それと、こっから原作改変が大幅に加速していきます。
ISは2種類の
その内の1つ目が、太陽光ならぬ「月光」である。
太陽光の反射によって生じる、月の光。篠ノ之博士は、その光がある種の粒子であることを解明し、これのEN変換に成功する。
そのEN変換効率は、太陽光など比較にすら及ばず、原子力をも上回る程であった。また、粒子であるが故に天候の影響を一切受けず、月の満ち欠けを加味しても安定した供給が実現された。
彼女はこの粒子を『ラビット粒子』と命名した。
2つ目は「月の潮汐力」である。
篠ノ之博士は、潮の満ち引きより算出した独自の計算式から、月の重力EN抽出を成し遂げる。
ラビット粒子から生じるENは、単体だと非常に不安定なものであった。しかし、この重力EN『キャロット重力源』を補助的なENとして組み合わせることで、その安定化に至った。
安定化の最たる例が、ISが展開するENシールドである。もしラビット粒子EN単体であれば、搭乗者はシールド熱によって蒸発、良くて黒焦げになってしまう。生身の相手に触れるなど以ての外。キャロット重力源がそのコーティング的存在として機能することで、搭乗者及び触れる相手の生命を護っている。
IS学園の各エリアに配置されている、広大なアリーナ。そこのフィールドに使われている区画シールドも、ISと同様の原理で稼働している。
つまりは、フィールド内に居ようと観客席に居ようと、生身の人間に影響は無い。キャロット重力源が供給されている限りは。
IS学園3年生、及び亡国機業工作員でもある『ダリル・ケイシー』は、そのことを識っていた。
今彼女は、フィールドの地下に位置する区画シールド制御室に居た。恋人である『フォルテ・サファイア』、そして気絶し縛られている整備科教員と共に。
「・・・フォルテ、今ならまだ引き返せるぜ」
形状や色の異なる様々なボタンを操作しながら、ダリルはそう促す。
対するフォルテは、普段と変わらないおちゃらけた笑みを向ける。ホログラム化されたコンソールに、絶えずそのか細い指を這わせながら。
「ダリルのやりたいことなんでしょ?なら、私のやりたいことでもあるッス。学園のみんなを裏切るのは、忍びないッスけど」
そう、ダリルは亡国機業に忠誠を誓っている。自身が使い捨ての駒だと知っていて尚。叔母であるスコール、そしてトネードの2人なら、この腐った世界を変えてくれると信じているからだ。
学友たちのことは好きだが、世界の革新の為なら切り捨てる。その揺るぎない覚悟を、彼女は学園生活の中でも守り抜いてきた。
唯一の誤算は、命よりも大切な恋人ができてしまったことだ。
「うし、補助弁に緊急弁、主導弁以外の閉鎖は完了だ。・・・いいなフォルテ、学園側にはオレに脅されたって言えよ」
「こっちも、手動による操作準備OKッス!後はボタン一つで、フィールドの人間は蒸し焼きにできるッス」
後半部分を無視されたことに、ダリルは表情を軽く歪める。
決して巻き混んではいけない人間を巻き混んでしまった。しかし、愛する人間を作ってしまった時点で、こうなることもまたダリルは知っていた。
きっとそれが、これまで多くの人々を騙し続けたことに対する、ダリル自身へのしっぺ返しなのだ。
そんなごく短い感慨に浸ったあと、ダリルは最後の仕上げに入る。
「ブリュンヒルデに通信を入れる」
「・・・普通科3年のダリル・ケイシーだな?この非常時に冗談か?」
ダリルからの通信に、千冬は戦いながらそう返す。
対するダリルは、冗談ではないと言い聞かせるように、声の抑揚を変えることなく再度千冬に告げる。
《もう一度言うぜ織斑千冬。アリーナAの区画シールドはオレが掌握した。フィールド内の人間を蒸し焼きにされたくねぇなら、このまま降伏しろ。ISのことを知り尽くしてるアンタなら、それが可能だって分かんだろ》
加えて通信元は、アリーナAの区画シールド制御室。どうやらふざけている訳ではないらしい。
そして千冬は、フィールドに使われているシールドが、絶対安全とは言い切れないことも識ってしまっている。定期点検の都合上、手動操作によるEN供給の調節は可能だ。重力源の供給を止めることも。
