IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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筆が止まりません。どうしたんだろう。


第82話 交渉と別れ

 突然の指名に理解が追いつかず、コテンと首を傾げる本音。

 彼女は呆け顔のまま手錠を掛けられ、スミルの隣に立たされる。今度は学園側にのみ、少なくないざわつきが起こる。

 無抵抗な本音の身体を、スミルは片腕で覆う様に手繰り寄せる。その目は当然、セシリアを見下ろしていた。

 

 冷たい鋼鉄の腕に覆われたことで、漸く本音は理解した。セシリアや簪たちと引き離されたことを。

 その事実に一瞬顔が引き攣るが、努めて笑顔を作った。

 

「えへへ~。何か人質になっちゃった~」

 

 ただ、その身体の震えだけは隠せなかった。

 

 不味いと、そう思った昭弘は恐る恐るセシリアを見る。そこに、昭弘の良く知る英国貴族令嬢は居なかった。

 表情は前髪で黒く隠れており、充血を引き連れた瞳だけが不気味に輝いていた。内に潜んだ憎悪、怒りを、どうにも抑え切れていないのが伝わってきた。それとも、意図的に表出させてるのだろうか。

 昭弘は嘗て、彼女のその目を見たことがある。自身に敵意を向けていた、ドス黒い炎を宿したあの時の瞳にそっくりか、それをも凌ぐものだった。

 

「ふざけないで!!」

 

 だが、最初に抗議の声を上げたのは姉の虚だった。

 彼女はそう叫んだ後、論理的な批判を展開する為に少し間を置くも、結局我慢できずに姉としての感情が先行してしまう。

 

「だったら私を代わりに連れてきなさいよ・・・!ホラ、抵抗しないから!」

 

 すると今度は、簪が両者の間に割って入る。セシリアと虚を落ち着かせるように。

 だがスミルを見据えるその目は、普段の物静かな彼女とは違った。親友を返せと、その鋭い眼光は訴えていた。

 

「交渉しているのは・・・あくまで織斑先生とミューゼル兄妹の筈。フィールドの人間が人質とは言え・・・アナタに口を挟む権利は無い。わざわざ彼女を選ぶ明確な理由も分からない。もし私利私欲の為に彼女を選んだとしたら・・・他の奴等も歯止めが効かなくなって、交渉自体が成り立たなく―――」

 

「あーあー!小難しい小難しいって!もっとシンプルに言えや」

 

 簪の意見をそう遮ると、スミルは再び笑顔を纏い減らず口を叩く。

 

「オレをぶっ殺して奪い返す。とかさ♪」

 

 自分で攫っておいて、当の自分から強奪を推奨してくる。

 簪は理解した。この男には何を言っても無駄なのだと。自身の愉しみの為に、ただ場を掻き乱してるだけなのだと。元からの価値観が懸け離れ過ぎていた。

 ならばお望み通り、言ってやろうと簪は思った。実際、返して欲しいのは本心なのだから。その気になれば、簪は殺せてしまうのだから。

 

「・・・・・・アナタを殺「お 前 を 殺 す」

 

 簪の言葉を掻き消すように、その宣告は場を揺らした。

 死刑宣告の主、セシリアは地団駄を踏むように一歩一歩進む。グレイズたちに銃口を向けられても、その歩みを止めることはなかった。

 そして辿り着く。セシリアとスミル、互いの間合いへと。

 

(抑えろよオルコット)

 

 どうかISだけは展開するな、獣に心を支配されるな。そういう念を昭弘は送っていた。

 そんな念を歯牙にもかけないように、セシリアは開口する。

 

「手の先、足の先からゆっくりと刻んでやる。そうして胴体と頭だけになったら、臓物を抉り取る。それで生きていようが死んでいようが、最後にその汚らしい顔面を綺麗さっぱり蒸発させてやる。その後で彼女を救出する」

 

 凄まじい殺気が、言葉と共に周囲へと撒き散らされる。瞳に宿る黒い炎が、スミルを焼き尽くさんとする。

 それらを間近で受け、スミルは今にも昇天しかねない程に高揚していた。頬は泥酔したように赤く染まり、目の焦点は天へと向いていた。

 簪はそんな両者を見て、強く自制した。姉の前で「殺す」と言いかけたことに。人の振り見て我が振り直せとは、良く言ったものだ。

 

