9月24日。IS世界に激震が走る。
ある所では一家団欒の最中に、ある所では食事中に、またある所では仕事の只中に、あらゆる媒体を通じてその速報は飛び込んで来た。
現地時間で早朝、強国イスラエルのレーダー施設が何者かにより相次いで破壊されたと。爆発による死傷者は100名以上。
外部からの物理攻撃なのか、内部での破壊工作なのか続報を待つしかない中、犯人がSNS及び動画配信サイトにて犯行声明を流した。
黒い目出し帽を被った、迷彩服のいかにもな武装集団。或いは赤いベレー帽の将軍。誰しもがそんな姿を想像していたが、その予想は大いに裏切られることとなる。
荘厳な演説台に映っているのは、世界的トップモデルともハリウッド女優ともタメを張る程の、金髪の美しい2人が並んでいた。
当然、美しい人間が2人も演説台に並んでいれば、いやが上にもその存在を誰しも脳裏に焼き付けてしまう。
その片割れ、中性的な方が最初に口を開いた。
《全世界の諸君、初めまして。私は『鉄華団』のトネード・ミューゼルだ。世界を正しき方向へ導く先駆けとして、イスラエルを攻撃させて貰った》
続いて、同じ顔の女の方もマイクを震わせる。
《同じく『鉄華団』のスコール・ミューゼル。既にイスラエルのレーダー網は完全に麻痺、あと1時間で我々がほぼ全域を掌握する》
戦果を述べた所で、再びトネードが開口する。恐らく、交互に演説が行われるのだろう。
《先ず始めに。諸君、この世で最も尊ばれるものは何だと思う。財力か?権力か?派閥の力か?それとも愛か?・・・答えは武力、もとい「実力」だ》
その言葉を皮切りに、画面が演説台の下の開場へと切り替わる。スマホの画面を眺めている者も、そしてデスクトップに齧り付く者も、皆同じく絶句した。
300体近い全身装甲の機兵が、所狭しと並んでいたからだ。それはまるで、かのISに似た威圧感を放っていた。
《考えてみて欲しい、先進各国の諸君。今や君たちをも上回る実力の我々が、君たちから搾取される道理がどこにある?何故君たちの台頭を許す?》
そうして一区切り置くと、トネードは諭す様な口調へと変わる。
《諸君、もう十分ではないか?代理戦争も、弱者からの搾取も、富の独占も、そしてISという軍事ごっこも、十分堪能してきただろう。豊かな生活を送ってきただろう。それらの幻想はもう終わりだ。今後はアフリカが中心となる、新しい世界へと生まれ変わるのだからな》
トネードがそこまで言い終えると、ある白い機兵が重厚な足音と共にステージへと上がってきた。王冠の如く黄色い二本角と緋色のツインアイが目立つ、白いながらも悪魔のような外見であった。
同時に、スコールが演説の仕上げに入る。
《改めて私たち鉄華団は、全世界に対し宣戦布告する。各国が無条件降伏するまで、攻撃の手は決して緩めない。休戦も停戦も認めないものとする。後は自身の命運を、大好きなISに委ねてみると良い》
そこで白い機兵が天へとメイスを突き上げ、スコールが開場に檄を飛ばす。
《皆!偽りの世界、そしてその象徴とも言えるISは終わる!私たちが新たなる時代を切り開く!》
機兵たちの怒号が、雄叫びが、開場を揺らす。混乱のうねりが世界を覆う、その序章であるかのように。
或いは、今もステージ上で威光を放つ白い悪魔の王を、崇めるように。
その1時間後。スコールの宣言通りの状況となった。
レーダー破壊直後、索敵不能の隙を突いた鉄華団強襲部隊は、直ちにイスラエル各市街地へと降下し、これらを占拠。交通インフラも強制停止された。
この占拠では死傷者こそ出ていないものの、生身の市民と装甲機兵が隣り合わせという、緊迫した状況となっていた。
イスラエルISも既に出撃したが、市民が肉壁となっている現状では、手出しのしようが無かった。
それから更に数時間後。世界の激震に乗るような形で、ある人物も緊急の記者会見を開いていた。
世界最強のIS乗り織斑千冬、通称『ブリュンヒルデ』。そんなかの人物の両脇には、IS学園理事長及び学長、そしてIS委員会の事務官が控えていた。
誰もが憧れる戦乙女。皆が食い入るように画面を見るのは至極当然であった。
そんな会見の開口一番、千冬は謝罪から入った。
《先ず、誘拐された生徒、及びそのご家族の皆様方に、心からお詫び申し上げます。今現在も対応を進めている所です》
そうして深々と腰を折る千冬に合わせ、各責任者たちも深く頭を下げる。フラッシュが一斉に焚かれる。
早速、記者たちから質問が飛んでくる。主に、誘拐に至るまでの経緯について。
