る。レーダーを確認しなければと。

 範囲干渉系の能力なら、自分たち以外のより広い範囲に影響が出てる可能性はある。

 そうして恐る恐る、彼女はレーダーに映っているモノを確認する。味方機の数と、敵機の数。この瞬間の戦況がどうなっているのかを。

 

―――・・・

 

―――マズイ

 

 スコールが望んでいる、自軍と敵軍の膠着状態。その均衡が完全に傾いていた。IS学園側に。

 ハイウェイ付近、及び南東方面に展開中の部隊。味方機を示す点の数が、時間を刻む毎に減少していく。エース機たちは墜ちていないが、その弱々しい点滅からは苦戦が伺える。

 

 その元凶が目の前で笑っている少女だと、気付いた頃にはVTOL機からも通信が届く。

 端的に言えば、自軍が不利だという、レーダーと全く同じ内容だった。

 

 一応レーダー上ではバルバトスとグリムゲルデ、及びレギンレイズ隊が健在である以上、流石に戦闘が終結する程ではないと判断するスコール。

 だがやはり、焦りは滲み出てしまう。グレイズが全機墜とされれば、次なる標的は残った三日月たちだ。

 そして戦闘が終わってしまえば、人工島内での工作も事実上不可能となり、作戦そのものが破綻する。もはや自衛隊の増援が間に合うまでもない。

 

―――この子・・・一体何をした?

 

 笑う少女を見ながら、スコールは猛攻と同時並行で考えを巡らす。

 

(自軍ISに何らかのバフをかけているのは、何となく解った。敵軍へのデバフなら、私たち4機に変化が無いのはおかしい。だがグシオンに青のIS、それとブリュンヒルデの3機だけが変わらない・・・何故?・・・どっちにしろ墜とさなきゃだけど、『熱波攻撃』はリスキー過ぎる。グレイズたちは確実に蒸発するし、この怪物を仕留めきれるかは微妙ね。掴んで動きを封じようにも躱されるし)

 

 スコールの焦りも思考も蔑ろにするように、赤目の少女は視点の合わない笑顔を続ける。

 それはまるで自分の世界に入っているような、自分以外誰も居ないかのような、そんな敵を敵とすら見なしていないものを含んでいた。

 

 いやそもそも、それは果たして本当に「人間の笑顔」なのだろうか。

 

 

 

 

 

 世界掌握より少し前。

 

 ハイウェイの第一防衛線では、相変わらず学園側が劣勢だった。

 箒とラウラは、作戦が功を奏したのか膠着状態まで持ち直したが、一夏と鈴音とシャルロットは苦戦を強いられていた。

 一夏の相手については機体性能の差もあるが、鈴音とシャルロットに関しては、相手との性能差はほぼ無いと言って良かった。寧ろ機動力や手数で言えば、甲龍とラファールの方が上ですらあった。

 つまりはそれだけ、両者の間にある実力差が開いているということだった。

 

 誰よりその事実を噛み締めながらも、鈴音は懸命にシュヴァルベ・グレイズへと肉薄する。

 

「このッ!このぉッ!!」

 

《フフッ、そう焦らないで》

 

 アネスの言う通り、鈴音は焦りに支配されていた。

 

 早く終わらせたいという気持ち故、彼女は序盤から双天牙月と崩山で猛攻を繰り出していた。

 しかし相手のクローにより、一度双天牙月の片方を絡め取られてしまい、そこから一気に鈴音のリズムが崩れ始めたのだ。

 幸い双天牙月は拾えたが、左腕のクローへの警戒からか、一刀を上手く叩き込めずにいた。

 要の近接戦闘が御座なりになれば、それに合わせて使う崩山も同様に射線がブレる。

 

 故に距離を取り、崩山で弾幕を張って落ち着こうとするが、それこそアネスの思う壺だった。

 威力と発射速度なら崩山の方が上だが、射程と弾速なら相手の重機関銃に分があった。

 それにより、落ち着くどころか更に苛立ちが募り、結局接近しようとする。そこを狙い撃ちにされ、崩山の射程内まで近付けても、焦りと相手の高機動で中々当たらない。

 近接戦に持ち込んでも上手く噛み合わず、離れ過ぎると一方的に撃たれ、崩山の射程内での撃ち合いでも劣る。

 それらが益々の焦りへと繋がり、空中機動が更に崩壊していくという負の連鎖に、鈴音は陥っていた。

 