 新たな人質がスミルの元へ渡り、トネードは交渉を再開する。

 

《隊員からの横槍は謝罪しよう。詫びと言っては何だが、残りの6人は学園側で決めて貰って構わない》

 

 楯無はその嘘を見落とさなかった。トネードは横槍が入る前から、指名した3人以外は学園側に選ばせるつもりだったのだ。理由までは定かでないが。

 つまり実質、亡国機業側の損失はゼロ。最初から譲歩になっていないのだ。

 

「織斑先生・・・」

 

 その件を千冬に耳打ちする楯無。

 好機と踏んだ千冬は、トネードに言葉を返す。

 

「そうだな。では残りの3人はこちらで決めるとしよう」

 

 わざとらしく人数を強調され、眉を顰めるトネード。

 スコールも聞き捨てならなかったのか、突っ込みを入れる。

 

《何ボケてんの?》

 

「当然だろう。理由は先の生徒が述べた通りだ。もし本当に誠意を見せる気なら、そのくらいの譲歩はあっても良い筈だ」

 

《譲歩しても良いけど、フィールドの人間が死ぬわよ?》

 

 食い付いた。そう思った千冬は動じずに反論する。

 

「そうなれば、そちらだって困るのではないか?人工島は航空自衛隊が包囲しているのだからな」

 

 上手いと、そう昭弘は感じた。

 人質が死ねば、学園側は交渉に応じるも何も無い。

 そしてこの場には、ISをその場で展開できる専用機持ちが何人も居る。航空自衛隊と合わされば、十分殲滅可能な戦力となる。

 

 現に、ミューゼル兄妹からの反論は来ない。

 代わりに、諦めたような小さな吐息がトネードから漏れる。

 

《・・・良いだろう。残り3人、そちらで決めれば宜しい。早めにな?》

 

 必要経費と、トネードは思うことにした。

 元よりスミルは三日月と違い、命令で縛れる人間ではない。自身の損得勘定、もとい取引的な物差しで動く。定期的に飴を与えねば、駒として役に立たなくなってしまう。

 三日月に匹敵する戦力を、遊ばせておく理由はない。人質3人分なら辛うじてまだ安い。

 

 

 

 協議の結果、学園側の選んだ人質3人が決まった。

 一人目はこの場に居た『布仏虚』。少しでも妹の側に居たいという彼女の意向を尊重した。

 二人目以降は、フィールドの人間から選ぶこととなった。有事の際を考えると、代表候補生を人質として送り出すことはできない。

 フィールドには千冬が直接出向き、事情を説明した。

 結果、こちらも人質に志願する者が2人居た。『相川清香』と『谷本癒子』だ。

 

「・・・本当に良いんだな」

 

 2人を連れて戻ってきた千冬は、最後の確認を取る。その言葉は、千冬自身に言い聞かせるものでもあった。

 手錠を掛けられた相川と谷本は、顔の強張りを誤魔化すように笑いながら、互いを見やる。

 先に口を開いたのは相川だった。

 

「まぁ怖いですけど、本音が心配ですし。それに、誰かは行かないといけないんでしょ?他の誰かが人質になるくらいなら・・・」

 

 谷本も、千冬を安心させるべく言葉を紡ぐ。

 

「アル兄も居ますし。きっと何とかなりますよ」

 

 他者を思いやり、自ら人質に名乗り出てくれる。千冬は卑しいと自覚しながらも安堵していた。生徒を人質として厳選する苦痛を、味わわずに済んだのだから。

 そう、これは現状考え得る最善なのだ。人質の人数を減らし、代表候補生も可能な限り確保し、善意の人質志願により軋轢や精神的苦痛も回避できた。

 後はただ、IS学園の教師として生徒を見送るだけだ。

 

ガシ

 

「・・・織斑先生?」

 

 それでも相川の肩を掴み、引き留めてしまった。脳内の合理的判断とは異なる、千冬の感情によって。

 早くその手を離せと、合理的な千冬が警鐘を鳴らす。感情は、その一切を受け付けなかった。

 困惑する相川に、構うことなく千冬は視線を注ぐ。己の心情を見抜かれないよう、なるべく普通の目つきを装いながら。

 

