―――――9月24日 早朝
アフリカ大陸中央部の何処か。荒野のような草木の生えていない空間に、漆黒の輸送機「ティンダーバード」が降り立つ。
インドネシア中継基地にて補給を終えた当機は、そのままインド洋を抜け、砂漠を通過し、鬱蒼としたジャングルをも越えてこの場所に辿り着いた。
そうして漸く地上へと着き、タラップが降り、厳重に閉められていたドアが開かれる。顔を覗かせたばかりの朝日により、弱々しい光が機内を照らす。同時に、じんわりとした生温かい空気が入り込む。
そんな中、隊員に促された昭弘たちが疲労を滲ませて立ち上がる。タラップへと向かうその足取りは、足首に重しを付けられているかのようだった。
足を引きずるように向かい、タラップを踏み、唯一目隠しをされていない昭弘はその光景を目の当たりにする。
「・・・これは」
見渡す限りの天幕、天幕、そして天幕。
無数のそれらからは、また無数の兵隊が小銃を携えて出入りしている。兵士たちの背中には、昭弘のとよく似た突起物が姿を見せている。
更に奥には、それらを見下ろすように巨大な基地が、城塞の如く鎮座していた。抱える格納庫もまた、それに応じて巨大だった。
それら視覚情報だけで、昭弘の鼓動が早くなる。千冬の懸念が現実となりつつあるのを、実感するしかなかった。
昭弘たちがタラップを降りると、美しいブロンドの髪を棚引かせる人物が待ち受けていた。
その姿は実体となると尚のこと、その顔から佇まい、妖艶な声までスコールと鏡写しだった。
「改めて久しぶりだな、アルトランドくん」
そんな、立体映像ではない本物のトネードに対しても、昭弘は冷めた目で返すだけだった。
「来たまえ、施設を案内しよう。三日月も一緒にな」
「別にいいけど」
早速分断されてしまう、昭弘と箒たち。やはり昭弘だけは扱いが違うようだ。
そんな訳で、捕虜らしく俯きながら兵士の後に続く箒。だが目隠しの内側では、トネードを映す瞳が毒々しく燃えていた。
昭弘、三日月、トネード、スコール、オータムの5人は、天幕群の間を縫うように歩いていた。
通る度に、周囲からは敬礼が飛んできた。その所作に尊敬と感謝の念が籠もっているのは、昭弘から見ても明らかであった。
「相変わらずアチィなここ」
「そうだね。・・・ていうか、何でオータムまで来てんの?」
「っせーな、別にいーだろ」
「寂しんぼなのよ。ほっときなさい三日月」
そう流すスコールだが、実際は昭弘の監視も兼ねて連れている。兄とは違い、昭弘をいち捕虜としか見なしていない彼女としては、当然の対応だった。
当の昭弘は話す3人を尻目に、しきりに周囲を見回す。使える物がないか、弱点になりそうな箇所がないか、隈無く調べるように。
すると、ある隊員同士の会話が耳に入る。
「聞いたか?今日から制服が変わるって話」
「ああ。確か深緑色のジャケットタイプ・・・だっけか」
「あの作戦と何か関係あんのかねぇ」
所謂雑談の一角、どうでもいい筈の情報。しかしどうしてか、盗み聞いた昭弘は妙な胸騒ぎを覚えてしまう。
そんな彼に構うことなく、トネードは話を続ける。
「どうだ?中々の規模だろう。兵たちの練度も士気も高い。これでも、我が組織の兵力としては一部なのだがな」
それを聞いて漸く、昭弘もまた口を開く。
それは輸送機に搭乗していた時から、否、人工島防衛戦の時から気になっていたことだった。
「みんな少年兵なのか?」
「殆どはそうだな。現地民や中東地域からの志願、敵武装集団からの吸収等々、調達方法は多岐に渡るが」
さらりと認めるトネードに対し、昭弘は顔を小さく歪める。自分のしていることを悪だと気付いてないような、そんな黒々しいものを彼から感じ取った。
「教育はそう難しくなかったよ。虐げられてきた歴史、先進国という共通の敵、それを打ち倒して自分たちの歴史を紡ぐ。そう唱えた上で、三日月とバルバトスという戦の象徴を掲げれば、従順で愛国的な兵士の出来上がりだ」