 無論、全てアネスの誘導によるものだ。相手がどんな事でどう嫌がるのか、その結果どのような行動に出るのか、この男ほど熟知している者は少ない。

 元より感覚派であり、良くも悪くもその時の気持ち次第である鈴音にとっては、正に最悪の相手だった。

 

 同時に、衝撃砲ではなく破壊力重視の崩山で出撃したことも痛手だった。福音戦という実戦で上手く運用できた試しもあり、彼女は今回も崩山のまま換装しなかった。

 しかし、不可視による不意打ちが可能な分、衝撃砲なら十分鈴音のペースに持っていけただろう。撃つ瞬間まで相手に気取られず、撃った後は相手を混乱させることができるのだから。

 その後悔が、より動きの精細さを欠いていく。

 

《嗚呼。もっと私と踊りたいのに、クローが怖くて近付けない。そのもどかしさに悶える姿、醜くも愛らしい・・・》

 

「黙りなさい!!」

 

 まるで吐き戻すように怒鳴る鈴音に合わせて、アネスは左腕のクローを―――

 

 射出した。

 

「―――」

 

 あらゆる情報と思考が、彼女の脳内で激しく混ざり合う。整理が追い付かない程に。

 

―――良く見れば腕とワイヤーで繋がっている

―――ワイヤークローだったのか

―――この瞬間の為に隠していた?

―――それよりどう対処する?

―――他にどんな機能を隠してる?

―――避ける?防ぐ?

 

 飛んでくるクローに腕を捕まれる確証が、鈴音にはあった。今の混乱した脳内では、対処が間に合わないと。

 それは単なる諦めに近かった。頭が混乱していても、そんな諦めだけは湧いてくることに、鈴音は嫌気が差した。

 

 

 それら全てを掻き消すように、ある言葉が突如として脳内を貫いた。

 

 

“左前方に避けて、そのまま一気に敵へと突っ込んで"

 

 

 どこかで聞いたことがあるような、静かで透き通るような少女の声だった。

 だが当然、言葉による説明の後、対処が間に合う攻撃ではない。実際それは鈴音の耳が拾った声でも、ましてや言葉でもなく、ある種の信号のようなものだった。

 ただ鈴音の脳が、瞬時にそういう情報として飲み込んだだけだった。或いは甲龍のコアが、人間の脳でも理解できるよう、そう変換したのかもしれない。

 時間が止まってる中、その言葉だけが流れているような。鈴音からすればそんな感覚だった。

 

 その指令をなぞるように、鈴音はヌルリとワイヤークローを躱し、勢いそのままシュヴァルベ・グレイズへと急接近する。

 

《!》

 

 アネスは即座にワイヤークローを引き戻すが、甲龍の到達の方が速かった。

 

ガィィン!

 

 振り下ろした左手の牙月が相手のアックスに防がれると、鈴音は即座に右手の牙月も振り下ろす。

 

ガギャンッ!

 

 ワイヤークローは間に合わず、初めてシュヴァルベ・グレイズに一撃が通った瞬間だった。

 SEの減少を確認したアネスは、前蹴りで甲龍を引き剥がす。

 

 負の連鎖から脱却した鈴音だが、未だ自分でも訳が分からなかった。

 先の言葉は、甲龍を通じて頭に届いた。そこは彼女も把握している。IS側から指示を受けるなんて、生まれて初めてのことだが。

 ISとの親和性が高い者ほど、ISコアの意思を聞くことができると、何度も耳に挟んだことはある鈴音。だが先の声は、決して甲龍のものではないと、愛機と長い付き合いである彼女の奥底が叫んでいた。

 そのことが、得たいの知れない恐怖として鈴音の心に巣くう。まるで甲龍が、自分以外の何者かに操られてるような、そんな不安だけが残った。助けてくれたことへの感謝は別として。

 

《・・・つくしい》

 

 アネスが何かを呟いたので、鈴音は不安を隅に追いやって身構える。

 