 すると、相川もまた普段の笑顔を装い、普段の調子で千冬に告げた。

 

「助けに来てくれるんでしょ?」

 

 相川の言葉は、千冬の中に自然と溶けていき、彼女の身体を弛緩させる。その脱力は、相川の肩から手を離すには十分だった。

 

「当たり前だ」

 

 千冬の感情は、最後にそんな言葉となって出て行った。

 

 

 そして千冬が、相川と谷本を見送ったあと、最後の要求を兄妹に申す。

 

「それで?人質7人の命の保証はどうなる。我々が納得できるものなんだろうな?」

 

 するとトネードは、指をパチンと鳴らして合図を送る。

 それを皮切りに、1機のグレイズが重機関銃を構える。銃口の先は相川だった。

 

「オイ!何をす―――」

 

 千冬が問い質す前に、12.7mmの弾丸が3発、生身の相川に向けて放たれる。弾は正確に、相川の頭部、胸部、腹部に到達した。

 周囲に肉塊が弾け飛び、血の海が出来上がる。ことはなく、瞼を強く閉じた相川は無傷だった。

 千冬が何か言う前に、トネードが説明に入る。

 

《この手錠には、シールド発生装置が内臓されている。性能はご覧の通りだが、シールド発生権限は別のリモコンにある。君たちがこちらの要求に背いたり、人質自ら脱出を試みた際はシールドを解除する。ああそれと、この手錠をしている限り、ISやMPSは展開できないぞ。擬似コアを有しているからな》

 

 つまりこの手錠自体が、IS・MPSを展開しているような状態を再現する。ISを纏った状態で、更に別のISを纏うことはできない。それと同じ原理だ。余談になるが、剥離剤もこの原理を応用している。

 それでも納得すべきか悩む千冬に対し、更なる保証をトネードは提示する。

 

《もしそれでも生徒が命を落とした場合、アタシとスコールが爆死する。アタシたち2人の首のチョーカーは、この手錠とリンクしていて、生徒の心拍数が止まると爆発するよう設定されている》

 

 二重の保証。確かにこれなら生徒が死ぬことも、隊員から性的暴行を受ける心配もない。

 念の為、千冬は楯無に確認を取るが、やはりトネードの言葉に嘘偽りは無いらしい。

 人質は最大限丁重に扱う。千冬はほんの少しだけ、ミューゼル兄妹を見直した。

 

「分かった。それで納得しよう」

 

 思わず肩の力が抜ける千冬。もしこの保証の取り付けにも、何らかの難癖や粗探しが必要だったら、千冬にも楯無にも打つ手はなかった。

 

 

 そんな中、本校舎からリクルートスーツのオータムが連れられてくる。

 彼女は拘束を解かれると、さっぱりしたように伸びをし、亡国機業の陣営へと戻っていく。

 そして途中、昭弘と擦れ違い様、勝ち誇った笑顔を見せて告げた。

 

「ご苦労さん」

 

 昭弘の肩にわざとらしくぶつかり、オータムはスコールの隣へと向かった。

 

 

 

 そして交渉は大詰めへと入った。

 人質7人の解放条件を、トネードは千冬に言い渡す。

 

《我等が提示する条件は一つ。織斑千冬、君自らISを纏い、生徒の奪還に来ることだ。その際、如何なる部隊を率いても構わん。こちらの指定する戦場に君が姿を現し、我がMPS部隊との交戦を確認できた場合、生徒を解放しよう》

 

 予想通りの要求に千冬、昭弘、楯無は特段の反応を示さない。

 しかし他の面々は、意味不明な要求に口が塞がらなかった。

 至極真っ当な反応であった。これだけ大掛かりな作戦を立ててまで、手中に収めたIS学園の生徒。それを身代金の要求も無く、手放すと言っているのだ。誰もが疑問に思うだろう。

 

《ああっとそれからもう一つ。織斑千冬、君が部隊を率いて我々に立ち向かう旨、世界中に発信してくれ。地上波、衛生放送、動画配信サイト、SNS、ありとあらゆる媒体を使ってな》

 

 そして記録係の女性が、液晶端末から今回の交渉内容、及び指定座標と日時を印刷し、両陣営に手渡した。千冬が、そして今この場に居るスコールがそれぞれ署名し、互いに書面を交換した。

