太陽が照り付ける中、向かい合う両陣営。
交渉が始まるまでの間、千冬は理事会に許可と確認の連絡を入れている。
亡国機業は既に段取りが済んだのか、千冬のことを静かに待っていた。既に、司令機からは記録係のような女性も降りてきていた。
その間、昭弘もまた敵軍と自軍の様子を観察する。楯無の観察眼には遠く及ばないが、心構え的には幾らかマシになる。
昭弘が一番最初に目を奪われたのは、ホログラフィックによって姿を現していた「その人物」であった。
(あの2人・・・確かISTTに居た)
敵将と思しき、黄金のISに身を包んだブロンドの女。そしてそのすぐ隣、立体映像でこの場に姿を現した、同じくブロンドの男か女か判らない人物。
成程、と納得を示した昭弘。あの頃に感じていた薄気味の悪さは、気のせいではなかったらしい。
箒も覚えていたのか、弱り果てた精神を懸命に押し殺すように、一時だけその2人に鋭い眼光を送った。
すると、嘗てロイと名乗っていたその人物は、昭弘に気付くと融和な笑みを浮かべる。そして足音の無いホログラムのまま、昭弘へと近付いてくる。敵将らしき女は、その様子を横目で見ているだけだった。
《すまないな、アルトランドくん。嘗て君に偽名を使ったこと、今は直接会えないこと。まとめて謝罪しよう》
昭弘は敢えて何も言わず、警戒の籠もった眼差しを向ける。相手の出方を窺っているようだ。
トネードは特に気にする様子もなく続ける。
《改めて、アタシは『トネード・ミューゼル』。後ろの金ピカが妹の『スコール・ミューゼル』だ。今更隠しても仕方あるまい》
「スコール・・・ミューゼル」
隣で呟く簪を尻目に、昭弘は漸く口を開く。
「アンタが親玉か」
《いや、正確に言うと少し違う。話せば長くなるが・・・兄妹2人で組織のトップ、とでも言っておこう》
その言葉を聞いて、簪の表情が曇る。あの時、投降を促さず直ちに止めを刺していれば、組織を半壊させることができたかもしれない。そんな思考に沈む表情だった。
《自己紹介はこのくらいにして。今回の交渉はアルトランドくん、君にとっても有意義なものとなるだろう》
その言葉により、今度は昭弘の表情が険しくなる。
「どういう意味だ?」
《すぐに分かるさ》
それだけ返すと、トネードはスコールの元へと戻っていく。交渉内容を把握しているスコールは、短い溜息を吐く。
嫌な予感が、昭弘の心に充満していく。得体の知れない相手が言い放つ「有意義」。それがこんなにも身の毛のよだつものだとは。
その予感を振り払うように、昭弘は簪へと訊ねる。
「簪。あのスコールとか言う女・・・戦ってみてどうだった?」
「うん・・・強かったよ。昭弘と同じくらいか・・・もっと強いかも。ボコボコにしたから・・・今日はもう戦えないんじゃないかな」
昭弘よりも強い相手を、更に圧倒してしまう簪。側で聞いていた楯無は、目眩からか目尻を押さえていた。
次いで昭弘は、セシリアの様子が気掛かりだった。本音を庇うように前に立ち、眼前の相手を油断無く睨んでいる。
彼女のそれは、普段の毅然とした態度からは程遠く、捨て身のような必死さが身体中から漏れ出ていた。後悔に沈む簪とは違い、相手を斃し切れなかったことへの焦りだけが、今の彼女を支配しているようだった。
その相手を、相手が今も纏っている機体を、昭弘は己が視界に納める。
(見覚えのある紅い機体だ。グレイズといい他の機体といい・・・こんな偶然あんのか?)
