IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

13 / 110
今回は、色々と冒険してみました。
セシリアと箒は、前々からじっくりと会話させてみたかったんです。というかこの2人に限らず、昭弘以外にももっといろんなキャラ同士で会話させてみたいというのが本音です。だから前半ダルいと思った人は   ゆ     る     し     て



第9話 想うということ

―――――4月20日(水)―――――

 

 4時限目が終わった後の昼休み、箒はセシリアに昼食に誘われた。屋上から見上げる空は未だ快晴だ。

 

 一夏なら兎も角恋敵である自分だけ態々昼食に誘うと言うことは、何か裏があるのではないのかと警戒している様だ。

 

 そんな箒とは対照的に柔らかい微笑を溢しているセシリアは、意を決したのか途端に真剣な面持ちへと変貌する。

 

「単刀直入に申しますわ篠ノ之さん。貴女はもう少し「人付き合い」と言うものを覚えた方が宜しくてよ」

 

 どうやらセシリアも昭弘と同様、先程の箒と鈴音のいざこざに何か思うところがあった様だ。

 そのお節介自体は箒も慣れているが、選りにも選ってセシリアの口から出てきたのは意外だった。自身の知るプライドの塊の様な彼女と、いまいち人物像が重ならない。

 

「…本当に下らないお節介だな。第一貴様には関係の無い話だろう」

 

 箒の案の定な反応を聞いたセシリアは、呆れによって肩の筋肉が弛緩する。

 

「そう言う所でしてよ篠ノ之さん?私が相手だから良いものの、他のクラスメイトに対してもそのような態度を取るおつもりですの?」

 

「それがどうした?私にとっては他人だ。他人にどう思われようと知ったことではない」

 

 それに箒はクラスで孤立している訳ではない。一夏と昭弘がいつも傍に居るではないか。

 

「確かに()()それで良いのかもしれません」

 

 セシリアが強調した“今”という単語を聞いて、箒は次に彼女が何を言おうとしているのか凡そ察しが付いてしまい視線を反らす。

 

「ですが、来年も彼らと同じクラスになれる保証など何処にも有りはしなくてよ?」

 

 更にセシリアは残酷な現実を突き付けてくる。

 

「例え運良く彼らと3年間同じクラスだったとして、その後はどうなさいますの?その頃には貴女の齢は18。その歳になるまで異性の友人しか居ない3年間を過ごした貴女が、社会に出てからまともなコミュニケーションを取れる自信が?」

 

 実際箒は今現在に至るまで、姉である束が指名手配犯となってからはずっと孤独な学校生活を強いられて来た。

 

 日本政府が行った『要人保護プログラム』により篠ノ之家の身の安全を確保するという名目の下、名前を偽り各地を転々とさせられた。だが実際はそれ以外に、篠ノ之束の親族の身柄を抑えることで束側からの日本政府への“接触”を期待していた節もある。悪い言い方をすれば体の良い「人質」だ。

 よって箒は短い期間でしか同じ学校に滞在できず、友人も誰一人できなかった。―――どうせ直ぐ別れるから―――…箒の心に芽生えてしまったそんな気持ちが、他者との関わりに自然とブレーキを掛ける様になってしまったのだ。

 

 それを危惧したからこそ、箒の両親は日本政府に掛け合って娘をIS学園へと入学させた。

 超法規的機関であるIS学園なら、他国からも日本政府からも干渉を受けることは無い。少なくとも3年間は、移動する必要無しに安全な生活が保障される。箒が今現在本名を名乗れているのも、此処が安全だからという理由だ。ある程度ほとぼりが冷めたというのもあるが。

 国際IS委員会も、かの『天災科学者の妹』というだけで入学をあっさり認めてくれた。

 

 無論家族とは離れ離れになる為、当初箒は猛反発した。しかし「これ以上娘に孤独な思いをさせたくない」という両親の必死な説得の末、漸くIS学園への入学を決意したのだ。

 

 以上の様な経緯が箒にはあるので、セシリアからの問いかけには“否”と答える他無い。

 箒が黙って俯いていると、セシリアは再度優しく微笑み箒に語り掛ける。

 