 こうして、両陣営の舌戦は幕を閉じた。

 

 

 

 交渉が終わり、その場で立ち尽くす昭弘。亡国機業側は、急ぎ撤収準備に入っている。箒と一夏は優先度が高い為か、既に機内へと連行された後だった。

 昭弘も、もうじき連れて行かれるだろう。

 

 ふと、IS学園の本校舎を見る。昭弘と三日月が作った大穴から、粉塵のようなものが未だ舞っていた。

 校舎がアレでは、授業の再開にも時間を要するだろう。その間、生徒たちは別の場所で授業を受けるのだろうか。

 これから自身が捕虜となるのに、考えるのは学園のことばかりであった。

 

「織斑センセイ」

 

 だからか、先ずは千冬に言っておかねばならないことが昭弘にはあった。

 呼び声に対し、勝手に動けない立場の昭弘を察してか、千冬の方から彼に近付く。

 

「校舎・・・破壊してすいませんでした」

 

「・・・何を言うかと思えば」

 

 苦笑を漏らす千冬。

 だが、昭弘は本気で申し訳ないと思っている。そんな彼の心境を汲み取ってか、千冬はそれらしい言葉を返した。

 

「時間は掛かるだろうが、ちゃんと直る。だからお前も、安心して帰ってくると良い」

 

 そうして昭弘の肩を、軽く2回叩く千冬。

 それだけすると彼女は下がっていった。残り僅かな時間、話しておきたい相手も居るだろうと。

 箒と一夏を差し置いて申し訳ないとも思った昭弘だが、お言葉に甘えることにした。

 

 次に昭弘が目を合わせたのは、ラウラたちだった。

 

「暫しの別れになっちまうが、お前等も元気でやってくれ」

 

 友の別れの言葉を聞き、瞼を閉じ、口角を下げるラウラ。返す言葉は無く、静かにコクリと頷くだけだった。

 シャルロットは、何と返すべきかとあたふたするが、纏まらない頭で取り敢えず話し出す。

 

「ま、まぁホラ!学園のことは気にしないでよ!昭弘の分まで、カリスマである僕が纏め上げるからさ!」

 

 こんな時でも締まらない自称カリスマに、昭弘は小さな笑みを零す。

 そんな彼女の隣には、対照的に沈んだ表情の鈴音が。どんな言葉を掛けようか悩む昭弘だが、鈴音が口を開くのが先だった。

 

「・・・最初に言っとくわ昭弘。ゴメン、多分アタシ・・・アンタたちの救出に行けないと思う。もう戦いたくない」

 

 目を合わせず、震える声で鈴音は言った。きっと幻滅されると思っているのだろう。

 しかし昭弘は、逆に安堵していた。

 

「それでいいんだ、鈴。戦場なんて何度も経験するもんじゃない。お前の判断を尊重する」

 

 そう返され、一旦は顔を上げる鈴音だが、再び俯いてしまう。

 昭弘からすれば本当に気にすることではないのだが、優しい彼女には、きっと何を言っても同じ反応が返ってくるだろう。

 

「随分余裕ね、人質くん?」

 

「会長」

 

 普段の通り落ち着いた様子で、そう昭弘に近付く楯無。

 

「皆のこと、頼んだわよ。用件はそれだけ」

 

「・・・お気遣いどうも」

 

「何のこと?」

 

 楯無はそう惚けてみせる。

 別れの言葉よりも、楯無のように軽く背中を叩いてくれる方が、昭弘にとっては良い。彼女はそれを解っているのだ。

 ただ、このまま何も言わずに行くのも癪なので、昭弘は負けじと言葉を返した。

 

「会長も織斑センセイのフォロー、頼みますよ。それから簪のことも」

 

「それは本当にそうね・・・」

 

 割と本気で頭を抱える楯無に、変に気負わせてしまったかと少し後悔する昭弘。

 

 すると、近くのグレイズが通信で指令を受けている。どうやらもうすぐ、昭弘の搭乗時間らしい。

 気持ち急ぐように、昭弘は少し離れた最後の2人に視線を送る。本当はタロたちや真耶にも別れを言いたいが、そんな時間は無いようだ。

 