亡国機業のMPSは、間違いなく前の世界に存在した機体、或いはそれを模したものだ。
疑問が更なる疑問を呼び、昭弘の想像が壮大なものとなっていく。この世界は何なのか、何故自身と三日月だけこの世界に来たのか。
そんな物思いに耽っていると、グリムゲルデのパイロットが三日月に話し掛ける。
「あのガチムチが三日月の元相棒か?」
《まぁそんなとこ。・・・というかスミル、一応メット着けたら?金色のモジャモジャに凄い睨まれてるけど》
セシリアをモジャモジャ呼ばわりしたこと、そして素面のままでいる件に触れられたことで、スミルは上機嫌且つ下品に笑い出す。
「だーかーら良いんじゃねぇか。この
《フーン、なら別に良いよ。よく分かんないけど》
本気で喜んでいるスミルを見て、少なくともまともな奴ではないと昭弘は確信する。鉄華団もまともではなかったが、奴はその比ではない。
そして、そんな狂人と普通に仲間をやっている三日月も、どこか遠い存在のように昭弘は感じてしまった。
昭弘は何か嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、止めておいた。こちらは丸腰で向こうは武装してるという状況を、忘れてはならない。それにセシリアがあんな中、自身まで冷静さを欠いては、最悪交渉どころではなくなってしまう。
案の定、今の状態のセシリアが、好き勝手言う2人に黙っている筈がなかった。
「流石はクズのお仲間ですことね。録な教養が無いとお見受けしますわ」
《は?なにキレてんの?》
「オイオイ!言われちまったなぁ三日月!」
「よせオルコット。刺激すんな」
両者の間に入りながら、昭弘はもう少しだけ辺りを見回し情報を集め、整理しようとする。
(鈴・・・さっきも思ったが、本当に大丈夫か)
箒たちの後ろに隠れながら、目を反らし震え続ける鈴音。今にも飛びかかりそうなセシリアとは対照的だ。
昭弘から見ても、今この場で最も憔悴しているのは鈴音だった。冷静なラウラも側に居るため大丈夫だとは思うが、それでも昭弘が抱く心配は引かなかった。
そんな鈴音を見て、恐らくはその元凶であろうシュヴァルベ・グレイズの主が話し出す。
《どうしてしまったのですか愛しの貴女!先の華麗なる身体捌きが嘘のようだ。老いた鼠のように震えて・・・一体どちらが本当の貴女なのでしょうか。ンン~~ますます気になりますねぇ~。我が愛しの主、男神トネードと女神スコールとは違う、歪な美しさだ・・・》
《アネスさん静かにして下さい。間もなく交渉ですよ》
《真面目ねぇラッシュちゃん。変態に何言っても無駄だって分かるでしょうに。何せ変態なんだから》
《・・・》
獅電の乗り手が叱責し、レギンレイズの乗り手がその様子に呆れている。蝶のようなISを纏った少女は、3人のやり取りには一切興味が無さそうで、黙って千冬を見詰めていた。
そして一夏たちも、各々が向ける視線は別々だった。一夏は蝶のISを、シャルロットは獅電をそれぞれ見ていて、箒は鈴音を庇うのに必死なだけだった。唯一ラウラだけは、普段通り堂々と身構えていた。
だがお陰で、敵部隊の関係性と名前も含めて、色々と見えてきた昭弘。ボスへの忠誠度合いも、隊員によって差異があるように感じた。案外、亡国機業は一枚岩ではないのかもしれない。
そして、各々が抱く因縁のようなものも。
(・・・)
だが何より、箒が誰からも目を付けられていないことに、安心している昭弘がそこに居た。
そして願わくば、このまま一刻も早く危難から遠ざかって欲しいと、思い人に対してそんなことを思ってしまう昭弘も居た。
そんな時、漸く理事会との通話が終わった千冬は、トネードたちに改めて告げた。
「お待たせした。理事会の最終的見解は、生徒の命を第一にとのことだ。本交渉に関しても時間が限られている故、一時的に私がIS学園を代表して臨ませて貰う。改めて、私がIS学園交渉人である織斑千冬だ。宜しく頼む」
《結構だ。アタシは亡国機業運営責任者、トネード・ミューゼル。こちらは実働部隊総司令官、スコール・ミューゼル。以後お見知り置きを》
遂に始まった交渉。
当然、開幕は亡国機業からの要求だった。
《では早速。先ずは貴校が拘束している我が軍のIS乗りを返還して頂こう》
「良いだろう」
これに関しては、一も二もなく了承する千冬。
生徒の命に比べれば、拘束しておくメリットが余りに少ないし、即応じた方が相手からの心証も良い。心証が良ければ、学園側の要求も通り易くなる。