「貴女は今非常に恵まれた学級に身を置いていると私は思いますのよ?」

 

 はっきり言ってクラスの皆は“良い人”たちだ。箒を篠ノ之束の妹と知っていながらそこには一切触れず、箒を特別視しなければ除け者扱いすることも無い。

 

「そして篠ノ之さん、貴女も“良い人”だということを私は知っております」

 

 そう、セシリアが昭弘を侮辱した際も箒はまるで自分のことの様に怒りを露にしていた。彼とはその日が初対面の筈なのに。

 

「……何が言いたい?」

 

 箒は尚も湿った視線のまま訊ねるが、セシリアは笑顔を崩すことなく答える。

 

「貴女に解って貰いたかったのですわ。クラスメイトも貴女自身も“良い人”だと言うことを。だから貴女も皆さんを警戒する必要はございませんし、かと言って無理に仲良くしようとする必要も無くってよ。ただほんの少しだけ心を開くだけで、1組の皆さんとも良い関係を築けると私は思いますわ」

 

 何せ箒も1組の皆も、セシリアが認める“良い人同士”なのだから。

 

「そうやって少しずつ他人じゃなくなっていくものでしょう?人間関係というのは」

 

 箒はセシリアの説教を聞いて正直戸惑っていた。何故そこまで友人でもない自分の為に親身になってくれるのかと。

 箒がそんなことを考えていると、セシリアは思い出したかのように言葉を捻り出す。

 

「あ、最後に一つだけ。次からは「貴様には関係ない」等とは決して言わないで下さいまし。酷く傷つきましたわ」

 

「え?」

 

「貴女が私をどう思おうと勝手ですが、少なくとも私はとっくに貴女を大切な“友人”と思っておりますのよ?弱い癖に強がる所とか、一見凛としている割には子供っぽい所とか、不愛想だけど本当は優しい所とか。正直、見ていて放っておけなくなりますのよ()のこと」

 

 無論一夏の恋敵である事実には変わらないのだろうがそれはそれ、これはこれという訳だ。

 

 セシリアからの告白に、箒は増々戸惑ってしまう。今迄他人だと思っていた相手から突然そう言われては仕方がないかもしれないが。

 しかし心の奥底からは戸惑い以上の確かな嬉しさが込み上げてきたので、箒は気恥ずかしさからか強がって不愛想を貫こうとする。

 

「…お喋りが過ぎましたわね。気を取り直して、早々に昼食を済ませてしまいましょう」

 

「………()()()()、その……ありがとうな

 

「アラ?聞こえませんでしたわよ?」

 

「…何でもない」

 

 そうして変わらぬ青空の下、2人の昼休みは過ぎていった。

 

 

 それにしても、セシリアが普段から啀み合っている昭弘と似たような心配をしていたのはちょっとした皮肉である。

 

 

 

 

 

―――放課後

 

 薄紅色に彩られた空の下、海水が崖に打ち付けられる音が印象的なアリーナCにおいて昭弘は訓練に勤しんでいた。無論巨大なアリーナはその時間帯に一人の生徒だけが使うものでなく、他にも大勢の生徒が使っている場合が殆どだ。

 そして今回も例に漏れず、いやそれ以上の生徒がアリーナCを使っていたので、高速機動訓練は危険であると判断した昭弘は高速切替(ラピッド・スイッチ)の訓練に移ることにした。

 

 高速切替とは、簡単に説明するとISコア内に格納されている武装を「素早く手元に呼び出す」技術(テクニック)である。

 コア内には様々な『後付武装(イコライザ)』が入っており、これを『量子返還(インストール)』することで自由に手元へ呼び出すことができる様になっている。高速切替を使わずに武装を手元で構成するには、通常1~2秒程掛かる。

 又、コア内において後付武装を格納する領域を『拡張領域(バススロット)』と呼ぶ。この拡張領域に格納できる武装数には限度があり、グシオンも例外ではない。

 