 2人の内の1人、セシリアはただ呆然と司令機のタラップを見詰めていた。本音は既に機内だと言うのに。

 その顔にあるのは、自分自身への失望だった。大切な人を護れず、復讐を果たすことも叶わず、自身が何をどうしたいのかも解らない。

 愛か、闘争心か、憎悪か、殺意か、どれが自身の本質なのか解らない。

 

「オルコット!」

 

 そんな彼女に、少し距離があるというのもあるが、昭弘は怒鳴るように声を掛けた。

 

「こっちはこっちで何とかやる!だからお前もさっさと布仏を助けに来い!」

 

 相変わらずムカつく声だと、そうセシリアは思った。その声により新たな目的を示されたことが、尚更腹立たしかった。

 だからこそ、こんな精神状態でも己を奮い立たせることができるのかもしれない。コイツにだけは負けられないと。

 言葉を返すつもりはなかった。だがここまで言われて、お礼も皮肉も返せないセシリアではい。

 

「お前にも私にも!所詮戦場がお似合いですものね!」

 

 想像していた以上の言葉が返ってきて、昭弘もまた好戦的な笑みを浮かべる。

 

《時間だ。乗れ》

 

 グレイズのパイロットは昭弘にそう告げると、彼の上腕を掴んでタラップへと連れて行く。

 昭弘は歩かされながらも、簪に何か言うべく狙いを定める。

 

「簪!」

 

 簪もまた、昭弘を真っ直ぐな目で見送っていた。

 どんな言葉も受け止めると、輝く紅い瞳は物語っていた。

 

「後は任せる」

 

 昭弘の放った言葉は、そんなごく短いものだった。

 しかしその言葉は、簪の心に重々しくのし掛かった。まるで、昭弘の代わりに皆を纏め上げろと、死んだ昭弘の分まで皆を護り抜けと、そう言われているみたいで。

 確かに簪は昭弘より強い。IS戦においてのみだが。

 果たしてできるだろうか、この瀕死の学園を引っ張ることが。能力を使って半ば操り、酷く警戒されているであろう自分に。

 恐らく無理だろう。簪は簪で、昭弘にはなれないのだから。

 それでも、他ならぬ昭弘の意志だとするなら。

 

「任された」

 

 大きく頷きながら、彼女はそう答えた。この学園に昭弘の意志を残せないのは、余りに寂しいものだから。

 昭弘になれずとも、意志を受け継ぐくらいなら簪にだってできるのだから。

 

 去る昭弘の大きな背中に、簪は「世界」を見た。

 

 

 簪へと贈った言葉に、深い意味はなかった昭弘。ただ、今の簪は誰より頼もしいと、そういう称賛のつもりで贈ったに過ぎない。

 もっと違う言い方があったのだろうかと、そう思い返してはいるが。

 

 そうして気が付けば、昭弘は既にタラップを登り切り、ドアの先には薄暗い機内が広がっていた。

 入る前、最後にタラップの上から学園を見渡す昭弘。こうして改めて見ると、本当に広くて大きな学園だ。

 そのだだっ広さとは裏腹に、馬鹿みたいに騒がしくて、握り潰される程に濃密な日々だった。毎日が新鮮で、日常が日常ではないみたいだった。

 入学してから、今日でおおよそ半年程度だろうか。それは「まだ半年」と言うべきか、それとも「もう半年」と言うべきか。

 その半年という日々を胸に仕舞うように、昭弘は深く息を吸い込んだ。硝煙の臭いの中に、参考書と汗の匂いが僅かに混ざっていた。ような気がした。

 

(そういや筋トレ以外にも、しょっちゅう汗かいてたな)

 

 本当に、世話の焼ける学友たちだった。相談やら愚痴やら暴走やら。昭弘自身、慣れない環境だったと言うのに。

 昭弘自ら首を突っ込んでいくその性さえ無ければ、もっと楽だったのかもしれないが。

 

 とんだ学園奮闘だった。

 そう思った時、漸く昭弘にも実感が湧いてきた。

 IS学園との別れが。

 

 そして昭弘は、できる限り普段通りの声で、ゆっくりと無愛想に告げた。

 

 

「じゃあな。IS学園」

 

 

 この日、一人の筋肉青年が、IS学園から静かに去って行った。




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