IS~筋肉青年の学園奮闘録~   作:いんの

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今回は短めです。
最近、長いと「申し訳ない」という気持ちになるし、短いと「物足りないんじゃ」という気持ちになります。

それとUA13万突破しました。
皆さんいつもご愛読頂きありがとうございます。


第83話 変わる関係、変わらない関係

 MPS数十機を収容できる司令機『ティンダーバード』。

 一般的な輸送機と同様、巨大な筒の如きその空間には、簡易的な座席が向かい合うように伸びていた。後部ハッチ付近には、複数のMPSが縦列気味に固定されていた。

 最新のジェットエンジンを使っている為か、機内は比較的静かだった。

 そして節電の為か、縦長の空間は仄かに薄暗く、静けさも相まってどんよりとしていた。

 

 昭弘たち7人は、そんな空間で隊員たちに囲まれるように座っていた。昭弘・箒・一夏、本音・相川・谷本・虚の2つにグループ分けされた形で。

 隊員は既にグレイズから降りているが、その手には自動小銃が握られていた。ごく当たり前のように、それが日常であるかのように。

 

「箒。大丈夫?」

 

 搭乗する前からずっと俯き気味な箒に、そう声を掛ける一夏。

 昭弘も同じように心配の眼差しを向ける。

 

「・・・何とか、な。色々と起こりすぎて疲れたのだろう」

 

 確かにこの一日で学園祭、襲撃、実戦、そして交渉に人質という、短時間で怒涛の展開の連続だった。彼女の疲労は尤もだろう。

 そう、単なる疲労なら昭弘もそっとしておいたのだが。

 

「何かあったんだろう?言ってみろ」

 

 やはりこの男は誤魔化せないなと、そう思った箒は窶れた目をそのままに語り出す。

 

「・・・敵を2機か3機、スラスターを破壊して墜としただけだ。大した落下速度でもなかったし、別に殺した訳じゃない。・・・そう、殺してなんかない」

 

 箒の表情は、昭弘も良く知るものだった。初めて戦場に出て、そして生還した者が見せる表情だ。

 生と死の狭間の極限空間。そこで親しい仲間が死んだということ、自身が生きてここに居るということ、敵をその手に掛けたということ。その全てがどうにも信じられず、しかして精神は確実に磨耗しているという事実。

 昭弘も初の実戦ではそうだったし、そうなった相手にどんな言葉を掛けるかも心得ている。戦場では当然に起こる現象なのだから。

 

 しかし今回ばかりは、そうも行かなかった。

 

(一夏・・・)

 

 箒を見る一夏の表情を見て、言葉が喉奥へと引っ込んでいく昭弘。

 瞳は黒く曇り、薄い唇は酷く震えていた。何か取り返しのつかないことを目の当たりにしたような、それに近いものを昭弘は感じた。それこそ、戦場で箒が為したことを言葉にしたら、今の一夏は風化した建造物のようにボロボロと崩れてしまう。そんな危うさを。

 

 一夏は、決してそれを認めてはならなかった。

 彼にとっての箒は、何の穢れも知らないままでなければならない。人の生き死にに、決して関わってはならないのだ。

 彼女が変わっていくのは仕方ない。だがそこだけは決して変わってはならないし、変えさせはしない。

 その一線を越えたら、箒が箒で居られなくなる。箒が箒でなくなったら、もう今まで通りの3人では居られなくなる。彼女の脆さを知る一夏は、本気でそう危惧している。

 そして今更になって後悔する。箒の出撃を止めなかったことを。彼女と紅椿なら敵を殺さず撃退できると、楽観視したことを。

 

 そんな2人の様子を見て、何の言葉も出せなくなる昭弘。

 故にその沈黙は、彼等3人には破れなかった。

 

「いや、殺してるでしょ」

 

 何の飾りも無い言葉でそう切り捨てたのは、彼等の正面に座る三日月だった。

 

「三日月・・・」

 

「どうせ下は海だったんでしょ?じゃあグレイズの性能的に無理だよ。脱出機能なんて無いし」

 