 さて早速訓練に取り掛かる昭弘。

 先ずは両手と両サブアームに、それぞれミニガンと滑腔砲を呼び出す。所要時間は0.1秒。

 次に両手に現れたミニガンを引っ込め、左手にハンマー右手にハルバートを呼び出す。引っ込めてから更に呼び出す迄の時間は0.2秒。

 今度は両サブアームの滑腔砲を引っ込め、空いたサブアームの手元にミニガンを呼び出す。こちらの総所要時間は0.3秒であった。

 

(両手に関してはまぁ上々か。ただ、サブアームだと僅かに時間が掛かるな。…納得いくまでもう少し連続してやってみるか)

 

 昭弘は暫くの間、高速切替の練習に勤しむことにした。

 サブアームにハンマーとハルバート、そこから更に左サブアームにあるハルバートを引っ込め空いた左サブアームで腰に外付けされているシールドを取り出し、それと同時に右サブアームのハンマーをミニガンへと変える。

 この様な高速切替による組み合わせをひたすらに繰り返していった。

 

 

 

 その日の訓練を終えた昭弘は、自室のある寮へと向かっていた。実はこれから『ある人物』と連絡を取る予定なのだ。

 

 ところが丁度寮の入り口が昭弘の視界に入ると同時に、髪を左右で結んだ女子生徒が寮の入り口から飛び出して来た。しかも泣き喚きながら。

 

 昭弘はそれだけで、何となく“嫌な予感”がした。

 

「あっ!アルトランド丁度良かったわ!ちょいと面貸しなさい!」

 

 鈴音はそう言いながら、強引に昭弘の腕を引っ掴む。

 

 残念ながら電話は後回しだ。

 

 

 

 一先ず人気の少ないベンチに腰掛けた2人。すると、鈴音はまるでミニガンの如く愚痴を零し始める。

 

「もうほんと信じられないあの一夏(馬鹿)アタシが中学の頃にあいつと約束した「大きくなったら毎日酢豚を食べさせてあげるね!」って約束を勘違いして覚えていたのよ何よ酢豚を御馳走してくれるって普通は女子からそんだけ言われれば嫌でも理解するもんでしょあぁもう増々イライラしてきた「パー」じゃなくて「グー」で殴っておくべきだったわ大体何よこの学校普通は男女で部屋は別々にするもんでしょうしかもそれが寄りに寄って(アイツ)と一夏が同室だなんてちょっとぐらい譲ってくれたっていいじゃないそれとも何まさかアイツアレで一夏を独占しているつもりなの自分だけが一夏の幼馴染だとか本気で思ってんじゃないでしょうね!!?」

 

 句読点をすっ飛ばしながら息も絶え絶えに語る鈴音に対し、昭弘は落ち着くよう控え目に手を翳す。

 

「要約すると、お前の「愛の告白」を一夏は今の今迄勘違いしていた。そんでもって箒が一夏と同室なのが気に食わないと」

 

 要点を解りやすく纏めた昭弘に対し、鈴音は改めて同意を求める。

 

「ええそうよ!アンタだって一夏が悪いと思うでしょ!?」

 

 そう言われて、昭弘は少し頭を捻らせる。確かに昭弘も、一夏のそういう所に何も思わない訳ではないが。

 

「だからと言って、一夏を叩いて良い理由にはならん」

 

「は、はぁ?女の子との約束を破るような奴叩かれて当然でしょ!?」

 

「ああ、確かに約束を破るのは良くないことだ。けどな、暴力を振るうよりも先にもっと言うべきことがあったんじゃないのか?」

 

「それは…」

 

 口ごもる鈴音。

 その様子を見て自身の予想が図星だと踏んだ昭弘は、呆れを隠しながら助言を言い渡す。

 

「…箒にも言ったんだがな、回りくどい事しないで素直に「好き」と言えばいいんじゃないのか?」

 

 しかし、鈴音は顔を赤く染めながら猛反発する。

 

「ばっ馬鹿じゃないの!?言えるわけないでしょーがそんなこっ恥ずかしいっ!!」

 

 だが致し方無しだ。恋愛に関して知識の乏しい昭弘にとって、異性に「好きだ」と想いを伝える感覚はイマイチピンと来ないのだ。

 だから馬鹿と言われても否定しないが、それでも昭弘は持論を展開する。

 