しかし、仮にダリルが亡国機業の工作員だとして、本当に区画シールドを掌握したかは定かではない。嘘による揺さぶりは、情報戦のセオリーだ。
どちらにせよ、まずは管制塔にて操作弁系統の状態を確認するしかない。
《10秒以内に降伏意思を示せ。さもねぇとスイッチを押す。・・・10・・・9・・・8・・・》
向こうも時間が無いのか、確認を待ってはくれないらしい。
ジュネーヴ条約上、一度でも降伏の意志を示した場合、再度攻撃を仕掛けることはできない。亡国機業にとっては条約など関係無いが、IS学園はそうもいかない。
つまりは、ダリルの言葉が全てブラフだったとしても、負けを認めれば負けなのだ。
千冬は決断を下すべく、10秒という短い時間で考える。
(もし発言全てがブラフだった場合、フィールド内の人間は人質とはいかない訳だ。敗北したとしても、交渉に応じる必要性は無い。逆に彼女の発言が本当だった場合、無視すればフィールド内の人間が全員犠牲となる。・・・やむを得んな)
千冬は腹を決めた。
これまでの奮闘が水泡に帰す、最悪だけを回避する決断。
本来なら絶望と虚しさにその身を委ねたいが、そんな時間すら今の千冬にはない。
「分かった、降伏する。信号弾を放つよう、監視班に連絡を入れよう」
そして現在。IS学園のグラウンドでは、戦闘中だった面々がズラリと揃っていた。
校舎側には教員部隊、及び昭弘たち専用機持ち、そして偶々フィールド外に居た数名が。
反対側にはスコール率いる亡国機業のMPS部隊。バルバトスやグリムゲルデ等、エース機の姿もある。そして更に後方には、司令機と思しき漆黒の機体が、その巨体を降ろしていた。
人工島周辺空域には、状況を伝えられた航空自衛隊打鉄部隊が待機していた。
学園側には、死者も怪我人も出なかった。ISのシールドと操縦者保護機能、そして「SE残量10%以下となった場合の撤退事項」という学園有事規則、それら全ての賜物だった。
しかし皆、生徒も教員も虚ろな顔をしていた。それは敗北したことへのショックというよりも、精神的な疲弊を物語る表情だった。
中には、既にISから降りている教員も居る。人殺しの道具から逃れるように。
皆、認めるしかなかった。彼女たちは学園を護れなかったことより、戦いが終わったことに安堵していた。それが実戦の現実だった。
千冬に説明を求めていた数少ない人物は、昭弘、セシリア、簪、そして楯無の4人であった。
今までの奮闘は何だったのだと、昭弘とセシリアと簪は無機質な目で訴える。ただ昭弘とセシリアの場合、図らずしも戦闘が終わるという願いが叶ってしまった為か、その心境は複雑だった。
だが楯無だけは、沈痛な面持ちで居た。収容完了までアリーナAを護っていただけに、やるせない気持ちがあった。
話したいことは山ほどある、気を配りたい相手も山ほど居る。だが今の4人にとっては、この戦いの行く末こそが最優先事項であった。
そんな中、尚もISを纏っている千冬たちに対し、遠くからスコールの声が響く。
《武装解除って話はどうなったのかしら?》
《少し待って欲しい。シールドの状態が確認できるまで、ISから降りる訳にはいかない》
千冬の言葉を聞いて、渋々了承するスコール。時間稼ぎを疑っているのだろうが、千冬にそんなつもりはなかった。
そして、アリーナAの管制塔に赴いた教員から通信が届く。内容は、ダリルの言葉が本当だと裏付けるものだった。
千冬は諦めたように項垂れた後、次のように告げた。
《アリーナAフィールドの区画シールドが、敵に掌握された。フィールド内の人間は全員人質ということだ。諸君、ISから降りる、またはISを待機形態に戻すように》
それが改めての敗北宣言だった。
皆、何の抵抗も見せずにISから降りていく。
憤慨していた3人も、納得いかないながらも待機形態に戻る。3人共ISコアと一体化しているが、戻る際に特段の異常は見られなかった。
途中で昭弘の「クソッ」という呟きが木霊するだけだった。
自身も含めて全員が無防備になったのを確認すると、千冬は妹の側に居た布仏虚へと振り向く。
生徒会の長である楯無もまた、同じく虚を見る。その眼差しは追求というより、憐憫や労いといった暖かいものを含んでいた。