千冬は何ら動じることなく、ありのままの出来事を順を追って説明した。区画シールド内への収容が、千冬の現場判断であったことに関しても。
更に質問がより深く入り込み、工作員の存在を認知できなかったことについても問われた。
《はい、認知していませんでした。現在、入学試験の抜本的な見直しを模索しています》
質問は次の段階へと慌ただしく進んでいき、この手の会見では最早定番な「責任の所在」についての質疑となった。
千冬は堂々と、真っ直ぐな視線で答えた。
《現場での責任は私にあります。故に責任ある者として、私自ら『暮桜』を纏い、生徒の救出に赴きましょう。率いる部隊に関しても、あらゆるコネクションを利用してかき集めるつもりです》
言い終えた瞬間、大きなどよめきと大量のフラッシュが会見場を包んだ。キーボードを叩く音と、メモの上を走るペンが、それぞれ違う興奮を醸し出す。
当然の反応であった。あのブリュンヒルデが、自らが封じた伝説のISを纏い戦うと、そう言い放っているのだから。
その流れは、襲撃犯についての質疑へと変わっていく。亡国機業及び、前代未聞の宣戦布告を行った鉄華団、両者の関係性についても。
《鉄華団とは、亡国機業が名を変えた姿です。そしてかの映像、演説台にて大言をほざいていたスコール・ミューゼルこそ、学園を襲撃した張本人です。つまり鉄華団とは、所詮は犯罪者の集まりに過ぎないということです。映像を見た方は決して感化されないように》
そして詳細な部隊編成、及び多国籍軍との連携に関しては「目下検討中」という答えに留めた。
その後は理事長や学長、そしてIS委員会へと質問の矛先は流れた。主に今後の学園運営や施設復旧、今回の凶行に対する各国のIS導入について、様々な角度から質疑応答が続いた。
そうして会見の最後、フリーの記者から「鉄華団に対して一言」と投げ掛けられ、千冬は次のように答えた。
《亡国機業・・・いや鉄華団よ、私はお前たちに対して怒り心頭だ。だから私の怒りがこれ以上膨らまない内に、大人しく生徒を返した方が身のためだ。己が力を弁え、反省し、野心を捨てることは恥ではない。賢明な判断を期待する》
鋭い視線の放つ圧が、広い筈の会見場に瞬く間に充満していく。
息苦しさから、思わず呼吸を早めてしまう記者たち。レンズの先の視聴者にすら、その威圧感は届いた。
こうして、ブリュンヒルデが最後にその場を支配するような形で、会見は終了した。
ミューゼル兄妹とブリュンヒルデ。双方の挑発的とも取れる言動は、両者の美貌も相まって全世界で話題沸騰となった。
若年層に至っては、攻撃されたイスラエルや人質のことはそっちのけで、美男美女3人についての話題ばかりが上がった。トネードの性別だとか、スコールの実年齢だとか、千冬とどちらが美しいかとか。ファンクラブができかねない勢いであった。
対して、比較的まともな思考の者たちは、ズラリと並んでいた機兵の戦闘力を予想していた。特に二本角の白い機兵に関しては、鉄華団のトップエースなのではという意見、単なる張り子の虎に過ぎないという意見に二分されていた。
しかし、ある評価だけは誰しも共通していた。決してISには及ばない、と。
あるコメンテーターは次のように述べた。
《鉄華団の演説は、はっきり言って虚仮威しもいいところです。ISに似たパワードスーツを300機並べれば、自分達の優位性を示せると思ったのでしょう。それとももし本当に、あの300機で世界征服できると思っているなら、織斑氏の言う通り身の程を弁えた方が良い。それこそ、米国とドイツが本気で動けば、3日でイスラエルを解放できるでしょう。どちらにせよ、ISをナメているとしか思えない》
IS戦術に詳しい専門家も、以下のように切り捨てた。
《レーダー破壊からの手際は見事でしたが、それだけです。本当にISと渡り合えるなら、ISごとねじ伏せて首都を一気に陥落させた筈です。それができないから、市民を人質に取っているのでしょう》
識者たちの反応は、どれも似たり寄ったりであった。
時々起きる、いつも通りの武装集団による、いつも通りのテロ紛いな行為。ISという超武力が、数日の内に制圧して終わり。いつもと違うのは、首謀者が美人兄妹という事くらいか。
鉄華団への漠然とした恐怖は、そう言った意見によって鳴りを潜めていった。
同日、夜。
IS学園学生寮のエントランスに集まっていた簪、セシリア、楯無、ラウラの4人は、液晶端末等で情報収集していた。時折苦言を零しながら。
「・・・みんな見当違いなことばかり言ってる」
「全くだな。これでは平和ボケと言われても仕方ない」