「お前が思ってる以上に、一夏は子供なんだ。良い奴だが察しは悪いし、他人の気持ちや想い今自分が置かれている状況も良く理解していない節がある。…凰、お前が一夏に告白した時どれ程の想いを込めたのかは知らんが、飾り立てた言葉で相手が理解しないんなら素直に言うしかないだろう」

 

 昭弘が頭の中から捻り出した言葉に対して、鈴音は神妙な面持ちとなって黙りこくってしまった。

 

 一夏に対する憤りが消えた訳ではないが、昭弘の冷静且つ客観的な言葉によって鈴音自身も変に冷静になってしまったのだ。

 一夏が朴念仁だなんて、彼女にとっては最初から解りきってることだ。だのに感情に任せ、つい手を上げてしまった。

 

 そうなると鈴音を襲うのは後悔の念だ。折角久しぶりに大好きな一夏に逢えたのに、自分の想いに気づいて欲しかっただけなのに、何であんなことしてしまったのだろうと。これじゃあ告白以前の問題だ。

 

 だがだからと言って此方から一夏に謝るのも腹の虫が収まらない。朴念仁な一夏にだって非はあるのだ。

 

 

 どの道先ずは仲直りからだ。何か切っ掛けがあればいいのだが。

 

「そう言えば、クラス対抗戦では一夏と凰が戦うんだったよな?」

 

「…ええ。……ってソレよぉっ!」

 

 勢い良く飛び上がり、昭弘を指差す鈴音。

 

「もう思いついたのか?」

 

「ぼんやりとね!細かい部分は部屋でじっくり考えるとするわよ!」

 

 再び後悔から立ち直った鈴音はそう言って立ち去ろうとする。と思いきや、クルリと振り向いて昭弘に次の言葉を贈った。

 

「その…ありがとねアルトランド。大分冷静になれた。…結構難しいんだよね、好きな人に正直に“好き”って伝えるの」

 

 恥じらい、それと相手の反応。他にも原因は色々あるのだろう。解り易ければ解り易い程言葉とは鋭く磨かれるものだと、昭弘だって理解は持っている。

 

「礼はいい。それより、何で態々オレに相談したんだ?」

 

 失礼だがこんな恋愛素人の昭弘なんかよりも、2組にはもっと適任な娘がいるだろうに。

 

 すると鈴音はキョトンとしながら淡々と返答する。

 

「だってどいつが一夏を狙っているか分からないじゃない。相談相手まで一夏に気があったら、逆にアタシが蹴落とされかねないわよ」

 

「…だから男のオレに相談した訳か」

 

 意外と狡猾な奴だなと、昭弘は心の中で鈴音への印象を再構築した後再び口を開く。

 

「それと凰、箒のことなんだが…」

 

「分かってる。さっきはアタシもイライラしててああ言ったけど、別にあの娘と悶着起こした訳じゃないから安心して。まぁ物凄い剣幕でアタシを睨んではきたけど」

 

(意外だな、あの箒が)

 

 何か心境の変化でもあったのかと、昭弘は箒のことを考えながら一先ず鈴音と共に寮の入り口へと赴くことにした。

 

 

 

 

「あ」

 

「うげ」

 

 昭弘と鈴音は、寮の入り口に居る人物を見て心の声を漏らす。

 

 入り口では一夏が周囲を見回しながら頭を掻いていた。汗の量からして、どうやら鈴音を探し回っていた様だ。

 2人に気づいた一夏は、至る所から流れている汗を気にすることなく駆け寄ってくる。

 

「鈴!昭弘も!結構探したんだぞ鈴!?」

 

「……フンッ」

 

 鈴音は一夏の言葉にそう短く返すと、そそくさと自身の部屋のある3階へと向かっていった。

 一夏は鈴音からの冷たい反応にガクリと肩を落とすと、今度はまるで縋る様な眼差しで昭弘を見つめる。

 

 昭弘はその眼差しだけで「相談に乗ってくれ」と彼が言っているのが解かった。

 

 

 

 

