というか早く昭弘を描きたい(切実)
―――――9月25日(日) IS学園
夕刻。国際IS委員会会議から一時帰還した千冬は、薄暗さの漂う職員室に居た。
疲れた表情で座る彼女の前には、3人の教員が神妙な面持ちで立っていた。その内の一人が静かに、そしてやるせない声色で切り出した。
「織斑先生・・・長い間、お世話になりました」
別れの挨拶を受け、千冬は少しだけ瞼を閉じた後、寂しそうな笑顔を返した。
退職手続きの合間を縫って、自身が帰還した僅かなこのタイミングで態々伝えるとは律儀だなと、そう彼女は思った。
「いえ・・・こちらこそ、いつも助けられてばかりでした。ただ―――」
一瞬言い淀んだ千冬は口を噤むが、それでも駄目元で言ってみることにした。
「休職でも構わないのですよ。その間、先生方が再度部隊召集されることはありません。他の方も休職を選ばれてますし・・・」
落ち着いた口調で話す千冬だが、懇願的なものは隠し切れてなかった。
それでも尚、教員は首を横に振った。力無いその動作には、しかして梃子でも動かないような意思があった。
「この私の手で・・・2機墜ちていきました。よく覚えてませんが・・・赤い液体が、顔面に付着したことは記憶してます」
その言葉を聞いて、隣に居た教員は口を押さえてしまった。記憶が、嘔吐きと共に蘇ったように。
「あれから一睡もできないんです。ほんの少しでもラファールの姿を思い起こすだけで・・・トイレに直行です。情けない奴だと、教師の風上にも置けぬ奴だと、どうぞ嗤って下さい」
もう二度と兵器に関わりたくない、こんな自分を生徒たちの前に晒したくない。そんな切実な思いが、彼女の語る日々の実態に見え隠れしていた。
千冬にさえ、今の彼女たちを止める手立てなどある筈がなかった。
「嗤う訳ないでしょう。皆さんのそれこそ、寧ろ普通の拒否反応です。私こそ、配慮の欠ける提案でした・・・申し訳ありません」
高度な頭脳と指導力、強靱な精神性に強い目的意識、そして高いIS適性を持つ厳選されたIS学園教職員。
そんな彼女たちには、あって当然の心得があった。ISとは兵器であると。その兵器という力を、
彼女たちは思い知った。所詮それら知識と覚悟は、自身の手が血塗れるという現実に対して、余りにも無力だということを。
武器を手に取ることの本質は、どんなに崇高な人間も蝕んでしまうのだ。
教員たちが退室した後、千冬は自身のPCから一旦顔を離し、控え目に溜め息を吐いた。それは疲労からではない、憂いから来るものだった。
千冬の知る限り、これで休職及び退職の申請を行った普通科教員は、現時点で全体の半数を超えた。今後も増える可能性は高い。
整備科教員が健在である点は救いだが、それでも今後の学園運営には厳しいものがあった。カリキュラムを一から作り直すことは勿論、授業のやり方自体も全体的に見直さなければならない。場合によっては、2組分の生徒を一人の教員が受け持つ必要性もある。
何より最も恐れていることは、この悪い流れに影響される生徒たちについてだ。休学、退学を願い出る生徒が出ることも、視野に入れなければならない。
つい、千冬は思ってしまった。生徒たちを救出できたとして、その後果たしてIS学園が機能できているのだろうかと。
そんな物思いに耽っている中、再び職員室の扉が開かれた。
「・・・山田先生」
先程の3人と同じく、生気が抜けている真耶の顔を見て、千冬は察すると同時に身構えてしまう。遂に彼女までも、お別れの挨拶に来てしまったのかと。
「調子はどうだ?・・・いや、すまない。聞くまでもないな」
「・・・」
真耶は無言で俯くだけだった。目の隈は漆で塗られたように深く、充血も酷い。他の普通科教員と似たような状態だった。
この精神状態で続けられてもどのみち長くは持たない。残って欲しいという思いも、そんな諦観に上書きされていく。
千冬がそう思っていると、漸く真耶が弱々しく口を開いた。
「・・・織斑先生、私はどうすれば良いのでしょうか」
君の思う通りにしろ等と、そんな無責任なことを言える筈がなかった。真耶は、彼女たちは、過程はどうあれ人を殺めてしまったのだから。自身の信じるISで以て。その嫌悪感と絶望は、千冬のような人間には決して測りかねないものだ。
故に千冬は敢えて答えず、続くであろう真耶の言葉を静かに待った。
「きっと休職すべきなんだと思います。こんな状態で仕事を続けたらいずれ・・・けど」
真耶は歯を食い縛っていた。それは何かに耐えるようでもあり、何かから逃げるようでもあった。どちらなのかは、千冬には判別できなかった。