「識者が聞いて呆れますわね」
簪の言葉に、そう同意を示すラウラとセシリア。各コメンテーターの発言、及びそれに対するコメントを読んでいるようだ。
「仕方ないわ。ISが骨の髄まで浸透してる世界だもの、妥当な意見よ。寧ろ反応を示してるだけマシね」
宥める楯無によって、3人の思考が切り替わる。今は、愚痴よりも意見を出し合うべきだと。
先ずは、鉄華団の演説について分析することとなった。
「この映像の300機・・・きな臭い。何と言うか・・・いかにも「これが全戦力です」って言いたげで」
「鋭いですわね簪さん。数を多く見せるカメラアングルも相まって、余計にそう感じますわ」
ここに居る全員、亡国機業改め鉄華団の策略には煮え湯を飲まされている。あの演説映像にも、見る者の思考を誘導する罠が張り巡らされていた。
「敵ながら良くできた映像ね。戦力を誤認させることにも成功してるし、何よりミューゼル兄妹と白いMPSのインパクトね」
ステージ中央に並ぶ美貌で瓜二つの2人、その脇には他と一線を画するであろう白い悪魔。興味を引かれるのも尤もだ。
「そう考えると織斑先生の強気会見は正解だったわね。感化された者に釘を刺す意味でも、興味を分散させる意味でも」
そう評する楯無に続き、ラウラも気になった点を上げる。
「この白いMPSはどの程度だ?昭弘との交戦で生還した以上、弱くはない筈だが」
「多分強い・・・と思う。昨日間近で見たけど・・・機体に目立った外傷は見受けられなかった」
「つまりグシオンと互角かそれ以上、か。機体の外見もどこか似通ってるし、兄弟機かしらね。いずれにしろ、鉄華団の象徴でありトップエース機なのは確かね」
「アルトランド本人から詳しい情報を聞くべきでしたわね」
後は先進各国の動きについてだが、楯無は期待してなかった。他3人も、世論の反応を見て諦観めいたものを抱いていた。
「国連は中々動かないでしょうね。寧ろこれで即応したら、ISの脆弱性を自ら認めるようなものだもの。そうでなくても、
「それを言うなら、中国とイランもですわね。足並みが揃わないのは確実かと」
「最悪の場合、本当にアメリカとドイツだけで事に当たりかねないな」
実際、その2国もまた世界屈指のIS大国なのだから、誰もが安心して任せてしまうだろう。寧ろ下手に参戦しては連携が困難になると、そういう
国家間の軋轢、或いは馴れ合い。そこから生まれる団結力の欠落。その現状を見て、簪はある答えに行き着く。
「そうか・・・だから最初にイスラエルを狙ったのかも。あの国・・・中東諸国から嫌われてるし、積極的に武力行使する国も限られてくる。どころか、パレスチナにガザ地区、聖地エルサレムも開放されるだろうから・・・ハマスとヒズボラは勿論、ヒズボラを支援してるイランも・・・喜んでそう」
「そのハマスとヒズボラも、鉄華団とグルだった・・・なんてオチじゃなきゃいいんだけどね」
そう冗談めいて言いながらも、楯無は述べた仮説にそれなりの確信を持っていた。それ程までに、電撃的且つスムーズな作戦進行であった。
強国を征し、虐げられた人々を解き放つ。その観点から見た鉄華団のイスラエル侵攻は、正しくアフリカ解放の縮図と言える。ハマスとヒズボラ、若しくはパレスチナ自治区の誰かが、鉄華団と内通していたとしても不思議ではない。
「ただそうなると、鉄華団の次の一手が読めん。ヒズボラを介して、イランと手を結ぶつもりか?」
「しかしそれだと、彼等の宣誓と矛盾しますわ。イランもIS大国でしてよ」
「そもそも・・・鉄華団って何なんだろう。アフリカのどの国の為に・・・戦ってるんだろう、具体的にどの国が敵なんだろう。鉄華団が目指す世界って・・・何?」
話し合いが行き詰まりを見せると同時に、敵の最終目的という当然な疑問にも行き着く。そこが判明しなければ先手も打てない。
そうなって初めて、楯無は自身と千冬と昭弘だけで共有していた推測を述べようと決意した。
今この時まで話さなかったのは、単に確定的な情報ではないということ。そして何より、皆を巻き込んでしまうのが怖かったからだ。かの天災の大変革に。
それでももうここまで来たら、話せる内に打ち明けるしかない。事態は一刻を争う。こうしてる間も、人がどんどん死んでいくかもしれないのだから。
「・・・みんな、聞いて欲しいことがあるの。ある人物の計画について」
かの計画を話し終えた楯無は、まるで待ち構えるように黙り込んだ。信じて貰えるよう、個々の疑問に誠心誠意答えるべく。
「・・・とんだ妄言だと言いたい所だが、福音戦や現状を鑑みると・・・な」
