スコールが再び異変に気付いたのは、相手の表情からだった。
(笑っていない?)
打鉄弐式のパイロットから、笑みが消えたのだ。
代わりに表出してきたのは、焦りや必死さ。歯を剥き出しにし、眉間に濃い皺を寄せ、冷や汗のようなものまで垂らしている。
その要因を何となく察したスコールは、嫌らしい笑みを浮かべる。
(そりゃそうよね、これだけの能力だもの。発動時間に限界はあるわよねぇ?)
その証拠とも言うように、頭上の球体に赤いノイズのようなものが走り始めている。先の赤い球体へと、戻ろうとしているかのようだ。
ビギンッ!
相手の薙刀により、再びゴールデン・ドーンの皮膜に亀裂が入る。
「無駄だって言ってん―――」
ミリッ
スコールが言い終える前に、ソレが亀裂へと捩じ込まれた。
(大盾!?)
捩じ込まれた二対の不動岩山は皮膜の再生を阻み、機械肢によって左右へとゆっくり開かれ、亀裂もそれに応じて広がっていく。
「チィッ!」
すかさずスコールはプロミネンスで振り払おうとするが、薙刀に阻まれてしまう。
ならばと、今度はテイル・クロウ先端のビームを撃とうとするが、一手遅かった。
亀裂から春雷を放たれるのが先だった。丁度スコールの顔面へと。
「!」
急遽、両腕で顔面を覆うスコール。直後、青白い光がハイパーセンサーの視界を埋め尽くす。
至近距離からの、荷電粒子砲の直撃。絶対防御こそ回避したものの、相当なSEが持って行かれてしまった。
このままでは防戦一方になる。そう考えたスコールはやむなく一旦皮膜を解除し、両腕にプロミネンスを顕現。
意識は当然、真正面に向いていた。
既に誰も居ない真正面に。
(やられた!)
ハイパーセンサーが打鉄弐式の位置を捉え、急いで方向転換するスコール。
完全に虚を突かれた。あのまま荷電粒子砲を連射されると踏んでいたスコールだったが、そもそもの狙いはゴールデン・ドーンではなかった。
目眩ましだったのだ。背後のグレイズに接近する為の。
3機のグレイズは急ぎアックスで応戦しようとするが、武器を持ち替える時間は無かった。或いはその瞬間を、少女は狙ったのかもしれない。
ダォン!! ギャィン!! ギィン! ガィン!!
瞬時加速で一気に接近し、3機の背部スラスターを破壊する打鉄弐式。音速の乗った超振動薙刀による渾身の一撃は、SEごと消し飛ばすのに十分だったようだ。
3機のグレイズを失ったスコールは、これで圧倒的に不利となった。皮膜の攻略法も編み出された為、時間稼ぎも厳しい。
だがその絶望的状況が、スコールの中からリスクというものを排除し、選択肢を一つに絞った。
―――殺す
本作戦における最大の障害の排除、生存を脅かす対象への恐怖。スコールを突き動かしたのは、それら思考と生物的本能だった。
幸い、
スコールの予想は的中していた。今現在、簪のマイ・ワールドは徐々に終了へと向かっていた。
進化を止めたことで、世界はその拡張を断念。簪は世界の維持へと移行した。しかしそれも決して長くはなく、肉体を持ったままでの世界維持には限界があった。
故に、少しでも発動時間を延ばす為、マイ・ワールドの効果範囲を自身の居るハイウェイ周辺に限定していた。
しかし南東方面の教員部隊は、肉体的にも精神的にも、そして機体のSE残量においても撤退の頃合いが近い。実際、既に楯無たちが撤退した機体の穴埋めを担い始めている。つまりは防衛線が崩壊しかけているということだ。
非戦闘員の収容は終わったが、これ以上戦局を敵側に傾かせるつもりは、簪には毛頭無かった。
あの世界だけは、IS学園だけは、何人たりとも土足で踏み荒らすことを許さない。更識簪という、一人の人間として。
その必死さから導き出した答えこそ、敵首領と思しきスコールの撃墜であった。
そしてスコールの弱体化への近道は、やはり背後のグレイズを片付けることだった。
(あとはアイツさえ墜とせば、指揮系統も混乱する筈―――!?)
グレイズ3機を墜とした直後のことだった。ゴールデン・ドーンが、簪の視界から完全に姿を消したのだ。
有り得ないことだった。これまで全てを知覚していたレッドアイが、敵機を見失うなんて。
だが、少し考えれば解ることだった。
レッドアイが知覚できるのは、物体や液体に関してはその輪郭までで、中身までは知覚できない。
そしてここが海上だということ。知らず知らずの内に、海面付近の超低高度まで誘導されたこと。海面もまた、一つの輪郭に過ぎないということ。
敵を知覚できなかったことへの動揺が、簪の思考を鈍らせたのだ。
シュルルルルルガシッ!!