「ったく鈴の奴、思いっきり引っ叩きやがって未だイテェし。オレが何したって言うんだよ…。おまけに箒からは「馬に蹴られて死ね!」って…」

 

 昭弘の部屋で左頬を抑えながら、一夏は愚痴愚痴と言葉を吐き出し始めた。

 隣の部屋には箒が居るが、IS学園寮の防音対策は万全中の万全なので愚痴を聞かれる心配は無い。

 

「氷でも持ってくるか?」

 

「いや大丈夫。わりぃな心配掛けて」

 

 昭弘は事の顛末を概ね把握しているが、話を進める為にも取り敢えず原因を聞いてみることにした。

 

「何か心当たりは無いのか?」

 

「多分、原因は酢豚の話だとは思うんだ。鈴が「あの時の約束覚えてる?」っていうから、オレが「酢豚を奢ってくれるって約束だろ?」って答えたら「スパァン!」だよ。何でアレで怒ったのか理由が解んなくてさ…」

 

 成程確かに、言葉の真意を解ってなければ叩かれた一夏からすると意味不明だろう。それでは何をどう謝れば良いのかも解らない。

 

「…理由を本人から聞き出すしかないだろうな」

 

「けどどうやって?今の鈴はその…あんな状態だし」

 

「まぁ()()無理だ。暫くは様子を見た方が良い」

 

「……正直、怖ぇよオレ。ずっと様子見している間に鈴と疎遠になったらって思うと…」

 

 一夏はそう言いながら右手を額に当てると、力無く項垂れてしまう。

 

 昭弘から見ても、はっきり言って一夏は馬鹿で鈍感だ。だがいくら朴念仁と言っても、今迄親しい仲だった者と疎遠になるのは嫌に決まっている。それが幼馴染なら猶のことだ。

 ある意味、鈴音以上に一夏の方が心細いのかもしれない。彼からすれば、理由も解らないまま絶交されかねない状況なのだから。

 

 昭弘はそんな一夏の左肩に右手を乗せると、優しい口調で語り掛ける。

 

「幼馴染ってのは一度の喧嘩で疎遠になる程、脆い関係じゃないだろう?凰を信じろ」

 

 昭弘がそう言うと、一夏は項垂れていた首を上げる。

 

「少なくとも「クラス対抗戦」迄は、辛抱して待ってみろ。…なに、また精神的にキツくなったら何時でもオレんとこに来い」

 

「……分かった。もう少し鈴の事を信じて待ってみるよ。…いつもありがとな昭弘」

 

 そう言って一夏は昭弘の部屋を後にした。

 

 前のクラス代表決定戦の時もそうだが、一夏は愚鈍に見えて意外と精神面は繊細だ。毎回こうやって昭弘へ相談しに来るのがその証拠だ。

 

 昭弘は時々思うのだ。何かの拍子に一夏が壊れてしまうのではないかと。根拠は無いが毎晩自身の部屋で力無い一夏を見ていると、そう思わずにはいられない。

 

 

 だが一夏も普段の元気を取り戻したのだ。昭弘も気持ちを切り替えるしかないだろう。

 

 

 

―――19:49

 

 昭弘は深緑色の液晶携帯を取り出すと、電話帳に乗っている人物の名前をタッチする。着信画面にデリーの名前が表示されている時とは違い、にこやかな表情の昭弘がそこに居た。

 

トゥルルルル…トゥルルルル…トゥルルルル…

 

《はい、クロエ・クロニクルです》

 

「久しぶりだなクロエ。オレだ、昭弘だ」

 

《昭弘様!お久しぶりです》

 

 クロエ・クロニクル

 束の下で生活している盲目の少女だ。何でも某国の研究所にて非道な人体実験をされていた所を、束率いるゴーレム達に助けられたのだそうだ。

 今は、束や他のゴーレムたちから娘同然の様に大切に育てられている。昭弘にとっても、クロエはこの世界に於ける掛け替えの無い家族の一人だ。

 

「悪いな、電話を掛けるには遅い時間帯か?」

 

《いえ、私にとってはまだまだ大丈夫な時間帯です。どんなご用件でしょうか?》

 