人質としての選択肢もあるが、この状況下では愚策だ。人命を重んじるIS学園と、人命を軽んじる亡国機業。学園側が人質を取ったところで、何の効力も無いことは目に見えている。
よって、オータムを連れ出すべく本校舎へ向かう整備科教員たち。本来なら私服警備隊隊長も兼ねている楯無が行くべきだが、嘘を見抜ける彼女は交渉に必須だ。
《では次に。IS学園の生徒を何名か、捕虜として差し出して貰おう》
「ッ」
悪い想定が当たってしまい、閉口する千冬。昭弘や楯無も、拳を握り締めていた。
向こうの要求は当然のことだった。亡国機業がISとの全面戦争を見据えているなら、象徴たる千冬の存在は不可欠。千冬に動いて貰うには、人質もまた不可欠。
そしてその全面戦争が何日、何週間先かは分からないが、そんな長期間フィールドを掌握するのは現実的に無理がある。
だが人質を新たに連れて行くのなら、フィールドの掌握はスコールたちが離脱するまでで良い。制御室のダリルは、最初から片道切符という訳だ。
「・・・承知した」
これも応じるしかなかった。
後は人質を一人でも減らせるよう、上手いこと難癖を付けるしかない。
《最初に指名する3人は、学園側の要望も拒否も一切受け付けない。1人目『織斑一夏』》
「・・・オレ?」
まさかの指名に、静かに戸惑う一夏。しかし相手方は有無を言わさず、特殊な手錠を一夏に掛け、そのまま自陣に引き入れてしまう。
立て続けに的中する悪い想定。人質として最も千冬に効果があるカードは、実弟である一夏だ。
昭弘もまた、千冬と同じく想定しており、覚悟もあった。それでも尚、手を伸ばしてしまいそうになる。いつも3人一緒という当たり前は、あっさり崩れ去ってしまった。
対する一夏は、少し寂しそうに笑うだけだった。こんな時でも彼は、自分のことより昭弘と箒を優先していた。それがますます、昭弘と箒を苦しめる。
心にぽっかり穴が空いた昭弘だが、構うこと無く要求は続く。
《2人目『篠ノ之箒』》
聞き間違いかと昭弘は思った。そして彼は、嘘か真か確かめるように、箒へと視線を移す。
箒も一夏と同じく、少し驚いたように目を見開いたあと、諦めたように頭を垂れた。手錠を掛けられた後、縋る様な瞳をチラと昭弘に向けた。
そんな彼女を見て、この場で暴れてやろうかと一瞬本気で考えた昭弘。実際、司令機を一番最初に潰す所まで、脳内で道筋を立てていた。
この学園で鍛えられた強力な理性が、それを寸での所で押し留めていた。故に、何とかせねばとただ考えるしかない。
だがやはり考えたところで、昭弘にはどうにもできそうになかった。身体中から、筋トレの時とは違う嫌な汗が大量に噴き出る。
これのどこが有意義な交渉だ。そう思わずにはいられない昭弘だった。
千冬もまた、意外な人選に呆気に取られていた。
箒は、かの天災の大事な妹だ。その妹を誘拐するとは束を敵に回すも同然で、自滅行為も良いとこだ。
しかし、トネードとスコールの見解は違った。亡国機業の人質になるということは、千冬が要求に従う限り、解放される瞬間まで身の安全は保証されるということ。あらゆる戦火からも保護される。束にとっても悪い条件ではないので、寧ろ借りを作ることもできる。
そして最後、3人目の人質をトネードが述べる。心なしか、少し勿体ぶってるようにも見える。
これ以上自分から何を奪うのかと、諦観したように昭弘はトネードを見詰める。
《そして3人目・・・『昭弘・アルトランド』》
千冬も含め、学園側の一同が昭弘へと激しく振り向く。その視線の種類は様々だったが、唯一全員一致しているものが。何故昭弘なのかと。
言わずもがな、一番当惑しているのは昭弘本人だった。ただその表情からは、先程までの諦観は消えていた。
そうして手錠を掛けられ、一夏や箒の側へと連行される。
また3人一緒に戻れる、だが学園の皆と引き離される。感情が昭弘の内側で、目まぐるしく変化していく。
その大波を小さくするべく、昭弘は思考に沈もうとする。そして何より思考の先は、自身を選んだ理由についてだ。
(向こうからすれば、オレの人質としての価値なんざ一番低いだろうに。何を考えて―――!)
昭弘の視界の隅に、トネードの笑みが入り込む。それで漸く、昭弘は彼の目論見が解った。
出会った時から感じていた気味悪さ、そして底知れぬ悍ましさ。思えばあの時から、トネードは昭弘に異様なまでに執着していた。いずれ迎え入れると。
おそらくこの時が、彼の言う「迎え入れる」時なのだろう。
(オレを元の居場所へ還すってか?)