《何と美しい!!》

 

「!?」

 

 表面上だけ一丁前に紳士なアネスが、突如としてそんな奇声を上げた後、今度は艶めかしい声で思いの内を明かし始める。

 

《貴女の激昂に合わせて放った、命中する筈の一撃でした・・・。それをあんな最小限の機動で、鮮やかに躱し、尚且つカウンターまで打ち込むとは。まるで「機械」のような・・・》

 

 自機の顔を両手で覆うように、アネスは続ける。鉄の指が鉄仮面を掻き、ギギギという金属音がシュヴァルベ・グレイズの顔面から流れる。

 その仮面の内に潜む表情を、鈴音は想像したくなかった。これ以上、鳥肌を立てたくはないからだ。

 

《しかしだからこそ不思議だ・・・。あの程度のワルツで心が乱れるウブな貴女が、一転、私の理想そのものと言える動きをするなんて。私の崇める「あの方々」と何か関係が?嗚呼・・・もっと貴女が知りたい》

 

 鈴音の震えは、留まることを知らなかった。素足で氷の上を歩かされてるような気分だった。

 人間、理解の及ばない存在を前にすると、誰しもこんな心境になるのだろうか。ゴキブリの大群に全身を覆われた時、人はこんな感覚に陥るのだろうか。

 恐怖と諦めに近いものを内包しながら、鈴音はそんなことを思ってみた。

 

―――気持ち悪い

 

 アネスと相対してからずっと心にあった負の感情が、何倍にも膨れ上がっていくのを鈴音は感じた。

 そこに最早、先程までの怒りや焦りが介在する余地は無く、アネスという存在への底知れぬ忌避感だけが残っていた。

 何でも良い。あの青い機体が見えない、この纏わり付くような声が届かない場所まで離れたいと、彼女は思うようになってしまった。

 

《もっと見せて下さい・・・いや、もっと見せろぉ!!貴女の中に潜む「美しき合理性」を!!》

 

 そう言い放ち、アネスは再びアックスを掲げて迫る。そこには最早、紳士としての取り繕いは無く、餌を前に涎を垂らす卑しき獣だけが居た。

 

「ヒッ」

 

 短く小さな悲鳴を上げ、鈴音は本能の赴くまま逃げようとする。

 しかしそれより先に、かの声が「次なる指示」を下す。

 

“左の牙月で受けた後、右の牙月で脚を狙って"

 

 アネスも、そして頭に響く声も、鈴音を逃す気はないようだ。

 それはまるで、鈴音を覆う甲龍が拘束具となり、相手に身体を隈無く調べられるようだった。

 

 

 

 

 

 同じ現象は箒、ラウラ、一夏、シャルロットの身にも起きていた。

 

ゴギャン!!

 

 シュトラールの振るうスターメイスをモロに喰らい、内部の頭蓋ごとメットが潰れるグレイズ。

 

(これで7機。・・・やはり絶対防御機能は無いし、操縦者保護機能も最低限だな。SE(シールドエネルギー)が尽きれば重装歩兵と大差ない装甲だ。そのSEも、機動力に重きを置いてるからか、ISと比べるとかなり少ない)

 

 「声」の援護により、次々と敵機を墜としていったラウラには、今や敵機の性能を分析する余裕があった。これまでの苦戦と膠着が嘘のようだ。

 数を減らせば、それだけ昭弘たちの負担も減る。それをどうにか実現できていることに、ラウラは一先ず安堵していた。

 

 しかしその安堵とは裏腹に、気分は優れなかった。

 血肉を撒き散らして屍となる人間は、研究所でのシミュレーションにより脳髄が記憶している。臭いや感触に至るまで。現実でも、IS越しならそこに大差は無かった。それにより散る命に関しても、元より覚悟の上だ。

 問題はそこではないのだ。

 声の通りに躱し、声の通りに潰す。そして得られる良き結果。

 まるで、レーゲンに支配されていたあの時に戻ったみたいだった。

 

 どんなに良い結果が待っていても、そこにラウラの意思は存在しない。そしてそれは、本質的な勝利を意味しない。

 学園や昭弘を護る為だと思うことで、そんなどうにもならない意地を振り切ろうとしていた。

 