「連中が織斑先生との真っ向対決に固執するのも、これなら合点が行きますわね」
「お姉ちゃんは嘘付かない・・・ただ信じていればいい」
「簪ちゃんはもう少し疑いなさい」
堂々と言い張る簪に対し、楯無はラウラとセシリアを見本に叱りつける。話が早く進むのはありがたいのだが。
「しかしそうだとしたら、鉄華団は確実に全世界のIS戦力を上回っている・・・ということになりますわね。織斑先生との対決も、勝てる確証あってのことでしょうし」
「要するに宣言通り、ISを保有する全ての国が標的という訳だ。イスラエルISを武力でねじ伏せなかったのも、先進各国を油断させるという理由が濃厚だな」
「あとは連中がどの国に攻め入るか・・・は更識家の情報次第だけど・・・一つだけ、今の私たちでも打てる手立てがある。織斑先生だよ」
簪の思い付きに、同じ事を考えていた楯無たち3人も頷く。現状、この先の交戦場所と日時が確定しているのは彼女だけだ。
その詳細について、楯無が代わりに述べる。
「そう。鉄華団が打倒ISを成すには、軍事力でISを上回ると証明すること、そしてISの象徴である織斑先生を討ち取ること。この2つの要素が必要になるわ。ならばアタシたちにできること、それは織斑先生の救援よ」
千冬が戦地に赴き戦いさえすれば、人質である生徒たちは無条件で解放される。そこに千冬の勝敗は関係無い。
つまり真に救助すべきは、生徒たちではなく千冬なのだ。例え交戦して千冬が生還したとしても、鉄華団に生徒たちを殺める道理はない。
救出に向かう千冬たちを更に救出する。何ともややこしい作戦だ。
ISのセッティングや人選、どう内密に進めていくか等まだまだ詰めるべき詳細はあるが、大まかな方針は決まった。鉄華団を倒すと言うよりも、勝たせない。それが簪たちの戦いになりそうだ。
そこまで纏まったと言うのに、4人の表情は曇っていた。痒い所に手が届かないような具合で。
この案だと、どう転んでも簪たちは紛争への武力介入を余儀なくされる。如何にIS学園が特殊とは言え、それは流石に御法度だ。
いち教育機関として、生徒を紛争に関わらせてはならない。
「もしアタシたちの独断で救援に向かったら、退学じゃ済まないわ。それにアタシはロシアの国家代表、アナタたちも各国の代表候補生。その肩書きで紛争に介入する事の重大さも分かるでしょう?」
誰しも肯定の閉口を見せると同時に、ある事柄に納得もした。鉄華団が何故、人質に代表候補生を選ばなかったのかについてだ。
もしそうなっていたら、確実に千冬は各国の要求や思惑に振り回され、救出もどんどん先延ばしにされただろう。そうなれば鉄華団も千冬との対決が実現しなくなる。
国のしがらみを感じる今だからこそ、それらを実感できてしまう。
「ただ、これだけは覚えていて。もしこのまま何もせず傍観していたら、場合によっては国そのものが無くなりかねないわ。・・・明日の夜まで待つから、皆もよく考えて欲しい。それともう一つ」
少しの間を空けると、楯無はより重々しい口調で切り出す。
「彼等の主張には芯が見える。搾取からの脱却も、自分たちの力による独立も、少年兵の境遇を思えば納得もできるわ」
そんな彼等にとって、富の塊であるISはまさしく腐った世界の象徴と映るだろう。実際、そのISによって世界が停滞していることは事実だ。
「心の叫び、追い求める理想、そして見出した正義。彼等が名乗る「鉄の華」には、きっとそれら切実な思いが込められているのかもしれない。けれどね―――」
暖かい擁護を見せていた楯無は一転、突如としてその胸に秘めた激情を解き放つ。
「アタシたちにとっては「今のIS」こそが全てよ。それを・・・人殺しを正当化してるような連中に、否定されてなるものですか」
彼女だって人を殺めたことはある。だがそれを、大義の為と正当化したことは一度たりとも無い。
鉄華団がどんなに崇高な理想を説こうと、楯無からすれば殺人者の集団に過ぎない。もっと言えば、悪事の自覚すら一切無い最低な部類の殺人者集団だ。
そんな連中に、これまで人生を注いできたISを否定される。許せる筈が無かった。
楯無のそれは、鉄華団とは対照的な静かなる宣言であった。思いが込められた鉄の華を、冷酷に踏み潰すかのような。
しかしその冷たい炎に、簪もセシリアもラウラも熱く同調していた。
そこに理屈も正義も無い。ただISが好きな、年相応の高校生が居るだけだ。
次回、昭弘サイドの話にするか、簪サイドの話にするかで悩んでます。
というか次話投稿まで暫く空けると思います。今後の展開を整理したいです。