「布仏虚。君が覚えている限りの、事の顛末を話してくれるか?憔悴している時に申し訳ないが・・・」
虚はあの後も、フィールド内ではなくアリーナ入口で座り込んでいた。
力が抜けて立てなくなったというのもあるが、何より妹の帰りを待っていた。妹が外に居る中、自分だけフィールド内に戻ることだけは、どうしても憚られたのだ。
そして整備科教員も同じく、虚たちを置いてフィールドに戻ることはできなかった。
幸運にも、その結果として彼女たちは助かってしまった。
ならせめて、助かった者として少しでも力になろうと、虚は震えの残る声で話し始める。
「・・・フィールドへの収容前、シールドの発現に名乗り出たのがケイシーさんとサファイアさんでした。私たち生徒会は誘導と身体チェックをせねばならず、整備科教員は補給の準備をしなければならない。なので正直、その時は助かりました。勿論、2人の身体チェックも済ませた上でした」
「その際、教員は同行させたのか?戻ってこないことに気付いたのは?」
「一人ですが同行していきました。確か八尾先生です。戻ってこないのも、その場で待機しているだけだと思いました。フィールド直下に位置する制御室も、安全な空間の一つです。一旦外に出て、再びフィールド内に入るよりかは安全だと誰もが判断しました。何より―――」
そこで一旦区切ると、虚は声の震えを大きくしながら語りだした。最早声だけでなく、身体も酷く震えていた。
「何より・・・ケイシーさんとサファイアさんを信じてました。代表候補生であり、誰よりも頼りになるあの2人なら、きっと大丈夫だと・・・。敵のスパイだなんて・・・微塵も考えていませんでした・・・」
遂に虚は泣き出してしまった。工作員を見抜けなかった自分たちの不甲斐なさ、そして信じていた学友に裏切られた無念が、彼女の胸を締め付けていた。
俯く楯無も、深い後悔に苛まれていた。更識の人間を、もっとフィールド以外にも配置できていれば。そう結果論で己を責めていた。
千冬はそれ以上何も訊かず、彼女たちの肩に手を置いていた。
その様子を見て、そして事の顛末を聞いたことで、昭弘たちも落ち着きを取り戻していく。悔やんでいるのは誰しも一緒なのだ。今は彼女たちに習って、問題解決に尽力すべきだろう。
「ありがとう、良く話してくれた。・・・吉成先生、点検業者でもない生徒が、EN供給を手動で調節することは可能だと思いますか?」
千冬に問われ、整備科の吉成は顎に手を当てながら考える。
千冬も吉成も、同行した八尾が工作員だとは流石に考えていない。多くの機密を取り扱うIS学園教員が工作員だとしたら、とうの昔にIS学園は学園として成り立たなくなっている。
となれば八尾の安否が気になる所だが、今は情報を少しでも集めるしかない。
「不可能ではないでしょう。区画シールドの仕組みを授業の一環で教えることはありますし、制御室には操作マニュアルの冊子もあります。何より、ケイシーさんやサファイアさんのスペックなら、そう時間は掛からないかもしれません」
ハッキングへの警戒により、操作マニュアルは冊子化されていた。無論厳重に保管されてはいるが、教員のカードで解錠することができる。
恐らくダリルは、教員の同行まで計算づくだったのだ。後は隙を突いて、当身で気絶させてしまえば良い。工作員であるのなら、その程度の体術は習得してある。身体チェックを受けた所で何の問題も無い。
情報がある程度集まってきた所で、各々が解決策を出し合う。
「織斑センセイ。ハッキングとかで何とかならないスか」
「無理だ。区画シールドは制御室からの有線操作だからな」
「でしたら狙撃は如何でしょう。地下の実行犯とシステム本体を狙えずとも、MTで配線さえ破壊できればシールドを解除できるのでは」
「それもリスクが高すぎる。配線は全て壁の中だ。もし重力源側の配線を誤射すれば、フィールド内の人質は終わりだ。第一、ここで妙な動きをすれば連中に気取られる」
「じゃあ・・・制御室に閃光弾を投げ込んで無力化・・・とか。フィールドの人たちなら・・・気取られませんよね」
「言っていなかったが、制御室にも監視モニターが多数存在する。制御室の前に立った時点で、室内の実行犯には丸分かりだ」