 力無くそう呼んだ昭弘を気にせず、三日月は高い可能性を淡々と告げる。

 そして、先程から会話を聞いていた周囲の隊員たちも、三日月の言を皮切りに箒へ視線を向ける。仲間を殺したであろう、今は無抵抗なその少女に。

 

 三日月の冷たく鋭い言葉、そして隊員たちからの眼差しを受けて、箒はますます瞳を濁らせながら俯く。言葉から、視線から、そして現実から逃げるように。

 対する一夏は、漆黒の瞳で三日月を睨む。もし剣があれば、そして手錠をされてなければ、すぐにでも斬り掛かりかねない程に。

 流石に昭弘も、こうなっては反論せざるを得なかった。箒を慰める為にも、一夏を落ち着かせる為にも、そして敵の憎悪を沈める為にも。

 その言葉が所詮付け焼き刃だと、解っていたとしても。

 

「まだ死んだと決まった訳じゃない。沈む前にMPSを脱いで、脱出したかもしれないだろ」

 

「だったらいいね、無理だろうけど。・・・というかさ」

 

 昭弘の苦し紛れな反論を流し、三日月は言葉を続ける。最初からこう訊けば良かったと、その口調は物語っていた。

 

「そんなに殺したくないなら、何で戦場に出たの?」

 

 嫌味でも何でもない、純粋な疑問を三日月は箒にぶつけた。

 殺さなければ殺される、それが戦場の摂理であり常。それを否定しながらも前線に出た箒は、三日月にとって矛盾の塊だった。

 

 またしても訪れる沈黙。箒は俯いたまま何も話さない。

 誰しもそう思ったが、暫くすると彼女はその顔を上げる。濁り切ったその瞳は、しかし確かに三日月を見ていた。

 

「学園の皆を・・・護りたかったからだ。私と紅椿なら・・・敵を殺めずにそれができると思った。お前たちには解らないだろうが・・・弱い私には、そういう決断しかできないんだ。誰も死なせたくない・・・と」

 

 己の罪を告白するように、箒は力無くそう答えた。

 そんな彼女を見て、遂に昭弘は何を言葉にするか決めた。その目付きは、先の反論よりも力強いものだった。

 昭弘はこの場で肯定しなければならない。箒の弱さ(優しさ)を。

 

「三日月、箒はオレやお前たちとは違う。目的を前にしても、他人の死を本気で悼むことができる。上手く言えないがそれはきっと・・・失っちゃならないもんだとオレは思う」

 

 そう真っ直ぐに三日月を見詰める昭弘。昭弘の言葉を聞いていた箒も、それに倣うように三日月を見据える。

 そして三日月もまた、そんな2人に応えるように、揺るぎない視線を返す。そこに敵意は無く、解らない存在を理解しようとするような眼光が込められていた。

 他者をそう簡単に理解できれば、苦労しないのもまた事実だが。

 

「フーン・・・やっぱよく解んないや。ま、好きにしたらいいんじゃない?」

 

 そう言うと、三日月は持っていた袋を破り開け、中に詰まっていたものをガリゴリと頬張り始める。見た目と咀嚼音的に、どうやらナッツの類らしい。それを皮切りに、他の隊員も箒から視線を外した。

 張り詰めた場の空気が自然と和らいでいく。誰がこの場を支配してるのか、昭弘たち3人から見ても一目瞭然だった。

 

「ん」

 

「!」

 

 咀嚼しながら、三日月は昭弘と箒にもナッツを投げ渡した。

 2人は困惑するが、三日月のこういう所に慣れている昭弘は、小腹を満たすように同じく頬張る。

 

「安心しろ箒、毒を混ぜるような奴じゃない。食いたくないなら投げ返してもいいが」

 

「いや、そういうつもりは・・・」

 

「アンタも食う?」

 

 未だ困惑する箒を尻目に、三日月は一夏にもそう促す。

 しかし一夏の反応は、2人に比べて冷ややかなものだった。

 

「・・・いらない」

 

 冷めたその言葉には、三日月に対する拒絶が込められていた。

 この男とは折が合わない。三日月が最初に放った言葉は、一夏がそう思うには十分だった。

 

「あっそ」

 