「今この状況から逃げたら・・・残った生徒たちはどうなるのでしょう。救出されて帰ってきた生徒たちを、どう迎えるのでしょう。そうなるくらいなら―――」
そこで真耶は、千冬に深々と頭を垂れた。先の教員たちと同じように。
しかしそこから先の言葉は真逆だった。
「織斑先生・・・これからも宜しくお願いします。この学園と生徒たちの為に・・・私は壊れます」
死んだ魚のような目で、そう消え入るように宣言する真耶。
真耶一人が残った所で、状況が一気に好転する訳でもない。自身にそんな力がないことは、真耶も重々承知している。それでも、人一倍真面目な彼女には「教師」で居るしかないのだ。どんなに心が弱り果てても、そういう生き方しか彼女にはできないのだ。
それは滅私奉公とも、やけくそとも似て非なるものだった。学園の現状と自身の精神状態、双方を天秤に掛けたが故の判断なのだ。昭弘たちが帰ってきて、そして学園が辛うじて復興するまで、この心はどうにか持つと。
少し訂正するなら、心が持つか持たないかではなく、持たなければならないのだ。敵襲に怯えながらも、悪夢にうなされながらも。
真耶のような正常な人間をそうさせるのは、微かに残った教師としての矜持と生徒への愛なのか。或いは正常過ぎるが故に、自ら逃げ道を塞いでしまっているのかもしれない。
崩れるか崩れないかの瀬戸際。今の真耶とIS学園が、重なっているように千冬には見えた。
「・・・・・・分かった。無理だけはしないでくれ」
千冬はそれ以外に何も言えなかった。もし余計なことを言えば、そのまま真耶の心がぽっきり折れてしまいそうな気がしたからだ。
異常の部類に入る千冬は、それこそ言葉に細心の注意を払わなければならない。まともな人間を潰さないように。
暮桜に関するデータと資料を纏めた後、千冬はゆらりとした足取りで廊下に出る。
「織斑先生、お帰りなさい」
明るく軽やかな声の方を向くと、楯無がそこに居た。千冬は急ぎ気持ちを切り替える。
「ああ、ただいま。またすぐ出るがな」
「ご多忙なことで。・・・ところで、国連安保理とIS委員会はどうでした?」
聞かれるとは思っていた千冬だが、その話題になるとどうしても深い溜息が出てしまう。芳しい決議は得られなかったようだ。
「先ず安保理だが、やはり国連軍は無理だった。常任理事国である中国とロシアが拒否権を行使したからな。従来通り、水面下で多国籍軍を結成している所だ。主にアメリカとドイツで」
ただ、多国籍軍に関しては千冬の管轄外だ。彼女の目的はあくまで生徒の救出、及びその後の戦いで生き残ることなのだから。
「救出部隊に関しては、IS委員会が積極的に働きかけてくれている。正直言って怖いくらいだ」
「未来を担う子供たちの為なら、いくらでもISを掻き集める。
威光を示す好機だと、各国も踏んでいるのだ。あのブリュンヒルデの部隊に、自国のISが加わったともなれば、その宣伝効果は計り知れない。
そこまでは良かった。各国の思惑がどうであれ、利用できるものは利用する。千冬からすればそれだけのことだ。
「だが、やはり危機感はまるで足りていなかった。ミューゼル兄妹との契約を打ち明かし、連中の目論見を語っても「だから何だ」で終わりだった。「最強の貴女が全て叩き潰してしまえば良い」とな」
「ま、そうなりますよね」
事実、千冬が戦うだけで生徒が解放されるなら、各国からしてもそれに越したことはない。救出作戦を考える必要もないので、時間も大幅に短縮できる。
そして千冬が戦うことは、そのまま千冬の勝利を意味する。各国にとってブリュンヒルデとは、それ程までに絶対的な存在なのだ。
千冬ありきの、ブリュンヒルデありきの作戦。予想するまでもない、約束された勝利。
だがもし負けたら。
それが常に念頭にある楯無は切り出した。
「何はともあれ、健闘を祈りますよ織斑先生。盛大に送り出したいので、そろそろ教えてくれます?日時と場所」
そう、IS学園で交戦場所と日時の詳細を把握している人物は、スコールと直接書面を交わした千冬だけなのだ。その書面も、常に千冬の懐にある。
当然、そんな千冬の解答は早かった。
「駄目だ」
「・・・アタシたちが余計なことしでかすからですか?」
「ああそうだ。分かってるじゃないか」
千冬がそう突っぱねると、楯無の表情から笑顔が消える。書面を見せるまで側から離れないと、紅い瞳はそんな風に睨んでいた。
対する千冬は、何度目かの溜息に苛まれた後、楯無の肩に優しく手を置いた。
「お前たちは生徒だ。本気で私のことを思うんなら、安全な場所で日々の通り勉強していてくれ。・・・頼むから」