海中から伸びてきたプロミネンスが、打鉄弐式を雁字搦めに包んだ。
「しまった!!」
《ハァイ、チェックメイトねー》
勝ち誇った表情の女傑が、海中から姿を表した。
「クゥッ!!」
ビクとも身体が動かない簪。両腕から放たれた二重のプロミネンスは、打鉄弐式の四肢だけでなく、各機械肢もスラスターもしっかりと押さえていた。
自由に動かせるのは、一枚の不動岩山のみであった。
尤も、スコールがこれから繰り出す大技の前では、その盾は余りにも頼りないものであった。
《熱波で丸焦げにしてやるわ!!》
その怒号と共に、金色のボディが更に山吹色へと輝いていくゴールデン・ドーン。
死の光を放つのだと、簪は本能的に察知した。
だが少女は諦めない。皆を護るのだと、生きて帰るのだと、これ以上誰も泣かせはしないと。無機質な筈の赤い目に、光沢のようなものを漂わせる。
そうして我武者羅に、春雷を放った。
ティウーン!! ドパァン!!
だが、プロミネンスで射角を封じられた春雷がゴールデン・ドーンに当たる筈もなく、ただ海面を蒸発させるだけだった。
その後も何度も放つが結果は同じで、幾重もの水柱が立つだけだった。
そしてゴールデン・ドーンから、太陽のような光が球体状に広がる。
カッ
衝撃波が発砲音と共に伝わり、光が日光よりも眩く人工島とハイウェイを照らした。
セシリアはライフルとミサイルを主軸として攻めつつも、MTだけは絶えずグリムゲルデの周囲に浮遊させていた。
《良い判断だぜぇ?例え撃てなくても、砲口を向けときゃ相手の意識は分散するからなぁ》
安全圏から眺めるように、スミルはそう褒め称えてきた。
その賞賛を全くの見当違いだと、セシリアはそう内心で嘲る。
実際、スミルにそう思わせるのも作戦の内だった。
(まだ撃つな・・・もっと、もっと中心に来るまで)
6機のMTで囲める位置へと、悟られないように誘導するセシリア。
6方向からの一斉照射なら、仮にシールド2枚分のビームは反射できても、残りの4本は通過していく。後は照射したままMTの向きを変えれば、それで相手はSEごと切断される。
そして、グリムゲルデが追尾してくるミサイルを、振り向き様に重機関銃で処理した瞬間だった。
遂に、丁度その位置へと来た。
「死ね」
本日何度目か分からない、うら若き淑女が言い放つ「死ね」。
だがセシリアは、本日最大にして人生最大の殺意をその単語に込めていた。
そんな殺意もエネルギーも高密度に集約させた、槍をも超えた光の杭が、グリムゲルデを貫かんと空気を裂いていく。
《死ぬか阿呆♪》
―――は?
避けられない、完璧な位置とタイミングの筈だった。そう、まるで相手が
セシリアはそこを疑うべきだった。
MTが一斉照射される直前に、グリムゲルデは直近のMTへと急接近。当然、もう中心にグリムゲルデは居ない為、5本の杭はただ空を貫く。
直近のMTが放つ1本は、錐揉み回転の要領で回避しつつ、通りすがりにブレードで一閃。MTは黒煙を上げて墜ちていった。
(何故気付かれた!?)