 そう、これは戦争なのだ。そこには結果しか存在しないのだ。

 軍人として今更なことを、ラウラは心で復唱していた。

 

 

 箒に至っては、ラウラ以上に声の成すがままとなっていた。

 

“後方に1機。ビットだけその場に滞空させて下に避けて”

 

 紅椿が下方に回避したことで、グレイズのアックスは空を斬る。

 そして、その場に佇んでいた2機のビットに挟まれ、グレイズが両サイドからビーム攻撃を受ける。

 

(凄い・・・まるで予言だ)

 

 紅椿そのものの声なのか、他の誰かからの信号かは判別できないが、予言と思えてしまう程に正確で的確な指示だった。

 

 最初こそ警戒はしたが、今の状況は箒にとって有難いものだった。それは戦況云々というより、彼女の私的な理由が大きかった。

 彼女はやはり、どうしても人を殺める覚悟が持てなかった。その躊躇いは戦闘面に影響を及ぼし、至近距離の敵はスラスターだけを斬るよう、遠くの敵には妨害の為だけに雨月と空裂を放つよう、彼女を縛っていた。

 無論、そんな戦い方で敵を墜とせるほど、戦場は甘くない。ましてや実戦初心者に近い箒は、不殺に必要な加減すら良く分かっていない。

 そんな彼女にとって、どの攻撃に対しどう動くのか事前に分かるというのは、不殺を可能にする程のアドバンテージだった。

 

 利用できるものは何であれ利用する。

 弱さを自覚し、手段を選ばなくなった箒にとって、それもある意味成長なのかもしれない。

 

 実際、声が聞こえるようになってからというもの、箒は一度も被弾していない。グレイズに囲まれているにも関わらず。

 最早シュトラールとの連携すら、声に全てを任せる始末だ。

 

 相手からしたら、今の紅椿は脅威を超えて恐怖だろう。突然に、未来視でもしているような機動をし出すのだから。

 尤も当の箒には、相手を怖がらせるつもりなどないのだが。

 

 そしてとうとう、紅椿の一閃がグレイズの背部スラスターに直撃する。エネルギーは赤い爆炎となって噴射し、推進力が失われた為、相手は脚部スラスターのみで海へと降下していく。

 

(良し。この調子なら殺さずに済みそうだな)

 

 そう思いながら、ふとグレイズの墜ちていった海面を見やる箒。それなりの高度の為、白い水飛沫は点のように小さい。

 しかし戦闘中故にそれも一瞬で、すぐさま声の通りに動きを戻す。

 

―――・・・大丈夫だよな?

 

 SEは切れていたのだろうが、確かにスラスターのみを破壊した。あの程度の落下速度なら、海面に墜ちても無事な筈。何らかの脱出装置もあるだろうから、きっと溺れることもない。

 箒はそう思い込むことで、平常心を保とうとする。

 

 仮に死んだとしても、それは落下による衝撃か溺れたことによる窒息で、自分が直接手を下したことにはならない。

 箒はそんな理屈を立てることで、自身を正当化する。

 

 それでもやはり、黒煙を上げながら墜ちていったあの深緑色の機体が、箒の脳裏から消えることは無かった。

 

―――・・・

 

 段々と、声に対する感謝が反転していく箒。声の通り動けば動くほど、自分の手が血で染まっていくのではないかと、そんな戦慄が湧いてきた。

 

 このまま戦えば、いずれ自身は「声に従っただけだ」と最低の責任転嫁をするかもしれない。

 それだけは御免だと箒が思った所で、頭の声が静まることも、敵の攻撃が止むこともないのだが。

 殺さなかった筈だと、生きている筈だと、そう思い続けながら身体を動かすしかないのだが。

 

 皆を護る為に。

 

 

 

 

 

 一夏の苛立ちは最高潮に達しようとしていた。

 それは、無様に苦戦していた先程までの苛立ちをも凌駕していた。針一つで、遠く彼方まで破裂しかねない程に。

 

《チッ・・・急にどうしたぁ?ヒーロー気取りの覚醒か?》

 

 ビットが放つ数々のビーム、その悉くを躱され、歯噛みを隠すように皮肉を贈る少女。

 それが負け惜しみだと分かっていても、一夏の気分は晴れるどころか寧ろ曇っていく。

 