退学処分云々などと、千冬はそういうことを言っているのではなかった。
IS学園で生徒らしく普段通り過ごす。それこそが、教師である千冬にとっては何よりの励みになるのだ。
そして残念ながら、それは千冬からの一方的な願望に過ぎなかった。
「今更何を言うんです?散々アタシたちを巻き込んでおいて・・・」
楯無のそんな普段通りの様は、真耶たちとは対照的だった。同じく人をその手にかけた筈なのに。
千冬の言葉通りなら、きっとそれで良いのだろう。日常生活に支障を来さない、安定した精神状態なのだから。
故にこそ、尚のこと千冬を苦しめる。楯無という少女にとって、殺しが日常の一部に過ぎないという、その答え合わせに。
それこそが異常なのだと、本来なら教師である千冬は言わねばならない。だが言えない。攻防戦に生徒を巻き込んだのは、その千冬なのだから。
楯無の言う通り、本当に今更な苦悩だった。凄惨な環境に慣れてしまっている生徒なんて、昭弘で十分に理解していた筈なのに、いざ直面するとこれだ。
自身が手を汚すのはいい、だが生徒が同じことをするのは耐えられないという現実。そういう意味では、千冬も他の教員たちと同じと言えた。
故に、楯無を説き伏せるだけの正論も持ち合わせてない。だったらもう、千冬の言えることは一つしかなかった。
「だからこそ、もうこれ以上戦わないでくれ。・・・ではな」
そう力無く言い放つと、千冬は職員室を後にした。
楯無が、そんな彼女を追うことは無かった。
普段とは程遠い、まるで人気の無いアリーナA。
そのすぐ外では、機動訓練中だった簪とラウラが小休止を入れていた。
「・・・そっか」
ベンチに腰掛けながら、そう残念そうに返す簪。
隣に座っているラウラも、不本意そうな表情をしていた。
「ああ、ドイツ本国からの召集命令だ。今夜にも学園を発つ」
IS学園の生徒であり、ドイツ空軍『
「すまんな。生徒会長やセシリアにも、宜しく伝えておいてくれ」
「うん・・・分かった」
ラウラからの謝罪の必要性を、簪は感じなかった。
外部干渉を受けないIS学園に居る以上、例え軍指令だろうと従う必要はない。だがそれは、一部隊の隊長として部下を放っておく理由にはならない。それはIS学園に籍を置く以前の、ラウラに与えられた軍人としての責務なのだ。
第一、簪自身も何度も言っているように、この戦いは強制ではない。独裁政権でもないのだから。
しかしそれでも、ラウラが抜ける穴は大きい。それもまた理解している簪は、ある確認をすることにした。
「ラウラくんはきっと・・・イスラエルに向かうんだよね」
「そうだな」
「いつ頃になりそう?」
「ん?・・・予定通りならおおよそ五日後だろうな」
「五日後・・・」
簪はある思案に耽った。
千冬が決戦へと向かう、場所と日時。もしそれが簪の予測通りなら、ラウラ率いる黒兎部隊と共闘できる可能性があるからだ。
その予測は、或いは外れるかもしれない。だが、今ここでラウラに提案してみる価値はあった。
「―――成程、承知した。黒兎部隊には私から話しておく。後は運と状況次第だな」
「ん・・・お願い」
提案を受け取って貰い、再びアリーナのピット内へ戻ろうとする簪。
「待て更識簪」
そうラウラに呼び止められ、変わらずの乏しい表情で振り向く簪。
「本当に捨てる気なんだな?代表候補生の肩書きを」
代表候補生。ISとの長きに渡る親和とぶつかり合いの果てに得られる、己のパイロット人生を証明する称号。それがどれだけのものか人一倍理解してるからこそ、ラウラは訊かずにいられなかった。
同時に、惜しいとも思っていた。現時点での実力を考慮すれば、日本の次期国家代表は間違いなく簪だろうに。
同じ代表候補生として、その称号を捨てる理由が知りたかった。
「・・・」
簪は少しばかり顎に手を当てた後、ただ短い一言を発した。
「過ぎたことだし」
ラウラは唖然とし、そして考えた。
代表候補生という肩書きですら、簪にとっては過去の名声に過ぎないのだ。結局のところ、そんな称号では現時点での能力も、未来も推し測ることはできない。自身の気持ちすらも。
(失念していたな)
よくよく思い返せば、それはいつもラウラの近くに在った。何の肩書きも無く、己の実力と志だけで立っていた無愛想な巨漢が。
たった2日会わないだけでこうなるとは。
そう思い、改めて昭弘の存在を思い知らされたラウラは、尚更に闘志を燃やした。どんな場所だろうと何の為だろうと、せめて彼に恥じない戦いをしようと。
そう意気込んだラウラは、再び簪へと視線を向ける。