もしや誘導が露骨過ぎたか。そう思いながらもセシリアはMTを立て直し、グリムゲルデから引き離す。これ以上、MTを失う訳には行かない。
《何でか知りてぇってツラだなぁ。いいぜ♪教えてやんよ》
ラヴィリスへと迫りながら、スミルは憎らしいほど懇切丁寧に解説してきた。
《テメェの十八番がビット兵器だってのは見りゃ分かる。そのビットを反射で無効化されたってのに、テメェは不自然なほど冷静だった。挙げ句オレの言葉通り、ライフルとミサイルにアッサリ切り替えやがった。いかにも「踊らされてる」と言いたげにな。奥の手隠してんの見え見えだ♪》
尚もスミルは続ける。
その鉄仮面の内側が狂笑で歪んでいると思いながらも、セシリアは平静を保った。内心では腸が煮えくり返っていようと。
《ビットを除けば、ライフル、ミサイル、ガントレットガン、腰のランチャー以外に武装は見当たらない。んでどれもビットとは違い、テメェという一点方向からしか撃てねぇ代物だ。オレを仕留めるには至らねぇ。後は消去法でビットしかねぇって訳さ♪全方位からその砲口をオレに向けてるとありゃ、高圧縮されたビームでスパっと切断以外にねぇだろ。横薙ぎのビームは両腕のシールドだけじゃ防げねぇからな》
態々見当違いな賞賛をしたのも、セシリアの確信をより強くする為だった。
セシリアとスミル。両者の差は、セシリアが思った以上に開いていた。
IS乗りとしての技量だけなら、両者に差は無い。機体性能に至っては、ラヴィリスの方が遥かに上だ。
しかし場数、読み合い、思考誘導、そして判断力に関しては、スミルに絶対の分がある。そこはセシリアも認めるしかない。
「・・・本当に良く喋ることで」
だが動じないセシリア。焦りはスターダストを見破られた一時のみであった。
どんなに相手が強かろうと、今の彼女には関係無い。ただ目標達成へのハードルが上がるだけだ。
「今日が貴方の命日だということに、変わりはなくってよ」
英国貴族令嬢。その殺意、揺るがず。
打つ手がないのなら道連れも辞さないと、そんな捨て身上等の雰囲気を放っていた。
彼女のその様がまた、鳥肌と共にスミルの狂気を底上げする。鋼鉄の内に潜む笑顔は裂けん程に口角が上がっており、身体中を巡る血液は
彼は今、絶頂しかけていた。
《マジで最っ高だぜお前!!》
凍てつく殺意と、燃えたぎる狂気。消す為の戦いと、愉しむ為の戦い。蒼い機体と、紅い機体。
しかし、眼前の宿敵しか見えてないその様は、皮肉にも互いに一致していた。
今まさしく、両者の戦いが人工島内へ移ろうとしていることに、まるで気付く様子がないほどに。
絶え間なき、バルバトスという白い悪魔からの猛攻。マッドビーストの他に、それを可能にしているのが伸縮自在のテイルブレードであった。
大振りなグレートメイスを避けたとしても、即座に尻尾が追撃してくる。かと言って防ごうにも、バルバトスの膂力とグレートメイスが組み合わさった一撃は、例えグシオンだろうと体勢が崩れてしまう。そこを尻尾で突かれる。
上手くシザーシールドでメイスを挟んだとしても、あの超合金の塊を粉砕するには時間が掛かり、その間に尻尾の猛反撃を受ける。そもそもが、機動も一撃も超高速且つ不規則なバルバトスを挟むこと自体、真剣白刃取りを成すに等しい奇跡的所業なのだが。
正攻法にも搦め手にも使うことができ、自身の隙をも無くし、如何なる連撃にも繋げられる。そのテイルブレードと、後退を知らない三日月・オーガスが組み合わさることで、バルバトスは鬼神の如き強さを発揮する。
グシオンのSEは既に30%程しかなく、自慢の滑腔砲も全て破壊された。フルフェイスマスクの中では、何の警告かも分からないアラートが常に鳴り響き、昭弘の荒い呼吸音と共鳴していた。
そして昭弘の心に巣食う、思い出と後悔。
しかし、その間に挟まれた昭弘の心境は、不思議と穏やかなものであった。
「ったくよぉ。此処に来なければ・・・皆と出会わなければ」
そう呟きながらも、その表情は優しく笑っていて、どこか誇らしささえ内包しているようだった。敗北が確定しているにも関わらず。
非戦闘員の収容が完了したことへの安堵とも違った。もしそうなら、とうに昭弘は戦闘を放棄している。
昭弘にも良く解らなかった。この大切な場所を、護ると決めたら護る。そういう無意識に近い意地が、彼を突き動かしていた。
《いい加減しつこいよ昭弘》
しぶとい昭弘に、三日月は舌打ちする。
昭弘は三日月の強さを人一倍称えているが、三日月もまた昭弘を認めている。あの頃から変わらないそのしぶとさに関しては、特に。
「オイオイ、なに今更なこと言ってんだよ。前の世界でもそうだったろうが」
そう言うと、昭弘は身体を大の字にする。
重装甲モードは使えない。防御力が上がったとしても、機動力が大幅に低下するあの形態では、バルバトスに容易く突破されてしまう。
故にこの体勢は、昭弘の意思表示に過ぎなかった。学園の守護者としての。
親友のそんな様子を見た三日月は、小さく溜息を吐いた。
殺さないように努めていたが、もう諦めたようだ。
《・・・分かった、じゃあもう殺すよ。こっちも時間無いっぽいし》
その言葉を皮切りに、三日月の殺気がもう一段階上がるのを、昭弘は強く感じ取っていた。
バルバトスの動きが、大きく変わるであろうことも。何故なら三日月は、未だに足技を繰り出していないからだ。
そして足技を解禁したということは、「あの武器」の使用をも意味する。
(『ヒールバンカー』だな)
バルバトスの踵部に仕込まれているパイルバンカー。バルバトスの脚力も相まって、最大火力の一撃を秘めている。
もし直撃すれば、グシオンのSE残量的に忽ち戦闘不能へと追い込まれるだろう。
必然、昭弘の警戒はバルバトスの踵へと集約される。
(三日月の技量なら、足技全てにヒールバンカーを繰り出せると思った方がいい。何発撃てるかは分からんが・・・。兎に角、これまで以上にガードに重きを置くしかない。いやそれ以前に、近付かせないことだな)
そう判断した昭弘は、両サブアームにビームミニガンを呼び出す。滑腔砲無しは頼りないが、この2丁で凌ぐしかない。
同時に、右手にマチェット、左手にシザーシールドを携える。
親友への最後の情けからか、三日月は昭弘の準備を律儀にも待ってくれていた。
だがそれも一瞬で、昭弘の用意ができたと同時に、早速三日月が仕掛ける。
(来る!)