“下方から2発。その直後、後方から1発”

 

(・・・嫌な声)

 

 コアから届く指令の通り動き、ビットの攻撃を躱していく一夏。

 それが誰の声なのか、一夏には思い当たるまでもなくすぐに分かった。「初対面の日」から密かに、それでいてしかと見張っていたのだから。

 

 気に食わない相手からの、的確な指示。それにより好転していく戦況。少しずつ確実に追い詰められていく、いけ好かない生意気な敵。

 全て更識簪のお陰だった。その事実が、尚更に一夏を惨めにしていく。自分は今あらゆる点において、彼女より下ぶれているのだと。

 元より競っていたつもりはないが、気に入らない相手の能力を見せ付けられるのは、誰であれ堪ったものではないだろう。

 

“六方向から一斉射撃。前方に避けたらそのまま敵に突っ込んで”

 

 脳内でそう変換される度、一夏は叩き付けられる気分だった。自身が如何に無力なのかを。

 それはやがて、昭弘の側に居る資格は無いと、一夏の中で勝手に解釈されるに至った。ここまで来ると、声の全てが一夏にとっての地雷であった。

 

 そして敵の少女が、その地雷を容赦無く踏み抜いていく。

 

《何だ。強くなったんならもっと嬉しそうにしろよ。まるで操り人形みたいだぞ?》

 

 その言葉が決定打の針となり、遂に一夏の苛立ちは限界を超えた。

 

「アイツにしろアンタにしろ、何でこう人の神経を逆撫ですんのが上手いかなぁ」

 

 そんな怒りに任せようとしても、声の言う通りに動かざるを得ないことが、何より一夏を苦しめた。

 

 

 

 

 

 シャルロットの戦いに対するモチベーションは、悪い言い方をすれば憂さ晴らしが大部分を占めていた。

 学園祭を台無しにした連中を、コテンパンに叩きのめすことができれば、何であれそれで良かった。

 そしてそれが、人工島の防衛に繋がることも理解している。

 

《クソォ!!》

 

“槍の突きが来る。右に逸れたら通りすがりに機械刀を"

 

 声の予言通り、稲妻を纏った切っ先がシャルロットの胴体に迫る。

 シャルロットは身体を逸らし、お返しとばかりにブレッドスライサーを切り込ませる。

 

ガィン!

 

 惜しくも左手のナックルシールドで防がれるが、流れは完全にシャルロットとラファールにあった。

 彼女としては、そこまでは良いのだ。過程はどうあれ、それで皆を護ることができるのだから。

 

(・・・なんだかな)

 

 しかし、心境は複雑だった。というより、限りなくマイナス寄りの心境だった。

 八つ当たりであれ憂さ晴らしであれ、それらは己の感情、延いては己の思考による行動で成立するものだ。そしてシャルロットの感情は、学園祭を台無しにした奴等を許せない。これに尽きる。

 他者に言われた通り殴る、他者に言われた通り撃つ。それで憂いが晴れるかと問われると、少なくともシャルロットは晴れない。

 故に善戦とは裏腹に、モチベーション自体は下がっていった。

 そのモチベーションに関係無く、彼女の有利は続いた。

 

―――本当・・・なんだかな

 

 そして、言われた通りにしか動けない今の状況は、嫌でも「あの日々」の光景が脳裏を掠める。

 嘗ての父(アルベール)に言われるがままの、何も感じず何も考えない日々。命令されその通りに動く度、人としての何かが欠落していくあの感覚。

 今のシャルロットは、あの時とどんな違いがあるのだろうか。父の為か、人々の為か、その違いだろうか。

 

 或いはその違いにより、今のシャルロットは苦しんでいるのかもしれない。

 護るべき人々の為である限り、彼女は言われるがまま動き続けるしかないのだから。投げ出す訳には行かないのだから。

 

 残酷だろうが、今シャルロットに求められている「価値」とはそれなのだ。

 

 

 

 

 

 世界(ネットワーク)をその手にし、人々の思いをその身に受けながらも、簪はただ笑っていた。

 無邪気に、どこまでも心地良さそうに。




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