彼女は既に、ピット内へと消えていた。
そして夜。早くも約束の時間となってしまった。
学園寮。簪と本音の部屋である622号室には、簪にセシリア、そして楯無の3人が居た。
誰にも彼にも盗み聞かれない、超防音の密室。セシリアの緊張感が高まる。
「さて、それじゃあ聞かせて貰いましょうか」
圧の籠もった楯無の問いだが、既に心が決まっている2人の返答は早かった。
「救援部隊に志願しますわ」
「私も・・・」
2人の即答を聞いて、先程までの威圧感をさっぱり消し飛ばした楯無はニヤリと笑った。そうして室内に一拍子を響かせる。
「オッケイ。それじゃアタシも志願するわ」
その言葉により、寧ろ簪とセシリアが動揺を見せてしまう。分かっていたとしても、やはり衝撃は大きかった。
「お姉ちゃんこそ・・・本当にいいの?国家代表だと流石にマズいんじゃ・・・」
「国家反逆罪にならないよう、根回しや
すると楯無は、明るい雰囲気から一気に神妙な面持ちを見せる。
「国の為と正義の為は、残念ながらイコールではないわ。アタシは自分が信じる正義を貫きたい」
昨日の心境から何一つ変わってないと、その諦観した表情と熱い言葉が物語っていた。例えその末に学園を去ることになったとしても、彼女はきっと後悔しないのだろう。
簪とセシリアも同じだった。自分が積み重ねてきたものも、自国の威信も、この心に宿る目的意識にはどうしても及ばなかった。
それは、楯無の言うような正義ではないのかもしれない。それでも、2人にだけ宿っている消し難い炎なのだ。
互いの決意が把握できた所で、早速各々が持つ情報を出し合うことになった。
楯無は千冬の書面を入手できなかったこと、実力行使で奪おうにも千冬相手では分が悪いこと。
簪はラウラの不参加とドイツ軍の動き、そして簪の思い描く千冬たちの決戦日時と場所について。因みに、簪の予測した場所と日時に関しては、楯無とセシリアも全く同じ考えだった。
そこまで聞いて、何かを閃いたセシリアが意見具申する。
「簪さん。貴女の能力を使って、織斑先生のISを追跡することはできそうですか?」
セシリアの提案を簪は即座に理解した。千冬が何処から出撃するのかは分からないが、仮に超低空から長距離レーダーで千冬を追おうと、気取られる可能性は大いにある。相手はあのブリュンヒルデなのだから。
かと言って、ニュース等の生放送で交戦地点を知った後では、簪たちが駆け付ける頃には戦闘自体終わってるだろう。
簪は直ぐには答えなかったが、不可能と思われたくないのか、あくまで前向きに答えた。
「できなくはないと思う・・・。世界掌握でコア・ネットワークにアクセスできれば・・・どんなに物理的に離れていても場所くらいは把握できる筈」
各々の推測と簪の能力、二重の策で千冬の元に辿り着く。それすら為されなければ、救出作戦も何もない。
簪も適当に答えた訳ではないが、責任の重大さを痛感する。
「一先ず今後も詳細を詰めていくとして、明日中には戦地までの移動方法や救出のタイミングも含めた戦術を確立させましょう。でないとISの調整もできやしないわ。それと簪ちゃんは、可能なら単一仕様能力を完璧なものにして頂戴」
「うん・・・改善点についても見直してみる」
その後も敵軍の数や動き、それに対する千冬たちの応戦等について話し合った3人。特に千冬に関しては、モンド・グロッソ等で能力がある程度割れている為、それに応じた敵の数については想定し易かった。
この学園の為に、ISの為に、そして自分自身の為に熟考を繰り返す少女たち。崩壊寸前の学園で、めげないその姿は最後の希望にも映るだろう。
しかしその実態は、敵を効率良く仕留める算段を立てているに過ぎないのだ。この救出作戦において、敵MPSとの交戦は絶対不可避なのだから。
他者の死に慣れてしまっている生徒たちの、普段通りのような話し合い。その3人の様子は、どこぞの少年兵を彷彿とさせた。
異常な環境で正常な行動が取れるのは、異常な人間だけ。それが今のIS学園の現状だった。
そうして漸く、その日の作戦会議が解散となり、先に楯無が退室していった。
セシリアはと言うと、本音のベッドシーツを撫でていた。慈しむような、或いは満たされたような表情で。
そんな彼女に、何と声を掛けたら良いのか分からない簪。本音なら無事だと、そう言おうとして咽奥に引っ込めた。昭弘ならそんな無意味で安易なことは言わないと、そう思ったからだ。
「簪さん」
だからそう、セシリアに先を越されてしまった。
「大事な話が御座いますの。お時間・・・宜しいでしょうか」
次回も昭弘は出ません。
ちきしょう