ドゥリリリリリリリ!!
直線軌道で襲い来るバルバトスに、昭弘はビームの嵐を送る。可能なら後退しながらの応射は避けたい。人工島は最早、グシオンのすぐ背後まで迫っている。
昭弘のそんな思考ごと粉砕するように、バルバトスは最小の動きで小刻みな光線を躱していく。やはり、近付かせないのは無理があるようだ。
そして遂にバルバトスは、近接格闘の間合いへ。
メイスは構えていなかった。宛らレスリングの構えのように、両手を前に突き出していた。昭弘の予想通り。
(大方、両手で掴んだ所を、更に前蹴りでズドンってとこだろ?)
好機だった。この瞬間、リーチならマチェットを持つグシオンが有利。
そうして間合いに入るバルバトス。昭弘は、マチェットを最小の動作で横薙ぎに振るう。これなら、例え下方に避けられたとしても、グシオンの腰に組み付くしかない。そうなれば蹴り技は使えない。
案の定、しゃがむように避けるバルバトス。組み付きを予想していた昭弘は、マチェットの柄でバルバトスを殴り付けようとする。
しかし、三日月は昭弘の予想を超えた。
組み付きと見せかけて繰り出したのは、グシオンの土手っ腹へのストレートパンチであった。
「グゥッ!」
左手のシザーシールドは間に合わず、衝撃から後退してしまうグシオン。
すかさず追撃するバルバトスは、一瞬で再度の間合いに入ろうとする。
前のめりの状態から立て直せていない昭弘は、無我夢中でシザーシールドを構えつつ、ミニガンで応戦するしかなかった。
うち2発は命中したが、やはりバルバトスの勢いを止めるには至らない。
バギャンッ!!!
そして満を持しての、バルバトス渾身の跳び蹴りが炸裂。衝撃と同時にヒールバンカーが放たれ、破壊力が上乗せされる。
直撃したシザーシールドは軋むような音を立て、グシオンは更に後方へと大きく吹っ飛ばされる。
―――!!
漸く昭弘は、三日月の狙いに気付いた。
その時には、既にIS学園の本校舎が迫っていた。
(オレごと人工島へ押し込むつもりか!!)
そうはさせまいと、昭弘は盾を構えたまま懸命に姿勢制御を取ろうとする。
それすら三日月は読んでいた。
ダォン!!
瞬時加速を使い、音速を超えた状態からの、バルバトスの両足によるドロップキック。つまりは、そこから放たれるヒールバンカーも二足分の威力。
速度と質量と衝撃が、何重にも加算された最大の一撃だった。
メキ・・・
絶対の鉄壁であるシザーシールドから、遂にそんな異音が響いた。
次の瞬間には、グシオンもまた音速に近い速度で校舎へと落下していく。
どうにか被害を最小限に抑える為、全スラスターの逆噴射で落下速度を落とすが、衝突が回避できないのは明白であった。
対する三日月は容赦も慈悲も無く、落下するであろう地点へと猛追していく。
ズゥゥン・・・
亡国機業エースパイロット、三日月・オーガス。
IS学園人工島へ一番乗りを果たす。
そういえば、三日月って鉄血本編でヒールバンカー使ってましたっけ。すごいうろ覚えです。
多分次で戦闘自体は終結します。
多分。