その後の処置についても、昭弘は大まかに想像する。恐らくそういう教育が行き届いて初めて、阿頼耶識を施術されるのだろう。
すると、三日月が無遠慮に口を挟む。
「オレ何かしたっけ?」
「フフッ。戦場のカリスマというのは、ただ居るだけで人をその気にさせてしまうんだよ」
トネードに同意するように、スコールもまた持論を唱える。
「彼等はこれまで、薬物やガンパウダーによって、戦うことしかできないように仕立て上げられた。戦場しかない彼等にとっては三日月、アナタの存在こそが希望なのよ」
すると三日月は、困惑の表情で頭を掻く。尊敬されることは嫌ではない彼だが、むず痒く感じるのは今でも同じらしい。
そんな中、通信が届いたスコールは耳に手を当てる。表情は真剣なものに切り替わっていた。
「・・・ええ、分かった。トネード、レーダー破壊が完了したわ」
「そうか。時間通りだな」
先程盗み聞いた「あの作戦」に続く、「レーダー破壊」という言葉。
駄目元で、昭弘は訊ねてみることにした。嫌な予感を刈り取るように。
「オイ、レーダー破壊って何の事だ?」
「悪いが、答える必要性が無いな。時間の無駄だし何より・・・」
そう言ってトネードは昭弘へと振り向く。慈愛に満ちたような、包み込むような笑顔を浮かべて。
彼のその表情を見る度、昭弘は血の気が引くのを感じる。美しい笑顔の筈なのに。
「君へのサプライズに水を差したくない」
どうやらこの案内が終わった後に、昭弘への贈り物があるらしい。それも特大の。
そのサプライズを遠慮するが如く、昭弘はトネードから目を反らす。反らした視線の先で、乏しい表情で見詰め返してくる三日月を見て、昭弘は不本意ながら安堵を覚える。
そんな昭弘を見て、トネードは気を引くように話を続ける。一行の足は、既に基地内へと向かおうとしていた。
「だが、別の秘密なら教えても良い。アタシたちの目的とかな」
「・・・目的?」
どうせ世界征服だろうと、そんな単純な反応を昭弘は示せなかった。そう簡単に切り捨てられない得体の知れなさを、トネードとスコールは常に纏っているのだから。
「アタシたちはな、戦士の国を作りたいんだ」
「・・・・・・あ?」
随分と聞き慣れない言葉が出てきたのと、内容の意味不明さに、昭弘は困惑と威圧の籠もった声で返す。
「まぁ聞いてくれ。先程スコールも言っていたが、少年兵たちには居場所が無い。幼少期に人を殺めたという事実は、いつまでも自身の心に住み着く」
それが子供ともなれば、しかも義務教育を終える年頃まで戦場に身を置いていたら、影響は計り知れない。社会への復帰は絶望的と言えよう。
「・・・それでも当人たちが望むんなら、時間を掛けてでも社会復帰させるべきだ」
当たり前のことを、昭弘は言ったつもりだった。無理矢理戦わされた彼等だって、その連鎖から解放されたい筈だと。
しかし、トネードは首を傾げた。
「それはつまり、当人たちの戦いを否定する・・・ということか?当人たちの行為を忌むべきものと断じ、それを強要した大人こそ悪と教え、挙げ句は薬をも投与する。そうして社会に適合させることこそ、ある種の洗脳ではないか?」
強要されたとは言え、彼等にとって殺し合いは日常の一部となっている。それを否定されるということは、延いては自分自身という個を否定されるに等しい。ましてや、無かったことには決してできない。
「第一、真に望む人間なんてどれだけ居る?正常な判断能力を失っている彼等が、急に解放されて好きに生きろと言われて、何故また元の生活に戻ると言い切れる」
「・・・・・・だから殺し合いを正当化するってか」
突き放すような昭弘の言葉を聞いても、トネードは狼狽えるどころか寧ろ笑みを零しながら答える。