「なら管制塔の権限で、制御室の監視モニターを無効化するのはどうです?それか制御室の電気系統を遮断して、シールド自体を無効化するとか」
「そんなことすればスイッチを押されてしまうし、区画シールドの電気系統は制御室だけで独立している」
昭弘、セシリア、簪、楯無、誰の案も有効性は期待できなかった。
今回ばかりは、状況的に相手が有利過ぎるのだ。学園側の行動は全て相手に筒抜けであり、それでいて死のスイッチに指を添えられている。地下であるが故に、狙撃による無力化も困難。
詰みだ。
誰もが思ってしまったことだが、どうしても言葉にしたくなかった。
何か妙案がないか。未だ精神が辛うじて保っている者たちは、黙って必死に頭を動かしていた。
しかし、それも終わりの時が来た。
《そろそろ交渉に入って良いかしら?時間稼ぎと見なすわよ》
時間切れのようだ。
スコールは交渉と言っているが、交渉とは名ばかりの一方的な要求となるだろう。カードは向こうが握っているのだから。
先程から千冬も薄々気付いていたが、相手は端からこれが狙いだったのだ。
橋を落とされた時点で、人工島内で安全な場所と言えば区画シールドの内側以外無い。後はフィールドに入ってしまえば、周辺で戦闘が続いている限り誰も外へは出ない。亡国機業からすれば、区画シールドの掌握までに戦闘が続いていれば、それでほぼ勝利は確定していた。
ただ、敵部隊の積極的な攻勢から察するに、真の作戦目標は伏せられていたのだろう。情報が漏れる危険性もあるし、必死になって貰った方が作戦成功率も上がる。どの道、部隊が人工島を占拠すればそれはそれで勝ちなのだから。
唯一徹底的に周知していたことは、学園側が降伏した際の即時戦闘中止だ。でなければ、こうもあっさりとMPS部隊が静まる筈無い。
千冬がそんな敵の思惑を考えたところで、今更何も変わることはない。フィールド内への誘導を指示したのは、他ならぬ千冬自身なのだから。
「・・・・・・全て私のミスだ。皆、すまない」
千冬は力無くそう言うと、交渉へ向かうべく重い歩を進める。それは宛ら断頭台に登っていくような悲哀を滲ませていた。
千冬の言葉を聞いて、その冷たい背中を見て、昭弘は自身のことを酷く侮蔑した。俯く他3人も、似た心境なのだろう。
結局、自分たちがもっと早く敵軍を撃退できていれば、こんな事態にはならなかったのだ。自分たちがもっと強ければ。
なのに千冬は、自分一人の責任で片付けようとしている。昭弘からすればこんなに惨めなことはない。
ならば、昭弘たちの行動は一つだった。
「・・・行くぞ」
そう言って千冬の背中を追う昭弘。セシリア、簪、楯無もそれに続く。
交渉の場なんて、昭弘には初めてだ。何の助言もできないし、手伝えることも無いだろう。
それでも、今の千冬を遠巻きから眺めるなんて、彼等にできる筈もなかった。ならせめて側に居ることで、千冬の精神的負担を少しでも和らげたい。そんな思いが犇めいていた。
そしてその目は既に、千冬より先の存在を見据えていた。昭弘はバルバトスを、セシリアはグリムゲルデを、簪はゴールデン・ドーンを。そして楯無は、学園の明日を。
そんな4人に、比較的切り替えの早い者たちから追従した。無人ISたち、本音に虚、整備科教員ら、そしてラウラの順で。
満身創痍の教員部隊も、どうにか力を振り絞って続いた。
皆、想いは同じようだ。
「・・・」
「鈴・・・行けそうか?」
未だに恐怖で震えている鈴音に、同じく精神的に参っているであろう箒が訊ねる。一夏とシャルロット、それにジロも、鈴音の歩み出しを待っていた。
敵陣に佇むシュヴァルベ・グレイズは、遠くから眺めるだけでも鈴音の悪寒を掻き立てた。
気持ち悪い、近付きたくない。けどここで鈴音だけが残れば、みな彼女のことを今後は丁重に扱うだろう。心に傷を負った者として。
「・・・アタシは大丈夫。行きましょう」
凰鈴音としての自我が、そんな情けない未来を許す筈がなかった。
自身を奮い立たせた、なんて高尚なものではなかった。戦いが終わった今、こんな歩みに意味なんて無いのだから。
彼等彼女等が前に進もうが、戦いの幕は降りたのだから。
幕は「敗北」の二文字を掲げるだけなのだから。
結局交渉まで行けませんでした。
サーセン。