「いや、ただ久しぶりに家族の声が聞きたくなってな。束にも連絡を入れようと思ったんだが、色々と忙しいだろう」

 

 昭弘は此処IS学園に来てから、束たちと未だに連絡が取れないでいた。

 日々教師から命じられる少なくない課題、放課後を使ってのMPSの機動訓練、先の様な一夏や箒からの相談事、そして「学校」という不慣れな空間での生活。

 昭弘は最近になって漸くこれらの「日常」に慣れて来たのだ。慣れてくれば、自然と心の余裕も生まれてくるもの。そんな心の余裕が最も欲したものが、家族の声だったのだ。

 

《そうでしたか。私も久しぶりに昭弘様の声が聞けて嬉しいです》

 

「世辞でもそう言って貰えると嬉しい」

 

《お世辞じゃないです。…全く、そういうところは相変わらずのご様子で》

 

「ハハ、すまんすまん」

 

 こうして、昭弘とクロエの長電話による近況報告が始まった。

 

 クロエの話によると、最近では束のラボにてゴーレムによる騒ぎがあったらしい。

 発端はタロとジロの言い争いであり、原因がクロエへの教育方針についてと言うのだから驚きだ。それで結局そのままヒートアップで殴り合い、仲裁に来た他のゴーレムも加わっての大乱闘に発展したらしい。

 当然あのデカイ剛体が暴れれば、周辺の機材は見るも無惨な姿になるだろう。クロエが怪我一つ負わなかった部分だけは、ゴーレムたちの空間把握能力を評価すべきたろうか。

 

「束から相当シゴかれたんじゃないのかアイツら」

 

《はいそれはもう。ざまぁないです》

 

「まぁそう言ってやるな。結果はどうあれお前のことを想っての行動だろう」

 

 昭弘とクロエが電話越しにそんなやり取りを繰り返していると、クロエの声が電話越しから僅かに離れる。

 

タロ?そろそろ代わって欲しいと?しょうがないですね…。昭弘様、タロが代わりたいそうですが宜しいでしょうか?》

 

「勿論だ」

 

 他の家族とも話したい昭弘が即座にそう返答すると、クロエはタロと代わった。

 

《昭弘様!オ久シュウゴザイマス!》

 

 束からシゴかれた後にしては割りと元気そうなタロであった。

 

「おう。その元気を少しオレに分けられないか?」

 

《…流石ニソコマデノ元気ハゴザイマセン。本当ニ死ヌカト思イマシタ。束様ノシゴキハ》

 

 どうやら昭弘の為に気丈に振る舞っただけらしく、思った以上にダメージは大きいようであった。

 

 そしてジロとの仲直りだが、少なくともタロから謝るつもりは無いとのこと。何でもジロはクロエのことを何も解ってない、クールぶった馬鹿だとか。

 因みに、ジロが裏でタロのことを明るいだけの馬鹿と言っていた事実は伏せておく昭弘。

 

「確かにお前から見れば、ジロはクロエのことを余り理解できていなかったのかもしれん。だがな、ジロだってクロエのことをお前に負けない位大切に想っているんだ。そこだけは評価してやれ」

 

《デハソノ1点ダケ評価シテ残リノ99点ハ見下シマス》

 

「それじゃ本末転倒じゃねぇか…」

 

 昭弘達は、その後も電話越しに色とりどりな会話を繰り返した。

 

 久しぶりの家族の声。それは昭弘に久しぶりの安寧をもたらしてくれた様だ。

 

 

 

 そうして電話が終わった後、今週の土日に会えないだろうかとふとそんな事を昭弘は考えていた。

 

 

 タロたちゴーレムは“機械”だ。機械に家族の様な情が湧くことは、可笑しいことなのだろうか。

 等と言った思考を「家族に会いたい」という感情に上書きされた昭弘は、おめでたくもごく近い未来のことばかり考えてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 これから訪れる悲劇も知らずに。




殆ど説教かカウンセリングばっかじゃないか(呆れ)

最後は少々不穏が残る様にしてみました。
今後昭弘に訪れる悲劇・・・それはいったい・・・?

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。