「少し違うな、少年兵を「戦士」にするのさ。最低限の装備が当たり前、奴隷の如き扱いが当たり前、目的すら無い思考停止が当たり前。だがそんな彼等に最新鋭の装備を与えたら?組織の一員として正式に迎え入れたら?壮大且つ絶対的な正義を提示したら?彼等は戦いに誇りを見出すようになる。そうなれば社会復帰するまでもない、此処こそが社会そのものとなるんだからな」
彼等の戦いを否定するのではなく、意義のあるものとして肯定する。要はそう言うことなのだろうと、昭弘は理解した。
「・・・」
戦争を肯定するつもりなんて、昭弘には毛頭無い。家族を奪われる絶望、消耗品のように使い捨てられる恐怖、それらを余すこと無く彼は経験してきたのだから。
しかしだからこそ、オルガに誇り高き戦士と、そして家族と認められた時の嬉しさは計り知れなかった。これまでの戦いは無駄では無かったのだと。
故にトネードの言葉を、昭弘は否定もできなかった。
そして漸く、トネードが昭弘に固執する理由も解ってきた。昭弘自身も薄々勘付いていたが、恐らくトネードとスコールは、昭弘と三日月の過去を知っているのだ。どこまでかは不明だが。
奴隷から戦士へ、消耗品から家族へ。前世でそれらを体現した昭弘こそ、正に貴重なモデルケースと言えよう。戦士たちの纏め役としても打って付けだ。
三日月が皆を引っ張るリーダーだとすれば、昭弘は皆を固める相談役。そんな所が、トネードの理想とする新たな組織図なのだろう。組織を完全なる一枚岩とする為にも。
トネードの次なる言葉は、まさにその裏付けとも言えた。
「そんな戦士たちを牽引するのは、いつの時代も三日月のようなカリスマだ。支え役も、もう一人くらい欲しいものだがな」
それを聞いた三日月は、またしても困ったように頬を指で小さく掻く。
「だから何もしてないって。オレはただオルガの意志の為に、止まらないだけだから。それにスミルやアネス、Mのことも相変わらず良く分かんないし」
「ああ、そういや居たなMとか言うクソ生意気なガキ。空気過ぎて忘れてたわ」
三日月とオータムの会話を聞いて、頭痛の種を思い出したように、スコールは目頭を押さえながら言葉を零す。
「Mの処遇も考えておかないとね。「今後の世界」には無用の長物だし。阿頼耶識を施術してもいいけど」
今後の世界。ISの代わりにMPSが台頭し、戦火に飲み込まれるであろう世界。
昭弘が険しい顔でそんな未来を想像していると、トネードも更なる目的を語り出す。白と灰色の基地内にて、一同の声と足音が紛れていく。
「ISが退き、MPSが主力兵器となれば、先んじている我々が今後の世界の覇者となるだろう。それは即ち、今まで虐げられてきた元少年兵たちが、自らの手で世界を勝ち取ることをも意味する。出自なんて関係無い、実力こそが全ての完全なる世界をな」
尚もコツコツとモデルのような背筋で歩くトネード。そんな兄の歩調に合わせながらスコールも進む。柔らかい微笑すらも模倣するように。
そして、合図がある訳でも示し合わせた訳でもなく、兄妹はその言葉を同時に口にする。互いの心を照らし合わせるかのように。
「「世界はあるべき姿に戻る」」
弱肉強食の完全能力主義社会。
ミューゼル兄妹が同時に放った言葉は、もしかしたら正しいのかもしれない。女尊男卑、IS至上主義、少年兵問題、貧富の格差、或いはそれらを解消できるのだから。
しかし昭弘にはこの世界のことなんて、そんな表面上の部分しか分からない。彼にとっては、束のラボとIS学園がこの世界の全てだ。
故にその言葉を聞いても、ただ不安を感じることしかできなかった。
そんな彼の心を見透かすように、トネードはIS学園について言及する。
「安心したまえ。今後IS学園に手出しするつもりは無い、約束する。日本は地理的にも離れすぎているし、今回のような例外を除けば、いち教育機関を攻撃する軍事的メリットも無いからな。・・・代わりに、これだけは言わせて貰うが―――」