なるほど確かに、それはさぞかし昭弘にとって有意義な交渉と言えよう。あくまでトネードの中で完結している、理想の昭弘にとって。
ふと、三日月に視線を向ける昭弘。バルバトスもまた昭弘を見るのは、ほぼ同時だった。
三日月の表情は、バルバトスによって遮られている。見詰め返す昭弘は無表情だった。
数秒見詰め合った後、バルバトスは再び正面へと向き直る。無機質なツインアイを見届けたのち、昭弘もバルバトスから視線を外す。
そして昭弘は心の中で答えた。
(糞食らえってんだ)
やはり昭弘の予感通り、録な交渉ではなかった。
しかし自身のすぐ横で、ほんの少し安心したような表情の箒と一夏を見ると、必ずしもそうとは言い切れないのがもどかしかった。
それとも、昭弘が亡国機業に寝返るという確証があるのだろうか。トネードの柔らかな笑みを思い返し、昭弘は再び身震いした。
「さぁ、要求通り3人を引き渡したぞ。これ以上の人質は不要だろう」
交渉の次段階へ進もうとする千冬に対し、トネードは首を横に振る。
《駄目だ。今の3人を含めて、最低でも10人は同行願う。君が約束を果たす保証としてはまだ足りない》
却下するトネードに、千冬の表情が険しくなる。
昭弘も皆も、千冬が怒る場面を何度も見てきた。そしてそれが、教師としての不器用な愛情表現だということも解っていた。
だがこの時の千冬の怒りは、昭弘たちが知っているそれとはまるで別種のものだった。相手の全てを否定するような、そういう怒りだった。
「生徒の命を数で測るな」
《いや数だろう?ニュースを見ている君たちだって、いつも命を数で測っている。1人を殺した者と10人を殺した者、後者をより憎むだろう。関係も無いのに》
《というか千冬ちゃん?アナタだって生徒の命を、数で勘定してるじゃない。3人まではOKなのにそれ以上は駄目って・・・要はそういうことでしょ?》
「拒否は受け付けないと貴様等が言うからだろうが」
スコールからの援護射撃を受け、更にヒートアップする千冬。雲行きが怪しくなるのを、昭弘は感じていた。
「織斑先生」
千冬を落ち着かせるべく肩を叩いたのは楯無だった。
「生徒が大事なのは分かりますが、熱くならないで下さい。視野が狭まりますよ」
そう諭され、一旦視線を落とす千冬。思い出し、そして自身に再度言い聞かせているのだろう。向こうはいつでもスイッチを押せるのだと。
熱くなればそれこそ連中の思う壺だ。楯無の言う通り冷静にならねばと、千冬は大きく深呼吸する。
どちらにせよ、学園からすれば人質が少ないに越した事はない。悔しいが、あの兄妹の言は正しい。
ならば目敏く拾い上げろ。相手方の粗を。
「・・・・・・同行する生徒を言え」
譲歩した千冬に対し、トネードは何か述べようと―――
バッ!
するのだが、想定外の人物からの挙手に阻まれる。
その人物を見て、トネードもスコールも同じように顔を顰める。どこか慣れた反応のように、昭弘には思えた。
《・・・何よスミル》
相変わらずの笑顔でピンと片腕を挙げるスミルに、スコールは面倒臭そうに訊ねる。
「絶対条件がさっきの3人なんだろ?ほんじゃあとは、一人くらいオレが指名してもよくね?」
唐突に指名権を主張する狂人に、両陣営がザワつく。当然だ、人の命をそう簡単に選んで良い筈が無い。
しかし千冬と楯無は、黙って今の状況に身を任せている。2人に動揺は見えず、何か付け入る隙を狙っているようにも見えた。
対するトネードとスコールは、何やら互いに耳打ちをしている。
その様子を見た昭弘は訝しんだ。
(何ですぐに却下しないんだ?大事な交渉中の横槍なんだぞ。しかもエースとはいえ所詮隊員からの)
組織内の上下関係が、いまいち見えてこない昭弘。それだけスミルが重宝されているのか、或いはこの事態ですら予定調和なのか。
確かなことは、昭弘が思っていた以上に亡国機業の内情は複雑ということだ。
「なぁ頼むぜ!トネードきゅんにスコールちゃん!後悔させねぇからさ♪」
合掌し、懇願するスミル。だが笑顔に隠れたその目は鋭く、兄妹が却下した場合の、今後の身の振り方を模索しているようだった。
対するスコールは、耳打ちが終わったのかスミルに振り向く。
《いいわ。但しアンタが面倒見んのよ?》
「恩に着るぜぇ♪」
合掌をやめ、学園側へ向き直ると、普段以上の歪んだ笑顔を表出させるスミル。
そしてゆっくり天を指差したかと思えば、今度はそれを真正面へと倒す。指の先には、スミルが虎視眈々と狙っていた人物が居た。
「お前だ、そこのダボダボ袖の巨乳女。こっち来い」
指の標準は、セシリアに庇われている布仏本音を差していた。
次回、何名かがブチギレます。
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