 普段の調子でそう返すと、三日月は一夏に渡す予定だったナッツを口に運ぶ。

 単調に顎を動かす、昭弘と三日月。そんな2人を見て、箒もナッツで小腹を満たそうとする。

 

「箒」

 

 一夏に呼ばれ、箒は口へと運ぶ手を止める。

 

「アンタは誰も殺しちゃいない。それだけは忘れないで」

 

 幼馴染みが贈る、本来なら励ましである筈の言葉。昭弘の言葉を、更に援護する筈の言葉。

 しかしそんな一夏の様子からは、昭弘や三日月のような力強さは無かった。まるでこちらに縋ってくるような、そんなものを箒は感じていた。

 

「・・・・・・あ、ありがとう一夏」

 

 困惑しながらも、箒はそう礼を言うしかなかった。

 そんな纏まらない頭で、三日月から渡されたナッツを見詰める箒。毒を恐れているのではない。一夏の言葉の後で、これを食するのが怖かったのだ。

 一夏の言葉を無視するようで。

 

「・・・ッ」

 

 結局、箒はナッツを口へと放った。一夏の表情を、できる限り視界から外すように。

 無我夢中で、全ての恐怖を紛らわすように顎を動かす箒。口内には美味くも不味くもない、灰色の味が広がった。

 甘味も塩味も、苦味すらも無い淡泊な味。心なしか、少しだけ落ち着いたような気がした。小腹が多少満たされたからだろうと、箒はそう思うことにした。

 

 そしてふと、貰ったナッツを食べた直後になって、箒は逆に訊きたくなった。

 

「失礼、三日月・・・と言ったか?その・・・私が憎くはないのか?」

 

 三日月の疑問に答えるまで、少なくとも他の隊員は箒を快く思ってなかった。

 しかし当の三日月は、最初に「仲間を殺した」と指摘したにも関わらず、彼女を憎むような視線は無かった。

 

 問いに答える前、再び三日月はナッツを箒に向けて親指で弾く。

 手錠を掛けられたままながらも、今度はそれを器用にキャッチしてみせる箒。

 両者のやり取りを、昭弘は静かに見守っていた。

 

「まぁ攻めてきたのはオレたちだし。それで憎むのは筋違いでしょ」

 

 あくまでそれが三日月の考え、もといスタンスだった。

 本来、三日月は冷静ながらも、仲間が殺された際の怒りは人一倍強い。ビスケットの時も、殺した相手を執拗に攻撃し追い詰めた。

 そんな彼を知る昭弘は考察する。鉄華団ほど絆の強い組織ではないのか、箒が無抵抗な状態だからか、それとも本当に言葉の通りなのか。

 どの考察も外れてはいないが、少し違った。

 三日月は嘗ての世界で、敵と定めた相手の素性を知る必要が無かったし、知ろうともしなかった。だから、鉄華団を追い詰める仇敵として処理できたが、今は違う。箒の素性を知ってしまった。

 故に、敵として対応することができないでいるのだ。無論、撃てと言われたら容赦無く撃つが。

 

 三日月の返答を受けて少し安心した箒は、2つ目のナッツを齧る。

 それを咀嚼し、味わい、飲み込んだあと、再び口を開く。

 

「もう一つだけ聞かせて欲しい。三日月はその・・・昭弘とはどう言った関係なのだ?」

 

 会話からも察せられる、思い人との古い関係性。箒が知りたいと思うのは当然だった。だがそれとは別に、三日月という男に対する純粋な興味もあった。全く似ていない筈なのに、どこか昭弘に近い何かを纏っていると、そんな気がした。

 箒の問いを聞いて、一夏もまた三日月を強く見据える。自分たちの昭弘と、どう言う間柄なんだと。それはまるで、敵対する相手の情報を集めるかのようであった。

 当の昭弘は、居心地が悪そうに目を閉じていた。嘗ての親友に何と評されるか、そのことへの不安が滲み出ていた。

 三日月は、そんな昭弘をチラと見た後、つらつらと語り出した。

 

「嘗ての親友、それと相棒。今は敵同士だけど」

 

「・・・今はどう思っているのだ?」

 

「・・・」

 