そうして一つ分の間隔を置くと、トネードは昭弘に現実を突き付ける。
「君はいつまでも学園には居られない、学校とはそう言う機関だ。今抜けようが卒業しようが、そこまで大差は無い。君だって本当は解っているんだろう?」
「・・・・・・ああ、それは認める。だがISが無くなれば、IS学園も無くなっちまう。そこは見過ごせない」
「酷なことを言うが、君が我々の仲間にならなくとも、IS学園は近い未来に潰える。我々がどうなろうと、T.P.F.B.等によりMPSの普及が拡大している今、世界情勢の悪化は必至だ。そうなれば防衛力強化の観点から見て、各国はこぞって学園からISを回収するだろう。学園への不干渉原則なんて意味を成さない」
トネードは言葉の鞭で叩いた後、今度は言葉の飴を昭弘に与える。
「だがMPSが完全に地球上を支配したなら、話は変わってくる。兵器としてのISが廃れれば、宇宙開発としてのIS量産を篠ノ之博士が解禁するからな。そうなればその教育機関として、IS学園は再建される。何年先になるかは分からないが」
やはりトネードたちも、千冬と同じ見解のようだ。ならば尚のこと昭弘も納得するしかない。
恐らく彼は、昭弘を引き込む為に説き伏せているのではない。ただの一つの現実、起こりうる最も高い可能性を述べているだけなのだ。だからこそ信憑性がある。
そんな正論及び現実を説かれて尚、首を縦には振れない昭弘。だがそれは、IS学園の昭弘・アルトランドとしての虚しい意地が、冷静な思考とは別に抵抗を続けているだけだった。
もし、亡国機業が約束通りIS学園に干渉しないなら、彼等の行動で今後もIS学園が存続するのなら。昭弘が三日月たちと対峙する理由は、果たしてあるのだろうか。
昭弘の戦いに正義はあるのだろうか。
そうして基地内を進む一行は、一つの巨大な扉の前に立つ。
左右にスライドするタイプの、まるで何かを封じ込めるかのような扉。その鍵とも言える端末に手を翳しながら、トネードは言う。
「これから君が見る光景は、その新たなる未来への一歩だ」
重厚な扉が、重々しい機械音と共に左右へ移動していく。細く差し込んだ光は機械音と共に広がっていき、遂にはその全貌が明るみになる。
グレイズという名の重装甲の兵士たちが、トネードたちに向けて一斉に敬礼をした。その数凡そ300、整然と並んでいた。
グレイズたちの眼前にはステージがあり、その上には演説台のようなものまで鎮座していた。
周囲には黒く大きめのカメラが無数に、演説台を狙い撃つように配置されていた。
「・・・嘘だろ」
だがそんなもの、昭弘の視界に飛び込んできた「あるマーク」に比べたら些細なものだった。
それはグレイズたちのショルダーアーマーに、演説台の真上に、至る所で存在感を放っていた。
職員らしき人物が持ってきた制服にも、集まってきた幹部らしき人物たちのスーツにまでも。
「皆さん、こちらを」
「ご苦労様」
スコールはその深緑色の制服を、先ず最初に三日月へと手渡す。それが彼の権利であると言いたげに。
三日月は背中にプリントされているソレを見て、小さいながらも満足そうな笑みを零す。
「懐かしいでしょう?」
「うん。やっぱいいね」
「全くだ。この後バルバトスを纏って貰うのが申し訳無いくらいだ」
そんな会話すら、今の放心した昭弘には遥か届かない。何が正しいのかという自問自答も、この時ばかりは吹き飛んでいた。
「さて諸君、今日この時を以て我等は名を改める。・・・いや、初めて名乗る・・・と言った方が正しいな。亡霊が実体を得るのだからな」
鉄の板を何枚か合わせただけのような、シンプルな記号。だが昭弘にとって、昭弘たちにとって、その記号は何にも代えられない特別なものだった。
「同時に、全世界に宣戦布告する」
その記号の名前は。
「新生『鉄華団』として」
前書きにも後書きにも「暑い」しか言えないことってある?