 しまったと、箒は冷や汗をかく。明らかに余計な詮索だったと。

 今どう思っているかなんて、敵同士である当人たちが知る必要の無い事柄だ。答えるのは勿論、考えるだけで互いに辛いだけだ。

 

 青い大きな瞳に、昭弘を映す三日月。

 黒く小さな瞳で、三日月を射貫かんとする昭弘。

 先にその目を逸らしたのは三日月だった。

 

「さぁ?」

 

 短く、どこか遠い目をしながら答える三日月。

 それを聞いて昭弘は、少し目を見開いたかと思えば、再びその細い目を閉じた。表情はどこか弛緩していた。

 

「そうか」

 

 その一言を、小さな笑みを零しながら放った昭弘。明らかに安心している彼の表情を見て、箒は不思議に思った。

 

(まぁ「どうとも思ってない」よりは良い・・・のか?)

 

 昭弘の心境をそんな風に予想してみる箒。恐らく、この2人の関係性を深く知るには、長い昔話が必要になるのだろう。

 

 親友という深い関係にまで至った仲。そんな2人ですら、次会った時には互いの心を探り合う。敵味方に分かれることの残酷さを、箒は思い知ったような気がした。

 それは決して他人事ではない。箒たちもいずれは、3人で居られなくなるのだから。

 今の昭弘と三日月を見ていると、ついそう考えてしまう箒であった。そこに戦争なんて、元から関係無いのかもしれない。

 人はどこまでも変わってしまうのだから。

 

 だが一夏は、そうはならないと信じていた。

 これまで、一夏も箒もそして昭弘も、大小の差はあれど変わっていった。それでも自分たち3人は、3人のままだったのだから。

 いずれ3人は離れ離れになる。それを解っているからこそ、一夏は自身に言い聞かせるのだ。自分たちは三日月とは違う、と。どんなに物理的に離れても、この三角関係は誰にも不可侵であると。

 もし箒や昭弘、そして一夏自身の変化が、この三角関係を壊すようなものなら、一夏はあらゆる手段を使ってその変化を排除する。その黒い覚悟があった。

 

 

 

 

 

 操縦室兼司令部にて、後方の格式高いシートに座しているスコール。彼女は今、透き通るような青空を眺めていた。

 この日本晴れも、もうじき終わるのだろう。この先は気候変動が激しい。

 窓に映る自身の顔は、虚しさと物寂しさで溢れていた。それは少なくとも、勝者の見せる表情ではなかった。

 

「ティンダーバード、安全圏へと離脱しました。工作員との通信を遮断します」

 

 オペレーターからの通達を聞いて、ダリルとの絆が切れたことをスコールは実感する。同時に、黒々とした雲が空を覆い始める。自身と同じ名前の現象が、もうじき吹き荒れる。

 去り行く青空を惜しむように、彼女は姪であるダリルとの過去を思い返す。

 崇高なる目的の為に、一流の工作員にすべく鍛え上げる日々。相手が姪だろうと、そこには容赦も妥協も無かった。

 目的と約束に囚われているスコールは、そういう愛情表現しか知らなかった。なのにダリルは、その愛情を受け止めてくれた。それこそ実の娘のように。

 

 黒雲により暗くなる空域、雨粒が滴る窓。

 そこに相変わらず映るはスコール自身。そして、自身と瓜二つな兄の顔。

 革命に犠牲は付き物だ。窓に映る半身は、在り来たりな言葉でそう諭してくる。言われずとも、スコールが誰より一番理解しているというのに。

 

 それでも、こればかりはスコールにもどうしようも無いのだ。

 スコールにとってダリルは娘も同然であり、ダリルにとってスコールは母も同然なのだ。繋がりが断たれたとしても、その関係性だけはいつまでも尾を引いていく。

 

 それだけは変えようにも変えれないのだ。

 

「・・・・・・いつかまた会いましょう」

 

 それらを裏付けるように、スコールはそう呟いた。

 その再会は現世で叶うか、それとも地獄でか。

 

 逃れられない関係性に思いを馳せながら、スコールは心中で先の青空に敬礼した。




今後は、亡国機業サイドとIS学園サイドが交互に続く感じになるかと思います。
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